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No.126 - 捕食者なき世界(1) [科学]

No.119-120「不在という伝染病」で、アメリカのサイエンス・ライター、モイゼス・ベラスケス=マノフ氏の著書『寄生虫なき病』(文藝春秋 2014)を紹介しました。この本で取り上げられている数々の研究を一言で言うと、

  ヒトと共生してきた体内微生物の「不在」が、アレルギーや自己免疫疾患を発病する要因になっている。その「不在」は、人間の「衛生的な」生活で引き起こされた。

ということになるでしょう。いわゆる「衛生仮説」です。著者は、人間と共生微生物が作っている人体生態系を「超個体」とよび、20世紀になって超個体の崩壊が進んできたことを強調していました。

捕食者なき世界.jpg
表紙の写真は、絶滅した大型肉食獣、サーベルタイガーの頭部化石である。

その時にも書いたのですが、生態系の崩壊という意味では「自然生態系」の崩壊が近代になって急速に進んできたわけです。むしろその方が早くから注目され、警鐘が鳴らされてきました。今回はその「自然生態系」の話です。

人為的な自然生態系の破壊(主として農薬などの化学物質による破壊)に警鐘を鳴らした本としては、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962)が大変に有名ですが、もう一つ、最近出版された重要な本があります。ウィリアム・ソウルゼンバーグの『捕食者なき世界』(文藝春秋 2010。文春文庫 2014)です。今回はこの本の要点を紹介したいと思います。生物界には複雑な依存関係があり、それを理解することが生態系の保全にとって必須である・・・・・・。このことが如実に分かる本です。

なお、以降の引用で、下線・太字は原文にはありません。


エルトンのピラミッド


話の発端は「エルトンのピラミッド」です。これは教科書にも載っていたと思うので、多くの人が目にしたはずです。エルトンという人の名は知らなくても「食物連鎖」とか「食物連鎖のピラミッド」と言えばピンとくる人が多いのではないでしょうか。

英国のチャールズ・エルトン(1900-1991)はオックスフォード大学で動物学を学んでいたころ、生態観察のためにノルウェーと北極の中間付近にあるスピッツベルゲン諸島を訪れました。スピッツベルゲンは極めて寒冷で厳しい気候です。動物も鳥も植物も種類は多くはない。その動植物の少ない環境が、逆に自然観察にはうってつけの場所となりました。

彼がスピッツベルゲンで見たものは、絶壁に巣を作っているおびただしい数の海鳥(ウミガラス等)であり、その海鳥が海のオキアミや小魚を食べ、鳥の糞(=グアノ)が陸地に降り注ぎ、それが養分となって植物が生育するという姿でした。また陸上ではホッキョクギツネがいて、ライチョウなどを狩って生きていました。


こうして草花の肥料が海から絶え間なく運ばれるのを見るうちに、エルトンは、生命の連鎖はそれまで考えられていたような動物社会に限られたものではなく、はるかに広い範囲に及んでいることに気づいた。それはまず海の食物連鎖という土台からスタートする ─── 珪藻という植物性プランクトンの大集団が別のプランクトンの大群に食べられ、それらが小魚やオキアミに食べられ、その小魚やオキアミが海鳥のくちばしに捕らえられて陸へと運ばれる。そして陸では、肥料となってツンドラに花を咲かせ、昆虫やクモの腹を満たし、ホオジロのくちばしを経て、キツネの口へと入っていく。それは単純な食物連鎖ではなく、入り組んだ網になっており、最終的には陸地の様相さえも変える。海という牧場が、陸上の庭園を豊かにしているのだ。そして動物たちはその大仕事の大半を担っている。

スピッツベルゲンではどちらを向いても、そのような連鎖のあかしであるホッキョクギツネの姿が見えた。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ
『捕食者なき世界』(第1章)
(野中香方子・訳。文春文庫)

Arctic Fox.jpg
ホッキョクギツネ
冬毛のホッキョクギツネ。ホッキョクグマと並んで、北極圏に住む代表的な肉食哺乳類である。
(site : free-images.gatag.net/tag/arctic-fox)

エルトンは、延べ3年にわたるスピッツベルゲン諸島での自然観察の結果を踏まえ、1927年に「動物の生態学」という本を書きました。そこで彼が明らかにしたのが「食物網」です(食物連鎖、とい言い方もよくされる)。つまり自然界における捕食者/被食者、食べる/食べられる、上位者/下位者という関係性で作られるネットワークです。エルトンはそのネットワークに個体数を書き込んでいきました。そうすると下位から上位に進むにつれて個体数が次第に少なくなる「ピラミッド」になることに気づきました。


エルトンのピラミッドは、生物群集が上位に進むにしたがって狭くなることを表している。最下層には植物や光合成をするプランクトン ─── 太陽のエネルギーを取り入れる、食料の一次生産者 ─── が、多数からなる広い土台をなしている。その上になそれぞれすぐ下の層を食べる草食動物の層が少しずつ狭くなりながら重なり、その上には草食動物を食べる肉食動物、さらに上にはそれを食べる肉食動物、とますます狭くなり、頂点に堂々と君臨するのは、最も大きく、最も数の少ない頂点捕食者である。それは下位のすべてを食べることができ、逆にそれを襲って食べようという動物はいない。最上位の肉食獣となるのは、セレンゲティの肥沃な平原ではアフリカライオンで、スピッツベルゲンの不毛なツンドラでは恐れ知らずの小さなキツネだ。「北極における陸上生態系のピラミッドの頂点」はホッキョクギツネなのだ。エルトンの幾何学的な生物の見方は、じきに生態学の教義のひとつとなり、今日では「エルトンのピラミッド」と呼ばれている。

『捕食者なき世界』(第1章)

下にエルトンが作成したスピッツベルゲンの食物網を引用します。ホッキョクギツネが頂点捕食者であることを表しています。

Elton - Arctic Fox.jpg
エルトンがスピッツベルベンで観察した食物連鎖。ホッキョクギツネ(Arctic Fox)に矢印が集まっていることが分かる。
(「捕食者なき世界」より。原文に色はありません。)

エルトンがスピッツベルゲンで見い出したことをまとめると、

自然生態系の捕食者/被食者の関係は、複雑なネットワークを構成している(=食物網)。

そのネットワークを個体数の観点で見ると、「頂点捕食者」を最上位とする「個体数のピラミッド」になる。

と要約できます。エルトンのピラミッドの詳しい説明は本書には無いのですが、そのキーポイントを理解するために、極めて単純化し模式的に書くと次のようになるでしょう。

エルトンのピラミッド.jpg
エルトンの「個体数ピラミッド」を単純化して描いた。個体数という視点で見るとこのようなピラミッドになるが、実際の食物網はスピッツベルゲンの例にみられるようなネットワークになる。

この図はいくら何でも単純化し過ぎと思えるのですが、この「単純な個体数ピラミッド」を見ただけでも、重要なことが何点か理解できます。まず、すぐに理解できることは

下位生物層が絶滅したとしたら、上位生物層も絶滅する

ということです。草食動物が絶滅すると肉食動物も絶滅します。肉食動物は草では生きられないのです。そんなこと当たり前だろう、今さら何を、と思えるかもしれませんが、その当たり前のことが理解できなかった例が、ごく最近の日本でもありました

たとえば、小川や田圃の小魚や水性小動物を餌にしている鳥がいたとして、その小魚や小動物を農薬で絶滅させたとしたら、鳥も絶滅します。ニッポニア・ニッポンという学名の鳥(=朱鷺)は、戦後もわずかに生息していたのですが、それが絶滅した原因の一つが餌の枯渇だと言われています。もちろん朱鷺は、乱獲されたり害鳥として駆除されてきた歴史があり、それが絶滅の最大の理由です。

「絶滅」という言葉を使わずに、反対の表現で言うと、エルトンのピラミッドが表していることは、

上位生物層は、下位生物層の存在に依存している

となります。個体数ピラミッドから理解できる2つ目の点は、

自然生態系の保全は、生態系全体を保全しなければならない

ということです。特定の生物だけを自然状態で保全する、というような器用なことはできませんNo.119-120「不在という伝染病」で紹介した『寄生虫なき病』(モイゼス・ベラスケス=マノフ)には、

  トラを絶滅から守るためには、トラが暮らすジャングルとそこで生きているものすべて ── 土壌細菌からアリや木々に至るまで ── を保全しなければならない

とありましたが、まさにそういうことです。個体数ピラミッドから理解できる3番目は、

頂点捕食者が生存していくためには、かなりのスペースが必要

ということです。「スペース」というのは曖昧な言い方ですが、要するに「頂点捕食者の下位の生物群すべてが生存していけるだけの土地と自然環境」です。日本でも猛禽類(イヌワシ、クマタカ、など)の保護の為に森を保全することが論議されます。種の保存のためには最低でも数十の個体が必要なわけですが、たとえば数十羽のイヌワシが生存してくのに必要な森林面積は、思いのほかに広い。正確な数字は忘れましたが、数100ヘクタールのオーダの広さだったと思います。猛禽類の保護のために森を保全するにしても、自然環境を細切れにして保全したのでは頂点捕食者を絶滅に追い込むわけです。



本書に戻ります。エルトンのピラミッドは、たちまち生態学の教義となりました。しかし、実は1960年になって、この「個体数ピラミッド」についての全く新しい解釈が出てきました。


「緑の世界」仮説


エルトンのピラミッドを単純に眺めると「被食者の数が捕食者の数を決める」「捕食者は被食者の存在に依存して生きている」という像しか浮かびません。しかし、果たしてそれだけなのか。

1960年、ミシガン大学の3人の科学者、
 ・ネルソン・ヘアストン
 ・フレデリック・スミス
 ・ローレンス・スロポトキン
は「群集構造、個体群制御および競争」という論文を「アメリカン・ナチュラリスト」誌に発表しました。そこにおいて彼らは、エルトンのピラミッドから導かれる論理的考察を展開しました。

  この世界の陸地が緑なのは ── つまり、大部分が食物に覆われているのは ──、草食動物がすべての植物を食べ尽くすことがないからだ。そして草食動物がこの世界を土だけの世界に変えてしまわないようにしているのは捕食者だ。
『捕食者なき世界』(第1章)

という考察です。これが「緑の世界」仮説と呼ばれるものです。論文著者の3人は、姓の頭文字をとってHSSと呼ばれるようになりました。

この仮説はそれまでの解釈とは違います。つまり上位層は下位層に依存しているという概念を転換して、生態系全体の維持における上位層の役割を非常に「重く」し、上位層が下位層をコントロールしていると考えたわけです。

この仮説に従うと、たとえば「肉食動物のオオカミやピューマ = 頂点補食者」「草食動物の鹿」「木や草」という生態系があったとき、人間が人為的にオオカミやピューマを絶滅させると、鹿の数が爆発的に増え、そのことで木の若枝が食べ尽くされ、「緑の世界」ではなくなる。そうすると今度は鹿の数が激減する、ということになります。つまり頂点補食者の絶滅が生態全体の崩壊を招くことになる。

上位者が下位者の個体数をコントロールしていて、そのことで生態系全体の安定が保たれている・・・・・・・・。この仮説は大きな論議を呼び、賞賛もされ、また反対する人もありました。しかしHSSも認めたように、根本的に欠けているものがありました。それは「証拠」です。


ヒトデの実験


そこで「緑の世界」仮説を実験で確かめようと発想した学者いました。ミシガン大学のロバート・ペインです。彼はHSSの最初の「S」であるフレデリック・スミスの教室の博士課程の学生でした。

ロバート・ペインが実験に選んだのは海岸の磯・岩場・潮だまりの生態系です。そこではヒトデが頂点捕食者です。ヒトデは2枚貝を捕食します。2枚貝を包み込んで抱きかかえたヒトデは、2枚の貝をこじあけようとし、休むことなくじわじわと力をかけていきます。そして隙間が開いたとき胃液を注入し、さらに貝を開かせます。次にヒトデは自分の胃袋を貝の中に入れ、それで貝を食べる。ヒトデは2枚貝だけでなく、岩場にいる殻をもつ生物すべてを捕食します。ヒトデを捕食する生物はありません。

アメリカのワシントン州、シアトルに近いオリンピック半島にマッカウ湾があります。ペインはマッカウ湾の岬の突端を調査区に選びました。ここは岩だらけの場所に波が寄せています。赤や茶色の海草が茂り、各種の藻が生育する中で、イソギンチャク、ムラサキウニ、ホヤ、海綿、ウミウシ、各種の貝(イガイ、フジツボ、エボシガイ、カサガイなど)などの生物が生息し、そして頂点捕食者のヒトデがいます。

ペインは毎月の干潮時を狙って調査区に出向き、ヒトデの数を記録し、そのヒトデを岩場から引き剥がし、遠くの海中の放り投げるという作業を繰り返しました。投げられたヒトデの中にはまたもとの岩場に戻ってくるものもあります。ペインは根気よくこの作業を続けました。

ヒトデを投げ続けるうちに、生態系は次第に変化していきました。ヒトデがいなくなった調査区では紆余曲折のあと、最終的にイガイ(カリフォルニア・イガイ)が大繁殖したのです。そして岩場を埋め尽くしたイガイに押されて、他の生物はどんどん減っていきました。調査を始めた時には15種いた生物のうち、7種がいなくなってしまったのです。ペインはこの過程を詳細に記録しました。

California Mussels.jpg
カリフォルニア・イガイ
(California Mussel)
イガイ(貽貝)は日本にも生息している。ヨーロッパのムール貝もイガイの仲間である。なお画像の右の方の白っぽいのはエボシガイ。
(site : oregontidepools.org)

Pisaster_Predate_Mussels.jpg
イガイを捕食するヒトデ
(site : www.wallawalla.edu)

ロバート・ペインが1966年の「アメリカン・ナチュラリスト」誌に発表した論文の結論は以下です。


その地域の種の多様性は、環境の主な要素がひとつの種に独占されるのを、捕食者がうまく防いでいるかどうかで決まる。

『捕食者なき世界』(第1章)

ロバート・ペインはさらに2番目の論文で「キーストーン種」という概念を提示しました。キーストーンとは日本語で言うと要石かなめいしで、石のアーチを造る時に最後に打ち込む楔形の石です。つまり「キーストーン種」とは「数は少ないが、生態系の安定にとっては非常に重要な役割の種」を言います。必ずしも頂点捕食者である必要はありません。頂点捕食者を拡大した概念だと言えるでしょう。

このキーストーン種という概念は、生態学にあらたな研究領域をもたらしたと同時に、ある種の不安を引き起こしました。


ペインとヒトデは、新しい研究テーマも大量にもたらした。どの捕食者が重要で、どれがそうでないか? 深海にもキーストーン種はいるのか? 陸上ではどうなのか? ヒトデのような影響力を持つ捕食者は、どこにでもいるものなのだろうか?

この一連の疑問を追っていくと、さらに気がかりな疑問が浮上してくる。テレビの『野生の王国』を見て育ち、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の不吉な展望を知っている ── 大量絶滅の恐怖や保全の目的に敏感な ── 新しい世代の生態学者は、ペインが出した結果を、より不安げな面持ちで読んだ。彼らの脳裏にはオオカミやシャチ、ネコ科の大型獣やホホジロザメといった捕食者の姿が浮かんだ。ヒトデは、ある種の捕食者はただ存在するだけで生物の多様性を強化できることを証明した。しかし同時に、いったんそれがいなくなると、その善なる手の代わりに見えない拳が振り下ろされ、いくつもの種が消え、かつては生命にあふれていた景色が単調なむきだしの状態になってしまうことも証明した。新世代の生態学者たちには、捕食者のいない岩場を覆いつくすイガイの姿が、壁にでかでかと記された落書きのように見えた。そこにはこう書かれていた。「ところで、大きくて恐ろしい頂点捕食者は今どうしてる?」

『捕食者なき世界』(第1章)

この「新世代の生態学者たちの不安」は的中することになります。そのいくつかの例を『捕食者なき世界』から紹介します。


ラッコが「海の熱帯雨林」を守る


世界各地の水族館の人気者になっているラッコは、北太平洋の沿岸に生息している哺乳類です。ラッコはイタチ科と呼ばれるイタチやアナグマ、ラーテル(No.105「鳥と人間の共生」)などが属する肉食動物のグループで、その中では体が最も大きく、かつ、最も海に適応しています。海にもぐってウニや貝や魚をとり、海面に仰向けに浮かんで、胸の上に獲物を載せて食べます。貝を割る時には石を鉄床かなとこのように使って叩き割ることは、良く知られている行動です。

Sea Otter Urchin Buffet.jpg
( site : www.vanaqua.org )
- バンクーバー水族館 -

ラッコはかつて、毛皮目当てに乱獲されました。ラッコには皮下脂肪がほとんどないのですが、ベーリング海の凍える環境でも生きていけます。その理由は、皮膚に1平方センチあたり10万本もの毛が生えていて、そこに含まれる空気が断熱効果を持つからです。ラッコの毛皮は最高級品です。これがラッコに不幸をもたらしました。

18世紀半ばから19世紀末までの150年間で、北太平洋のカリフォルニアからアリューシャン列島に至るまで、生息していたラッコは、ほとんどが捕り尽くされてしまいました。ようやく1911年になって「ラッコ・オットセイ保護条約」が締結され、ラッコの保護が始まりました。その後、わずかに残ったラッコ(10数個の小さな群れ)が再び繁殖をはじめ、1960年代になると場所によっては大群にまでなりました。



ワシントン州立大学の大学院修士課程を出たばかりのジェームズ・エステスは、1970年からラッコが海洋生態系に与える影響を調べ始めました。アリューシャン列島のアムチトカ島は、当時はラッコが復活し、たくさん生息していた島です。その周辺の海中には海藻(ケルプ)が生い茂っていました。ケルプは多くの海洋生物の「命の源」にもなっています。


ケルプとは、コンブやワカメ、ヒジキなどの褐藻かっそう類の総称で、寒流の海岸の岩の多い浅瀬に広く分布する。浜に打ち上げられているのをよく見かけるが、ラザニアを思わせる細長くてぐにゃぐにゃした半透明の茶色い海藻で、カニやカモメがつついている。ところが、生きたコロニーとして海底にくっついているときには、まるで違う生物になる。みずみずしく茂る海の森になるのだ。ケルプの森の巨木、ジャイアントケルプ(Macrocystis pyrifera)は、1日で60センチ前後も成長し、全長が60メートル近くになることもある。ケルプの森には、ホヤからアシカまで、さまざまな生物が集まってくる。光合成をする葉肉は泳ぐ草食動物の牧草となり、死んだ葉は沈んで堆積し、海底をさらう生き物の食料になる。そしてその存在自体 ── 根や幹、天蓋のような葉 ── が、ほかにつかむところのない海で生き物たちの足場となっている。その類まれな生産力と高々と生長する様子から、何人もの生態学者が、ケルプの群生を熱帯雨林に喩えている。

『捕食者なき世界』(第3章)

Kelp Forest-1.jpg
( site : oceanservice.noaa.gov )
- アメリカ海洋大気圏局 -

Kelp Forest-2.jpg
( site : msi.ucsb.edu )
- カリフォルニア大学サンタバーバラ校 -

ジェームズ・エステスの研究手法は、「ラッコがいない、という点を除いてはアムチトカ島と生態条件が全く同じ島」を選び、その島の生態系をアムチトカ島と比較することでした。エステスはアムチトカ島から320km西にあるシェミア島を選びます。シェミア島ではラッコが皆殺しにされたあと、別の島から移住してきた少数の群れがいるだけで、ラッコが多数生息しているアムチトカ島とは好対照です。1971年、エステスと仲間は調査を開始しました。


まずエステスの目に飛び込んできたのは、ウニだった。ウニの殻が岸に散らばっていた。それもアムチトカでは見たこともない大きなウニだ。ここには怪物がいた。直径が10センチから12センチもある巨大なウニが、高潮線にずらずら並んで緑のラインを描いていた。なにかが根本的に違っている。その夜、エステスは仲間に向かってこういった。「ぼくたちはここですごいものを見ることになりそうだ」

翌日彼らはボートで礁に向かった。エステスはウェットスーツを着て海に潜った。そのとき目にした光景は永く彼の心に刻まれた。「海底はどこかしこも、緑の絨毯を敷いたように、ウニで埋め尽くされていた。ケルプはなかった。ウニが急に増えたせいだ。瞬時に、ケルプの森のシステムにおいてラッコがどんな役割を担っているのかがわかった。そしてそれがいかに大切かということも」

シェミアにはとことん刈り取られた海の景色が広がっていた。アムチトカのケルプのジャングルとは正反対だった。唯一の明確な違いはラッコがいるかいないかだ。北太平洋沿岸の最も豊かな生態系は、ラッコがいなければ丸裸になってしまう。もしエステスが見たものが全体にあてはまるなら、海の食物連鎖のピラミッドは、最終的に上から支配されていることになる。かわいらしい、ウニを食べる肉食動物によって。

『捕食者なき世界』(第3章)

その後のエステスたちの詳細な調査で明らかになったことは、アリューシャン列島ではどこも同じパターンだということです。ラッコがいるところではケルプが茂り、豊かな生態系がある。一方、ラッコがいないところはウニが大量に生息していて、ケルプはなく、生態系は極めて貧弱である・・・・・・。

Sea Urchins and Kelp Forest.jpg
( site : ocean.nationalgeographic.com )
- ナショナルジオグラフィック誌 -

ラッコはウニを食べます。ウニはラッコの最大の好物です。これは以前から知られていました。またウニは海藻(ケルプ)を食べます。このことも以前から良く知られていた。しかし

  ラッコ → ウニ → 海藻(ケルプ)

という食物連鎖を明確に提示したのはエステスが初めてでした。要するにラッコは「キーストーン種」だったのです。それがいなくなると(アリューシャン列島では)生態系が崩壊に向かいます。これは食物連鎖上での上位者が下位者をコントロールしているという「緑の世界」仮説の、自然生態系での実証例となりました。ちなみに、ラッコは頂点捕食者ではありません。アリューシャン列島の海岸域における頂点捕食者は、オットセイやラッコを襲うシャチです。

続く


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No.122 - 自己と非自己の科学:自然免疫 [科学]

今まで4回にわたって、ヒトの「免疫」に関する話題を取り上げました。

No.69-70 自己と非自己の科学
No.119-120 「不在」という伝染病 (免疫関連疾患の話)

です。これらの記事の意図は、免疫についての科学的知見が、我々の生活態度や社会での行動様式に何らかの示唆を与えるに違いないというものでした。

今回もその継続で、「自然免疫」についてです。今までは「獲得免疫」しか書いてないので、それだけではヒトの免疫システムの全貌を知ることはできません。以下、「新・現代免疫物語:抗体医薬と自然免疫の驚異」(岸本 忠三・中島 彰 著。講談社ブルーバックス 2009)と、「新しい自然免疫学」(審良 静男 監修・坂野上 淳 著。技術評論社 2010)の2冊をもとに、ヒトの自然免疫のしくみをまとめてみます。

抗体医薬と自然免疫の驚異.jpg 新しい自然免疫学.jpg
「新・現代免疫物語」
岸本 忠三・中島 彰 著
講談社ブルーバックス 2009
「新しい自然免疫学」
審良 静男 監修・坂野上 淳 著
技術評論社 2010


自然免疫とは


我々がインフルエンザにかかったとき、39度を越えるような高熱になり、筋肉が痛み、関節が疼くという症状覚えます。この時点で体の中で起こっているの「自然免疫」による防御反応で、インフルエンザ・ウイルスという「非自己」を排除しようとします。獲得免疫が働き始めるのは感染後4~5日後からで、感染した特定種のインフルエンザを狙い撃ちする抗体やリンパ球が大量に増殖し、ウイルスを次々と無力化していきます。この結果、7~8日たって「だいぶよくなった」と感じるわけです。獲得免疫は「記憶」が成立するので、全く同種・同型のウイルスに2度目に感染したときには、速やかに大量の抗体が生産されて治癒します。

自然免疫は病原体に対するヒトの第1段階の防御反応であり、獲得免疫とは違って、時間をおかずに即座に反応するのが特徴です。もちろん自然免疫反応だけで治癒することもあります。この自然免疫の主役は「食細胞」であり、また同時起こる生体防御のための「炎症反応」です。

 食細胞 

自然免疫の主役は、マクロファージ、樹状細胞、好中球などの「食細胞」と呼ばれる細胞群です。これらは主に体内の血液中に存在し、病原体に遭遇すると、それを細胞の中に取り込み、分解して「食べて」しまいます。

 炎症反応 

食細胞による異物の排除と同時に起こるのが「炎症反応」です。マクロファージ、樹状細胞が病原体を認識すると、各種の情報伝達分子(サイトカイン)が放出されます。その働きにより、患部周辺の血管が拡張し、血流がゆるやかになり、血管の透過性が増します。つまり食細胞が患部に留まりやすくなり、かつ血管から患部に滲みだしやすくなる。さらにサイトカインは食細胞を呼び寄せ、好中球を活性化し、好中球を血管に付着しやすくもします。同時に、ウイルスの活動を抑制するインターフェロンも放出されます。またウイルス感染細胞を殺すナチュラル・キラー細胞(NK細胞)と呼ばれるリンパ球も活性化されます。

患部に集まったマクロファージ、樹状細胞は病原菌を「食べる」と同時にサイトカインを出すので、これらの反応が連鎖的に拡大して次々と起こる。そういった「戦争状態」が自然免疫の現場です。炎症反応は往々にして発熱やむくみを伴います。



そこで問題は、マクロファージ、樹状細胞はどのようにして病原体を認識するのかという点です。生体内部には自己の細胞や自己由来の各種分子が溢れています。その中からから、どうやって病原体を検知するのでしょうか。

その目的のためにあるのが、TLR(Toll-Like Recepteor)です。TLRは獲得免疫とは全く別種の「非自己の認識方法」をもっています。以下、ヒトのTLRの話です。

  TLRの「Toll」とは、もともとショウジョウバエの細胞表面にあるタンパク質分子でした。フランスのジュール・ホフマンは、Tollがカビの菌を認識し、それがトリガーとなって抗菌ペプチド(カビの繁殖を抑制するアミノ酸の連鎖分子)が作られることを発見しました(1996)。そして、このTollとよく似た分子が人間にもあることが分かったのです。これが「Toll-Like」の由来です。


TLR (Toll-Like Receptor:Toll様受容体)


TLRは、主にマクロファージと樹状細胞が持つタンパク質分子で、これが病原体のセンサー = 受容体(Receptor)として働きます。TLRが病原体を感知すると、シグナルが細胞内に伝達され、最終的には各種のサイトカイン(情報伝達物質)やウイルスを抑制するインターフェロンが放出され、炎症反応が起こり、他のマクロファージや樹状細胞が呼び寄せられ、自然免疫が働きます。

TLRの存在する場所は、マクロファージや樹状細胞の細胞表面と、細胞内にあるエンドソームの表面です。エンドソームは袋状の小器官(小胞の一種)で、細胞あたり約100個あります。エンドソームは細胞外の物質の取り込みと、細胞内での輸送、循環に関わっています。

TLRは、ヒトではTLR1~TLR10の10種類があり、それぞれ病原体センサーとしての働きが違っています。その形状は、細胞外に出ている「LRR領域」と細胞内の「TIR領域」に分かれます。LRR(Leucine Rich Repeat)は、ロイシン(アミノ酸の一種)が多数含まれる部分で、馬蹄形をしており、この領域が病原体のセンサーとして働きます。LRRで認識された病原体の情報はTIRに伝えられ、そこから細胞内の情報伝達物資に伝えられ、自然免疫が起動します。TIRは、免疫システムにおける情報伝達分子「インターロイキン1」の受容体(IL-1 Receptor)の相当部分と極めてよく似ているので、TIR = Toll IL-1 Receptorの名があります。

TLRのうち、TLR1/2/4/5/6 は細胞表面にあり、TLR3/7/8/9/10 はエンドソームにあって、それぞれの役割を担っています。TLRは2つのユニットが合体した「二量体」となって機能を発揮します。二量体には、同種TLRの「ホモ二量体」と、異種TLRの「ヘテロ二量体」があります。

TLRによって認識される特定分子(主に病原体由来)を「リガンド」と言いますが、各TLRがどういうリガンドを認識するかが以下です。

TLR.jpg

 TLR2 

細胞表面にホモ二量体として存在するTLR2は、グラム陽性菌のペプチドグリカンを認識します。

細菌は、その細胞膜の作られ方によって3種に分類することができます。

グラム陽性菌 細胞膜の外側に、ペプチドグリカンでできた厚い「細胞壁」をもつ細菌です。「グラム染色」という手法で染まる(=陽性)ため、この名があります。ペプチドグリカンは、多糖類にペプチド鎖(アミノ酸の連鎖分子)が結合したものです。

グラム陰性菌 ペプチドグリカンの細胞壁は薄く、その外側に「リポ多糖(LPS:Lipo Poly Saccharide)」の防御層を持っています。この種の細菌はグラム染色で染まりません。LPSは多糖類と脂質からできています。

マイコプラズマ 細胞壁がなく、細胞膜がむき出しになっています。従って細菌は不定形であり、通常の細菌が通らないような細かいフィルターもすり抜けます。往々にして肺炎を引き起こします。

の3種です。TLR2はこのうち「グラム陽性菌の細胞壁成分 = ペプチドグリカン」を認識します。

 TLR4 

TLR2と同じく細胞膜の表面にあって、グラム陰性菌のLPS(リポ多糖)を認識するのがTLR4です。

TLR4がLPSを認識することを世界で初めて発表したのは、アメリカのカリフォルニア州・スクリプス研究所のブルース・ボイトラー教授でした(1998)。これがヒトにおける自然免疫機構の最初の発見になりました。ボイトラー教授はこの功績により、2011年のノーベル生理学・医学賞を受けています。大阪大学の審良あきら静男教授もボイトラー教授とほぼ同じ時期にTLR4がLPSを認識することを発見したのですが、タッチの差でボイトラー教授に先行されたようです。なお、TLRのリガンドのほとんどは審良教授とそのグループが明らかにしました。

ちなみに2011年のノーベル生理学・医学賞の受賞者は以下の3人です。

  ブルース・ボイトラー(アメリカ)
  TLRがグラム陰性菌のLPSを認識することの発見(1998)
ジュール・ホフマン(フランス)
  ショウジョウバエの「Toll」がカビの菌を認識し、抗菌ペプチドを作り出すセンサーであることを発見(1996)
ラルフ・スタインマン(カナダ)
  樹状細胞を発見(1973)。樹状細胞は獲得免疫における抗原提示機能をもつ細胞だが、上述のように自然免疫でも重要。

樹状細胞と並ぶ自然免疫の主役、マクロファージを発見したのはロシアのメチニコフで、彼はその功績によって1908年のノーベル生理学・医学賞を受けました。そのためメチニコフは「自然免疫学の父」と呼ばれています。自然免疫の研究成果に対して与えられた2つのノーベル賞の100年という時間差(1908年と2011年)は、その間に自然免疫の研究が進展しなかったことを象徴しています。つまり、20世紀の免疫研究は「獲得免疫の研究」だったのです。

 TLR5 

べん毛をもつ微生物の、鞭毛の先端部分にあるタンパク質、フラジェリンを認識します。鞭毛はフラジェリンの「繊維」を螺旋状に束ねた構造をしていて、鞭毛微生物はこれを回転させて移動します。

人の腸に住む腸内細菌には鞭毛を持つものがあります。こういった細菌が腸管上皮細胞を突破して体内に入るとまずいことになります。また腸には食べ物と一緒に鞭毛を持つ病原菌(サルモネラ菌など)が入ってきます。そのためTLR5は、腸管上皮細胞すぐ下の樹状細胞に多く発現しています。ヒトの体はそこで鞭毛微生物の進入を監視していることになります。

 TLR1 + TLR2 

細胞表面にあるヘテロ二量体、TLR1 + TLR2は、グラム陽性菌・グラム陰性菌の細胞膜にある、トリアシル・リポタンパク質(3つのアシル基をもつリポタンパク質)を認識します。

 TLR6 + TLR2 

マイコプラズマの細胞膜にある、ジアシル・リポタンパク質(2つのアシル基をもつリポタンパク)を認識します。

 TLR3 

TLR-dsRNA_binding.jpg
TLR3の二量体が二本鎖RNAを認識している図。TLRのLRR領域は馬蹄形をしている。2つの「馬蹄」の間に水平に描かれているのが二本鎖RNAである。
http://www.invivogen.com/review-tlrより引用。
ここからは、細胞内部のエンドソームに発現するTLRです。これらのTLRは細菌やウイルスのDNAやRNAを認識します。マクロファージや樹状細胞は、細菌やウイルスを消化してエンドソームに運び、そこで核酸(DNAやRNA)にまでバラバラにします。そこでTLRの認識機構が働きます。

ウイルスはDNA/RNAをタンパク質で覆った構造をしていますが、核酸としてDNAを持つ「DNAウイルス」と、RNAを持つ「RNAウイルス」があります。RNAウイルスの多くは1本鎖RNAを持ちますが、中には「ロタウイルス」のように2本鎖RNAを持つタイプがあります。

TLR3はこのウイルスの2本鎖RNA(dsRNA。double stranded RNA)を認識します。

 TLR7、およびTLR8 

多くのRNAウイルスがもつ1本鎖RNA(ssRNA。single stranded RNA)を認識します。

 TLR9 

細菌やDNAウイルスのDNAを認識します。細菌やウイルスのDNAには、特徴的な6つの塩基の配列がしばしば現れます。これは「CpG配列」と呼ばれていて、

  GACGTT
GTCGTT
  C:シトシン、G:グアニン、A:アデニン、T:チミン

という、真ん中にシトシン(C)グアニン(G)をもつ配列です。CpG配列は、哺乳類のDNAにも少数ながら含まれています。しかし哺乳類のCpG配列はメチル化されている(メチル基、CH3が結合している)確率が非常に高い。そこでTLR9は「DNAの、メチル化されていないCpG配列」を認識します。このことで細菌やDNAウイルスのDNAが判別できるのです。



TLRが存在するのは、細胞の表面かエンドソームでした。これに対し、細胞質内にも「RNAセンサー」が存在することが判明しています。これはTLRファミリーとは別の、RLR(RIG-Like Receptors)と呼ばれるセンサー群です。具体的には、
 ・RIG-I
 ・MDA5
という受容体です。

1本鎖RNAウイルスは、細胞の中に進入すると増殖を始め、その過程でRNAが2本鎖になります。RLRはこの2本鎖を認識して自然免疫を発動します。エンドソーム内にあるTLR3/7/8は、マクロファージなどがウイルスを分解した結果としてのRNAを認識しますが、RLRはウイルスが細胞内に進入した初期段階で働くところに重要性があります。

RIG-IとMDA5は「担当する」ウイルスに相違があり、RIG-Iはインフルエンザ・ウイルスや日本脳炎ウイルスを、MDA5はピコルナウイスル科のRNAウイルス(脳脊髄炎、心筋炎などを起こす)を認識します。

なお細胞質内の病原体センサーには、RLR以外にも別のファミリー(NLR:NOD-Like Receptors、など)があることが知られています。


TLRが認識する「非自己」


TLRが認識する「非自己」を一覧表にまとめたものが以下です。

    TLR 細菌 ウイルス リガンド(認識される特定分子)
細胞
表面
TLR2   グラム陽性菌の細胞壁成分(ペプチドグリカン)
TLR4   グラム陰性菌の細胞壁成分(LPS:リポ多糖)
TLR5   べん毛微生物の鞭毛成分(フラジェリン)
TLR1 + TLR2   細菌の細胞膜成分(トリアシル・リポタンパク質)
TLR6 + TLR2   マイコプラズマの細胞膜成分(ジアシル・リポタンパク質)
エンド
ソーム
TLR3   2本鎖RNA(dsRNA。double stranded RNA)
TLR7、TLR8   1本鎖RNA(ssRNA。single stranded RNA)
TLR9 DNAのCpG配列(メチル化されていないもの)

なおTLR10のリガンドは、参考にした本が書かれた時点では不明です。また上記の表に記した以外にもリガンドはあり、1種のTLRが復数のリガンドを認識するケースもありますが、表からは省略しました。


自然免疫から獲得免疫へ


マクロファージと樹状細胞はTLRによって病原体を認識し自然免疫を発動するのですが、同時に抗原提示という機能があり、獲得免疫の発端にもなっています。抗原提示については、No.69-70「自己と非自己の科学」で詳しく書きました。

つまり、マクロファージや樹状細胞(= 抗原提示細胞)に取り込まれた病原体は、細胞内のエンドソームに運ばれ、そこで病原体のタンパク質が分解酵素でバラバラにされます。そのタンパク質の断片が再び細胞表面に運ばれ、MHCの「溝」にはさまる格好で抗原提示される。それをヘルパーT細胞が認識する。そういった筋道で獲得免疫が発動するのでした。

そのエンドソームには、実はTLR3/TLR7/TLR8/TLR9 が「待ちかまえて」いて、病原体の核酸(DNA/RNA)を認識し、認識できれば自然免疫が発動する。このことはマクロファージや樹状細胞が、免疫全体にとって極めて重要なポジションにあることを示唆しています。

事実、21世紀の免疫学で判明したのは、マクロファージと樹状細胞は抗原提示をするだけでなく、獲得免疫を開始するトリガーを引いていることです。つまり抗原提示と同時に補助分子やサイトカインを放出し、未成熟T細胞を活性化T細胞(ヘルパーT細胞)へと変化させます。T細胞は活性化されてはじめてB細胞に抗体生産の指示を出せるようになるのです。

自然免疫の主役は、実は「ヒトの免疫システム全体の指令塔」でもあるのです。


自己と非自己の認識


以上が「新・現代免疫物語」と「新しい自然免疫学」という2冊の本による自然免疫のメカニズムの要点です。以下は「感想」ないしは「まとめ」です。

自然免疫と獲得免疫(No.69-70「自己と非自己の科学」)という「ヒトの免疫のしくみ全体」を眺めてみると、非自己を自己から区別するやり方は、異物や異分子を排除する一般的な方法論に添っていることがわかります。それはブラック・リスト方式とホワイト・リスト方式の併用だと言えるでしょう。以下、ブラックとは非自己、ホワイトとは自己を指すことにします。

自然免疫は「ブラック・リスト方式による非自己の認識」です。何がブラックか、自然界に存在するブラックの典型的なパターンがリスト化されていて、そのリストに載っているものが排除されます。このリストは、ヒトではわずか10項目という小ささです(TLR1~TLR10)。こんな小さなリストで有効なのだろうかと思ってしまいますが、意外にも有効なのですね。我々は毎日、毎時、病原体の進入を受けています。食物といっしょに腸から、呼吸を通して肺から、また皮膚からも病原体は進入してきます。それらを水際で、速効性があるやり方で排除するのが自然免疫です。我々は普通意識することはないのですが、大多数の防御は自然免疫でこと足りていると考えられます。

自然免疫は、脊椎動物だけではなく自然界の幅広い生物が持っています。10項目のリストは、生命の長い進化の過程で「りすぐられてきたブラック・リスト」でしょう。ここにリストアップされているのは「病原体に共通的にみられる分子パターン」なので、非常に効率的です。

一方、獲得免疫の出発点は「ホワイト・リスト」です。No.69-70「自己と非自己の科学」を振り返ってみると分かるように、ヒトの細胞表面にはMHCという自己の標識があり、この標識に自己由来のタンパク質の断片が提示されているものが「ホワイト」ということになります。病原体由来のタンパク質がマクロファージ、樹状細胞、B細胞などの「抗原提示細胞」で分解され、その断片がMHCに提示されると、そのMHCは「ホワイトではない標識」ということになる。

獲得免疫が「ホワイトでない標識」を見つけるやり方は独特です。まず、ランダムな遺伝子組み替えでヘルパーT細胞群が作られます。ヘルパーT細胞の抗原認識分子(T細胞受容体 = TCR)は、細胞ごとに違っています(1兆種類ありうる)。そして、自己のMHCと反応するTCRをもつヘルパーT細胞は胸線で死滅し、取り除かれます。生き残ったヘルパーT細胞のどれかがMHCと反応するとしたら、そのMHCは「非自己由来の抗原の断片を提示しているMHC」であり、つまり「ホワイトでない標識」ということになる。

「ホワイトでない標識」がいったん認識されると、獲得免疫が発動し、B細胞が抗体を作り、病原体が駆除されます。と同時に、特定の非自己に反応したヘルパーT細胞や、特定の非自己を攻撃する抗体を作り出したB細胞は、同一のものが大量に複製されて記憶T細胞、記憶B細胞となって残る。この「免疫記憶」が第2のブラック・リストになります。「第2のブラック・リスト」は、自然免疫のような「病原体の分子の典型的パターン」といったものではなく、たとえば「麻疹ウイルス」「インフルエンザ・ウイルス XX型」といった、病原体を直接的に示す情報です。かつ、生まれてからどういう病原体と遭遇するかによって、人それぞれリストが違っています。決して先天的なものではなく、後天的であり、適応的であり、自己組織化で作り上げられていくものです。

比較すると、自然免疫は即応的で、かつ効率的です。しかし、10項目の短いブラック・リストでは排除すべき非自己の全部は尽くせない。また、10項目のブラック・リストは遺伝的に決まっていて、そこに新しい1項目を追加するには遺伝子の変化(=ヒトの進化)が必要です。それには極めて長い時間がかかります。

それに比較して、ランダムな遺伝子組み替えと免疫記憶を通して作られる「第2のブラック・リスト」は、進化を必要としません。環境の変化によってどんどん変わっていけるし、また「種」として重要な、個体ごとの多様性も獲得できます。しかしそれだけに、必然的に組み込まれている「曖昧性」があって、自己免疫疾患を引き起こすような「危うさ」を内包している。

自然免疫のしくみが分かると、獲得免疫の意味もよく理解できます。この2つは相い補って「自己」を維持していることがよく理解できるのです。



病原体で引き起こされる疾病の治療や、ガンの治療には、ヒトの免疫の理解が欠かせません。その典型は「新・現代免疫物語」に書かれている「抗体医薬」でしょう。またガンの治療は、今後は免疫療法が大きく発展すると言われています。難病(多くが自己免疫疾患)やアレルギーの治療に免疫の理解が必要なことは言うまでもありません。さらに No.119-120「不在という伝染病」に書いたように、免疫を理解するには人間と共生している体内の微生物(常在菌)の理解も必要になってきました。その、常在菌と免疫の関係の研究は始まったばかりです。

「免疫」は「脳」と並んで、21世紀の知のフロンティアだという感じを強く持ちます。



 補記 

自然免疫に関する最近の研究成果が新聞に載っていましたので、それを引用します。


ウイルス認識 仕組み解明
 免疫起こすたんぱく質
 東大など

東京大学の清水敏之教授らと首都大学東京の共同チームは、ウイルスの感染を察知して免疫反応を引き起こすたんぱく質の詳細な動きを解明した。ウイルスのRNA(リボ核酸)を構成する塩基とRNAの断片を同時に認識して、免疫反応のスイッチを入れていた。関節リウマチなどの自己免疫疾患の治療薬開発に役立つとみている。

ウイルスや細菌などの病原体が体内に進入すると、トル様受容体(TLR)と呼ぶたんぱく質が感知し免疫反応を引き起こして身を守る。研究チームはTLR8に着目した。TLR8はインフルエンザウイルスやエイズウイルスが持つ1本鎖RNAと呼ぶ構造を感知している。

TLR8を結晶化し、大型放射光施設 Spring-8(兵庫県佐用町)に強力なエックス線を使って、詳細な立体構造を解析した。

TLR8は1本鎖RNAが分解してできた「ウリジン」と呼ぶ塩基とRNAやRNA断片をそれぞれ別の場所でとらえ、2つを同時に認識することで免疫反応を引き起こしていた。

TLR8が死んだ細胞などのRNAを誤って検知するようになると、正常な組織まで攻撃する自己免疫疾患を引き起こす。認識に使う2つの部位を同時に制御すれば、自己免疫疾患の治療法につながるとみている。

日経産業新聞(2016.2.4)

引用の最初の方に「ウイルスのRNA(リボ核酸)を構成する塩基とRNAの断片を同時に認識」とあり、終わりの方には「1本鎖RNAが分解してできたウリジンと呼ぶ塩基とRNAやRNA断片をそれぞれ別の場所でとらえ」とあって記述不統一に見えますが、「ウリジン」とはRNAの構成塩基の一つである「ウラシル」が分解して糖と結合して出来たものなので、同じことを言っています。とにかく、RNA本体(断片でもよい)とRNAが分解してできた物質が同時にないとTLR8が引き起こす免疫反応は起こらないというのが記事の要点です。

ほとんどの難病は自己免疫疾患であり、その治療薬の開発には免疫の詳細なメカニズムの解明が欠かせません。自然免疫の研究の最先端で何が行われているのか、その一端を紹介した良い記事だと思いました。




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No.121 - 結核はなぜ大流行したのか [科学]


“国民病” としての結核


No.119-120「不在という伝染病」の補足です。No.119-120では『寄生虫なき病』という本の要点を紹介したのですが「微生物の不在と免疫関連疾患の関係」に絞りました。以下の補足は「微生物の不在と病気の発症の関係」で、結核の話です。

No.75「結核と初キス」に、作家の故・渡辺淳一氏が札幌南高校時代に初めてのキスをした話を書きました(日本経済新聞「私の履歴書」より)。相手の女性が結核だと分かっていたので「おびえながらキスをした」という話です。1950年頃のことです。

このエピソードからも推察できるように、明治時代から昭和20年代まで、結核(肺病)は「国民病」と言われたほど広まっていました。昭和30年代後半(1960年代前半)でも、年間の発病者は30万人を越えていたほどです。結核の治療に有効な抗生物質、ストレプトマイシンが発見されたのは1944年(昭和19年)です。それまでは結核の有効な治療法はなく「不治の病」として恐れられました。多くの有名人が結核で命を落としています。文学者だけをとってみても、

正岡子規 1867-1902(34歳)
国木田独歩 1871-1908(36歳)
樋口一葉 1872-1896(24歳)
石川啄木 1886-1912(26歳)
梶井基次郎 1901-1932(31歳)
堀辰雄 1904-1953(48歳)

などがすぐに思いつきます。

特に堀辰雄は「結核で療養中の女性」と「私」が主人公の自伝的小説『風立ちぬ』を書きました。JR中央線の富士見駅(長野県諏訪町。小淵沢と茅野の間)の近くに富士見高原病院がありますが、ここはかつて富士見高原療養所というサナトリウム(結核療養施設)で、『風立ちぬ』のモデルとなったところです。

宮崎駿監督の『風立ちぬ』は堀辰雄を下敷き(の一つ)にしているので、富士見高原療養所が出てきます。喀血した里見菜穂子はサナトリウムで療養しているが、そこを抜け出し、名古屋まで堀越二郎に会いに行く。そして堀越の上司の家で祝言をあげ、初夜を迎える・・・・・・・。映画の中で最も印象的な場面(の一つ)です。

風たちぬ - 富士見高原療養所(劇場予告版より).jpg
映画「風立ちぬ」の1シーン。富士見高原療養所で、患者たちが毛布にくるまって外気浴をしている。この中の一人が里見菜穂子である(確か右から二人目)。画面には雪がちらついている。現代人の目から見ると悲しくなるような「治療」の光景だが、昭和10年ごろ、今から80年ほど前の話であり、抗生物質のストレプトマイシンが発見されるのはこの10年後である(映画の予告編より)。

梶井基次郎に『闇の繪巻』(1930)という短編があります。ある渓流沿いの旅館から別の旅館に歩いて行くという、たったそれだけの話ですが、傑作だ思います。この作品は、彼が結核の「転地療養」のために伊豆の湯ヶ島温泉に滞在した時の経験が元になっています。サナトリウムにしろ、転地療養にしろ、空気が澄んだ所で静養するのが当時の唯一の「治療」でした。

一方、ヨーロッパに目を向けると、堀越二郎が愛読したトマス・マン(1875-1955)は、世界文学史上の傑作『魔の山』(1924)を書きました。この小説はサナトリウムが舞台です。マンの夫人がスイスのリゾート地・ダボスのサナトリウムで療養したときの経験が元になっています。こういった「結核文学」の背景には、かつてのヨーロッパでの結核の流行があるわけです。

文学以外にも広げると、ノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンク(1863-1944)は、5歳になったばかりの時(1868)に母親を結核で亡くし、14歳の直前(1877)に15歳の姉を結核で亡くしています。本人は長寿を全うしたものの、描かれた多くの傑作には「死の影」が色濃く漂っています。そもそもムンクは、13歳のときに見た病床の姉の姿を、20歳代の初めから長期に渡って繰り返し描いています(『病める子』)。

病める子.jpg
エドヴァルド・ムンク(1863-1944)
病める子」(1885/6)
(オスロ国立美術館)
ムンクは40年間に渡って、油絵だけでも6枚の「病める子」を描いているが、これはその最初の絵で、22歳頃の作である。

ムンクよりもっと「極端」なのが、スイスの国民的画家、フェルディナンド・ホドラー(1853-1918)です。英語版Wikipediaによると、ホドラーは6人兄弟の長男としてベルンに生まれたが、8歳までに父親と弟2人を結核で亡くし、母親は再婚したが、その母も14歳の時に結核で死亡。その後、彼以外の兄弟姉妹は全員が次々と結核で死んだ、とあります。両親・兄弟の計8人のうち、自分以外の7人全員が結核で死ぬという経験をしたわけです。そして、ホドラーの絵には「死」を感じさせるものが多々ある。

ムンクやホドラーの画業の大きな背景として、当時のヨーロッパにおける結核の蔓延と、それがもたらした「あまりにも身近な死」があるわけです。

もちろん結核は今もある病気です。日本でも毎年2万人以上が発病しています。決して「過去の病気」ではありません。


結核が激増した理由は ?


ところで、結核は極めて古い病気で、大昔から人類とともにあったことが分かっています。と同時に、結核は18世紀末から19世紀にかけてヨーロッパで大流行したことが知られています。この大流行の理由について『寄生虫なき病』に、ある学者の説が紹介されていました。キーワードは「超個体」です。

「超個体」とは、ヒト(個体)と共生微生物群を一つの人体生態系と見なし、その生態系を指す言葉です(No.120「不在という伝染病・2」参照)。No.119-120で問題にしたのは、近代以降、特に20世紀後半以降に「人体生態系=超個体」が崩れてきているのではないか、それが免疫関連疾患の急増につながっているのでないか、ということでした。しかしその崩壊はもっと以前から起こっていたのでは、というのが以下の引用です(下線は原文にはありません)。


現代から振り返ってみれば、超個体崩壊の最初の兆候はおそらく、アレルギーや自己免疫疾患とは無関係なある現象だった。18世紀末から19世紀の初めにかけて、ヨーロッパ中で結核が大流行した。なぜ結核が突然大流行したのか(そして、なぜ、19世紀末に減少し始めたのか)という問題は、常に歴史家の頭を悩ませてきた。遺伝子解析によって、人類がアフリカから旅立つ以前から結核菌は人類とともにあったことが分かっている。中近東で発掘された九千年前の人骨から、結核の痕跡が見つかっている。古代ギリシャでも結核はよく知られた病気だった。

モイゼス・ベラスケス=マノフ
『寄生虫なき病』
(文藝春秋 2014)

そもそも、結核菌に感染したとしても発病しないのが普通です。発病するのは感染者のせいぜい10%にすぎない。それも、感染から数ヶ月、数年、時には数10年たってから発病します。残りの人は結核菌を体内に留めたまま発病しない「不顕性感染者」となります。「不顕性感染者」は他人に結核菌を感染させることはありません。

結核の発病はどういう詳しいメカニズムで起きるのか、それは現在でも明確な定説はありません。そういう状況の中で、18-19世紀のヨーロッパで結核が大流行したのです。その理由に対する「新説」が紹介されています。


しかし18世紀末のヨーロッパにおける結核発病率の高さは、それが新種の感染症だったことを示唆している。最終的に結核菌を特定したロベルト・コッホは19世紀半ばのベルリンでは七人に一人が結核で死亡していたと推定している。研究者の中には、感染度の高い新種の結核菌が出現したと考える人もいるし、実際、近代になってからある結核菌株が蔓延したことが遺伝子解析によって分かっている。しかし、ロンドン大学のジョン・グレンジとその共同研究者たちは、もっと微妙な変化が近代における結核の大流行の原因だと考えている。

ヨーロッパが都市化していくにつれて、土や泥の中に生息している環境中のマイコバクテリアと接触する機会が失われた。こうしたマイコバクテリウム属の細菌は、結核に対する免疫を自然に高めていた。農村や小都市の住人は、結核菌の近縁であるウシ型結核菌に感染したウシの乳も飲んでいたかもしれない。BCGワクチンは、ウシ型結核菌を弱毒化したものである。ヒトもウシ型結核菌に感染して発病することがあるが、これに一度感染すると結核に関して免疫ができる。グレンジらは、「結核の大流行は、これら結核菌以外のマイコバクテリウム属細菌への曝露パターンが変化した結果である」と主張している。

『寄生虫なき病』

ロンドン大学の研究を要約すると、

ヨーロッパの都市化
微生物(マイコバクテリウム属細菌)への曝露パターンの変化
人の「免疫力」の変化
結核の発病率の増加

という、①→②→③→④の因果関係を主張するものでしょう。ちなみに、結核菌はマイコバクテリウム属の細菌の一種です。

さっき書いたように、結核菌に感染しても発病する人は高々10%で、ほとんどの人は発病しません。その発病を押さえているのは人間の「免疫力」だとよく言われます。「免疫力」が変調をきたすと、ないしは「免疫力」が衰えると発病するというのが(詳細なプロセスは別にして)医学書に載っている結核の一般的な説明です。

一方、ヒトは共生微生物群と「超個体」を作っています。そして共生微生物のあるものが免疫に重要な役割を果たしていることは、No.119-120「不在という伝染病」に書いた通りです。だとすると、共生微生物群の「変化」は「免疫力の変化」につながってもおかしくはない。「マイコバクテリウム属細菌への曝露パターンの変化が、結核の大流行を招いた」という説も検討に値すると考えられます。

ただし「微生物」に関しては別の理由もありうると『寄生虫なき病』で著者のモイゼス・ベラスケス=マノフ氏は書いています。それはピロリ菌です。No.120「不在という伝染病(2)」で書いたように、ピロリ菌感染者は結核菌に感染したとしても、ピロリ菌非感染者よりもさらに結核が発病しにくいという報告が何件かあるのです。ピロリ菌に感染する率が減ったために結核が蔓延したとも考えられる・・・・・・。

  そう言えば、結核菌とピロリ菌はよく似ています。
極めて古い昔から現世人類とともにあった細菌である。
感染したとしても、大多数の人は発病しない。細菌はヒトの体の中にあって「共存」している。
一部の人が発病し、重い病気をもたらす(結核菌は肺結核など。ピロリ菌は胃潰瘍から胃ガン)。
という3つの点です。

しかし、どちらにせよ「微生物への曝露パターンの変化が結核の大流行を招いた」という説には変わらないと思います。


パリの結核


ヨーロッパの都市化と結核、と聞いて直感的に思い出すオペラがあります。No.75「結核と初キス」にも書きましたが、ヴェルディの椿姫(1853年初演)です。このオペラはパリが舞台ですが、主人公の娼婦・ヴィオレッタは結核にかかっています。それが原因で最後には死んでしまう。彼女の「悲しい愛の物語」がストーリーの骨格です。原作はアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)の小説『椿姫』(1848)ですが、この小説も「結核文学」だと言えるでしょう。

椿姫.jpg
椿姫(ラスト).jpg
ヴェルディのオペラ「椿姫」より。第1幕の「乾杯の歌」のシーン(上)と、第3幕の最終場面(下)。いずれもヴィオレッタのパリの屋敷である。ヴィオレッタ役はアンジェラ・ゲオルギュー。コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラのライブ映像(1994)より。

ソプラノ歌手が演じるヒロインが結核患者、というオペラは他にもあります。プッチーニのオペララ・ボエームのヒロイン、ミミがそうです。パリに出てきた貧しい「お針子」のミミは、オペラの最後でヴィオレッタと同じように息を引き取ります。『ラ・ボエーム』は1896年の初演ですが、原作の小説は1849年の作であり『椿姫』と同時期ということになります。

ラ・ボエーム(映画)-1.jpg ラ・ボエーム(映画)-2.jpg
映画版「ラ・ボエーム」(2011)より。第1幕でロドルフォとミミはパリで出会い、第4幕でミミは、ロドルフォの元で死にたいと運ばれてくる。ミミ役はアンナ・ネトレプコ、ロドルフォ役はローランド・ビリャソン(映画のサイトより)。

もちろん、この2つのオペラはフィクションです。しかしこういった状況設定が聴衆に受け入れられてオペラ(ないしは小説)が大ヒットするいうことは、当時のパリの状況を反映しているはずです。『椿姫』は上流階級の話であり、『ラ・ボエーム』は貧しい“お針子”や芸術家たちの話ですが、当時(19世紀前半)のパリにおいて、結核が階層を問わず「よくある」病気だったことをうかがわせます。


「不在」を問題にすること


ドイツ人のロベルト・コッホ(1843-1910)は1882年に結核菌を発見し、その病原性を証明し、結核の原因は細菌であることを明らかにしました。これが細菌学の始まり(の一つ)であり、現代医学の「輝かしい」スタートとなったことは周知の事実です。そのコッホの研究の動機になったのは、ヨーロッパにおける結核の大流行だったのではないでしょうか。彼は、19世紀半ばのベルリンでは、七人に一人が結核で死亡(!)と推定しているわけですね。この死亡率の高さは相当なものです。発病する人の割合はもっと多かったはずです。医学に係わるドイツ人としては、何とかしたいと思ったのではないでしょうか。。

そして、そういった結核の大流行の原因は、ひょっとしたら以前から進行していた、人体生態系=超個体の「崩壊」ないしは「変調」だった可能性がある・・・・・・。

「微生物への曝露パターンの変化が、ヨーロッパでの結核の大流行を招いた」というのは一つの説(仮説)であって、実証されたわけではありません。違うかもしれない。真実だとしても、200年も前の流行の原因を「実証」するの非常に難しいでしょう。

しかしこの話の教訓は、我々はやまいに関して病原菌やウイルスの「存在」を問題にするけれど、それと同時に共生微生物の「不在」も考慮すべきということでしょう。「18世紀末から19世紀の初めにかけて、ヨーロッパ中で結核が大流行した」ということを、発病率の高い変異型結核菌の「出現」というように推定するのか、ないしは結核の発病を押さえていた(ある主の)共生微生物の「消滅」ととらえるのか、見方はふた通りあるはずです。もちろん、その両方かもしれない。

No.119-120「不在という伝染病」の最後の方にも書きましたが、我々人間は2つの生態系のもとで生きています。一つは自然生態系で、もう一つは人体生態系(=超個体)です。このことは忘れてはならないと思います。



 補記 : 微生物の不在と病気の発症 

本文中で紹介したのは「マイコバクテリウム属の細菌に感染すると、結核の発症が抑止される」という仮説でした。これはあくまで仮説です。

しかし「微生物の不在と病気の発症」は関係があるようです。最近の研究で、ある種のウイルスに感染していると1型糖尿病(=若年性糖尿病とも言われる自己免疫疾患で、遺伝子によって伝わる遺伝病)の発症が抑止されることが、医学的に証明されてきました。No.229「 糖尿病の発症をウイルスが抑止する」にそのことを書きました。

(2018.4.13)



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No.120 -「不在」という伝染病(2) [科学]

前回より続く)

An Epidemic of Absence.jpg



21世紀の免疫学の発見


21世紀の免疫学の発見は、免疫の発動を制御し抑制する細胞群が発見されたことです。この代表が、大阪大学の坂口教授が発見した制御性T細胞です。免疫を抑制する細胞群があることは20世紀の免疫学でも仮説としてはありました。しかし実験的に立証されたのは21世紀(1990年代後半以降)です。

制御性T細胞は、生後、外界からの微生物や寄生虫に接触することで発現します。かつ、腸内細菌が制御性T細胞の発現に関わっていることも分かってきました。この制御性T細胞がアレルギーの発症を抑制しているのです。

東京大学のあたらし幸二博士、本田賢也博士の研究成果があります。両博士は、特定の腸内細菌をターゲットとする抗生物質を使って、特定種の腸内細菌を徐々に減らすという実験をマウスで行いました。この結果、

抗生物質のバンコマイシンで腸内細菌のクロストリジウム属を徐々に減らすと、
ある時点で制御性T細胞が急減し、
それがクローン病(炎症性腸疾患)の発症を招く

ことを発見しました。クロストリジウム属を増やすと制御性T細胞は回復し、炎症も治まります。これは特定の腸内細菌が制御性T細胞の誘導(未分化のT細胞を制御性T細胞に変化させる)に重要な役割をもっていることを実証しています。なお、クロストリジウム属の話は、No.119「不在」という伝染病(1)の冒頭近くで引用した日経サイエンス 2012年10月号の記事に出てきました。

  『寄生虫なき病』には載っていませんが、No.70「自己と非自己の科学(2)」で紹介した「日経サイエンス 2012年10月号」の記事には、別の研究が紹介されていました。そこには、
腸内にすむフラジリス菌は表面に「ポリサッカライド A(PSA)」という多糖類の分子を持っている。
人間の樹状細胞はPSAを取り込み、未分化のT細胞に提示する。
未分化のT細胞はPSAに刺激されて制御性T細胞になる。制御性T細胞は炎症を起こす免疫細胞の活動を抑制して炎症を押さえる。
PSAを持たないフラジリス菌は免疫細胞から攻撃されて生き延びることはできないが、PSAをもっていると免疫系からは攻撃されない。
とありました。

20世紀の免疫学(No.69-70 参照)では、免疫系が自己を攻撃しない理由として、

全ての細胞には自己を示す標識(= MHC)がついている。
自己に反応する免疫細胞は、胸線(Thymus)で死滅する。

と説明されていました。しかしそれだけではなく、制御性T細胞という重要なプレーヤーがいたのです。



ではなぜ、腸内細菌が制御性T細胞を発現させるのでしょうか。それを理解するキーワードは「共生」です。共生の基本ルールは

  宿主から容認されている共生者は、宿主の免疫抑制機構を作動させる(= 免疫寛容を引き出す)ことによって排除を免れている

というものです。この「ルール」が、人体の免疫機構と微生物を結びつけます。前に「アレルゲンとなるタンパク質は寄生虫のタンパク質と似ている」と書きましたが(No.119)、その理由は、

  寄生虫は制御性T細胞を増やし、免疫寛容を引き出す。しかし花粉などのタンパク質にそのような機能はない。だから免疫の過剰反応が起きる。

と理解できます。

ヒトには免疫を抑制する機構があり、それはヒトが微生物と共生していることを前提に成り立っています。その免疫抑制機構の弱体化は免疫関連疾患を招きます。なぜ弱体化するかというと、本来の共生していた微生物が人体からいなくなってしまったため、ないしは微生物相が大きく変化してしまったためです。なぜ微生物が人体からいなくなった(変化した)のか。

それはもちろん生まれてから子供時代にかけて微生物が少ない環境で育つようになったからですが、別の理由もあります。

一つは抗生物質の多用です。さきほどあげた東京大学のあたらし博士・本田博士の研究でも分かるように、抗生物質は腸内の細菌相を変化させます。抗生物質の多用は人間にとって良くない結果を招く(可能性がある)のです。

化学物質の問題もあります。抗菌剤やハンド・ローション、洗剤などは、人間と共生している(有益な)常在菌を消失・減少させます。これらの多用でアレルギーの発生リスクが増えるという研究が多数あります。

その化学物質のひとつは医薬品です。広く使用されている鎮痛剤・アセトアミノフェンは、アレルギー疾患との関係を繰り返し指摘されています。原因と結果が逆(喘息を発症する子供は、幼い頃から病弱でアセトアミノフェンの服用機会が多かった)の可能性がないわけではないので、今後の実証が待たれます。

食生活の変化もあります。工場で作られ、殺菌された出来合いの食品(=工業製品)ばかりを食べていると、微生物に接する機会が減少します。ないしは腸内微生物の様相が変化してしまう。新鮮な食材を包丁とまな板で調理して料理を作る(その間に微生物が入る)のとは大違いです。

21世紀の免疫学の知識からすると、20世紀後半からの先進国は、免疫関連疾患を増やすように動いてきたことがわかります。ということは、20世紀後半、特に1990年代に確立した免疫学は、

  少なくともヒトの免疫に関しては、本来あるべき姿からかけ離れた姿を研究対象にしてきたのではないか

という疑問にもつながるのです。



最初に説明したように、免疫関連疾患は「現代病」です。その「現代病」は、免疫関連疾患だけではありません。本書には、心臓疾患や自閉症、うつ病、(ある種の)ガン、肥満なども、免疫系の異常が関係しているのではという「疑い」が書かれています。もちろん実証されたわけではなく、今後の研究を待つ必要があります。ただ、こういった「現代病」ないしは「文明病」は、免疫との関係を疑ってかかるべきなのです。


ピロリ菌は悪玉菌か善玉菌か


本書に書かれているピロリ菌の話も、人間と微生物の共生という観点から大変興味深いものです。人間の消化器官で共生している常在菌の多くは小腸にいますが、ピロリ菌は胃に住みつきます。胃は強い酸性なので、微生物にとっては悪い生息環境と言えます。

ピロリ菌は胃潰瘍と胃ガンの原因になることが発見され、大変「有名」になりました。ピロリ菌が原因の胃潰瘍と診断されれば、ピロリ菌除去の治療をうけるのが普通です。

しかし胃潰瘍はともかく、胃ガンは60歳台以降の高齢者に多い病気です。人間が60歳台以降まで生きるのがあたりまえになったのは近代以降のことであり、それまではピロリ菌が人間に決定的なダメージを与えることは少なかったと推測できます。

事実、ピロリ菌とヒトとの関係は極めて古いことが分かってきました。世界各地のピロリ菌を遺伝子解析で比較した結果、ピロリ菌の主要7種の菌株は全てアフリカ起源であることが分かりました。また遺伝子解析によると、7種が最初に枝分かれしたのは5万8000年前です。ということは、ピロリ菌は現世人類の出現とともにあった、ということになります。このことは、ピロリ菌がヒトに何らかのメリット与えてきたことを示唆しています。

調べてみると、ピロリ菌の感染者は「胃食道逆流症」(その一つの病態が逆流性食道炎)の有病率が低く、また食道ガンも少ないことが分かってきました。なぜそうなるのかと言うと、胃の酸性度が強くなると、ピロリ菌は胃壁からの胃液の分泌を妨害するからです。だから胃液が逆流しても食道に炎症が起きにくい。ピロリ菌はヒトの胃の酸性度を調節していることになります。さらに、

ピロリ菌に感染している人は、結核菌に感染しても発病しにくい。ピロリ菌は免疫系の抗細菌作用を増大させる。
 なお、常在菌と結核の発病の関係については、No.121 「結核はなぜ大流行したのか」を参照。
ピロリ菌感染者は制御性T細胞の数が多く、喘息のリスクも低下する

という研究も出てきました。また、

乳幼児の段階でピロリ菌に感染すると、胃潰瘍や胃ガンのリスクが低い

という観察結果もあります。「乳幼児の段階でピロリ菌に感染する」というのは、まさに現在の発展途上国の状況です。アフリカはピロリ菌に感染している人が多いところですが、アフリカで胃潰瘍や胃ガンが極度に少ない(いわゆる「アフリカの謎」)理由も納得できます。ピロリ菌は善玉菌か悪玉菌か・・・・・・。それは感染するタイミングにもよるということです。


人間という「超個体」


本書に次の言葉が引用されています。


人類は単独の種として進化したわけではなく、人類とその共生微生物群が「超個体」として共進化していたのだということは、現在では広く理解されている。種としての人類の進化と人類の共生微生物群の進化とは、常に絡み合っておこなわれてきた。

デューク大学
ウィリアム・パーカー

「共生微生物群」という言葉が出てきます。この記事の最初に書いた「常在菌」とほぼ同じ意味ですが、寄生虫などの細菌以外のものも含む共生生物全体を示すものと考えてよいと思います。以下、病原菌に対応する言葉として常在菌(病原性を示さない共生細菌)ということにし、微生物全体は「共生微生物群」と言うことにします。

ヒトは、自然界の微生物の中から「選択して」共生微生物群を作りあげてきました。たとえば、細菌は分類学上、50以上の「門」に分かれますが、ヒトに住みついている常在菌はそのうちの4門だけです。

一方、「ヒトと関係のある細菌」という観点からすると、常在菌は約1000種もありますが、病原菌は50~100種しかありません。ヒトと「友好関係にある」細菌の方が圧倒的に多いのです。その常在菌の中には、明らかにヒトに役だっているものがあります。

人体にとって重要な「葉酸」や「ビタミンK」を合成する。
オリゴ糖や多糖類を分解し、消化を助ける。
免疫を制御する。

などです。なぜヒトは常在菌と共生し、しかも合成・消化・免疫といった重要な機能を常在菌に「分担させる」のでしょうか。

それは微生物と共生するのが有利だからです。

微生物は繁殖のペースがヒトより格段に速いので、進化のペースも速いわけです。従ってヒトが微生物を攻撃しても、微生物は遺伝子変異を繰り返して攻撃から逃れる可能性が高い。どうせ排除できないのなら共存したらどうか。もし共存できたとしたら、微生物の進化が速いことがヒトのメリットになりうる。つまり、ヒトは自分の遺伝子の変化だけに頼るよりも遙かに柔軟に「変化」できることになります。生物にとって最も重要なのは、環境(気候や、食物や、病原菌など)の変化に柔軟に対応できることです。

さらに常在菌は種類が多く、その総体としての遺伝子の数が多い。この記事の最初の方に「消化器官にいる微生物の遺伝子の総数は330万個で、ヒトゲノムの遺伝子2万~2万5000個の約150倍に相当する」と書きましたが(No.119 参照)、消化器官だけをとってみても、こういった「遺伝子の多さ」をヒトは利用できるわけです。

常在菌は進化のスピードが早く、また遺伝子の数がヒトに比べて桁違いに多いということは、一言でいうと多様性があるということです。ヒトは「ヒト + 共生微生物群」を「超個体」とすることで、個体だけに頼るより多様性を獲得できた。共生微生物群は人によって違います。たとえ一卵性双生児でも違います。この多様性こそ、ヒトが存続していくための重要事項なのです。多様性に関して言うと、そもそも生物の多くが有性生殖をするのも、遺伝子の多様性を確保する手段だというのが通説です。

そういった共生微生物群との相互作用で作られるのが人間の免疫機構です。免疫機構は極めて適応性に富んだシステムです。「非自己」を「自己」から区別するといっても、その「非自己」の種類は無限だし、また環境によって変わるからです。

人体はにいくつかの「原則」がありますが、その一つは

  適応性に富んだシステムは、その発達段階でインプットを必要とする

というものです。適応性に富んだシステムを設計図だけで決めることはできません。「設計図+インプット」で決まる。免疫に関して言うと、インプットが過小であったり偏っていると、それなりの免疫機構しかできないわけです。さらに、宇宙飛行士の筋力低下を引き合いに出すまでもなく、

  人体の機能は、使わなければ衰える

のが大原則です。免疫を制御し抑制する必要性が無い状態が続くと、その制御し抑制する能力が萎縮します。そして免疫制御能力が萎縮すると、アレルギーや自己免疫疾患が起きる。



現代の人間社会の重要課題は、崩れてしまった2つの生態系の回復です。2つとは、自然生態系と人体生態系です。人体生態系とは言うまでもなく、ヒトと共生微生物群の生態系(= 超個体)です。生態系の回復は容易ではありません。自然生態系の回復の原則は、

  トラを絶滅から守るためには、トラが暮らすジャングルとそこで生きているものすべて ── 土壌細菌からアリや木々に至るまで ── を保全しなければならない

からです。人体生態系でも同じことが言えるはずです。

いまさら昔には戻れないことも多いでしょう。人体生態系の回復のために、寄生虫を意図的に体内に入れるわけにはいかない(免疫関連疾患の治療は別にして)。しかし「現代人の生活」と「人体生態系の回復」の妥協点は、何とかあるのではないか。それを模索していくことが、人類にとっての緊急の課題です。



以上が本書『寄生虫なき病』の(重要だと思える)ポイントの要約です。本書にはもっと多方面の話題があります。寄生虫治療の実態、マラリアと自己免疫疾患の関係、完全な無菌状態で飼育されたマウスがどうなるか、ヒトに無害なはずのヘルペス・ウイルスがなぜ疾患を引き起こすのかなど、興味深い話題は多々あるのですが、省略しました。また、旧友仮説(衛生仮説)の証拠となる研究も大変念入りに紹介されています。それらは本書を読んでもらうしかありません。


『寄生虫なき病』の感想


以降は本書『寄生虫なき病』の感想です。

本書の解説で生物学者の福岡伸一氏が書いていることなのですが、この本は医学・生理学における考え方の転換、パラダイムの転換を迫るものです。

つまり従来は、病原菌やウイルス、寄生虫といった「存在」が病を引き起こすことに注目が集まり、その「存在」をいかに排除するかが医学・生理学のテーマだった。ところが21世紀になって、共生微生物の「不在」が病を引き起こすという認識に至った。これはパラダイムの転換だというわけです。確かに「栄養不足による病」はあるが「細菌不足による病」というのはあまり聞いたことがない。

「不在」が病を引き起こすという意味で、福岡氏は解説のタイトルに「不在という病」というタイトルをつけています。しかし、これはちょっと不十分です。本書の原題は、この記事の冒頭にも掲げたように、


An Epidemic of Absence
- A New Way of Understanding
Allergies and Autoimmune Disieses -

不在という伝染病
- アレルギーと自己免疫病を理解する新しい道 -


です。Epidemicとは単なる病気ではありません。「伝染病」のことです。「不在」が病を引き起こし、その病は伝染する・・・・・・。これが著者が言いたかったことでしょう。

なぜこの「不在」という病が伝染するのか。それは「不在」が文明によってもたらされたからです。文明は伝播します。「進んだ」文明は、より「遅れた」文明にとってかわる。そもそも文明は伝染病と非常に良く似ています。その感染力は非常に強い。この「文明の感染」を防ぐのは、鎖国でもしない限り(鎖国をしたとしても)非常に難しい。だから「不在」という病も伝染する。

微生物の「不在」は、文明によってもたらされた生活環境と広範囲に関係する可能性があります。それは「清潔指向」「消毒」「殺菌」「抗菌剤・抗菌加工」「抗生物質」「医薬品」「農薬」「殺虫剤」「除草剤」「食品保存剤」などからはじまって、「加工食品中心の食生活」「下水道の完備」「道路の舗装」「緑視率の減少」「小動物や昆虫の減少」などまでが関係する(可能性がある)わけです。人類はこの200年程度で自然生態系を大きく破壊してきたのですが、それと全く同じ行動様式・思考パターンで人体生態系を破壊してきたのではないか。自然生態系の破壊と同時期に、平行して・・・・・・。

「不在」によって引き起こされる病は、それが文明の進歩と表裏一体であるからこそ、非常に根が深いと思いました。



しかし、パラダイム転換と言うなら、もう一つ重要なパラダイム転換があると思います。それは免疫(獲得免疫)は何のために存在するのかということに関係したことです。20世紀の免疫学によると、

  免疫は「自己」と「非自己」を区別し、「非自己」を排除することによって「自己」の統一性を保つためのもの

です。免疫に対するこのような認識は、No.69-70「自己と非自己の科学」に詳しく書きました。しかし本書を読むと、

  免疫は、「非自己」を「自己」に取り込み、自己の一部として共生して「超個体」を作り出すためのものでもある。もちろん、自己と共生できない「非自己」は排除する

という考えになるのです。もしそうだとしたら、これこそが大きなパラダイム転換でしょう。

ヒトの免疫機構が微生物に対応するやりかたは、非寛容(攻撃)と寛容(攻撃の抑制)のセットです。自己を危うくするような微生物に対しては非寛容(免疫による攻撃)が続きます(攻撃の失敗もある)。しかし、共存できる微生物に対しては寛容(免疫の抑制)が優勢になる。微生物の方もヒトから寛容を引き出すように進化し(それがヒトの体内で生き残る道だから)、ヒトが受け入れてくれると、生息場所と栄養分をもらう代わりに、ヒトにメリットを与える(消化やビタミン合成など)。そして共生が成立する。

No.69-70「自己と非自己の科学」でも紹介したように、ヒトの免疫システムには、
 ・曖昧性
 ・偶然性
が含まれています(それでいてほとんどの場合、自己の統一性が保たれている)。生死にかかわるところに曖昧性があっていいのかと思ってしまいますが、実は曖昧なところがないとまずいのですね。自己と非自己の境目が設計図によって厳密に決まっているような生命体は、環境と外界の変化についていけません。もちろん、曖昧性が原因となって「個」の破綻を招くこともある。しかし、それを補って余りある「種」としてのメリットがあるということでしょう。

No.69-70「自己と非自己の科学」は、免疫学者の故・多田富雄が著した2冊の本によっているのですが、その多田氏は免疫系を「超システム」と呼び、


遺伝的に、前もって決定されていたシナリオ通りに動くわけではない。さまざま環境条件や偶然性などを取り入れながら、時間的な記憶をもった創発的なシステムとして、個性に富んだ行動様式を自ら作り出してゆく

多田富雄
「免疫・自己と非自己の科学」
(NHKブックス 2001)

免疫・「自己」と「非自己」の科学.jpg
と述べています。ここで言及されているのは「獲得免疫」のことですが、改めて「獲得」とは適切な用語だと思います。もちろん「獲得」という言葉は「麻疹はしかに一度かかったら、二度とはかからない。ヒトは麻疹にかからない、という性質を後天的に獲得する」という意味の「獲得」です。それが本来の意味です。しかしここに至って、新たな「獲得」の意味が出てきた。

まさに「ヒトは免疫システムそのものを獲得していく = 自ら作り出してゆく」のですね。その「超システム」としての免疫システムが作り出すのが、「ヒト + 共生微生物群」という「超個体」なのでしょう。それが「獲得されるもの」です。ヒトの「獲得免疫」のありようは遺伝的に決まっているわけではありません。たとえ一卵性双生児であっても違います。そこに共生微生物群が加わると、一人一人でさらに違ってくる。自己とは何か、そのの根幹のところは極めて個性的であり、多様性に富むものなのです。



生命現象と社会現象を単純なアナロジーで考えるのはまずいとは思うのですが、本書を読んでいて、社会における「複雑な組織」と生命体の類似を考えずにはいられませんでした。

たとえば企業という組織ですが、純粋さ(コアとなる事業や技術、組織風土、企業理念など)を保ちつつ、異質さ(外国の人材、M&A、新分野、異業種連携、など)をいかに取り入れて共存していくかが重要です。これは生命体と非常に良く似ています。思い返すと、生物の進化をテーマにした No.56「強い者は生き残れない」の結論は「環境変化に柔軟に対応できるものが生き残る」でした。それは生命体も企業組織も全く同じだと思います。


サイエンス・ライターという職業


本書の著者であるモイゼス・ベラスケス = マノフは、コロンビア大学の大学院のジャーナリズム科でサイエンス・ライティングを専攻した科学ジャーナリストです。本書は8500本もの論文をあたって書いたと言います。本文には約700の注釈があって、引用した文献・論文が巻末に明記されています。

著者の姿勢もフェアで、個別の研究結果について反対意見があればそれも公平に書かれています。因果関係が実証されていないことは、実証されていないと書いてある。著者自身も自己免疫疾患を抱えていて、そのため寄生虫を体内に入れるという「治療」にチャレンジするのですが、その結果も(効果あり・効果なしの両方あった)、ありのままに書かれています。

本書で思ったのは「サイエンス・ライター」という職業の重要性です。現代は科学技術に関わる事項が社会の大問題になったり、人間社会の行く末に大きく関わったりするわけです。原子力発電がそうだし、地球温暖化もそうです。以前の記事で言うと、遺伝子組み換え作物(No.102-103「遺伝子組み換え作物のインパクト」)もそうでしょう。ガン研究もその一例です。しかしこういった重要事項は、それ自体が大変にこみ入っていて、複雑なわけです。一般人が理解するのは並大抵ではない。そのことから、人を惑わすいいかげんな説や、科学的根拠の全くない宣伝文句、誤った風説がまかり通ったりする。

このような科学技術に関わる複雑な事項を、科学者・技術者の研究成果や論文に基づきつつも、分かりやすく解説することは大変に重要だと思います。分かりやすく、というのは文章の分かりやすさも重要です。モイゼス・ベラスケス = マノフ氏の文章は非常に論理的で読みやすい。そのことも本書の優れた点だと思いました。

また同時に、この本は日本語訳が優れています。訳したのは赤根洋子さんという翻訳家です。もちろん原文の英語も良いのでしょうが、日本語文章が非常に明晰で感心しました。巻末の注釈(約700)を省略せずに記載したのも好感が持てます。

とにかく、アメリカでは全米屈指の名門大学でサイエンス・ライティングを専攻できるようなのです。日本ではどうなのでしょうか。


マイクロバイオームの再生医療


ここからは完全な補足です。

アメリカの雑誌「Scientific American」の2013年12月号に「World Changing Ideas」という記事が掲載されました。「世界を変えるアイデア」です(日経サイエンスの日本語訳では「常識を変える先端技術」)。この記事は、世界を変える(かもしれない)10の技術を紹介したものですが、その一つが「腸内細菌の再生」に関するものでした。『寄生虫なき病』と大いに関係する内容なので、日経サイエンスの日本語訳で一部を紹介します。


マイクロバイオーム
腸内細菌を操って病気や感染症と戦う

私たちは口や皮膚、消化器にいる何兆もの細菌や真菌、ウイルスのおかげで毎日を健康に暮らしている。こうした微生物のほとんどは実験室での培養が難しいため、以前は研究手段がなかった。しかし、急速に改良が進む低コストの塩基配列解読技術によって、ようやくそれが可能になりつつある。常在細菌と戦うのではなく、彼らと協力して、頑固な疾患を治療したり健康全般を改善する興味深いアプローチが考案されようとしている。

数年前は微生物の大集団を研究することは夢物語でしかなかったが、現在はそうした実験をそれほどコストをかけずにできるようになっていると、スタンフォード大学医学部教授レルマン(David Relman)は言う。この「メタゲノミクス」という新分野は、健康な人と様々な症状や病気に苦しむ人の腸内のマイクロバイオーム(細菌叢)がどのようなものかを教えてくれる。そのようなデータを活用して、細菌叢のバランスを操作し、肥満や炎症性腸疾患など多くの病気を直す可能性が探られている

・・・(以下、略)・・・
日経サイエンス
(2014年5月号)

我々が発酵食品を食べたり乳酸菌やビフィズス菌入りの飲料を飲むのは、腸内細菌を「整えよう」とする努力です。この記事にある「メタゲノミクス」は、DNA解析技術を駆使して、大々的・組織的にマイクロバイオーム(細菌叢)を「整える」もののようです。

これはかなり難しい技術だというのが直感です。「普通の人に比べて、数種の腸内細菌が不足している」ことが分かったとしても、その数種を注入すればよいというわけではないはずです。ヒトは「数種の腸内細菌が不足している状態を前提に、それなりに最適化されている」はずです。人体生態系なのだから・・・・・・。

しかし「不在という伝染病」と戦うには、このような医療技術を突き詰めることしかないのだと感じました。

続く


 補記 

本文の中に本書を読んだ感想として、

本書を読むと、
  免疫は、「非自己」を「自己」に取り込み、自己の一部として共生して「超個体」を作り出すためのものである。もちろん、自己と共生できない「非自己」は排除する
という考えになるのです。

と書きました。しかしこれは「考えになる」どころか、本当のことだと分かってきたようです。免疫システムが「非自己」を「自己」に取り込む働きをしている。そのことが、2015年2月22日のNHKスペシャルで説明されていました。

つまり免疫システムのキーである「抗体」の一種、免疫グロブリンA(IgA)が、人体との共存を許す細菌だけに選択的に取り付き、腸の壁を覆っている粘液層に細菌が入りやすくしています。IgAが「取り付く」ことで粘液層に入るときの抵抗が少なくなるようです。これを研究している日本の理化学研究所のシドニア・ファガラサン氏がインタビューに答えていました。


IgA抗体は攻撃するためでなく、腸内細菌を助けるために働いています。IgA抗体は私たち人間に必要な菌だけを選んで腸に住み着かせているのです。

私たちは細菌とともに長い進化の歴史を過ごしてきました。その過程で互いに助け合う仕組みを発達させたのです。腸内細菌と共に生きていることの本当の意味を知るべきです。私たちは腸内細菌と一緒になって初めて一つの生命体なのです。

シドニア・ファガラサン(理化学研究所)
NHKスペシャル(2015.2.22)
「腸内フローラ ~ 解明!驚異の細菌パワー ~」より

人間の免疫システム(獲得免疫)が何をやっているかというと、それは、

自己と非自己の認識
特定の非自己の認識(特異性)

の二つです。①はもちろん生命体としての自己同一性を保つためですが、②は何のためにあるのか。それは「特定の非自己」を攻撃するためと同時に、「特定の非自己」と共存し「自己」の一部とするためでもあるようです。

(2015.3.1)



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No.119 -「不在」という伝染病(1) [科学]


マイクロバイオーム(細菌そう


No.69-70「自己と非自己の科学」で、ヒトの「獲得免疫」のしくみについて書きました。獲得免疫は「自然免疫」に対比されるもので、「病原体などの抗原に対して、個々の抗原ごとに特異的に反応して排除するしくみ」を言います。その No.70「自己と非自己の科学(2)」の最後の方に、ヒトの「マイクロバイオーム」が免疫に重要な役割を果たしていることを紹介しました。

マイクロバイオームとは人間の消化器官や皮膚に住みついている細菌群(=常在菌)の総体を言う用語で、日本語では「細菌そう」です。No.70「自己と非自己の科学(2)」で紹介した内容を要約すると次の通りです。

人体に住みついている細菌は「常在菌」と言い、一時的に体内に進入して感染症を引き起こす「病原菌」とは区別される。常在菌は病原性を示さない。

常在菌の住みかは、口腔、鼻腔、胃、小腸・大腸、皮膚、膣など全身に及ぶ。人体にはおおよそ 1015 個(1000兆個)の常在菌が生息し、この数はヒトの細胞数(約60兆個)の10倍以上になる。常在菌の種類は1000種前後と見積もられている。

ヒトの消化器官にいる微生物の遺伝子の総数は330万個で、ヒトに存在する遺伝子2万~2万5000個の約150倍に相当する。

有益な微生物の代表例は、バクテロイデス・テタイオタオミクロンだ。炭水化物を分解する能力が非常に優れていて、多くの植物性食品に含まれる大きな多糖類を、ブドウ糖などの小さくて単純で消化のしやすい糖類に分解する。そのおかげで人間はオレンジやリンゴ、ジャガイモや小麦胚芽といった食品から栄養素を効率的に吸収することができる。

2010年には、自己免疫疾患を抑制する制御性T細胞の誘導に関係するバクテロイデス・フラジリスが、2011年には同様にこの制御性T細胞を誘導するクロストリジウム属が発見された。

日経サイエンス
2012年10月号より(要約)

この最後の項が、常在菌が人体の免疫機構を制御している、少なくとも免疫機構に関与していることを言っています。最近、このこと関連した医学研究を詳細に分かりやすく解説した本が出版されました。非常に興味深い本だったので、その内容を紹介したいと思います。『寄生虫なき病』という本です。


『寄生虫なき病』


『寄生虫なき病』(文藝春秋 2014)は、アメリカのサイエンス・ライターであるモイゼス・ベラスケス=マノフ氏の本で、細菌や寄生虫と免疫関連疾患の関連が詳細に書かれています。彼は数千の研究論文を読破し、また研究者へのインタビューも行って本にまとめました。著者自身も自己免疫疾患を抱えていて、自分のやまいを知りたいという強い思いが伝わってきます。

この本(以下「本書」)は約500ページもあるので、とても全部の内容を要約できませんが、以下にポイントを紹介します。

寄生虫なき病.jpg

カバー写真:アメリカ鉤虫(こうちゅう。Necator americanus)。体長10mmほど。幼虫は人間の皮膚から体内に侵入し、血管を通って最終的に小腸に到達すると、腸壁に取りつき、血液を吸って繁殖し、人体に様々なダメージを与える。アメリカ合衆国では現在は根絶されている。著者はこのアメリカ鉤虫を自ら体内に取り込んだ。─── 本書カバーの説明を引用。


衛生仮説


一般に、

  環境が清潔過ぎると、アレルギー疾患が増える

という主張を「衛生仮説」と呼んでいます。これは1990年代半ばから提唱されたもので、日本では寄生虫の減少とアレルギー増加の相関関係を指摘した藤田紘一郎博士が有名です。本書は衛生仮説が正しいことを主張するものですが、もう少し厳密に、

  衛生仮説
  微生物(細菌や寄生虫)が少ない環境が、免疫関連疾患(アレルギーや自己免疫病)のリスクを増大させる

とし、各種の実証研究を網羅的にあたってこの仮説を説明した本です。

衛生仮説と言う時の「衛生」や「清潔」の意味に注意すべきで、ちょっと誤解を受けかねません。「不衛生」で「不潔」な環境がアレルギーを減少させると考えてしまうと「それじゃ、ニューヨークのスラム街に喘息患者が多いのはおかしいではないか」となります。スラム街に喘息患者が多いのは、喘息を誘発するアレルゲン(ゴミ、チリ、ダニ、など)が多いからです。本書には、スラム街で比較すると微生物が少ないほど喘息のリスクが増加することが書かれています。

「微生物」という言葉にも注意すべきです。これはもちろん、コレラ、赤痢、麻疹、インフルエンザなどの伝染病の原因となる病原菌やウイルスのことではありません。昔からヒトと共存してきた微生物のことです。そもそも伝染病は5000年ほど前から始まったとされています。なぜなら、伝染病の成立・維持に必要な人間の集団の数は約20万人(最新の学説)だからです。また伝染病には動物の細菌が人間に感染したものが多い。つまり伝染病は人間が動物を家畜化し、文明生活を集団で始めて以降のものです。病原菌は人類進化史の観点からすると「新参者」です。

こういった誤解を避けるためにも「衛生仮説」ではなく「旧友仮説」と呼ぶべきだという学者の意見が本書に紹介されています。旧友(Old Friends)とは、人類が旧石器時代からずっと共存してきた微生物です。従って、衛生仮説をさらに正確に言うと、

  旧友仮説 = 衛生仮説
  人類が旧石器時代から共存してきた微生物(細菌や寄生虫)が少ない環境が、免疫関連疾患(アレルギーや自己免疫病)のリスクを増大させる

ということになります。

さらに注意点は、免疫の働きは人によって違うので、免疫関連疾患を増大させるといっても、具体的な現れは人によって違うということです。あくま平均的なリスクを増大させるのであって、そのリスクが顕在化するかどうかは人によって違います。

以上を踏まえつつ「旧友仮説」(衛生仮説)の背景と、その要因となっている人体の機構を本書から紹介します。


免疫関連疾患の特徴


免疫関連疾患とはアレルギー疾患と自己免疫疾患をさします。アレルギーは、花粉、ダニ、各種食物(そば、小麦、鶏卵、・・・)、煙、紫外線などの、いわゆるアレルゲンの刺激によって免疫系が過剰に反応し、それが原因で炎症や気管閉息(喘息)などの症状が出るものです。

自己免疫疾患は、免疫系が自己を攻撃する病気です。リウマチ(関節)、1型糖尿病(膵臓)、重症筋無力症(筋肉)など、ほとんどあらゆる臓器に自己免疫疾患があると言われています。また、多発性硬化症のように中枢神経全般に病変が起こるものや、赤血球が破壊される溶血性貧血、全身の臓器に炎症が発生する全身性ループス(エリテマトーデス)というような病もあります。難病と言われている病気の多くは自己免疫疾患です。

これらの「免疫関連疾患」の発病には、何点かの特徴があります。

 ① きわめて現代的なやまいである 

たとえば花粉症が初めて記録されたのは19世紀初めのイギリスです。当初はイギリス人だけに見られた症状で、他のヨーロッパ諸国にはありませんでした。20世紀になるとアメリカでも記録されるようになり、20世紀後半に先進国で激増しました。ちなみに花粉症は最初の免疫関連疾患と言われています。

一般にアレルギーや喘息は1960年代に「流行」が始まり、1980年代に発症が加速し、2000年代前半にピークに達して現在もその水準を維持しています。先進国ではこの40年間に、総じて2~3倍に増加しています。

セリアック病という病気があります。穀物のタンパク質・グルテンが引き起こす炎症性腸疾患ですが、この病気の有病率(人口あたりの発症率)は、20世紀半ばから現在までに4倍になりました。

自己免疫疾患に目を移すと、中枢神経全般に病変が起こる多発性硬化症は、20世紀後半から有病率が3倍になっています。

1型糖尿病(若年性糖尿病)という病気があります。我々がよく耳にする糖尿病は生活習慣に起因する「2型糖尿病」ですが、1型糖尿病は遺伝子変異による自己免疫疾患で、幼少期に発病します。この有病率も3倍になりました。

総じて、免疫関連疾患は

19世紀から兆候が現れ
20世紀に有病率が増加し
20世紀後半に激増した

という経緯をたどっています。

 ② 遺伝子変異による免疫疾患にも「現代病」がある 

さきほどのセリアック病ですが、この病気は遺伝子変異で引き起こされることが分かっています。セリアック病は、小麦や大麦などの穀類に含まれるグルテンを摂取すると炎症性の腸疾患が起こるもので、60年前にはほとんどありませんでした。

そもそも小麦は農耕の起源にもなったように、人類にとって大変に重要な食物です。そこに含まれているグルテンはパン生地や麺に粘性を与えている成分で、グルテンがないと小麦とは言えません。そのグルテンを摂取すると腸疾患が起こるという遺伝子変異が、なぜヒトに温存されてきたのかが不思議です。これは「セリアック病の発症を押さえる要因が以前は存在したが、現代ではそれがなくなった」ことを疑わせます。

1型糖尿病(若年性糖尿病)も遺伝子変異によって起こります。幼少期に発病し、ほおっておくと生殖年齢までは生きられません。治療はインシュリンを投与することですが、そのインシュリンは1920年代に医薬品としての生産が始まったものです。もちろん遺伝子変異が20世紀に起きたのではなく、昔から人類に変異が受け継がれてきた。ではなぜ遺伝子変異による致死的な病気が人類に伝わってきたのか。これも「1型糖尿病の発症を押さえる要因が以前は存在したが、現代ではそれがなくなった」ことを強く疑わせます。ちなみに1型糖尿病の有病率は20世紀後半で3倍になっています。

 ③ 免疫関連疾患は国による差が激しい 

免疫関連疾患は、国によって有病率に極端な差があることが特徴です。たとえばアレルギー疾患の有病率には、最も高い国と最も低い国で20倍もの差があります。オーストラリアの子供は4人に1人がアレルギー疾患を抱えていますが、アルバニアの子供にアレルギー疾患はほとんどありません。1型糖尿病はさらに顕著で、最も高いフィンランドの有病率は、最も低い中国の350倍です。

こうしてみると、いわゆる「先進国や豊かな国」ほど免疫関連疾患が多い傾向のようです。では先進国の何が原因なのかが問題です。

 ④ 人種的・民族的要因ではない 

国によって差があることは、人種的要因、ないしは民族的要因を想像させますが、そうではありません。免疫関連疾患の調査から分かってきたのは、有病率が低い国の人でも

  移住をすると、移住先で生まれた2世の有病率は地域住民と等しくなるか、地域住民を上回ることもある

ということです。これはその国・その地域の「環境要因」によることを強く疑わせます。

 ⑤ 富裕層から流行が始まった 

19世紀に花粉症がイギリスではじめて報告された当時ですが、同時のイギリスの上流階級や富裕層に特徴的にみられました。花粉症は「金持ちの病気」とみなされたようです。このように「富裕層から免疫関連疾患の流行が始まる」という現象が、20世紀にはいってからも多々あったことが分かっています。


寄生虫と免疫関連疾患


寄生虫の減少と免疫関連疾患の増加の相関関係を指摘した先駆者(の一人)は、アメリカの胃腸科の専門医であるジョエル・ワインストックでした。

炎症性腸疾患(IBD)という病気があります。潰瘍性大腸炎とクローン病を総称してIBDと呼びます。クローン病は小腸を中心に炎症が起こり、消化器官全体に及ぶこともあります(クローンは発見者の名前)。IBDは20~30代で発症する病気です。ワインストックはIBDを研究し、有病率が地域と時代によって大きく違うことに気づきました。

IBDが初めて報告されたのは19世紀後半のイギリスです。ロンドンとダブリンから多くの症例の報告があり、中でも「上流階級の、栄養のいい、健康で裕福な人」が発症しました。アメリカでのIBDの流行は、北部の白人から始りました。ジョン・F・ケネディ大統領も大腸炎に悩まされていたと言います。そして「北高南低」の傾向を保ちつつ、次第に全米に広がっていきました。

IBDの発症率は一卵性双生児でも大きく違います。従って遺伝的要因ではありません。ワインストックは「子供の時に衛生的な環境で育った人ほど発症率が高い」ことに着目しました。そして、

  アメリカにおけるIBDが広がりは、寄生虫撲滅の歴史的・地理的変遷とよく一致する

ことを見いだしたのです(1995年)。これが衛生仮説の誕生になりました。

人間の寄生虫は、ほとんどが無害です。しかし中には有害なものがある(回虫など)。そのため寄生虫を駆除する国をあげての衛生改革がアメリカでは20世紀前半から組織的に行われたのです。

本書にない余談ですが、潰瘍性大腸炎は安倍晋三首相(2014年7月現在)の持病です。中学校を終えるころ発病したそうです。第1次安倍内閣の2007年9月、安倍首相は病状悪化のため、突然、辞任を発表しました。



「寄生虫の減少と免疫関連疾患の増加には関係がある」という仮説を検証するにはどうしたらよいのか。いわゆる「先進国」では既に衛生改革が進んでしまっていて検証はできません。そこで「19世紀から20世紀にかけて先進国がたどってきた道を、今たどっている国・地域」を研究すればよい、ということになります。

エチオピアのジンマという町(人口9万人)で喘息の発症率を調べた研究があります。1990年代のジンマでは、入院患者の20人に一人が喘息の患者でした。これは当時のアフリカとしてはかなりの高率です。その10年前にはジンマの喘息患者はほとんど皆無だったのです。喘息の原因には大気汚染、チリ、ダニ、食生活などのさまざまな説があります。研究チームはジンマの都市部と農村部を調査し、喘息患者は都市部に多く農村部に少ないことを見い出しました。

詳しく調べると、大気汚染、チリ、ダニ、食生活などの要因は全て無関係となりました。これらは都市部と農村部で差がなかったのです。調査チームは他に考えられる要因を列挙し、一つ一つ調査のうえ、関係のないものをつぶしていきました。それらの中に唯一、喘息の有病率と反比例の関係にあるものがあったのです。それが寄生虫(鉤虫こうちゅう)の感染率でした。

この例に見られるように「寄生虫がいなくなるとアレルギーが出現する」という研究は他にも多くあります。



アレルギーを引き起こすのは、人体で作り出される「免疫グロブリンE = IgE」という抗体です。全ての哺乳類が IgE を作ることから分かるように、IgE は進化の歴史上、極めて古いものです。この IgE は何のためにあるのか。それは「寄生虫を排除するため」というのが、1990年代に発達した免疫学の結論です。

一方、タンパク質で引き起こされる(= タンパク質がアレルゲンとなる)アレルギーがあります。花粉や小麦などです。なぜ人体に無害なタンパク質に対して IgE が作られるのか。タンパク質は数万種もありますが、アレルゲンとなるタンパク質は数10種類の特定のものです。なぜ特定のタンパク質がアレルゲンになるのか。それは「アレルゲンとなるタンパク質は寄生虫のタンパク質と似ているからだ」ということも分かってきました。

こういった免疫学の知識も「寄生虫がいなくなるとアレルギーが出現する」という因果関係を疑わせます。


衛生状態と免疫関連疾患


旧ソ連の崩壊(1991)は、免疫関連疾患の研究にとって絶好の機会を提供することになりました。というのも、同じ生活習慣の同一民族が、国境線で東と西に分断されていたケースがあったからです。「鉄のカーテン」の消滅で、分断された同一民族の比較研究が可能になりました。一つは東西ドイツの比較であり、もう一つはフィンランド領カレリアとロシア領のカレリアの比較研究です。

ベルリンの壁の崩壊(1989)後、東西ドイツのアレルギーを比較したミュンヘン大学の研究があります。当時の東ドイツはまだ石炭が主力燃料であり、西ドイツより遙かに大気汚染がひどい状況でした。また市民がチリダニやカビに曝露する機会も西ドイツより多かった。要するに「数十年前の西ドイツ = 東ドイツ」だったのです。当時の学説に従って、アレルギー疾患は東ドイツの方が多いと予想されました。

ところが事実は意外なものでした。調べてみると、

確かに気管支炎は東ドイツが西ドイツの2倍多いが
喘息の有病率はほぼ同じであり
花粉症の有病率は東ドイツが西ドイツの3分の1から4分の1
アレルギー傾向の人は東ドイツの方がずっと少ない

ということなのです。その要因を各種の調査から分析すると、違いは「幼児期の感染症」でした。たとえば東ドイツの方が住宅環境が遙かに「混雑」しており、また保育所に通った経験が多かった(東:70%。西:8%)。その他、さまざまな要因の結果、感染症の経験が東ドイツの方が多かったのです。



フィンランドの東に「カレリア」と呼ばれる地域があり、フィン人と近縁のカレリア人が住んでいます。カレリアはフィンランド領とロシア領の2つに現在も分断されています。分断されていても同じ民族であり、夏は白夜が続くという北極圏の同じ緯度に住んでいます。

フィンランドの研究者がカレリア人の自己免疫疾患・アレルギーを調べました(フィンランドは自己免疫疾患の有病率が世界で最も高い国の一つです)。その結果、

1型糖尿病の有病率は、ロシア領カレリア人がフィンランド領カレリア人の6分の1。1型糖尿病の原因である遺伝子変異の率はほぼ同じ。

小麦が引き起こすセリアック病は、ロシア領カレリア人がフィンランド領カレリア人の5分の1。小麦の消費量はほぼ同じ。

花粉症の有病率は、フィンランド側がロシア側の4.5倍。

喘息の有病率は、フィンランド側がロシア側の2倍。

という結果になりました。なせこのような差異が出るのか。それを統計的に分析すると、

感染症(トキソプラズマ、ピロリ菌、A型肝炎など)
生活環境の細菌(感染症にはならない細菌)

の違いで説明できることがわかりました。いずれもロシア領カレリアの方が圧倒的に多かったのです。たとえば、ロシア領カレリアの水道水に含まれる微生物(主として腐生菌 = 生きていない有機物を栄養源とする細菌の総称)は、フィンランド側の9倍ありました。カレリアは、

  同一民族が、ヨーロッパの中でも最も豊かな先進地域(フィンランド側)と、ヨーロッパの最貧地域(ロシア側)に分かれている、という希有な状況にあった

ことが、自己免疫疾患とアレルギーの有病率の明確な差を生み出したと考えられるのです。



これらの調査の中で頻繁に見られたのは、アレルギー疾患における次のような現象です。

兄弟効果 兄弟姉妹を比較すると、後に生まれた子の方が先に生まれた子よりアレルギー疾患が少ない。

保育所効果 保育所に通った子供の方が、通っていない子供よりもアレルギー疾患が少ない。

農場効果 農家の子供の方が、非農家の子供よりアレルギー疾患が少ない。また、農場で家畜に接する機会が多いほどアレルギー疾患のリスクが低下する。

これらの研究が結論づけているのは、人間にとっての微生物環境の重要性です。つまり、生活環境で微生物に接する機会が多く、体内の腸内細菌が多様なほどアレルギー疾患のリスクが低下し、また免疫関連疾患の発症リスクも押さえるという関係性です。

現代は(特に先進国は)「アレルゲンは豊富なままだが、微生物が不足している」という状況なのです。


母体の微生物環境が子供の病を左右する


人間の微生物環境は、胎児の時から始まっていることも分かってきました。つまり、

母親の妊娠中の行動が子供に農場効果をもたらす。つまり、母親が妊娠中に農場などで動物に多く接すると子供のアレルギー・リスクが低下する。

逆に、母親が妊娠中に微生物に出会わないと子供の喘息のリスクが高まる。

などの観察結果です。これは、子宮内の免疫環境が胎児の免疫系に刷り込まれるからと考えられます。

母親の体内環境が胎児に影響を与えるのはありうることです。先天性風疹症候群という症状があります。母親が妊娠初期に風疹にかかると、赤ちゃんに心臓の奇形や難聴、白内障などの各種症状が現れるリスクが高まります。風疹ウイルスが胎児にまで届くわけではありません。子宮内部は無菌状態です。先天性風疹症候群は、ウイルスによって母体に引き起こされた変化が胎児に影響するという一つの例です。母体の免疫環境が子宮内の免疫環境に影響し、それが胎児の免疫系に影響するというのも、ありうることです。

もちろん、生まれて後の微生物環境も大変に重要です。赤ちゃんは産道を通るときに母体の「微生物のスープ」に包まれます。これが赤ちゃんにとっての最初の微生物の洗礼となります。

お母さんの乳頭にはビフィズス菌のコロニーが発生することが知られています。赤ちゃんが母乳を吸うとビフィズス菌が体内に入ります。酸素を嫌う「嫌気性細菌」であるビフィズス菌はどこからくるのでしょうか。マウスによる実験では、白血球がビフィズス菌を腸から乳腺に運ぶことが分かってきました。母乳には約200種類のオリゴ糖が含まれますが、これを消化できるのはビフィズス菌だけです。母乳がそれを提供し、赤ちゃんの体内に友好的な共生菌が住みつきます。ちなみにオリゴ糖とは単糖類が結合した糖類の総称で、多糖類(結合数10以上程度)よりは結合数が少ないものを言います。

母乳以外の微生物環境(家庭、保育所、・・・)も、もちろん重要です。早い時期に微生物に曝露すると人間の「免疫抑制機構」が発達します。逆に、幼少期に微生物に出会わないと免疫抑制機構は発達しません。大人になってからでは遅いのです。

続く


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No.105 - 鳥と人間の共生 [科学]

No.56「強い者は生き残れない」で、進化生物学の研究者である吉村仁氏の同名の著書に従って「共生と協調が生物界における生き残りの原理」であることを紹介しました。この本ではそこから論を広げて、人間社会においても「共生と協調」が重要なことが強調されていました。今回はその「共生」についてです。


共生


生物の世界の「共生」は広く見られる現象です。たとえば「昆虫と花」の関係です。昆虫は花から栄養を得て、花は昆虫に受粉してもらうというように相互に依存しています。昆虫がいなくなったら絶滅する花はたくさんあります。

その昆虫の世界では、たとえば蟻とアブラムシ(ないしはカイガラムシ、ツノゼミなど)の共生が有名です。アブラムシは蟻に糖分を分泌し、蟻はアブラムシを外敵(たとえばテントウムシ)から守るという共生関係です。

では、人間は他の生物と共生関係にあるのでしょうか。すぐに思いつくのは、No.70「自己と非自己の科学(2)」で書いた「常在菌」です。常在菌は病原菌と違って、人間の体内に住みついています。


常在菌のすみかは、口腔、鼻腔、胃、小腸・大腸、皮膚、膣など全身に及ぶ。人体にはおおよそ 1015 個(1000兆個)の常在菌が生息し、この数はヒトの細胞数(約60兆個)の10倍以上になる。常在菌の種類は1000種前後と見積もられている。

東京大学・服部教授
日経サイエンス(2012.10)
No.70 - 自己と非自己の科学(2)参照

常在菌には「ヒトの免疫システムの一部として機能している」(No.70)など、人間にメリットを与えている菌が多数あります。常在菌は養分を人間が摂取する食物から得ているので、共生だと言えます。

常在菌との共生は分かるのですが、それは目には見えないし、共生しているという実感が湧きません。蟻とアブラムシのように「目に見えるかたち」で人間と共生している動物はないのでしょうか。犬、猫、馬、牛、小鳥のように人間が家畜として「利用している」のではなく、生物学的な「共生関係にある」動物です。

最近、その「目に見えるかたちでの、人間と動物の共生」に関して興味深い話を読んだので、それを紹介したいと思います。そのためにはまず、アフリカなどに生息する哺乳類・ラーテルから説明する必要があります。


ラーテル


ラーテル-1.jpg
ラーテル
(小学館の図鑑 NEO 2002 より)

ラーテルはイタチ科に属する体長1メートルほどの小動物です。アフリカから西アジア、インドに分布し、サバンナや乾燥した草原、岩石砂漠、また森林にも住みます。

ラーテルは頭部から背中、尻にかけてが白い毛で覆われているのが特徴です。雑食性で、草原などを這い回り、小型の動物(虫や爬虫類、小型哺乳類)や果実などを食べます。

ラーテルの武器は、頭部から背中にかけての分厚い皮です。堅いと同時に伸縮性にも富んでいて、ライオンの牙やヤマアラシの針なども通しません。いわば天然の装甲車です。そういう「装甲」があるからでしょうか、ラーテルの性質は荒く、あらゆる動物に立ち向かいます。ライオンさえ恐れないと言います。ギネスブックには「世界一怖い物知らずの哺乳類」として記載されているようです。

さらにラーテルは毒蛇のコブラをも補食します。ラーテルはコブラの神経毒に対する耐性をもっていて、噛まれても死ぬことはありません。ちょっと驚きです。



ところで、ラーテルの英語名は

 honey badger

ラーテル-2.jpg
木に登って蜂の巣を探すラーテル(小学館の図鑑 NEO 2002 より)
です。honey はハチミツ、badger はアナグマですね。アナグマもイタチ科の動物であり、確かに姿はアナグマに似ています。和名は「ミツアナグマ」で、これは英語名をそのまま訳したものでしょう。

ラーテルは、その英語名・和名が示す通り、蜂の巣を襲い、蜂蜜や蜂の子を食べるのが大好きです。ラーテルが木に登って蜂の巣を探している様子の写真を掲げました。

そしてここからが本論なのですが、アフリカに生息する「ノドグロミツオシエ」という鳥は、このラーテルを蜂の巣に誘導する習性を持っているのです。「習性を持っている」というのは言い過ぎかもしれないので、習性を持っているとされているとしておきます。


ノドグロミツオシエの誘導行動


ノドグロミツオシエ-1.jpg
ノドグロミツオシエ(オス)
(小学館の図鑑 NEO 2002 より)

ノドグロミツオシエは、ミツオシエ科の鳥で、主としてアフリカに分布します。全長は10-20cmで、名前の通り、オスは喉のところが黒い色をしています。この鳥もラーテルと同じように蜂の巣が大好きで、蜂の巣そのものを食べます。ノドグロミツオシエの腸には、蜂の巣の素材である「蜜蝋」を消化する細菌が住みついているので、こういうことが可能なのです(共生!)。

ミツオシエという鳥の英語名は

 honeyguide

で、ノドグロミツオシエは

 greater honeyguide

です。honeyguide = ミツオシエ = ハチミツ案内、という名前が示すように、この鳥は動物を蜂の巣に誘導する習性を持っています。ミツオシエ科の鳥すべてがこの習性を持ってはいませんが、ノドグロミツオシエを含む数種は「ハチミツ案内」の行動をします。

たとえば人間です。アフリカでは現在でも狩猟採集民が生活していますが、ノドグロミツオシエは人間を見つけるとまわりを飛び回り、次に蜂の巣へと先導します。狩猟採集民はノドグロミツオシエの習性を知っていて、その誘導に従って蜂の巣を見つけ、斧で蜂の巣を壊し、蜂蜜を採取します。ノドグロミツオシエは人間が蜂蜜を採取したあとの「おこぼれ」(蜜蝋など)を食べるというわけです。

ノドグロミツオシエ-2.jpg
蜂の巣を食べるノドグロミツオシエ(小学館の図鑑 NEO 2002 より)。ミツオシエ科の鳥は、腸に共生する細菌が蜜蝋を消化する。

こういう話を聞くと、我々は次のように考えます。

人類発祥の地・アフリカにおいて、極めて長い時間をかけて、ノドグロミツオシエとラーテルの共生関係ができあがった。

人間はかしこいので、ノドグロミツオシエがラーテルを蜂の巣に誘導することを経験的に知り、その誘導行動を利用するようになった。それが繰り返されるうちに、ノドグロミツオシエも直接人間を誘導するようになった。

これがごく普通の考え方でしょう。

しかし、そうではない。ノドグロミツオシエの誘導行動はヒトとの共生関係でできあがった、と主張する人類学者がいます。ハーバード大学のリチャード・ランガム教授です。なぜランガム教授がそう主張するのかというと、それには彼が提唱する「料理仮説」が関係しています。


料理仮説


人間は霊長類の仲間ですが、他の霊長類とは際だって違った体の特徴をもっています。それは

脳が大きい
歯が小さい
腸が短い

という3つです。なぜ人類だけがこのように進化したのでしょうか。ハーバード大学の人類学者、リチャード・ランガム教授は、それは

  人間が食物を加熱調理して摂取するようになったからだ

という説を唱えています。いわゆる「料理仮説」です。

火の賜物.jpg

料理仮説が解説されている。加熱調理はヒトの生物的進化を促しただけなく、余裕時間を生み(食物咀嚼時間の減少)、結婚制度の発達にも影響したと主張されている。

加熱調理すると食物の摂取が容易になり、かつ生で食べるのに比べて栄養の吸収が格段に良くなります。これが脳を発達させ、また歯は小さくてよく、腸も短くて済むようになった。

脳は大きなエネルギーを必要とします。とりわけヒトの脳は大きい。基礎代謝率(安静時のエネルギー消費)の何パーセントを脳の消費が占めるかを比較すると、

◆ヒト   20%
◆平均的な霊長類   13%
◆大半の哺乳類   8-10%

です(『火の賜物』による)。この必要エネルギーの摂取を成立させたのが「加熱調理」だった。

生物にしばしば見られるのは、摂取する食物に体が適応していることです。ウシは草に、蚊は動物の血に、蜜蜂は花のミツに適応したというわけです。その観点からすると、ヒトは加熱調理された食物に適応した生物である・・・・・・。料理仮説をざっと説明すると以上のようになります。

ふつう、脳や歯、腸の進化の原因は人類が肉食を始めたからだとされています。ヒトは約250万年前までには肉食を始めたと考えられています。約250万年前の遺跡から、石器によって切断された大型動物の骨が見つかっているからです。ランガム教授も肉食の重要性を否定してはいません。ただ「進化にとって決定的だったのは加熱調理だ」と考えているのです。



料理仮説はあくまで仮説であり、まだ定説とはなっていません。この仮説に有利な証拠もあるが、不利な点もあるからです。有利な証拠は、動物は加熱調理した食物を摂取すると、生で食べるよりも(ないしは、細かく砕いて食べるよりも)栄養の吸収が良いことが、マウスを使った実験などで確かめられつつあることです。しかし不利な点もあります。それは

  化石記録を検証すると、ヒトの脳の容積の増加は約200万年前から始まっているが、ヒトが火を使った証拠で最も古いものは約100万年前である

ことです。約100万年、ズレています。

 
  ちなみに、100万年前にヒトが火を使った証拠は、イスラエルのヨルダン川沿いのゲシャー・ベノット・ヤーコヴ遺跡で、焼けた種(オリーヴ、大麦、ブドウ)と集められた火打ち石が発見されています。

それ以前の年代では、アフリカで焼けた土や石が発見されていますが、自然現象との見分けがつきません。ヒトが火を使った証拠が残り、かつそれが発見される確率は非常に低いと考えられています(ランガム『火の賜物』による)。

もちろん、証拠が発見されていないからといって「約200万年前にヒトが火を使っていなかった」とは断言できません。今後、何らかの確かな痕跡が発見されるかもしれない。

ランガム教授は、化石人類の解剖学的特徴から「少なくとも約180万年前には、ヒトは火を使っていた」と考えています。火を使って食物を摂取したとしたら、解剖学的に大きな変化が速やかに現れるはずであり、そういった大きな変化は、化石記録から約180万年前(ホモ・エレクトスへの進化)か、約20万年前(ホモ・サピエンスへの進化)のどちらかしかないというのがランガム教授の見解です。しかしこれは火を使ったという間接的な推測です。火を使ったという他の傍証がないのか。



ここで、ノドグロミツオシエが登場します。ランガム教授は、

  ノドグロミツオシエが蜂の巣へ動物を誘導する行動はヒトとの共生関係ででき上がり、その起源は極めて古く、それはヒトが火を使い始めたあとにできた

と考えているのです。この下線をつけた部分を、仮に「ミツオシエ仮説」と呼ぶことにします(一般的な名称ではなく、この記事で仮につけたものです)。


ミツオシエ仮説


ランガム教授の「ミツオシエ仮説」を雑誌から引用します。


チンパンジーは蜂蜜を好むが、ハチに追い立てられるので、ほんの少ししか食べられない。これに対しアフリカの狩猟採集民は、その100倍から1000倍の蜂蜜を手に入れる。火を使っているからだ。煙がハチの嗅覚を邪魔し、攻撃してこなくなる。

リチャード・ランガム教授
「日経サイエンス」(2013.12)以下同じ

燻煙器.jpg
出発点はちょっと意外な着眼です。「ヒトが火を使う」ことと「ヒトが煙を使って多量の蜂蜜を手に入れる」ことが結びつけられています。人類学者であるランガム教授はチンパンジーの生態を長年研究しています。また、人類学者という立場からアフリカの狩猟採集民の生活にも詳しい。ランガム教授は「狩猟採集民はチンパンジーの100倍から1000倍の蜂蜜を手に入れる」と、具体的な数値をあげて断言しています。

  なお、煙で蜜蜂をおとなしくさせる方法は現代の養蜂でも使われます。図の燻煙器(くんえんき。Amazonのサイトより)は、藁・麻布などの火種を入れ、ふいごで空気を送って煙を出す器具です。


問題は、蜂蜜を得るために人間がいつから煙を使ってきたかだ。

そこでミツオシエという鳥の出番となる。アフリカにいるノドグロミツオシエという種は、人間を蜂蜜に誘導するように進化している。この鳥は、人間が木を切る音や口笛、叫び声、そして現在では自動車の音などを聞いて近づいてくる。人間を見つけると目の前で羽ばたき、特別な鳴き声を上げて、人がついてくるのを待つ。こうして1km以上離れたハチの巣まで人間を誘導できるのだ。その人はそこで火をたいて煙でハチを武装解除し、巣を斧で切り開いて蜂蜜を取る。ミツオシエはそのおこぼれとして、蜜蝋にありつける。

(ランガム教授)

ここで述べられているのは、以前から知られていたノドグロミツオシエの誘導行動です。「特別な鳴き声を上げ」とあります。誘導行動に特有の鳴き声があるということは、ノドグロミツオシエが長い進化の過程でこの行動を獲得してきたことをうかがわせます。この次からが「ミツオシエ仮説」の核心です。


この誘導行動(生来のもので、学習の結果ではない)はミツアナグマ(引用注:= ラーテル)との共生関係に端を発し、人間は後からそこに加わったのだと考えられていた。しかし過去30年の研究で、ミツアナグマが蜂蜜の場所へミツオシエによって導かれる例は、あっても非常にまれであることがはっきりした

(ランガム教授)

第1のポイントは「誘導行動は生来のもの」というところです。引用にはありませんが、その最大の根拠は、ノドグロミツオシエは「托卵」をする鳥だという事実です。つまり、カッコウと同じように、他種の鳥の巣に卵を産みつけ、雛は他種の鳥に育ててもらって巣立ちます。親鳥から誘導行動を学ぶ生育環境はないのです。

第2のポイントは「ラーテル(ミツアナグマ)を誘導するのは、あったとしても非常にまれ」というところですが、これを立証する研究は大変だと思いますね。ノドグロミツオシエが人間を誘導することは分かっているので、フィールドワークをする研究者は「ノドグロミツオシエに見つからないようにラーテルを観察する」必要があります。その結果が「あったとしても非常にまれ」ということなのでしょう。この観察・研究結果からのランガム教授の推論です。


この鳥と共生的な関係を結んでいる現生生物がヒト以外にいないとすると、ミツオシエがこの行動を進化させるのを助けた絶滅種が過去にいたのではないだろうか? そう、もっとも妥当な候補は絶滅人類だ。私たちの祖先が昔から火を使っていたので、十分に長い期間にわたって自然選択が働き、ミツオシエとの関係が発達したことを強く指し示している。

(ランガム教授)

現生人類は約10万年前にアフリカで誕生し、ユーラシア大陸へ、また南北アメリカへと渡っていったというのが定説です。それ以前にアフリカで生まれたヒト、およびユーラシア大陸へ渡ったヒト(ジャワ原人、ネアンデルタール人など)は全て絶滅したと考えられています。上の文章の「絶滅人類」とは、そのことを言っています。では、ノドグロミツオシエという鳥の種は、どの程度の昔からアフリカにいるのでしょうか。


英ケンブリッジ大学のスポッティスウッド(Claire Spottiswood)はノドグロミツオシエのメスには地面の巣に産卵するものと、樹上の巣に産卵するものの2タイプがあり、異なるミトコンドリアDNAを伴っていることを発見した(ミトコンドリアDNAは細胞のエネルギー生産器官であるミトコンドリアにみられるDNAで、母親から受け継がれる)。スポッティスウッドらは変異の発生率をかなり控えめに想定したうえで、この2つの系統が約300万年前に分岐したことを突き止めた。つまりノドグロミツオシエは少なくとも300万年前から存在している。

だからといって人間の火の使用に基づくミツオシエの誘導行動が300万年前にさかのぼることにはならないが(もっと後になってからのことだと考えられる)、ミツオシエが大きな進化的変化を遂げられるだけの古い種であることは確かだと言える。

(ランガム教授)

  補足しますと、上の引用での「産卵」は、前にも書いたように他種の鳥の巣に卵を産みつける「托卵」です。引用から推測すると、ノドグロミツオシエには遺伝的に異なった2つのタイプがあり、托卵をする相手の鳥が違っている(地上に巣を作る鳥と、樹上に巣を作る鳥)ようです。

ノドグロミツオシエの誘導行動は火を使うヒトとの共生関係で発生した、というのが「ミツオシエ仮説」です。ではヒトはいつから火を使うようになったのか、その時期はこの仮説からは(少なくとも引用したランガム教授の雑誌での解説からは)出てきません。

問題は誘導行動という「大きな進化的変化」に要する時間の長さです。「ミツオシエ仮説」に従ってノドグロミツオシエの誘導行動が成立する過程を考えてみると、

ノドグロミツオシエという種が成立する(300万年前より以前)。

ヒトが火を使い始める(100万年前より以前)。

ヒトが「煙を使って極めて効率的に蜂蜜をとる」方法を会得する。

ノドグロミツオシエが誘導行動をとるように進化する。

という経過になるはずです。

問題は の時間です。これには「動物行動の進化」に関する知見が必要です。「日経サイエンス」の記事には書かれていませんが、ランガム教授は の時間を100万年というオーダーで考えているのではないでしょうか。だとすると、ヒトが火を使い始めた時期()は、現在から100万年前ということはあり得ず、それより遙かに昔ということになります。それはヒトの脳の容積が増大し始めた時期と重なるのではないか・・・・・・。ランガム教授はこう考えているようです。

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引用した日経サイエンス(2013.12)の記事。写真はランガム教授


2つの共生系


ミツオシエ仮説を認めるとすると、100万年というオーダーの昔からアフリカのサバンナで2種類の共生が成立していたことになります。

一つは蜂と花の共生です。蜂(ミツバチ)は花の蜜を集め、それを幼虫の栄養にする。花は蜂に受粉をしてもらうという、太古の昔からの共生系です。

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ノドグロミツオシエ
ランガム教授のカリフォルニア大学サンディエゴ校(U.C. San Diego)での講演(2012)より
もうひとつはヒトとノドグロミツオシエです。ノドグロミツオシエは蜂の巣の場所をヒトに教え、ヒトは煙を使って容易にハチミツを採取し、ノドグロミツオシエは残された蜜蝋を食べる、という共生系です。ランガム教授はカリフォルニア大学・サンディエゴ校の講演(2012年。ネットで公開されている)で「ケニアの狩猟採集民の研究では、蜜蜂の巣を採取するのに普通は平均8時間かかるが、ノドグロミツオシエの誘導行動を利用すると平均3時間でできる」と述べています。狩猟採集の効率という意味では大きいのです。

この花と蜂、ヒトとノドグロミツオシエという2つの共生系をつなぐキーワードは「蜜」です。この共生系において蜜は、

  花 → ミツバチ → ヒト → ノドグロミツオシエ(おこぼれ)

と連鎖します。それがアフリカのサバンナでヒトの誕生の初期に起こった。ヒトの誕生の初期に起こったというのはあくまで「仮説」です。しかし、

  少なくともアフリカのサバンナの狩猟採集民とノドグロミツオシエは「蜜」を介して(現代も)共生している

ことは確かです。ヒトを含む生物界においては「共生」が重要だということを改めて思わせる話です。

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ノドグロミツオシエの誘導行動を利用し、火を使って蜂蜜を採取するアフリカの狩猟採集民。ランガム教授の U.C. San Diego での講演(2012)より。

ここでちょっと考えてしまうのですが、共生が重要ということは、逆にノドグロミツオシエの将来が気になります。アフリカの近代化の進展で、狩猟採集民もいずれ「文明化」し、狩猟採集はやめてしまうと考えられます。農業や牧畜に移行し、蜂蜜をとるにしても養蜂になるはずです。ノドグロミツオシエの誘導行動は、いずれ人間にとって不要になる

そのときノドグロミツオシエはどうするのでしょうか。ラーテルと新たな共生関係を結ぶのか、共生なしに単独で蜂の巣を攻撃するのか、それとも絶滅してしまうのか・・・・・・。人類史の研究という観点からも気になるところです。


ハチミツ仮説


これ以降は「ミツオシエ仮説」の先で、ランガム教授の見解というわけではありません。ミツオシエ仮説の主張を認めるとすると、別の「仮説」が頭に浮かびます。こういう質問はどうでしょうか。


  自然界にある「人間が食べられる」もので、

加熱調理する必要がない
人間の体内で消化活動の必要もない
速やかに体に吸収されて栄養になる

という条件をすべて満たすものは何でしょう?


答えは「ハチミツ」です。他にあるかもしれませんが、我々の身近にあり、すぐに思い浮かぶのはそれしかない。

  余談になりますが、「速やかに体に吸収されて栄養になる」「ハチミツ」の二つで思い出すのが、No.87 で紹介したメアリー・カサットの絵、「闘牛士にパナルを差し出す女」(1873。クラーク美術館)です。パナルとはスペイン語で蜂の巣の意味です。

ハチミツは自然界にある最も甘いものと言われていますが、同時に非常に効率的に栄養を摂取できる食物です。ハチミツの 80% はブドウ糖と果糖であり(ほぼ半々)、これらは速やかに人間の体内に吸収されて栄養になります(いわゆる単糖類)。特に、ブドウ糖は脳の栄養としては必須です。ハチミツは花から集めた「蜜」(ショ糖が主成分)を蜂が体内で分解したもので、蜂があらかじめ「消化してくれた」ものと言ってよい。このハチミツこそ、「ミツオシエ仮説」の鍵となっているものです。

その「ミツオシエ仮説」は、そもそも「料理仮説」の傍証でした。「料理仮説」は加熱調理により容易にエネルギーを摂取できることが、ヒトの進化を促したと主張するものです。

だとすると、ごく自然に次のような考えが浮かびます。つまり、ヒトはノドグロミツオシエとの共生で多量のハチミツを入手して摂取できるようになったからこそ、脳の巨大化などの進化が可能になったのでは、という考えです。これを仮に「ハチミツ仮説」と呼ぶことにします。


(ハチミツ仮説)

ヒトは火を使うようになって、蜂の巣(ミツバチの巣)さえみつければ容易にハチミツを入手できるようになった(煙で蜂を麻痺させるから)。

さらにヒトはノドグロミツオシエとの共生により、どこに蜂の巣があるかが容易に分かるようになり、多量のハチミツを入手できるようになった。

食物の加熱調理に加えて、ハチミツの摂取がヒトの脳の巨大化を促した。これがアフリカのサバンナにおけるヒトへの進化の要因になった。


つまり、ヒトが「ホモ・サピエンス」へと進化する引き金を引いたものの一つは鳥だったのかもしれない・・・・・・という考えです。これが「仮説」と言うに値するかどうかは分かりません。100万年前のサバンナの自然環境(そんなにミツバチがいたのか? また花が多かったのか?)や、当時のヒトの食料に占めるハチミツの重要度についての知見や想定が必要だからです。ランガム教授はカリフォルニア大学サンディエゴ校での講演(2012年)で、現在のアフリカの狩猟採集民はカロリーの 10% - 15% をハチミツから得ている、という研究事例を述べています(その一方で人間以外の霊長類はゼロに近い)。10% - 15%というのは少ないようにも見えますが、他の食料のように咀嚼・消化の必要がないので「エネルギー収支」からみると多いようにも考えられる。また、これは現在の話です。100万年前はどうだったのか。そもそもヒトが「火を恐れず、火を使う」ということは、どういうメリットをもたらしたのでしょうか。

加熱調理によって栄養が効率的に摂取できる(脳の発達や余裕時間の発生)。

煙を使うことで多量のハチミツを入手できる(効率的な栄養摂取)。

アフリカの夜のサバンナで肉食性の猛獣から身を守れる。

その他、「暖をとる」「明かりになる」「腐りやすい食物をいぶして保存する」「夜の火や昼の煙が通信手段になる」などがすぐに浮かびます。どれも正しいと思いますが、 だけで考えたとすると、どれがヒトにとって重要だったのでしょうか。

「重要」というなら だと考えられます。生死に関わることだからです。 は、どちらも栄養の摂取に関係しています。では、 のどちらが重要だったのでしょうか。ひょっとしたら かも知れません。

「ハチミツ仮説」が正しいかどうかはともかく、アフリカの狩猟採集民にとって、極めて長期の昔からハチミツが重要な栄養源であったことは確かです。そして人類学の確固とした定説は、ヒトのルーツをたどるとアフリカで狩猟採集をしていた霊長類に行きつくということなのです。

「蜂蜜の歴史は人類の歴史」という言葉があるようですが、その場合の「人類の歴史」というのは、たとえば「紀元前5000年の古代エジプトからの歴史」というような意味ではなく「人類学的なヒトの歴史」という意味にとらえた方が良いようです。「蜂蜜の歴史はヒトの進化の歴史」が、より正確でしょう。

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ハチミツの80%はブドウ糖と果糖であり、ミツバチが精製・凝縮してくれた花の蜜のエッセンスである。写真は千葉県のサイトより。



「ミツオシエ仮説」、そして発端となった「料理仮説」で感じることは、サイエンスにおける仮説の重要性です。それはもちろん学者の領域ですが、我々としても「素人しろうと仮説」を想像してみてもいいのではと思います。仮説は科学者だけのものではないからです。

仮説を立て、それが正しいとしたら何が言えるかを考え、それを検証するための行動を起こし、結果を判断して仮説を修正する、という「モノの考え方」や「行動のプロセス」は、ビジネスの世界や実社会でも大変に重要なのです。



 補記 

タンザニアの北部に住む狩猟採集民、ハッザ族の人たちが、ノドグロミツオシエの誘導で木の幹に作られた蜂の巣を採る動画がYouTubeに公開されています。火を起こす場面もあり、狩りの様子がよく分かります。ランガム教授も登場します。

(2017.12.22)



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