No.221 - なぜ痩せられないのか [科学]
No.178「野菜は毒だから体によい」で、なぜ野菜を食べると体に良いのかを書きました。野菜が体に良いのは各種のビタミンや繊維質、活性酸素を除去する抗酸化物質などが摂取できるからだと、我々は教えられます。それは全くその通りなのですが、No.178に書いたのは野菜には実は微量の毒素があり、それが人間の体の防衛反応を活性化させて健康につながるという話でした。微量毒素は "苦い" と感じるものが多く、ここから言えることは、苦みを消すような品種改良は "改良" ではなくて "改悪" だということです。
この話でも分かることは、人間の体の仕組みにはさまざまな側面があり、それを理解することが健康な生活に役立つということです。No.119-120「不在という伝染病」で書いたことですが「微生物に常に接する環境が人間の免疫機能の正常な働きを維持する」というのもその一例でしょう。
今回はそういった別の例を紹介します。肥満の原因、ないしは "なぜ痩せられないのか" というテーマについての研究成果です。日本ではBMIが25以上で肥満とされていますが、肥満は糖尿病、高血圧、心臓病などの、いわゆる生活習慣病を誘発します。従ってダイエット方法やダイエット食に関する情報が世の中に溢れているし、ダイエット・ビジネスが一つの産業になっています。
なぜ肥満になるのか。その第1の原因は消費エネルギーが摂取エネルギーより小さいからです。その差がグリコーゲンとして肝臓に蓄えられ、また体の各所の細胞や脂肪細胞に蓄えられる。簡潔に書くと、
◆肥満の原因
出力(Output) < 入力(Input)
(消費エネルギー < 摂取エネルギー)
で、これは物理学で言う熱力学の第1法則(エネルギー保存の法則)と同じです。つまり肥満は出力(消費エネルギー)が少ないか、入力(摂取エネルギー)が多いか、あるいはその両方が原因です。肥満を解消するためには、このエネルギーバランスの崩れを解消すればよいのですが、そのためには人間の体の仕組みについての理解が必要です。以下に、まず人間の消費エネルギーはどうやって決まるのかについての科学的知見を紹介します。消費エネルギーを増やすには身体活動量を増やせばよく、そのためには運動をすればよいと考えるのが普通ですが、そうとも言えないようなのです。
人間の消費エネルギー
人間は安静にしているときにもエネルギーを消費していて、これを「基礎代謝」と呼んでいます。基礎代謝量は成人男性で 1500 kcal 程度、成人女性で 1200 kcal 程度ですが、体重や年齢によって変化します。またトレーニングによって筋肉が増えると基礎代謝もその分増えるということもあります。
一方、人間の活動による代謝を「活動代謝」とよび、これは活動の種類によって千差万別です。その他に食物摂取による代謝の増加(食事誘導性熱産生)があります。これら全てを含めて人間はどの程度のエネルギーを消費しているのでしょうか。現代ではそれが精密に測定できるようになってきており、その結果はちょっと意外なものです。
以下は「日経サイエンス」に掲載された、アフリカの狩猟採集民族・ハッザ族の消費エネルギーの測定結果を紹介することが目的ですが、その前提として消費エネルギーをどうやって測定するのかをまず説明します。
消費エネルギーの測定方法
消費エネルギーを測定するには "燃料" を燃やす酸素に注目し、酸素摂取量を測定して消費エネルギーを計算します。そのためには被験者を密閉された実験室に入れ、呼吸に含まれるガスを精密に測定すればよいわけです。
しかしこの方法だと被験者を日常生活から切り離して実験室に拘束しなければなりません。狩猟採集生活のエネルギー消費の測定などとてもできない。そうではなくて、日常生活状態でのエネルギー消費量を測定できないのか。その目的のために「二重標識水法」が開発されてきました。これが現代における標準的な手法です。
二重標識水法では二酸化炭素の排出量を測定します。そこから酸素摂取量が分かるからです。そして酸素摂取量が分かればエネルギー消費量がわかる。この方法で使われるのが「同位体」です。
たとえば酸素(O)は陽子数8、中性子数8の、原子量16が普通です。しかし中性子数が違う酸素原子も存在し、それが同位体です。同位体には放射線を出して崩壊するもの(放射性同位体)があります。有名なのが炭素14(14C)で、その半減期は約6000年です。この性質を利用し、普通の炭素(炭素12)との比を計測して考古学上の年代測定に使われます。
一方、安定した同位体(=安定同位体)もあり、安定同位体は自然界に一定の比率で存在しています。酸素(O)だと、原子量16の 16O 以外に、17O(酸素17)、18O(酸素18)が安定同位体です。自然界における存在比率は、16O:17O:18O = 99.759% :0.037%:0.204% です。
同様に、原子量1の水素には原子量2の安定同位体(=重水素)があり、自然界の存在比率は、1H:2H = 99.9844%:0.0156% です。
二重標識水法では、2H(重水素) と 18O(酸素18)でできた水、2H218O を用います。これを二重標識水と呼びます。つまり水素と酸素の2つに同位体の標識がついた水という意味です。
一般的に行われている測定では、まず被験者に二重標識水を飲ませます。これは飲料水に混ぜてもよく、とにかく飲んだ二重標識水の量が厳密に分かることが重要です。二重標識水は体内に入り、あるものはそのまま水として体内に残り、またあるものは代謝(化学反応)によって水素と酸素が分離されて他の物質の一部となっていきます。4時間後に二重標識水は体内に行き渡り、それまでの体内物質と平衡状態になります。この間は被験者に飲食を禁止します。
この4時間後に被験者の尿サンプル(唾液でもよい)を採取し、さらに1日後(測定開始)、8日後(測定終了)の尿サンプルを採取します。8日後と書いたのは1週間の平均消費エネルギーを測定する場合であり、測定目的に応じてサンプルの採取頻度を設定します。たとえば毎日の消費エネルギーをみたいのであれば、サンプルを毎日採取します。最長、2週間後までの測定が可能です。
これらのサンプルをIRMS(Isotope Ratio Mass Spectrometer。同位体比質量分析計)という装置を使って、含まれる原子の質量の比率を測定します。これは同位体の比率を分析できる質量分析装置です。被験者が飲んだ二重標識水に含まれる水素は100%が 2H でしたが、4時間後のサンプルではもともと体内にあった1H と混ざって薄められています。その "薄まり具合" から逆に、体内にどれだけの水があったかという「総体水分量」が分かります。平均的には体重の60%が水だと言われますが、それが被験者ごとに正確に測定できるわけです。
次に1日後と8日後のサンプルの 2H(重水素)と 18O(酸素18)をIRMSで測定します。8日後の方が圧倒的に量が少なくなります。その1週間の間の被験者の活動で、尿や汗や呼吸の中に重水素や酸素18が混じって排出されてしまうからです。しかしその "少なくなり具合" は酸素18の方が大きい。なぜなら、酸素18は尿・汗・呼吸時の水蒸気で水 H218O として排出され、かつ二酸化炭素 C18O2 として呼吸でも排出されます。しかし重水素は尿・汗・呼吸時の水蒸気から水 2H2O として排出されるだけだからです。
この "少なくなり具合" の差から 18O が関係する二酸化炭素の排出量が計算でき、それと総体水分量から全体の二酸化炭素排出量が分かります。そこから初めに述べたように酸素消費量を計算し、そしてエネルギー消費量が計算できます。
これは大変巧妙な方法です。この方法だと被験者の負担は二重標識水を飲むことと、数回の尿(ないしは唾液)のサンプル採取です。それ以外は普段通りの生活や活動をしてよい。スポーツをやっても狩猟採集をやってもOKです。まさに日常生活における消費エネルギーを計測する理想的な方法です。実は二重標識水の価格が下がり、二重標識水法が広まってきて初めて、人間の消費エネルギーについての新たな(意外な)知見が得られてきました。
ハッザ族の消費エネルギー量
ここからが本題です。日経サイエンス 2017年4月号に、アフリカのタンザニア北部のサバンナ地帯に暮らす狩猟採集民・ハッザ族の日常生活状態での消費エネルギーを二重標識水法で測定した結果が掲載されました。なぜハッザ族なのかと言うと、著者のハーマン・ポンツァー(ニューヨーク市立大学)が人類学者だからです。ヒトが誕生してから200万年だとすると、農業は高々1万年前からだし、近代的な都市生活はわずか数世代の歴史しかありません。ヒトはそのほとんどの進化の過程で狩猟採集の生活であり、そのライフ・スタイルに最も近いアフリカの狩猟採集民を調査して都市生活者と比較しようというのが主旨です。
ハッザ族の生活は肉体的に厳しいものです。著者の記述を引用してみましょう。
著者のポンツァーはハッザ族と生活をともにしながら彼らの消費カロリーを測定するためのサンプルをとります。日経サイエンスの記事には、前日に毒矢で射て逃げたキリンを、朝から夕方までハッザ族の男たちと一緒にサバンナを探しまわる様子が記述されています。
このようなハッザ族の生活を考えると、狩猟採集民は都市生活者より多くのエネルギーを費やしているのは自明だと思われます。人類学者も公衆衛生学者もそう考えてきました。著者もそうでした。そもそも著者がハッザ族の消費エネルギーを測定しようとした動機の一つは、ハッザ族に比べて都市生活者がいかに不十分なエネルギー消費をしているかを証明しようとしたからです。ところが測定の結果は意外なものでした。
もちろん「ハッザ族と欧米の成人の消費エネルギーは同じ」という結果は正しかったのです。実は二重標識水法の普及にともなって「身体をよく動かしている人が、より多くのカロリーを燃やしている」という、何の疑いもなく自明に思えることとは矛盾する実測データが報告されるようになったのです。著者は次のような例をあげています。
ハッザ族の測定結果は「晴天の霹靂」ではなかった、それは「長年に渡って雲行きが悪化してきたときに空から落ちてきた雨粒」だと、著者は表現しています。
身体活動の程度とエネルギー消費はどういう関係にあるのか。ハッザ族の結果のフォローアップのため、著者はアメリカの300人の被験者に加速度計をつけてもらって身体活動量を計測するとともに、二重標識水法で毎日のエネルギー消費を測定しました。
なぜ身体運動とエネルギー消費の関係は弱いのか
ここで疑問が生じます。運動そのものに必要なエネルギーは、体格が同じであれば同じです。たとえばハッザ族の成人が1km歩くのに燃やすカロリーは欧米人と同じです。それにもかかわらずハッザ族はあまり運動をしない欧米人とトータルのエネルギー消費量が同じです。なぜ運動に多くのカロリーを振り向けられるのでしょうか。その理由はまだ明確ではありません。しかし著者は2つの可能性をあげています。第1の可能性は次です。
著者も書いているように、これですべては説明できないようです。もう一つの可能性は大変興味深いものです。
人間の意志とは無関係に体内で起こるエネルギー消費を基礎代謝と呼ぶとすると、運動による活動代謝が増えると、基礎代謝が減る。そのことで全体のエネルギー消費がほぼ一定に保たれる。人間の体はそういう風にできている、ということです。
肥満の原因は運動不足より過食
以上の研究結果から、肥満の原因は運動不足より過食だということがわかります。よく言われるように、不健康な食事の悪影響は運動では消せないし、減量を期待して少々スポーツジムに通っても(効果がないことはないが)あまり効果がないのです。
もちろん、運動は健康のためには非常に重要です。運動が循環器系から免疫系、脳機能までに良い影響を及ぼすことはよく知られている通りです。足の筋肉を鍛えることは膝の機能を正常に保つことになるし、健康に年を重ねるにも運動が大切です。さらに、引用してきた論文の著者のポンツァーは興味深い指摘をしています。
炎症とは、外傷、打撲、化学物質、病原体の進入などで体が何らかの組織異常を起こしたとき、その異常状態から回復するための仕組みです。しかし組織異常から回復したにもかかわらず炎症が続くことがある。そうすると心血管疾患や自己免疫疾患などのまずい事態につながる可能性があるわけです。
炎症反応を起こすにもエネルギーが必要ですが、そのエネルギーは基礎代謝の範疇のものです(ここでの基礎代謝は "人間の意志とは無関係に起こるエネルギー消費" の意味)。しかし運動で活動代謝が増えると基礎代謝に振り向ける量が減り、そのことで過剰な炎症反応が抑えられる。上の文章はそのことを言っています。あくまで著者の考え(推測)のようですが、いかにもありそうな話だと思います。
ちょっと余談ですが、「自己免疫疾患」という言葉で直感することがあります。このブログでヒトの免疫系の仕組みを書きました(No.69-70「自己と非自己の科学」。No.122「自己と非自己の科学:自然免疫」)。免疫は「非自己 = 病原菌・異物など」から「自己」を守る仕組みです。その免疫系が「自己」を攻撃してしまうのが自己免疫疾患です。No.119-120「不在という伝染病」で書いたのは、微生物が不在の清潔すぎる環境が自己免疫疾患のリスクを高める(仮説)ということでした。
常に微生物に接している環境においては、免疫系は微生物との戦いにエネルギーを使っています。ところが微生物が不在だとエネルギーが「自己」に向かってしまう。しかし常に運動をしているとエネルギーは活動代謝で消費され、免疫系は正常に機能する・・・・・・。著者が書いている炎症反応はヒトの免疫系の重要な機能であり、運動が過剰な炎症反応を抑えるなら過剰な免疫反応も抑えるのでは、と想像しました。
ヒトは200万年のあいだハッザ族のような運動・活動環境で進化してきたわけです。ヒトにとって運動は、趣味やストレス解消を越えたもっと本質的なものではないか。そんなことを思いました。
本題に戻って、以上の人間の消費エネルギーを研究してきた著者の結論は次です。
RIZAPに、たとえば30万円払って減量に成功したとしたら、効果から考えた費用の大半は食事指導料であって、完全個室のジムでのトレーニング料はわずか、ということになります。食事指導料の30万円が高いか安いかは人の判断によると思いますが・・・・・・。
カロリー神話
では、食物によるエネルギー摂取を適正に保つにはどうすればよいのか。これはもちろん1日分の必要エネルギーに相当するカロリーを摂取すればよいわけです。ファミレスなどの全国チェーンのレストランのメニューではメニューごとにカロリーが明記してあることがあります。企業や大学の食堂メニューにもそういうのがある。これは必要カロリーを意識しながら食事をする人のためです。
アトウォーター係数というのがあります。炭水化物、タンパク質、脂肪のそれどれからどれだけのカロリーが取り出せるかという値で、
というものです。確か学校で習うと思うので、アトウォーターという名前は知らなくても係数を知っている人は多いでしょう。普通カロリー計算というと、食物に含まれる炭水化物、タンパク質、脂肪の重量からアトウォーター係数を使って総カロリーを求めます。この数値にもとづき、ダイエットにいそしむ人は1日の必要カロリーだけの食事をとるように心がけます。ただし、食物から実際に摂取できるカロリーは単純な係数の掛け算だけでは決まりません。食物の消化の容易性、食物の加工度合い、調理方法などで変わりますが、その話はここではさておきます。
では "肥満は摂取カロリーだけで決まる" のでしょうか。そうではないと主張するのが、肥満の原因は炭水化物の過剰摂取だとする「炭水化物説」です。つまり、炭水化物を摂取すると血液中のブドウ糖(グルコース)の値(=血糖値)が上昇し、膵臓からインスリンが分泌される。インスリンは肝臓や筋肉、臓器、脂肪細胞にグルコースを蓄えるように働き、血糖値が下がる。このインスリンの作用で脂肪細胞に過剰に蓄積されたエネルギーが肥満の原因だとするのが「炭水化物説(ホルモン説)」です。いわゆる「低炭水化物ダイエット」「低糖質ダイエット」はこの理論にもとづいています。
肥満の原因はカロリーなのか炭水化物なのか。その両方だとしたら、どちらが主因なのか。炭水化物説が有力だと思いますが、科学的な最終決着はまだついていないようです。この炭水化物と肥満に関連して、日経サイエンス 2017年12月号に「カロリー神話の落とし穴」という研究報告があったので、以下にそれを紹介します。炭水化物説を補強する内容です。この記事の著者は米国・タフツ大学の教授(スーザン・ロバーツ)と教官(サイ・クルパ・ダス)で、いずれもエネルギー代謝研究の専門家です。記事のタイトルのカロリー神話とは「摂取カロリーが同じなら体重の増減は同じ」という "神話" を言っています。
脳が生む食欲
タフツ大学の研究のポイントは人間の食欲を生む脳の働きです。体重管理のためには、食欲に関係した脳の働きを知る必要があります。
以下にブドウ糖(グルコース)の話が出てくるので復習しますと、食物は小腸で消化され、主に炭水化物からブドウ糖が生成されます。ブドウ糖は血液の中を循環して(=血糖)体内の細胞に取り込まれ、人間の主要なエネルギー源となります。特に脳はブドウ糖だけがエネルギー源です。肝臓はブドウ糖をグリコーゲンに変換して蓄え、再びブドウ糖を生成して血液に放出する働きをします。
膵臓で作られるインスリンは血糖を肝臓や脂肪細胞に取り込む作用をし、その結果、血糖値が下がります。インスリンの量が少ないと(ないしはインスリンが分泌されてもその効果が低い体質=インスリン抵抗性だと)血糖値が高い状態が続き、体にさまざまな悪影響を及ぼします。これが糖尿病です。以下の説明では、この血糖値が脳が感じる空腹感と密接に関係していることが書かれています。
日経サイエンスには、低GI値、中GI値、高GI値の3種類の朝食を用意し(カロリーはすべて同じ394kcal)、肥満の少年10人で実験した結果が載っています。朝食以降、その日のうちに何カロリーを摂取したかを調べると、明らかに高GI値の朝食をとるとその後のカロリー摂取が増えるという結果になっています。
グリセミック指数(Glycemic Index。GI値)
ここで出てきた「グリセミック指数」とは食物を摂取したときに、それがどれだけ血糖値を上げるのに寄与するかという値です。これは食物ごとに違い、同じ量の炭水化物(たとえば50g)が含まれるだけの食物を摂取して測定します。食事後、血糖値は上昇して下降し、2時間程度でもとの値に戻ります。この上昇と下降の過程を調べます。下図は横軸が時間、縦軸が血糖値(血液中のグルコース濃度)で、曲線と横軸で囲まれた面積からグリセミック指数を計算します。純粋なグルコースを摂取したときの面積を100とし、それとの比較で指数化します。
食物によってグリセミック指数は違います。高GI値の食物は血糖値が急上昇し、ピークが高く、早めに下降します。低GI値の食物は、血糖値が徐々に上昇し、ピークは低く、下降も緩やかです。
食物に純粋な炭水化物・脂肪・タンパク質というものはありません。一般にはそれらの複合体であり、また物理的な組成が違います。同じ炭水化物といっても、デンプンと食物繊維のように物理的な形態はさまざまであり、それによって消化・吸収の度合いや速度が違います。また同じ食材でも調理方法や加工方法、加工の度合い、加熱するかどうかによってもGI値が違ってきます。食物のGI値を各種のサイトからまとめると次のようです。
主食である穀物(米、小麦)で言うと、全粒穀物ほどGI値は低くなります。白米は高いが、玄米は低い。食パンは高いが、ブラン(小麦ふすま。小麦の外皮)は低い。そういう傾向にあります。また糖分は代表的な炭水化物ですが、果物の糖分の多くは果糖(フルクトース)であり、GI値は低めに出ます。野菜はほとんどが低GI値ですが、根菜類は高めです。
GI値はもともと糖尿病患者の食事制限のために考えられたようですが、一般にも広まってきました。その例が、低GI値の食物を摂取する「低インスリン・ダイエット」です。高GI値の食物を食べて血糖値が急に増大するとインスリンも大量に分泌されます。この結果、血糖が体脂肪として蓄積されやすくなります。低GI値の食物はインスリンの分泌も低く、脂肪が蓄積されにくい。この点に注目したのが低インスリン・ダイエットです。
上に引用したタフツ大学の結果は「GI値の低い食物を摂取すると血糖値が比較的長い時間一定の上昇レベルに保たれ、そのことで空腹感が抑えられ、カロリーの過大摂取になりにくい」ということです。いわゆる「腹持ちのよい食事」ということでしょう。さらにタフツ大学では133人の被験者を使って、摂取食物と空腹感の関係を調べる実験を行いました。
実験の詳細が書いてないのですが、まとめると「低GI値の食事メニューを半年間食べ続けると体重が平均8kg減ったとともに、脳が低GI値食物により強く反応するようになった」となります。
このタフツ大学の結果は「低インスリン・ダイエット」と基本的に同じです。また糖質制限や低炭水化物ダイエットと大筋では同じと言えるでしょう。ただし次の点に意義があると思います。
適正体重を保つ
適正体重を保つ(ないしは肥満を解消する)という観点から今までの "まとめ" をすると、まず
ということです。運動は、適正な体重を保つ以外の健康面でのメリットのために行うと考えるべきです。さらに食事の観点からは、
の2点でしょう。世の中にはダイエットに関する情報が溢れていて、ダイエット食などのダイエット産業も盛んです。その中には根拠が曖昧なものや、単なる個人の経験談も多いわけです。今回紹介した日経サイエンスの記事は、結論だけをとると常識的かも知れませんが、いずれも科学的な実験・実証を行って結論に至るエビデンスを集めています。そこに意義があるでしょう。
我々は科学的根拠にもとづいた情報を選別し、健康に生きるすべを自らの意志で選択すべだと思います。
アフリカの狩猟採集民とグリセミック指数
ここからは日経サイエンスの記事を読んで思ったことです。今回引用したのは「アフリカの狩猟採集民の消費エネルギーの研究」と「食物のグリセミック指数が脳に与える影響の研究」でした。この2つを結びつけるとどうなるか、つまりアフリカの狩猟採集民の食物のグリセミック指数(GI値)はどうだろうかと思ったのです。
直感できることは「アフリカの狩猟採集民は高GI値の食物をとるだろう」ということです。ヘタをすると餓死しかねない厳しい環境です。そのような状況では、炭水化物・糖類に関する限りグルコースを摂取しやすい「高GI値の食物」を求めるはずです。引用したハッザ族に関する記述で、
とありました。イモの種類は分かりませんが、根菜類は高GI値の食物です。そして記事に書いてはいないのですが、間違いなく彼らは加熱調理してイモを食べているはずです。
アフリカの狩猟採集民と食物の関係については No.105「鳥と人間の共生」で紹介したハーバード大学の人類学者・ランガム教授の話が思い出されます。教授はヒトの "火" の使用に関して次のように説明しているのでした。
ヒトを類人猿から区別している大きな特徴は巨大な脳です。脳は基礎代謝量の1/3を消費しているほどの大量のエネルギーを使っていて、そのエネルギーをブドウ糖(グルコース)だけから得ている。グルコースを摂取するという観点からすると、ハッザ族のようにイモを加熱調理して食べるのは最善の方法でしょう。
蜂蜜については日経サイエンスの記事に、ハッザ族は「地上10mを超す木の枝に簡単な手斧をふるって蜂蜜を獲る」(最初の引用参照)とありました。別の雑誌ですが、National Geograghic誌 にはハッザ族を現地取材した次のような記事があります。日没後にヒヒ狩りに向かうくだりで、オンワスとはハッザ族の長老格の男性です。
ミツオシエという鳥が人間を蜂の巣に誘導する習性についてはNo.105「鳥と人間の共生」に書きました。ミツオシエ(ノドグロミツオシエ。Greater Honeyguide)の誘導で、ハッザ族の人たちが煙を使って木の幹の中の蜂の巣をとる様子がYouTubeに公開されています。ランガム教授も登場します。
蜂蜜は蜂が花の蜜(蔗糖=スクロースが主成分)を集め、ブドウ糖と果糖に分解して巣に蓄えたものです、その80%がブドウ糖と果糖であり、半分がブドウ糖です。自然界でブドウ糖を直接摂取できる食物は蜂蜜しかありません。もちろん蜂蜜は高いGI値の食物です。
ハッザ族も暮らすタンザニアの大地溝帯付近は、太古の昔からヒトが暮らしていた場所です。そこで狩猟採集をしていたヒトは、高GI値の食物を摂取するすべを拾得し(火が重要)、それがヒトの進化をうながした(特に脳の発達)、そう考えられると思います。
肥満に悩む現代人は「低GI値の食物を食べましょう、血糖値を上げすぎないように」と指導されるわけですが、肥満が社会問題になるのはこの数世代のことに過ぎません。人類の200万年の歴史からすると無いに等しい時間です。逆にヒトの歴史は「高GI値の食物を獲得する歴史」であり、そもそもヒトは高GI値の食物を好むように進化してきたのではと思います。そこに肥満の問題を解決する難しさがありそうです。「なぜ痩せられないのか」には、ヒトの成り立ちに起因する根源的な理由もあるのではと思いました。
この話でも分かることは、人間の体の仕組みにはさまざまな側面があり、それを理解することが健康な生活に役立つということです。No.119-120「不在という伝染病」で書いたことですが「微生物に常に接する環境が人間の免疫機能の正常な働きを維持する」というのもその一例でしょう。
今回はそういった別の例を紹介します。肥満の原因、ないしは "なぜ痩せられないのか" というテーマについての研究成果です。日本ではBMIが25以上で肥満とされていますが、肥満は糖尿病、高血圧、心臓病などの、いわゆる生活習慣病を誘発します。従ってダイエット方法やダイエット食に関する情報が世の中に溢れているし、ダイエット・ビジネスが一つの産業になっています。
なぜ肥満になるのか。その第1の原因は消費エネルギーが摂取エネルギーより小さいからです。その差がグリコーゲンとして肝臓に蓄えられ、また体の各所の細胞や脂肪細胞に蓄えられる。簡潔に書くと、
◆肥満の原因
出力(Output) < 入力(Input)
(消費エネルギー < 摂取エネルギー)
で、これは物理学で言う熱力学の第1法則(エネルギー保存の法則)と同じです。つまり肥満は出力(消費エネルギー)が少ないか、入力(摂取エネルギー)が多いか、あるいはその両方が原因です。肥満を解消するためには、このエネルギーバランスの崩れを解消すればよいのですが、そのためには人間の体の仕組みについての理解が必要です。以下に、まず人間の消費エネルギーはどうやって決まるのかについての科学的知見を紹介します。消費エネルギーを増やすには身体活動量を増やせばよく、そのためには運動をすればよいと考えるのが普通ですが、そうとも言えないようなのです。
人間の消費エネルギー
人間は安静にしているときにもエネルギーを消費していて、これを「基礎代謝」と呼んでいます。基礎代謝量は成人男性で 1500 kcal 程度、成人女性で 1200 kcal 程度ですが、体重や年齢によって変化します。またトレーニングによって筋肉が増えると基礎代謝もその分増えるということもあります。
一方、人間の活動による代謝を「活動代謝」とよび、これは活動の種類によって千差万別です。その他に食物摂取による代謝の増加(食事誘導性熱産生)があります。これら全てを含めて人間はどの程度のエネルギーを消費しているのでしょうか。現代ではそれが精密に測定できるようになってきており、その結果はちょっと意外なものです。
以下は「日経サイエンス」に掲載された、アフリカの狩猟採集民族・ハッザ族の消費エネルギーの測定結果を紹介することが目的ですが、その前提として消費エネルギーをどうやって測定するのかをまず説明します。
消費エネルギーの測定方法
消費エネルギーを測定するには "燃料" を燃やす酸素に注目し、酸素摂取量を測定して消費エネルギーを計算します。そのためには被験者を密閉された実験室に入れ、呼吸に含まれるガスを精密に測定すればよいわけです。
しかしこの方法だと被験者を日常生活から切り離して実験室に拘束しなければなりません。狩猟採集生活のエネルギー消費の測定などとてもできない。そうではなくて、日常生活状態でのエネルギー消費量を測定できないのか。その目的のために「二重標識水法」が開発されてきました。これが現代における標準的な手法です。
二重標識水法では二酸化炭素の排出量を測定します。そこから酸素摂取量が分かるからです。そして酸素摂取量が分かればエネルギー消費量がわかる。この方法で使われるのが「同位体」です。
たとえば酸素(O)は陽子数8、中性子数8の、原子量16が普通です。しかし中性子数が違う酸素原子も存在し、それが同位体です。同位体には放射線を出して崩壊するもの(放射性同位体)があります。有名なのが炭素14(14C)で、その半減期は約6000年です。この性質を利用し、普通の炭素(炭素12)との比を計測して考古学上の年代測定に使われます。
一方、安定した同位体(=安定同位体)もあり、安定同位体は自然界に一定の比率で存在しています。酸素(O)だと、原子量16の 16O 以外に、17O(酸素17)、18O(酸素18)が安定同位体です。自然界における存在比率は、16O:17O:18O = 99.759% :0.037%:0.204% です。
同様に、原子量1の水素には原子量2の安定同位体(=重水素)があり、自然界の存在比率は、1H:2H = 99.9844%:0.0156% です。
二重標識水法では、2H(重水素) と 18O(酸素18)でできた水、2H218O を用います。これを二重標識水と呼びます。つまり水素と酸素の2つに同位体の標識がついた水という意味です。
一般的に行われている測定では、まず被験者に二重標識水を飲ませます。これは飲料水に混ぜてもよく、とにかく飲んだ二重標識水の量が厳密に分かることが重要です。二重標識水は体内に入り、あるものはそのまま水として体内に残り、またあるものは代謝(化学反応)によって水素と酸素が分離されて他の物質の一部となっていきます。4時間後に二重標識水は体内に行き渡り、それまでの体内物質と平衡状態になります。この間は被験者に飲食を禁止します。
この4時間後に被験者の尿サンプル(唾液でもよい)を採取し、さらに1日後(測定開始)、8日後(測定終了)の尿サンプルを採取します。8日後と書いたのは1週間の平均消費エネルギーを測定する場合であり、測定目的に応じてサンプルの採取頻度を設定します。たとえば毎日の消費エネルギーをみたいのであれば、サンプルを毎日採取します。最長、2週間後までの測定が可能です。
これらのサンプルをIRMS(Isotope Ratio Mass Spectrometer。同位体比質量分析計)という装置を使って、含まれる原子の質量の比率を測定します。これは同位体の比率を分析できる質量分析装置です。被験者が飲んだ二重標識水に含まれる水素は100%が 2H でしたが、4時間後のサンプルではもともと体内にあった1H と混ざって薄められています。その "薄まり具合" から逆に、体内にどれだけの水があったかという「総体水分量」が分かります。平均的には体重の60%が水だと言われますが、それが被験者ごとに正確に測定できるわけです。
次に1日後と8日後のサンプルの 2H(重水素)と 18O(酸素18)をIRMSで測定します。8日後の方が圧倒的に量が少なくなります。その1週間の間の被験者の活動で、尿や汗や呼吸の中に重水素や酸素18が混じって排出されてしまうからです。しかしその "少なくなり具合" は酸素18の方が大きい。なぜなら、酸素18は尿・汗・呼吸時の水蒸気で水 H218O として排出され、かつ二酸化炭素 C18O2 として呼吸でも排出されます。しかし重水素は尿・汗・呼吸時の水蒸気から水 2H2O として排出されるだけだからです。
この "少なくなり具合" の差から 18O が関係する二酸化炭素の排出量が計算でき、それと総体水分量から全体の二酸化炭素排出量が分かります。そこから初めに述べたように酸素消費量を計算し、そしてエネルギー消費量が計算できます。
これは大変巧妙な方法です。この方法だと被験者の負担は二重標識水を飲むことと、数回の尿(ないしは唾液)のサンプル採取です。それ以外は普段通りの生活や活動をしてよい。スポーツをやっても狩猟採集をやってもOKです。まさに日常生活における消費エネルギーを計測する理想的な方法です。実は二重標識水の価格が下がり、二重標識水法が広まってきて初めて、人間の消費エネルギーについての新たな(意外な)知見が得られてきました。
同位体比質量分析計(IRMS)
Thermo Fisher Scientific社製。地質年代の特定などにも使われる。安定同位体の存在比率は地球上の場所によって微妙に違うので、これを利用して農作物の原産地の推定も可能である。
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ハッザ族の消費エネルギー量
ここからが本題です。日経サイエンス 2017年4月号に、アフリカのタンザニア北部のサバンナ地帯に暮らす狩猟採集民・ハッザ族の日常生活状態での消費エネルギーを二重標識水法で測定した結果が掲載されました。なぜハッザ族なのかと言うと、著者のハーマン・ポンツァー(ニューヨーク市立大学)が人類学者だからです。ヒトが誕生してから200万年だとすると、農業は高々1万年前からだし、近代的な都市生活はわずか数世代の歴史しかありません。ヒトはそのほとんどの進化の過程で狩猟採集の生活であり、そのライフ・スタイルに最も近いアフリカの狩猟採集民を調査して都市生活者と比較しようというのが主旨です。
ハッザ族の生活は肉体的に厳しいものです。著者の記述を引用してみましょう。
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ヒヒ狩りから帰るハッザ族の男たち。女たちは野生のイモを掘り、それが主食となる。
(日経サイエンス 2017年4月号)
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このようなハッザ族の生活を考えると、狩猟採集民は都市生活者より多くのエネルギーを費やしているのは自明だと思われます。人類学者も公衆衛生学者もそう考えてきました。著者もそうでした。そもそも著者がハッザ族の消費エネルギーを測定しようとした動機の一つは、ハッザ族に比べて都市生活者がいかに不十分なエネルギー消費をしているかを証明しようとしたからです。ところが測定の結果は意外なものでした。
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もちろん「ハッザ族と欧米の成人の消費エネルギーは同じ」という結果は正しかったのです。実は二重標識水法の普及にともなって「身体をよく動かしている人が、より多くのカロリーを燃やしている」という、何の疑いもなく自明に思えることとは矛盾する実測データが報告されるようになったのです。著者は次のような例をあげています。
◆ | グアテマラとガンビア、ボリビアで昔ながらの農耕生活をしている人々を調べた結果、これらの人々のエネルギー消費が都市生活者とほぼ同じであることが示された。 | ||
◆ | ナイジェリアの地方部に住む女性とシカゴ在住のアフリカ系アメリカ人は、身体活動レベルが大きく違うにもかかわらず、毎日のエネルギー消費は同じだった。 |
ハッザ族の測定結果は「晴天の霹靂」ではなかった、それは「長年に渡って雲行きが悪化してきたときに空から落ちてきた雨粒」だと、著者は表現しています。
身体活動の程度とエネルギー消費はどういう関係にあるのか。ハッザ族の結果のフォローアップのため、著者はアメリカの300人の被験者に加速度計をつけてもらって身体活動量を計測するとともに、二重標識水法で毎日のエネルギー消費を測定しました。
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なぜ身体運動とエネルギー消費の関係は弱いのか
ここで疑問が生じます。運動そのものに必要なエネルギーは、体格が同じであれば同じです。たとえばハッザ族の成人が1km歩くのに燃やすカロリーは欧米人と同じです。それにもかかわらずハッザ族はあまり運動をしない欧米人とトータルのエネルギー消費量が同じです。なぜ運動に多くのカロリーを振り向けられるのでしょうか。その理由はまだ明確ではありません。しかし著者は2つの可能性をあげています。第1の可能性は次です。
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著者も書いているように、これですべては説明できないようです。もう一つの可能性は大変興味深いものです。
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人間の意志とは無関係に体内で起こるエネルギー消費を基礎代謝と呼ぶとすると、運動による活動代謝が増えると、基礎代謝が減る。そのことで全体のエネルギー消費がほぼ一定に保たれる。人間の体はそういう風にできている、ということです。
肥満の原因は運動不足より過食
以上の研究結果から、肥満の原因は運動不足より過食だということがわかります。よく言われるように、不健康な食事の悪影響は運動では消せないし、減量を期待して少々スポーツジムに通っても(効果がないことはないが)あまり効果がないのです。
もちろん、運動は健康のためには非常に重要です。運動が循環器系から免疫系、脳機能までに良い影響を及ぼすことはよく知られている通りです。足の筋肉を鍛えることは膝の機能を正常に保つことになるし、健康に年を重ねるにも運動が大切です。さらに、引用してきた論文の著者のポンツァーは興味深い指摘をしています。
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炎症とは、外傷、打撲、化学物質、病原体の進入などで体が何らかの組織異常を起こしたとき、その異常状態から回復するための仕組みです。しかし組織異常から回復したにもかかわらず炎症が続くことがある。そうすると心血管疾患や自己免疫疾患などのまずい事態につながる可能性があるわけです。
炎症反応を起こすにもエネルギーが必要ですが、そのエネルギーは基礎代謝の範疇のものです(ここでの基礎代謝は "人間の意志とは無関係に起こるエネルギー消費" の意味)。しかし運動で活動代謝が増えると基礎代謝に振り向ける量が減り、そのことで過剰な炎症反応が抑えられる。上の文章はそのことを言っています。あくまで著者の考え(推測)のようですが、いかにもありそうな話だと思います。
ちょっと余談ですが、「自己免疫疾患」という言葉で直感することがあります。このブログでヒトの免疫系の仕組みを書きました(No.69-70「自己と非自己の科学」。No.122「自己と非自己の科学:自然免疫」)。免疫は「非自己 = 病原菌・異物など」から「自己」を守る仕組みです。その免疫系が「自己」を攻撃してしまうのが自己免疫疾患です。No.119-120「不在という伝染病」で書いたのは、微生物が不在の清潔すぎる環境が自己免疫疾患のリスクを高める(仮説)ということでした。
常に微生物に接している環境においては、免疫系は微生物との戦いにエネルギーを使っています。ところが微生物が不在だとエネルギーが「自己」に向かってしまう。しかし常に運動をしているとエネルギーは活動代謝で消費され、免疫系は正常に機能する・・・・・・。著者が書いている炎症反応はヒトの免疫系の重要な機能であり、運動が過剰な炎症反応を抑えるなら過剰な免疫反応も抑えるのでは、と想像しました。
ヒトは200万年のあいだハッザ族のような運動・活動環境で進化してきたわけです。ヒトにとって運動は、趣味やストレス解消を越えたもっと本質的なものではないか。そんなことを思いました。
本題に戻って、以上の人間の消費エネルギーを研究してきた著者の結論は次です。
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RIZAPに、たとえば30万円払って減量に成功したとしたら、効果から考えた費用の大半は食事指導料であって、完全個室のジムでのトレーニング料はわずか、ということになります。食事指導料の30万円が高いか安いかは人の判断によると思いますが・・・・・・。
カロリー神話
では、食物によるエネルギー摂取を適正に保つにはどうすればよいのか。これはもちろん1日分の必要エネルギーに相当するカロリーを摂取すればよいわけです。ファミレスなどの全国チェーンのレストランのメニューではメニューごとにカロリーが明記してあることがあります。企業や大学の食堂メニューにもそういうのがある。これは必要カロリーを意識しながら食事をする人のためです。
アトウォーター係数というのがあります。炭水化物、タンパク質、脂肪のそれどれからどれだけのカロリーが取り出せるかという値で、
炭水化物 1g | = | 4 kcal | ||||
タンパク質 1g | = | 4 kcal | ||||
脂肪 1g | = | 9 kcal |
というものです。確か学校で習うと思うので、アトウォーターという名前は知らなくても係数を知っている人は多いでしょう。普通カロリー計算というと、食物に含まれる炭水化物、タンパク質、脂肪の重量からアトウォーター係数を使って総カロリーを求めます。この数値にもとづき、ダイエットにいそしむ人は1日の必要カロリーだけの食事をとるように心がけます。ただし、食物から実際に摂取できるカロリーは単純な係数の掛け算だけでは決まりません。食物の消化の容易性、食物の加工度合い、調理方法などで変わりますが、その話はここではさておきます。
では "肥満は摂取カロリーだけで決まる" のでしょうか。そうではないと主張するのが、肥満の原因は炭水化物の過剰摂取だとする「炭水化物説」です。つまり、炭水化物を摂取すると血液中のブドウ糖(グルコース)の値(=血糖値)が上昇し、膵臓からインスリンが分泌される。インスリンは肝臓や筋肉、臓器、脂肪細胞にグルコースを蓄えるように働き、血糖値が下がる。このインスリンの作用で脂肪細胞に過剰に蓄積されたエネルギーが肥満の原因だとするのが「炭水化物説(ホルモン説)」です。いわゆる「低炭水化物ダイエット」「低糖質ダイエット」はこの理論にもとづいています。
肥満の原因はカロリーなのか炭水化物なのか。その両方だとしたら、どちらが主因なのか。炭水化物説が有力だと思いますが、科学的な最終決着はまだついていないようです。この炭水化物と肥満に関連して、日経サイエンス 2017年12月号に「カロリー神話の落とし穴」という研究報告があったので、以下にそれを紹介します。炭水化物説を補強する内容です。この記事の著者は米国・タフツ大学の教授(スーザン・ロバーツ)と教官(サイ・クルパ・ダス)で、いずれもエネルギー代謝研究の専門家です。記事のタイトルのカロリー神話とは「摂取カロリーが同じなら体重の増減は同じ」という "神話" を言っています。
脳が生む食欲
タフツ大学の研究のポイントは人間の食欲を生む脳の働きです。体重管理のためには、食欲に関係した脳の働きを知る必要があります。
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膵臓で作られるインスリンは血糖を肝臓や脂肪細胞に取り込む作用をし、その結果、血糖値が下がります。インスリンの量が少ないと(ないしはインスリンが分泌されてもその効果が低い体質=インスリン抵抗性だと)血糖値が高い状態が続き、体にさまざまな悪影響を及ぼします。これが糖尿病です。以下の説明では、この血糖値が脳が感じる空腹感と密接に関係していることが書かれています。
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日経サイエンスには、低GI値、中GI値、高GI値の3種類の朝食を用意し(カロリーはすべて同じ394kcal)、肥満の少年10人で実験した結果が載っています。朝食以降、その日のうちに何カロリーを摂取したかを調べると、明らかに高GI値の朝食をとるとその後のカロリー摂取が増えるという結果になっています。
同じ394kcalであるが、低GI値、中GI値、高GI値の3種類の朝食を用意する。肥満の少年10人で調べてみると、高いGI値の朝食をとるほどその日のカロリー総摂取量が増える。赤はタンパク質、黄色は脂肪、青は炭水化物のカロリーを示す。中GI食と高GI食で炭水化物が占めるカロリー(青)はほぼ同じであるが、高GI食のインスタントのオートミールの方がグリセミック指数が高い。
(日経サイエンス 2017年12月号より)
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グリセミック指数(Glycemic Index。GI値)
ここで出てきた「グリセミック指数」とは食物を摂取したときに、それがどれだけ血糖値を上げるのに寄与するかという値です。これは食物ごとに違い、同じ量の炭水化物(たとえば50g)が含まれるだけの食物を摂取して測定します。食事後、血糖値は上昇して下降し、2時間程度でもとの値に戻ります。この上昇と下降の過程を調べます。下図は横軸が時間、縦軸が血糖値(血液中のグルコース濃度)で、曲線と横軸で囲まれた面積からグリセミック指数を計算します。純粋なグルコースを摂取したときの面積を100とし、それとの比較で指数化します。
食物を摂取してから2時間の血糖値を模式的に書いたもの。赤が高GI値の食物、オレンジが中GI値、緑が低GI値。
(site : www.fuelingforhealth.com)
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食物によってグリセミック指数は違います。高GI値の食物は血糖値が急上昇し、ピークが高く、早めに下降します。低GI値の食物は、血糖値が徐々に上昇し、ピークは低く、下降も緩やかです。
食物に純粋な炭水化物・脂肪・タンパク質というものはありません。一般にはそれらの複合体であり、また物理的な組成が違います。同じ炭水化物といっても、デンプンと食物繊維のように物理的な形態はさまざまであり、それによって消化・吸収の度合いや速度が違います。また同じ食材でも調理方法や加工方法、加工の度合い、加熱するかどうかによってもGI値が違ってきます。食物のGI値を各種のサイトからまとめると次のようです。
◆ | GI値の低い食物(55以下)
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◆ | GI値が中程度の食物(55-70)
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◆ | GI値の高い食物(70以上)
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主食である穀物(米、小麦)で言うと、全粒穀物ほどGI値は低くなります。白米は高いが、玄米は低い。食パンは高いが、ブラン(小麦ふすま。小麦の外皮)は低い。そういう傾向にあります。また糖分は代表的な炭水化物ですが、果物の糖分の多くは果糖(フルクトース)であり、GI値は低めに出ます。野菜はほとんどが低GI値ですが、根菜類は高めです。
GI値はもともと糖尿病患者の食事制限のために考えられたようですが、一般にも広まってきました。その例が、低GI値の食物を摂取する「低インスリン・ダイエット」です。高GI値の食物を食べて血糖値が急に増大するとインスリンも大量に分泌されます。この結果、血糖が体脂肪として蓄積されやすくなります。低GI値の食物はインスリンの分泌も低く、脂肪が蓄積されにくい。この点に注目したのが低インスリン・ダイエットです。
上に引用したタフツ大学の結果は「GI値の低い食物を摂取すると血糖値が比較的長い時間一定の上昇レベルに保たれ、そのことで空腹感が抑えられ、カロリーの過大摂取になりにくい」ということです。いわゆる「腹持ちのよい食事」ということでしょう。さらにタフツ大学では133人の被験者を使って、摂取食物と空腹感の関係を調べる実験を行いました。
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実験の詳細が書いてないのですが、まとめると「低GI値の食事メニューを半年間食べ続けると体重が平均8kg減ったとともに、脳が低GI値食物により強く反応するようになった」となります。
このタフツ大学の結果は「低インスリン・ダイエット」と基本的に同じです。また糖質制限や低炭水化物ダイエットと大筋では同じと言えるでしょう。ただし次の点に意義があると思います。
◆ | 単に炭水化物を制限するのではなく、血糖値を急激に上げる炭水化物の制限を勧めている。肥満解消のためには血糖値を上げない炭水化物が重要としている。 | ||
◆ | 人間の脳の反応(空腹感の発生、嗜好の変化)と肥満を関連づけ、科学的な実験で実証している。 |
適正体重を保つ
適正体重を保つ(ないしは肥満を解消する)という観点から今までの "まとめ" をすると、まず
◆ | 運動は、体重減の効果が限定的 |
ということです。運動は、適正な体重を保つ以外の健康面でのメリットのために行うと考えるべきです。さらに食事の観点からは、
◆ | 栄養のバランスを考えて、適正なカロリー量を摂取すべき | ||
◆ | そのときに食物の種類を考慮すべき(高タンパク質・高食物繊維・低GI値の食事) |
の2点でしょう。世の中にはダイエットに関する情報が溢れていて、ダイエット食などのダイエット産業も盛んです。その中には根拠が曖昧なものや、単なる個人の経験談も多いわけです。今回紹介した日経サイエンスの記事は、結論だけをとると常識的かも知れませんが、いずれも科学的な実験・実証を行って結論に至るエビデンスを集めています。そこに意義があるでしょう。
我々は科学的根拠にもとづいた情報を選別し、健康に生きるすべを自らの意志で選択すべだと思います。
アフリカの狩猟採集民とグリセミック指数
ここからは日経サイエンスの記事を読んで思ったことです。今回引用したのは「アフリカの狩猟採集民の消費エネルギーの研究」と「食物のグリセミック指数が脳に与える影響の研究」でした。この2つを結びつけるとどうなるか、つまりアフリカの狩猟採集民の食物のグリセミック指数(GI値)はどうだろうかと思ったのです。
直感できることは「アフリカの狩猟採集民は高GI値の食物をとるだろう」ということです。ヘタをすると餓死しかねない厳しい環境です。そのような状況では、炭水化物・糖類に関する限りグルコースを摂取しやすい「高GI値の食物」を求めるはずです。引用したハッザ族に関する記述で、
ハッザ族の主食は野生のイモで、女たちは石だらけの土から何時間もかけて棒でそれらを掘り出す。 |
とありました。イモの種類は分かりませんが、根菜類は高GI値の食物です。そして記事に書いてはいないのですが、間違いなく彼らは加熱調理してイモを食べているはずです。
アフリカの狩猟採集民と食物の関係については No.105「鳥と人間の共生」で紹介したハーバード大学の人類学者・ランガム教授の話が思い出されます。教授はヒトの "火" の使用に関して次のように説明しているのでした。
◆ | ヒトは火を使って食物を加熱調理することで効率的な栄養摂取ができるようになり、それがヒトの特徴(巨大な脳、小さい歯、短い腸)を発達させた(=いわゆる「料理仮説」) | ||
◆ | アフリカの狩猟採集民は、火をおこして煙で蜂を麻痺させ、蜂蜜を採取する。チンパンジーと比較すると100~1000倍の蜂蜜を手に入れる。 |
ヒトを類人猿から区別している大きな特徴は巨大な脳です。脳は基礎代謝量の1/3を消費しているほどの大量のエネルギーを使っていて、そのエネルギーをブドウ糖(グルコース)だけから得ている。グルコースを摂取するという観点からすると、ハッザ族のようにイモを加熱調理して食べるのは最善の方法でしょう。
蜂蜜については日経サイエンスの記事に、ハッザ族は「地上10mを超す木の枝に簡単な手斧をふるって蜂蜜を獲る」(最初の引用参照)とありました。別の雑誌ですが、National Geograghic誌 にはハッザ族を現地取材した次のような記事があります。日没後にヒヒ狩りに向かうくだりで、オンワスとはハッザ族の長老格の男性です。
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ミツオシエという鳥が人間を蜂の巣に誘導する習性についてはNo.105「鳥と人間の共生」に書きました。ミツオシエ(ノドグロミツオシエ。Greater Honeyguide)の誘導で、ハッザ族の人たちが煙を使って木の幹の中の蜂の巣をとる様子がYouTubeに公開されています。ランガム教授も登場します。
蜂蜜は蜂が花の蜜(蔗糖=スクロースが主成分)を集め、ブドウ糖と果糖に分解して巣に蓄えたものです、その80%がブドウ糖と果糖であり、半分がブドウ糖です。自然界でブドウ糖を直接摂取できる食物は蜂蜜しかありません。もちろん蜂蜜は高いGI値の食物です。
ハッザ族も暮らすタンザニアの大地溝帯付近は、太古の昔からヒトが暮らしていた場所です。そこで狩猟採集をしていたヒトは、高GI値の食物を摂取するすべを拾得し(火が重要)、それがヒトの進化をうながした(特に脳の発達)、そう考えられると思います。
肥満に悩む現代人は「低GI値の食物を食べましょう、血糖値を上げすぎないように」と指導されるわけですが、肥満が社会問題になるのはこの数世代のことに過ぎません。人類の200万年の歴史からすると無いに等しい時間です。逆にヒトの歴史は「高GI値の食物を獲得する歴史」であり、そもそもヒトは高GI値の食物を好むように進化してきたのではと思います。そこに肥満の問題を解決する難しさがありそうです。「なぜ痩せられないのか」には、ヒトの成り立ちに起因する根源的な理由もあるのではと思いました。
2017-12-22 19:49
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