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No.154 - ドラクロワが描いたパガニーニ [音楽]

No.124「パガニーニの主題による狂詩曲」では、ラフマニノフがパガニーニの主題にもとづいて作曲した狂詩曲(= 変奏曲形式のピアノ協奏曲)をとりあげました。この曲が、ラフマニノフのパガニーニに対する強いリスペクトによるものだという主旨です。今回はそのパガニーニに関する話です。


フィリップス・コレクション


アメリカの首都・ワシントン D.C.にある美術館の話からはじめます。今までの記事で、ワシントン D.C.の2つの美術館の絵を紹介しました。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー
  メアリー・カサット
『青い肘掛け椅子の少女』
No.87「メアリー・カサットの少女」

フランシスコ・デ・ゴヤ
『セニョーラ・サバサ・ガルシア』
No.90「ゴヤの肖像画:サバサ・ガルシア」

フリーア美術館
  尾形光琳『群鶴図屏風』
No.85「洛中洛外図と群鶴図」

の2つです。私は一度だけワシントン D.C.に行ったことがあるのですが、その時は光琳の『群鶴図屏風』は展示してありませんでした。しかし運良く日本で『群鶴図屏風』の精密な複製(キヤノン株式会社 制作)を見られたのは、No.85 に書いた通りです。

ワシントン D.C.には上記の2つのギャラリー以外にも "スミソニアン博物館群" があります。自然史博物館とか航空宇宙博物館など、観光で訪れても飽きることがありません。しかしもう一つ(美術好きなら)見逃せないミュージアムがあります。フィリップス・コレクションです。

舟遊びの昼食.jpg
ルノワール
舟遊びの昼食
フィリップス・コレクションは、ダンカン・フィリップス(1886-1966)が1921年に創設した美術館です。その建物はフィリップスの邸宅を改造したもので、いかにも個人コレクションらしい。ヨーロッパ近代絵画やアメリカの20世紀絵画の収集で有名ですが、最もよく知られているのは、ルノワールの『舟遊びの昼食』でしょう。パリ郊外に出かけてボートで遊ぶという、当時の先端の風俗を反映した、いかにも印象派らしい絵であり、明るい色彩の作品です。

このフィリップス・コレクションが所蔵する多数の作品の中に、ドラクロワが描いたパガニーニの演奏姿があります。

Phillips_Collection.jpg
フィリップス・コレクション
2つの建物が連結されて美術館になっている。入り口は奥の方の建物にある。


ドラクロワ『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』


『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』は、フィリップス・コレクションの中では見逃してしまいそうな小品(30cm×45cm)です。しかし、モデルがモデルだけに音楽好きには印象深い。しかも描いたのはドラクロワです。

ドラクロワは友人のショパンの肖像を描いていますね。ルーブル美術館にある有名な絵は、ショパンの肖像画としては代表的なものです。それに対し、パガニーニは演奏中の姿です。つまりこの絵は、

  演奏中の "大音楽家" の姿を、同時代の音楽好きの画家、しかも後世に大きな名を残した "大画家" が描いた

というところに価値があるでしょう。

ヴァイオリンを奏でるパガニーニ.jpg
ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)
ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』(1831)
(site : www.phillipscollection.org)

今までの記事で、絵の解説として中野京子さんの文章を多数引用してきましたが、今回もそうします。まず、この絵が描かれるまでの背景というか、パガニーニのパリ公演までの話です。


1831年、パガニーニの最初のパリ公演が発表されると、フランスは期待できに沸いた。すでにもう彼は生きた伝説だったのだ。

イタリアの港町ジェノバ生まれのパガニーニは、11歳でプロ演奏家として立ち、23歳でルッカ = ビオンビーノ公国エリザ女公(ナポレオンの妹)に招聘しょうへいされて宮廷音楽家となり、数年後フリーに転じてミラノ・スカラ座デビュー、大センセーションを巻き起こす。傑作けっさく『ヴァイオリン協奏曲 第1番』を作曲して初演、24のカプリースも出版、人気はとどまることを知らず、教皇レオ12世から黄金拍車騎士の称号も授与される。イタリア完全制覇せいはの後、46歳で全ヨーロッパ・ツァーを開始した。

最初は音楽の都ウィーン、次いでドイツ、ポーランド。当時のロマン派の音楽家のほとんどが聴きに行っている。シューベルト、シューマン、ブラームス、ショパン、リスト、メンデルスゾーン、ラフマニノフ、ベルリオーズ・・・・・・。有数の聴き手たる彼らをも驚愕きょうがくさせたのは、パガニーニがこれまで誰もできなかったような変幻自在の奏法で華麗な音色を響かせたからだ。


中野さんも続く文章で書いているのですが、パガニーニはヴァイオリンの演奏技術や音色が驚嘆すべきものだっただけではありません。彼が作った曲も大変に魅力的だった。でないと、パガニーニにもとづく変奏曲や編曲が続々と作られることはなかったでしょう。これらの「パガニーニを踏まえた作品」で最も有名なのが、

リスト 『パガニーニ大練習曲』
ブラームス 『パガニーニの主題による変奏曲』
ラフマニノフ 『パガニーニの主題による狂詩曲』

です。中野さんの文章の引用を続けます。


パガニーニは特異な容貌ようぼうでも知られた。頬骨が目立って高く、極度にせ、脚も腕も異様に長く、さらに指は蜘蛛くもを連想させたという。一種病的な外見の主が長髪をふり乱し、目をぎらつかせ、ヴァイオリンの限界を超えた表現を展開するものだから、次第に誰言うともなく、あれは人間ではない、悪魔だ、いや、悪魔と契約して魂を売ったやからだ、演奏する彼の背後には悪魔の影が見える、などと噂されるようになり、しまいには魔除まよけに十字を切る聴衆さえ現れる始末。

本人はそれを少し面白がってもいたようだ。求道的芸術家であるとともに、エンターテイナーとしての素質も備えていたからだ。演奏の最中ヴァイオリンの弦が次々に切れてゆき、最後に残った一本だけで見事に弾き終えて喝采かっさいを浴びたエピソードなどは、偶然というより、あらかじめ計算してのものらしい。また演奏会場から次の会場までを、馬車で近道を疾駆しっくして驚くほど早く到着し、皆をぎょっとさせたこともある。役所から人間だという証明書を発行してもらったともいう。つまり自ら悪魔的イメージを強化しているわけだが、だとしてもそれを見事なまでに演じぬき、人を熱狂させるオーラを放つのこそ大スターというものだ。

中野京子『同上書』

ここまでは前置きです。話の本筋はパガニーニの「パリ初演」でした。その初演の会場に、当時の新進気鋭の画家であるドラクロワもいました。


時代の寵児ちょうじとして、ある時は悪魔と畏怖いふされ、ある時はペテン師だの妖術使だのとののしられたパガニーニが、いよいよパリ初演というので、その神業かみわざ的演奏ぶりを一目見ようとオペラ座の観客席はあっという間に埋め尽くされる。その中に音楽好きのドラクロワもいた。当時32歳。すでに官展での入選も果たし、新進気鋭の画家として注目されていた。

本作は、この夜の独奏会の記憶をもとに描かれた。ドラマティックな画面構成と強烈な色づかいを得意とするドラクロワだが、ここでは闇に浮かび上がるパガニーニひとりに絞り、演奏に集中する彼と画面の集中性が重なりあう。サイズは小さいながら、天才ヴァイオリニストの存在感抜群の仕上がりとなった。

中野京子『同上書』


弓なりに立つパガニーニの姿は、確かに痩せすぎ、手と指が目立ち、ヴァイオリンがひどく小さくみえる。後世の研究は、彼がマルファン症候群だった可能性を示唆しさしている(長生きできず、57歳で亡くなる前の数年間は病にせりがちで、演奏活動はできなかった)。

マルファン症候群は、別名、蜘蛛指症といい、遺伝性で、骨格異常や心臓奇形、大動脈りゅうや水晶体障害などを伴うことがある。外見上の特徴としては、長身痩躯そうく(上半身より長い下半身、また両手をまっすぐ伸ばすと身長より長い)、関節の過伸展、特徴的な手首と指(手首を握ると親指と第五指が重なる、また親指を中に入れてこぶしを握ると小指側に親指がはみ出す)。腕や指の長さは間違いなく演奏に有利に働いたが、手首をしなやかに曲げながら、長い指を目にもとまらぬ速さで自在に動かすパガニーニを見た人は、奏でる音色の変幻と相俟あいまって薄気味悪さを感じたのだろう。

中野京子『同上書』

名画の謎 対決篇.jpg
中野京子
「名画の謎・対決篇」
ラフマニノフもマルファン症候群ではと言われることがありますね。しかし中野さんも書いているように、研究者はその「可能性を示唆」しているわけであって、あくまで伝えられる外見からの推測です。パガニーニの遺体からDNAを採取し遺伝子検査をすれば断定できるとは思いますが・・・・・・。ひょっとしたら「マルファン症候群説」は、後世にできた「パガニーニ伝説」の一つなのかもしれないと思ったりします。しかしそうだとしても確実に言えることは、さまざまな伝説が生まれるほど同時代の人たちはパガニーニの演奏を「聴いて」また「見て」全く驚いてしまい、それが後世にも伝わったいうことです。

だだし、同時代人であるドラクロワの描いたパガニーニは、単に風貌を描いた以上のものになっています。次に引用する部分が、この絵についての評論の核心部分です(下線は原文にはありません)。


しかしさすがはドラクロワだ。彼の描くパガニーニの表情は、悪魔的というよりむしろ陶酔的だ。くぼんだ眼を閉じ、分厚い黒ずんだ唇をへの字にしながら、弦の震えの最後の余韻に耳をすますかのように、自らが奏でた音の神秘を味わい尽くすかのように、静けさのきわみにある。これこそパガニーニの本質であろう。テクニックや外見がいかに悪魔的でも、彼の作品自体はきわめて繊細優美、ロマンティックな芳香に満ちているからだ。

同じクリエイターとして、ドラクロワはよくわかっていたのだろう。常人にはしえぬパガニーニの運指法は日々新たな工夫と猛特訓の賜物たまものであり、肉体による表現者はまさに身を削って美を生み出しており、最高のパフォーマンスをし終えた時の至福たるや、計り知れないほど大きいのだということを ───。

中野京子『同上書』

我々はパガニーニの演奏を知りません。しかし、生演奏を聴いたドラクロワが捉えたパガニーニの姿、およびそれについての中野さんの「自らが奏でた音の神秘を味わい尽くすかのように、静けさのきわみにある」という解釈に共感します。パガニーニの演奏は、おそらくそうだったのだろうと強く思うのです。

なぜそう思うかというと、パガニーニが残した作品を現代の演奏で聞くと「きわめて繊細優美、ロマンティックな芳香に満ちている」からです。24のカプリースのような超絶技巧が連続する曲を聞いていると、どうしても技巧に耳を奪われて「繊細優美、ロマンティックな芳香」の部分が分かりにくいのですが、パガニーニの音楽の本質はそうなのです。以下に、そのことを最もよく示していると思うパガニーニ作品をとりあげてみたいと思います。

  ここからは、いったんドラクロワの絵と中野さんの評論から離れます。


音楽の陶酔:ヴァイオリンとギターのための作品全集


パガニーニはヴァイオリンの奇才であっただけでなく、ギターやマンドリンの名手でした。そのパガニーニがヴァイオリンとギターのために作曲した曲が相当数あります。

パガニーニの生誕地であるジェノヴァに "DYNAMIC" という音楽レーベルがあるのですが、そこから『ヴァイオリンとギターのための作品全集』が発売されています(9枚組みCD)。私の愛聴CDの一つですが、ここに収録された曲を、パガニーニ作品目録番号(MS番号)の順に並べると以下のようです。

MS001 Carmagnola con variazioni(主題と14の変奏)
MS002 Sonata concertata
MS003 Grande Sonata
MS008 Entrata
MS009 Sonatas Opera(6曲)
MS010 Sonatas Opera(6曲)
MS011 Sonatas Opera(6曲)
MS012 Sonatas Opera(6曲)
MS013 Sonatas Opera(6曲)
MS026 Sei Sonate(6曲)
MS027 Sei Sonate(6曲)
MS045 Cantabile
MS071 Variazioni sul Barucaba(主題と60の変奏)
MS072 Allegro vivace
MS109 Cantabile
MS110 Sei Duetti(6曲)
MS111 Duetto Amoroso(10曲)
MS112 Centone di Sonate(18曲)
MS133 Sonate di Lucca(6曲)
MS134 Sonate di Lucca(6曲)

Paganini - Complete Works for Violin and Guitar.jpg

これらの曲の多くは、

ヴァイオリンの独奏と、ギターによる伴奏

というスタイルです。ただし中には、

ヴァイオリンとギターを対等に(協奏的に)扱った曲
(MS002 - Sonata concertata など)
ギターの独奏と、ヴァイオリンによる伴奏
(MS003 - Grande Sonata)。

もあります。歴史上、数多く作られた「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」で ①や② はよくあります。③ はモーツァルトの「ヴァイオリンとクラヴィーアのためのソナタ」がそうですね(特に初期の曲)。ヴァイオリンが伴奏に回っています。それと似ている。パガニーニの場合、ギターの柔らかい音色と、それをいろどるヴァイオリンの華やかな伴奏がよくマッチしています。

ヴァイオリンとギターのデュエットなので、これらの曲は「どこでも演奏できる」ことに注目すべきでしょう。ウォークマンから始まってiPodやスマホなど、我々はどこででも音楽を聴くことに慣れきってしまいました。しかし一昔前までは、私的に音楽を聴くのは家の部屋しかなかった。さらに録音技術が発達する以前は生演奏しかなく、自分の居室で音楽を聴くには演奏家を呼ぶしかなかったわけです。ルッカ公国の宮廷音楽家であるパガニーニが、ギタリストを引き連れエリザ公の居室で演奏する・・・・・・。そのような姿を想像してしまいます。

「どこでも演奏できる独奏、ないしはデュエット」が器楽曲の原点でしょう。パガニーニのヴァイオリンとギターのデュエットを聴いていると、まさにその原点の感じがします。



全曲集におさめられたヴァイオリンとギターのための多くの作品には、ヴァイオリンの優美な音色とギターの優しい響きが充満しています。ただし、ここにはラフマニノフの「狂詩曲 第18変奏」のような、とびきり美しい旋律はありません。また狂詩曲のもとになったパガニーニ「カプリース 第24番」の主題のような、強く印象的なテーマがあるわけではない。

曲の構成も皆「似たり寄ったり」です。ソナタは判で押したように、緩・急の2部(楽章)構成か、急・緩・急の3部(楽章)構成です。でなければ、主題と数10曲の変奏というスタイルです。聴いている限り、演奏も比較的容易そうです。アマチュア・ヴァイオリニストの上位の方なら弾きこなせると思います。

  ・・・・・・ と思って聞いていると、突如、超絶技巧が始まったりするので油断はできません(左手のピッツィカートと弓で引く部分が速いスピードで交錯するような曲、など)。しかしそういうのはごく少ない。「技巧」が曲づくりの主眼にはなっていません。

全体的に、何かが突出しているわけではないが、優美で軽やかで、のびのびとしていて、繊細で、ロマンティックで、明るい詩情が溢れています。ときおり挟み込まれる激しい音の動きも含めて、ヴァイオリンの特質が引き出されています。それも、高度な演奏技術で引き出すのではなく、音の流れで本来の楽器のありようが出ている。その流れに、ギターの優しい音色が組み合わされ、聴いていて癒される感じがします。これは音楽の本質的な楽しみの一つだと思います。

もちろん、たとえばコンサート会場で『運命』を一音一音、聴きのがすまいとして聴き、気分が高揚して最後に大きな拍手をする・・・・・・というのも良いでしょう。しかしそうでない音楽の楽しみもある。

パガニーニの『ヴァイオリンとギターのための作品』は、静かに聴く音楽です。ただし BGM のように聞き流す「環境音楽」ではなく、音楽に耳を傾け、音楽がもたらす愉悦に静かに浸るためのものです。そして曲想というと、まさに中野さんが書いているように、

  繊細優美、ロマンティックな芳香に満ちている

音楽です。それがパガニーニという音楽家の本質だと強く感じさせられます。

Carmagnola.jpg Centone-1.jpg
Centone-2.jpg Centone-3.jpg
Duetti.jpg Lucca.jpg
SonatasOpera.jpg Sonate.jpg
DYNAMICレーベルで発売された、パガニーニのヴァイオリンとギターのための曲集(全集の前に発売されたCD)。
( site : www.dynamic.it )


アーティストが描いたアーティスト


ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』に話を戻しますと、この絵は「超一流のアーティストが超一流のアーティストを描いた」作品です。そのため、パガニーニの演奏姿を描いたように見えて、それ以上のものになった。音楽好きのドラクロワは間違いなくパガニーニの演奏に驚いたはずです。しかし、描かれた絵は表面的な「驚き」に惑わされることなく、パガニーニの音楽の本質を突いたものとなった。このあたりが「みどころ」だと思います。

パガニーニは19世紀当時、悪魔と契約としてその演奏技術を手に入れたとまで噂された人です。しかし、現代の一流のヴァイオリ二ストはパガニーニの難曲をわけなく弾いてしまいますね。パガニーニ程度の演奏技術を持った人は、現代ではいっぱいいるということです。問題は、難曲を正確に弾けたとして、その上で人を感動させる「音楽」をそこから引き出せるかどうかです。

人を感動させるのは演奏技術ではなく、音楽が本質的にもっている「ちから」であり、メロディーやハーモニーが人に与える影響力だと強く思います。それはパガニーニの時代も現代も全く同じでしょう。



 補記:庄司紗矢香 

2019年10月20日の日本経済新聞・日曜版(NIKKEI The STYLE)の「美の粋」というコラムに、多摩美術大学の小川教授がパガニーニについて書かれていました。タイトルは「ヴァイオリンの神秘(下)時代を熱狂させた悪魔の超絶技巧」で、ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』も画像とともに紹介してあります。その文中にヴァイオリニストの庄司紗矢香さん(No.11 参照)の発言がありました。その部分を引用します。


イタリアのジェノヴァで開かれるパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで1999年に優勝した庄司紗矢香さんは「パガニーニ以前と以後ではヴァイオリンという楽器の存在が変わった。重音のハーモニクスや左手ピチカートなどの奏法の限界を広げた点で意義深く、指板が長くなり肩当てや顎当てを使うようになったのもパガニーニの影響」という。

一方、パガニーニは決して曲芸的な技術だけで勝負したわけではなかった。庄司さんの言葉の中に、「パガニーニの音楽で個性的なのは、オペラアリアのようなイタリアの歌を基にしているので、演奏者にベルカント的な歌い回しを求めること」という一言があった。イタリアに住んでいた4歳の頃の庄司さんは歌手になるのが夢で、パガニーニの技術的な部分よりもオペラ的な部分にかれていたという。



パガニーニはストラディヴァリウスなどを十数台以上所有する弦楽器の収集家でもあった。現在ほどの経済的価値はなかったとしても相当な先見の明があったことが分かる。演奏家として自身が主に使っていた楽器は、グァルネリ・デル・ジェス。イタリア語で「大砲」を意味する「イル・カノーネ」という通称をもつ。現在この楽器はジェノヴァ市が所有しており、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールの優勝者には演奏する機会が与えられる。庄司さんからは、そのときのことを振り返った次のような言葉をもらった。

「伝統的は美しいコスチュームに身を包んだ守衛に見守られながら2時間ほど練習した後、『24のカプリース』の第17番と第24番を演奏しました。カノーネの名に相応ふさわしいパワフルな音がする本当に素晴らしい楽器でしたが、私にはヴィオラと同じくらい大きくて、指を広げる技法による演奏がとても大変でした」

おそらく大柄なパガニーニにはその種の苦労はなかったのだろう。大きく響き渡る音、技巧の極致、豊かな歌心 ・・・ 近代以降のヴァイオリンのありようがパガニーニを抜きには考えられないことだけは確かである。

小川敦生あつお(多摩美術大学教授)
日本経済新聞・NIKKEI The STYLE
(2019年10月20日)

庄司さんが、パガニーニの曲は「演奏者にベルカント的な歌い回しを求める」と言っているのは、なるほどと思いました。

もう一つ、庄司さんは(彼女にとっては)ヴィオラと同じくらいに大きいパガニーニ愛用のグァルネリで、苦労しながらも「カプリース第17番と第24番」を演奏したわけです。パガニーニ以降のヴァイオリン演奏技術の大進歩を感じました。

Paganini - Guarneri.jpg
ジェノヴァ市役所に展示されている「グァルネリ・デル・ジェス イル・カノーネ」。パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールの優勝者に演奏する機会が与えられる。
(日本経済新聞 2019.10.20)

(2019.10.22)



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