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No.1 - 「千と千尋の神隠し」と「クラバート」(1) [本]

「千と千尋の神隠し」を映画館で見たときのことですが、「クラバート」によく似た物語の展開だなと感じました。この「感じ」は映画の最後の場面で決定的になったのを覚えています。あとで映画のパンフレットを読むと「クラバート」への言及があるし、宮崎駿さんのインタビューなどでは、彼はその影響を否定していないようです。

Krabat1.jpg
クラバート(上)
(偕成社文庫 4059)
「クラバート」は、チェコに生まれたドイツの児童文学者・プロイスラーが1971年に発表した小説です(日本語訳:中村浩三。偕成社。1985年)。実は、丸谷才一・木村尚三郎・山崎正和の3氏による書評本「固い本やわらかい本」(文藝春秋社。1986年)で「クラバート」が紹介されていたため、購入して読んでいたのです。文芸評論の「大家」である3氏の本に児童小説が紹介されていることに興味をそそられたわけです。「千と千尋の神隠し」はよく知られていますが「クラバート」を実際に読んだ人は少数でしょう。そこで「クラバート」のあらすじを紹介して「千と千尋の神隠し」との関係考えてみたいと思います。

断っておきますが「千と千尋の神隠しは、クラバートに影響されてできた映画だ」と言うつもりはありません。あの映画は宮崎さんの作り出した独創的なキャラクター群が何よりも魅力的だし(湯婆婆、銭婆、ハク、オクサレさま、カオナシ・・・)、影響どうのこうの言うなら、日本や東アジアの神話や民族伝承の影響がとてもたくさんあります。ハクが川の神に設定されていることなど、その典型です。宮崎さんに影響を与えた一つとして「クラバード」を考えればよいと思います。


「クラバート」の背景


物語の舞台はドイツの東よりのザクセン選帝公国で、時代は18世紀初頭に設定されています。当時のザクセンは歴史上有名なアウグスト1世(強健王)の治世下にあり、スエーデンとの戦争(いわゆる北方戦争)を戦っていた時期でもありました。公国の首都はドレスデンですが、その北東のポーランド国境近くがラウジッツ地方で、ここが物語の舞台です。この付近にはヴェンド人と呼ばれる民族が住んでいて、ドイツ語とは別系統であるスラヴ語系のヴェンド語が話されています。物語の主人公のクラバートは14歳のヴェンド人です。

クラバートの両親は天然痘で死亡し、孤児となった彼は土地のドイツ人牧師に引き取られました。しかし、ドイツ語での会話をはじめ、そこでの生活が息苦しくなった彼は、牧師の家を逃げ出して浮浪児の群に飛び込みました。そして音楽などを演奏し、物乞いをして生活しています。物語はクラバート少年の3年間の物語ですが、その3年間をかいつまんで紹介します。

(以下には物語の筋の根幹部分が明かされています)


1年目


元日から主顕節(1月6日)のあたりのこと、クラバートは奇妙な夢を見る。11羽のカラスが「シュヴァルツコルムの水車場に来い」と呼びかける夢である。それに引かれてクラバートはシュヴァルツコルムの村のはずれ、コーゼル湿地の水車場(製粉所)に行った。水車場の親方はヴェンド語を話し、黒い衣服を着ていて、左の目に眼帯をつけ、青白い顔をしている。皮装の厚い本が机にあるのが目に付く。クラバートはここで働くことに決める。

水車場の職人は11人で、皆が、ヴェンド語を話した。職人頭はトンダという。トンダはクラバートに目をかけてくれた。「まぬけのユーロー」と呼ばれる職人もいる。リュシュコーという職人は親方と裏で通じているようだ。

水車場では休みなしの厳しい労働が続く。製粉、雪かき、氷割りなど、仕事は山のようにある。親方の命令は絶対で、逆らうことは許されない。水車場には、7台のひき臼があり、うち6台を使用して大麦、小麦、カラス麦、ソバを挽く毎日が続く。ところが、お客がいっこうに顔を見せないのだ。

2月、クラバートが夜に目を覚ますと、6頭立ての馬車が水車場に横付けされていた。赤い鶏の羽を帽子につけた御者が見える。これが「大親分」であることがのちに分かる。職人たちは袋を馬車から水車場に運び込み、粉を詰めた袋を馬車に積み見込んでいる。大親分は新月のたびに訪れるのだ。親方は大親分をたいそう恐れている。

3ヶ月の試用期間が過ぎたとき、親方がクラバートを呼んで「弟子にする」と伝える。そのとき、水車場に秘密の一端が明らかになった。実は水車場は魔法の学校であり「魔法典」に従って、親方は弟子に魔法を教えていたのである。クラバートは他の職人とともに親方の魔法でカラスの姿に変身させられ、止まり木にとまって魔法の呪文を少しずつ習うことになる。この「授業」は毎週金曜の晩に行われる。この時以降、クラバートは正式に「見習い職人」として働き始める。

復活祭(3月)の前夜は、職人は全員戸外で野宿する決まりである。クラバートは職人頭のトンダと共に出かける。ルールに従って、相手の額に炭で五線星形の印をつける。このとき村の方から少年少女の歌声が聞こえてきた。クラバードはその中のソロパートを歌った金髪の少女に気を引かれる。この少女はのちにクラバードと愛を育むようになり、物語の最終場面で決定的な役割を果たす。

親方は習得した魔法を実際に使う場面を弟子のために作ることがあった。親方の指示で2人の職人が農夫と牛に変身し、村の家畜市に「偽の」牛を売りに行ったこともあった(物語ではこの種のエピソードがいろいろある)。

11月が過ぎ年末に近づくと、職人たちは何でもないことで腹を立てたり、いらだったり、喧嘩をしたりするようになる。クラバートにはその理由が分からないが、職人たち全体が不安にかられているようだ。そして大晦日の夜中、一人の呻き声が聞こえてきた。明けて元日、職人頭のトンダが死んでいるのが発見される。どうも不慮の事故ではなさそうだ。職人たちはトンダを埋葬する。


2年目


1月の主顕節の日、ちょうど1年前のクラバートのように、1人の新入りの少年が水車場で働くようになる。その日の晩、クラバートは親方に呼ばれて、見習い期間が過ぎ正式の職人することを告げられる。クラバートは時期が早いのに驚くが、水車場の1年は、普通の3年に相当することを知る。

水車場では、親方に指示された仕事を越えて、人の仕事を助けたり手伝ったりすることは厳禁である。ある職人が新入りの見習いを密かに助け、仕事を軽減してやったことがあった。しかしそれを親方に密告した職人がいた。親方は新入り助けた職人を厳しく罰する。職人たちは密告者のリシュコーとは口をきかなくなる。

復活祭の前夜、クラバートはで再びソロを歌っている少女の姿をみるが、このときも話しかけはしなかった。

2年目の大晦日の夜も、また職人が一人(ミヒャル)が死ぬ。


3年目


何回か水車場からの逃亡を企て、その都度失敗した職人(メルテン)が、とうとう首吊り自殺をはかる。しかし親方の魔法の力で自殺未遂に終わる。親方は言う。「この水車場でだれが死ぬかを決定するのはわしだ」。

3年目の復活祭の前日の夜、クラバートはもう1人の職人と野宿に出かける。例年のように、村から歌声が聞こえてくる。ソロパートを歌う少女の声も聞こえる。クラバートは魔法の力で少女に話しかけ、水汲みの仕事が終わったら他の少女から遅れて待っていてください、と頼む。この依頼は少女に通じ、クラバートは初めて少女に会う。

クラバートは「まぬけのユーロー」から水車場の秘密を聞き出した。ユーローは実は、まぬけを装っていただけだった。彼は「魔法典」をこっそり読んでいて、秘密を知ったのだった。その秘密とは次のようなものである。

親方は大親分と契約を結んでいて、毎年、弟子のひとりを生け贄として差し出さなければならない。さもないと、親方自身が生け贄になる。

水車場から脱出する方法は1つある。もし、職人を好きな少女がいて、大晦日の晩にその少女が職人を自由にしてくれと親方に申し出て、その少女が「魔法典」で規定するテストに合格したら、職人は自由になる。

そのテストとは、少女が職人の中からどれが目的の職人なのか、探しあてるというものである。「魔法典」にかかれているのはそれだけだが、親方はこの文言を自由に解釈してテストを行える。もしテストに合格しなれけば、職人も少女も死ぬ。一方、テストに合格したら、死ななければならないのは親方になる。そして親方が死んだとすると、親方が職人に教えてくれた魔法の力はすべて消え失せてしまう。

以前、ヤンコーという職人がいて、彼はテストを試みた。この時は、カラスに変身した12人の職人から、どれが目的の職人か当てよ、と親方は少女に命じた。これは失敗し、ヤンコーも少女も死んだ。

この秘密を知っている職人は他にもいるが、職人はテストを試みないで毎年1人の職人の死に目をつぶっている。その理由は、毎年死ぬのは12人の中の1人だという理由と、魔法の力を失いたくないからである。

もしこのテストやろうとするなら、その少女が誰かを親方に悟られてはならない。親方が察知すると、魔法の力で少女を死に追いやることでテストそのものを阻止しようとするからである。トンダはそれで少女を失った。

この秘密を知ったクラバートは村に出かけて、少女に自分の「救出」を依頼し、少女は了承する。クラバートにはカラスに変身した職人たちの間から少女が自分を見つけるための秘策があった。


結末


大晦日も近くなったころ、親方はクラバートを呼び「自分の後継者にならないか」と申し出る。「今年は誰が死ぬべきか、いっしょに相談して決めてもよい」とさえ言う。クラバートは、申し出を拒否したなら今度の大晦日に死ぬのは自分だということを悟るが、拒否する。親方は1週間考える時間をやると言う。1週間後、親方はふたたびクラバートを呼んで問うが、クラバートは再び拒否する。親方は「コーゼル湿地に墓穴を掘れ。それが最後の仕事だ」と命じる。

大晦日の夜、約束通り少女は水車場にやってきた。そして「わたしの大事な人を渡してください」と親方に要求する。親方は職人たちを黒い部屋に並ばせた。親方は少女に目隠しをし、部屋につれていき「どれがおまえの大事な人か、わしに示すことができたら、そいつを連れていってよい」と言う。

想定(=少女がカラスに変身した職人たちの中からクラバートを当てる)とは全く違ったのでクラバートは愕然とし、これで少女も自分の命も終わりだと強い不安にかられる。目隠しをした少女は3度、職人たちの列の前を歩いた。そして、手をのばしてクラバートを指した。「この人がそうです」。

これで決着がついた。職人は全員解放された。親方は元日を迎えないだろうことは、職人全員が知っていた。クラバートと少女の2人は水車場を出て、コーゼル湿地を抜けてシュヴァルツコルムと向かった。

最後の場面でクラバートは少女と会話を交わす。「どうやってきみは仲間の職人の中から、おれをさがしだしたの?」「あなたが不安になっているのを、感じ取ったのよ」と娘は言った。「わたしのことが心配で不安になっているのを。それであなただとわかったのよ」



以上は、水車場の謎を中心としたストーリーを、ごくかいつまんで紹介しただけです。この物語の魅力は、このようなストーリー以外に数々のエピソードが書き込まれていることにあります。以下のようなものです。

 ◆ ザクセンはスウェーデンと戦争中であり、選定候の派遣した徴兵隊が水車場の近くにも来る話。

 ◆ 親方とクラバートがドレスデンの宮殿へ出かけ、アウグスト殿下と面会する逸話。

 ◆ 職人たちが総出で、新しい水車をつくるエピソード

 ◆ 親方が友人の魔法使いのイルコーのことをクラバートに語る挿話。イルコーはオスマン・トルコ帝国軍にやとわれ、神聖ローマ帝国側で従軍した親方と戦場で「魔法対決」をし、親方はイルコーを殺してしまう。

 ◆ 農民が親方に「雪を降らせてほしい」と頼みにくるエピソード。雪が降らないと秋撒きの苗が霜でダメになるから。

などなどです。ヴェンド人の風俗や土地の描写、キリスト教の年中行事などの記述が豊富にあることも魅力です。


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