No.361 - 寄生生物が宿主を改変する [科学]
今まで、寄生生物が宿主(=寄生する相手)を操るというテーマに関連した記事を書きました。
の3つです。最初の No.348「蚊の嗅覚は超高性能」を要約すると、
でした。また No.350「寄生生物が行動をあやつる」は、次のようにまとめられます。
トキソプラズマは広範囲の動物に感染しますが、有性生殖ができるのは猫科の動物の体内だけです。トキソプラズマが動物の行動を改変するのは、猫科の動物に捕食されやすくするため(もともとそのためだった)と推測できます。
そのトキソプラズマについての記事が、No.352「トキソプラズマが行動をあやつる」です。何点かあげると、
などです。今回はその継続で、同じテーマについての新聞記事を取り上げます。朝日新聞 2023年2月~3月にかけて掲載された「寄生虫と人類」です。これは3回シリーズの記事で、その第2回(2023.3.3)と第3回(2023.3.10)を紹介します。今までと重複する部分もありますが、「寄生生物が宿主を改変する」ことを利用して医療に役立てようとする動きも紹介されています。
寄生生物の生き残り戦略
「寄生虫と人類」の第2回は、
との見出しです。例のトキソプラズマの話から始まります。
引用のようにトキソプラズマはヒトにも感染し、妊婦が初めて感染した場合、胎児が先天性トキソプラズマ症にかかることがあります。しかし、それ以上の影響があるのではと疑われています。つまり脳への影響です。脳への影響は動物で研究が進んでいます。
ネズミやオオカミにおけるトキソプラズマの影響は、No.350 や No.352 でも紹介した通りです。さらにトキソプラズマは、巧妙な仕掛けによって宿主の免疫系の攻撃から逃れるようなのです。
寄生虫は自らの生き残りのために宿主を改変しますが、そのことが自然生態系に大きな役割を持っている場合があります。その例が、No.350「寄生生物が行動をあやつる」で紹介したハリガネムシです。
No.350「寄生生物が行動をあやつる」に書いたように、佐藤准教授によると、渓流魚の餌の 60%(エネルギー換算)はハリガネムシが "連れてきた" 昆虫類でまかなわれているそうです。これだけでも重要ですが、上の引用によるとさらに「渓流魚に狙われる恐れが減った水生昆虫は藻類を食べるので、藻類が増えすぎない」とあります。ハリガネムシがカマドウマ(その他、カマキリ、キリギリスなど)に寄生することが、めぐりめぐって渓流の藻類が増えすぎないことにつながっている。生態系のバランスは誠に微妙だと思います。
寄生虫と病気治療
「寄生虫と人類」の第3回は、
との見出しです。ここでは寄生虫の生き残り戦略を解明して、それを人間の病気治療に役立てようとする研究が紹介されています。
記事に「マクロファージにがん細胞をどんどん食べさせるようにできるのではないか」とあります。これで思い出すのが、No.330「ウイルスでがんを治療する」です。これは、東京大学の藤堂教授が開発した "ウイルスによるがん治療薬" を紹介した記事でした。単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の3つの遺伝子を改造し、がん細胞にだけ感染するようにすると、改造ヘルペスウイルスはがん細胞を次々と死滅させてゆく。
がん細胞を攻撃するのが難しい要因のひとつは、それが「自己」だからです。リーシュマニア原虫は寄生したマクロファージを改変して「自己」であるはずの赤血球だけを選択的に食べるようにします。その仕組みが解明できれば、がん細胞だけを食べるマクロファージを作れるかもしれません。
ヒトに感染する細菌やウイルスが、ヒトの免疫系からの攻撃を逃れるため、免疫の働きを押さえる制御性T細胞を誘導する(未分化のT細胞を制御性T細胞に変える)とか、制御性T細胞を活性化する話は、今までの記事で何回か書きました。
などです。細菌やウイルスが制御性T細胞を誘導するのであれば、遺伝子の数が多い寄生虫が同じことをできたとしても、むしろ当然という感じがします。
細菌やウイルスよりはるかに大きい寄生虫にヒトが対抗するためには、それを体内から排出するしかない。この仕組みを発動する免疫細胞が2010年に発見された(2型自然リンパ球、ILC2)という記事です。
寄生虫が多い環境では、このようなヒトの仕組みと、寄生虫が免疫から逃れようとする動き(制御性T細胞を生成するなど)が攻めぎ合っています。しかし、寄生虫がほとんどいない先進国の環境ではバランスが崩れ、ヒトの仕組みが不必要に発動して「自己」を攻撃してアレルギーの(一つの)原因になるわけです。
ヒト(ホモ・サピエンス)はアフリカのサバンナ地帯で進化してきたわけで、その環境とライフスタイル(狩猟採集)にマッチした DNA と体の造りになっています。サバンナでの狩猟採集に有利なように進化してきたのがヒトなのです。
もちろん現代で同じ環境で生きることはできません。しかし程度の差はあれ、「寄生生物と戦う環境、あるいは共生する環境」は、我々が健康に過ごすために必須だと感じる記事でした。
の3つです。最初の No.348「蚊の嗅覚は超高性能」を要約すると、
蚊がヒトを感知する仕組みは距離によって4種あり、その感度は極めて鋭敏である。
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ある種のウイルスは、ネズミに感染すると一部のたんぱく質の働きを弱める。それによってアセトフェノンを作る微生物が皮膚で増え、この臭いが多くの蚊を呼び寄せる(中国・清華大学の研究)。 |
でした。また No.350「寄生生物が行動をあやつる」は、次のようにまとめられます。
ハリガネムシは、カマキリに感染するとその行動を改変し、それによってカマキリは、深い水辺に反射した光の中に含まれる「水平偏光」に引き寄せられて水に飛び込む。ハリガネムシは水の中でカマキリの体から出て行き、そこで卵を生む。 | |
トキソプラズマに感染したオオカミはリスクを冒す傾向が強く、群のリーダーになりやすい。 | |
トキソプラズマに感染したネズミはネコの匂いも恐れずに近づく。 |
トキソプラズマは広範囲の動物に感染しますが、有性生殖ができるのは猫科の動物の体内だけです。トキソプラズマが動物の行動を改変するのは、猫科の動物に捕食されやすくするため(もともとそのためだった)と推測できます。
そのトキソプラズマについての記事が、No.352「トキソプラズマが行動をあやつる」です。何点かあげると、
トキソプラズマに感染したネズミは、天敵である猫の匂いを忌避しなくなることが、実験によって証明された。 | |
トキソプラズマに感染した人は、していない人に比べて交通事故にあう確率が 2.65 倍 高かった(チェコ大学。NHK BSP「超進化論 第3集」2023.1.8 による) | |
トキソプラズマに感染したハイエナはライオンに襲われやすくなる(ナショナル・ジオグラフィック:2021.7.11 デジタル版)。 |
などです。今回はその継続で、同じテーマについての新聞記事を取り上げます。朝日新聞 2023年2月~3月にかけて掲載された「寄生虫と人類」です。これは3回シリーズの記事で、その第2回(2023.3.3)と第3回(2023.3.10)を紹介します。今までと重複する部分もありますが、「寄生生物が宿主を改変する」ことを利用して医療に役立てようとする動きも紹介されています。
寄生生物の生き残り戦略
「寄生虫と人類」の第2回は、
生物操り 都合のいい環境に
宿主の脳や免疫を制御 生態系に影響も
宿主の脳や免疫を制御 生態系に影響も
との見出しです。例のトキソプラズマの話から始まります。
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トキソプラズマの拡散 |
(朝日新聞 2023.3.3 より) |
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引用のようにトキソプラズマはヒトにも感染し、妊婦が初めて感染した場合、胎児が先天性トキソプラズマ症にかかることがあります。しかし、それ以上の影響があるのではと疑われています。つまり脳への影響です。脳への影響は動物で研究が進んでいます。
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ネズミやオオカミにおけるトキソプラズマの影響は、No.350 や No.352 でも紹介した通りです。さらにトキソプラズマは、巧妙な仕掛けによって宿主の免疫系の攻撃から逃れるようなのです。
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寄生虫は自らの生き残りのために宿主を改変しますが、そのことが自然生態系に大きな役割を持っている場合があります。その例が、No.350「寄生生物が行動をあやつる」で紹介したハリガネムシです。
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No.350「寄生生物が行動をあやつる」に書いたように、佐藤准教授によると、渓流魚の餌の 60%(エネルギー換算)はハリガネムシが "連れてきた" 昆虫類でまかなわれているそうです。これだけでも重要ですが、上の引用によるとさらに「渓流魚に狙われる恐れが減った水生昆虫は藻類を食べるので、藻類が増えすぎない」とあります。ハリガネムシがカマドウマ(その他、カマキリ、キリギリスなど)に寄生することが、めぐりめぐって渓流の藻類が増えすぎないことにつながっている。生態系のバランスは誠に微妙だと思います。
寄生虫と病気治療
「寄生虫と人類」の第3回は、
「生き残り戦略」病気治療に光
宿主の免疫から攻撃逃れる仕組みを利用
宿主の免疫から攻撃逃れる仕組みを利用
との見出しです。ここでは寄生虫の生き残り戦略を解明して、それを人間の病気治療に役立てようとする研究が紹介されています。
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記事に「マクロファージにがん細胞をどんどん食べさせるようにできるのではないか」とあります。これで思い出すのが、No.330「ウイルスでがんを治療する」です。これは、東京大学の藤堂教授が開発した "ウイルスによるがん治療薬" を紹介した記事でした。単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の3つの遺伝子を改造し、がん細胞にだけ感染するようにすると、改造ヘルペスウイルスはがん細胞を次々と死滅させてゆく。
がん細胞を攻撃するのが難しい要因のひとつは、それが「自己」だからです。リーシュマニア原虫は寄生したマクロファージを改変して「自己」であるはずの赤血球だけを選択的に食べるようにします。その仕組みが解明できれば、がん細胞だけを食べるマクロファージを作れるかもしれません。
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ヒトに感染する細菌やウイルスが、ヒトの免疫系からの攻撃を逃れるため、免疫の働きを押さえる制御性T細胞を誘導する(未分化のT細胞を制御性T細胞に変える)とか、制御性T細胞を活性化する話は、今までの記事で何回か書きました。
2010年には、自己免疫疾患を抑制する制御性T細胞の誘導に関係するバクテロイデス・フラジリスが、2011年には同様にこの制御性細胞を誘導するクロストリジウム属が発見された。─── No.70「自己と非自己の科学(2)」 | |
抗生物質のバンコマイシンで腸内細菌のクロストリジウム属を徐々に減らすと、ある時点で制御性T細胞が急減し、それが自己免疫疾患であるクローン病(=炎症性腸疾患)の発症を招く。─── No.120「"不在" という伝染病(2)」 | |
エンテロウイルスに感染すると制御性T細胞の生成が刺激され、その細胞が成人期まで存続する。制御性T細胞は自己免疫性T細胞の生成を抑えることで1型糖尿病を防ぐ。─── No.229「糖尿病の発症をウイルスが抑止する」 |
などです。細菌やウイルスが制御性T細胞を誘導するのであれば、遺伝子の数が多い寄生虫が同じことをできたとしても、むしろ当然という感じがします。
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細菌やウイルスよりはるかに大きい寄生虫にヒトが対抗するためには、それを体内から排出するしかない。この仕組みを発動する免疫細胞が2010年に発見された(2型自然リンパ球、ILC2)という記事です。
寄生虫が多い環境では、このようなヒトの仕組みと、寄生虫が免疫から逃れようとする動き(制御性T細胞を生成するなど)が攻めぎ合っています。しかし、寄生虫がほとんどいない先進国の環境ではバランスが崩れ、ヒトの仕組みが不必要に発動して「自己」を攻撃してアレルギーの(一つの)原因になるわけです。
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ヒト(ホモ・サピエンス)はアフリカのサバンナ地帯で進化してきたわけで、その環境とライフスタイル(狩猟採集)にマッチした DNA と体の造りになっています。サバンナでの狩猟採集に有利なように進化してきたのがヒトなのです。
もちろん現代で同じ環境で生きることはできません。しかし程度の差はあれ、「寄生生物と戦う環境、あるいは共生する環境」は、我々が健康に過ごすために必須だと感じる記事でした。
2023-06-16 16:30
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