No.154 - ドラクロワが描いたパガニーニ [音楽]
No.124「パガニーニの主題による狂詩曲」では、ラフマニノフがパガニーニの主題にもとづいて作曲した狂詩曲(= 変奏曲形式のピアノ協奏曲)をとりあげました。この曲が、ラフマニノフのパガニーニに対する強いリスペクトによるものだという主旨です。今回はそのパガニーニに関する話です。
フィリップス・コレクション
アメリカの首都・ワシントン D.C.にある美術館の話からはじめます。今までの記事で、ワシントン D.C.の2つの美術館の絵を紹介しました。
の2つです。私は一度だけワシントン D.C.に行ったことがあるのですが、その時は光琳の『群鶴図屏風』は展示してありませんでした。しかし運良く日本で『群鶴図屏風』の精密な複製(キヤノン株式会社 制作)を見られたのは、No.85 に書いた通りです。
ワシントン D.C.には上記の2つのギャラリー以外にも "スミソニアン博物館群" があります。自然史博物館とか航空宇宙博物館など、観光で訪れても飽きることがありません。しかしもう一つ(美術好きなら)見逃せないミュージアムがあります。フィリップス・コレクションです。
フィリップス・コレクションは、ダンカン・フィリップス(1886-1966)が1921年に創設した美術館です。その建物はフィリップスの邸宅を改造したもので、いかにも個人コレクションらしい。ヨーロッパ近代絵画やアメリカの20世紀絵画の収集で有名ですが、最もよく知られているのは、ルノワールの『舟遊びの昼食』でしょう。パリ郊外に出かけてボートで遊ぶという、当時の先端の風俗を反映した、いかにも印象派らしい絵であり、明るい色彩の作品です。
このフィリップス・コレクションが所蔵する多数の作品の中に、ドラクロワが描いたパガニーニの演奏姿があります。
ドラクロワ『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』
『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』は、フィリップス・コレクションの中では見逃してしまいそうな小品(30cm×45cm)です。しかし、モデルがモデルだけに音楽好きには印象深い。しかも描いたのはドラクロワです。
ドラクロワは友人のショパンの肖像を描いていますね。ルーブル美術館にある有名な絵は、ショパンの肖像画としては代表的なものです。それに対し、パガニーニは演奏中の姿です。つまりこの絵は、
というところに価値があるでしょう。
今までの記事で、絵の解説として中野京子さんの文章を多数引用してきましたが、今回もそうします。まず、この絵が描かれるまでの背景というか、パガニーニのパリ公演までの話です。
中野さんも続く文章で書いているのですが、パガニーニはヴァイオリンの演奏技術や音色が驚嘆すべきものだっただけではありません。彼が作った曲も大変に魅力的だった。でないと、パガニーニにもとづく変奏曲や編曲が続々と作られることはなかったでしょう。これらの「パガニーニを踏まえた作品」で最も有名なのが、
です。中野さんの文章の引用を続けます。
ここまでは前置きです。話の本筋はパガニーニの「パリ初演」でした。その初演の会場に、当時の新進気鋭の画家であるドラクロワもいました。
ラフマニノフもマルファン症候群ではと言われることがありますね。しかし中野さんも書いているように、研究者はその「可能性を示唆」しているわけであって、あくまで伝えられる外見からの推測です。パガニーニの遺体からDNAを採取し遺伝子検査をすれば断定できるとは思いますが・・・・・・。ひょっとしたら「マルファン症候群説」は、後世にできた「パガニーニ伝説」の一つなのかもしれないと思ったりします。しかしそうだとしても確実に言えることは、さまざまな伝説が生まれるほど同時代の人たちはパガニーニの演奏を「聴いて」また「見て」全く驚いてしまい、それが後世にも伝わったいうことです。
だだし、同時代人であるドラクロワの描いたパガニーニは、単に風貌を描いた以上のものになっています。次に引用する部分が、この絵についての評論の核心部分です(下線は原文にはありません)。
我々はパガニーニの演奏を知りません。しかし、生演奏を聴いたドラクロワが捉えたパガニーニの姿、およびそれについての中野さんの「自らが奏でた音の神秘を味わい尽くすかのように、静けさの極みにある」という解釈に共感します。パガニーニの演奏は、おそらくそうだったのだろうと強く思うのです。
なぜそう思うかというと、パガニーニが残した作品を現代の演奏で聞くと「きわめて繊細優美、ロマンティックな芳香に満ちている」からです。24のカプリースのような超絶技巧が連続する曲を聞いていると、どうしても技巧に耳を奪われて「繊細優美、ロマンティックな芳香」の部分が分かりにくいのですが、パガニーニの音楽の本質はそうなのです。以下に、そのことを最もよく示していると思うパガニーニ作品をとりあげてみたいと思います。
音楽の陶酔:ヴァイオリンとギターのための作品全集
パガニーニはヴァイオリンの奇才であっただけでなく、ギターやマンドリンの名手でした。そのパガニーニがヴァイオリンとギターのために作曲した曲が相当数あります。
パガニーニの生誕地であるジェノヴァに "DYNAMIC" という音楽レーベルがあるのですが、そこから『ヴァイオリンとギターのための作品全集』が発売されています(9枚組みCD)。私の愛聴CDの一つですが、ここに収録された曲を、パガニーニ作品目録番号(MS番号)の順に並べると以下のようです。
これらの曲の多くは、
というスタイルです。ただし中には、
もあります。歴史上、数多く作られた「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」で ①や② はよくあります。③ はモーツァルトの「ヴァイオリンとクラヴィーアのためのソナタ」がそうですね(特に初期の曲)。ヴァイオリンが伴奏に回っています。それと似ている。パガニーニの場合、ギターの柔らかい音色と、それを彩るヴァイオリンの華やかな伴奏がよくマッチしています。
ヴァイオリンとギターのデュエットなので、これらの曲は「どこでも演奏できる」ことに注目すべきでしょう。ウォークマンから始まってiPodやスマホなど、我々はどこででも音楽を聴くことに慣れきってしまいました。しかし一昔前までは、私的に音楽を聴くのは家の部屋しかなかった。さらに録音技術が発達する以前は生演奏しかなく、自分の居室で音楽を聴くには演奏家を呼ぶしかなかったわけです。ルッカ公国の宮廷音楽家であるパガニーニが、ギタリストを引き連れエリザ公の居室で演奏する・・・・・・。そのような姿を想像してしまいます。
「どこでも演奏できる独奏、ないしはデュエット」が器楽曲の原点でしょう。パガニーニのヴァイオリンとギターのデュエットを聴いていると、まさにその原点の感じがします。
全曲集におさめられたヴァイオリンとギターのための多くの作品には、ヴァイオリンの優美な音色とギターの優しい響きが充満しています。ただし、ここにはラフマニノフの「狂詩曲 第18変奏」のような、とびきり美しい旋律はありません。また狂詩曲のもとになったパガニーニ「カプリース 第24番」の主題のような、強く印象的なテーマがあるわけではない。
曲の構成も皆「似たり寄ったり」です。ソナタは判で押したように、緩・急の2部(楽章)構成か、急・緩・急の3部(楽章)構成です。でなければ、主題と数10曲の変奏というスタイルです。聴いている限り、演奏も比較的容易そうです。アマチュア・ヴァイオリニストの上位の方なら弾きこなせると思います。
全体的に、何かが突出しているわけではないが、優美で軽やかで、のびのびとしていて、繊細で、ロマンティックで、明るい詩情が溢れています。ときおり挟み込まれる激しい音の動きも含めて、ヴァイオリンの特質が引き出されています。それも、高度な演奏技術で引き出すのではなく、音の流れで本来の楽器のありようが出ている。その流れに、ギターの優しい音色が組み合わされ、聴いていて癒される感じがします。これは音楽の本質的な楽しみの一つだと思います。
もちろん、たとえばコンサート会場で『運命』を一音一音、聴き逃すまいとして聴き、気分が高揚して最後に大きな拍手をする・・・・・・というのも良いでしょう。しかしそうでない音楽の楽しみもある。
パガニーニの『ヴァイオリンとギターのための作品』は、静かに聴く音楽です。ただし BGM のように聞き流す「環境音楽」ではなく、音楽に耳を傾け、音楽がもたらす愉悦に静かに浸るためのものです。そして曲想というと、まさに中野さんが書いているように、
音楽です。それがパガニーニという音楽家の本質だと強く感じさせられます。
アーティストが描いたアーティスト
ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』に話を戻しますと、この絵は「超一流のアーティストが超一流のアーティストを描いた」作品です。そのため、パガニーニの演奏姿を描いたように見えて、それ以上のものになった。音楽好きのドラクロワは間違いなくパガニーニの演奏に驚いたはずです。しかし、描かれた絵は表面的な「驚き」に惑わされることなく、パガニーニの音楽の本質を突いたものとなった。このあたりが「みどころ」だと思います。
パガニーニは19世紀当時、悪魔と契約としてその演奏技術を手に入れたとまで噂された人です。しかし、現代の一流のヴァイオリ二ストはパガニーニの難曲をわけなく弾いてしまいますね。パガニーニ程度の演奏技術を持った人は、現代ではいっぱいいるということです。問題は、難曲を正確に弾けたとして、その上で人を感動させる「音楽」をそこから引き出せるかどうかです。
人を感動させるのは演奏技術ではなく、音楽が本質的にもっている「ちから」であり、メロディーやハーモニーが人に与える影響力だと強く思います。それはパガニーニの時代も現代も全く同じでしょう。
2019年10月20日の日本経済新聞・日曜版(NIKKEI The STYLE)の「美の粋」というコラムに、多摩美術大学の小川教授がパガニーニについて書かれていました。タイトルは「ヴァイオリンの神秘(下)時代を熱狂させた悪魔の超絶技巧」で、ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』も画像とともに紹介してあります。その文中にヴァイオリニストの庄司紗矢香さん(No.11 参照)の発言がありました。その部分を引用します。
庄司さんが、パガニーニの曲は「演奏者にベルカント的な歌い回しを求める」と言っているのは、なるほどと思いました。
もう一つ、庄司さんは(彼女にとっては)ヴィオラと同じくらいに大きいパガニーニ愛用のグァルネリで、苦労しながらも「カプリース第17番と第24番」を演奏したわけです。パガニーニ以降のヴァイオリン演奏技術の大進歩を感じました。
フィリップス・コレクション
アメリカの首都・ワシントン D.C.にある美術館の話からはじめます。今までの記事で、ワシントン D.C.の2つの美術館の絵を紹介しました。
◆ | ワシントン・ナショナル・ギャラリー
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◆ | フリーア美術館
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の2つです。私は一度だけワシントン D.C.に行ったことがあるのですが、その時は光琳の『群鶴図屏風』は展示してありませんでした。しかし運良く日本で『群鶴図屏風』の精密な複製(キヤノン株式会社 制作)を見られたのは、No.85 に書いた通りです。
ワシントン D.C.には上記の2つのギャラリー以外にも "スミソニアン博物館群" があります。自然史博物館とか航空宇宙博物館など、観光で訪れても飽きることがありません。しかしもう一つ(美術好きなら)見逃せないミュージアムがあります。フィリップス・コレクションです。
ルノワール
「舟遊びの昼食」 |
このフィリップス・コレクションが所蔵する多数の作品の中に、ドラクロワが描いたパガニーニの演奏姿があります。
フィリップス・コレクション
2つの建物が連結されて美術館になっている。入り口は奥の方の建物にある。
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ドラクロワ『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』
『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』は、フィリップス・コレクションの中では見逃してしまいそうな小品(30cm×45cm)です。しかし、モデルがモデルだけに音楽好きには印象深い。しかも描いたのはドラクロワです。
ドラクロワは友人のショパンの肖像を描いていますね。ルーブル美術館にある有名な絵は、ショパンの肖像画としては代表的なものです。それに対し、パガニーニは演奏中の姿です。つまりこの絵は、
演奏中の "大音楽家" の姿を、同時代の音楽好きの画家、しかも後世に大きな名を残した "大画家" が描いた |
というところに価値があるでしょう。
ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)
『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』(1831)
(site : www.phillipscollection.org)
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今までの記事で、絵の解説として中野京子さんの文章を多数引用してきましたが、今回もそうします。まず、この絵が描かれるまでの背景というか、パガニーニのパリ公演までの話です。
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中野さんも続く文章で書いているのですが、パガニーニはヴァイオリンの演奏技術や音色が驚嘆すべきものだっただけではありません。彼が作った曲も大変に魅力的だった。でないと、パガニーニにもとづく変奏曲や編曲が続々と作られることはなかったでしょう。これらの「パガニーニを踏まえた作品」で最も有名なのが、
『パガニーニ大練習曲』 | |||
『パガニーニの主題による変奏曲』 | |||
『パガニーニの主題による狂詩曲』 |
です。中野さんの文章の引用を続けます。
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ここまでは前置きです。話の本筋はパガニーニの「パリ初演」でした。その初演の会場に、当時の新進気鋭の画家であるドラクロワもいました。
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中野京子
「名画の謎・対決篇」 |
だだし、同時代人であるドラクロワの描いたパガニーニは、単に風貌を描いた以上のものになっています。次に引用する部分が、この絵についての評論の核心部分です(下線は原文にはありません)。
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我々はパガニーニの演奏を知りません。しかし、生演奏を聴いたドラクロワが捉えたパガニーニの姿、およびそれについての中野さんの「自らが奏でた音の神秘を味わい尽くすかのように、静けさの極みにある」という解釈に共感します。パガニーニの演奏は、おそらくそうだったのだろうと強く思うのです。
なぜそう思うかというと、パガニーニが残した作品を現代の演奏で聞くと「きわめて繊細優美、ロマンティックな芳香に満ちている」からです。24のカプリースのような超絶技巧が連続する曲を聞いていると、どうしても技巧に耳を奪われて「繊細優美、ロマンティックな芳香」の部分が分かりにくいのですが、パガニーニの音楽の本質はそうなのです。以下に、そのことを最もよく示していると思うパガニーニ作品をとりあげてみたいと思います。
ここからは、いったんドラクロワの絵と中野さんの評論から離れます。 |
音楽の陶酔:ヴァイオリンとギターのための作品全集
パガニーニはヴァイオリンの奇才であっただけでなく、ギターやマンドリンの名手でした。そのパガニーニがヴァイオリンとギターのために作曲した曲が相当数あります。
パガニーニの生誕地であるジェノヴァに "DYNAMIC" という音楽レーベルがあるのですが、そこから『ヴァイオリンとギターのための作品全集』が発売されています(9枚組みCD)。私の愛聴CDの一つですが、ここに収録された曲を、パガニーニ作品目録番号(MS番号)の順に並べると以下のようです。
Carmagnola con variazioni(主題と14の変奏) | |||
Sonata concertata | |||
Grande Sonata | |||
Entrata | |||
Sonatas Opera(6曲) | |||
Sonatas Opera(6曲) | |||
Sonatas Opera(6曲) | |||
Sonatas Opera(6曲) | |||
Sonatas Opera(6曲) | |||
Sei Sonate(6曲) | |||
Sei Sonate(6曲) | |||
Cantabile | |||
Variazioni sul Barucaba(主題と60の変奏) | |||
Allegro vivace | |||
Cantabile | |||
Sei Duetti(6曲) | |||
Duetto Amoroso(10曲) | |||
Centone di Sonate(18曲) | |||
Sonate di Lucca(6曲) | |||
Sonate di Lucca(6曲) |
これらの曲の多くは、
① | ヴァイオリンの独奏と、ギターによる伴奏 |
というスタイルです。ただし中には、
② | ヴァイオリンとギターを対等に(協奏的に)扱った曲 (MS002 - Sonata concertata など) | ||
③ | ギターの独奏と、ヴァイオリンによる伴奏 (MS003 - Grande Sonata)。 |
もあります。歴史上、数多く作られた「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」で ①や② はよくあります。③ はモーツァルトの「ヴァイオリンとクラヴィーアのためのソナタ」がそうですね(特に初期の曲)。ヴァイオリンが伴奏に回っています。それと似ている。パガニーニの場合、ギターの柔らかい音色と、それを彩るヴァイオリンの華やかな伴奏がよくマッチしています。
ヴァイオリンとギターのデュエットなので、これらの曲は「どこでも演奏できる」ことに注目すべきでしょう。ウォークマンから始まってiPodやスマホなど、我々はどこででも音楽を聴くことに慣れきってしまいました。しかし一昔前までは、私的に音楽を聴くのは家の部屋しかなかった。さらに録音技術が発達する以前は生演奏しかなく、自分の居室で音楽を聴くには演奏家を呼ぶしかなかったわけです。ルッカ公国の宮廷音楽家であるパガニーニが、ギタリストを引き連れエリザ公の居室で演奏する・・・・・・。そのような姿を想像してしまいます。
「どこでも演奏できる独奏、ないしはデュエット」が器楽曲の原点でしょう。パガニーニのヴァイオリンとギターのデュエットを聴いていると、まさにその原点の感じがします。
全曲集におさめられたヴァイオリンとギターのための多くの作品には、ヴァイオリンの優美な音色とギターの優しい響きが充満しています。ただし、ここにはラフマニノフの「狂詩曲 第18変奏」のような、とびきり美しい旋律はありません。また狂詩曲のもとになったパガニーニ「カプリース 第24番」の主題のような、強く印象的なテーマがあるわけではない。
曲の構成も皆「似たり寄ったり」です。ソナタは判で押したように、緩・急の2部(楽章)構成か、急・緩・急の3部(楽章)構成です。でなければ、主題と数10曲の変奏というスタイルです。聴いている限り、演奏も比較的容易そうです。アマチュア・ヴァイオリニストの上位の方なら弾きこなせると思います。
・・・・・・ と思って聞いていると、突如、超絶技巧が始まったりするので油断はできません(左手のピッツィカートと弓で引く部分が速いスピードで交錯するような曲、など)。しかしそういうのはごく少ない。「技巧」が曲づくりの主眼にはなっていません。 |
全体的に、何かが突出しているわけではないが、優美で軽やかで、のびのびとしていて、繊細で、ロマンティックで、明るい詩情が溢れています。ときおり挟み込まれる激しい音の動きも含めて、ヴァイオリンの特質が引き出されています。それも、高度な演奏技術で引き出すのではなく、音の流れで本来の楽器のありようが出ている。その流れに、ギターの優しい音色が組み合わされ、聴いていて癒される感じがします。これは音楽の本質的な楽しみの一つだと思います。
もちろん、たとえばコンサート会場で『運命』を一音一音、聴き逃すまいとして聴き、気分が高揚して最後に大きな拍手をする・・・・・・というのも良いでしょう。しかしそうでない音楽の楽しみもある。
パガニーニの『ヴァイオリンとギターのための作品』は、静かに聴く音楽です。ただし BGM のように聞き流す「環境音楽」ではなく、音楽に耳を傾け、音楽がもたらす愉悦に静かに浸るためのものです。そして曲想というと、まさに中野さんが書いているように、
繊細優美、ロマンティックな芳香に満ちている |
音楽です。それがパガニーニという音楽家の本質だと強く感じさせられます。
DYNAMICレーベルで発売された、パガニーニのヴァイオリンとギターのための曲集(全集の前に発売されたCD)。 |
( site : www.dynamic.it ) |
アーティストが描いたアーティスト
ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』に話を戻しますと、この絵は「超一流のアーティストが超一流のアーティストを描いた」作品です。そのため、パガニーニの演奏姿を描いたように見えて、それ以上のものになった。音楽好きのドラクロワは間違いなくパガニーニの演奏に驚いたはずです。しかし、描かれた絵は表面的な「驚き」に惑わされることなく、パガニーニの音楽の本質を突いたものとなった。このあたりが「みどころ」だと思います。
パガニーニは19世紀当時、悪魔と契約としてその演奏技術を手に入れたとまで噂された人です。しかし、現代の一流のヴァイオリ二ストはパガニーニの難曲をわけなく弾いてしまいますね。パガニーニ程度の演奏技術を持った人は、現代ではいっぱいいるということです。問題は、難曲を正確に弾けたとして、その上で人を感動させる「音楽」をそこから引き出せるかどうかです。
人を感動させるのは演奏技術ではなく、音楽が本質的にもっている「ちから」であり、メロディーやハーモニーが人に与える影響力だと強く思います。それはパガニーニの時代も現代も全く同じでしょう。
 補記:庄司紗矢香  |
2019年10月20日の日本経済新聞・日曜版(NIKKEI The STYLE)の「美の粋」というコラムに、多摩美術大学の小川教授がパガニーニについて書かれていました。タイトルは「ヴァイオリンの神秘(下)時代を熱狂させた悪魔の超絶技巧」で、ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』も画像とともに紹介してあります。その文中にヴァイオリニストの庄司紗矢香さん(No.11 参照)の発言がありました。その部分を引用します。
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庄司さんが、パガニーニの曲は「演奏者にベルカント的な歌い回しを求める」と言っているのは、なるほどと思いました。
もう一つ、庄司さんは(彼女にとっては)ヴィオラと同じくらいに大きいパガニーニ愛用のグァルネリで、苦労しながらも「カプリース第17番と第24番」を演奏したわけです。パガニーニ以降のヴァイオリン演奏技術の大進歩を感じました。
ジェノヴァ市役所に展示されている「グァルネリ・デル・ジェス イル・カノーネ」。パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールの優勝者に演奏する機会が与えられる。 |
(日本経済新聞 2019.10.20) |
(2019.10.22)
2015-09-04 19:01
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