No.95 - バーンズ・コレクション [アート]
前回の No.94「貴婦人・虎・うさぎ」の最後の方で、アンリ・ルソーのウサギの絵を紹介しましたが、この絵を所蔵しているのは、アメリカのフィラデルフィアにある「バーンズ財団 The Barnes Foundation」でした。今回はこの財団が管理するバーンズ・コレクションのことを書きます。
バーンズ・コレクションは、現在はフィラデルフィアの中心部に近い財団の「施設」に展示され、公開されています。施設の正式名は「The Barnes Foundation Philadelphia Campus」のようですが、以降、この「施設」も、その中の「展示作品」も区別せずに「バーンズ・コレクション」と表記します。
アメリカの美術館を訪れる
もしあなたが美術好きで、美術館を訪れるのが趣味で、海外旅行の際にも美術館によく行き、かつ、パリやローマには行ったので、今度はアメリカに行くとします。
アメリカの有名美術館は、ヨーロッパ絵画、特に19世紀以降の近代絵画の宝庫です。ヨーロッパ絵画に興味があるなら、パリ、ロンドン、アムステルダム、ローマ、フィレンツェ、マドリードに旅行するだけでは不十分であり、特に近代絵画をおさえておくためにはアメリカに行く必要があります。2011年に日本で開催された「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」の宣伝文句に「これを見ずに、印象派は語れない」とありましたが、これは大袈裟でもなんでもなく、事実をストレートに言っているに過ぎないのです。
そのアメリカの有名美術館を訪れる目的で一つだけ都市を選ぶとすると、やはりニューヨークです。ここには
という、全く性格の違う3つの美術館が(近接して)あるからです。もちろん、メトロポリタンはヨーロッパ美術だけではありません。またニューヨークには他にも、グッゲンハイム美術館やホイットニー美術館をはじめ、数々の美術館・ギャラリーがあります。
そしてニューヨークに旅行するのなら、是非ともお勧めしたいのがフィラデルフィアに行くことです。フィラデルフィアはニューヨークから列車で1.5時間の距離で、日帰りが十分に可能です。もちろん、フィラデルフィアに行く理由はバーンズ・コレクションがあるからです。
以降、バーンズ・コレクションに関する何点かのポイントや見どころを書きます。
予約が必要
バーンズ・コレクションは基本的に予約が必要です。入場者数を制限しているのです。なぜそうなのかはあとで説明します。人数に余裕がある時は予約なしでも入場できるようなのですが、日本から行って入場できない(ないしは数時間後に来てくれと言われる)のはまずいので、必ず予約してから行きましょう。
予約は日本からもウェブサイトで可能です。何月何日の何時ということを指定して予約します。
完全な日本語音声ガイド
バーンズ・コレクションのポイントの一つは「完全な日本語音声ガイド」があるということです。「完全な」という意味は
という意味です。そんなのあたりまえだろう、と思うのは甘い。某美術館などは、日本語ガイドと言いながら、音声ガイドが設定されている作品の一部だけにしか日本語音声がなく、残りは英語で聴く必要があります。騙されたという気分にもなるのですが、意外にこういう著名美術館がある。もっとも、日本語ガイドがあるだけ有り難いとも言えますが・・・・・・。英語で聴くのもアリですが、内容を把握するためにはリスニングに集中する必要があり(普通の日本人はそうだと思います)絵画の鑑賞という本来の目的を殺ぐことになります。やはり音声ガイドはある程度は「聞き流し」て、ハッとする解説があったときに集中するという風にしたい。絵の鑑賞が第一なのだから・・・・・・。
バーンズ・コレクションの音声ガイドは、財団のキュレーターや大学教授が解説をしていて、非常にしっかりしたものです。まず日本語音声ガイドがある。そしてそれが完全な日本語音声ガイドである。このことは重要ポイントとしてあげていいと思います。
バーンズ邸の展示室と展示方法を再現
バーンズ・コレクションは、フィラデルフィア出身の実業家で美術研究家のアルバート・バーンズ博士(1872-1951)が収集した美術品を展示してあるのですが、もともとこのコレクションはフィラデルフィアの郊外、北西10kmぐらいにあるメリオンのバーンズ邸に飾られていたものです。メリオンの建物は美術品を展示するために造ったようですが、個人の私有物なので「バーンズ邸」と言うことにします。バーンズ邸は今でもありますが、2012年にバーンズ財団はフィラデルフィアの中心部に近い場所に新たに「施設」を建設し、そこにコレクションを移設しました。我々海外からの旅行者にも随分とアクセスしやすくなったわけです。
フィラデルフィアのバーンズ・コレクションの最大の特徴は次の2点です。
の2点です。つまり鑑賞者は、かつてのバーンズ邸を訪問した時と同じ雰囲気で絵画コレクションを味わえるのです。しかもここの絵は基本的に「門外不出」です。
予約が必要という理由は、まさにこの点にあります。「施設」の内部の展示室は、大きい部屋もあるが、小さい部屋が多い(バーンズ邸を模しているのだから)。もし入場者数をコントロールしなければ、部屋によっては人が溢れ返ることになります。
アルバート・バーンズの絵画の展示方法は独特です。画家ごとに飾るとか、年代順に飾るとか、絵画の流派で分けるとか、そういった「美術館っぽい」ことはいっさいしない。壁の中心にメインの絵を飾り、その絵と(バーンズなりの考えによる)関連性のある絵を、左右対称に、左右の大きさを揃えて、壁一面に、画家はごちゃまぜにして飾る・・・・・・。簡単に言うとそんな飾り方です。いいとか悪いとか、そういう次元の話ではありません。基本的に「私邸」なのだから、鑑賞者はそれを受け入れるべきなのです。
ちなみに、左右対称(シンメトリー)という絵の飾り方は、いかにも欧米文化という感じがします。私などは、シンメトリーを基調にしつつも、それをあえて「崩す」ところや「はずした」ところをあちこちに作った方が「動き」や「味」が出ていいと思うのですが、それはあくまで日本的な考え方なのでしょう。もう一度確認すると、ここは私邸であって、オーナーの感性を味わうべき場所なのです。
付け加えると、バーンズ・コレクションにおいては、24ある展示室の配置も完全なシンメトリーをなしています。
以降にバーンズ・コレクションの公開画像を掲載しますが、原則として、
Room 1-23 East/West/South/North Wall
というようにで、展示室の壁ごとに紹介します。普通の美術館なら絵の展示場所は変わるので、こういった紹介には意味がないのですが、バーンズ・コレクションでは「どの絵を、どの部屋の、どの壁の、どの位置に展示するか」ということが厳密に決まっているので、最適な方法だと思います。もしあなたが今後バーンズ・コレクションを訪れたとしても、全く同じ光景に出合うはずです。なお、ここに掲載した画像はバーンズ・コレクションがメリオンのバーンズ邸にあった頃の写真が一部含まれていますが、本質的には全く同じです。
補足しますと、
ということは、
ということです。普通の美術館なら「貸出し」や「展示替え」で、こうはいきません。このことはバーンズ・コレクションの大きな特徴と言っていいと思います。ひょっとしたら「一生に一度だけの日本からの旅行者」にとってはこれが最大のメリットかもしれません。
ルノワールが大量にある
ここに収集されたルノワールは181点と言います。バーンズ・コレクションを鑑賞してまず感じるのは、「ルノワールだらけだ」という驚きです。よくもこれだけ集めたものだと・・・・・・。あのオルセー美術館でさえ、所蔵するルノワールは125点といいます。個人コレクションであるにもかかわらずオルセー美術館の1.5倍のルノワールがあるというのは、かなり衝撃的な事実ではないでしょうか。これに驚かないようでは "絵画ファン" だとは言えないでしょう。
美術が好きな人には「ルノワールが好き」な人も多いでしょうが、中には「ルノワールは嫌い」という人もいると思います。絵の好みは "人それぞれ" なので当然です。では「ルノワール嫌い」にとっては、バーンズ・コレクションを訪れる価値が薄くなるかと言うと、そんなことは全くありません。
のです。これだけの作品を集めたというコレクターの「愛着、こだわりと執念、尋常ではない想い、常軌を逸した執着心とその徹底ぶり」に直に触れる感じがして、それはそれで「感動さえ覚える」のです。そして、たとえ「ルノワール嫌い」の人であっても、これだけの数の絵があると、
と思うのです(たぶん)。とにかく圧巻のルノワール・コレクションは一見の価値があります。しかもバーンズ流の飾り方では、ルノワールだけが連続して現れることはあまりないので「食傷する」ことはなく、鑑賞しやすくなっています。
セザンヌとマティス、その他の画家
ルノワールの次の多いのが、セザンヌ(69点)とマティス(59点)です。アルバート・バーンズはアンリ・マティスと交流があり、マティスはバーンズ邸の壁画を制作しています。その壁画(『ダンス』)も移設されています。
その次は、ブルガリア出身のエコール・ド・パリの画家、パスキン(57点*)です。また、ピカソも46点あります。10~20作品程度の有名画家は、
などです。
これらの画家は、バーンズの同時代の画家が多いことに注目すべきでしょう。画家の生年を古い順にあげてバーンズの生年との差をリストすると以下のようです。
これを見るとはっきりするのですが、バーンズ本人より一世代前と言えるのは、セザンヌ、ルノワール、アンリ・ルソーだけであり、あとは同世代の画家です。スーティンなどは次の世代と言ってもいい。ということは、バーンズの時代には評価が(全く)定まっていない画家も多かったはずです(そもそもスーティンはバーンズに見出された画家です)。コレクターとしての目の確かさがうかがえます。
バーンズの「一世代前」と「同世代」の対比を良く表しているのがメインルーム(Room 1)です。引用画像にもあるように、メインルームの North Wall に飾られているのは33枚のルノワールとセザンヌです。一方、その反対側の South Wall にあるのは、
で、この二つの作品は North Wall の絵とは明らかに違います。色が現実とは遊離しているし、形も画家が自由に造形しています。我々はマティスやピカソをよく知っているので、この二つを見ても絵としての違和感を感じることはありません。もちろん「好き・嫌い」はあるだろうけれど「絵として変だ」とか「絵になっていない」と思う人はいないはずです。
しかしバーンズと同世代の「一般の美術愛好家」はどうだったのでしょうか。メリオンのバーンズ邸で『座るリフ族の男』と『農夫たち』を見せられた "普通の" フィラデルフィア市民は、「これでは絵になっていない」と思った(人が多かった)のではないでしょうか。現代人の感覚を単純にバーンズの時代に当てはめることはできないと思うのです。
バーンズ・コレクションのメインルームでは「ルノワール・セザンヌ - North Wall」と「マティス・ピカソ - South Wall」が同居しています。我々はそれを「あたりまえ」だと思うのですが、バーンズの時代の "個人コレクター" としては必ずしもあたりまえではないはずです。バーンズの「絵を見る目の確かさ」は、このメインルームに現れていると感じます。
画家の名前をあげていくときりがないので、以降は簡略化しますが、10点以下の主な画家は、ゴッホ(7点)、スーラ(6点)、マネ(4点)、モネ(4点)、クールベ(3点*)、ゴーギャン(2点*)、ロートレック(2点)などです。
ルノワール、セザンヌ、マティスが大量にあるので我々は感覚が麻痺してしまって、ゴッホもあるな、ぐらいの感じなのですが、ゴッホ作品が7点あるだけでも本当は大変なことです。しかも、あまり写真や画集などで紹介されない作品です。
ここまで作品数の紹介ばかりで、作品の話が全く出てこないのですが、それだけ「圧倒的な数」に驚くということです。しかし作品数だけをうんぬんするのはまずいので、1点だけあげると、メインルームの West Wall にあるスーラの『ポーズする女たち』(1886/8)です。これはバーンズ・コレクションの「顔」の一つともなっている点描の大作で、モデルの「オーディションの光景」( = バーンズ・コレクションの音声ガイドでの解説)を描いています。
この絵のポイントは次の3点だと思います。
の3点です。思うのですが、この絵が強い印象を残すのは③が大きいのではないでしょうか。「通常は知り得ない光景をかいま見る」といった・・・・・・。「舞台裏」を描いた先人はドガですね(スーラ以後の画家ではロートレック)。影響されたのかもしれません。とにかく、「本来描くべき光景の一段階前のシーンを描写し、しかも画中画を描き込む」という、ちょっと複雑なコンセプトがこの絵の魅力でしょう。また、同一のモデルを3つの時間差で描いた(3つの時間を共存させた)ように見えてしまうのも、さらにこの絵を謎めいたものにし、魅力を増しているのでしょう。
ちなみに、スーラが短い生涯(31歳で死去)に描いた大作は、この作品を含めて6点しかありません。残りのうちの2つはアメリカにあります。『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館)と『サーカスの客寄せ』(メトロポリタン美術館)です。つまりアメリカの美術館に「スーラの大作」の半分、3作品があるわけです。しかも、誰の目にも明らかだと思うのですが、アメリカにある3作品がスーラのベスト・スリーです。これをもってしても「近代フランス絵画におけるアメリカの美術館の重要性」が直感できます。
以上はフランス、ないしはフランスで活躍した画家の近代の作品ですが、バーンズ・コレクションにはそれ以前の時代・国の画家の作品も、数は少ないですが、ちゃんとあります。ティントレット、ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ボス、ルーベンス、ハルス、エル・グレコ、ゴヤ、・・・・・・などです。ルネサンス以前の宗教画もあります。ヨーロッパ絵画史の全域に渡るというわけではないですが、「バーンズの時代に購入できる絵」という観点から見ると極めてカバー率が高いコレクションです。
アメリカの画家
バーンズ・コレクションの特色の一つは、アメリカ人画家の作品もちゃんと収集されていることです。その代表が
です。この2人の画家は、日本では一般的にはあまり知られていないと思います。私もバーンズ・コレクションで初めて見ました。
ウィリアム・グラッケンズ(1870-1938)は、バーンズより2歳年上のアメリカの画家で、「アメリカのルノワール」と呼ばれたこともあったようです。彼はバーンズ・コレクションの成立に大きな役割を果たした画家で、バーンズの意向を受け、ヨーロッパで絵を買い付けたり、アドバイスをしたりしました。No.86「ドガとメアリー・カサット」で紹介した、ハブマイヤー夫妻(コレクター)とメアリー・カサット(画家)の関係を思いだします。というより、倉敷の大原美術館を作った大原孫三郎(コレクター)と児島虎次郎(画家)の関係、と言った方がより適切でしょう。
モーリス・プレンダーガスト(1858-1924)は後期印象派の代表的なアメリカの画家で、独特の個性的なタッチと色使いが印象的な画家です。彼もバーンズと同時代の画家です。
グラッケンズとプレンダーガストの作品をそれぞれ1つ、掲げておきます。いずれもメインルームにある絵で、グラッケンズは北東の出入り口の上、プレンダーガストはスーラの左側に展示されている作品です。
グラッケンズとプレンダーガスト以外にも、次のようなアメリカ人画家の作品が収集されています。
などです。なお、多数収集されているパスキン(ブルガリア生まれ、パリで活躍)はアメリカ国籍を取得しているのでアメリカ人ということになります。Barnes Foundation のホームページには次のような記述があります。
これはちょっと意外な感じですが、そう言われてみるとメインルームにもアメリカ人画家の3作品(グラッケンズ×2、プレンダーガスト)があるのですね。
我々は欧米の近代絵画というと、ほぼヨーロッパ出身画家の作品を思い浮かべます。バーンズ・コレクションを訪れても、どうしてもそういう目線で鑑賞してしまいます。ルノワール、セザンヌ、マティスだらけの展示室を見せつけられるとそれもやむを得ないのですが、「アメリカの画家」という視点でバーンズ・コレクションを見るのも一つの見方でしょう。
アンサンブル
仮に、ルノワールを4~5枚持っている個人コレクターがいたとします(それもだけでも凄い)。たぶん彼は自宅の一室にルノワールだけを集め、「ルノワール・ルーム」とか称し、客を招いて絵の解説をして(自慢して)悦に入るでしょう。しかしアルバート・バーンズにしてみれば、そんなことは「駆け出しコレクター」か「マイナー・コレクター」のやることなのですね。彼はルノワールを181枚集めて、20以上の部屋にばらまき、他の画家の絵とごちゃまぜに展示するわけです。ルノワール以外の画家も同様です。
前にアルバート・バーンズ独特の絵の飾り方を書きましたが、もう一度整理すると次のようです。
この美術品の飾り方をバーンズ・コレクションではアンサンブルと呼んでいます。一つの壁の美術品・工芸品が「総体としてアルバート・バーンズの作品」だと言いたいのでしょう。では、なぜこういう展示方法なのか。
それは、アルバート・バーンズの独創性であり、彼の感性であり、こだわりだと言われます。それは全くその通りだと思うのですが、バーンズ・コレクションを見て強く感じるのは、
ということなのです。
その理由ですが、まず、バーンズ邸は「私邸」です。私邸としては広いといっても、20数室の小さめの部屋しかない。国立の美術館のような建物の大きさと展示室の作りでは全くないのです。ここに大量の絵を展示するとなると、壁一面に絵を飾るしかないわけです。
さらに、同一画家の絵が多数あることを考える必要があります。ルノワールは181作品もあります。もし「ルノワール・ルーム」を作ったとしたら、3つか4つの部屋がルノワール作品で埋め尽くされることになります。それは何とも「味気ない」展示方法です。いくら「ルノワール好き」でも飽きる。「ルノワール・ルーム」を作ったとしたならコレクターの感性を疑われることになるでしょう。セザンヌしかり、マティスしかりです。
バーンズ・コレクションの特長の一つは、パリのオランジュリー美術館と双璧を成すスーティンのコレクションです。これはバーンズと懇意だったパリの画商、ポール・ギヨームが無名のスーティンを買い、その絵を見たバーンズが感銘を受けたことによります(ちなみにオランジュリー美術館はギヨーム・コレクションがベースになっている)。上にも書いたようにスーティンはバーンズに見い出された画家といってよい。
そういう経緯もあって、バーンズ・コレクションのスーティンは21点も(!)あります。もしこれらをまとめて展示するとなると、壁の2面は必要でしょう。壁の2面がスーティンの絵で埋まっている部屋を想像してみると、それはちょっと問題ありではないでしょうか。私ならそういう部屋にすすんで行こうという気にはならない。やはりマティスがあり、スーティンがあり、その次にモディリアーニがあってこそ、あの独特の画風というか、厳しい色彩と、いささかショッキングなフォルムが生きるのだと思います。「スーティン・ルーム」を作るとなると、今度はコレクターの品格(?)に疑問符がつくことになる。
それでは、画家たちの絵をシャッフルし、一つの壁に10作品とか15作品を飾るにはどうしたらよいのか。まさか、くじ引きで決めるわけにはいかにないから、どうしても「絵と絵の間の何らかの関連性」に注目するしかありません。サイズとか、色合いとか、描かれているもののフォルムとか、絵の主題とかです。そして「その壁のテーマ」みたいなものを作る・・・・・・。A画家の比較的大きめの作品を真ん中に置き、その左右にB画家の小ぶりの似たサイズの2つの作品、しかもA画家作品と何らかの関連性のあるものを飾る・・・・・・これなどはとても自然な発想に思えます。
「アンサンブル」はバーンズの独創性・感性・こだわりのたまものなのだろうけど、何となく「所蔵数」という量の問題も大きいのではと感じます。
我々としてはまず作品群を「アンサンブル」として鑑賞し、その中で「これは」と思った作品(気に入ったもの、目に付いた絵画)をじっくり見る・・・・・・、これがバーンズ・コレクションの「正しい鑑賞の方法」でしょう。鑑賞者にとっても量の問題があるわけです。とてもすべての絵をじっくりみる時間はありません。フィラデルフィアに住んでいるのならともかく、ニューヨークからの日帰り旅行者にとっては・・・・・・。
コレクターの嗜好を越えて
バーンズ・コレクションは、個人コレクターが収集して私邸に飾った絵を鑑賞するものです。その意味では、フリック・コレクション(ニューヨーク)やフィリップス・コレクション(ワシントン DC)、クラーク・コレクション(マサチューセッツ州、ウィリアムズタウン)と同様ですが、特にバーンズ・コレクションはアルバート・バーンズの好み、嗜好、趣味、こだわりが濃厚に現れています。単刀直入に言うと、ギャラリーとしてはかなり歪んでいる。
たとえば、クロード・モネの作品はあまりありません(4点)。別にモネの絵を集めないとコレクターとして一流じゃない、というわけでは全くないのですが、あれだけのコレクションにモネが4点というのも「少なすぎる」感じがします。バーンズ・コレクションにおいては、モネの作品は非常に影が薄いのです。
アメリカの画家もそうです。たとえば、アメリカ近代絵画の父とも言われるエイキンズ(フィラデルフィア出身)の作品はありません。ホーマーの作品もない。バーンズと盟友だったグラッケンズ、およびプレンダーガストの絵を見たとしても、それは決して「アメリカ美術史」を概観したことにはならない。ここは美術館ではないのです。あくまで「アルバート・バーンズというフィルターで濾過された絵画群に触れる場所」です。
しかし、あくまで個人のフィルターを通してという限定つきだけれど、ここに集められた絵、特に「多くの作品がある画家の絵」「収集に邁進したに違いない画家の絵」(スーラが6点!)には、共通するものがあるような気がします。それは、
という共通点です。全部が全部そうではないが、何となくそういう感じがする。コレクターの「絵画のあるべき姿はこうだ」という主張も感じ取れます。モネ、シスレー、ピサロなどの「いかにも印象派っぽい絵 = 筆触分割を使い、明るい色調で戸外の風景を描いた絵」が少ないのも分かるような気がする。
我々はバーンズ・コレクションを鑑賞する中で、たとえばピカソのある時期の作品とモディリアーニの共通項を見い出すのですね。コレクションに大量にあるセザンヌは現代美術を切り開いた画家であり、ピカソやブラックに直結していると言われます。それは全くその通りだと思いますが、では、セザンヌとルノワールは関係ないのか。実は、深いところで共通するものがあるという疑いが・・・・・・みたいなことを考えてもいいと思います(次の図)。
結局のところ、画家の個性・技法・画題がどんなに違っても、人間の感性に訴える絵であるかぎり、極めてベーシックなところで何らかの共通点があるものだと、アルバート・バーンズは言いたかったのかもしれません。人によって感じ方は違うと思いますが・・・・・・。
そういう意味で、絵画の鑑賞が好きな人にとっては、フィラデルフィアへの日帰りが、その人その人にとっての「発見の旅」になると思います。
ニューヨークから日帰りをするなら
初めに書いたように、ニューヨークからフィラデルフィアには十分に日帰りができます。そこで日帰りという前提で、バーンズ・コレクションに滞在する時間はせいぜい2~3時間にとどめましょう。そうすると、頑張って朝早めにニューヨークを出発したとして、美術館の閉館時刻までにはまだ時間があります。その時間を利用して、絵の鑑賞が大好きなあなたとしては絶対に行くべき場所があります。バーンズ・コレクションから歩いて行けるフィラデルフィア美術館です。
バーンズ・コレクションは、現在はフィラデルフィアの中心部に近い財団の「施設」に展示され、公開されています。施設の正式名は「The Barnes Foundation Philadelphia Campus」のようですが、以降、この「施設」も、その中の「展示作品」も区別せずに「バーンズ・コレクション」と表記します。
アメリカの美術館を訪れる
もしあなたが美術好きで、美術館を訪れるのが趣味で、海外旅行の際にも美術館によく行き、かつ、パリやローマには行ったので、今度はアメリカに行くとします。
アメリカの有名美術館は、ヨーロッパ絵画、特に19世紀以降の近代絵画の宝庫です。ヨーロッパ絵画に興味があるなら、パリ、ロンドン、アムステルダム、ローマ、フィレンツェ、マドリードに旅行するだけでは不十分であり、特に近代絵画をおさえておくためにはアメリカに行く必要があります。2011年に日本で開催された「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」の宣伝文句に「これを見ずに、印象派は語れない」とありましたが、これは大袈裟でもなんでもなく、事実をストレートに言っているに過ぎないのです。
そのアメリカの有名美術館を訪れる目的で一つだけ都市を選ぶとすると、やはりニューヨークです。ここには
◆ | メトロポリタン美術館 | |
◆ | ニューヨーク近代美術館(MoMA) | |
◆ | フリック・コレクション |
という、全く性格の違う3つの美術館が(近接して)あるからです。もちろん、メトロポリタンはヨーロッパ美術だけではありません。またニューヨークには他にも、グッゲンハイム美術館やホイットニー美術館をはじめ、数々の美術館・ギャラリーがあります。
そしてニューヨークに旅行するのなら、是非ともお勧めしたいのがフィラデルフィアに行くことです。フィラデルフィアはニューヨークから列車で1.5時間の距離で、日帰りが十分に可能です。もちろん、フィラデルフィアに行く理由はバーンズ・コレクションがあるからです。
以降、バーンズ・コレクションに関する何点かのポイントや見どころを書きます。
The Barnes Foundation Philadelphia Campus
地上2階、地下1階建の施設である。上には採光のための構造物がある。手前の道路(Benjamin Franklin Parkway)を左手に行くと、ロダン美術館とフィラデルフィア美術館がある。ロダン美術館は、写真左上方の小さめの建物。 ( site : www.parkwaymuseumsdistrictphiladelphia.org )
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予約が必要
バーンズ・コレクションは基本的に予約が必要です。入場者数を制限しているのです。なぜそうなのかはあとで説明します。人数に余裕がある時は予約なしでも入場できるようなのですが、日本から行って入場できない(ないしは数時間後に来てくれと言われる)のはまずいので、必ず予約してから行きましょう。
予約は日本からもウェブサイトで可能です。何月何日の何時ということを指定して予約します。
The Barnes Foundation Philadelphia Campus
反対側(北側、エントランス側)からみた写真。左奥の方に高層ビルが見えるが、このあたりがフィラデルフィアの中心部である。 ( site : withart.visitphilly.com )
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完全な日本語音声ガイド
バーンズ・コレクションのポイントの一つは「完全な日本語音声ガイド」があるということです。「完全な」という意味は
音声ガイドが設定されている作品すべてに日本語のガイドがある |
エントランス
( archrecord.construction.com )
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バーンズ・コレクションの音声ガイドは、財団のキュレーターや大学教授が解説をしていて、非常にしっかりしたものです。まず日本語音声ガイドがある。そしてそれが完全な日本語音声ガイドである。このことは重要ポイントとしてあげていいと思います。
バーンズ邸の展示室と展示方法を再現
アルバート・バーンズの肖像
ジョルジョ・デ・キリコ(1926) ( www.barnesfoundation.org ) |
フィラデルフィアのバーンズ・コレクションの最大の特徴は次の2点です。
◆ | メリオンのバーンズ邸の24の部屋を、できるだけそのままの形で内部に再現してある。 | |
◆ | バーンズ邸の部屋の壁に飾られていた絵画は、全く同じ飾り方で移された。 |
の2点です。つまり鑑賞者は、かつてのバーンズ邸を訪問した時と同じ雰囲気で絵画コレクションを味わえるのです。しかもここの絵は基本的に「門外不出」です。
予約が必要という理由は、まさにこの点にあります。「施設」の内部の展示室は、大きい部屋もあるが、小さい部屋が多い(バーンズ邸を模しているのだから)。もし入場者数をコントロールしなければ、部屋によっては人が溢れ返ることになります。
アルバート・バーンズの絵画の展示方法は独特です。画家ごとに飾るとか、年代順に飾るとか、絵画の流派で分けるとか、そういった「美術館っぽい」ことはいっさいしない。壁の中心にメインの絵を飾り、その絵と(バーンズなりの考えによる)関連性のある絵を、左右対称に、左右の大きさを揃えて、壁一面に、画家はごちゃまぜにして飾る・・・・・・。簡単に言うとそんな飾り方です。いいとか悪いとか、そういう次元の話ではありません。基本的に「私邸」なのだから、鑑賞者はそれを受け入れるべきなのです。
ちなみに、左右対称(シンメトリー)という絵の飾り方は、いかにも欧米文化という感じがします。私などは、シンメトリーを基調にしつつも、それをあえて「崩す」ところや「はずした」ところをあちこちに作った方が「動き」や「味」が出ていいと思うのですが、それはあくまで日本的な考え方なのでしょう。もう一度確認すると、ここは私邸であって、オーナーの感性を味わうべき場所なのです。
付け加えると、バーンズ・コレクションにおいては、24ある展示室の配置も完全なシンメトリーをなしています。
Philadelphia Campusの1階平面図
建物は、エントランスがあるL字型の Pavilion wing と展示室のある Gallery wing に分かれ、その間に外光が差し込む Light Court がある。絵が展示されているのは1階と2階のGallery wingである。Pavilion wing および地階は、講堂、研究室、図書室、財団オフィス、カフェ、ショップなどに利用されている。
( site : archrecord.construction.com )
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Light Court
右手前がエントランス。左奥にGallery wingの入口がある。
( site : archrecord.construction.com ) |
Gallery Wing - 1階(下)と2階
キャンパス全体の平面図とは上下が逆で、上方向が南側(South)である。1階は、中央の入口を入ったところがメイン・ルーム(Room 1)で、Room 13 までの展示室がある。2階は Room 14 から Room 23 までの10の展示室がある。24番目の展示室は2階の中央部(図の青い所)にあり、ここにはマティスの「The Joy of Life(=生きる歓び)」が展示してある。図で明らかなように、展示室群は完全なシンメトリーの構造になっている。 |
Gallery への入り口
奥が Room 1(メイン・ルーム)。途中にアルバート・バーンズの肖像画(キリコ作)がある。( google street view )
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メイン・ルーム(Room 1) South Wall
ギャラリーに入ると目に飛び込んでくるのがメイン・ルーム(Room 1)の南側の壁である。上方にマティスの壁画があり、壁には極めて雰囲気の似た2枚の絵だけが飾られている。左がマティスの「座るリフ族の男」(1912)、右がピカソの「農夫たち」(1906)。
( site : www.moma.org )
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以降にバーンズ・コレクションの公開画像を掲載しますが、原則として、
Room 1-23 East/West/South/North Wall
というようにで、展示室の壁ごとに紹介します。普通の美術館なら絵の展示場所は変わるので、こういった紹介には意味がないのですが、バーンズ・コレクションでは「どの絵を、どの部屋の、どの壁の、どの位置に展示するか」ということが厳密に決まっているので、最適な方法だと思います。もしあなたが今後バーンズ・コレクションを訪れたとしても、全く同じ光景に出合うはずです。なお、ここに掲載した画像はバーンズ・コレクションがメリオンのバーンズ邸にあった頃の写真が一部含まれていますが、本質的には全く同じです。
補足しますと、
どの絵を、どの部屋の、どの壁の、どの位置に展示するかということが厳密に決まっている |
ということは、
お目当ての「絵」なり「画家」なりを鑑賞する目的でバーンズ・コレクションを訪れたとしても裏切られない |
ということです。普通の美術館なら「貸出し」や「展示替え」で、こうはいきません。このことはバーンズ・コレクションの大きな特徴と言っていいと思います。ひょっとしたら「一生に一度だけの日本からの旅行者」にとってはこれが最大のメリットかもしれません。
ルノワールが大量にある
ここに収集されたルノワールは181点と言います。バーンズ・コレクションを鑑賞してまず感じるのは、「ルノワールだらけだ」という驚きです。よくもこれだけ集めたものだと・・・・・・。あのオルセー美術館でさえ、所蔵するルノワールは125点といいます。個人コレクションであるにもかかわらずオルセー美術館の1.5倍のルノワールがあるというのは、かなり衝撃的な事実ではないでしょうか。これに驚かないようでは "絵画ファン" だとは言えないでしょう。
美術が好きな人には「ルノワールが好き」な人も多いでしょうが、中には「ルノワールは嫌い」という人もいると思います。絵の好みは "人それぞれ" なので当然です。では「ルノワール嫌い」にとっては、バーンズ・コレクションを訪れる価値が薄くなるかと言うと、そんなことは全くありません。
バーンズ・コレクションに行くと、ルノワールが好きとか嫌いとかは枝葉末節であり、そんなことはどうでもよいという気分になる |
のです。これだけの作品を集めたというコレクターの「愛着、こだわりと執念、尋常ではない想い、常軌を逸した執着心とその徹底ぶり」に直に触れる感じがして、それはそれで「感動さえ覚える」のです。そして、たとえ「ルノワール嫌い」の人であっても、これだけの数の絵があると、
ルノワールにも、中にはいい絵があるんだな、という感想を持つ |
と思うのです(たぶん)。とにかく圧巻のルノワール・コレクションは一見の価値があります。しかもバーンズ流の飾り方では、ルノワールだけが連続して現れることはあまりないので「食傷する」ことはなく、鑑賞しやすくなっています。
メイン・ルーム(Room 1) West View
1階の Gallery wing の中央ある「メイン・ルーム」。左の壁(South Wall)の上の方にマティスの壁画がある。下の絵はマティスとピカソ。正面(West Wall)にスーラとセザンヌの作品が見える。右の壁(North Wall)は、ルノワールとセザンヌだけの作品が33点展示されている。その上は Balcony と呼ばれる「中2階」になっていて、マティスの壁画が正面から鑑賞できる。 ( site : archrecord.construction.com )
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Room 1 - West Wall に展示されているセザンヌの「カード遊びをする人たち」(1890/2)。セザンヌは「カード遊びをする人たち」を5作品描いており、それぞれバーンズ・コレクション(人物は5人)、メトロポリタン美術館(4人)、オルセー美術館(2人)、コートールド・ギャラリー(2人)、カタール王室(2人)が所蔵している。後に描かれたほど人物の数が減って簡素になる。人物2人の3作品は構図が極めて似通っている。バーンズ・コレクションの本作はセザンヌの制作過程を知る上で貴重である。
( site:donate.barnesfoundation.org )
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メイン・ルーム(Room 1)North Wall
この壁に展示されている33枚の絵は、すべてルノワールかセザンヌである。中央に Gallery への入り口があり、壁の上部は中2階の「バルコニー」になっている。 ( site : www.nytimes.com )
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バルコニーからメイン・ルームの南西方向を見る
( site : press.visitphilly.com ) |
Henri Matisse
The Dance(1932/33)
( site : articles.philly.com )
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メイン・ルーム(Room 1)East Wall
画像が切れてしまっているが、左右の出入口の上にあるのはバーンズの盟友だったグラッケンズの作品。
( site : press.visitphilly.com )
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メイン・ルーム(Room 1)North East View
( site : www.washingtonpost.com )
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セザンヌとマティス、その他の画家
ルノワールの次の多いのが、セザンヌ(69点)とマティス(59点)です。アルバート・バーンズはアンリ・マティスと交流があり、マティスはバーンズ邸の壁画を制作しています。その壁画(『ダンス』)も移設されています。
所蔵作品点数はWikipediaの情報をもとにしています。ただし(*)はバーンズ・コレクションのホームページに画像が掲載されている作品数で、それ以上の所蔵作品があることになります。 |
その次は、ブルガリア出身のエコール・ド・パリの画家、パスキン(57点*)です。また、ピカソも46点あります。10~20作品程度の有名画家は、
◆ | スーティン | 21点 | ||
◆ | アンリ・ルソー | 18点 | ||
(その中の1枚が No.94 のウサギの絵) | ||||
◆ | モディリアーニ | 16点 | ||
◆ | ドガ | 11点 | ||
◆ | クレー | 10点* | ||
◆ | キリコ | 10点* |
などです。
これらの画家は、バーンズの同時代の画家が多いことに注目すべきでしょう。画家の生年を古い順にあげてバーンズの生年との差をリストすると以下のようです。
セザンヌ | 1839(-33) | |
ルノワール | 1841(-31) | |
アンリ・ルソー | 1844(-28) | |
マティス | 1869(- 3) | |
バーンズ | 1872 | |
クレー | 1879(+ 7) | |
ピカソ | 1881(+ 9) | |
モディリアーニ | 1884(+12) | |
パスキン | 1885(+13) | |
キリコ | 1888(+16) | |
スーティン | 1893(+21) |
これを見るとはっきりするのですが、バーンズ本人より一世代前と言えるのは、セザンヌ、ルノワール、アンリ・ルソーだけであり、あとは同世代の画家です。スーティンなどは次の世代と言ってもいい。ということは、バーンズの時代には評価が(全く)定まっていない画家も多かったはずです(そもそもスーティンはバーンズに見出された画家です)。コレクターとしての目の確かさがうかがえます。
バーンズの「一世代前」と「同世代」の対比を良く表しているのがメインルーム(Room 1)です。引用画像にもあるように、メインルームの North Wall に飾られているのは33枚のルノワールとセザンヌです。一方、その反対側の South Wall にあるのは、
『座るリフ族の男』 | |||
『農夫たち』 |
で、この二つの作品は North Wall の絵とは明らかに違います。色が現実とは遊離しているし、形も画家が自由に造形しています。我々はマティスやピカソをよく知っているので、この二つを見ても絵としての違和感を感じることはありません。もちろん「好き・嫌い」はあるだろうけれど「絵として変だ」とか「絵になっていない」と思う人はいないはずです。
しかしバーンズと同世代の「一般の美術愛好家」はどうだったのでしょうか。メリオンのバーンズ邸で『座るリフ族の男』と『農夫たち』を見せられた "普通の" フィラデルフィア市民は、「これでは絵になっていない」と思った(人が多かった)のではないでしょうか。現代人の感覚を単純にバーンズの時代に当てはめることはできないと思うのです。
バーンズ・コレクションのメインルームでは「ルノワール・セザンヌ - North Wall」と「マティス・ピカソ - South Wall」が同居しています。我々はそれを「あたりまえ」だと思うのですが、バーンズの時代の "個人コレクター" としては必ずしもあたりまえではないはずです。バーンズの「絵を見る目の確かさ」は、このメインルームに現れていると感じます。
Gallery 1階 東側
(south)
(north)
(north)
Room 2 North West View
West Wallの右から2番目の風景画は、セザンヌの「Gardanne(ガルダンヌ)」。その左には、画像が途切れてしまっているが、マネの「洗濯」が飾られている。さらにその左にセザンヌの「サント・ヴィクトワール山」がある。
( site : www.parkwaymuseumsdistrictphiladelphia.org )
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Room 2 North Wall
左端と右端にゴッホが配置されている。左端の「郵便配達夫ルーランの肖像」は、同じ構図の絵がMoMAとオランダのクレラー・ミュラーにある。ルーランの右はセザンヌの「鉢植えの花」。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 2 East Wall
中央の絵は、エル・グレコの「聖ヒヤシンスの前に出現した聖母子」。この画像の右の方に Room 3 との出入り口があるが、そこに少し見える Room 3 South Wall の絵は、20世紀のアメリカの画家、ミルトン・エイブリーの「The Nursemaid」。なお、Room 2 の South Wall には「聖ローレンスの殉教」という15世紀の宗教画が飾られている。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 3 North West View
左の奥がメイン・ルームの方向。出入り口の上にあるのはボナールの「The Ragpickers(くず拾い)」。West Wall(左側)に、やけに横に長い絵があるが、これは伝・ティッツィアーノの「眠る羊飼い」。North Wall(右側)にある大きな絵はルノワールの「Embroiderers(刺繍をする女たち)」。右の奥に Room 5 North Wall のスーティンの絵が見える(次の画像参照)。一つ前の画像のエイブリーの作品は、この画像の背後の South Wall にある。South Wall にはシャヴァンヌもある。また East Wall にはエル・グレコの「聖衣剥奪」がある。
( site : www.themagazineantiques.com )
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Room 5 - East Wall
真ん中の絵は、フランス・ハルスの「時計を持つ男の肖像」。右端の絵はルノワールの「扇を持つ女」。East Wall の左端の絵はルノワールの「りんご売り」。画像の一番左は North Wall に展示されているスーティンの「Woman with Round Eyes」。
(site : www.philly.com)
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Room 5 - South Wall
下段の中央の絵はルーベンスの「ハープを弾くダヴィデ王」。その左はヒエロニムス・ボスの「聖アントニウスの誘惑」。
(site : www.philly.com)
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Room 5 West Wall
この壁の正面の上の方にある絵は、スーラの「オンフルール港の入口」である。スーラの絵には港や川辺を描いた傑作が多い。メインルームの大作ばかりに目が行くが、この絵も見逃せない作品。スーラの下は、都市風景画で知られる17世紀オランダの画家、ベルクヘイデの作品。その左右はルノワールの作品で「ポンタヴァンの栗の木」と「風景」。出入口の上に掲げられた絵は、ペンシルヴァニア出身のアメリカの画家、ホーラス・ピピンがリンカーンとその父を描いた作品。右の方の壁(North Wall)に、スーティンの「皮を剥がれた兎」が見える。
(site : www.barnesfoundation.org)
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Room 6 East Wall
左の出入り口の奥に、Room 5 East Wall の「りんご売り」が見える。出入り口の上に飾られているのはボナールの作品。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 6 - East Wall
(site : www.philly.com)
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Room 6 South Wall
中央の絵はゴーギャンがタヒチで描いた「ハエレ・パぺ」。その両側はアメリカの画家、モーリス・プレンダーガストの作品(左の絵と右の絵)。ルノワールの2枚の裸婦像の上にあるのは、両方ともスーラがノルマンディーのグランカン村の海岸を描いた小品である(左の絵と右の絵)。ちなみに「グランカンの干潮」というスーラの作品が箱根のポーラ美術館にある。
( site : www.philly.com )
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Room 6 Souh West View
West Wall の大き目の絵はセザンヌの「赤い縞のドレスを着た婦人」だが、その右はゴッホの「アニエールの工場」。その上はセザンヌが20歳台半ばで描いた初期の作品。「赤い縞のドレスを着た婦人」の左はマネの「タールを塗られるボート」で、ボートの黒が印象的な作品である。なお、Room 6 の North Wall にはキリコの「ソフォクレスとエウリピデス」がある。
( site : www.myhabitfix.com )
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Room 7 South View
奥に見える部屋はメイン・ルーム(Room1)。South Wall の中心にあるのはルノワールの「洗濯女と子ども」。画像の左端の East Wall の絵はクールベの「白いストッキングの女」。この画像の背後の North Wall にはドガのパステル画がある。
( site : www.architectural-review.com )
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Room 7 West Wall
( site : hiddencityphila.org )
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Room 7 West Wall(部分)
手前はゴーギャンがブルターニュの少年を描いた「ルールーの肖像」。バーンズ・コレクションの「顔」の一つとなっている作品である。その向こうはモネの「刺繍するモネ夫人」。
(site : www.philly.com)
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画家の名前をあげていくときりがないので、以降は簡略化しますが、10点以下の主な画家は、ゴッホ(7点)、スーラ(6点)、マネ(4点)、モネ(4点)、クールベ(3点*)、ゴーギャン(2点*)、ロートレック(2点)などです。
ルノワール、セザンヌ、マティスが大量にあるので我々は感覚が麻痺してしまって、ゴッホもあるな、ぐらいの感じなのですが、ゴッホ作品が7点あるだけでも本当は大変なことです。しかも、あまり写真や画集などで紹介されない作品です。
ここまで作品数の紹介ばかりで、作品の話が全く出てこないのですが、それだけ「圧倒的な数」に驚くということです。しかし作品数だけをうんぬんするのはまずいので、1点だけあげると、メインルームの West Wall にあるスーラの『ポーズする女たち』(1886/8)です。これはバーンズ・コレクションの「顔」の一つともなっている点描の大作で、モデルの「オーディションの光景」( = バーンズ・コレクションの音声ガイドでの解説)を描いています。
Georges Seurat(1859-1891)
『ポーズする女たち』(Models) (200 x 249.9 cm) ( site : www.barnesfoundation.org ) |
この絵のポイントは次の3点だと思います。
① | わざわざ、自作(グランド・ジャット島の日曜日の午後)を絵の中描き込んだ。 | |
② | 点描の手法でヌードを描いた(ヌードに挑戦した)。点描は「日曜の昼下がりの戸外の情景」を描くだけのものでないことを証明(しようと)した。 | |
③ | オーディションという、いわば「舞台裏」を描いた。 |
の3点です。思うのですが、この絵が強い印象を残すのは③が大きいのではないでしょうか。「通常は知り得ない光景をかいま見る」といった・・・・・・。「舞台裏」を描いた先人はドガですね(スーラ以後の画家ではロートレック)。影響されたのかもしれません。とにかく、「本来描くべき光景の一段階前のシーンを描写し、しかも画中画を描き込む」という、ちょっと複雑なコンセプトがこの絵の魅力でしょう。また、同一のモデルを3つの時間差で描いた(3つの時間を共存させた)ように見えてしまうのも、さらにこの絵を謎めいたものにし、魅力を増しているのでしょう。
ちなみに、スーラが短い生涯(31歳で死去)に描いた大作は、この作品を含めて6点しかありません。残りのうちの2つはアメリカにあります。『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館)と『サーカスの客寄せ』(メトロポリタン美術館)です。つまりアメリカの美術館に「スーラの大作」の半分、3作品があるわけです。しかも、誰の目にも明らかだと思うのですが、アメリカにある3作品がスーラのベスト・スリーです。これをもってしても「近代フランス絵画におけるアメリカの美術館の重要性」が直感できます。
以上はフランス、ないしはフランスで活躍した画家の近代の作品ですが、バーンズ・コレクションにはそれ以前の時代・国の画家の作品も、数は少ないですが、ちゃんとあります。ティントレット、ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ボス、ルーベンス、ハルス、エル・グレコ、ゴヤ、・・・・・・などです。ルネサンス以前の宗教画もあります。ヨーロッパ絵画史の全域に渡るというわけではないですが、「バーンズの時代に購入できる絵」という観点から見ると極めてカバー率が高いコレクションです。
Gallery 1階 西側
(south)
(north)
(north)
Room 8 East Wall
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 8 South Wall
奥に見える部屋はメイン・ルーム(Room1)。その出入口の上にあるのはフランスの画家、ヴュイヤールの作品。壁の右の方にはセザンヌの3点とルノワールの3点の絵が交差するように配置されている(後の解説参照)。( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 8 West Wall
中央の作品はセザンヌの「静物」(果物皿、水差し、果実)。その左にゴッホの作品、右にモネの作品がある。「静物」の上は、セザンヌが水辺の村を描いた風景画。右の方に Room 9 との出入り口があるが、その上に掲げられているのはアメリカの画家、チャールズ・プレンダーガストの「天使」。チャールズはモーリス・プレンダーガストの弟である。その出入り口の向こうに Room 9 North Wall の絵が見えるが、その大きい方はドガが踊り子を描いたパステル画。なお、Room 8 のNorth Wallにはモネが描いた肖像画がある。
( site : google scrapbook photo )
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Room 9 East Wall
中央の絵はルノワールの「セーラー・ボーイ」(イポールの浜辺の少年)。この画像の一番左の上の絵は、アンリ・ルソーの「卵の籠をもった女」。
(site : www.tumblr.com)
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Room 9 South Wall
ルノワール:6点、モネ:1点(左下のアトリエ・ボートの絵)、シスレー:1点(中央上)、マティス:2点(シスレーの斜め左下と斜め右下の海岸風景)が展示されている。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 9 West Wall(部分)
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 10 South East View
バーンズ・コレクションがメリオンにあった頃の画像。左の一番奥には Room 8、その手前には Room 9 の East Wall が見える。出入り口の上はマティスの「青い目の横たわる裸婦」。バーンズ・コレクションの公式カタログの表紙にはこの絵が採用されている。East Wall の大きめの絵は、スーティンの「青の女」。右の一番奥には Room 12、その手前には Room 11 の South Wall が見える。Room 11 South Wall の横長の絵はデュフィの作品。この作品から見て正面にあたる位置にもデュフィの絵がある(Room 11 North Wall の画像参照)。この右の出入り口の上はボナールの作品。
( site : www.new-york-art.com)
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Room 10 South Wall(部分)
中央の絵はピカソの「煙草をもつ女」。その左右と上にマティスの絵が配置されている。「横たわる女」(左)「中国の小箱」(右)「横たわるオダリスク」(上)。
(site : www.whyy.org)
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Room 10 West Wall
中央のモディリアーニの絵(赤毛の女)が目立つように配置されている。コレクションで感じるのは、ルノワール、セザンヌ、マティス、ルソー、ピカソなどとともに、モディリアーニの作品に対するバーンズの執着である。モディリアーニの周りの小品はマティスが多いが、ピカソ(若いアクロバット)、スーティン、アフロ・バサルデラなどもある。左の出入り口(South Wall)の上にボナールの作品が見える(2つ前の画像参照)。この画像の右端、North Wall の一番下の絵はピカソの「縞の床に座る女」という作品。( site : amberzuber.com )
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Room 11 North Wall
ここには4枚のアンリ・ルソーの絵が飾られている。中央にあるのは「熱帯の森を散歩する女」、その上は「原始林の猿とオウム」、左が「パリ郊外」、右が「風景と4人の少女」である。左の方に Room 10 との出入り口があるが、その上にあるのはデュフィの作品。その向こうに Room 10 West Wall のモディリアーニの絵が見える。なお、Room 11 West Wall にはキリコの「海賊」がある。
(www.barnesfoundation.org)
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Room 11 East Wall
中央はマティスの「青い静物」。その上は作者不詳の女の子の絵である。あえて作者不詳を飾るのは、女の子がブドウとリンゴを持っており、「あたかもマティスの絵から取り出したかのよう」という、一種のユーモアである。マティスの左右には、North Wall と同じくアンリ・ルソーの作品が4つ配置されている。マティスのすぐ左右の2枚は「花束」、一番左は「シャラントン橋の洗濯船」、右端は「家族」。バーンズの "ルソー好き" がうかがえる。ルソーの左の花束の上の絵と、右の花束の上の絵は、フランスの画家、ジャン・ユゴー(Jean Hugo)の作品である。左端のルソーの上と、右端のルソーの上の絵はホアン・ミロの作品。なお、Room 11 South Wall には4つ前の画像にあるデュフィ以外に、モディリアーニ、スーティン、マティス、ピカソなどがある。
( site : donate.barnesfoundation.org )
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Room 12 North Wall
Room 12 は「アメリカの画家」の作品だけを展示している。この North Wall にはバーンズの盟友だったフィラデルフィア出身の画家・グラッケンズの作品が3点ある。真ん中は「競馬場」、左は「緑のターバンの少女」、右が「自画像」。「競馬場」の上はパスキンの作品。パスキンの左と右にある小さめの絵は、アメリカの画家、モーラーの作品。ちなみに、パスキンはブルガリア生まれでパリで活躍した画家だが、アメリカ国籍を取得している。
(site : www.whyy.org)
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Room 12 East Wall
この East Wall もパスキンを含む「アメリカの画家」の作品が展示されている。下段の中央がパスキンで、その左はプレンダーガストの作品。上段の左の絵、中央、右の絵は、いずれもピピンの作品である。ピピンの絵は Room 5 West Wall にもあった。なお、Room 12 West Wall にはグラッケンズの作品があり、また South Wall にもグラッケンズ、パスキン、モーラーなどがある。
(site : philly360.visitphilly.com)
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Room 13 West Wall
この壁の大き目の絵、5枚はすべてルノワールである。中央の絵は、印象派を世に出すことに尽力した画商、ポール・デュラン=リュエルの娘、ジャンヌの肖像。画像の左端に South Wall のパスキンの絵が見える。
( site : www.americanstyle.com )
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Room 13 North Wall
7枚の絵を左から1-7の番号を振ったとすると、中央(4)はルノワールの「若い母親」、左右にあるのは、ルノワールの風景画3点(1,5,7)、ゴッホ(2)、セザンヌ(3)、マネ(6)である。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 13 North East View
East Wall の大きな絵はセザンヌの「頭蓋骨を前にした青年」。同じく、East Wallの北東寄りに楕円形の絵がかかっているが、これはドラクロワの「悪魔を打ち負かす聖ミカエル」。パリのサン・シュルピス教会に同じテーマでドラクロワが描いた天井画がある。ドラクロワの上にシスレーの作品がある。
( site : www.antiquesandauctionnews.net)
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アメリカの画家
バーンズ・コレクションの特色の一つは、アメリカ人画家の作品もちゃんと収集されていることです。その代表が
◆ | グラッケンズ | 71点* | ||
◆ | プレンダーガスト | 21点* (=兄のモーリス。弟のチャールズも画家) |
です。この2人の画家は、日本では一般的にはあまり知られていないと思います。私もバーンズ・コレクションで初めて見ました。
ウィリアム・グラッケンズ(1870-1938)は、バーンズより2歳年上のアメリカの画家で、「アメリカのルノワール」と呼ばれたこともあったようです。彼はバーンズ・コレクションの成立に大きな役割を果たした画家で、バーンズの意向を受け、ヨーロッパで絵を買い付けたり、アドバイスをしたりしました。No.86「ドガとメアリー・カサット」で紹介した、ハブマイヤー夫妻(コレクター)とメアリー・カサット(画家)の関係を思いだします。というより、倉敷の大原美術館を作った大原孫三郎(コレクター)と児島虎次郎(画家)の関係、と言った方がより適切でしょう。
モーリス・プレンダーガスト(1858-1924)は後期印象派の代表的なアメリカの画家で、独特の個性的なタッチと色使いが印象的な画家です。彼もバーンズと同時代の画家です。
グラッケンズとプレンダーガストの作品をそれぞれ1つ、掲げておきます。いずれもメインルームにある絵で、グラッケンズは北東の出入り口の上、プレンダーガストはスーラの左側に展示されている作品です。
William James Glackens(1870-1938)
『The Bathing Hour, Chester, Nova Scotia』 (66 x 81.3 cm) ( site : www.barnesfoundation.org ) |
Maurice Brazil Prendergast(1858-1924)
『The Beach "No. 3"』 (61 x 124.8 cm) ( site : www.barnesfoundation.org ) |
グラッケンズとプレンダーガスト以外にも、次のようなアメリカ人画家の作品が収集されています。
ジョン・ケイン | John Kane | 1860-1934 | ||||
アルフレッド・モーラー | Alfred Maurer | 1868-1932 | ||||
チャールス・デムス | Charles Demuth | 1883-1935 | ||||
ホーラス・ピピン | Horace Pippin | 1888-1946 |
などです。なお、多数収集されているパスキン(ブルガリア生まれ、パリで活躍)はアメリカ国籍を取得しているのでアメリカ人ということになります。Barnes Foundation のホームページには次のような記述があります。
◆ | 展示作品の約 1/4 はアメリカ人の作である。 | ||
◆ | アメリカ人画家だけを展示した部屋もある( = Room 12 )。 | ||
◆ | すべての展示室には、少なくとも2つのアメリカ人画家の絵がある。 |
これはちょっと意外な感じですが、そう言われてみるとメインルームにもアメリカ人画家の3作品(グラッケンズ×2、プレンダーガスト)があるのですね。
我々は欧米の近代絵画というと、ほぼヨーロッパ出身画家の作品を思い浮かべます。バーンズ・コレクションを訪れても、どうしてもそういう目線で鑑賞してしまいます。ルノワール、セザンヌ、マティスだらけの展示室を見せつけられるとそれもやむを得ないのですが、「アメリカの画家」という視点でバーンズ・コレクションを見るのも一つの見方でしょう。
アンサンブル
仮に、ルノワールを4~5枚持っている個人コレクターがいたとします(それもだけでも凄い)。たぶん彼は自宅の一室にルノワールだけを集め、「ルノワール・ルーム」とか称し、客を招いて絵の解説をして(自慢して)悦に入るでしょう。しかしアルバート・バーンズにしてみれば、そんなことは「駆け出しコレクター」か「マイナー・コレクター」のやることなのですね。彼はルノワールを181枚集めて、20以上の部屋にばらまき、他の画家の絵とごちゃまぜに展示するわけです。ルノワール以外の画家も同様です。
前にアルバート・バーンズ独特の絵の飾り方を書きましたが、もう一度整理すると次のようです。
◆ | 部屋の壁一面に絵を飾る | |
◆ | 一つの壁に飾られた絵は、画家とか年代とか流派によって分けられているのではない。いろいろの画家の作品を「ごちゃまぜにして」飾る。中には、ルノワールとセザンヌだけという壁があるが、それは特別。 | |
◆ | 作品は、絵の大きさ、構図、モチーフ、描かれたものの形、色使いなどの関連性から左右対称に配置され、その配置方法はアルバート・バーンズの感性によって決められている。 | |
◆ | 絵以外に工芸品(壁に飾ることから、主として平面的なもの)を飾り、また収集した調度品を床に置くことが多い。その工芸品や調度品は、絵と何らかの関連性(形など)を持っている。 |
メイン・ルーム West Wall の絵の配置
(メイン・ルームの写真参照)
スーラの絵とセザンヌのカードをする人は、ともに三角形の構図である。セザンヌの絵にはV字の構図もあるから、スーラの構図と対称形をなしている。プレンダーガストとアンリ・ルソーの絵は、横長のカンヴァスに描かれた海岸と河岸の風景画であり、水平線の中に人物ないしは樹木が「林立する」構図である。セザンヌの絵とコローの絵が対になっているが、セザンヌは酒を飲む男、コローは妻の肖像であって、題材としては何の関係もない。しかし人物のフォルムが似ており(左右対称)、色使いも似ている。セザンヌの静物画とヌードの絵(ギリシャ神話の女神・レダと白鳥(=ゼウス)の絵)は、テーマとしては全く関係がないが、描かれた題材の配置と構図が似ている(これも左右対称)。 以上のように、スーラとセザンヌの大作を除く残りの絵は「左右対称になるようなペア」という基準で選択されている。メインルームは入口正面の最も目立つ部屋であり、普通の考えでは各画家の「よりすぐり」の作品を飾ってよい場所であるが、そうはなっていない。例えば、メインルームではこの壁にしかないプレンダーガストとルソーの絵は、もちろん悪い絵ではないが、コレクションに多数ある作品からの「よりすぐり」だとは言えない。あくまでカンヴァスの形と「水平線と多数の垂直線」という構図の類似性で選ばれている。 まとめるとこの壁は、構図とフォルムの類似性で絵の選択と配置が決められていて、全体を貫く考え方を一言でいうと「シンメトリー」である。「シンメトリー過ぎて面白くない」と思うよりも、「これが欧米的美意識の王道」だと考えて鑑賞すべきなのである。 ただ、このような展示ができるということは、たとえ画題が全く違ったとしても構図には一定のパターンがある(ことが多い)ということにほかならない。その視点で見ると、美術の教科書で習うよりも「絵画の構図」が実感できる。アルバート・バーンズの大量のコレクションは、こういうところで生きる。この壁は実は、言葉を一切使わずに、絵の配置だけで「構図の基礎」を説明しようとしたと考えられる。 というわけで、絵の見方についてのバーンズ先生の講義を聴く感じもするが、ここは私邸だと割り切ればよい。 |
この美術品の飾り方をバーンズ・コレクションではアンサンブルと呼んでいます。一つの壁の美術品・工芸品が「総体としてアルバート・バーンズの作品」だと言いたいのでしょう。では、なぜこういう展示方法なのか。
それは、アルバート・バーンズの独創性であり、彼の感性であり、こだわりだと言われます。それは全くその通りだと思うのですが、バーンズ・コレクションを見て強く感じるのは、
「アンサンブル」がバーンズ・コレクションにとって最適の展示方法である。もっと言うと、「アンサンブル」になるのは必然的 |
ということなのです。
その理由ですが、まず、バーンズ邸は「私邸」です。私邸としては広いといっても、20数室の小さめの部屋しかない。国立の美術館のような建物の大きさと展示室の作りでは全くないのです。ここに大量の絵を展示するとなると、壁一面に絵を飾るしかないわけです。
さらに、同一画家の絵が多数あることを考える必要があります。ルノワールは181作品もあります。もし「ルノワール・ルーム」を作ったとしたら、3つか4つの部屋がルノワール作品で埋め尽くされることになります。それは何とも「味気ない」展示方法です。いくら「ルノワール好き」でも飽きる。「ルノワール・ルーム」を作ったとしたならコレクターの感性を疑われることになるでしょう。セザンヌしかり、マティスしかりです。
バーンズ・コレクションの特長の一つは、パリのオランジュリー美術館と双璧を成すスーティンのコレクションです。これはバーンズと懇意だったパリの画商、ポール・ギヨームが無名のスーティンを買い、その絵を見たバーンズが感銘を受けたことによります(ちなみにオランジュリー美術館はギヨーム・コレクションがベースになっている)。上にも書いたようにスーティンはバーンズに見い出された画家といってよい。
そういう経緯もあって、バーンズ・コレクションのスーティンは21点も(!)あります。もしこれらをまとめて展示するとなると、壁の2面は必要でしょう。壁の2面がスーティンの絵で埋まっている部屋を想像してみると、それはちょっと問題ありではないでしょうか。私ならそういう部屋にすすんで行こうという気にはならない。やはりマティスがあり、スーティンがあり、その次にモディリアーニがあってこそ、あの独特の画風というか、厳しい色彩と、いささかショッキングなフォルムが生きるのだと思います。「スーティン・ルーム」を作るとなると、今度はコレクターの品格(?)に疑問符がつくことになる。
それでは、画家たちの絵をシャッフルし、一つの壁に10作品とか15作品を飾るにはどうしたらよいのか。まさか、くじ引きで決めるわけにはいかにないから、どうしても「絵と絵の間の何らかの関連性」に注目するしかありません。サイズとか、色合いとか、描かれているもののフォルムとか、絵の主題とかです。そして「その壁のテーマ」みたいなものを作る・・・・・・。A画家の比較的大きめの作品を真ん中に置き、その左右にB画家の小ぶりの似たサイズの2つの作品、しかもA画家作品と何らかの関連性のあるものを飾る・・・・・・これなどはとても自然な発想に思えます。
「アンサンブル」はバーンズの独創性・感性・こだわりのたまものなのだろうけど、何となく「所蔵数」という量の問題も大きいのではと感じます。
我々としてはまず作品群を「アンサンブル」として鑑賞し、その中で「これは」と思った作品(気に入ったもの、目に付いた絵画)をじっくり見る・・・・・・、これがバーンズ・コレクションの「正しい鑑賞の方法」でしょう。鑑賞者にとっても量の問題があるわけです。とてもすべての絵をじっくりみる時間はありません。フィラデルフィアに住んでいるのならともかく、ニューヨークからの日帰り旅行者にとっては・・・・・・。
なお、バーンズ・コレクションの日本語音声ガイドは、要所要所の作品の解説と同時に、その作品が含まれる「アンサンブル」の解説になっています。他の美術館ではまずない展示方法なので、美術に詳しいと自信がある方でも、音声ガイドを借りることをお勧めします。最初の方で書いた、バーンズ・コレクションの「完全な日本語音声ガイド」のもう一つの価値はここです。 |
Gallery 2階 西側
(south)
(north)
(north)
Room 14 East Wall
正面にあるのは、ルノワールの「ベルヌヴァルのムール貝採り」。箱根のポーラ美術館が同じ題材の絵を所蔵している。ルノワールの左右の下段の絵はセザンヌの風景画だが、上段の左の絵と右の絵はともにジョルジュ・デ・キリコの作品。
( site : www.latimes.com )
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Room 14 North Wall
中央にあるのはアンリ・ルソーの「虎に襲われる斥候」。この壁は16世紀から19世紀までの画家が混在している。横一線に並んでいる大きめの絵・9枚に左から1~9の番号を付けたとすると、1:ルドン、2:ヴェロネーゼ、3:ヤン・ファン・ホーエン(17世紀オランダ)、4と7:ティントレット、5:ルソー、6:クールベ、8:スーティン、9:ルノワールである。Room 14 と19 の North Wall は2階の最も広い壁。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 14 West Wall
中央にあるのはドーミエの作品。スコットランドのグラスゴーにある「粉屋と息子とロバ」という、イソップ物語に取材した絵の習作である。ドーミエの左はアンリ・ルソーの「4人の釣り人のいる光景」。ドーミエの右側もルソーの作品と思ってしまうが、実は違って、アメリカの画家、ジョン・ケインの「サスケハナ河畔」という作品。ジョン・ケインは「日曜画家」であり、素朴派と言われるところなどはルソーとそっくりである。この飾り方にはバーンズの「たくらみ」を感じる。ルソーとケインを対比させた展示は Room 23 にもある。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 14 South Wall(西側)
中央にある絵は伝・ティツィアーノの「父と子」。なお画像にはないが、South Wall(東側)にはエル・グレコの(可能性がある)「Saint Francis and Brother Leo Meditating on Death」、セザンヌの「Toward Mont Sainte-Victoire」、ゴッホの「売春宿」がある。
( site : www.whyy.org )
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Room 15 South Wall(部分)
中央にあるのはマティスの「赤いマドラス頭巾(マティス夫人)」。この絵はバーンズ・コレクションの「顔」となっている作品のひとつである。両側にロラン(左)とルイスダール(右)の風景画がある。マティスの両サイドに17世紀のフランスとオランダの風景画を配置するのは少々違和感があるが、この二つの風景画には船が描かれている。おそらく、マドラス → インドの港町 → 船、という連想による配置だと考えられる。マティスの上は、20世紀フランスの画家、ジャン・ユゴーの作品。なお、Room 15 の West Wall にはカサットの水彩画があり、North Wall にはルノワールが5点ある。また East Wall にはセザンヌの静物画やアーネスト・ローソンの風景画がある。
( site : www.flickr.com )
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Room 17 South Wall
中央にあるのはマティスの「黄色と赤の室内にいる二人の娘」。その左斜め上と右の斜め上にパウル・クレーの絵がある。左斜め上は「Place-Signs」、右斜め上は「Sicilian Landscape」。その他、6枚程度のクレー作品がある。この South Wall と同じようにマティス作品を中心にしつらえてあるのが East Wall と North Wall である。West Wall にはパスキンの作品がある。
( site : withart.visitphilly.com )
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Room 18 South View
( site : lightingcontrolsassociation.org )
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Room 18 East Wall
この壁にはアメリカ人画家の作品が4つ展示されている。マティスの「横たわる裸婦」の左の絵と右の絵はチャールズ・デムス(Charles Demuth)の作品。さらにその左の絵と右の絵はランドール・モーガン(Randall Morgan)がフィレンツェとアマルフィを描いた作品である。なお、モディリアーニの内側にある2つの絵は、19世紀フランスの全く無名の画家、ジャン・ジロー(Jean Baptiste Guiraud)の作品(左側と右側)。バーンズの「素朴な絵」に対する好みがよく分かる。
( site : withart.visitphilly.com )
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Room 18 North East View
North Wall の大きな絵は、ピカソの「苦行者」。画面の左の方に Room 14 との出入り口があるが、その上に飾られているのは、キリコ作「アレクサンドロス」。
( site : www.nytimes.com )
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Room 18 North West View
Room 18 West Wall にある大きな絵は、ルノワールの「散歩」という作品。
( site : www.barnesfoundation.org )
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コレクターの嗜好を越えて
バーンズ・コレクションは、個人コレクターが収集して私邸に飾った絵を鑑賞するものです。その意味では、フリック・コレクション(ニューヨーク)やフィリップス・コレクション(ワシントン DC)、クラーク・コレクション(マサチューセッツ州、ウィリアムズタウン)と同様ですが、特にバーンズ・コレクションはアルバート・バーンズの好み、嗜好、趣味、こだわりが濃厚に現れています。単刀直入に言うと、ギャラリーとしてはかなり歪んでいる。
たとえば、クロード・モネの作品はあまりありません(4点)。別にモネの絵を集めないとコレクターとして一流じゃない、というわけでは全くないのですが、あれだけのコレクションにモネが4点というのも「少なすぎる」感じがします。バーンズ・コレクションにおいては、モネの作品は非常に影が薄いのです。
アメリカの画家もそうです。たとえば、アメリカ近代絵画の父とも言われるエイキンズ(フィラデルフィア出身)の作品はありません。ホーマーの作品もない。バーンズと盟友だったグラッケンズ、およびプレンダーガストの絵を見たとしても、それは決して「アメリカ美術史」を概観したことにはならない。ここは美術館ではないのです。あくまで「アルバート・バーンズというフィルターで濾過された絵画群に触れる場所」です。
しかし、あくまで個人のフィルターを通してという限定つきだけれど、ここに集められた絵、特に「多くの作品がある画家の絵」「収集に邁進したに違いない画家の絵」(スーラが6点!)には、共通するものがあるような気がします。それは、
形と色使いに関する「個性的な様式美」をもった画家の絵。特に、形・フォルムの様式性が目立つ絵 |
という共通点です。全部が全部そうではないが、何となくそういう感じがする。コレクターの「絵画のあるべき姿はこうだ」という主張も感じ取れます。モネ、シスレー、ピサロなどの「いかにも印象派っぽい絵 = 筆触分割を使い、明るい色調で戸外の風景を描いた絵」が少ないのも分かるような気がする。
我々はバーンズ・コレクションを鑑賞する中で、たとえばピカソのある時期の作品とモディリアーニの共通項を見い出すのですね。コレクションに大量にあるセザンヌは現代美術を切り開いた画家であり、ピカソやブラックに直結していると言われます。それは全くその通りだと思いますが、では、セザンヌとルノワールは関係ないのか。実は、深いところで共通するものがあるという疑いが・・・・・・みたいなことを考えてもいいと思います(次の図)。
結局のところ、画家の個性・技法・画題がどんなに違っても、人間の感性に訴える絵であるかぎり、極めてベーシックなところで何らかの共通点があるものだと、アルバート・バーンズは言いたかったのかもしれません。人によって感じ方は違うと思いますが・・・・・・。
そういう意味で、絵画の鑑賞が好きな人にとっては、フィラデルフィアへの日帰りが、その人その人にとっての「発見の旅」になると思います。
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Room 8 South Wall の絵の配置
この壁にはルノワールとセザンヌがV字と逆V字に交差して展示してあり、友人でもあった2人の画家の「類似」ないしは「影響」を示そうとしている。まず、中央のセザンヌ ② とルノワール ② は、ともに水浴する5人の女性を描いている。女性の描き方は全く違うが画題が同じである。そう言われると、19世紀の画家で「集団水浴図」を多数描いたのはセザンヌとルノワールであることに気づく。
下段のルノワール ② とセザンヌ ①、セザンヌ ③ は、画題は全く違うが、色づかいが非常によく似ている。ルノワール ② は裸婦を5人描いているため肌色が勝っているが、使っている色の種類がそっくりである。これも、このような展示をされてみて初めて気づく。 さらに上段のルノワール ① と ルノワール ③ については、「バーンズ・コレクション」(講談社 1993)によると制作年がポイントである。ルノワール ③(1875)は、互いに知り合う前に描かれた絵で、青とアイボリーで薄塗りされている。一方、ルノワール ①(1885)はセザンヌと知り合い、その量感表現を学ぼうとした時期の作品だという。確かに両方とも青い服の若い女性だが、その表現スタイルはかなり違っている。 美術史的な論議はさておいても、このような展示はルノワールを181点、セザンヌを69点も購入したアルバート・バーンズだからこそできる展示であることは確かだろう。またこれを見ると、彼が単なる美術コレクターではなく美術研究家であったことがよくわかる。 |
Gallery 2階 東側
(south)
(north)
(north)
Room 19 West Wall
マティスの「三姉妹」の3連画(1917)が壁一面に飾られている。「家庭的な雰囲気の中の3人の女性を描いた3連画」は喜多川歌麿の浮世絵に先例があり、マティスはそこからヒントを得たという(「バーンズ・コレクション」講談社 1993 による)。「3人女性・3連画」は(西洋絵画では)この絵しか思い当たらないが、歌麿の影響だとすると納得がいく。なおマティスの「3人女性の1枚の絵」ならパリのオランジェリー美術館にある。
( site : www.forbes.com )
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Room 19 North West View
(site : www.whyy.org)
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Room 19 North Wall
中央はマティスの「音楽のレッスン」(1917)。両サイドにスーティンの絵があり、その間にユトリロ、モディリアーニ、アンリ・ルソー、キリコが配置されている。バーンズ・コレクションは、特にマティスとモディリアーニについては傑作が集結している。2人の画家の「ベスト20」を選んだとすると、その過半数はここにあるという感じがする。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 19 North Wall(部分)
一番左の絵はモディリアーニの「セイラー服の少年(Boy in Sailor Suit)」。
二つあるルソーの作品は、一番右が「過去と現在、あるいは哲学思想」、モディリアーニの右が「モンスリー公園(あずまや)」。後者は、その習作が箱根のポーラ美術館にある。
(site : www.whyy.org)
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Room 19 South West View
左の奥の部屋は Room 23。その出入口の上にあるのは、マティスの「ドミノ・プレーヤー」。
West Wall にある出入口の上の絵は、スーティンの「赤い教会」。
(site : www.aegispg.com)
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Room 19 South Wall(部分・西側)
中央はマティスの「金魚のいる室内」。マティスの金魚の絵は何点かあって、プーシキン美術館の絵は有名。その左はモディリアーニの「カーニュの糸杉と家」。モディリアーニの風景画は珍しく、生涯に数点しか描いていないはずである。モディリアーニの左2つ目はジョン・ケインの「庭の階段を下る少女」。
(site : www.barnesfoundation.org)
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Room 19 South Wall(部分・東側)
真ん中の絵はアンリ・ルソーの「Portrait of a Woman in a Landscape」。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 19 East Wall
中央の絵はピカソの「曲芸師と幼いアルルカン」。その2つ左は、同じく「肘掛け椅子に座る子供」。バーンズ・コレクションのピカソ作品はピカソ20歳台の作品に偏っているが、展示されている作品はどれも文句なしの傑作である。左端のピカソの上にあるのは、マティスがマドラス頭巾の夫人を描いた作品。Room 15 South Wall に同じ画題の作品があった。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 20 South Wall
Room 20, 21, 22 にはアフリカの彫刻が置かれている。この South Wall の真ん中の絵は、18世紀のヴェネチアの風俗画家、ピエトロ・ロンギの「仮面パーティの室内」(Interior Scene - Masked Party)。その左側の絵と右側の絵は、セザンヌが水彩で描いたサント・ヴィクトワール山。その他、Room 20 にはグラッケンズ(East Wall と North Wall)やルオー(West Wall)がある。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 21 South West View
South Wall(左) のモディリアーニの「背中を見せて横たわる裸婦」の下は、ルノワールの「サンジャン半島」。West Wall(右)には、マネの「庭の若い女」があり、その右のアフリカの彫刻に隠れているのは、ユトリロがシャルトルのサンテニャン教会(Saint-Aignan)を描いた絵。なお、Room 21 の North Wall にはスーティンの作品、East Wall にはトルコ出身のアーティスト、カルディスの作品がある。
( site : www.artnet.com )
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Room 22 North Wall
ギャラリーの「順路」も終わりに近くなって出会うロートレックの絵には強い印象を受ける。「モンルージュにて ~ 赤毛のローザ」という作品で、強い印象の理由は、このような19世紀のリアリズムの絵がこのコレクションには少ないからだと思われる。ロートレックの左上にある大きめの作品は、フランスのキュビズムの画家・フレネーの「結婚生活」。その左下はマティスの「ニースの室内(鏡台で読書する女)」。この画像の右に Room 21 との出入り口があるが、その上に飾られているのはジョン・ケインの「農場」。なお、Room 22 East Wall には20世紀アメリカのアーティスト、メシボブの作品がある。
( site : brunoclaessens.com )
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Room 22 - South West View
この画像の右端(West Wall)に見える大きめの絵は、イタリアの画家、アフロ・バサルデラ(Afro Basaldella)の「聖マルティヌス」。その上に、パウル・クレーの「岩の間の村」(Village Among Rocks - Ort in Felsen)がある。その左は、フランスの画家・ロティロンの「バックギャモンをする二人の男」(上)と、パスキンの「Southern Scene」(下)。出入り口の上はグラッケンズの「工場のある風景」。
(site : www.whyy.org)
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Room 22 South Wall
2枚のモディリアーニ(「白い服の婦人」「横向きに座るジャンヌ・エビュテルヌ」)の内側には、2枚のピカソの人物画(「女の頭部」「男の頭部」)が配置されていて、真ん中のケースの中にアフリカの民族彫刻がある。この3者の類似点を言いたいのだろうし、「絵はこういう風に鑑賞するものだ」という、ある種の「押しつけがましさ」も感じるが、ここは「私邸」だということを思い起こすべきである。ただ少々驚くのは、ピカソもモディリアーニもバーンズよりは年下(約10歳)の画家だということである。モディリアーニの上にあるのは、左の絵も右の絵もアメリカの画家、チャールズ・デムスの水彩画。モディリアーニとのフォルムの類似性からここに飾られている。さらに、中央上方はマティスの「座像のある室内」で、これはアフリカ彫刻・ピカソ・モディリアーニ・デムスのどれともフォルムの類似性は全くないが、「椅子に腰掛ける女性」という画題がモディリアーニと共通していて、この壁の展示の "落ち" になっている。全体として、連想ゲームの連続という感じである。
( site : www.barnesfoundation.org )
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Room 23 East Wall
中央の絵はルノワールの「コンセルバトワールの出口」。この画像の左端の下の絵は、North Wall のキリコ作「赤い塔」。さらにその左(North Wall 東側)に、画像には映っていないがピカソの「羊と少女」がある。
( site : www.nytimes.com )
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Room 23 North Wall(部分・西側)
大きな絵はマティスの「ヴェネシャン・ブラインド - The Venetian Blinds (ニースのフランス窓)」。その両側の絵(下段)はユトリロの作品(画像非公開)。No.94で紹介したアンリ・ルソーのウサギの絵が Room 19 との出入り口の上lに飾られている。
(site : www.flickr.com)
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Room 23 West Wall
真ん中の大きな絵は、アンリ・ルソーの「不愉快な出会い」(Unpleasant Suprise)。その両サイドの上側の絵は2つともユトリロである(Street:Wineshops、Street:Red Tower)。ルソーの2つ右にある大きめの絵はマティスの静物画「皿とメロン」。画面の一番右の下の絵は、アンリ・ルソーの「セーブル橋の眺め(習作)」。絵には気球が描かれているが、完成作であるプーシキン美術館にある絵は、気球と飛行船と飛行機が描かれている。そのルソーの上にある絵は、ジョン・ケインの「ひな菊を摘む子供」。ルソーとケインを対比させた展示は Room 14 West Wall にもあった。中央のルソーの2つ左の大きめの絵は、ジャン・ユゴーの作品。画面の一番左の上にピカソの作品が見える。なお、Room 23 South Wall にはマティスの「ひょうたんのある静物」がある。
( site : withart.visitphilly.com )
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The Joy of Life Room
Le Bonheur de Vivre Room
バーンズ・コレクションには、マティスの「生きる喜び」が飾られた部屋がある(最初に掲げた見取り図の青い所)。ルオーとピカソのタピストリーが一緒に展示されている。
(The Joy of Life Room) ( site : www.vogue.com )
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アンリ・マティス
生きる喜び(1905/6) ( site : www.barnesfoundation.org ) 遠景に海があり、海から手前までには木々の生い茂る田園風景が広がっていて、そこに16人の男女が憩っている。古典絵画のコンセプトそのものであるが、マティスの表現手法は斬新である。 木々や田園風景に塗られた色は現実とは全くかけ離れていて、多様な色彩が攻めぎあっている。それに合わせるかのように人物の色も各種に塗り分けられている。その人物を描く線も一定していない。正面手前の2本の笛を吹く女性とその後の中景の2人の女性を比較すると、手前の女性がより小さく描かれていて、遠近法を守ろうとする考えはない。 以上のように、この絵は約束事を確信犯的に破るべく描かれているが、それでいてタイトルの「生きる喜び」を直接的に表現しているように感じるから不思議である。この絵が「生きる喜び」と言えるのなら、生きる喜びを表すもっと多彩な表現形式があるはずだと誰しも思ってしまう。 ニューヨークからフィラデルフィアに旅行すると、ピカソの「アビニョンの娘たち」(MoMA)とこの絵を観ることができる。このほぼ同時期に描かれた2作品は、好きだとか嫌いだという次元を超えて、モダン・アートを理解するための必見の作。 |
ニューヨークから日帰りをするなら
初めに書いたように、ニューヨークからフィラデルフィアには十分に日帰りができます。そこで日帰りという前提で、バーンズ・コレクションに滞在する時間はせいぜい2~3時間にとどめましょう。そうすると、頑張って朝早めにニューヨークを出発したとして、美術館の閉館時刻までにはまだ時間があります。その時間を利用して、絵の鑑賞が大好きなあなたとしては絶対に行くべき場所があります。バーンズ・コレクションから歩いて行けるフィラデルフィア美術館です。
( site : press.visitphilly.com )
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(次回に続く)
2013-09-28 08:58
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