No.124 - パガニーニの主題による狂詩曲 [音楽]
変奏という音楽手法
今まで何回かクラシック音楽をとりあげていますが、今回はその継続で、「変奏」ないしは「変奏曲」がテーマです。
No.14-17「ニーベルングの指環」で中心的に書いたのは「変奏」という音楽手法の重要性でした。ちょっと振り返ってみると、ワーグナーが作曲した15時間に及ぶ長大なオペラ『ニーベルングの指環』には、「ライトモティーフ」と呼ばれる旋律(音楽用語で「動機」)が多種・大量に散りばめられていて、個々のライトモティーフは、人物、感情、事物、動物、自然現象、抽象概念(没落、勝利、愛、・・・・・・)などを象徴しているのでした。そして重要なことは「ライトモティーフ・A」が変奏、ないしは変形されて別の「ライトモティーフ・B」になることにより、AとBの関係性が音楽によって示されることでした。
たとえば「自然の生成」というライトモティーフの変奏(の一つ)が「神々の黄昏」であり、これは「生成と没落は表裏一体である」「栄えた者は滅びる」という、このオペラの背景となっている思想を表現しています。また、主人公の一人である「ジーフリート」を表すライトモティーフの唯一の変奏は「呪い」であり、それは「ジーフリートは呪いによって死ぬ」という、ドラマのストーリーの根幹のところを暗示しているのでした。
もちろん『ニーベルングの指環』だけでなく、変奏はクラシック音楽(や、ジャズ)のありとあらゆる所に出現します。ベートーベンの『運命』を聞くと、第1楽章の冒頭の「運命の動機」がさまざまに変奏されていき、それは第3楽章にまで現れることが、聴いていてすぐに分かります。学校の音楽の授業でも取り上げられる、最もよく知られたクラシック音楽(=運命)を聴くということは、暗黙に「変奏」という音楽スタイルに親しむということでもあるのです。
そしてクラシック音楽の中には、バッハの『ゴールドベルク変奏曲』のように「作品全体が変奏で成り立っている」もの(=変奏曲)があります。つまり「主題」が提示され、その変奏が10曲とか20曲とか続き、それが曲のすべてである、というたぐいの音楽作品です。
今回はその変奏曲の一つをとりあげます。ラフマニノフ(1873-1943)の『パガニーニの主題による狂詩曲』です。なぜこの曲かと言うと、私がよく行くカフェでBGMとして流れる(ことが多い)からです。
パガニーニの主題による24の変奏
ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲 作品43(1934)』は、パガニーニ(1782-1840)が作曲した『24の奇想曲 作品 1』の終曲(第24曲)の主題をもとに、その24の変奏で構成されています。これはピアノとオーケストラのための作品で「変奏曲形式のピアノ協奏曲」です。
そもそもパガニーニの『24の奇想曲の第24曲』が、主題と11の変奏(そして終曲)から成り立っています。もちろんヴァイオリン独奏曲(無伴奏)です。その主題が譜例66です。
Quasi Presto は「ほとんどプレストで」という意味ですが、プレスト(=急いで)とい指定のように、素早く演奏されるイ短調の主題です。
この主題を以下では「パガニーニ主題」と呼ぶことにします。またこの主題の中で特徴的な「ラ→ド→シ→ラ」という4つの音(16分音符)の形を「4音動機」と呼ぶことにします。この主題は、全体的にスピード感と躍動感が溢れていて、生命力や力強さを感じるし、音楽の流れをドライブする推進力が非常にあります。この「パガニーニ主題」は後世の作曲家にインスピレーションを与え、その編曲や変奏曲が多数作られました。有名なところでは、リストやブラームスです。
リスト(1811-1886)はパガニーニのライブ演奏を聴いて感動し「ピアノのパガニーニになる」と一念発起して猛練習に励んだと言います。彼が作曲した『パガニーニ大練習曲』は、パガニーニの『24の奇想曲』と『ヴァイオリン協奏曲』を素材にした6曲のピアノ練習曲集で、その第6曲が「パガニーニ主題」にもとづいています。
ブラームス(1833-1897)の『パガニーニの主題による変奏曲 作品35』は「パガニーニ主題」を使った合計28の変奏(!)からなる変奏曲(ピアノ独奏)です。そういった大作曲家たちの一人としてラフマニノフもいるというわけです。
ところで、よく知られているように、ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』は、24の変奏のうちの「第18変奏」だけが突出して有名です。カフェでBGMとして流れていたのも「第18変奏」の編曲だし、映画音楽に使われるのもこれです。平原綾香さんは歌詞をつけて歌っているし(=ラヴ・ラプソディー)、テレビのCMにも使われたりする(最近では東急不動産のCM。関東圏ですが)。
その「第18変奏」の旋律を「譜例67」に掲げます。原曲ではピアノがこの旋律を演奏したあとに弦楽器が続きますが、譜例67はその第1ヴァイオリンのパートだけを抜き出したものです。
フラット5つの「変二長調」で、「レ♭」の音が主音です。「アンダンテ・カンタービレ」という指定があるように、パガニーニ主題とはまったく違ったムードの、ゆっくりと歌い、流れる旋律です。カンタービレは「歌うように」という意味なので、平原さんのように歌詞をつけて歌うには最適かもしれません。
その譜例67の出だし、ラ♭→ファ→ソ♭→ラ♭ という音の並びが、パガニーニの「4音動機」の「反行形」になっています。「反行形」というのは古くからある変奏の手法で、音の上昇・下降の関係を逆転させるものです。
『パガニーニの主題による狂詩曲』では、パガニーニの「4音動機の反行形」が7回繰り返されます。その繰り返しによって、曲は次第に盛り上がっていき、頂点に達したと思ったその瞬間、最後の反行形はオクターブ以上の下降音形(ファ→ファ♭)と、それに続く上昇音形(ラ♭→ド→レ♭)という、ちょっと意外性のある展開で終わります。
さらに、譜例67の旋律全体が「4音動機」の反行形を「時間的に引き延ばしたもの」になっています。下の譜例68は第18変奏の「4音動機・反行形」だけを抜き出して並べたものですが(1オクターブ下に移調)、これを見ると旋律全体の音の流れが「下降し、徐々に上昇する、という反行形そのもの」になっていることが分かります。
ラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲 第18変奏」を編曲した「ラヴ・ラプソディー」が収録されている。そう言えば彼女は、ラフマニノフ「交響曲第2番 第3楽章(アダージョ)」もカヴァーしている(my Classics2)。
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つまり、シンプルな旋律が少しづつ変形されて、しつこいほど繰り返される。次々と出てくる美しい旋律が、行く末が読めない感じで、延々と続く。ちょっと「くどい」と暗に感じるが、聞き惚れてしまう。全体としては、しつこさなど吹き飛んでしまう魅力がある。そういった感じの曲です。
・ | ピアノ協奏曲第2番の第1楽章や第2楽章 | ||
・ | 交響曲第2番の第3楽章(アダージョ) | ||
・ | ヴォカリーズ |
などはその典型でしょう。第18変奏も、旋律は短いものの、なんとなくそういう雰囲気を感じるのです。
「突出している」第18変奏
そして『パガニーニの主題による狂詩曲』の全体を聴くとよく分かるのですが、第18変奏だけが「際だっていて」「突出して」います。曲全体の構成(調性、拍子、演奏時間)を一覧にしてみると以下です。演奏時間は、ウラジミール・アシュケナージ(ピアノ)、ハイティンク指揮:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のCDのものを採りました。曲全体の演奏時間は約24分です。
一見して分かることは、第18変奏は他の変奏に比べて演奏時間が長いことです(3分11秒)。また、長調の変奏は第14変奏、第15変奏、第18変奏だけですが、第14変奏、第15変奏はアレグロ、ないしはアレグレットの、速いテンポの曲です。長調の、ゆっくりしたアダージョの曲は第18変奏しかありません。
一覧表で多くを占めているのは、2拍子か4拍子の短調(ほとんどがイ短調)の変奏です。これはもちろん「パガニーニ主題」がそうだからです。それらの中で「長調・アダージョ・3拍子」で「長い」第18変奏は、独特の美しさで際だっています。つまり、
・ | 第18変奏だけが独立している感じ | ||
・ | 他の変奏とは一線を画している感じ |
が非常にするのです。鳶が鷹を生む、ということわざがあります。このことわざになぞらえると『パガニーニの主題による狂詩曲』の第18変奏は、
鷹が白鳥を生んだ |
ように感じる。鷹とはパガニーニ主題であり、白鳥が第18変奏です。他の変奏はあくまで「鷹の子」だが、これだけは白鳥のようだ、という・・・・・・。
想像をめぐらすと・・・・・・
そこで、想像をめぐらす余地が出てきます。ひょっしたら第18変奏(譜例67)のメロディー、特に最初の2小節分は、『パガニーニの主題による狂詩曲』とは全く別の目的で作られたのではないでしょうか。次のようなことを想像してしまうのです。
◆ | ラフマニノフは、他の曲(たとえば、交響曲やピアノ協奏曲)を作曲しているときに、第18変奏のメロディーを思いついた。 | ||
◆ | ところが、ふと気づいた。これは「パガニーニ主題」の変奏だと考えても全くおかしくはない。 | ||
◆ | そこで思い立った。「パガニーニ主題」にもとづく変奏曲を作曲したらどうか。その中のヤマ場に、思いついたメロディー(=第18変奏)をもってくる。 | ||
◆ | 先人の大作曲家たちは「パガニーニ主題」による変奏曲を作曲している。自分もその中に加わろう。もとより、パガニーニを深く尊敬してるのだから・・・・・・。 |
つまり、先に『第18変奏』が発想され、後からそれを生かした『パガニーニの主題による狂詩曲』が作られたという想像です。この想像にはいくつかのヴァリエーションが考えられる。たとえば『パガニーニの主題による狂詩曲』の作曲の途中でふと気が付いた、以前書き溜めていたメロディーがこの変奏曲に仕えるのでは・・・・・・というような。とにかく、『パガニーニの主題による狂詩曲』の作曲開始以前に『第18変奏』のメロディーが作られた、というのが想像です。
違うでしょうか。違うかもしれない。しかし、実証できないと同時に、反証もできないでしょう。普通、アーティストは自分の創作の秘密を公開することはないからです。
パガニーニに対するリスペクト
上の「想像」が違っていたとしても、一つだけ確実と思える推測があります。それは『パガニーニの主題による狂詩曲』が、パガニーニに対するリスペクトを背景に作られたということです。ラフマニノフは大変なピアノの名手でした。その人が、ヴァイオリンの鬼才・パガニーニを尊敬するのは自然です。また作曲家としてもパガニーニは名曲を書いていて、この点もラフマニノフに似ている。しかも「パガニーニをリスペクトする大ピアニスト、兼作曲家」と言えば、言わずと知れたフランツ・リストです。リストに自分をなぞらえたということも考えられます。
そして、もし上の「想像」が正しいとすると、ラフマニノフは自分の作ったメロディーをパガニーニの変奏とすることで、パガニーニに対する「二重のリスペクト」を表したということになるでしょう。自分のオリジナルのメロディーを、あえてパガニーニ作品の変奏だとしたのだから(=仮説)・・・・・・。もちろん「鷹から白鳥を生み出せる技量」を誇りたい気があったのかも知れません。
アーティストが生み出した作品は、アーティストのものであると同時に、アーティストのものではない。なぜなら、作品は独立した存在であって、受け手の解釈にゆだねられるから、という意味のことを中島みゆきさんが言っていました(No.35「中島みゆき:時代」参照)。
音楽、特に純粋音楽は、聴き手の受けとめかたが非常に自由です。BGMとして聴き流してもいいし、深い精神性や意味を汲み取ってもよい。そこがおもしろいところだし、音楽を聴く楽しみだと思います。
2014-08-29 20:25
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