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No.361 - 寄生生物が宿主を改変する [科学]

今まで、寄生生物が宿主(=寄生する相手)をあやつるというテーマに関連した記事を書きました。


の3つです。最初の No.348「蚊の嗅覚は超高性能」を要約すると、

◆ 蚊がヒトを感知する仕組みは距離によって4種あり、その感度は極めて鋭敏である。
10メートル程度 : ヒトの呼気中の二酸化炭素
3~4メートル : ヒトの臭い
1メートル程度 : ヒトの熱
最終的に : ヒトの皮膚(色で判断)

◆ ある種のウイルスは、ネズミに感染すると一部のたんぱく質の働きを弱める。それによってアセトフェノンを作る微生物が皮膚で増え、この臭いが多くの蚊を呼び寄せる(中国・清華大学の研究)。

でした。また No.350「寄生生物が行動をあやつる」は、次のようにまとめられます。

◆ ハリガネムシは、カマキリに感染するとその行動を改変し、それによってカマキリは、深い水辺に反射した光の中に含まれる「水平偏光」に引き寄せられて水に飛び込む。ハリガネムシは水の中でカマキリの体から出て行き、そこで卵を生む。

◆ トキソプラズマに感染したオオカミはリスクを冒す傾向が強く、群のリーダーになりやすい。

◆ トキソプラズマに感染したネズミはネコの匂いも恐れずに近づく。

トキソプラズマは広範囲の動物に感染しますが、有性生殖ができるのは猫科の動物の体内だけです。トキソプラズマが動物の行動を改変するのは、猫科の動物に捕食されやすくするため(もともとそのためだった)と推測できます。

そのトキソプラズマについての記事が、No.352「トキソプラズマが行動をあやつる」です。何点かあげると、

◆ トキソプラズマに感染したネズミは、天敵である猫の匂いを忌避しなくなることが、実験によって証明された。

◆ トキソプラズマに感染した人は、していない人に比べて交通事故にあう確率が 2.65 倍 高かった(チェコ大学。NHK BSP「超進化論 第3集」2023.1.8 による)

◆ トキソプラズマに感染したハイエナはライオンに襲われやすくなる(ナショナル・ジオグラフィック:2021.7.11 デジタル版)。

などです。今回はその継続で、同じテーマについての新聞記事を取り上げます。朝日新聞 2023年2月~3月にかけて掲載された「寄生虫と人類」です。これは3回シリーズの記事で、その第2回(2023.3.3)と第3回(2023.3.10)を紹介します。今までと重複する部分もありますが、「寄生生物が宿主を改変する」ことを利用して医療に役立てようとする動きも紹介されています。


寄生生物の生き残り戦略


「寄生虫と人類」の第2回は、

生物操り 都合のいい環境に
宿主の脳や免疫を制御 生態系に影響も

との見出しです。例のトキソプラズマの話から始まります。


2018年5月、長崎県沖で小型のイルカ、スナメリの死体が漁業用の網にかかった。死因は寄生虫の一種、トキソプラズマの感染だった。

トキソプラズマは、幅広い恒温動物に寄生することが知られている。卵を産むことができる「終宿主しゅくしゅ」は、ネコの仲間で陸の動物だが、海獣まで宿主となる。

陸と海の生物がどうつながるのか。

ネコが、オーシストと呼ばれる殻に包まれたトキソラズマの卵をフンとともに排泄はいせつする。雨が降るとオーシストが川に流れ、やがて海まで運ばれる。貝の中にたまり、貝を食べた海の生物が感染する ・・・・・・。

死因を調査した、帯広畜産大チームの西川義文教授は「頭で知っていたが、本当に海の生物も感染するんだと認識した」。

「寄生虫と人類」
(朝日新聞 2023.3.3)

トキソプラズマの拡散.jpg
トキソプラズマの拡散
(朝日新聞 2023.3.3 より)


ヒトも世界の3割は感染しているとの報告もある。ネコのフンの処理や感染した動物の生肉を食べることを通じてうつる。免疫不全患者が感染すると重症となり、妊婦が初めて感染した場合、胎児の目の障害や発育の遅れなどをともなう先天性トキソプラズマ症にかかることがある。

健康なヒトなら症状が出ないか、軽い発熱や頭痛程度ですむことが多い。だから、さほど心配しなくてよいと考えられてきた。ただ、感染者は、統合失調症、うつ病、アルツハイマー病などの発病リスクがあがるという報告がある。


引用のようにトキソプラズマはヒトにも感染し、妊婦が初めて感染した場合、胎児が先天性トキソプラズマ症にかかることがあります。しかし、それ以上の影響があるのではと疑われています。つまり脳への影響です。脳への影響は動物で研究が進んでいます。


感染したトキソプラズマが、脳にどう影響するのか、動物で研究が進む。70年、感染したネズミの行動が変わるという論文が発表された。本来ならいやがるはずの天敵のネコのにおいを避けなくなったという。

この論文に注目した西川さんらも研究を始めた。トキソプラズマをネズミに感染させると、急性期を経て慢性期に移行し、筋肉や脳にひそんで感染し続ける。ネズミは急性期にはうつのようになり、慢性期には記憶が悪くなった。ネズミが、ネコに捕食されやすくなるような結果だ。

米国のグループはイエローストーン国立公園で、26年間、オオカミの行動を調べ、血液の分析もした。一部のオオカミは生息地がピューマと重なり、トキソプラズマに感染している。感染したオオカミは、感染していない個体より群れから離れてリスクの高い行動をとる確率や、リーダーになる確率が高いとわかった。感染が影響して大胆な行動をとる可能性を示した。


ネズミやオオカミにおけるトキソプラズマの影響は、No.350 や No.352 でも紹介した通りです。さらにトキソプラズマは、巧妙な仕掛けによって宿主の免疫系の攻撃から逃れるようなのです。


大阪大微生物病研究所の山本雅裕教授によれば、トキソプラズマは、光合成をしていた単細胞生物から進化してきた痕跡をもつ。もともとは自力で生きていたのに、ほかの生物に寄生するようになった。のっとられると困る宿主との間で、ミクロの戦いが繰り広げられている。米国のグループは11年に不思議な現象を見つけて発表した。普通なら寄生虫は宿主の免疫を抑えて、自分が排除されないようにするはずだが、トキソプラズマは、宿主の免疫を活性化しているという。

山本さんたちが仕組みを探ると、免疫が活性化すると働く分子Aが別の分子Bと一緒になって、トキソプラズマの増殖をじゃまする分子Cを抑えていた。宿主の免疫を活性化させながら、自らにとって都合のいい環境を作り出していた

「寄生虫はウイルスより遺伝子の数が多く、手を変え品を変え、複雑なことをやっている」と山本さんは言う。

宿主の生理や行動を変化させるだけでなく、そうした操作を通じて、自然の中で寄生虫が果たす役割は大きいことが次第にわかってきた。


寄生虫は自らの生き残りのために宿主を改変しますが、そのことが自然生態系に大きな役割を持っている場合があります。その例が、No.350「寄生生物が行動をあやつる」で紹介したハリガネムシです。


京都大の佐藤拓哉准教授らは、ハリガネムシが寄生した昆虫カマキリが、水面の反射光の特徴に引き寄せられて水に飛び込むことを実験で確かめた。昆虫カマドウマもハリガネムシが寄生すると水に飛び込むことが知られる。水に入ると、おしりからハリガネムシが出ていく。川に浮かんだカマドウマは渓流魚のえさになり、繁殖期前のエネルギーを供給する。渓流魚に狙われる恐れが減った水生昆虫は藻類を食べるので、藻類が増えすぎない

「ハリガネムシが生態系の維持に大きな役割を果たしている」と佐藤さん。あらゆる動物に、それを利用する寄生虫がいるといわれる。生物の多様性とその関係を知るには、寄生虫の役割をもっと知る必要がありそうだ。(瀬川茂子)


No.350「寄生生物が行動をあやつる」に書いたように、佐藤准教授によると、渓流魚の餌の 60%(エネルギー換算)はハリガネムシが "連れてきた" 昆虫類でまかなわれているそうです。これだけでも重要ですが、上の引用によるとさらに「渓流魚に狙われる恐れが減った水生昆虫は藻類を食べるので、藻類が増えすぎない」とあります。ハリガネムシがカマドウマ(その他、カマキリ、キリギリスなど)に寄生することが、めぐりめぐって渓流の藻類が増えすぎないことにつながっている。生態系のバランスは誠に微妙だと思います。


寄生虫と病気治療


「寄生虫と人類」の第3回は、

「生き残り戦略」病気治療に光
 宿主の免疫から攻撃逃れる仕組みを利用

との見出しです。ここでは寄生虫の生き残り戦略を解明して、それを人間の病気治療に役立てようとする研究が紹介されています。


東京大の後藤康之教授らは、貧血や肝臓のはれを起こし、治療しなければ9割以上が死に至る「内臓型リーシュマニア症」の仕組みを研究している。この病気を起こすリーシュマニア原虫は、サシチョウバエという昆虫によって媒介される。原虫は、マクロファージと呼ばれる免疫細胞に寄生する。寄生された細胞は、赤血球をどんどん食べるようになる

「自分の細胞だから食べてはいけない」という認識に必要な分子が抑えられてしまうからだ。寄生虫は免疫からの攻撃を逃れ、赤血球という栄養豊富なえさを手に入れる一方で、宿主が貧血になる。

後藤さんらは、この仕組みを詳しく解明して、リーシュマニア症の治療法開発につなげたいという。それだけではない。免疫細胞を制御するこの仕組みを利用すれば、マクロファージにがん細胞をどんどん食べさせるようにできるのではないか、とも考えている。

「宿主細胞を操る寄生虫が、どんな分子をどう利用しているのか突き止めれば、ほかの病気の治療法開発につながる可能性がある」と後藤さんは話す。

「寄生虫と人類」
(朝日新聞 2023.3.10)

記事に「マクロファージにがん細胞をどんどん食べさせるようにできるのではないか」とあります。これで思い出すのが、No.330「ウイルスでがんを治療する」です。これは、東京大学の藤堂とうどう教授が開発した "ウイルスによるがん治療薬" を紹介した記事でした。単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の3つの遺伝子を改造し、がん細胞にだけ感染するようにすると、改造ヘルペスウイルスはがん細胞を次々と死滅させてゆく。

がん細胞を攻撃するのが難しい要因のひとつは、それが「自己」だからです。リーシュマニア原虫は寄生したマクロファージを改変して「自己」であるはずの赤血球だけを選択的に食べるようにします。その仕組みが解明できれば、がん細胞だけを食べるマクロファージを作れるかもしれません。


国立感染症研究所の下川周子主任研究官が着目しているのは、寄生虫が何十年も感染しているのに、病気にならない場合があることだ。寄生虫がいることで、宿主にもメリットをもたらしている可能性があると考えた。自分の免疫が自分自身を攻撃する自己免疫疾患で研究を進めている。

自己免疫型の糖尿病の状態にしたマウスに寄生虫の一種を感染させたところ、糖尿病の発病を抑えられた。腸内細菌や免疫の変化を詳しく調べると、寄生虫が腸で作り出す成分をえさとする細菌が増えた。その細菌は宿主の免疫の働きを抑える「制御性T細胞」を誘導することも分かった。寄生虫は細菌を通じて、宿主の免疫から逃れるが、この「生き残り戦略」が、宿主の自己免疫を抑えることにつながっていた。下川さんらは、この仕組みを利用して、寄生虫そのものを感染させるのではなく、寄生虫が作る成分などを利用する治療法の開発をめざすという。


ヒトに感染する細菌やウイルスが、ヒトの免疫系からの攻撃を逃れるため、免疫の働きを押さえる制御性T細胞を誘導する(未分化のT細胞を制御性T細胞に変える)とか、制御性T細胞を活性化する話は、今までの記事で何回か書きました。

◆ 2010年には、自己免疫疾患を抑制する制御性T細胞の誘導に関係するバクテロイデス・フラジリスが、2011年には同様にこの制御性細胞を誘導するクロストリジウム属が発見された。─── No.70「自己と非自己の科学(2)」

◆ 抗生物質のバンコマイシンで腸内細菌のクロストリジウム属を徐々に減らすと、ある時点で制御性T細胞が急減し、それが自己免疫疾患であるクローン病(=炎症性腸疾患)の発症を招く。─── No.120「"不在" という伝染病(2)」

◆ エンテロウイルスに感染すると制御性T細胞の生成が刺激され、その細胞が成人期まで存続する。制御性T細胞は自己免疫性T細胞の生成を抑えることで1型糖尿病を防ぐ。─── No.229「糖尿病の発症をウイルスが抑止する」

などです。細菌やウイルスが制御性T細胞を誘導するのであれば、遺伝子の数が多い寄生虫が同じことをできたとしても、むしろ当然という感じがします。


下川さんの頭にあるのは、「衛生仮説」。子どもの頃に感染症にかかったり不衛生な環境にさらされたりすることが、アレルギーや自己免疫病の発病率を抑えるという説だ。「衛生状態がよくなって失われた環境の中に、健康にいいものがあったかもしれない。それを科学的に検証したい」アレルギーを起こす仕組みは、寄生虫と共にいる時代の武器だったこともわかってきた。

寄生虫の大きさはさまざまだが、ウイルスや細菌よりずっと大きいものもいる。対抗する宿主は、寄生虫にダメージを与える物質を出して弱らせ、粘液を出して外に流れ出ていくようにする。腸の寄生虫は便といっしょに流出、肺なら、たんにからまって出る。原始的だが、効果がある方法だ。

この仕組みにかかわる免疫細胞が2010年に発見が報告された「2型自然リンパ球(ILC2)」だ。2型自然リンパ球は、獲得免疫をもたない生物でも寄生虫にのっとられないように働くシステムとして備わったと考えられる。いまでも寄生虫がたくさんいるような状況では、体を守ってくれる。ただ、先進国ではアレルギーを起こしているという。

アレルギーの原因物質に含まれる酵素が細胞を殺し、細胞から特定のたんぱく質が分泌されると、ILC2を活性化する。粘液が出て、たん、鼻水などになる。寄生虫を排除する仕組みは、そのまま一部のアレルギーが起きる仕組みにもなるとわかった。


細菌やウイルスよりはるかに大きい寄生虫にヒトが対抗するためには、それを体内から排出するしかない。この仕組みを発動する免疫細胞が2010年に発見された(2型自然リンパ球、ILC2)という記事です。

寄生虫が多い環境では、このようなヒトの仕組みと、寄生虫が免疫から逃れようとする動き(制御性T細胞を生成するなど)が攻めぎ合っています。しかし、寄生虫がほとんどいない先進国の環境ではバランスが崩れ、ヒトの仕組みが不必要に発動して「自己」を攻撃してアレルギーの(一つの)原因になるわけです。


人類の長い歴史は感染症とともにあり、さまざまな病原体にさらされてきた。東京慈恵会医科大の嘉糠洋陸教授によると、ヒトの遺伝情報には、寄生虫と戦い、あるいは共生した痕跡が刻まれ、対応する状態になっている。

衛生環境や生活スタイルが大きく変わったのは、人類の歴史の中ではほんの一瞬で、遺伝情報は簡単には変わらない。たとえ病気を起こす寄生虫が環境から減ったとしても、体は寄生虫に向き合っている。(瀬川茂子)


ヒト(ホモ・サピエンス)はアフリカのサバンナ地帯で進化してきたわけで、その環境とライフスタイル(狩猟採集)にマッチした DNA と体の造りになっています。サバンナでの狩猟採集に有利なように進化してきたのがヒトなのです。

もちろん現代で同じ環境で生きることはできません。しかし程度の差はあれ、「寄生生物と戦う環境、あるいは共生する環境」は、我々が健康に過ごすために必須だと感じる記事でした。




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