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No.80 - アップル製品の原価 [技術]

No.58「アップルはファブレス企業か」において、アップル社が iPod / iPhone / iPad の組み立てを、巨大EMS(Electoric Manufacturing Service)企業であるフォックスコンの中国工場に委託しているこを書きました。フォックスコンに委託するメリットは人件費が安いということだけではなく、もっと大きなことがあります。つまりNo.58から要約すると、

アップル製品の原価に占める「組立費」の割合は 5% 以下だと考えられる。

アップル製品の販売価格からみた原価の割合(原価率)は50%以下だと考えられる。

原価率が50%、組立費の割合が5%だとしても、販売価格に占める組立費は2.5%である。組立費のほとんどは人件費のだと考えられる。つまり、仮に人件費が倍になったとしても、製品価格を2.5%押し上げるだけである。人件費の影響はこの程度である。

フォックスコンがアップルに提供している最大の価値は「機動力」である。製品組立ては機械化できず、人手に頼らざるを得ない。大量の新製品を一気に市場投入するといった「急激な需要変動」に耐えられるだけの機動力こそ、フォックスコンがアップルに提供しているものである。

ということでした。

このアップル製品の原価についての研究がアメリカ政府のホームページに公開されているのを最近知ったので、それを紹介します。


iPod の原価構造


アメリカ国際貿易委員会( ITC : United States International Trade Commission )のホームページにアップル製品の原価を推定した学者の研究が公開されていました。これは、米国のシラキューズ大学とカリフォルニア大学の3人の教授がスローン財団の支援を受け、アップル製品の部品の原価や付加価値、誰が利益を得ているかを調査・推定したものです。

以下に紹介するのは、2005年に発売された iPod Classic のケースです。この機種は30GBのストレージ(ハードディスク)を持ち、iPod では初めてビデオ再生に対応したものでした。米国販売価格は299ドルです。当時は単に「iPod」という名称でしたが、紛らわしいので後継機種の現在の呼称である「iPod Classic」と書くことにします。

iPod Classic(2005。販売価格:299ドル)の製造原価

部品種 部品 部品メーカ 本社国 推定価格
ストレージ ハードディスク・
ドライブ(HDD)
東芝 日本 $73.39
ディスプレイ ディスプレイ・
アセンブリ
東芝・松下 日本 $23.27
プロセッサ ビデオ/マルチメディア
プロセッサ
Broadcom 米国 $8.36
コントローラ・チップ PortalPlayer 米国 $4.94
バッテリ バッテリ・パック (不明) 日本 $2.89
メモリ SDRAM(32MB) Samsung 韓国 $2.37
RAM(8MB) エルピーダ 日本 $1.85
NOR型フラッシュ
メモリ(1MB)
Spansion 米国 $0.84
基幹8部品の合計 $117.91
その他、433部品の合計 $22.79
部品の原価 $140.70
組立・テスト費用 $3.86
製造原価 $144.56

Who Profits from Innovation in Global Value Chains ? iPhones and Windmills
Jason Dedrick - Syracuse University
Greg Linden - UC Berkeley
Kenneth L. Kraemer - UC Irvine


この分析を要約すると次のようになるでしょう。

iPod Classic は、アップル社が製品の企画・設計をし、日本・アメリカ・韓国のサプライヤが主要部品を供給し、中国で組立て・テストを行って製品が完成する(上の表には中国とは書いてありませんが、ITCのホームページのデータには明確に中国と書いてあります)。

iPod Classic の販売価格(定価)に占める製造原価は48%である。

製造原価のうち、組立・テスト費は2.7%である。

iPod Classic は441部品からなり、部品の原価は製造原価の97.3%である。部品原価を分析すると、主要8部品だけで84%にも達する。また東芝製のHDDだけで52%を占める。

組立て・テスト費のほとんどはフォックスコンの中国工場で発生する費用だと推測できます。No.58「アップルはファブレス企業か」で、フォックスコンの組立費を製造原価の5%以下だろうと書いたのですが、それは正しかったことになります。

また製造原価を50%以下としたのも当たっていることになります(48%。もっと小さいと思っていましたが)。残りの52%は、アップル社の研究・開発費、販売促進のための各種費用、流通経費、小売店のマージン、そして最も大事な「アップル社の利益」となるでしょう。

もちろんアップル製品でも iPhone / iPadは部品構成や部品点数が違うので、上の表の通りではありません。しかし全体の傾向は変わらないはずです。

iPod Classic 第5世代.jpg
iPod Classic
(第5世代。2005。30GB)


誰が価値を生み出し、利益を得ているか


 部品原価の過半数は東芝のHDD 

表を見てまず思うのは、東芝製のハードディスクドライブ(Hard Disk Drive : HDD)が部品原価の過半数を占めていることです。

HDDのメーカは昔はたくさんあったのですが、現在では世界でたったの3社に集約されてしまいました。シーゲート、ウェスタン・デジタル(この2社は米国)、東芝の3社です。IBMもHDDを作っていましたが、その事業は日立が買収し、その日立グループのHDD会社はウェスタン・デジタルが買収しました。また富士通のHDD部門は東芝が買収しました。要するに技術進歩が急速かつ継続的に進むため、膨大な研究開発費を捻出するためには販売規模の確保が必須だということでしょう。東芝は生き残った3社のうちの1社です。

デスクトップ・パソコンに使われているHDDは、ディスクの直径が3.5インチのものです。ノートパソコンには2.5インチのHDDが使われます。iPod Classic のHDDはそれよりも小さく、モバイル機器用に開発された1.8インチのものです。そして現在、1.8インチのHDDを作っている(作れる)のは東芝だけです。

表を見てすぐ分かるのは、iPod Classic から最も利益を得ているのは言うまでもなくアップル社ですが、その次は(おそらく)HDDを製造している東芝だろうということです。HDDのビジネスは東芝の中では一部分でしょう。また1.8インチのHDDという、どちらかというと特殊なHDDは東芝のHDDビジネスの中でも一部のはずです。しかしこのようなニッチ製品であっても独占的に供給できる技術力があれば利益が得られる。

デジタル・オーディオ・プレーヤのストレージの主力は、現在ではフラッシュメモリです。HDDを使っているのは iPod Classic だけだと思います。しかしHDDのメリットは大容量の割に(現在の iPod Classic は160GB)コストが安いことです。フラッシュメモリに対して記憶容量あたりのコスト優位性を保つ技術開発が可能な限り、またアップル社がHDDの採用を続ける限り、東芝の「独占的」利益の確保は可能なことになります。逆にその2点が崩れると東芝の利益はなくなり、これがリスクです。

もちろん以上の事情はHDDを搭載しているiPod Classic ならではの話であって、iPhone / iPad では様相が違います。しかし「基幹部品を提供する部品メーカが利益を享受する」という構造は変わらないはずです。

 フォックスコンの厳しさ 

No.58「アップルはファブレス企業か」で書いたように、アップル社の iPod / iPhone / iPad はフックスコンの中国工場で組み立てられています。このフォックスコンの組立てに関してですが

  製造原価のうち、組立・テスト費は2.7%である。

という推定は示唆的です。フォックスコンの費用はほとんどが人件費のはずです。従って、東芝やその他の主要部品メーカに比較してフォックスコンの「利益」は非常に小さいと考えられるからです。

iPodは、現在では大量に売れる製品ではなくなっています。しかしiPhone / iPad は新機種が毎年のように出ていて大量に売れています。このアップル社のビジネスにフォックスコンの最終組立て工程が必須であることは、No.58「アップルはファブレス企業か」に書いた通りです。しかし、アップルのビジネスモデルに必須であるにもかかわらず利益は非常に小さい(と推定できる)。フォックスコンはアップルに安く売りすぎているのかもしれません。

 代替可能性という「ものさし」 

表をみて思うのは「利益を得ている会社」と「代替可能性」との相関関係です。東芝のHDDは代替可能性が(HDDという前提である限りは)ゼロであるのに比較して、フォックスコンの製品組立て・検査という仕事は代替可能です。アップル製品を大量に短期間に品質良く組み立てるのは、それはそれでノウハウもいるし、たやすいオペレーションではないと思うのですが、それでも代替可能性を議論する限り、その可能性は高い。

代替可能性という「ものさし」がビジネスから得られる利益を左右する。このことを改めて認識します。上の表における主要8部品が、

ストレージ(HDD)
ディスプレイ・アセンブリ
ビデオ/マルチメディア・プロセッサ
コントローラ・チップ
バッテリ
メモリ

の順に並んでいるのも示唆的です。


ソフトウェアという「最重要部品」


表を見てアップル社のビジネスモデルがよく理解できると同時に、表からは全く見えないものもあります。それは iPod のソフトウェアです。ソフトウェアはアップル社が外部に委託することなく、自社で企画・設計・製造の全てを行っている重要部品です。

確かに東芝製のHDDは高価な部品ですが、それは(コストが高くなることを覚悟しさえすれば)フラッシュメモリで代替可能です。現在では64GBのフラッシュメモリを使ったデジタル・オーディオ・プレーヤも(アップル社、他で)発売されています。HDDは小型のものから順次フラッシュメモリに置き換えられていっており、1.8インチHDDもいずれそうなる可能性が高い。代替不可能性というものさしで考えると、明らかに「ソフトウェア」が最重要部品なのです。

ソフトウェアは一品生産なので「原価」という考えになじみません。また iPod のソフトウェアは iTunes と表裏一体のものであり、何回でもダウンロードやアップデートが可能なので、ハードウェアに「くくりつけ」ではありません。しかし、ソフトウェアがなければ全く用をなさないことも事実であって、最重要であることは間違いないのです。

ソフトウェアの企画・設計・製造にかかる費用は上の表の外数であり、アップル社の研究・開発費の中に含まれています。それはITCのホームページでは分析されていません。しかし仮に「iPod 関連のソフトウェア開発費」を全て合算し、それを「iPod の販売数」で割り算して「原価」を計算したとしたら、そのソフトウェアの原価は、製造原価 $144.56 からみて 1% 以下だと推測します。東芝のHDDとは比べものにならないぐらい小さいはずです。

原価という視点からすると「ゴミ」のような部品が「最重要部品」であり、利用者からみた製品の品質を決定的に左右する。これがITビジネスの一つの本質であり、iPod というデジタル・オーディオ・プレーヤのビジネスです。それはまたスマートフォンやタブレットPCというITビジネスの本質でもある。今後はテレビもITビジネスになっていくでしょう。このことを真に理解している者だけが勝ち残ると思います。



 補記 : アップルに関する記事の一覧 

No. 58 - アップルはファブレス企業か
No. 71 - アップルとフォックスコン
No. 80 - アップル製品の原価(本記事)
No.131 - アップルとサプライヤー




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