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No.353 - ウイルスがうつ病のリスクを高める [科学]

前回の No.352「トキソプラズマが行動をあやつる」で、トキソプラズマという微生物が人間の脳に影響を与え、人間の行動を変容させるのではという仮説を紹介しました。哺乳類に対しては、オオカミやハイエナの例、また、マウスでの実験で影響が明らかなので、人間に対してもそうだと考えるのが妥当なわけです。

これに関連してですが、微生物(=ウイルス)が人間の脳に影響を与え、その結果うつ病の発症リスクが高まるという研究がテレビ番組で放送されました。今回はその話です。

番組は、2022年10月4日放送の「ヒューマニエンス 49億年のたくらみ」(NHK BS プレミアム)で、その中での東京慈恵会医科大学のウイルス学者・近藤一博教授の研究です。大変興味深かったので、以下に番組のナレーションと近藤教授の話を再録します。


HHV-6 がうつ病のリスクを高める


【ナレーション】

過度の疲労が続くと起こりやすくなるうつ病。その発症に関係していると近藤さんが考えているのが、ヒトヘルペスウイルス6、通称 HHV-6。これまでは、赤ちゃんに突発性発疹を引き起こすことだけが知られてきた。HHV-6 は、私たちのほぼ 100% が体内に宿しているが、大人になってからは健康被害を引き起こすことはないと言われてきた。

しかし近藤さんは、HHV-6 はうつ病と深いつながりがあると考えている。

【近藤教授】

うつ病患者の血液を調べますと、HHV-6 が作り出す SITH-1(シス・ワン)というタンパク質が、健康な人に比べて明らかに大量に作られているということがわかりました。

ウイルスとうつ病1a.jpg
(NHK BSプレミアムより)

【ナレーション】

これは健康な人とうつ病患者で、HHV-6 が作り出す SITH-1 タンパク質の量を比べたもの。はっきりと、うつ病患者の方が多いことが見てとれる。

【近藤教授】

このタンパク質が疲労によるストレス反応を増幅させて、うつ病を起こしやすくするのではないかと考えています。

【ナレーション】

近藤さんが考えるうつ病発症のメカニズムを見てみよう。HHV-6 は、普段は血液中の免疫細胞、マクロファージの中に潜伏感染している。疲労によって細胞にストレスがかかると、再活性化して増殖。血液を通じて唾液に集まる。しかしこの時は何の症状も起こさない。

ウイルスとうつ病2.jpg
(NHK BSプレミアムより)

うつ病のリスクが高まるのは、HHV-6 が唾液を通じて脳の近くにある嗅球しゅうきゅうに感染したあと。そこで HHV-6 は SITH-1 を作り出す。それが脳のストレス反応を高め、疲労などのストレスに敏感に反応するようになる。

すると人は不安をより強く感じるようになり、うつ病を発症するリスクが高まるというのだ。

【近藤教授】

我々は、どうやって この HHV-6、SITH-1 がうつ病を引き起こすのか、もう見つけているので、それを治す薬を今開発しているところです。

(うつ病は過去のものになりつつあるのかという質問に)

うつ病というのは心理的な要素も大きいのです。我々が見つけているのはうつ病の素因、いわゆる生物学的な要因というのですけど、これと、いわゆる悩みとかそういう心理的な要因が重なってうつ病が起こってくるので、この要素が強い人と、もっと心理的な要素が強い人でちょっと違うんですね。

(その、SITH-1 の要素を取り除いてやると、うつ病が楽になるのではという質問に対して)

だいぶ楽になります。うつ病の主な症状は、「抑うつ」と「喜びの消失」(何をやっても楽しくない)、それからもう一つは「疲労感」なんです。このうちの「喜びの消失」と「疲労感」、こがれ実は HHV-6、SITH-1 が関係していると我々は考えているのです。

(ウイルスということは、ワクチンで対処できるのでは、という質問に対して)

ワクチンで全員から HHV-6 を除いてしまうことは、必ずしも人間の進化上は得策ではない。実は、我々が考えている SITH-1 のメカニズムは、必ずしも悪いことばかりではないんですね。いわゆる、性格的に言うとすごく真面目な性格を作り出すんですね。周りの環境に敏感に反応できて自分の生存確率を上げることができる。人が生存していれば中に住んでいる HHV-6 も残るので、両得の関係できていたんですね。

ところが今の時代はストレスが強すぎるので、不安を誘導してうつ病を増やしたりするのですね。

【藤井アナウンサー】

もともとは宿主を長生きさせたいというウイルスの戦略だったのに、ちょっと今の時代にはマッチしなくって、うつ病を引き起こしてしまっているていう感じなんでしょうか。

【近藤教授】

そうなんです。時代が悪いんですよ。


微生物の精神面への影響


微生物が体に好影響、あるいは悪影響を与えるというのは常識です。であれば、脳に影響して人間の精神活動が変わる(変わりうる)のは当然そうかなという感想です。トキソプラズマやHHV-6 はそのほんの一角なのでしょう。今後、類似の研究が進むのではと思いました。

ちなみに SITH-1 の Sith(シス)は、スターウォーズに出てきます。つまり、銀河のエネルギーである「フォース」の "ダークサイド"を操る、ジェダイの敵対者集団です。この名前をウイルスが出すタンパク質につけたのは近藤教授のようで、ユーモアのある方だと思いました。




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