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No.299 - 優しさが生き残りの条件だった [科学]

No.211「狐は犬になれる」の続きです。今回の記事の目的は、現生人類(=ホモ・サピエンス)が地球上で生き残り、かつ繁栄できた理由を説明する「自己家畜化仮説」のことを書くのが目的ですが、この仮説は No.211 で紹介した「キツネの家畜化実験」と密接に関係しています。そこでまず、No.211 の振り返りから始めたいと思います。


キツネの家畜化実験


No.211「狐は犬になれる」で、ロシアの遺伝学者、ドミトリ・ベリャーエフ(1917-1985)が始め、現在も続いている「キツネの家畜化実験」の経過を書きました。ベリャーエフは人がオオカミを飼い慣らしてイヌにした経緯、もっと広くは野生動物を飼い慣らして家畜にした経緯を知りたいと考え、それを "早回しに" 再現する実験を1958年に開始しました。

ベリャーエフが着目したのは「家畜は従順である」という事実です。人間が家畜に期待するものは、ミルク、肉、乗り物、護衛、牧畜や狩猟の補助、仲間付き合い、癒し(ペット)などさまざまですが、すべての家畜に共通しているのは人間に対して従順、ないしは友好的ということです。

ベリャーエフはこの事実を逆転させ、人間が従順で友好的な野生動物を選別して育種してきたから家畜ができたとの仮説をたてました。そして実験を始めます。

彼は、ロシア各地の毛皮生産工場からキツネを数百頭購入し、その中から人間に友好的な個体を選別して交配をしました。もちろん、野生のキツネの中に初めから人間に慣れ慣れしい個体がいるわけではありません。彼がやったのはキツネの点数付けです。つまり、

・ 人間に対しておだやかで、おとなしいキツネは点数が高い。
・ 人間に対して攻撃的なキツネ、あるいは人間を恐れるキツネは点数が低い

とし、個々のキツネごとにこの程度を観察して点数を付けます。そして点数が高いキツネを選別し、交配を繰り返しました。

すると第6世代の子ギツネに、イヌがするように人を舐めるなど人間との接触を積極的に求める個体が現れ始めました。No.211 の記事の時点でキツネは第58世代目ですが、70% のキツネは「イヌのようなキツネ」になりました。このキツネたちの特徴は以下のようです。

外見

・ 成長しても顔つきが幼い。
・ 本来は尖っている鼻が丸く変化している。
・ 尻尾がフサフサで巻き上がっている。
・ 垂れ耳になった個体もある。
・ 毛皮に "ぶち" がはいる。

行動

・ 生まれつき人間の視線と身振りを眼で追う。
・ 人間を慕って交流を望んでいるように見える。
・ 人間と親密な関係になる。また人間に対して忠誠心を示す。
・ 人間の指示を理解し、イヌのような行動をとる。

頭蓋骨

・ 頭蓋骨の長さが短く、幅は長くなる。全体的に丸っこくなる。

ホルモン

・ ストレスホルモンの値が低い

脳細胞

・ 記憶や学習をつかさどる海馬で、新生する細胞が通常のキツネの倍である。

重要なことは、「人間に対して友好的という、たった一つの基準」で選択・交配を繰り返すと、当初は思ってもみなかったような多様な変化が現れてイヌのようなキツネになったことです。ここまでが No.211 の振り返りです。

キツネの家畜化実験-2.jpg
ロシアの家畜化実験でイヌ化したキツネ。鼻は丸くなり、毛皮にはぶちが入っている。2017年現在、実験施設で飼われているキツネの70%はこのようなキツネである。No.211 の画像を再掲。
(日経サイエンス 2017年8月号 より)


オオカミがイヌになったプロセス


では、オオカミの家畜化は過去にどのように進んだと推定できるでしょうか。

ここからは、日経サイエンス 2020年11月号に掲載された論文を紹介します。米・デューク大学のブライアン・ヘア(Brian Hare)とヴァネッサ・ウッズ(Vanessa Woods)による「優しくなければ生き残れない」と題した論文の紹介です。以下、この論文の執筆者を「著者」と書きます。

日経サイエンス 2020年11月号.jpg
日経サイエンス
2020年11月号
現在のオオカミとイヌには、氷河期に生きていた共通の祖先があります。この祖先を「氷河期オオカミ」と呼ぶとすると、氷河期オオカミが分かれて進化して、現在のオオカミとイヌになったわけです。

では、どうやって氷河期オオカミがイヌになったのか。従来の説明は「人間がオオカミの子どもを野営地に連れ帰って家畜化した」とか、「人間がオオカミを飼い慣らして家畜化し、最終的には選抜育種を行ってイヌができた」というものでした。

しかしこの説明は筋が通っていません。氷河期オオカミを飼い慣らしたとしても、それは1代きりです。一方、キツネの家畜化実験でも分かるように、家畜化は何世代もの選択の過程を経て起こる現象です。また、家畜化されたキツネは遺伝子(DNA)レベルで野生のキツネと違うことが判明していますが、単なる飼い慣らしで遺伝子の変化は起きません。

現在のオオカミは肉食で、1回の食事で食べる肉の量は約9kgもあります。そして氷河期オオカミは現在のオオカミより体がさらに大きかった。氷河期オオカミを "飼い慣らした" とされる当時の人間は、狩猟採集の生活です。体の大きな肉食獣と、たとえば人間の子どもを野営地に残して狩りや採集に出かけるという生活は考えにくい。

以上のような考察を踏まえて著者は、氷河期オオカミがイヌになったプロセスを次のように推定しています。

なお、以下の引用では段落を変更したところがあります。また下線は原文にはありません。


氷河期に人間集団が定住するようになり、増えたゴミを野営地の外に捨てていたと思われる。こうした残り物には空腹のオオカミの食欲をそそるものが含まれていた。だがこれをあさることができたのは、人間を怖がらない最も友好的なオオカミだけだった。人間に攻撃性を示していたら殺されていただろう。

こうした友好的なオオカミは繁殖上で優位に立ち、仲間と一緒に食べ物をあさっていたので子育ても一緒に行ったと思われる。人間が意図的に選抜しなくても、友好的な形質が選択される過程が何世代も続いた末、この特殊な個体群の外見は変わり始めたのだろう。毛皮の色、耳、尾など、おそらくすべてが変わり始めた。これら奇妙な見た目のゴミをあさるオオカミに対して人間はますます寛容になり、彼らが人間の身振りを理解するユニークな能力をもっていることにすぐ気づいた。

人間の身振りや声に反応できる動物は、狩りのパートナーや護衛としてもとても便利だった。そのぬくもりと人懐っこさも有益だったため、人はこれらが焚き火の近くにやってくるのを徐々に許すようになった。人間が家畜のイヌを作り出したのではない。最も友好的なオオカミが自らを家畜化したのだ。

ブライアン・ヘア(Brian Hare)
ヴァネッサ・ウッズ(Vanessa Woods)
(米・デューク大学)
「優しくなければ生き残れない」
日経サイエンス 2020年11月号

この引用の最後のところ、「最も友好的なオオカミが自らを家畜化した」のが "自己家畜化" です。普通、家畜化というと、人間が野生動物(の子ども)を捕らえて育て、飼い慣らして家畜にすることを言います。そうではなくて「自然選択を通して起こる家畜化」が "自己家畜化" です。

この自己家畜化がヒトの進化の過程でも起こったという仮説が以下の話です。


なぜホモ・サピエンスが生き残ったのか


まず出発点は、なぜ現生人類(=ホモ・サピエンス)だけが生き残り、繁栄できたかという疑問に答えようとすることです。「優秀だから生き残った」というような単純な話ではないようなのです。


私たちは現世の唯一の人類だが、少し前までは同類がいた。ホモ・サピエンスは約30万年前に出現して以来、少なくとも4種の人類と地球を共有してきた。

なぜ私たちが勝ち残ったのか、その理由はいまにしてみれば明白に思える。私たちホモ・サピエンスは最も優れたハンターであり、最も賢く、最も技術に精通していた。だが、これは手前勝手な見方に過ぎない。

他の人類のなかにはホモ・サピエンスよりも進んだ技術を持っていた例があり、より長い期間にわたって存続したものや(100万年間)、脳のサイズが同等以上だった人類がいた。

「同上」

「少なくとも4種の人類と地球を共有」とありますが、その4種を具体的に書くと、

◆ ホモ・エレクトス
◆ ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)
◆ ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)
◆ ホモ・フロレシエンシス

となるでしょう。最後のフロレシエンシスは2000年代になってジャワ島で骨格が発見され、研究が進められている人類です。ホモ・サピエンスは少なくともこの4種と同時に生きていた時代がある。特にネアンデルタール人は、アフリカを出たホモ・サピエンスがヨーロッパで遭遇した人類です。


ネアンデルタール人は私たちよりも筋骨たくましく屈強だった。武器の扱いに長け、氷河期にあらゆる大型哺乳動物を狩っていた。さらに FOXP2 という遺伝子のタイプが私たちと同じだった。言葉を話すのに必要な精密に調整された運動に関与していると考えられている遺伝子だ。

またネアンデルタール人は高度に洗練された文化を持っていた。死者を埋葬し、病人や怪我人を介護し、体に顔料を塗り、貝殻や羽や骨でできた装飾品で身を飾っていた。

ヨーロッパに最初に到達したホモ・サピエンスは、寒冷な気候にうまく適応したネアンデルタール人の比較的大きな集団と遭遇した。後に氷河が発達すると現世人類はこれを逃れて去ったが、ネアンデルタール人はとどまって繁栄した。

「同上」

著者は、10万年前に戻ってどの人類種が今後生き延びるかを考えたら、ホモ・サピエンスよりもネアンデルタール人の方が有望に思えただろうと書いています。

ホモ・サピエンスは、ヒトに最も近縁の霊長類であるチンパンジーやボノボに比べて、遺伝的変異が少ないという事実があります。これは、ホモ・サピエンスの個体数がある時期に深刻なレベルにまで細ったことをうかがわせます。著者は「絶滅寸前に陥った」と書いています。

ではなぜ、最も屈強でもなく、最も賢くもなく、絶滅寸前にまで陥った(と推測される)ホモ・サピエンスが(=ホモ・サピエンスだけが)生き残れたのでしょうか。


ヒトに生じた自己家畜化


なぜホモ・サピエンスだけが生き残れたのか、それは一言で言うとホモ・サピエンスが「協力の達人」だったことによります。


私たちホモ・サピエンスを他の人類と比べると、最も友好的な種であったことがわかる。私たちが繁栄できたのは、ある種の認知的スーパーパワーのおかげだった。「協力的コミュニケーション」と呼ばれる一種独特の温和な気質である。

私たちは見知らぬ人とも一緒に働ける協力の達人だ。初対面の人と共通の目標について意志疎通し、協力して目標を達成する。このスーパーパワーはまだ歩行も会話もできない赤ん坊のうちの発達し、社会的・文化的に高度な世界への入り口となっている。他者と心を通わせ、代々伝えられてきた知識を受け継ぐことを可能にしている。高度な言語も含め、あらゆる形の文化と学習の基礎となっている。

「同上」

その「協力の達人」に向けてホモ・サピエンスを進化させたのが「自己家畜化」でした。


この友好性は「自己家畜化」を通じて進化した。家畜化は友好性に対する強い選択を伴う過程だ。ある動物が家畜化されると、互いにまるで無関係に思える多くの変化が起こる。「家畜化症候群」と呼ばれるこの一連の変化は、顔の形や歯の大きさ、身体各部や体毛の着色に現れるほか、ホルモンや繁殖周期、神経系も変化する。家畜化は人間が動物に対して行うことだと考えられているものの、自然選択を通じて起こることもある。それが自己家畜化だ。

「同上」

家畜化は友好性に対する強い選択を伴う過程であり、互いにまるで無関係に思える多くの変化が起こる ・・・・・・。ここが自己家畜化仮説の核心です。それは冒頭にあげた「キツネの家畜化実験」で実証されている通りです。

ちなみにこの自己家畜化仮説は著者の2人と、ハーバード大学の人類学者・ランガム(Richard Wrangham)、デューク大学の心理学者・トマセロ(Michael Tomasello)の20年にわたる共同研究で作られたものです。ランガム博士は、いわゆる「料理仮説」を提唱した学者です(No.105 参照)。またトマセロ博士はヒトとチンパンジーの認知能力の違いの研究を先導してきた学者で、ヒトが "意図の共有" という能力を生まれながらに持っていること(=協力上手)を証明しました。


自己家畜化を検証する


ホモ・サピエンスは自己家畜化のプロセスで友好的な性質を獲得したという仮説は、何らかの方法で検証できるのでしょうか。ここで思い出すのが、冒頭で振り返った「キツネの家畜化実験」です。あの実験ではキツネの2つのタイプの変化、つまり、

・ 行動の変化(=人なつっこくなる、人と意志疎通ができるようになる)
・ 形態の変化(=顔が丸くなる、頭蓋骨が短く幅広になる)

が同時に起こりました。人類の進化史を研究する上で、行動は化石に残りません。しかし頭蓋骨は化石に残ります。著者が注目したのは、行動を制御する神経ホルモンがヒトの骨格に影響を及ぼすという事実です。


思春期にテストステロンの量が多いほど眉上弓が太くなり、顔は長くなる。(もともと)男性は女性よりも眉上弓が厚く突出し、顔がわずかに長くなる傾向があるため、こうした特徴の顔は男性的だと言われる。

テストステロンはヒトの攻撃性の直接の原因でないが、テストステロンの濃度と他のホルモンとの相互作用が攻撃的な性格を調節しているのは確かだ。

旧石器時代を通じてヒトの眉上弓が低くなり、顔が短くなり、頭が小さくなったことは、人類学者によってたびたび言及されてきた。私たちは、そうした変化をたどれば、ヒトの行動と身体を同時に形作った生理的な変化が生じた時期を特定できることに気づいた。

「同上」

要するに、現在までに発見されているホモ・サピエンスの頭蓋骨の形状を調べることで、神経ホルモンの変化(従って行動の変化)を推定しようというわけです。


私たちは当時デューク大学にいたチャーチル(Steven Churchill)およびシエリ(Robert Cieri)とともに、8万年前を区分点として、それ以前のホモ・サピエンスは以降の後期更新世のヒトに比べて顔が長く眉上弓がずっと大きかったことを見いだした。8万年前よりも新しい頭蓋骨は、顔面から突き出た眉上弓の高さが平均で40%低く、頭蓋骨の長さは10%短く、幅は5%狭かった。

パターンにばらつきはあったもののこの変化は続き、後に狩猟採集民の顔はさらに優雅が見かけになった。この変化はテストステロンの減少を示している。

「同上」

さらに、テストステロンとは別の神経ホルモン、セロトニンが頭蓋骨に与える影響もあります。


脳が利用できるセロトニンを増やす薬が人を協力的にし、他者を傷つけようとする意志を抑えることが、倫理的ジレンマと協力を調べた社会科学の実験で示されている。

セロトニンは行動を変えるだけではない。発達初期にセロトニンにさらされると頭蓋骨の形も変化するようだ。妊娠中のマウスにSSRI(引用注:選択的セロトニン再取り込み阻害薬。脳が利用できるセロトニンを増やす。うつ病治療などに使われる)を投与したところ、生まれた子は鼻づらが短くて細く、頭蓋骨が球形になった。

ホモ・サピエンス以外の人類種はすべて、額が平らで低い位置にあり、頭蓋は分厚つかった。ネアンデルタール人の頭はラグビーボールのような形だった。風船のような頭蓋骨を持つのは私たちホモ・サピエンスだけで、人類学者はこの頭蓋形状を球形と呼んでいる。この形はホモ・サピエンスの進化の過程でセロトニンの利用可能性が増えた可能性を示している。

「同上」
Neandertal vs Sapiens.jpg
ホモ・サピエンス(左)とネアンデルタール人(右)の頭蓋骨を比較した図。"球形" と "ラグビーボール" の違いがよく分かる(Wikipediaより)。

テストステロンとセロトニンといった神経ホルモンは、頭蓋骨の形状に変化を与えるだけでなく、行動に変化を及ぼします。


ホモ・サピエンスの家畜化のなかで、テストステロンとセロトニンの濃度が変わったのなら、別の分子も同様に変化しただろう。テストステロンが低下し、セロトニンが上昇すると、オキシトシンというホルモンが社会的結びつきに及ぼす効果が強まる。

オキシトシンは出産時に母親の体内で急激に増えて母乳の分泌を促し、母乳から赤ちゃんに移行する。親と赤ちゃんが目を合わせるとオキシトシンによる相互作用のループが生じ、互いに愛し愛されていると感じるようになる。蘭ライデン大学のデドルー(Carsten DeDreu)が金銭ゲームや社会ゲームの実験で被験者にオキシトシンを吸入してもらったところ、より協力的で共感しやすく、相手を信頼するようになる傾向が生じた。

「同上」

このような、仲間を識別して友好性を示す性質を獲得したホモ・サピエンスは、集団による高度な協力が可能になりました。これが文化や社会の発展につながり、進化の時間スケールからすると "瞬く間に" 世界を席巻しました。


攻撃性という逆説


しかし人類は、他者に対して友好性を示すと同時に、攻撃性を示して残酷にもなります。これはどうしてでしょうか。


有効性の基盤となる神経ホルモンの変化が、同時に恐ろしい暴力の下地になっている場合がある。オキシトシンは子育て行動に極めて重要だとみられ、"抱擁ホルモン" とも呼ばれている。だがむしろ "母熊" ホルモンと呼んだほうがよいだろう。わが子を生んだときに母親の全身に満ちあふれるのと同じオキシトシンが、その子が脅かされたときには母親の怒りの火に油をそそぐ。



自己家畜化によってヒトという人種が形作られるなかで、増大した友好性は新たな形の攻撃性をもたらすことにもなった。脳が発達する間に利用できるセロトニンが増え、オキシトシンが私たちの行動に及ぼす影響が強まった。集団のメンバーが互いに強く結びつくことが可能になり、そのきずなは非常に強く、家族のように感じるようになった。

こうして新たに他者を気にかけるようになったが、同時に血縁関係のないそうした仲間を守るために暴力を使うのをいとわなくなった。人は進化によって他者をより強く愛するようになったが、その愛する人が脅かされたときの攻撃性も強まったのだ。

「同上」


協力する集団は変えられる


以上のような攻撃性は、仲間ではないと認識した他者に示されるものです。しかし人間は交流を通して、どの範囲が仲間なのかという認識を柔軟に変えることができます。


人間性に関してこうした進化上の逆説的な側面はあるものの、誰が自分の集団に属しているかの認識は柔軟に変えられるものだ。種としてのホモ・サピエンスは、集団の概念を数千人あるいは数百万人に拡張する能力をすでに示してきた。さらに拡大可能だろう。

集団間の対立の解消する最善の方法は、感じられている脅威を社会的交流を通じて和らげることだ。脅威の感覚がもとになって自分の集団内の他者を守ろうとするなら、集団どうしが接触して脅威を生じなければ、自分が属する集団が何であるかの定義を拡張できる。



集団間の対立の場合、考え方を変化させる可能性が最も高いのは行動の変化、人的接触という行動の変化だ。

「同上」

この最後のあたりの、集団間の人的交流の重要性が、著者が論文で最も言いたかったことです。



以上をまとめると、次のようになるでしょう。

◆ ホモ・サピエンスは、友好性をもつ個体ほど生き残りやすいという自然選択の過程を経験した。

◆ 友好性により集団での協力が可能になり、これがホモ・サピエンスに大きなパワーを与え、地球上で生き残り、繁栄できた要因となった。

◆ 個体の友好性は神経ホルモンの変化に起因するが、それは同時に頭蓋骨形状の変化をもたらす。化石資料を調べると、確かに想定される変化が起きている。

◆ このプロセスは野生動物の家畜化と本質的に同じである。ただし人間が家畜化したのではなく、自然選択による家畜化であり、それは「自己家畜化」と呼べる。

◆ 集団内の他者に対する友好性を発揮する神経ホルモンは、同時に集団外の人間に対する攻撃性をもたらした。

◆ しかし人間は集団の定義を柔軟に変えることができる。集団間の対立を解消し、集団の定義を変えるのに最も有効なのは、人的接触をするという行動変化だ。

著者の考える「人間とは何かという問いに対する答え」がここに示されているのでした。付け加えると、この論文は日経サイエンスと提携関係にある Scientific American誌の2020年8月号に掲載されたものです。日経サイエンスの編集部も指摘していますが、この論文の掲載は、分断と差別と対立が続く社会に対するメッセージという意図があった。そういうことだと思います。


「キツネの家畜化実験」再考


実は、著者はロシアで行われているキツネの家畜化実験の現場を訪れて調査をしています。


私たちのチームがこれらのキツネを調べたところ、イヌと同様に人間の身振りから意図を読みとるのがうまいことがわかった。人を恐れず人にひかれるキツネを育てただけなのに、社会的知能の向上など、意図せぬその他の変化が生じた。

「同上」

「キツネの家畜化実験」では、「人に友好的」「知能が高い」「丸っこい顔(その他多数の形状変化)」の3つの変化がワンセットで起こりました。これが、ホモ・サピエンスの「自己家畜化仮説」の大きな傍証となったようです。

ロシアの遺伝学者、ベリャーエフの「キツネの家畜化実験」は「人が野生動物を飼い慣らして家畜にした経緯を知りたい」ということから始まりました。ベリャーエフは、人に従順な個体を選別・育種するという、たった一つの規準で家畜化はできるだろうと考えた。この洞察が非凡だったと思います。

彼が「キツネの家畜化実験」の意義について、どこまで見通していたのかは分かりません。しかし少々意外なことに、この実験はホモ・サピエンスが地球上で生き残って繁栄した理由(=仮説)につながり、もっと大きく言うと「人間とは何か」という問いに答えるための材料にもなった。

家畜化実験のキツネの遺伝子は DNA レベルで詳しく分析されているようです。ということは、たとえばの例ですが、人間の自閉症の研究にも役立つかもしれない。「キツネの遺伝子を DNA レベルで詳しく分析する」などは、ベリャーエフが実験を始めた1958年には考えもできなかったことです。それが現在では可能になっている。

「キツネの家畜化実験」は、いわゆる基礎研究の一つです。何かに役に立つことを目的としたものではありません。しかし基礎を押さえることで、そこから発展や応用の道が開ける(ことがある)。基礎研究の意義を改めて思いました。


優しくなければ生き残れない


ここからは日経サイエンスの論文の題名に関した余談です。米・デューク大学の2人の論文の原題は、

 Survival of the Friendliest

で、「最も友好的な(friedlyな)ものが生き残る」という意味です。この題はもちろん、ダーウィンの進化論に関して言われる、

 Survival of the Fittest

つまり「最適者が生き残る(=適者生存)」の "もじり" ないしは "パロディ" です。一方、日経サイエンス編集部が訳した日本語題名は、

 優しくなければ生き残れない

で、これはアメリカの小説に登場する有名な台詞せりふの "もじり" になっています。それは、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』の中の、私立探偵のフィリップ・マーロウの台詞で、マーロウの尾行対象の女性、ベティー・メイフィールドとの会話に出てきます。最も新しい村上春樹訳では、次のようになっています。


「これほど厳しい心を持った人が、どうしてこれほど優しくなれるのかしら?」、彼女は感心したように尋ねた。

「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」

私は彼女にコートを着せかけてやり、我々は車のあるところまで歩いた。

レイモンド・チャンドラー
村上 春樹 訳
「プレイバック」第25章
(早川書房 2016)

ちなみに、マーロウの台詞の原文は、

If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

です。この台詞には2つの文がありますが、最初の文の「生きのびてはいけない」の部分と、2番目の文の「優しくなれないようなら」の部分を切り取って合わせてしまったのが、論文の日本語題名ということになります。原題の "もじり" には "もじり" で訳すということでしょう。

村上春樹さんが『プレイバック』の「訳者あとがき」で書いていました。チャンドラーに関する英米の書籍を読んでいても、この台詞に関する記述は全く出てこないし、知り合いのアメリカ人に聞いてみても、誰もそんな台詞があるとは知らなかったと ・・・・・・。これは日本でだけ有名な台詞のようです。

論文の原題はホモ・サピエンスの生き残りの要因を "friendly(友好的)" というキーワードで表現していますが、"優しい(gentle)" となると少々意味が違います。従って「優しくなければ生き残れない」というタイトルは原題を正確には伝えていません。とはいうものの、このタイトルは「日本でしか有名でない、アメリカの小説の台詞のパロディ」になっていて、これはこれでピッタリという感じがしました。




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