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No.290 - 科学が暴く「食べてはいけない」の嘘 [科学]

今回は No.92 の継続で、食と健康、ないしは食の安全性の話です。食とは "食べる" "飲む" に加えて、食品添加物など体内に摂取するものすべてを指します。

このブログの No.92「コーヒーは健康に悪い?」で、次のような話を書きました。

◆ 2013年8月26日の朝日新聞によると、アメリカのサウスカロライナ大学のチームが米国人44,000人のコーヒーを飲む習慣を調査し、その後17年にわたって死亡記録を調べた。その結果、55歳未満に限ると、週に28杯以上コーヒーを飲む人の死亡率が男性で1.5倍、女性で2.1倍になった。55歳以上では変化がなかった。

◆ 同じ記事によると、WHO(世界保健機構)は1991年にコーヒーを「膀胱がんの発がん性がある物質」に分類した。その一方で、アメリカ国立保健研究所(NIH)は2012年、50~71歳の男女40万人の疫学調査で、コーヒーを1日3杯以上飲む人の死亡率が1割ほど低いと発表している。

◆ 2013年8月27日の朝日新聞の「天声人語」は前日の記事をうけて、「6年前に日本の厚生労働省はコーヒーが肝臓がんのリスクを下げると発表した。いったいコーヒーは健康にいいのか悪いのか」と書いた。

◆ コーヒーの健康調査について、大阪商業大学の学長の谷岡一郎氏は著書の「社会調査のウソ」(文春新書 2000)で次のように書いている。つまり、以前に関東地方の大学教授が「1日3倍以上コーヒーを飲む人は飲まない人にくらべて心臓病で死ぬ確率が3倍以上になる」と発表した。しかしこの調査は「コーヒーに砂糖を入れて飲む人」と「ブラックで飲む人」に分けないと意味がない。つまり調査から砂糖の影響を排除する必要がある。

◆ 谷岡氏はまた、コーヒーを飲む人の方が飲まない人より喫煙率が高い傾向にあることを指摘している。

以上の No.92「コーヒーは健康に悪い?」で書いたことを簡潔にまとめると、次のようになるでしょう。

◆ サウスカロライナ大学、世界保健機構(WHO)、アメリカ国立保健研究所(NIH)、日本の厚生労働省で、コーヒーが健康に良いか悪いかの見解が錯綜している

◆ そもそも、調査・分析の方法が正しいのかどうか。特に、結果に影響を与えそうなコーヒー以外の因子(= "交絡因子")である「砂糖の摂取」と「喫煙」の影響を排除したのかが疑問である。



このコーヒーの話に見られるように、食については「健康に良い・悪い」「食べてもよい・食べてはいけない」という大量の情報が世の中に溢れています。困ったことにそれらの中には全く相反する見解があり、また科学的に根拠が薄い(根拠が無い)ものもある。とにかく "玉石混交" の状態なのです。

この状況の中で、2020年3月にある本が出版されました。アーロン・キャロル著・寺岡朋子訳『科学が暴く「食べてはいけない」の嘘 ─── エビデンスで示す食の新常識』(白楊社。2020.3.26)です。以下「本書」と記述します。今回はその内容を、感想をまじえて紹介したいと思います。コーヒーの話も出てきます。


The Bad Food Bible


本書の原題は『The Bad Food Bible』(2017)で、直訳すると「悪い食品バイブル」です。その内容は、世の中で(アメリカで)"健康に悪い" とされている食品について、その科学的根拠を精査すると "実は悪くない" ことを示したものです。市民を不安にさせている食の情報は大抵は科学的に間違っている、というわけです。

著者のアーロン・キャロルはインディアナ大学医学部小児科の教授ですが、栄養学に興味を持ち、過去の研究を調査・分析し、その成果をもとに食と健康についての啓蒙活動を行っています。ニューヨーク・タイムズをはじめとする各種のメディアにもコラムを書いています。

本書のキーワードは日本語題名の副題にある「エビデンス=科学的根拠」です。科学的根拠とは何か、何をもって科学的根拠があると言えるのか、それが本書では明確にされています。そこが大きなポイントです。

冒頭に書いたように、コーヒーの安全性についてはサウスカロライナ大学、世界保健機構、アメリカ国立保健研究所、厚生労働省が錯綜した見解を出していました。どれも立派な機関であり、これらすべては「それなりの科学的根拠」に基づいた発表だと考えられます。しかし本書が強調しているのは、

食の安全性についての研究は、質の高いものも低いものもある。つまりピンキリである。

ということです。著者は各種の論文を地道に精査し、質の高い研究をセレクトして本書を書きました。では、質の高い研究とは何で、逆に質の低い研究は何かです。つまり本書のポイントである "科学的根拠" とは何でしょうか。


科学的根拠とは何か


実験室での研究

本書でまず強調してあるのは、試験管で培養した細胞や実験動物を使って食の安全性を検証するのは、それだけではダメだということです。


私は、そのような研究自体が間違っていると言っているのではない。ただ、実際の人間で研究結果が追試されたり調べられたりしない限り、それが人間に本当に当てはまるとは見なせないと主張しているのだ。

これは、マウスやラットなどの動物を用いる研究について特に言える。小動物を用いた研究には欠陥があるということが繰り返し示されたきたにもかかわらず、そのような研究が栄養学のいたるところでおこなわれている。たとえば、マウスの餌の摂取に関する研究があるが、そこからは人間の食品の摂取について正しい結論がまったく導き出せなかったりする。また、マウスに大量の餌を短期間で与える研究もあるが、そんな研究は必ずしも人間の行動のモデルにはならない。

アーロン・キャロル著
『科学が暴く「食べてはいけない」の嘘』
(寺岡朋子訳。白楊社。2020.3.26)

グルタミン酸ナトリウム(Monosodium Gultamate。MSG)は「味の素」以来、日本人にはなじみの "うま味調味料" ですが、アメリカでは安全性が問題視されたことがあり、今でも偏見が続いています。その MSG について、本書に次のような実験が出てきます。


2002年、1日に20グラムの MSG をラットに最長で6ヶ月間食べさせることで、ラットの目に障害が起こることが示された。しかし人間が食べる量は、はるかに少ない。アメリカ人の平均摂取量は1日に約0.5グラムであり、1回の食事で食べる量として最も多い場合でも数グラムだ。

「同上」

本書には巻末に参考文献や出典が詳細にリストされているので、上の実験を調べてみると、弘前大学の大黒教授のグループの研究でした。「ラットの目に障害が起こる」とあるのは、網膜の神経細胞に MSG が蓄積し、網膜ニューロン層が薄くなることをラットで確認したとのことです。

しかしこの結果をもって「MSG の摂取が人間の目の健康を害する」などとは言えないわけです。そもそも実験の摂取量ですが、ラットの体重はオスで0.5kg程度です。人間の体重からすると、ざっと 1/100 です。つまり「1日に20グラムの MSG をラットに6ヶ月間食べさせる」ということは、人間で言うと「1日に20グラム×100 = 2キログラムの MSG を食べ続ける」という、絶対にありえない状況です。もちろん体重比で単純換算することの意味については科学的な検証が必要です。

さらに重要なのは、ラットで起こったことが人間にも起こるとは限らないことです。キャロル教授は「人間の健康について主張するためには、人間を対象とした研究・検証が必要だ」と主張しているわけです。



その「人間を対象とした研究」は大きく二つにわけられます。

◆ 観察研究
◆ 実験研究

の二つです。その「観察研究」を信頼性の低いものから高いものへと並べると次のようになります。

観察研究

症例報告は最も信頼性の低いものです。本書ではわかりやすく「私の曾祖母は大さじ一杯のタバスコを毎朝食べていました。それで100歳近くまで長生きしたんですよ」という例を書いています。これは確かな事実を述べているのでしょうが、一例にすぎません。

よくテレビの健康食品やサプリメントのコマーシャルで、その製品を愛用している人が出演して「これを飲み出してからとても元気になりました」という意味のことをしゃべります。そのとき、画面の隅には「個人の感想です」という文字が小さく表示されます。これがつまり症例報告です。症例報告は「ほぼ例外なく科学的価値はひとかけらもない」とキャロル教授は書いています。

症例シリーズは、いくつかの症例報告を並べて何かを言うものです。たとえば「タバスコを毎日食べていた10人が全員健康だった」と書かれているような論文です。あくまで少数の例にすぎず、要因同士に関係があるかどうかや、要因の相関の強さについての統計的検定はありません。症例シリーズも症例報告と同様に無視してよいものです。

横断研究は、結果をまじめに受け止めてよい最初のものです。これは、ある集団を対象とし、ある一時点で、一つの要因(例えば食習慣)が他の要因(例えば健康状態)とどう関係しているかを調べるものです。例えばある集団において「大さじ一杯のタバスコを毎朝食べる人」が何人いるかを調べ、その集団の健康状況を調査して関係を分析するのは横断研究になります。しかしこれは、あることをしている人・ある状態にいる人の数を明らかにする意義はありますが、それ以上のものではありません。

症例対照研究は、横断研究の上に位置づけられるものです。これは、ある症例(たとえば病気)を示す人(症例群)と、その症例を示さない人(対照群)を、諸条件が一致する前提で(たとえば年齢、性別、居住地域など)たくさん集めます。そして統計学を使って、症例を示す人と示さない人の違いを調べます。たとえば、胃がん患者の一群と胃がんではない人を集め、大さじ一杯のタバスコを食べるかどうか、食べるとしたらその頻度を尋ねて分析するというような例です。

キャロル教授は、食品における症例対照研究の落とし穴は「思い出しバイアス」だと言っています。例えば、希な病気にかかっている人は特定のものを食べたと報告することが健康な人に比べて多い。特にその食品が「体に悪い」と聞いたことがあれば、その食品を食べたことをよく覚えている傾向にあります。健康状態によって思いだし方に偏りが生じる。これが「思い出しバイアス」です。

コホート研究は症例対照研究よりも優れています。これは対象集団(コホート)を一定期間追跡し、特定の要因がどんな影響を及ぼすかをみる研究です。例えば、集団の中で大さじ一杯のタバスコを毎日食べる人々と、そうでない人々の経過を追い、健康状態にどういう影響が現れるかを調査する研究です。経過を追うところがポイントで、コホート研究は思い出しバイアスの影響を受けにくいのです。



以上の観察研究で、科学的根拠として意味があるのは症例対照研究コホート研究です。これによって「異なる要因の間に相関関係がある」ことが示せます。しかし、「相関関係があるからといって、因果関係があるかどうかは不明」です。このことについて、このブログでは No.223「因果関係を見極める」に詳しく説明しました。因果関係を示すためには実験研究が必要です。

実験研究

実験研究では、人々を集めていくつかのグループにわけ、あるグループには特定の介入をし(特定の食事をしてもらうなど)、別のグループには別の介入を行い、その経過を観察します。つまり計画・設計された実験を行うわけです。このタイプの研究でもっとも信頼度が高いのが「ランダム化比較試験」です。

ランダム化比較試験(RCT。Randomized Controlled Trial)では、特定の介入を受けるグループと(介入群)と、介入を受けないグループ(対照群)をランダムに振り分けます。そしてグループ間の違いを追跡する。これによってグループ間に相違が見られると、その相違は介入によるものと推定できます。ランダムに振り分けるのがポイントで、こうすることで特定の介入以外の "結果に影響を与えるかもしれない条件(年齢、性別、食習慣 ・・・・・・)" が平均化されて相殺されるわけです。

さらに RCT 中でも最も信頼度が高いのは、対照群にプラセボ(=偽薬。疑似介入)を与えるものです。こうすることで研究者も被験者も誰が介入を受けているのかが分からず、より信頼度が高まります。

RCT の問題は多大な労力と費用がかかることです。追跡調査が必要なことに加えて、ランダムにグループを振り分けるので被験者の数が多いことが前提だからです。そのため実施例は少なく、このことも含めて一般に食の研究には優れたものが少ないのが現状です。なお RCT については、食の研究ではありませんが No.223「因果関係を見極める」に実例を紹介しました。



以上のように、研究には信頼度が高いものから信頼度ゼロまでがあります。これらを判別して質の高い研究を選ぶ必要がありますが、さらに「質の高い複数の研究を選択して総合する」ことで、より信頼度が高まります。

その一つのシステマティックレビューは、質の高い研究だけを集めて、そこに含まれる知見を要約するものです。またメタ分析は、複数の研究データを総合し、それらがあたかも一つの大規模な研究のデータであるかのようにまとめたものです。キャロル教授は本書で結論を導くために質の高い研究を選択していることはもちろんですが、できるだけシステマティックレビューやメタ分析を採用するようにしています。



さらにキャロル教授は介入の結果(=アウトカム)に関して、"プロセス指標"(血圧、コレステロール値、血糖値など)よりも、"真のアウトカム"(心臓発作の発生率や死亡率など)を分析した研究を重視しています。言うまでもなく一番大切なのは "真のアウトカム" であり、"プロセス指標" は "真のアウトカム" につながるかもしれないが、どうつながるかの知見が不十分なことがあるからです。



今までの話を簡潔にまとめると、キャロル教授が食に関する研究を調査するときの原則は次の通りです。

◆ 研究事例を、最も信頼性の高い RCT(ランダム化比較試験)から科学的根拠にはなり得ないものまでに分別し、信頼度の高いものを優先して採用する。

◆ システマティックレビューやメタ分析の事例があれば、さらに優先的に考慮する。

◆ プロセス指標ではなく真のアウトカムを分析結果とする研究を優先する。

これが、キャロル教授が過去の研究を総合して食の安全性を評価するときの方法論です。この方法論に基づいて各種の "健康に悪い" とされている食品が本当にそうなのかを調べたのが本書です。食の安全性についての本は多数ありますが、本書はまず方法論が明示してあって、過去の研究の調査と分析があり、結論が導かれる。そこが違うところです。

以下、本書に書かれている10種の食品の安全性について、そのうちの6種を簡単にみていきます。


バター


1970年代から、動物性脂肪の成分である飽和脂肪酸は、心臓の健康に悪い(=心臓発作などの冠動脈性心疾患のリスクが高まる)という説が広まり、そのためバターよりも植物性脂肪を原料とするマーガリンが推奨されたことがありました。植物性脂肪の成分は不飽和脂肪酸です。

しかしキャロル教授は各種の研究を総合して「飽和脂肪酸は悪」は根拠十分であり、バターやクリームを食べても問題なしとしています。このことは現在の日本では常識だと思いますが、アメリカではまだ「飽和脂肪酸は悪」と思い込んでいる人が多いようです。

さらにキャロル教授はバターよりマーガリンに多く含まれるトランス脂肪酸が健康に悪いのは明白で、そのためアメリカでは成分量に規制が行われていることを述べています。ちなみに、日本で売られているバターとマーガリンの原材料を比較してみると次の通りです。

バターの原材料
生乳、食塩

マーガリンの原材料(雪印メグミルクの "ネオソフト" の例)
食用植物油脂(国内製造)、食用精製加工油脂、食塩、粉乳(乳化剤)、香料、着色料(カロテン)

正確に言うと "ネオソフト" はマーガリン(油脂含有率 80%以上)ではなく、ファットスプレッド(油脂含有率 80%以下)に分類される商品です。

余談ですが、私の配偶者はバターは買いますが、マーガリンは買いません。それはマーガリンの原材料には各種の添加物があり、類似の機能の食品がある場合は添加物を少ない方を選ぶというのが彼女の原則だからです。これはマーガリンが安全でないとか、添加物はいけないと言っているのでは全くありません。売られているのは食品安全基準に則った立派な食品のはずだし、ネオソフトは発売開始以来60年を越えた由緒ある商品です。ただ個人としての「行動様式」がそうだということです。





「卵に含まれるコレステロールは健康に悪い、卵は1日1個まで」とする風潮があります。しかしキャロル教授は、それは「ウソ」と明言しています。

コレステロールに関する知識は進んできました。体内のコレステロールは2種類あり、一つは HDL(高比重リポタンパク質)で "善玉コレステロール" です。もう一つは LDL(低比重リポタンパク質)で、これが高いと動脈硬化(=アテローム性動脈硬化)のリスクが高まります。いわゆる "悪玉コレステロール" です。

コレステロールは人体に必須の物質であり、特定のビタミンやホルモンを作ったり、細胞の部品を作ったり、脂肪を消化したりします。1日に約1000mg が肝臓で作られ、血液で全身に運ばれる。健康診断で測定するコレステロール値は、この「血中コレステロール」の値です。

では、卵に含まれるコレステロールのような「食事性コレステロール」は「血中コレステロール」にどの程度影響するのでしょうか。キャロル教授は2002年に行われたランダム化比較試験(RCT)の結果を紹介していますが、被験者の70%が食事性コレステロールへの "低応答" でした。低応答とは、食事性コレステロールは血中コレステロールにほとんど影響しないということです。また残りの被験者も、食事性コレステロールと血中コレステロールの関係は弱いものでした。

以上の研究からキャロル教授は「卵は我慢しなくてよい」と書いています。


コーヒー


本書には、この記事の冒頭に書いたコーヒーの安全性の話もあります。冒頭に示したように、WHO(世界保健機構)は1991年にコーヒーを発がん性がある物質にリストしました。その後の研究ではどうなのでしょうか。

確かに、いくつかの研究ではコーヒーが発がんリスクを高めましたが、逆にリスクを低めたり(肝臓がん)、発がんとは無関係(乳がん、前立腺がん)とする研究もあります。またコーヒーが肺がんのリスクを高めたとした研究もありますが、それは喫煙者に限定した話だったりします。逆に、コーヒーが心疾患や肝疾患のリスクを低下させるという研究が増えてきました。

これらを総合してキャロル教授は「コーヒーが健康に悪影響があるというのは根拠薄弱」と結論づけています。

ちなみに、WHOは2015年に「コーヒーの摂取による膵臓や女性の乳房、男性の前立腺に対する発がん作用はなく、肝臓や子宮内膜の発がんリスクの低下がみられた」として、コーヒーを発がん物質からはずしました。WHOがこのように見解を180度転換するのは珍しいようです。


人工甘味料


1980年代にアメリカではサッカリンを含む食品に「サッカリンは実験動物で発がん性が確認されています」との警告文が義務づけられました。これはラットに大量のサッカリンを食べさせると膀胱がんになったという実験によります。

しかしラットは膀胱がんになりやすい動物です。ラットに大量のビタミンCを食べさせても膀胱がんになりますが、だからといって「ビタミンCは実験動物で発がん性が認められた」という警告をオレンジジュースに貼るべきだという話にはなりません。

しかも、ラットが膀胱がんになったからと言って、人間もそうなるとは限らない。その後のイギリス、デンマーク、カナダ、アメリカで人間を対象に行われた研究で、サッカリンと膀胱がんの関係性は認められませんでした。2000年になってアメリカ政府はサッカリンを発がん性物質のリストからはずしました。

しかし「時すでに遅し」で、サッカリンの件は人工甘味料に対する不信感を人々に植え付けてしまいました。この結果、サッカリンにかわる人工甘味料のアスパルテームについても病気のリスクを高めるという論文が出されることになりました。キャロル教授によるとこれらはすべて根拠薄弱であり、質の高いランダム化比較試験(RCT)ではアスパルテームと病気のリスクには関係性が見られません。

また人工甘味料についての補足ですが、2008年、ダイエット飲料(低カロリー甘味料・人工甘味料)を多く飲む人の方が肥満が多いという研究結果が出されました。本書の草稿を書いた段階でも類似の研究が発表されています。しかしこれを、メディアで報道されたように「低カロリー甘味料を摂取すると肥満になる」と考えたとしたら、それは因果関係を逆にとっているのであって、「肥満の人ほど(ダイエットのために)低カロリー甘味料を多く摂取する傾向にある」のが正しい見方です。

ちなみに、No.84「社会調査のウソ(2)」で紹介した、「カロリーオフ炭酸飲料を飲む人の方が、飲まない人より糖尿病の発症リスクが高い」とした金沢医科大学の研究(2013)も全く同じことでしょう。

つまり、被験者を「自分には糖尿病のリスクがあると自覚している人」と「自覚していない人」に分けたとします。リスクがあると自覚しているとは、毎年の健康診断で血糖値が基準をオーバーする人や、医者から "このままでは糖尿病になって一生透析をすることになりますよ" と脅された人、また親が糖尿病で苦しんでいる人などです。ここで、被験者がカロリーオフ炭酸飲料を飲む頻度を調査すると、糖尿病のリスクがあると自覚している人の方が頻度が高いはずです。

さらに10年後に被験者が糖尿病を発症したかどうかを調査すると、糖尿病のリスクがあると自覚している人の方が発症している可能性が高いはずです。つまり「カロリーオフ炭酸飲料を多く飲む人の方が糖尿病発症リスクが高い」となるわけで、これは当然です。

キャロル教授は人工甘味料をとっても問題はなく、逆に、食品に添加される糖類(砂糖や転化糖など)こそ、過剰に摂取すると健康が害することが科学的に明白だと強調しています。


うま味調味料


アメリカではうま味調味料のグルタミン酸ナトリウム(MSG)が健康に悪いという不信感が根強いようです。それはラットに大量の MSG を食べさせる研究から始まったものでした。さらに MSG は「中華料理店症候群」(中華料理を食べたあとに感じるしびれや動悸)の "犯人" にされるという「風評被害」にあい、排除の動きが加速しました。

しかし MSG が悪とする研究には一貫性がありません。ランダム化比較試験(RCT)による質の高い研究では、健康に悪いという結果は出てこないのです。一部の学者は MSG過敏症の人がいて、その人たちには悪いとの説を唱えました。これに決着をつけるために、2000年に MSG過敏症だと訴える130人を集めた実験が行われましたが、MSG を与えた人とプラセボを与えた人に一貫性のある結果は見られませんでした。

キャロル教授は、グルタミン酸は人体に必須のアミノ酸であり、数々の食品に含まれていて母乳にも大量に含まれていることを力説しています。このあたりは、グルタミン酸ナトリウム(=味の素)を調味料として開発したのが池田菊苗博士であることもあって日本人にはなじみの話ですが、キャロル教授が長々と力説しているところをみると一般のアメリカ人には知識が行き渡っていないようです。


非有機食品


No.245「スーパー雑草とスーパー除草剤」で、アメリカの消費者はオーガニック(有機)食品になびいていて、そのトレンドを見越したアマゾン・ドット・コムは、オーガニックにこだわってきたスーパー・マーケット、ホールフーズを買収したことを書きました。

アメリカでは農務省(USDA)が決めたオーガニックについての基準があり、これに合致した食品は「USDA Organic」のラベルをつけて販売できます。本書ではその「USDA Organic」の基準が簡単に書いてあります(段落を追加しました)。


農務省によると、有機農産物を栽培する土壌では、植え付けの3年以上前から禁止物質(ほとんどの合成殺虫剤、合成除草剤、合成肥料)を使用してはならない。

肥料は、化学合成ではない肥料か、許可されている合成物質でなくてはならない。

除草剤や殺虫剤は、自然のものか、許可された合成物質リストに掲載されているものに限定される。

種子は有機で、非遺伝子組み替え(引用注:食品には "Non GMO" と表記される。GMOは "遺伝子組み替え作物" の意味)でなくてはならない。

家畜には、3世代前から有機飼料のみを与えなければならない。ただし、一部のビタミンやミネラルの栄養補助物質は与えてもよい(引用注:飼料に抗生物質を混ぜるのは禁止)。

牛乳を有機と見なすためには、酪農用の家畜は1年以上有機的に飼育されなくてはならない。

病気の家畜は、許可された物質のみで治療する。反芻はんすう動物は放牧シーズン中に120日以上放牧されなければならず、飼料の30パーセント以上は牧草でなくてはならない。家畜はすべて、年間を通じて戸外に出られるようにしなくてはならない。

複数原材料からなる製品の認証につていは、さらに多くの取り扱い基準や規則が定められている。製品に「有機認証」を表示するためには、原材料の95パーセント以上が有機であることが求められる。

「本書」

一つのポイントは「除草剤や殺虫剤は、自然のものか、許可された合成物質リストに掲載されているものに限定される」ことでしょう。つまり、農薬(除草剤や殺虫剤)を完全に禁止しているわけではありません。この点は日本の有機JAS認証と同様です。

その有機食品ですが、本書には各種の研究を総合して「有機食品が非有機食品より優れているという科学的根拠はほとんどない」としてあります。各種の分析をみても、栄養的には同じであるし、汚染物質について言うと、確かに残留殺虫剤は「有機」の方が少ないが「非有機」の濃度も安全性上認められている限度以下です。

「有機」か「非有機」かは栄養学の問題ではなく、むしろ環境や社会の問題です。キャロル教授はそこは専門の範囲ではないとして、判断は読者にゆだねるとしています。「非有機」のメリットはコストが安いこと、非有機農業のほうが土壌の浸食・流出が少ないことなどです。一方「有機」の方は、農薬が限定され使用量が少ないので環境によく、より肥沃な土壌が作られ、二酸化炭素をより多く土壌に閉じこめる傾向にあるとされています。

ただ、キャロル教授が文句なしに「有機」がよいとするのは、有機認証を受けた家畜は飼料に抗生物質が含まれないことです。FDA(アメリカ食品医薬品局)は、アメリカの抗生物質の販売量は人間用より家畜用の方が多いと推定していて、これはとりもなおさず薬剤耐性菌の出現を助長していることになるからです。キャロル教授が抗生物質不使用を「有機」の利点にあげるているのは医者らしい発言だと思いました。

Organic Figs.jpg

自宅近くのスーパーで購入した乾燥イチジク。米国の Safe Food Corporation 社製で、イチジクはトルコ産。「USDA ORGANIC」と「NON GMO Project VERIFIED」のマークがついている。「USDA ORGANIC」は米国農務省の「有機認証」を受けたことを示す。「NON GMO Project」は米国のNPO団体で、GMO(=遺伝子組み換え作物。Genetically Modified Organism)不使用の認証を行っている。No.245 の画像を再掲。


それ以外にも ・・・・・・


以上、「バター」「卵」「コーヒー」「人工甘味料」「うま味調味料」「非有機食品」の6つの分析のごく概要を書きましたが、本書にはそれ以外にも次のような話が載っています。

◆ 赤身肉(牛肉、羊肉)を食べる人は寿命が縮まるという説は、調査結果の恣意的解釈に過ぎない。

◆ 「牛乳は骨に良い」は根拠がない。もちろん、カルシウム不足の人が牛乳を飲むのは意味があるが、普通の人が牛乳を飲んだからといって骨折のリスクが減るわけではない。

そもそも人間を含む哺乳類は、乳児のときにはミルクで育ちますが、それ以降はミルクは飲みません(読んで字のごとくです)。授乳期が過ぎると乳糖(ラクトース)を分解する酵素・ラクターゼの活性が低下するからです。しかし人間はどういうわけかヨーロッパ人を中心に大人になってもラクターゼの活性が持続する人がいて、そういう人は牛乳を飲んでも消化不良や下痢を起こさない。だから大人になっても牛乳を飲む人がいるわけです。

◆ 塩(塩化ナトリウム)について、高血圧の人は塩分摂取を控えるべきだが、逆に、どういう血圧であれ塩分摂取が少なすぎると、それは多すぎるより健康に悪い。

◆ 酒については、もちろん飲み過ぎはよくないが、適度(1日に2杯程度)を飲むのは健康に良いという研究結果が積み上がってきた(常識的な結論でしょう)。

◆ 「グルテンフリー」の食品が必要なのはセリアック病(グルテンの摂取が引き金となって小腸が損傷する、遺伝性の自己免疫疾患)や小麦アレルギーの人だけであり、普通の人は「グルテンフリー」など不要である。

グルテンは小麦や大麦に含まれているタンパク質で、弾力性があり、パンやピザやパスタやうどんの触感を作り出している成分です。欧米ではグルテンが健康に悪いという風潮が広まり、「グルテンフリー(グルテンを含まない)」と銘打った食品が多数売られています。

考えてみると、人類が最初に農業を始めたのは小麦であり、人は1万年に渡って小麦と(従ってグルテンと)付き合ってきたわけです。それが「体に悪い」というのは、科学的証拠を調べなくても嘘だと推測できます。もちろん、一部の人(セリアック病、小麦アレルギー)にとってはグルテンフリー食が必須です。

ちなみにセリアック病は、遺伝性の自己免疫疾患であるにもかかわらず20世紀後半から急増した病気です(No.119「不在という伝染病(1)」参照)。

本書の紹介はここまでで終わります。以下は本書を読んだ感想です。


本書の感想


最初の方に書いたように本書の特徴は、食の安全を議論するときの「科学的とは何か」を明確にしていることです。そこが本書の一番の意義です。

全10章に渡って分析されている「食べてはいけない」食品ですが、やはり食習慣は国によって違うと思いました。本書は「アメリカ人が書いた、アメリカの状況を念頭においた本」という感じがします。というのも、分析されている「食べてはいけない」の中には日本人があまり意識しないものもあるし、「食べてはいけないは嘘」の中には日本人にとっては既に常識的なものがあるからです。全般に、本書に書かれている10個の食品についての結論(=食べても大丈夫)は常識的です。逆に言うと、著名大学教授がこういう本を書かないといけないほどアメリカでは「食べてはいけない神話」が蔓延しているのかと想像しました。

とはいえ、この本からいくつかの教訓が得られると感じました。つまり我々が「信じやすい嘘 = 科学的根拠がないもの」や、「陥りやすい思考の落とし穴」があぶり出されていると思うからです。

その第1は「化学合成物は悪」とする考えです。我々は何となく化学的に合成した物質に対する不安を抱いてしまいます。グルタミン酸(MSG)に対する(アメリカでの)偏見も、人体に必須だと理解できても、それが工業的に合成されたものだと不安になる。グルタミン酸を作るプロセスは、ある特殊な細菌にブドウ糖などを "食料" として与え、細菌の老廃物として出てくるグルタミン酸を集めて精製するというものです。つまり工業的に合成といっても、根幹のところは生命活動で作られるものです。これは、糖から酵母の作用でアルコールを作る酒の醸造とそっくりです。市販されているグルタミン酸を「工業的に合成」というなら、あらゆる酒は工業的に合成したものになってしまいます。しかし、それでも偏見は消えない。

化学合成物に対する不安感は理由がないわけではありません。化学合成物によって環境が汚染され、人が死に、慢性疾患になり、また多数の生物が死に絶えた歴史があるからです。農薬による環境汚染は今でも続いています。

しかし、すべての化学合成物が悪ではありません。自然界に存在しない物質には確かに人体にとっての健康リスクがありますが、現代社会では安全性の厳格な評価がされています。不必要に恐れる必要はないのです。

第2は「植物性は動物性より良い」という、ボヤッとした、根拠のない思い込みです。「動物性タンパク質・脂肪」より「植物性タンパク質・脂肪」の方が体に良いと、何となく思っている人は多いのではないでしょうか。菜食主義者は聞くが肉食主義者は聞かないし、野菜を食べなさいというアドバイスはよくあるが、肉をもっと食べなさいとは言われない。「植物 = グリーン = エコ」といったイメージもあります。

しかし植物性と動物性はどちらが良いかという話ではなく、別種の食品の話です。本書に「赤身肉は健康に悪い」という風潮があることが紹介されていました(もちろんキャロル教授は否定しています)。しかし人類は "約250万年前に狩猟による肉食に手を出した霊長類" なのですね。人類は肉食と植物食で進化してきたわけです。「赤身肉は健康に悪い」のなら、人類は250万年間やってきたことは何だったのかということになります。

もちろん、植物食と肉食を環境問題としてとらえるなら話は分かります。牧畜は本来、人間が食べられないもの(草、雑穀など)から食べられるもの(肉や乳など)を得る手段でした。農場で育てたトウモロコシや大豆や大麦といった人間の食料になるものをわざわざ家畜に食べさせるのは、本末転倒と言えます。しかもこのプロセスはエネルギーや水などのコストが大で環境負荷が高いことが明らかです。

環境問題を考慮して菜食主義を貫くというのは立派な態度です。しかし環境問題と栄養学は違います。議論するなら、この2つを切り離して議論することが重要です。

第3に「食事による摂取と体内生産を同様に考えてしまう」のも陥りやすい誤りです。これは必ずしも正しくない。本書の「卵」のところで、コレステロールの多い食品(例えば卵)を食べても、血中コレステロール値はほとんど変わらないことが書かれていました。

これで思い出すのがコラーゲンです。コラーゲンが豊富な食品を食べたとしても、コラーゲンのタンパク質はアミノ酸に分解され、そのアミノ酸が人体維持にいろいろと使われる。皮膚や靱帯、腱、骨の重要な構成要素がコラーゲンであることは紛れもない事実ですが、「食事性コラーゲン」がそのまま皮膚などになるわけでは全くないのですね。

我々は、薬やビタミン剤などのサプリメントで特定の成分を摂取すると、それが直接、体に取り込まれて良い影響を与えることがあたりまえと思っています。しかし、摂取するすべての成分がそうだと考えたら大きな間違いです。食事による摂取と体内生産は分けて考えることが重要でしょう。騙されやすいところです。



我々は、科学的根拠の全くない「食べてはいけない神話」や、その反対の「食べると良い神話」を迂闊うかつに信じないようにすべきである ─── これが本書から得られる教訓です。


野菜は毒だから体によい


この記事の冒頭で No.92「コーヒーは健康に悪い?」を振り返り、またキャロル教授の本書にもコーヒーの話が出てきました。コーヒーと健康の問題で常に議論になるのがカフェインです。本書のコーヒーについての議論も、結局のところ "カフェイン問題" なのです。

このカフェインについて、No.178「野菜は毒だから体によい」で書いたことを思い出しました。No.178 を要約すると、

◆ 植物は害虫から身を守るために微量の毒素を発達させてきた。

◆ この毒素には、人間が大量に食べると体に悪いが、逆に少量だと健康を増進するものがある。

◆ 健康を増進する理由は、微量毒素が人間の体にストレスを与え、そのストレスに対抗するために、抗酸化酵素や解毒酵素(発がん物質の排除など)の生産が始まるといった体の機能が働くからである。微量毒素が抗酸化作用や解毒作用を持つわけではない。

◆ このように「少量なら有益だが、量が増えると有毒になる」現象を "ホルミシス" と呼ぶ。

◆ ホルミシスを引き起こす物質には、スルフォラファン(ブロッコリーに含まれる)、クルクミン(香辛料のターメリック)、カフェイン(コーヒー、茶)、カテキン(茶)、カプサイシン(唐辛子)などがある。

となります。カフェインが "ホルミシス" を引き起こす物質としてあげられていました。カフェインが「良いか悪いか」という問題設定は単純過ぎます。摂取量が議論のポイントのはずです。

そういうことを考えると、欧米で一般的な「デカフェ」(カフェインを抜いたコーヒー)はどうなのでしょうか。もちろんカフェインには中枢神経を興奮させる作用があるので、普通のコーヒーを一杯飲めばその夜は眠られない、という人もいるでしょう。そういう人にはデカフェが有用です。しかし、そうではない人にはどうなのか。ひょっとしたらデカフェは、コーヒーの一番有用な部分を抜いてしまっている可能性もあるでしょう。

人間の体には「ストレスに抵抗する機能」や「損傷を修復する機能」や「異物を排除する機能」が備わっていて、これらは健康に過ごすために必須です。一言で言うと自らを守る「防衛機能」です。しかし当然ですが、使わない機能は衰える。衰えないためには、軽いストレスや軽い異物(微生物など)に常に接する環境で体の機能を "鍛える" 必要があります。もちろん「軽い」ことが大前提です。人間の体は極めて複雑であり、高度なのです。

食の話に戻ると、体に良いものだけを食べましょうといった単純な話ではありません。食で守るべきは、

・ 種類は「まんべんなく、バランスよく」
・ 量は「ほどほどに」

が鉄則であり、その前提の上で、

・ 好きな食を存分に楽しむ

ことでしょう。




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