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No.280 - 円山応挙:国宝・雪松図屏風 [アート]

No.275「円山応挙:保津川図屏風」の続きで、応挙の唯一の国宝である『雪松図屏風』(三井記念美術館・所蔵)について書きます。私は今までこの作品を見たことがありませんでした。根津美術館で開催された『円山応挙 -「写生」を超えて』(2016年11月3日~12月18日。No.199「円山応挙の朝顔」参照)でも前期に展示されましたが、私が行ったのは後期だったので見逃してしまいました。

国宝雪松図と明治天皇への献茶.jpg
『雪松図屏風』は、三井記念美術館の年末年始の展覧会で公開されるのが恒例です。今度こそはと思って、2020年の1月に日本橋へ行ってきました。「国宝 雪松図と明治天皇への献茶」(2019.12.14 - 2020.1.30。三井記念美術館)という展覧会です。雪松図と茶道具がセットになった展覧会ですが、その理由は、明治20年(1887年)に三井家が京都御所で明治天皇に献茶を行ったときに『雪松図屏風』が使われたからです。

この屏風は今までTVやデジタル画像で何回も見ましたが、そういったデジタル画像ではわからない点、実際に見て初めてわかる点があることがよく理解できました。ないしは、実際に見ると "なるほど" と強く感じる点です。それを4つの切り口から以下に書きます。

雪松図屏風.jpg
円山応挙(1733-1796)
「雪松図屏風」

雪松図屏風(右隻).jpg
円山応挙
「雪松図屏風」右隻

雪松図屏風(左隻).jpg
円山応挙
「雪松図屏風」左隻


松の葉が描き分けられている


『雪松図屏風』は右隻に1本、左隻に2本の、合計3本の松が描かれています。詳細に見ると、これらの松の "葉" の描き方が右隻と左隻で違います。右隻の松葉は墨の黒が濃く、長さは長い。一方、左隻の松葉は右隻と比較すると墨が薄く、長さは短く描かれています。

各種の解説にありますが、この松はクロマツ(黒松。=雄松。右隻)とアカマツ(赤松。=雌松。左隻)です。このような一対の雄松・雌松は長寿の象徴で、縁起がよいとされています。正月の門松がまさにそうで、左(向かって右)にクロマツ、右(向かって左)にアカマツを配するのが正式です。

戸外で見るクロマツ・アカマツは、幹の木肌を見るとその区別が一目瞭然です。クロマツは黒灰色、アカマツは赤褐色の木肌をしています。しかし墨で描かれたこの応挙の屏風では、色の違いが分かりません。あとは葉の違いですが、我々は普通、2種類の松の葉を見比べることなどないので、『雪松図屏風』がクロマツ・アカマツだとは、ざっと眺めているだけでは気づかないのです。

そのクロマツ・アカマツの違いですが、植物図鑑によるとアカマツの方が葉が短いとあります。そして『雪松図屏風』を子細に見ると、違いが描き分けられています。そこは納得できました。

しかし『雪松図屏風』を実際に見た感じでは、松の葉の濃淡の方が印象的でした。ここから受ける感じは、右隻のクロマツは老木で、左隻のアカマツは若木だということです。若木の方が鮮やかな緑色にふさわしく、墨で描くとしたらより薄い色になるでしょう。

以上のような松の葉の描き方の微妙な違いは、実際の屏風を見てわかるのでした。


塗り残し


これは有名なことですが、『雪松図屏風』の雪は "塗り残し" で描かれています。つまり紙の表面をそのまま見せることで、六曲一双の雪の全部を表現している。ここまでくると超絶技巧と言っていと思いますが、これは単に技巧を誇示したものではないと感じます。この雪の描き方(=描かない "描き方")から受ける印象は、水分が少ない、降ったばかりの雪で、ふわっとした柔らかい感じの雪、という感じです。

No.199「円山応挙の朝顔」に、同じように塗り残しで雪を表現した『雪中水禽図』を引用しました。柔らかい綿のような感じの雪です。同じ No.199 には雪ではありませんが、白い狐(=神獣)を描いた『白狐図』も引用しました。薄暗がりの中にボーッと浮かび上がるような、独特の感じを出しています。狐の白い毛に『雪中水禽図』の雪と似たものを感じました。

『雪松図屏風』の「柔らかい、綿のような雪」の感じは、塗り残しでしか表現できないのではないでしょうか。というのが言い過ぎなら、塗り残しで最もうまく表現できる雪です。応挙はそれを狙った。そう思いました。

ちなみに『雪松図屏風』に使われている紙は、紙継ぎのない超特大の1枚紙だそうです。この屏風のために(おそらく三井家が)特注したものでしょう。雪松図は "塗り残し" が六曲一双のほとんどに渡って使われています。従って1枚紙でないと、紙の表面がそのまま見えている雪のどこかに継ぎ目があからさまになってしまう。それを避けたのだと思いました。

雪松図屏風(右隻・第5扇).jpg
円山応挙
「雪松図屏風」
右隻・第5扇(部分)

雪松図屏風(左隻・第3扇).jpg
円山応挙
「雪松図屏風」
左隻・第3扇(部分)


3次元表現


『雪松図屏風』は松の幹や枝と3本の木の配置で、応挙の3次元的な写実表現を味わうことができます。

まず、松の幹と枝が丸みを帯びて見えます。雪で覆われていない木肌の部分は墨で描かれていますが、その墨の黒がまるで影のように見える。影を描いた日本画は江戸後期の絵にありますが、普通は影を描くことはありません。応挙もその伝統に従ってはいますが、影のように見えることを意図して描いたと感じました。これによって松の幹や太い枝のボリューム感が表現されています。狩野派の松とは全く違う写実性があります。

また3本の松の配置は、左隻の2本の松が右隻の松より遠くにある感じがします。特に左隻の左側の松は明らかに奥にある。全体の3本の松は右から左へ行くに従って、だんだんと "小ぶりに" なっています。遠くのものは小さく見えるという原理によって、空間的な奥行きを感じるのだと思います。

さらに、描かれた松の枝は横に延びたり、前にせり出したり、後ろに後退したりと、いろいろだと感じます。特に実際に立てて展示されている屏風を見ると、屏風の折り目の前に出た部分に描かれている松の枝が、後ろから前に延びてきているように見えます(下図)。あくまで相対的な前後関係ですが、こういう効果も狙って構図が決められているのだと思いました。

雪松図屏風(3次元).jpg
屏風は立てて置かれるので、折り目のところで前に出た部分と、奥に後退した部分ができる。この図の丸で囲んだところの枝は、前に出ているように感じられる。


金泥と金砂子の効果


この屏風には全体的に金泥が塗られ、六曲一双の中央に近い部分には薄い金泥が塗られています。この薄い部分が日の光のようです。明け方に朝日が差し込んだか、ないしは霧が立ちこめる中、その霧が晴れてきて陽光が差し込む。そんな感じです。

そして全体の下の部分、地面に積もった雪を表す薄い金泥には、その上に金砂子(金箔を粉状にしたもの)が散らされています。陽光が差し込んで地上の雪がきらめく感じがよく出ています。

この金砂子の効果は解説書によく書かれていますが、実際に屏風を見て、なるほどと実感できました。

雪松図屏風(右隻・第3・4扇)部分.jpg
「雪松図屏風」右隻の第3・第4扇の部分図。下の方に砂子が散らしてある。金箔と同様、この視覚効果は実際に見て初めてわかる。




全体のまとめですが、『雪松図屏風』の前に立つと "その場にいるよう臨場感" を感じます。その臨場感の中で、"厳粛な雰囲気" と "すがすがしく、晴れやかな感じ" を受けます。それはまさに、我々が実際に「雪が降ったあとの庭に陽光が差し込む光景」を見たときの感覚を思い起こさせるものでした。




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