SSブログ

No.96 - フィラデルフィア美術館 [アート]


フィラデルフィア美術館


前回の No.95「バーンズ・コレクション」の続きです。バーンズ・コレクションから歩いて行ける「フィラデルフィア美術館(Philadelphia Museum of Art)」について書きます。

PMA - Philadelphia Museum of Art 3.jpg
Philadelphia Museum of Art
( site : www.visitphilly.com )

フィラデルフィア美術館は、所蔵点数も多い全米屈指の「大美術館」です。3階建ての2階と3階が展示スペースになっていて、それぞれ約100の展示室があります。西洋美術では中世から現代アートまでがあり、また東洋・アジアの美術もある。江戸期の日本画も所蔵されているし、館内には日本の茶室まで造営されています。ちゃんと見るには1日がかり(でも時間がないほど)です。

しかも近くには別館があり、さらにバーンズ・コレクションとの間にはロダン美術館があって、この3つのミュージアムが共同運営されています。つまりフィラデルフィア美術館のチケットで3館に入場でき、チケットは2日間有効です。2日がかりで見学しなさいということでしょう。良心的なやり方だと思います。

しかし我々は前回に書いたように「ニューヨークからの日帰り」を前提にしているので「フィラデルフィア美術館の見どころ」だけに話を絞ります。バーンズ・コレクションと同じジャンルである「19世紀のヨーロッパ美術」と「アメリカ美術」です。

ちなみに、フィラデルフィアはアメリカ独立宣言が起草され採択された都市ですが、シルヴェスター・スタローンの出世作となった映画『ロッキー』(1976)の舞台ともなった町です。フィラデルフィア美術館の正面の大階段で映画のロケが行われました。この階段(ロッキー・ステップと言うそうです)を駆けあがって両手を上にあげたポーズをする地元住民や観光客を見かけます。大階段の下には「ロッキーの像」もあります。

もう一つ、補足です。バーンズ・コレクションとフィラデルフィア美術館の間に位置するロダン美術館は、フランス国外では最大のロダン作品の所蔵を誇るところです。

PMA - Philadelphia Museum of Art - Diana.jpg
2階の展示エリアに続く大階段の上に、ローマ神話の狩りの女神・ディアナ(ダイアナ)の像がある。
( site : press.visitphilly.com )


19世紀のヨーロッパ美術


この美術館のみどころは、やはり2階(1st Floor)の「Europian Art 1850-1900」と題されたウィングに展示されているヨーロッパの近代アートです。よく知られている画家だけをあげても、

(英)ターナー、コンスタブル、ゲインズバラ、(仏)アングル、ドラクロア、マネ、コロー、セザンヌ(「大水浴図」がある!)、ルノアール、ミレー、クールベ、ドガ、スーラ、アンリ・ルソー、モネ、ロートレック、ピサロ、シスレー、(他)ピカソ、ダリ、ゴッホ(「向日葵ひまわり」がある!)、モディリアーニ、クレー、カサット(ヨーロッパに分類)

など、メジャーな画家の作品がそろっています(上記の一部はモダンアートのウイングにある)。

PMA -Gogh - Sunflowers.jpg
ゴッホひまわり
「花瓶のひまわりの束」という構図の絵は6枚が現存している。美術館が所蔵しているのは5作品で、その所在は、東京、ロンドン、アムステルダム、ミュンヘン、そしてフィラデルフィア美術館。
(site : withart.visitphilly.com)
特長は、有名画家のあまり見かけない絵がいろいろとあることです。つまり、画集やウェブサイトで「代表作」として掲載されている以外の絵(しかも良い絵)がある。やはり画集などに掲載されるのは「誰しも認める傑作」か、ルーブルとかオルセーとかメトロポリタンとかナショナル・ギャラリーとかプラドとかの「世界的にメジャーな美術館」の作品が多いのだと思います。

あまり見かけない良い絵があるということでは、バーンズ・コレクションと似ています。フィラデルフィア美術館がコレクションを形成してきた態度というか、見る目の確かさを感じます。フィラデルフィアへの日帰りの旅は、そいういう意味でも「発見の旅」になること請け合いです。

作品の画像は公式のウェブサイトに公開されているので、代表的な作品の紹介は割愛したいと思います。そのかわりではないですが、ここでは「日本ではあまり知られていないと思われる画家、なしは作品」を3つ書きます。


3人の画家の3つの作品


以降は、フィラデルフィア美術館が所蔵する19世紀ヨーロッパの3人の画家の作品です。この3人は1840年代に生まれ、ほぼ同時代に画家として活躍した人です。しかも出身国は、オーストリア、イタリア、ノルウェーと、ちょっと異色です。

 Edward Charlemont(1848-1906)オーストリア 

エドアルト・シャールモントの『The Moorish Chief』(1878)と題された作品です。「ムーア人のチーフ」ですね。フィラデルフィア美術館の解説によると、この絵は最初「ハーレムのガード」と呼ばれ、次に「アルハンブラのガード」になり、そして「ムーア人のチーフ」となったようです。また、描かれている建物はアルハンブラ宮殿のある部分に似ているそうです。

とにかく、画家がイスラム文化圏のどこか(北アフリカ、オスマン・トルコ帝国、など)かで目にした光景にもとづくものだと想像されます。複数のスケッチを合体させているとも考えられる。「イスラム系王国の宮廷の後宮の警備隊長」という、ヨーロッパ人からすると「異国趣味」の絵です。

しかしこの絵の、剣を抜き、自信たっぷりで、屈強そのものの雰囲気で立ちはだかっている「警備隊長」の迫真性は相当なものです。白い衣装と、アフリカ系の褐色の肌の対比が強烈です。

PMA - Charlemont.jpg
Eduard Charlemont(1848-1906)
The Moorish Chief』(1878)
(150.2 x 97.8 cm)

実はこの絵は、美術館の「マップ」に出ています。「マップ」とは、建物の平面図と展示室を図示し、トイレや階段やカフェがどこにあるかを示した小冊子です(よくあるやつです)。このマップの2階(1st Floor)「Europian Art 1850-1900」のウイングのところに写真が紹介されている作品が、セザンヌの大水浴図とともに、この作品なのです。アフリカ系アメリカ人への配慮という要素があるのかもしれまんせんが、「フィラデルフィア美術館の顔」の一つとなっている絵であることがうかがえます。

PMA - Map of 1st floor.jpg
フィラデルフィア美術館  1st Floor
このMAPの右上のウイングに、セザンヌの『大水浴図』とともに『The Moorish Chief』の展示位置が示されている。


 Giovanni Boldini(1842-1931):イタリア 

Boldini - Verdi.jpg
ヴェルディの肖像(ローマ国立近代美術館)
次は、ジョバンニ・ボルディーニの『Highway of Combes-la-ville』(1873)という作品です。

ボルディーニはイタリアで生まれ、パリで活躍した画家で、まず肖像画家として有名です。19世紀における肖像画ではサージェントが有名ですが、ボルディーニの画風はサージェントと大変よく似ています。いや、ボルディーニの方が14歳年上なので、サージェントがボルディーニに似ていると言うべきでしょう。クラシック音楽が好きな人なら、オペラ作曲家・ヴェルディの肖像画を何度も見たことがあると思いますが、この絵がボルディーニの作です。またボルディーニはパリの市民生活を描いた風俗画も描いています。2013年に日本で開催されたクラーク・コレクション展では、『道を渡る』『かぎ針編みをする若い女』という2作品が展示されました。

ちなみにボルディーニはドガの親友ですね(ドガが8歳年上)。1889年、ドガが55歳の時、ボルディーニといっしょにスペインとモロッコに旅行しています。

PMA - Boldini.jpg
Giovanni Boldini(1842-1931)
Highway of Combes-la-Ville』(1873)
(69.2 x 101.4 cm)

フィラデルフィア美術館のこの作品は、肖像画や風俗画とはうってかわった「風景画」です。Combes-la-ville(コン・ラ・ヴィル)はパリ郊外の村です。『コン・ラ・ヴィルの大通り』という感じでしょうか。Highwayなので、公道とか幹線道路とか大通りというニュアンスですね。

この作品の特徴を一言で言うと「あたりに充満する光」を描いたことです。屋外の光を描くのは印象派画家の十八番おはこです。筆触分割の描き方で、物体に当たって跳ね返る光のきらめきや移ろいを描写しました。しかしこの作品は、特別な絵画手法によるのではなく、伝統的なリアリズムの手法で「充満する光」が描かれています。決して逆光とか目映まばゆいという表現ではないのですが、かなり強い光を感じる。もちろん光は見えないので物体からの反射光で表すのですが、構図、コントラスト、色使いのすべてに渡る微妙な絵画技術の結果だと思います。

また同時に「空気感」を感じる絵です。それは日本とはだいぶ違って「湿度20%の真夏の日」というか、「女性の肌には悪いような空気感」が表現されていると感じます。いい絵だと思います。

 Frits Thaulow(1847-1906):ノルウェー 

フリッツ・タウロヴの『Water Mill』(1892)という作品で、水車小屋を描いています。画家の名前ですが、ノルウェー語の W はドイツ語と同じく V の発音なので、原音重視の原則に従って、読み方は TAULOV(タウロヴ)です。本国のノルウェーとパリで活躍した画家です(フランス風にトーロウと言われることもある)。ちなみに、タウロヴの母親はムンク一族の出身で、画家のエドヴァルド・ムンクとは親戚筋です。タウロヴはムンクの才能を早くから認め、フランスなどへの美術研修旅行の資金を提供したそうです。

PMA - Thaulow.jpg
Frits Thaulow(1847-1906)
Water Mill』(1892)
(81.3 x 121 cm)

この作品のポイントは「水そのものを描いた」と感じさせる点です。一般に戸外で描かれた川、池、湖の絵は、水の表面しか描きませんね。地上のモノが反射しているとか、太陽で水面がきらめいているとか、冬に氷が浮かんでいるとか、睡蓮が咲いているとか、さざ波がたっているとか、そういった「水の表面現象を描く」わけです。

しかし水(川、池、湖)には水底があり、底には藻と水草があり、深さがあります。また水も一般には半透明であり(程度の差はあるが)、さらに水中と水面を含めた水流がある。もちろん底まで全部が見通せるわけではないが、それらのモノの総体としての水があるわけです。

この絵は「水の表面現象」だけなく「深さ感と流れを含めた、水の総体を描いた」と強く感じさせる絵です。水車の作用で水は不規則に動き、流れています。緑で描かれたのは藻か水草の反映か、それとも深さゆえの緑なのか・・・・・・。これもいい絵だと思います。



ちなみに、オルセー美術館にはタウロヴが同時期に描いた別の作品があります。ノルウェーの冬の工場を描いたパステル画ですが、ほとんど単色のような色使いで、雪と水(と氷)を描写した美しい作品です。

Thaulow - Une fabrique sous la neige en Norvege.jpg
Frits Thaulow
Une fabrique sous la neige en Norvège』(1892)
(ノルウェーの雪の中の工場)
(63 x 95 cm)



美術館の「レベル」を評価するとしたら、一つは「有名ではない画家の絵で、どれだけいい絵がそろっているか」でしょう。セザンヌを購入するのはタイミングとお金の問題で、両方が満たされば誰も反対はしません。寄付したいという人が現れたら、美術館は大喜びで受け付けるでしょう。所蔵するセザンヌをあえて展示しないという美術館も考えられない。

しかし「マイナーな画家」については、何を購入し、何を展示するかは美術館の見識の問題です。画家の認知度は関係なく「その絵だけ」が勝負なのだから・・・・・・。紹介した3つの作品は、この美術館のレベルの高さを物語っていると感じます。


アメリカの近代絵画


「Europian Art 1850-1900」の次は、同じ2階の「American Art」ウイング(マップ参照)です。ここはアメリカの美術館なので、このウイングは是非とも訪れたいところです。バーンズ・コレクションのグラッケンズ、プレンダーガストもそうですが、我々日本人があまり知らないような作品に出会える可能性も大です。

No.86「ドガとメアリー・カサット」および No.87「メアリー・カサットの少女」で書いたメアリー・カサットは、フィラデルフィア出身の画家でした(生まれはピッツバーグ)。彼女はフィラデルフィアのペンシルヴァニア美術アカデミーに学んだ人です。彼女の作品もフィラデルフィア美術館に所蔵されています。

しかし彼女はパリに定住し、パリで活躍した画家です。その彼女と全く同じ年にフィラデルフィアで生まれ、フィラデルフィアで活躍した画家がいます。トーマス・エイキンズです。

 Thomas Eakins(1844-1916) 

トーマス・エイキンズは1844年に生まれ、ペンシルヴァニア美術アカデミーに学び、パリに渡ってジェロームのレッスンをうけました。ここまではメアリー・カサットと全く同じです。しかし彼はパリで絵の修行をしたあとフィラデルフィアに戻り、美術アカデミーの教師にもなり、また画家・彫刻家として活躍した人です。アメリカ近代絵画の父と言われることがあるのは、そういった彼の経歴からくるのでしょう。

フィラデルフィア美術館は、相当数のエイキンズ作品を所蔵しているようです。また展示数も多い。地元の画家ということもあるのでしょう。その中から「マップ」にものっている絵を掲げておきます。「セイリング」という、いかにもアメリカ文化らしい光景です。

PMA - Eakins.jpg
Thomas Eakins(1844-1916)
Sailboats Racing on the Delaware』(1874)
(61 x 91.4 cm)

 John Singer Sargent(1856-1925) 

もう一作品だけ「American Art」からです。No.36「ベラスケスへのオマージュ」で書いたサージェントはアメリカ人ですが、フィレンツェで生まれ、ロンドンやパリで活躍した人です。フィラデルフィア美術館はサージェントの絵も何点か所蔵していますが、ここではちょっとめずらしい絵を引用します。

PMA - Sargent.jpg
John Singer Sargent(1856-1925)
A Waterfall』(1910)
(113 x 72.4 cm)

滝は、日本画では頻繁に現れるモチーフです。これは、急峻な山と人間の居住地域が近接しているという環境条件がまずあって、さらに滝が信仰の対象にもなってきたからでしょう。

これと比較して、欧米の絵画で滝をモチーフとしたものはあまりないと思います。著名な画家では、ターナー、クールベぐらいでしょうか(他にもあるかもれません)。これはやはり自然環境の違いがあると思います。

サージェントは、ターナーやクールベと違って肖像画家として出発しました。風景画も描いていますが、この絵のような「自然そのものの絵」はめずらしいと思います。フィラデルフィア美術館の解説によると、サージェントがイタリア・スイスに旅行した時に見たアルプスの氷河から流れ出る滝を描いたようです。水けむりと濡れた岩の描写が美しい作品です。


アンリ・ルソー


もう一度「Europian Art 1850-1900」のウイングに戻ります。メジャーな画家の作品をいちいち紹介することはしない、と前に書きましたが、一点だけ掲げておきます。No.72「楽園のカンヴァス」No.94「貴婦人・虎・うさぎ」でアンリ・ルソーの絵を引用しましたが、そのルソーが描いた『Carnival Evening』(カーニバルの夜、ないしは夕べ)です。

PMA - Rousseau.jpg
Henri Rousseau(1844-1910)
Carnival Evening』(1886)
(117.3 x 89.5 cm)

この絵は、カーニバルが終わったあと、夕べを家へと帰る男女を描いた絵と解釈するのが最もふさわしいでしょう。ルソー作品の多くがそうであるように、これは現実の光景ではありません。幻想の光景というか、ちょっと不思議な、夢の中に出てくるような光景です。画家の意図はどうであれ、受け取る方としてはそう感じます。

この絵を見る人が感じるのは、一見して分かる「静けさ」と、「祭りのあとの、冬の夕暮れの情景」がかもし出すかすかな「寂寥感」です。その心情を背景に、月・空・雲・林の木々・小屋の影・2人の人物が織りなす、うっとりとするような光景が描かれています。対角線と水平線の作る構図の安定感が心地よく、色づかいはおだやかで美しい。この「構図と色づかいの調和感」から受ける印象は「安らぎ」ですね。「寂しさを秘めた静けさの中の安らぎ」という心象風景でしょうか。

調和を少し攪乱するように、空に浮かんでいる変わった形の一つの雲が(なぜ一つだけ形と色が異質なのでしょうか?)、逆に全体を引き締めています。

幻想の光景と言っていいと思いますが、ルソー作品によくあるジャングルとか、熱帯を思わす風景とか、そういうものとは違います。見る人に、これと類似の風景、ないしは「類似の感情を引き起こす現実の光景」を見たことがあると強く感じさせる絵です。

ニューヨークに行き、フィラデルフィアに日帰りすると、アンリ・ルソーの作品をかなり鑑賞できることになります。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の『夢』(No.72「楽園のカンヴァス」)と『眠れるジプシー女』は、教科書にも載っている有名な絵です。また、バーンズ・コレクションには21点あり、フィラデルフィア美術館は7点を所蔵しています。

その中でも『Carnival Evening』は、「ニューヨーク・フィラデルフィア地域にあるルソー作品の中でもピカ一の絵だと思います。この作品もまた、バーンズ・コレクションを2~3時間で切り上げてフィラデルフィア美術館に行くべき理由の一つなのでした。



以上に掲げた絵は、バーンズ・コレクションと違って常に展示してあるとは限りません。公的な美術館は皆そうです。しかしフィラデルフィア美術館には同等以上の作品が他に多数あります。

また2階には「モダン・アート」のウイングがあります。特にこの美術館はマルセル・デュシャンのコレクションでは世界一と言われています。3階は「東洋・アジア美術」と「18世紀以前のヨーロッパ美術」(ルーベンス、ファン・エイク・・・・・・)の展示室です。さらに、初めに書いたように共同運営されているロダン美術館があります。何を重点にするかは各人の好みによるでしょう。

とにかくフィラデルフィア美術館は「ニューヨークからの日帰り」で訪れる価値のあるミュージアム(群)です。

続く


 補記 

フィラデルフィア美術館が所蔵するセザンヌの『大水浴図』の画像と、美術史家・秋田麻早子氏のコメントを、No.284「絵を見る技術」に掲載しました。

(2020.5.2)



nice!(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

トラックバック 0