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No.296 - まどわされない思考 [科学]

このブログでは、我々の思考を誤らせる要因について何回か書きました。まず No.148「最適者の到来」No.149「我々は直感に裏切られる」では、日常生活とは全くかけ離れた巨大な数は想像できないので、直感があてにならず、誤った判断をしてしまう例を書きました。組み合わせの数とか、分子の数とか、カジノにおけるゲーム(賭け)の勝率などです。No.293「"自由で機会均等" が格差を生む」も、膨大な回数の繰り返しが我々の直感に全く反する結果を招く例でしょう。

また、No.83-84「社会調査のウソ」では、現代において数限りなく実施されている社会調査は、その調査方法が杜撰だったり推定方法が誤っていると実態とはかけ離れた結論になることを見ました。この「社会調査のウソ」の一つが "偽りの因果関係" です。つまり、物事の間に相関関係があると即、それが因果関係だと判断してしまう誤りです。No.223「因果関係を見極める」ではその分析と、正しく因果関係を見極める方法を専門家の本から紹介しました。

さらに、No.290「科学が暴く "食べてはいけない" の嘘」は、食の安全性についての科学的根拠がない言説にまどわされてはいけないという話でした。

以上の「直感」「社会調査」「因果関係」「食べてはいけない」以外にも、我々を誤った思考に導きやすいものがいろいろとあります。特に今の社会はインターネットの発達もあって、人々をまどわす誤った主張や非論理的な説明に満ちているのが実態です。それらに惑わされないようにして現代社会を生きて行くには、どうすればよいのか ────。最近、このテーマに絞った本が出版されました。

まどわされない思考
 デヴィッド・ロバート・グライムス 著
 長谷川 圭 訳
 角川書店 2020

です(以下「本書」)。著者はアイルランド出身の物理学者、科学ジャーナリストで、英国とアイルランドで現代社会の各種の問題を科学的見地から解説しています。本書の副題は、

非論理的な社会を批判的思考で生き抜くために

で、批判的思考(=クリティカル・シンキング)がテーマになっています。また本書の原題は、

 The Irrational Ape
 (= 非理性的なサル)

です。「人間は理性的なサル」という言い方がありますが、実態は感情に支配される非理性的なサルだという、自戒を込めた題名です。これを乗り越えるのが批判的思考(=クリティカル・シンキング)というわけです。

本書は現代社会のさまざまな問題・課題を考える上で大いに参考になると思ったので、以下に内容の "さわり" を紹介します。


序章:批判的思考


本書の序章に、1950年代の中国の「大躍進政策」の一環として行われたスズメの駆除運動のことが書かれていました。当時の中国では、農業の近代化と国の躍進のために害虫・害獣の駆除が必須だと見なされていました。たとえば、蚊やネズミは疫病を広めていたからです。ちょっと長くなりますが、引用します。

以降の本書からの引用では段落を増やしたところがあります。また、漢数字を算用数字に改めたところや、ルビを追加したところもあります。下線は原文にはありません。


無害でおとなしいスズメは病気を広めたりはしないが、農家が育てる穀物を食べてしまうのだ。まるで労働者を食い物にするブルジョア(資本家)階級ではないか。権力者たちはスズメの中に政治の縮図を見たのである。スズメを「資本主義の公的動物」と決めつけたうえで、革命を空から妨害しようとすつこの外敵を根絶やしにするために、「打麻雀運動」が1958年に始まった(引用注:麻雀は中国語でスズメのこと)。

『北京人民日報』は「すべての人民が戦いに参加する必要がある ・・・・・・ 我々も革命家たちの粘り強さを受け継がなければならない」と人々を鼓舞した。この呼びかけに民衆は熱烈に応じた。北京だけでも三百万人の人員がスズメの駆除に動員されたのである。スズメを撃ち落とすために、学生ライフル隊が組織され、巣はことごとく破壊され、卵は割られ、雛は殺された。騒音でスズメを追い払うために、鍋をたたく者もいた。着陸できないままずっと飛び続け、最後は力つきて空から落ちてくるスズメもたくさんいたそうだ。

おびえた小鳥は安全な場所を求めた。例えば北京のポーランド大使館。だが、大使館には彼らを難民として受け入れるつもりはなかったようだ。大使館も太鼓をたたくボランティア市民で取り囲まれたため、スズメたちはゆっくりと羽休めをすることができなかった。太鼓の音が鳴り続いた。二日後、死んだスズメを取り除くために、大使館員がシャベルを使わなけれればならなかったほどだ。一年以内におよそ十億羽のスズメが殺されたと言われている。実質的に、中国ではスズメが絶滅したと言えるだろう。

しかし、この破壊行為の発案者はスズメの大切な役割について何ひとつ考えを巡らせていなかったようだ。解剖してみたところ、スズメの主食は穀物ではなく昆虫だということがわかった。だが、これは予想できたことだ。中国を代表する鳥類学者である郑作新(引用注:Zheng Zuohin, 1906-1998)がすでに、スズメが害虫の駆除に欠かせない存在であると警告していたのだから。

これを批判と理解した毛沢東は郑作新を「反動的権威」と決めつけ、彼を再教育したうえで重労働に課した。1959年になって、党はようやく現実に屈したのだが、時すでに遅しだった。スズメはイナゴにとって唯一の天敵なのだが、そのスズメがいなくなったことで、イナゴの数が爆発的に増えたのである。中国全土で、イナゴは誰にも邪魔されずに作物を食い荒らした

この大失態により、中国は180度の方向転換を余儀なくされる。ソ連からスズメを輸入したのである。しかし、作物はすでに取り返しがつかないほど大きな損害を受けていた。そこに大躍進政策のほかの失政が重なって、状況はさらに悪化していった。この近視眼的政策がもたらしたのが1958年から1962年まで続いた「中国大飢饉」だ。この悲劇によって、1500万から4500万の罪のない人々が命を落としたと言われている。

デヴィッド・ロバート・グライムス
『まどわされない思考』 p.12
長谷川 圭 訳(角川書店 2020)

これは「浅はかな考えで行動すると恐ろしい結果になる」ことの(極端な)例です。特に、中国を代表する鳥類学者の警告に耳をかさなかったのが、「批判的思考がないと起こる最悪の事例」になっています。



この「打麻雀運動」のくだりを読んで思ったのですが、これは「カリスマ独裁者が支配する共産党独裁政権で起こった特殊な出来事」なのでしょうか。そうとも言えないと思います。

現在日本で最も深刻な生態系被害をもたらしている外来動物はマングースです。マングースは毒ヘビのハブを退治するために、動物学の権威であった東大教授の提唱で1910年(明治43年)に沖縄本島に持ち込まれました。そして1979年には奄美大島にも導入されました。

しかし1980年代になって研究者がマングースの胃の内容物や糞を分析した結果、ハブを食べている個体はほとんどいないことが分かりました(この経緯は中国のスズメとそっくりです)。代わりに沖縄本島ではヤンバルクイナ、奄美大島ではアマミノクロウサギなどの沖縄の固有種(この2種は天然記念物で、かつ絶滅危惧種)が犠牲になっていることが分かったのです。マングースもバカではありません。命がけで毒ヘビを襲うより、飛べない鳥を食べた方がラクというものです。加えて、マングースは昼間に活動し、ハブは夜行性です。そもそもマングースとハブが自然界で出会うチャンスは少ないのです。

環境省は2000年からマングースの駆除をはじめました。これにかかる費用は年間数億円の規模です。マングースの個体数は減ってきたようですが、現在までに完全駆除できたわけはありません。これからも多額の予算が投下され続けるわけです。

この経緯は、スズメの駆除が一因となって飢饉に陥り、あわててスズメを外国から輸入した中国とは逆のパターンです。しかし「浅はかな考えで行動すると、とんでもないことになる」ことは共通しています。しかも、マングースの導入を提唱したのが最高学府のれっきとした動物学者というところが、中国よりも "浅はか" かもしれない。「本当に自然界でマングースがハブを補食するのか」という批判的思考をする学者や官僚が少しでもいたら、こうはならなかったでしょう。



本書に戻って、著者が「打麻雀運動」を例に出したのは、批判的に考えることの重要性を指摘したかったからでした。


人の知性は確かに間違いを犯すこともあるが、同時にその誤りから学ぶというユニークな才能も備えている。どんな場面で間違えやすいかを知ることができれば、誤った考え方をしないで済む。

眉唾ものの話やあからさまな嘘が作り出す騒音 ─── 打麻雀運動で鍋をたたく音の現代版 ─── に取り囲まれた生活の中でも正しい決断を下したいと願うなら、私たちは誤った考え方が生じやすい場面を知り、騒音から意味あるシグナルを切り離す方法を学ばなくてはならない。難しいことのように思えるかもしれないが、私たちには強力な武器がある。批判的に考える能力だ。

『まどわされない思考』 p.16

この引用部分が本書のテーマになっています。「誤った考え方が生じやすい場面を知り、批判的に考える能力をつける」というところです。さらに著者は、そのときに重要な点をあげています。

◆ 思考の道筋を、いつも、最後まで、論理的にたどること。

◆ エビデンス、つまり明らかな事実を頼りにすること。

◆ 自分の信念に対して、他人の信念と同じぐらいに厳しい疑いの目を向けること。

◆ 間違った考えや信念を、それがどれだけ心地よいものであっても、捨てる覚悟を持つこと。

◆ 導き出した結論が気に入るかどうか、自分の世界観に合っているかより、その結論がエビデンスと論理によって導き出されたものかどうかを重視すること。

これで明らかなように、批判的思考は自分の考えに対して批判的に考えることも含みます。

現代は特に「批判的に考える」ことが重要です。その理由は、新聞・テレビ・ラジオといった従来メディアを凌駕するインターネットの発達、特にソーシャル・メディアの浸透です。ここでは玉石混淆、真実から嘘までのあらゆる情報が飛び交っていて、しかも情報を拡散させるのが極めて容易です。著者は「ソーシャル・メディアで共有されている記事の 59% が記事を読んでもいない人によって拡散されていると言われる」と書いていますが、いかにもありそうな話です。要するに、何らかの知的作業を行うことは一切なしに(もちろん批判的思考など全くなしに)情報が飛び交っている。

著者は「オンラインでいちばん共有されやすいのは強い感情」だとも言っています。これは米国科学アカデミーが2017年に行った調査でも裏付けられたそうです。怒り、恐怖、嫌悪、感情的表現に溢れた情報ほど共有されやすい。このことが、デマ、虚言、フェイク、偽ニュースの拡散に一役買っています。


ある大規模調査の結果が2018年に『サイエンス』誌で発表された。その調査では現代社会がいかに分断されているかを調べるために、2006年から2017年のあいだに激しい議論の対象となった12万6千件のニュース記事を分析したのだが、その結果を見て、おもわずハッとした。どの評価基準を用いても、デマとうわさが真実を完全に覆い隠し、どの話題でも虚言が支配的だったのだ。

「情報のあらゆるカテゴリーにおいて虚言は真実よりも圧倒的に遠く、速く、深く、そして広く拡散する。その効果はテロリズム、自然災害、科学、都市伝説、金融情報などよりも政治に関する偽ニュースではっきりしていた」。

この調査でもまた、コンテンツは感情的なものほど広く共有されることがわかった。そして偽りの物語は人々に嫌悪感、恐怖、あるいは直接的な怒りをわざと呼び起こすためにつくられていたのである。

『まどわされない思考』 p.19

偽りの物語は、いちど広まると簡単には訂正できません。長く人々に意識に残ります。これをインターネットの "利点" と見なして、プロパガンダ目的で偽ニュースを大量に流したのが、2016年の米国大統領選挙でした。そこには外国勢力もからんでいたことが明らかになりました。

偽りの物語が長く人々の意識に残るのは、心理学者が「真理の錯誤効果」と呼んでいるものが一因です。


ヒトラーは狡猾だっただけでなく優れた演説者でもあった。そして心理学者が「真理の錯誤効果」と呼ぶ現象に直感的に気づいていた。ある情報に何度もさらされると、人々はそれを真実だと信じやすくなるのである。

このことに気づいたのはヒトラーが最初だったわけではない。ナポレオン・ボナパルトは「話術において本当に重要なことはたった一つしかない。すなわち、繰り返しだ」と言ったとされている。

間違った話を何度も聞くと、人々は答えがわかっていない問題だけでなく、正確な答えを自分で知っている場合でも作り話のほうを信じてしまうことが、研究を通じて明らかにされている。

『まどわされない思考』 p.21

著者は、「いかに知能が優れていようとも、人間は感情的な動物に過ぎない。私たちは理性のないサル。疑わしい結論を信じ込み、軽率な行動を起こすことが多い」と書いています。だからこそ、本書のテーマである「批判的思考」が重要なのです。

本書は序章のあとに第1部から第6部までの構成になっています。以降、それぞれのセクションのさわりを紹介します。


第1部:形式的誤謬


本書の第1部は「理性の欠如」というタイトルがついていますが「形式的誤謬ごびゅう」を扱っています。主張の論理構造が誤っていたり矛盾している例です。これを意図的に行うのが「詭弁」です。何点か紹介します。

 後件肯定の誤謬と陰謀論 

「後件肯定」とは論理学の用語で、日常生活では使いませんが、別に難しいことではありません。後件肯定の誤謬とは、

前提1  :  P は Q である。
前提2  :  Q である。
結論  :  従って、P である。

とする形式的誤謬です。「P は Q である」の P が「前件」、Q が「後件」です。紛らわしいのは「後件肯定」における結論が、結論だけをとると正しいことがあることです。

前提1  :  すべての人間は死ぬ。
前提2  :  ソクラテスは死んだ。
結論  :  従って、ソクラテスは人間だった。

の結論は正しい。しかし人間のところを犬に置き換えると誤った結論になります。

前提1  :  すべての犬は死ぬ。
前提2  :  ソクラテスは死んだ。
結論  :  従って、ソクラテスは犬だった。

著者は、世の中で広まっている「陰謀論」の根幹にはこの「後件肯定」があり「よこしまな論証があたかも正当であるかのような幻想を作り出す」と指摘しています。陰謀論とは「世の中で起こった大きな事件や事故、出来事が、実は隠れた勢力が裏で引き起こした陰謀である」という論ですが、その例として著者は「9.11事件」を取り上げています。

2001年9月11日、アメリカでイスラム過激派によって4機の旅客機が同時にハイジャックされました。まずアメリカン航空11便が、ニューヨークのツイン・タワーの北棟、93階と99階のあいだに時速790kmのスピードで突入しました。その数分後、ユナイテッド航空175便が南棟の77階と85階のあいだに時速960kmで突っ込んだ。この攻撃によりツインタワーは激しい炎に包まれ、タワーそのものが崩壊し、世界中の人々を愕然とさせました。

別の場所では、アメリカン航空77便のハイジャック犯が旅客機もろとも国防総省に突入しました。またユナイテッド航空93便では勇敢な乗客たちがハイジャック犯に反撃し、自らの命を投げうって目的地に到達する前に飛行機を墜落に導きました。この飛行機の攻撃の目的地はワシントンの政治中枢だと言われています。

このアメリカ史上最悪のテロによって2996人の命が失われました。世界で最も強大な国家の中枢に攻撃を仕掛けるという大胆さに世界は動揺し、ツインタワーが崩れ落ちるイメージが人々の意識に刻み込まれた。しかしツインタワー崩壊の煙が収まらない時から「陰謀論」が広まり始めたのです。


しかし、まだ煙が収まっていないころから、陰謀を疑う声がすでにささやかれていた。残虐行為の余波のなか、簡単な答えが見つからない。その空白を埋めるように陰謀論が広まったのである。暗い憶測が盛んにささやかれ、すべてを網羅する手の込んだ物語が生まれた。多くの人が、ジェット燃料が燃えたぐらいで鋼鉄の梁(はり)が溶けることはないと主張した。ツインタワーは計画的に爆破されたのだと言う者もいた。

また、個人の先入観によって、事件の "真犯人" の正体についてもさまざまなバージョンが語られた。国内の政治的な流れを変えるために、攻撃は単純に黙認されていたと主張する者もいたほどだ。米国政府が秘密裏に行った作戦だ、あるいはモサドの仕業だという声も聞かれた。

『まどわされない思考』 p.41

この事件後、インターネット上では陰謀論が大流行します。ビデオも大量にアップされました。「9.11テロの真実を求める運動」は "トゥルーサー" 運動と呼ばれ、次第に一般の人々に浸透していきます。これらの陰謀論には共通点がありました。それは「公式の説明は信用できない」という態度です。

この "陰謀論の火" に油を注いだのが、2003年のブッシュ政権のイラク侵攻でした。9.11テロを起こしたアルカイダとイラクのフセイン政権を結びつける証拠が何もない状況の中で、ブッシュ政権はイラクが大量破壊兵器を保有しているという "話" をもとにイラクに侵攻したのです。この「大量破壊兵器の保有」は、後に全くの捏造であることが分かりました。こういったブッシュ政権の不誠実な態度が「9.11テロ陰謀論」に拍車をかけたのです。

しかし、この種の陰謀論は簡単に論破できると著者は書いています。その例として「ジェット燃料が燃えたぐらいで鋼鉄のはりが溶けることはない」「人為的な爆発がタワーを崩壊させた」という主張を考えてみましょう。


今もよく聞かれる流言を例にみてみよう。ジェット燃料には鉄骨を溶かす力がない、というのは真実だ。ジェット燃料の大部分は灯油でできていて、灯油はおよそ300度で燃えるのだが、スチールの融点はおよそ1510度なのだから。

9.11 トゥルーサーはこのちっぽけな真実に狂信的にしがみつくが、この態度こそが、彼らが力学の基本を完全に誤解している事実を明らかにしている。というのも、スチールは熱にさらされると急速に抗張力(引っ張り強さ)を失うのだ。590度で強度が通常の50%にまで下がる。当時のツインタワー内の温度では、いつもの10%程度の強度しかなかったと考えられる

地獄のような猛熱にさらされて、建物は単純に弱っていた。しかも構造そのものが大規模に破壊されていたため、床が落ち、それが下のフロアを破壊し、それが下の階へと連続して続く、俗に「パンケーキ効果」と呼ばれる現象が生じたのである。鉄骨は溶けなくても、単に強度を失うだけでタワーは崩れるのだ。このことはエンジニアや専門家が何度も繰り返し証明している。

連続する崩壊により大量の煙と空気が生じ、下の階に向けて順番に窓が砕け散った。燃えさかる灯油が階段やシャフトを流れ落ち、炎の塊がマンハッタンのスカイラインに噴出したものだから、「制御された爆発」がタワーを破壊したという憶測に火がついたのだろう。しかしながら、人の手による解体は下から上に行われるの普通で、その逆ではない。いずれにしても、そのようなシナリオを実行するには、誰にも見つからずに何トンもの爆発物を建物のなかに運び込まなければならなかったはずだ。

批判的なレンズを通してみると、9.11 トゥルーサー運動の信仰の柱は粉々に砕け散ったと言える。連邦緊急事態管理局、米国標準技術局、『ポピュラー・メカニクス』誌など、数多くの組織や機関がツインタワーの大惨事を包括的に調査し、陰謀論者のほぼすべての主張を覆している。9.11 委員会の調べでは、モハメド・アタが攻撃のリーダーで、ハイジャック犯の全員がビン・ラディンのアルカイダのメンバーだった。加えて委員会は、サダム・フセインとイラクは 9.11 にまったく関係していないと結論づけた。侵攻の口実として両者の関与を主張していた政治家たちは当惑したことだろう。

『まどわされない思考』 p.43

しかし 9.11トゥルーサー運動はその後も続き、本書の執筆時点でアメリカ人のおよそ 15% が 9.11 は「内部の者による工作」だったと考え、国民の半数は事件後の歴代政権が事件の真相を隠蔽していると信じているそうです。事件後10数年が経過してもそのような考えが消えないのはどうしてでしょうか。

著者はその大きな理由が「後件肯定」にあると指摘しています。「後件肯定」は陰謀論者がナンセンスを物語に仕立てる常套手段です。つまり陰謀論者は、

前提1  :  隠蔽工作がある場合、公式声明は我々の見解を否定するだろう。
前提2  :  公式声明は我々の主張を誤りだと証明した。
結論  :  従って、隠蔽工作があった。

という主張をします。これは「ソクラテスは犬だった」式の論理で、こじつけであることが明白です。しかしこのこじつけにより、陰謀論には証拠が欠けているという明白な事実でさえ、彼らの主張を裏付けるような印象を作り出すわけです。このこじつけに騙される人がいるのが、陰謀論が未だに消えない根幹の理由です。

 媒概念不周延の誤謬 

媒概念不周延とは論理学の難しい用語ですが、この用語が重要なわけではありません。用語の説明は後に回します。この誤謬を使った詭弁はよくあり、著書はそれを「(携帯電話などに使われる)無線電波がある種の癌を誘発する」という論で説明しています。

携帯電話の使用と脳腫瘍(膠芽腫こうがしゅ髄膜種ずいまくしゅなど)のリスクについては各国で疫学調査が行われましたが、今まで関係が見つかったことがありません。また他の腫瘍との関係が示されたこともありません。そもそも、1990年頃の携帯電話の普及率はほぼゼロでしたが、現在ではほぼ100%になっています。そして1990年代以降に脳腫瘍(ないしは他の腫瘍)が激増したことはないのです。しかしインターネット上には携帯電話の電波が癌を引き起こすという主張をするサイトが多数あります。

携帯電話に使われる無線電波は電磁波(Electromagnetic Wave)の一種ですが、電磁波を波長の短い方から(従ってエネルギーの強いものから)順に並べると以下のようになります。nm はナノ・メートル(10-9メートル)です。

・ 放射線(アルファ線やガンマ線やX線など):~ 10nm
・ 紫外線:10nm ~ 380nm
・ 可視光:380nm ~ 760nm
・ 赤外線:760nm ~ 1mm
・ 電波(マイクロ波):1mm ~ 1m
・ 電波(短波、中波、長波など):1m ~

電磁波の一部(放射線)は分子の化学結合を破り、原子から電子をはじき飛ばすほどのエネルギーを持っています。従って生体のDNAを傷つけ、結果として癌を引き起こすほどの力を秘めている。逆に、このことを利用して癌細胞を死滅させる医療に使われています(癌の放射線治療)。

しかし携帯電話に使われる無線はマイクロ波であり、波長は1mm~1m程度です。電磁波のエネルギーでみると、最もエネルギーの小さい可視光(700nm程度の赤色光)でさえ、最もエネルギーの大きい携帯電話用マイクロ波(波長 1mm程度)の1430倍ものエネルギーがあります。マイクロ波が癌を誘発するなら赤色光も癌を誘発するはずですが、そんなことはないのです。

「無線電波=癌のリスク」論者がわざわざ持ち出すのは、放射(Radiation)という単語が入った「電磁放射 Electromagnetic Radiation」という言葉です。ここでの Radiation は "媒体や空間を介したエネルギーの伝播" という意味ですが、単に Radiation と言うとアルファ線やX線などの放射線をも意味する。放射線は癌を誘発するリスクがあるので、そこがややこしいというか、言葉が曖昧なところです。この電磁放射という言葉を使って次のような論法が行われます。

前提1  :  すべての無線波は電磁放射である。
前提2  :  一部の電磁放射は癌を誘発する。
結論  :  従って、無線波は癌を誘発する。

これは典型的な「媒概念不周延の誤謬」です。媒概念とは前提にはあるが結論にはない概念のことで、上の論法では "電磁放射" がそれにあたります。また「周延」とは、概念 XXX について

すべての XXX は ・・・・・・ である
すべての XXX は ・・・・・・ でない

というように、XXX に属するものすべてについての命題が規定されていることです。それがされていない場合が「不周延」です。上の論法では「電磁放射」という媒概念が不周延なので「媒概念不周延の誤謬」となります。

上にように書いてみると論理的な誤りが明白ですが、演説などでは言葉をあやつって悪用されます。これは政治の世界でもよくあり、たとえば「共産主義者は増税を支持している。私の政敵は増税を支持している。従って、私の政敵は共産主義者だ」といった論法です。

 生存者バイアス 

生き残ったもの(残存しているもの)には、生き残っているということに起因する "偏り" があります。これが「生存者バイアス」です。


顕著な例を第二次世界大戦に見つけることができる。当時は致命的な高度で頻繁に空中戦が繰り広げられ、両陣営ともに多くの犠牲者を出していた。犠牲を減らすために、海軍分析センター(CNA)は戦闘機の弱点を特定することを目指して、帰還した穴だらけの機体を調査した。

被弾した機体から得たデータをつぶさに調べた分析官は、被害の広がりや場所をマッピングしてみた。機体の全域に被弾の跡が見られたのだが、不思議なことにいくつかの部位 ─── エンジンやコックピット ─── では大きな傷跡が見つからなかった。コックピットまわりのダメージを示すデータが少ないため、エンジニアはコックピット以外の部分を強化することを決めた。

しかし、エイブラハム・ウォルドという統計学者が、データが欠落している事実こそが重要であると気づき、まったく違うストーリーを語ったのだ。実際は、エンジンやコックピットにダメージを受けた戦闘機は炎に包まれて墜落したため、分析できるほどのデータが残っていなかったのだ。ウォルドの洞察が、CNAがそれまで苦労して積み重ねてきた仕事を真っ向から否定し、まったく違う結論にたどり着いたのだった。

『まどわされない思考』 p.77

この半世紀ほどにおける癌の発生率の増加も「生存者バイアス」と言えるでしょう。癌の増加を大気中の化学物質の増加や食品添加物に関連づける言説がありますが、それは違います。癌の発生リスクは加齢とともに増加します。従って高齢になるまで "生き残った" 人たちには癌の発生リスクが高いという "バイアス" が存在する。医療が進歩し、感染症で死ぬ人が少なくなり、世の中が高齢化すると癌の発生率は高くなるのが当然です。

 チェリーピッキングの誤謬 

エビデンスの中から自分に都合のよいものだけを選び、その他のものは排除ないしは無視することを "チェリーピッキング" と呼びます。チェリーとは "さくらんぼ" のことですが、熟れたさくらんぼを選別して選ぶところからこの名前があります。

よく健康食品の販売コマーシャルに「お客様の声」があります。「これを食べ出してから(飲み出してから)元気になりました」という "声" ですが、それ自体はユーザの意見として嘘ではないのでしょう。しかし「健康状態は変わらない」「悪くなった」という声は採用されません。良かったという声だけをチェリーピッキングしてコマーシャルを打っているわけです。

代替医療というのがあります。現代の医学では治療法として認められていない民間療法や、あやしげな療法を言いますが、人間の体は複雑なので、そのような代替医療で治癒したように見えることはあるわけです。たまたまなのかも知れないし、プラセボ効果かもしれないし、人間の免疫機構が病気に勝ったのかも知れない。代替医療の推進者は、こういう例だけをチェリーピッキングして宣伝をします。

著者は、チェリーピッキングの典型例が霊能者だと言っています。たとえば、犯罪に使われた物品をもとに犯罪詳細を言い当てるといった例です。これは確率的に "当たる" ことがある。その当たった例だけをチェリーピッキングすると "霊能" があるように見せかけられます。

気候変動は起こっていないとする否定論もチェリーピッキングです。科学者の出した膨大なデータは気候変動を示していますが、中には(地域や測定項目によっては)起こっていないとするデータもある。そういったデータにしがみついているのが否定論者です。

ビジネスに成功した人をとりあげて、成功の要因をあげるのもチェリーピッキングに近いでしょう。同じようにやって成功しなかった多数の人がいると想定できるからです。


第2部:非形式的誤謬


「純粋で単純な真実?」と題された第2部は非形式的誤謬を扱っています。

 権威に訴える論証 

著者は、世の中で非常に権威のある人が言っているから正しいと考えてしまう傾向、ないしは権威者がその権威を背景に論じることを「権威に訴える論証」と呼んでいます。これは典型的な非形式的誤謬です。

「ビタミンCをとれば風邪の予防になる」という噂を聞いた人は多いはずですが、この噂のもとをたどると米国のライナス・ポーリングに行き当たります。ポーリングは量子化学の権威で、1954年のノーベル化学賞に輝きました。また、核兵器に対する反対運動を主導したことで1962年にノーベル平和賞が授けられています。ノーベル賞を個人で2回受賞したのは数人いて、有名なのはキュリー夫人です(物理学賞と化学賞)。しかし化学賞と平和賞という異分野で受賞したのはポーリングだけです。

ポーリングは1960年代の講演で「科学の進歩を見届けるためにあと25年は生きたい」と発言ましたが、その聴衆の中のアーウィン・ストーンというい人物がいました。この人物はポーリングに手紙を書き、1日3000ミリグラムのビタミンCを活力の源として推奨しました。ここから話は変な方向に進み出します。


疑い深い人ならそのようなアドバイスをあやしげな、あるいはくだらないとみなして相手にしなかったかもしれない。しかし、ポーリングはストーンの助言に従うことにした。そしてその後すぐに、エネルギーが吹き込まれ、以前よりも風邪をひきにくくなった気がする、と報告したのである。夢中になったポーリングは、それから数年をかけて1日に1万8000ミリグラムという驚異的な量にたどりついた。熱烈なビタミンC信者になったといえるだろう。

1970年、ポーリングはこのテーマに関する初の大作『Vitamine C and the Common Cold(ライナス・ポーリングのビタミンCとかぜ、インフルエンザ)』を執筆し、ビタミンの大量摂取の素晴らしさを絶賛した。この本はベストセラーになった。一夜にして、風邪を予防できると信じた人々は大量のビタミンCを買うようになった。一部の地域では、年間の販売数が十倍にも増え、生産が追いつかなくなったほどだ。ビタミンCが病気の煩わしさを防いでくれるという安心のメッセージがアメリカから世界へと伝わっていった。何しろ、ノーベル賞を2度も受賞した男のアドバイスなのだから

だが、ポーリングの熱心な布教活動には、確かな根拠が欠けていたようだ。ほんの少しの逸話は別として、ビタミンCの大量摂取に明らかな利点があることを確実に示す証拠が、単純に存在しないのである。

『まどわされない思考』 p.88

ポーリングはその後、ビタミンCの大量摂取は癌や蛇の毒、エイズまでに利く万能薬と主張し出したようです。

ビタミンCは体に必須なので(しかも体内で合成できない)、不足するとまずいことがいろいろ起こることは想定できます(ビタミンC欠乏症の代表は壊血病)。免疫力が低下して風邪をひきやすくなるかもしれない。しかし、1日の必要量(成人男性で100mg程度。厚生労働省の推奨量)を遙かに超える量を摂取しても排泄されるだけです。大量摂取による重篤な副作用はないようですが、重度の膨満感や下痢が起きやすくなることはあるようです。

ポーリングの例は、ある分野に精通しているからといって他の分野でも精通していたり知識があるわけではないことを示しています。ノーベル賞を2度もとった "権威" で判断してはいけないのです。

 単一原因の誤謬 

人間は、原因と結果がはっきりしている単純な物語を好みます。このことが起因して "問題を単純化する誤り" を犯しやすい。その一つが「単一原因の誤謬」です。これは物事の原因を一つに決めてしまう誤りです。

多くの事象は複数の原因や要因によって成立しています。物事をあまりに単純化することは何の役にもたちません。しかし政治やメディアの議論では、うんざりするほど「単一原因の誤謬」があるのが現状です。

 誤った二分法 

「誤った二分法」も "問題を単純化する誤り" の一つです。他にもたくさんの選択肢があるにもかかわらず、2つの極端な項目しか選択の対象にしない。これは扇動政治家が好んで用いる論法です。「我々の提案に完全に同意しないのなら、君は敵だ」という論法です。

上の方の引用で9.11事件の後に巻き起こった陰謀論のことを書きましたが、その9.11のあとの米国議会の合同会議で、ジョージ・ブッシュ大統領は世界の国家に警告を発しました。「我々とともにあるか、それともテロリストとともにあるか」。これは典型的な「誤った二分法」です。

「誤った二分法」を使うと2極化が避けられません。また過激主義を助長します。建設的な議論を封じ、実用的な解決策を台無しにします。これはソーシャルメディアでも顕著です。著者は「数多くのニュアンスを含む複雑な話題が、正反対の解釈だけを許す2つの対立項にまで単純化されている」と書いています。

 前後即因果の誤謬 

「前後即因果の誤謬」とは「一つの事象のあとにもう一つの事象が続いたという事実だけにもとづいて両者間の因果関係を認めてしまう飛躍した考えた方」を言います。著者はこれを幼児の予防接種と自閉症の関係で説明しています。


1998年、ウェイクフィールド(引用注:イギリス人の胃腸科医)を筆頭とした共同執筆陣が高名な医学誌『ランセット』で自閉症を発症した12人の子供たちに関する論文を発表し、自閉症に関連する腸内症状のパターンを発見したと主張した。彼らはそれを「自閉症的腸炎」と名付けた一方で、論文の議論セクションの奥深くで、もしかすると麻疹のワクチン接種が関係しているのかもしれない、と示唆した。ただし、これは裏付けとなるデータがなかったので、ただの憶測あるいは仮定と呼ぶにふさわしい主張だった。普通なら、そのような薄っぺらな推測は根拠がないと否定されただろう。

ところがウェイクフィールドは異例の手段に出る ─── 記者会見を開いたのだ。学者として地道な研究をすることなく、ウェイクフィールドは通称MMRこと "麻疹・おたふく風邪・風疹ワクチン" が自閉症に関連している証拠を見つけたと発表し、この三種混合ワクチンは安全ではないと主張した。この主張が、増えつつある自閉症に対する人々の不安をあおったのである。

『まどわされない思考』 p.110

これをきっかけに報道機関は大々的にこの話題を取り上げ、イギリス中が騒動になりました。これは大きな犠牲を生みました。イギリスのみならず西ヨーロッパにおける予防接種の接種率が大幅に低下し、麻疹などへの感染率が上昇したのです。

しかしこの論文にはデータの改竄があることが判明し、『ランセット』は論文を撤回し、ウェイクフィールドは医師免許を剥奪されました。「自閉症的腸炎」は、ウェイクフィールドが捏造したエビデンスだけに裏付けられた作り話だったのです

ちなみに日本における3種混合ワクチンとは「ジフテリア・百日咳・破傷風ワクチン」であり、MMR(麻疹・おたふく風邪・風疹ワクチン)は「新・3種混合」と呼ばれたことがありました。ただしMMRは副作用の問題から(もちろん自閉症ではない軽度の副作用)、日本では接種が中断されています。

しかしこの騒動の後遺症は大きく、いまだに多くの人はMMRが自閉症の原因だと信じていると言います。著者はその原因が「前後即因果の誤謬」にあると指摘しています。


すべての証拠が詐欺を示しているにもかかわらず、いまだに数多くの人がウェイクフィールドを支持し、MMR が子供たちの自閉症の原因だと信じている。彼らがそう信じるようになったいちばんの理由は、その時間差はまちまちでも、とにかくワクチン接種のあとに子供たちが自閉症の兆候を示したことにある。これは「前後即因果の誤謬」の恐ろしく極端な例といえるだろう。

確かに、この誤謬は単純なので魅力的だが、結論が純粋に間違っているのである。ワクチン接種は自閉症の発症率の上昇と何ら関係がない。発症率が上がった本当の理由は、自閉症の診断基準が緩和されたことにあると考えて間違いないだろう。また、ワクチン接種のあとに自閉症が発症するという事実も驚きに値しない。自閉症の症状は幼児期に現れるものであり、主要な兆候であるコミュニケーション障害が明らかになるのは2歳から3歳ぐらい、予防接種を受けてまもない時期なのだ。しかし、今回の件では、人々が原因と結果を誤って結びつけた主張を信用し、パニックが広がってしまった。

『まどわされない思考』 p.114

MMRにかかわらず、ワクチン反対運動やワクチン接種率の低下はゆゆしき問題です。WHOは2019年に初めて、全世界の健康に対する脅威のトップ10の中にワクチン接種への抵抗を入れたそうです。

 本質に訴える論証 

白人至上主義という思想をもつ人たちがいます。彼らは「白人に共通する本質的な性格があると仮定する誤り」を犯しています。このように「本質的な何かがある」との仮定のもとに主張することを著書は「本質に訴える論証」と呼んでいます。白人については、著者は次のように書いています。


白い肌は典型的なヨーロッパ人種あるいはアーリア人種が有する特徴だ。しかし、白い肌は複雑な期限をもつとはいえ、つい最近起こった比較的単純な突然変異に過ぎない。

およそ4万年前にアフリカからやってきてヨーロッパに定住した最初の現世人類は肌の色が黒かった。日光が強い緯度で生活するのには、暗い肌のほうが適してうたからだ。8500年前もまだ、中央ヨーロッパでは黒っぽい肌が普通だった。大陸の北部では、自然淘汰がすでに始まり、明るい肌が増えていった。

スウェーデンのムータラにある移籍発掘現場で見つかった7700年前の人体を調べたところ、肌の色素を減らして明るい色にする SLC24A5 および SLC45A2 遺伝子が、加えて青い瞳と明るい髪になる HERC2/OCA2 遺伝子が見つかったのである。どれも光が少ない環境でもビタミンDの生成を最大限に確保するのに適した突然変異だ。

『まどわされない思考』 p.128

白い肌はヨーロッパ大陸の最北部で始まり、ヨーロッパ大陸全体に爆発的に増えたのは5800年前に過ぎません。「白色人種」はフィクションです。白色人種に本質的な何かがあるとの仮定にたった論証は単純に誤っています。

余談になりますが、フランスでは赤ちゃんや子どもにビタミンD入りのシロップを定期的に飲ませることが常識だと人から聞きました。我々日本人ではあまり考えられませんが、ビタミンDを獲得することは彼らにとっては切実な問題なのです。

この「本質に訴える論証」も、さまざまなところで聞かれます。「真の日本人にそのようなことをする人はいない」というような言い方も、その一つでしょう。

 自然に訴える論証 

証拠もあげずに「・・・・・・ が自然だ」「・・・・・・ は不自然だ」と決めつけ、そこから論を展開するのが「自然に訴える論証」です。著者はこれを同性愛の例で説明しています。つまり「同姓愛は不自然、異性愛が自然」との前提から出発する論です。実際にカトリック教会では同性愛が極めて不自然な状態と見なされ「自然に反する罪」とされています。この考えは正しいのでしょうか。


自然界をざっと見渡しただけでも、この考えが間違っていることがはっきりとわかる。

動物界では同性愛は多く見られる現象で、キリン、ゾウ、イルカ、果ては人間を含む霊長類にいたるまで1500種の動物種で確認されているのだ。その多くは排他的ではない、つまり異性との性交も行われるのだが、なかには同性愛だけを行う動物カップルも存在する。よく知られている例を挙げると、イギリス国内の雄ヒツジの8パーセントがほかの雄としか交尾せず、雌に興味を示さない。

自然界の "性癖" は人間に関係ない、などということはありえない。なぜなら、私たちが自分自身をいかに高く評価しようとも、人間も動物界の一部なのだから。唯一の違いは、私たちにはそのことを認識できる前頭前野が備わっていることだけだ。

『まどわされない思考』 p.136

 藁人形論法 

「藁人形論法」とは、相手の主張の代わりになる何か(=藁人形。ストローマン)を設定し、それを攻撃して主張そのものを論破したかのような印象を与える言説です。

ダーウィンが進化論を発表したとき、イギリスで進化論を攻撃するのに使われたのが「藁人形論法」です。攻撃論者は「進化論は変化した猿を人間の起源とする説」だと言いふらし、ダーウィンの主張を歪めた「藁人形」を作って攻撃しました。もちろんダーウィンはそんなことは言っていません。現代風に言うと、人間と霊長類の共通の祖先から、突然変異と自然選択の繰り返しで段々と進化して人間ができたわけです。


第3部:思考の罠


第3部「思考の罠」では、我々が陥りやすい思考の落とし穴について述べられています。そのうち「確証バイアス」と「認知的不協和」について紹介します。

 確証バイアス 

「自分がもとからもっている信念や世界観に一致する情報ばかりを集めたり組み立てたりして、反する情報は軽視する傾向」を「確証バイアス」と言います。

日本でもよく災害時の避難で「確証バイアス」が話題になります。自分は災害にあわないという "根拠のない思い込み" をしている人は、まだ避難しなくても大丈夫ということにつながる情報だけを採用し、危険が間近に迫っていることを裏付ける情報を軽視して、結果として災害死してしまう。そういったときに使います。

この「確証バイアス」は、次の「認知的不協和」と密接な関係があります。

 認知的不協和 

心理学でいう「認知的不協和とその解消」については、No.129「音楽を愛でるサル(2)」で、イソップ寓話 "キツネとブドウ" をあげて説明しました。飢えたキツネが実ったブドウをみつけ、取ろうと飛び上がるがどうしても取れない。とうとうキツネは「あのブドウは酸っぱくて食えない」と言って立ち去ったという寓話です。「食べたい」のに「取れない」という "不協和" を、「あのブドウは酸っぱい」との "負け惜しみ" で現実を否定して "解消" したわけです。

本書ではこの認知的不協和とその解消を、次のように説明しています。


相反する情報に直面したとき、私たちはその不快感を押さえようとする。その際、先入観の方が間違っていた、あるいは不完全だったのかもしれないと ─── 理想的な科学者のように ─── 考えて、新たなエビデンスに照らし合わせて自分の見方を再検討することができるだろう。

しかしながら、イデオロギー的傾向を変えるのは認知的にもとても大変な作業になる。だから簡単な道を選んで、自分の信念を守るために現実のほうを否定してしまうのだ。

『まどわされない思考』 p.170

この認知的不協和の例として、本書は「気候変動の否定論」をあげています。保守的な考えをもち、自由主義市場を強く信じる政治家や有権者ほど気候変動を否定する傾向が強いのです。なぜでしょうか。


自由主義市場をよしとする人々にとって、気候変動は信念に大きく矛盾する概念だ。人が気候変動を引き起こしているという説を受け入れてしまえば、それを抑制する行動を起こさなければならなくなる。しかし、自由を愛する者たちの多くにとって、規制という名の悪魔はとうてい受け入れられる存在ではない。

信じるか否定するかにかかわらず、気候変動は誰にでも影響する。つまり、天然資源を無制限に使いつづけることは、他人の財産権を侵害する行為と呼べる。不法侵入と同じようなものだ。したがって、財産権という幻想はもろくも崩れ去ってしまう。

このジレンマに気づいたとき、自由市場主義者の一部は認知的不協和を解消するために、自分の理念を見直したほうがいいかもしれないと考える代わりに、気候が変動しているという事実そのものを否定する手段を選んだのである。

『まどわされない思考』 p.178


第4部:確率・統計の誤謬


第4部は「嘘、大嘘、そして統計」と題されています。この題はアメリカの文豪、マーク・トウェインの著述で広まったもので、「嘘には三種類ある。嘘、まっかな嘘、そして統計」という警句です。

 相関関係は因果関係ではない 

相関関係は因果関係ではないことは、このブログでもNo.83-84「社会調査のウソ」No.223「因果関係を見極める」で取り上げました。本書でもこの話題がありますが、端的に示すために、

アイスクリームの売り上げと溺死件数には明白な相関関係がある

と書いてあります。なるほど、これは分かりやすい例です。アイスクリームが売れると、そのことが原因で溺死事故が増える(=因果関係がある)とは誰も考えません。もちろんこれは「高温の晴れた日」が隠れた変数(=潜伏変数。交絡変数という言い方もある)になっていて、この変数が「アイスクリームの売り上げ」および「溺死件数」の2つと因果関係にあり、そのことで2つの間に相関関係が発生するわけです。

 シンプソンのパラドックス 

ある集団の統計と、その集団を部分に分割したときの統計は、矛盾する関係になることがあります。これを「シンプソンのパラドックス」と呼んでいます。


1973年、カリフォルニア大学バークレー校が性的差別で訴えられた。見たところ、証拠も十分に思えた。同有名大学に志願した男性のうち 44% が入学許可を得たのだが、女性志願者で入学できたのは 35% に過ぎなかったのである。

こんなに差があるのはおかしい。入学プロセスで女性が差別されているに違いない。この主張のもと、差別の存在を暴いて、是正を求めるために大学を訴えたのである。

しかしその後の調査により、奇妙な事実が浮かび上がった。入学データを分析したところ、「ほとんどの学部において、小さいながらも明らかに有意な偏りがあり、女性が優遇されていた」事実が見つかったのである。

なぜ、対立する二つの見解が生じたのであろうか。各学部で女性の方が男性より受け入れやすいのだとしたら、なぜそれが最初の統計に反映されていないのだろう?

このパラドックスの原因は、入学データをもう少し詳しく見ると明らかになる。そのなかに、"入学のパーセンテージ統計" に直接現れないパターンが隠れているのだ。男性は平均的に、工学部などの入学許可率の高い、つまり競争の少ない学部に志願する傾向があった。その一方で女性は英語学部のような、優等生が集中する競争率の極めて高い学部に志願することが多かったのである。

『まどわされない思考』 p.257

本書には数字の例が書いていないので、仮想的に作ってみます。いま、ある大学があって工学部と英語学部の2学部しかないとします。各学部の定員と男女別受験者数・合格者数を仮定して作ったのが次の表です。

シンプソンのパラドックス
工学部 英語学部 全学
定員  1000   100   1100 
男子 受験生 3000  625  3625 
合格者  930   50   980 
合格率  31%   8%   27% 
女子 受験生  200   500   700 
合格者  70   50   120 
合格率  35%   10%   17% 
受験生  3200   1125   4325 
合格者  1000   100   1100 
合格率 31%  9%  25% 

工学部と英語学部とも女子の方が合格率が高いのに、全学では圧倒的に男子の合格率が高いことになります。一瞬、間違っているのではと疑ってしまいますが、計算は正確です。人数が少ない女子受験生が合格率の低い英語学部に集中すると、こういう結果になってもおかしくないのです。

 感度と特異度 

本書には(偶然にもタイムリーな話題として)感染症の検査にかかわる統計・確率の話が出てきます。

ある感染症にかかっている人が検査で陽性と判断される確率を、その検査の「感度」と呼びます。また、感染症にかかっていない人が検査で「陰性」と判断される確率を、その検査の「特異度」と呼びます。

もちろん感度も特異度も100%が望ましいのですが、そうはなりません。つまり、検査で「陽性」と判断された人が実は感染していないということが起きる(=疑陽性)。その反対に、検査で陰性と判断された人が実は感染している(=疑陰性)ということも起こります。

検査で「陽性」と判断された人が、真に感染症にかかっている確率を「真陽性率」と呼びます。

エイズの検査(HIVウイルスのキャリアかどうかの検査)は感度も特異度も高いことで知られています。今、感度も特異度も 99.99% とします。実際はもう少し低いようですが、真陽性率の意味を明確にするためにこの値とします。つまりエイズ検査では 99.99% の高い精度で、その人がHIVウイルスに感染しているかどうかが(感染していても、していなくても)判定できるとします。

この仮定のもとで、真陽性率が 50%、つまりHIV陽性と判定された人が真にHIVに感染している確率が 50%ということが起こり得えます。それは検査した集団の感染率が非常に低い場合です。10,000人に1人が感染している例で表を作ってみると次のようになります。

1万人のうち1人が感染している場合
検査人数 陽性判定 陰性判定
感染者  1   1   0 
非感染者  9999   1   9998 
合計  10000   2   9998 

真陽性率 = 1/2 = 50% です。一方、感染率の高い集団の検査は様子が違ってきます。

1万人のうち150人が感染している場合
検査人数 陽性判定 陰性判定
感染者  150   150   0 
非感染者  9850   1   9849 
合計  10000   151   9849 

真陽性率は 150/151 = 99.34% になります。



ここで本書にはありませんが、新型コロナウイルスのPCR検査ではどうなるかを見てみます。新型コロナウイルスのPCR検査の感度と特異度は正確にはわからないの現状です。正確に知るためにはPCR検査以外の方法で感染者・非感染者を正確に判別し、その人たち多数のPCR検査をして調べる必要があります。しかし「新型」なのでPCR検査以上に正確に判定する手段がありません。また感染してからの時間経緯とともに感度が変わってくるということもあります。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、

・感度 70%
・特異度 99.9%

と推定しています(日本経済新聞 2020年9月4日による)。これをとりあえずの値として「集団の感染率によって真陽性率がどう変化するか」を計算してみたのが次のグラフです。

真陽性率.jpg
新型コロナウイルスのPCR検査の真陽性率
横軸は検査した集団の感染率。縦軸は陽性と判定された人が真に感染している確率(真陽性率)。感染率 0.14% の集団のPCR検査を実施すると真陽性率は50%である。感染率が 1.27% の集団になって真陽性率が 90% になる。PCR検査の感度は 70%、特異度は 99.9% とした。

このグラフから明らかなように、感染率0.14%の集団(1万人に14人の感染者)のPCR検査を実施すると真陽性率は50%です。つまり陽性と出ても感染しているかしていないかは全く不明です。感染率が1.27%の集団(1万人に127人の感染者)になって初めて真陽性率が90%になります。

新型コロナウイルスのPCR検査について専門家の多くの意見は「増やすべき。ただし増やすやりかたは慎重に」というものだと思います。その裏には上記のような感度・特異度の問題があるわけです。


第5部:メディアが人々を惑わす


「世界のニュース」と題されている第5部は、メディアが人々を惑わしている例です。この中kら「偽りのバランス」を紹介します。

 偽りのバランス 

「対立する見解を、それぞれの見解を裏付ける証拠に大きな違いがあるにもかかわらず、同等に扱う」ことを、本書では「偽りのバランス」と呼んでいます。これは報道機関が犯す典型的なあやまちです。著者によると、2016年の米国の大統領選挙(ドナルド・トランプ 対 ヒラリー・クリントン)では、トランプ陣営からの嘘やフェイク、根拠のない決めつけが圧倒的に多かったにもかかわらず、同等に扱ったのがその例です。

「偽りのバランス」の科学版も考えられます。喫煙が肺癌を引き起こすというデータは膨大にありますが、喫煙が肺癌を引き起こさないというデータはわずかしかありあません。この両者を対等に扱う報道やTV番組はおかしいのです。

気候変動もそうです。気候変動が起こっていることを示すデータは膨大にありますが、起こっていないことを示すデータはわずかです。この両者を対等に扱うべきではない。本書には、MITの科学ジャーナリズム・ナイト・センターの所長を務めるボイス・レンズバーガー(Boyce Rensberger)の意見として「バランスのとれた科学報道とは、議論の両見解を等しく重いものとして扱うことを意味していない。証拠のバランスに応じて、重みを配分することを意味している」と書かれています。全くその通りでしょう。


第6部:疑似科学


「暗闇に立つろうそく」と題された第6章は「疑似科学」を扱っています。たとえば次のような例です。


『ネイチャー』は世界で最も権威のある学術雑誌として知られる。この由緒正しい雑誌の神聖なページを埋める論文は、科学界の注目を浴びることになる。

1988年、フランス人免疫学者が発した驚くべき主張が、学術界を超えて大反響を呼んだ。ジャック・パンヴェニストが、人の抗体をその存在が完全に消えてなくなるほど薄く希釈したにもかかわらず、その溶液をしっかりと振ると免疫反応をみせた、と発表したのである。パンヴェニストにとって、それは水がかつて自分に含まれていた物質を何らかの形で記憶していることを意味していた。彼自身の言葉を借りると、「車の鍵で川の水をかき回したあと、数マイル下流で数滴の水を採取して、それを使って車を起動する」ような話だ。

一部の人はこの現象を「水の記憶」と呼んだが、実際にはすでに昔から名前が付けられていた。「ホメオパシー」だ。

『まどわされない思考』 p.366

ホメオパシーはドイツ人医師ザムエル・ハーネマンが1807年に提唱したもので、"治療薬" を極端に薄めます。100倍の希釈を10数回から30回繰り返して "治療" に使います。100倍の希釈を30回も繰り返すと、もともとの "治療薬" の分子は1つも残らないことは明白なのですが、「水が記憶している」とするわけです。「ただの水」なので副作用はありませんが、プラセボ(偽薬)以上の効果はありません。

このような200年近く前の亡霊が、抗体の免疫反応という新たな装いで登場したわけです。このような論文をなぜ『ネイチャー』ともあろう雑誌が掲載したのか、その経緯と撤回の顛末が本書に書かれていますが、それは省略します。



この「溶液をしっかりと振ると免疫反応をみせた」というとことで、2014年に起こった「STAP細胞事件」を連想しました。分化が終わった細胞に熱や酸などの刺激を加えると再び分化する能力が獲得されたと、理化学研究所の研究者などが発表したものです。これは発表者でも再現実験ができず、第3者の調査委員会は実験室におけるES細胞の混入によるものと結論づけました。

これは科学者が意図的に、あるいは誤って作り出した疑似科学と呼べると思いますが、もっと一般的には、健康にかかわる商品である「マイナスイオンを発生させる家電商品」や「ゲルマニウムを使った健康器具」も、科学を装った疑似科学でしょう。



著者は、インターネット時代になり、一時廃れていた疑似科学が復活してきていると警告しています。たとえば、日本では行われていませんが、水道水にフッ素を混ぜるのは安全で虫歯予防に効果があることが確立してきましたが、インターネット時代になって反フッ素運動が復活し、癌や鬱病などの副作用があるとの主張がなされるようになりました。これらは一見、科学の装いをまっとっているので注意が必要です。


終わりに


本書のまとめである「終わりに」のセクションから2つの点を紹介します。一つはディベート(討論)の問題点です。


人間社会はこれまでずっと、何が真実かを決める方法として討論ディベートを採用してきた。しかし、討論では最も理にかなった主張ではなく、雄弁に語られる不正な主張が勝つことも多い。意見が対立しているときは、言葉巧みな人や、人々の心に火を付けるのがうまい者が、明確な推論を行う人を打ち負かす。

討論そのものが誤った二分法に陥り、本来さまざまだったはずの意見を偽りの二極対立にまでそぎ落とし、私たちにそのどちらかで決断を迫ることもまれではない。現実はもっと複雑であるはずなのに。

この二極化により、考えを変えたり、熟考の末に妥協点を見つけたりするのは不可能になる。あまりに頻繁に討論をしたせいで人はさらに分裂し、多くの知を得ることができなくなっている。

『まどわされない思考』 p.445

著者も指摘していますが、ディベートの問題点には「偽りのバランス」もあります。本来まったく重さの違う2つの見解が、討論の場では同じ価値をもつものとして扱われるという弊害です。

上の引用で思い出すのは高等教育などで行われるディベートの実習訓練で、本人の意志とは無関係にグループを賛成派と反対派に分け、それぞれの立場からディベートをするというやり方です。こういった訓練を何回も受けた人は、二分法でディベートを行うことに違和感がなくなり、たとえそれが「偽りの二分法」であっても知らず知らずのあいだに許容してしまうのでしょう。

最後に引用するのは、本書の序章に書かれていたことと同様の主旨が「人格を決めるのは考える能力」という言い方で再度強調されているところです。


私たちの自我は価値観や信念と深く結びついているので見落としがちだが、私たちの根幹をなすのは、私たちの考えそのものではないのである。人格を決めるのは信念ではなく、考える能力なのだ。

人間は間違える生き物。だが同時に、間違いを正す能力にも恵まれている。恥ずべきは、間違えることではなく、過ちを正そうとしない態度のほうだ。新しい情報に直面したとき、必要ならば間違ってる信念を捨てて、信実を ─── たとえそれが不快なものであっても ─── 受け入れる能力を身につけなければならない。

『まどわされない思考』 p.444

「人格を決めるのは信念ではなく、考える能力」というのは良い言葉だと思います。信念も重要だが、それ以上に考える能力、という言い方もありだと思います。このあたりが本書の結論でしょう。



本書は、まどわされやすいパターンを分類・列記し、それに名前をつけています。「確証バイアス」や「誤った二分法」などです。世の中で公式に使われる用語もあれば、著者が名付けた言葉もあります。この「名前をつける」ということが重要だと思いました。

人間は事物や概念に「名前をつけて」自己に取り込みます。名前をつけることで、それを引き出し、応用できます。「いま自分は、自分の信念にマッチした都合のよい情報だけを拾い上げているのではないだろうか」と考えるより「確証バイアスでないか」と考える方が、思考方法としては効率的で有効性が高い。「確証バイアス」という言葉とその意味を知ってしまえば、その言葉を使って考えることができます。テレビの討論番組をみるときにも「あれは "誤った二分法" じゃないか」と批判的に考えることができます。

本書のテーマである「批判的思考」ができるようになるためには、このあたりが大切であり、そこが本書の価値だと思いました。




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