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No.188 - リチウムイオン電池からの撤退 [技術]

今までの記事で、リチウムイオン電池について2回、書きました。

No.39 リチウムイオン電池とノーベル賞
No.110 リチウムイオン電池とモルモット精神

の二つです。No.39はリチウムイオン電池を最初に作り出した旭化成の吉野氏の発明物語、No.110はそのリチウムイオン電池の製品化(量産化)に世界で初めて成功した、ソニーの西氏の話でした。

そのソニーですが、リチウムイオン電池から撤退することを先日発表しました。その新聞記事を振り返りながら、感想を書いてみたいと思います。No.110にも書いたのですが、ソニーのリチウムイオン電池ビジネスの事業方針はブレ続けました。要約すると次の通りです。

盛田社長・岩間社長・大賀社長時代(1971-1995)
  携帯機器用電池・自動車用電池を推進。1991年、世界で初めて携帯機器用を製品化。車載用は日産自動車のEVに供給。
出井社長時代(1995-2000)
  自動車用電池から撤退(1999年頃)
安藤・中鉢・ストリンガー社長時代(2000-2012)
  自動車用電池に再参入を表明(2009年、2011年の2回)
平井社長時代(2012-)
  電池ビジネス全体の売却を検討し(2012年末)、それを撤回(2013年末)

この詳しい経緯は、No.110「リチウムイオン電池とモルモット精神」に書きました。こういった事業方針の "ブレ" が過去にあり、そして今回の発表となったことをまず押さえておくべきだと思います。

SonyLion.jpg
(site : www.sony.co.jp)


撤退の発表、村田製作所への事業売却


2016年7月28日、ソニーはリチウムイオン電池から撤退を発表しました。それを報じた日本経済新聞の記事から引用します。以下、アンダーラインは原文にはありません。

(日本経済新聞 1面記事)

ソニー、電池事業売却
 リチウムイオン 村田製作所に

ソニーは28日、電池事業を村田製作所に売却すると発表した。ソニーはスマートフォン(スマホ)などに使うリチウムイオン電池を世界で初めて実用化したが、韓国勢との価格競争などで赤字が続き、事業継続は難しいと判断した。業績回復が続くなかでも不採算事業の切り離しを進め、競争力の高い画像センサーなどに集中する(関連記事11面に)。

福島県郡山市やシンガポール、中国など国内外に5カ所ある電池工場を2017年3月末をメドに売却する。ソニーブランドのアルカリ乾電池などの消費者向け販売事業は売却の対象外となる。

ソニーの電池事業の15年度の売上高は1600億円。今後具体的な売却条件を詰め、10月に正式に譲渡契約を結ぶ。売却額は400億円を下回る見通しで、売却損が発生する可能性がある。

同社は2次電池として幅広く使われるリチウムイオン電池を1991年に世界で初めて実用化したが、電池事業は10年度以降、14年度を除いて営業赤字が続いていた。

村田はスマホ部品でシェアを高めており、電池などエネルギー分野の強化も目指している。産業機器向けや車載向けのリチウムイオン電池の開発を続けてきた。

日本経済新聞(2016.7.29)

高性能2次電池の重要性は誰もが理解できるわけです。スマホや電気自動車は言うに及ばず、ロボットやドローンが21世紀に真に普及するかどうかの重要な鍵は "電池" です。ソニーの経営陣も存続させるかどうか迷ったでしょう。しかし存続するためには投資をしなければならないが、その投資は "非中核事業" と位置づけてしまった以上、優先度の観点から難しいということだと思います。「関連記事11面に」とあるように、日本経済新聞の11面に解説記事がありました。

(日本経済新聞 11面記事)

ソニー、収益改善を優先
 電池事業売却 赤字体質抜け出せず

ソニーが電池事業の切り離しを決めた。1991年に繰り返し充電できるリチウムイオン電池を世界で初めて実用化したが、パソコン向けの電池で過熱・発火の問題が発生して増産投資を手控えると、サムスンSDIなど韓国勢との競争が激化して赤字体質から抜け出せなかった。非中核事業となった電池に見切りを付けて収益改善を優先する。

ソニーは2012年ごろに日産自動車などとの事業統合を試みるなど、電池事業のリストラを模索した経緯があるが、スマートフォン(スマホ)向けの受注が増えた13年末には単独で事業を延ばす方針に転換していた。

だが競争環境は厳しいままだ。15年のリチウムイオン電池の世界シェアは前年の4位から5位に後退した。電気自動車向け電池への再参入も表明したが実現していない。画像センサーやゲームを中核事業に位置づけるソニーにとって、赤字が続く電池事業に「これ以上投資するのは難しい」(幹部)状況になった。

村田製作所は自動車やエネルギー分野に注力する方針を示している。車載部品は連結売上高の15%まで育ったが、エネルギー事業の規模は小さく、M&Aが必須とされていた。

村田はソニーから電池事業を買収すれば生産設備や事業ノウハウを一気に取得できると判断した。採算が厳しいモバイル機器向けのリチウムイオン電池も、村田の生産技術や顧客網を活用すれば改善できると見ている

村田はリチウムイオン電池より性能や安全性が優れた「全固体電池」と呼ぶ次世代電池も見据える。「全固体電池の研究が進んでいる」(村田製作所の藤田能孝副社長)というソニーの技術と村田の生産技術を組み合わせ、将来の市場で先行する戦略を描いている。

日本経済新聞(2016.7.29)

記事の中に「パソコン向けの電池で過熱・発火の問題が発生して」とあるのは、2006年のことです。ソニー製リチウムイオン電池の不具合により、米国を含むパソコンメーカが回収を余儀なくされまた。

リチウムイオン電池の過熱・発火事故というと、ソニーの事業売却の発表があった1ヶ月後の 2016年9月2日、韓国サムスン電子は、Galaxy Note7の回収を発表しました。グループ会社であるサムスンSDIが製造したリチウムイオン電池の発火事故が報告されたからです。対象となる台数は全世界で250万台といいます。ソニーの撤退の理由の一つとして「サムスンSDIなど韓国勢との競争が激化して」と日経の記事にあったのですが、ほかならぬそのサムスンSDIが問題を起こしたわけです。

振り返ってみると、2016年1月にも パナソニック製の一部の電池に、最悪の場合は発火の危険性があることが判明し、東芝のノートパソコンなどの該当機種が回収されました。ソニーの2006年の事故以来、消費者向け製品の回収事件はこれだけでなく、もっとあったと記憶しています。

リチウムイオン電池の安全性については、当初からの課題だったわけです。No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」の「補記4」に、ソニーで世界初の製品化を主導した西氏が「開発をためらった」という話を書きましたが、それはつまり安全性に懸念があったからです。ソニーが1991年に最初に製品化してから既に25年が経過しました。25年もたってまだ安全性の問題が解決できないのかと思ってしまいますが、この25年の間、リチウムイオン電池に求められ続けたのはコンパクト化・大容量化・低コスト化です。これらの市場の要求と安全性の両立が非常に難しいようです。この課題を根本的に解決するのが、日本経済新聞の記事にある「全固体電池」です。

「全固体電池」とは、電池の電解質に固体を使う電池です。リチウムイオン電池は、正極、負極、正極と負極の間の電解質、正極と負極を分離するセパレータから構成されていますが、現在の電池は電解質に有機溶媒液を使っています。このため液漏れのリスクがあり、最悪の場合は過熱から発火事故につながったりします。この電解質を固体(たとえばリチウムイオンを伝導できるセラミックス)で置き換えるのが全固体電池です。現在、各社が開発を競っていて、試作品も作られています。

とにかく、村田製作所への事業譲渡は決まりました。村田製作所に果たして成算はあるのかどうか。上の引用における「生産技術」と「全固体電池」がキーワードのようです。これについて日本経済新聞・京都支社の太田記者が、村田製作所の立場から解説を書いていました(村田製作所は京都が本社です)。


ソニーの電池事業は「利益は(黒字と赤字の)トントン」(藤田ソニー副社長)。ただ毎年10%の値下げを要求される電子部品の世界で培った(村田製作所の:引用注)生産技術と緻密な生産管理は定評があり、採算改善は可能とみているようだ。

さらに村田が見据えるのはリチウムイオン電池に比べ容量や寿命が格段に大きい「全固体電池」と呼ぶ次世代電池。同電池は村田が高い世界シェアをもつセラミックコンデンサの基盤技術である「積層技術」が必要とされる。ソニーの技術と、村田の生産技術を組み合わせ、次世代市場でも先行を狙う考えだ

日経産業新聞(2016.7.29)
(京都支社 太田順尚)

村田製作所の経営陣の判断を日経の記事から要約すると、以下のようになるでしょう。

村田製作所の生産技術と生産管理のノウハウをもってすると、現在のソニーのリチウムイオン電池事業は黒字化できる。

ソニーの「全固体電池」の研究は優れている。村田製作所が持つセラミックコンデンサの積層技術とを合わせて、次世代の「全固体電池」を新事業に育てられる。

の2点です。この村田製作所の経営陣の判断が正しいかどうかは分かりませんが、リチウムイオン電池を研究中という村田製作所にとっては、一気にエネルギービジネスに進出するチャンスと見えたのでしょう。村田製作所はまだ電池の生産ラインさえ持っていない段階です。

しかし「全固体電池」は世界的にみても試作レベルであり、量産技術が確立しているわけではありません。現在のリチウムイオン電池より安全性で上回ったとしても、大容量・コンパクト・コストのすべてで上回わらないと製品化はできないわけで、これは並大抵ではないと思います。従って、少なくとも現在のリチウムイオン電池が韓国勢と競争できるレベルになるのが必須条件でしょう。村田製作所の経営陣は、これが可能だと判断したと考えられます。


技術評論家の見方


ソニーが電池事業を村田製作所に売却する発表を受けて、技術評論家の志村幸雄氏がコラムを書いていました。以下にコラムの感想とともに引用します。アンダーラインは原文にはありません。


ソニー、電池事業売却
 往年の活力いまいずこ

7月下旬、ソニーが電池事業を電子部品大手の村田製作所に譲渡することで合意した。両社共同の報道資料によれば、双方のポートフォリオ戦略上の観点からも、事業の持続的拡大を図るうえでも、適切な対応だったとしている。だが、ソニーが1991年、今日主流のリチウムイオン電池を世界で初めて製品化し、長らく市場で先導的な役割を果たしてきたことを考えると、それほど説得力のある判断とは言いがたい。

志村幸雄
日経産業新聞(2016.9.6)

ソニーは1991年、リチウムイオン電池を世界で初めて製品化(量産技術を確立)しました。しかし、このブログの最初に書いたように、その後のソニーの電池ビジネスの方針はブレ続けたわけです。2012年末から2013年にかけて(現・平井社長の時代)は、一度、電池ビジネスの売却を検討しています。志村氏が言うように「長らく市場で先導的な役割を果たしてきた」のかどうか、それは疑問でしょう。志村氏のコラムを続けます。


ソニー側にしてみれば、リチウムイオン電池といえども価格競争によるコモディティ(日用品)化の波に洗われ、2010年度以降は14年度を除いて赤字事業と化していた。その元凶が韓国勢の安値攻勢にあるというのだが、高い技術力を蓄積してきたはずのソニーの実力をもってしても、性能・品質面での勝機はつかめなかったのか。

聞くところでは、ソニーは売り上げ構成比の大きいスマートフォン向けで米アップル社の iPhone 最新機種への採用を逸したとされ、その原因が「容量や充電速度に問題があった」と同社首脳の1人も認めている。「バッテリーウォーズ」などという言葉が飛び交う過剰な熱気の中で、こんな腰の引けた対応ではいかにもふがいない。

日経産業新聞(2016.9.6)

志村氏の指摘は、ソニーの電池事業の売却の要因は「技術力の低下」ではないかということであり、その象徴が「米アップル社の iPhone 最新機種への採用を逸した」ことだというわけです。この iPhone 最新機種とは、2016年9月8日に発表された iPhone7 /7 Plusのことでしょう。


リチウムイオン電池は技術的に成熟したと見る向きもあるが、異常発熱などの安全性の問題や大容量材料の開発も含めてまだ課題が山積しており、その限りで伸びしろのある技術領域なのだ。

一方、ソニーは今回の決定にあたって、リチウムイオン電池の市場性を過小評価してはいなかったか。最近では、電気自動車、電力貯蔵装置への急ピッチな普及、ロボット、ドローン、電動工具、そしてフォークリフトなど重機への採用が進んでいる。ソニーが得意とする消費者向けでも「ポケモンGO」の爆発的な人気による特需が生まれた。

日経産業新聞(2016.9.6)

志村氏が「リチウムイオン電池は伸びしろのある技術領域」というのは全くのその通りだと思います。上に書いたように、ソニーもパナソニックもサムスンSDIも問題を起こしている。それだけ難しい技術領域であり、逆にいうと未開拓技術がある領域なのです。

一方、志村氏が「ソニーは今回の決定にあたって、リチウムイオン電池の市場性を過小評価してはいなかったか」と書いているのは、ハズレていると思います。リチウムイオン電池の市場性は誰もが理解できるからです。ドローンをとってみても、積載重量を増やして長時間の飛行を可能にするには、電池の大容量化(かつコンパクト化)が必須です。ドローンが真に21世紀の大産業になるかどうかは、電池にかかっているわけで、これは素人でも理解できます。

そもそも "経営判断" というのは、

誰しも将来性を疑っている分野ではあるが、事業の成長を見越して経営資源を投入する

誰しも成長領域だと思っているが、経営資源を別領域に集中させるために、あえて撤退する

のどちらかです。「誰もが将来性を疑っている分野から撤退」したり、「誰もが成長分野と思っている事業に経営資源を投入」するのは、どの企業でもやっている "普通の事業の進め方" であって、経営判断と言うには "おこがましい" わけです。

ソニーの「リチウムイオン電池からの撤退」が正しい経営判断かどうかは分かりませんが、少なくとも "経営判断" と言うに値することは確かでしょう。「誰もが成長領域だと思っているが、あえて撤退する」のだから・・・・・・。志村氏のコラムは次のように結ばれています。


こんなことを考えながら、ソニー創立50周年記念誌「源流」を開くと「夢のリチウムイオン電池」と題した1章がある。新会社ソニー・エナジー・テックを中核に、ソニーグループ挙げての事業となった経緯を詳述。最後に「ソニーは先陣を切って開発に成功した後、高いシェアを維持し、リーディングカンパニーとしての地歩を固めた」と結んでいる。

ソニーこれまでにも、いったんは製品化したロボット、有機ELモニターなどに、なぜか中断や撤退策を講じている。世に言う「モルモット企業」から「日和見企業」に転じては、往時の活力いまいずこと言わざるをえない。

日経産業新聞(2016.9.6)

以降は、ソニーのリチウムイオン電池からの撤退についての感想です。


継続発展の難しさ


ソニーの電池ビジネス売却のニュースを読んで思うのは、新事業を創出し、かつそれを発展させることの難しさです。No.110「リチウムイオン電池とモルモット精神」に書いたように、いわゆる「モルモット精神」を発揮して世界で初めてリチウムイオン電池の量産技術を確立したのがソニーでした。しかし、そうして新事業を創出したあとの第2ステップが問題です。

第2ステップで必要なのは、参入してくる企業とのグローバルな競争に勝つことと、次世代技術への開発投資です。競争を勝ち抜くためにはコスト優位性が必須であり、そこでは生産技術や生産管理が大きなポイントになります。しかしこの領域は、新事業を創出するマインドや人材とは必ずしも同じではない。

またコスト優位性を確立できたとして、そこで得た利益を次世代技術の研究開発に投資する必要がありますが、「今成功しているのに、あえてリスクをとる必要があるのか」という意見が上層部から出てきます。

ソニーでリチウムイオン電池の製品化をした西氏によると、ソニーが角型リチウムイオン電池(携帯電話やノートPC用)に出遅れたのは「丸型で儲かっているのだから、あえてリスクをとる必要はない」という、当時の事業部長の反対だそうです(No.110「リチウムイオン電池とモルモット精神」の「補記1」参照)。リスクを恐れて保身に走る上層部の "不作為" がビジネスの足を引っ張るわけです。丸型・角型の件は、リチウムイオン電池の歴史全体からすると小さな件かもしれませんが、一つの典型例だと考えられます。

第2ステップでも成功するには、第1ステップ以上のハードルがある。そういうことを思いました。


ブレ続けた経営方針


最初に書いたように、ソニーのリチウムイオン電池ビジネスについての経営方針はブレ続けたわけです。自動車用電池については、1990年代に日産自動車のEVに電池を供給しながら、そこから撤退し、2000年代後半に再参入を表明したもののそれを実現させず、2012~2013年には電池ビジネス全体の売却を検討し、それを撤回する、といったブレようです。志村氏のコラムに「腰の引けた対応」とありましたが、それは今に始まったことではなく "歴史" があるのです。

こうなると、優秀な人材の継続的な確保は困難でしょう。たとえば自動車用電池に参入するときには、モバイル用電池の世界初の製品化を行った優秀な人材を投入したはずです。自動車メーカの安全に対する要求はモバイル用とは比較にならないぐらい厳しいからです。しかしそのビジネスから撤退してしまう・・・・・・。中核となっていた技術者は「やってられない」と思ったでしょう。2012~2013年に撤退の検討をしたときには、もうこれで終わりと、多くのこころざしがある技術者が思ったはずです。競合他社に移籍した人も多いのではないか。転職のオファーは国内外を含め、いくらでもあったでしょう。ソニーでリチウムイオンをやってるのだから。

リチウムイオン電池のような "奥深い" 技術領域については、志のある優秀な研究者、技術者、人材の継続的な確保が必須だと思います。それには、電池を会社のコア事業と位置づける一貫した経営方針が大前提となるはすです。


"世界初" から撤退する意味


技術評論家の志村氏が指摘しているように、ソニーは「自らが作り出した世界初の製品」について、撤退や中断の判断をしています。

AI型ロボット(AIBO)
有機ELテレビ
リチウムイオン電池

の3つです。AI型ロボット(AIBO)については、No.159「AIBOは最後のモルモットか」No183「ソニーの失われた10年」に書いた通りです。2006年に撤退し、2016年に再参入を発表しました。

この3つとも、ソニーが初めて製品化したのみならず、「誰もが今後伸びるだろう、重要だろうと思える領域」であるのが特徴です。もちろん、先ほど書いたように「伸びる領域だが、経営資源をコアビジネスに集中させるために撤退・中断する」という意志決定はありうるわけです。

ここで不思議なのは、有機ELテレビの表示装置である「有機ELディスプレイ(パネル)」です。

ソニーという会社は「映像と音響に関するビジネスをコアだと位置づけていて、そこからは撤退しない会社」だと思っていました。テレビ、ウォークマン、ビデオ、デジタル・カメラ、画像センサー、放送局用の映像装置、ゲーム機、映画などです。最新の製品でいうと、VR(仮想現実)機器もそうでしょう。「映像と音響」はソニーの "祖業" ともいえるもので、だからコアなのです。この定義からすると、AI型ロボット(AIBO)とリチウムイオン電池は「コア領域ではない」と言えないこともない。

XEL-1.jpg
ソニーの11型有機ELテレビ XEL-1。2007年12月発売。2010年1月生産終了。
(site : www.sony.co.jp)
しかし有機ELディスプレイは違います。それはソニーにとってコアのはずです。かつてソニーはブラウン管の時代にトリニトロンを発明し、かつ、平面トリニトロンまで開発・実用化しました。この大成功が、逆に液晶ディスプレイに出遅れることになったわけですが、それを取り戻すべく、液晶の次と位置づけたのが有機ELディスプレイだったはずです。ソニーは2007年12月に11インチの「有機ELテレビ」を世界で初めて商品化しました。しかしなぜか中断してしまった(最終的には、パナソニックとともに有機ELディスプレイの事業をジャパンディスプレイに事業統合。2015年にJOLED - ジェイオーレッド - が設立された)。

困ってしまった日本の有機EL材料メーカ(出光興産など)や製造装置メーカ(キヤノントッキなど)は、韓国メーカとの提携を進め、現在、有機ELディスプレイはLG電子(テレビ向け)とサムスン電子(スマホ向け)の独壇場です。

リチウムイオン電池からの撤退を報じた日経新聞に「画像センサーなどに集中する」とありました。「映像の入り口」が画像センサー(イメージセンサー)です。では「映像の出口」であるディスプレイはどうなのか。それはコア事業ではないのか。もちろん液晶テレビの建て直しに資源集中するためなどの経営判断なのでしょうが、不可解感は否めません。

人のやらないことをやるのが "ソニー・スピリット" だとすると、リチウムイオン電池、AIBO、有機ELディスプレイには、それを開発した技術者の "誇り" と "思い" が込められているはずです。自分たちこそ "ソニー・スピリット" の体現者だという・・・・・・。その世界初のビジネスからの撤退は、当然、人材の流出を招くでしょう。No.55「ウォークマン(2)」で引用しましたが、元ソニーの辻野晃一郎氏(VAIO開発責任者)は「未踏の領域に足を踏み入れて全く新しいものを生みだそうというソニーのスピリット」を踏まえて、次のように語っています。


私は、ソニーとは企業ではなく、生き方だと考えています。

辻野晃一郎
元ソニーのVAIO開発責任者
朝日新聞(2012.3.14)

VAIOは斬新な機能をもったパソコンだったのは確かですが、パソコンそのものは世界初でも何でもありません。パソコンの開発責任者でさえこうなのだから、世界初の製品(リチウムイオン電池、AIBO、TVに使える中大型の有機ELディスプレイ)を作り出した技術者は、辻野氏のような思いが人一倍強いのではないでしょうか。撤退することは、"ソニーという生き方" をしてきた、その人たちの存在理由を否定することになるでしょう。


ソニー・スピリット


リチウムイオン電池の話に戻ります。紹介した志村氏のコラムの最後に、ソニーは世に言う「モルモット企業」から「日和見企業」に転じたと、手厳しいことが書いてありました。

ソニーが、当時発明されたばかりのリチウムイオン電池の製品化に乗り出したのは1987年です(No.39「リチウムイオン電池とノーベル賞」の「補記4」参照)。2017年3月に村田製作所への事業譲渡が完了するとしたら、ソニーのリチウムイオン電池事業の生命いのちは30年だった、ということになります。

もし今後、仮にです。村田製作所がリチウムイオン電池を黒字転換させ、かつ、次世代電池(全固体電池)でも成功をおさめるなら、巨視的に長いスパンで見て「ソニーはモルモットの役割だった」と言えるでしょう。しかし、それでもいいから "人のやらないことをやれ" というのが、ソニー創業者である井深大氏の教えでした。それを改めて思い返しました。



 補記1 

SONY A1Eシリーズ(77型)-CES2017.jpg
SONY AE1シリーズと平井CEO
- CES 2017 にて -
(site : www.phileweb.com)
2017年1月5日から8日の日程で、米・ラスベガスでCES(セス)が開催されました。ここでソニーの平井社長は有機ELテレビへの再参入を発表しました。ブラビア A1E シリーズで、画面は 77/65/55型の3種類(4K)です。ユニークなのは「画面そのものから音を出す」機能があることです。有機ELだからこそできた、とありました。もちろん有機ELディスプレイ(パネル)は他社から調達するそうです。

このブログ記事で「ソニーは映像と音響に関するビジネスからは撤退しない会社と思っていたが、有機ELディスプレイからは撤退してしまった」との主旨を書きました。確かに有機ELディスプレイからは撤退したのですが、有機ELテレビのビジネスは中断しただけであり、撤退はせずに再参入したということでしょう。

しかも新しい有機ELテレビは「映像と音響を一体化させた」製品であり、スピーカーなしでちゃんとステレオ・サウンドが出る。いかにもソニーらしいし、誰もやらないことをやるというソニー・スピリットの発揮に見えます。有機ELテレビに再参入ということより、未踏の世界に挑戦した(している)ことの方が大切でしょう。これからのソニーに期待したいと思います。

(2017.1.6)


 補記2 

このブログの本文に、村田製作所がソニーのリチウム電池事業を買収することを書きました。買収は2017年4月に完了する見込みです。一方、2017年2月3日付の日本経済新聞に、サムスン電子が村田製作所とリチウム電池の調達交渉中とありました。これには本文にも書いた Galaxy Note7 の発火事故が関係しています。日経新聞の記事を以下に引用します。


村田製作所と協議
 サムスン スマホ充電池の調達

【ソウル=山田健一】  韓国サムスン電子が今春発売予定の新型スマートフォン(スマホ)「ギャラクシーS8」に採用する充電池の調達について、村田製作所と協議を始めたことが、2日分かった。サムスンは昨年発売した最上位機種の発火事故で、足元のスマホ販売が低迷。信頼回復が最優先課題となるなか、日本メーカーとの取引を通じて信頼性の高い調達体制の構築をめざす。

サムスンは「S8」を、昨年の発売後に発火事故が相次いだ「ギャラクシーノート7」に代わる最上位機種に位置づける。同社は先月下旬、「発火事故は充電池が原因」とする調査結果を発表した。充電池の調達戦略はスマホ事業復活のカギを握る。

村田は昨年7月、ソニーの電池事業を買収すると発表した。買収は今年4月中に完了する見通し。サムスンはソニーが開発したリチウムイオン電池の実績と信頼性を評価しているもよう。

ノート7の充電池は、サムスンSDIとTDK子会社のアンプレックステクノロジーの2社購買だった。サムスンによると2社の充電池は、設計ミスと製造ミスといったそれぞれ別々の原因で発火事故を誘発した。

2社購買を3社購買に改めれば、リスクは低減する。サムスンは充電池を韓国LG電子から調達することも検討したが、S8での搭載は見送る公算が大きい。S8にアンプレックス社の充電池を採用することも確定していない。サムスンと村田の協議次第では、SDI社と村田の2社購買に変わる可能性も残る。

日本経済新聞(2017.2.3)

村田製作所のリチウム電池事業の買収と、Galaxy Note7 の発火事故の経緯を時間を追って書くと以下のようになります。

2016年7月28日
ソニーはリチウムイオン電池事業を村田製作所に売却すると発表。

2016年8月19日
サムスン電子がGalaxy Note7 を発売。その直後から発火事故が相次いだ。

2016年9月2日
サムスン電子が Galaxy Note7 の全世界での出荷と販売を停止。販売済みの250万台を回収へ。それまでの発火事後は35件と報告された。

2017年1月23日
サムスン電子は発火事故の原因がバッテリーにあったと最終的に発表。バッテリーの供給会社はサムスンSDIとアンプレックス・テクノロジー(Amperex Technology Limited = ATL。香港)であるが、それぞれ別の原因であるとされた(報告で供給会社の名称は伏せられていた)。なお、アンプレックス・テクノロジーは日本のTDKが2005年に買収しており、TDKの子会社である。

2017年2月3日
日本経済新聞が「サムスン電子が村田製作所とリチウム電池の調達を交渉」と報道。

もし仮に、サムスン電子が村田製作所からリチウムイオン電池を調達することになると、村田製作所は大手供給先を確保することになります。これは赤字続きだった旧ソニーのリチウムイオン電池事業を立て直す上で大きなプラス要因になるでしょう。ソニーはアップルの最新スマホの受注を逃したわけであり(本文参照)、それ挽回する商談です。サムスンとの取引で利益が出るかどうかは分かりません。サムスンは厳しい品質基準を突きつけてくるはずだし、競争相手が韓国・香港企業では価格的にも厳しいでしょう。しかし一般に生産規模の拡大はリチウムイオン電池の部材調達コストを下げるので、事業全体としてはプラスになることは間違いないと思います。

こういう言い方は不謹慎かもしれませんが、村田製作所がソニーのリチウムイオン電池事業を買収した直後に起こったサムソン製品の発火問題は、結果として村田製作所にとってラッキーだったと言うしかないでしょう。しかも、発火事故の当事者の一つであるアンプレックス・テクノロジーは TDK の子会社であり、その TDK は電子部品事業において村田製作所の最大のライバルメーカーなのです。またサムスン電子にとって「ソニーからリチウムイオン電池を調達するのはハードルが高いが、村田製作所からだとやりやすい」ということが当然考えられるでしょう。

急激に技術が進歩していくエレクトロニクス業界においては何が起きるか分からない例として、日経新聞の記事を読みました。

(2017.2.7)


 補記3 

村田制作所によるソニーの電池事業の買収は、少々遅れて2017年9月1日に完了し
ました。


村田製作所、ソニーから電池事業の買収完了

村田製作所は1日、ソニーからの電池事業の買収が完了したと発表した。村田製の全額出資子会社として設立した東北村田製作所(福島県郡山市)が継承する形で事業を始める。2018年3月期の連結業績に与える影響は精査中という。当初は4月上旬の完了を目指していたが、中国当局の審査の影響で遅れていた。中国やシンガポールの工場で500億円を投資し、スマートフォン向けなどのリチウムイオン電池を増産する。

日本経済新聞 デジタル版
(2017.09.01 19:29)

(2017.9.3)



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