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No.268 - 青森は日本一の「短命県」 [社会]

No.247「幸福な都道府県の第1位は福井県」で、都道府県の "幸福度" を数値化する指標の一つである平均寿命を取り上げました。この「都道府県別の平均寿命」は青森県が最下位です。そのことを指して、

青森県民が塩気の利いた食品(漬け物など)を好むからだという説を聞いたことがありますが、青森県当局としてはその原因を追求し対策をとるべきでしょう。

と書きました。私は知らなかったのですが、実は「青森は日本一の短命県」という "汚名" を返上すべく、2005年から大がかりなプロジェクトが進んでいます。そのことは最近の新聞で初めて知りました。その認識不足の反省も込めて、今回は進行中のプロジェクトの話を書きます。まず、No.247 で取り上げた「都道府県別の平均寿命」の復習です。


都道府県別の平均寿命


厚生労働省は5年に1回、「生命表」を公表しています。最新は2015年のデータで、ここでは男女別の平均余命が全国および都道府県別に集計されています。ゼロ歳の平均余命が、いわゆる「平均寿命」です。

No.247「幸福な都道府県の第1位は福井県」は、「2018年版 都道府県幸福度ランキング」(日本総合研究所編)の内容を紹介したものでしたが、ここで指標の一つとして使われた平均寿命は、厚生労働省の「道府県別平均寿命データ(2015年)」の男女の平均値でした。つまり男と女の平均寿命を単純平均したもの(小数点以下1桁)です。

今回は、厚生労働省の原データ(小数点以下2桁)から再計算した結果を掲げます。No.247 の表とは微妙に違っていますが、有効数字の違いであり、大筋では同じです。もちろん都道府県の順位は変わりません。表の用語の意味は以下の通りです。

◆ 平均寿命
男性の平均寿命と女性の平均寿命を単純平均したもの。
◆ 偏差
平均値からのズレ。正か負の値。
◆ 標準偏差
偏差の2乗を平均したものが分散で、分散の平方根が標準偏差(正の値)
◆ 標準化変量
偏差を標準偏差で割ったもの(正または負)。つまり標準化変量は、平均がゼロ、標準偏差が1になるようにデータを正規化したもの。
◆ 偏差値
標準化変量を10倍し、50を足したもの。偏差値は平均が50、標準偏差が10になるようにデータを正規化したもの。大学入試などに使われる学力偏差値と同じ。

平均寿命のランキング

原データ都道府県別生命表(厚生労働省)。調査年は2015年
平均寿命男性平均寿命と女性平均寿命の平均

順位 都府県 平均 寿命 偏差 標準化 変量 偏差値
1長野 84.7125 0.8753 1.9129 69
2滋賀 84.6750 0.8378 1.8309 68
3福井 84.4050 0.5678 1.2409 62
4京都 84.3750 0.5378 1.1753 62
5熊本 84.3550 0.5178 1.1316 61
6岡山 84.3515 0.5143 1.1239 61
7奈良 84.3050 0.4678 1.0223 60
8神奈川84.2800 0.4428 0.9677 60
9島根 84.2150 0.3778 0.8256 58
10広島 84.2050 0.3678 0.8038 58
11大分 84.1950 0.3578 0.7819 58
12東京 84.1650 0.3278 0.7164 57
13石川 84.1600 0.3228 0.7054 57
14宮城 84.0750 0.2378 0.5197 55
15山梨 84.0350 0.1978 0.4323 54
16香川 84.0300 0.1928 0.4213 54
17静岡 84.0250 0.1878 0.4104 54
18富山 84.0150 0.1778 0.3886 54
19新潟 84.0050 0.1678 0.3667 54
20兵庫 83.9950 0.1578 0.3449 53
21愛知 83.9800 0.1428 0.3121 53
22千葉 83.9350 0.0978 0.2137 52
23三重 83.9250 0.0878 0.1919 52
24岐阜 83.9100 0.0728 0.1591 52
25福岡 83.9000 0.0628 0.1372 51
26佐賀 83.8850 0.0478 0.1045 51
27沖縄 83.8550 0.0178 0.0389 50
28山形 83.7400-0.0972-0.2124 48
28埼玉 83.7400-0.0972-0.2124 48
30宮崎 83.7300-0.1072-0.2343 48
31群馬 83.7250-0.1122-0.2452 48
32鳥取 83.7200-0.1172-0.2561 47
33山口 83.6950-0.1422-0.3108 47
34長崎 83.6750-0.1622-0.3545 46
35高知 83.6350-0.2022-0.4419 46
36北海道83.5250-0.3122-0.6823 43
37徳島 83.4900-0.3472-0.7588 42
37愛媛 83.4900-0.3472-0.7588 42
39大阪 83.4800-0.3572-0.7806 42
40鹿児島83.4000-0.4372-0.9554 40
41茨城 83.3050-0.5322-1.1631 38
42福島 83.2600-0.5772-1.2614 37
43和歌山83.2050-0.6322-1.3816 36
44栃木 83.1700-0.6672-1.4581 35
45岩手 83.1500-0.6872-1.5018 35
46秋田 82.9450-0.8922-1.9498 31
47青森 82.3000-1.5372-3.3594 16

◆平均83.8372(歳)
◆標準偏差0.4576(歳)

最後に掲げた「平均」は、もちろん「都道府県別平均寿命の平均」です。厚生労働省の原データにおける全国の平均寿命(2015年)は、男:80.77歳、女:87.01歳で、日本人の平均寿命という場合の値がこれです。男女の平均寿命の単純平均は83.89歳になります。


都道府県別の平均寿命を眺めてみると ・・・・・・


表には分かりやすいように「偏差値」を併記しました。大学入試における偏差値の感覚からいうと、

◆ 長野県(69)と滋賀県(68)は素晴らしい成績。3位を6ポイント以上、引き離している。
◆ 偏差値50以下では、岩手県(35)ぐらいまでが、何とか大学に入れるレベル(ボーダー・フリーの大学は別として)。
◆ 岩手県より4ポイント低い秋田県(31)は入学不適格。
◆ 青森県(16)は論外。

ということになります。「青森は日本一の短命県」とタイトルに書きましたが、その認識は甘いのです。「ダントツの、飛び抜けた短命県」というのが正しい。1位の長野県と47位の青森県の平均寿命の差は約2.4歳なので、大したことないと思えるかもしれません。しかし数値の中身を調べると青森県だけが異常値であることがわかります。

ちなみに、上表は男女の平均値ですが、厚生労働省の原データをみると男女とも青森県が最下位です。男性の1位の滋賀県(81.78歳)と青森県(78.67歳)の寿命の差は3.11歳、女性の1位の長野県(87.67歳)と青森県(85.93)の寿命の差は1.74歳です。



1位の長野県と最下位の青森県が日本におけるリンゴの2大産地なのも気になります。生産量では青森が全国の約60%、長野が約20%で、この2県で日本のリンゴ生産の大半を占めています。英語の有名な諺(ことわざ)に

An apple a day keeps the doctor away.(1日1個のリンゴは医者を遠ざける)

というのがあります。長野県の平均寿命をみると正しい諺に思えますが、青森県をみると "本当か?" という気になる。もっとも、リンゴに多くの栄養成分が含まれていることは確かな事実ですが ・・・・・・。


岩木健康増進プロジェクト


2019年7月27日の朝日新聞(土曜版)に「岩木健康増進プロジェクト」が紹介されていました。このプロジェクトは弘前大学の特任教授・中路なかじ重之しげゆき氏をリーダとする弘前大学のチームが中心となり、「日本一の短命県」という "汚名" を返上すべく、県や自治体、市民団体とも連携して推進しているプロジェクトです。


田植えの進む青森・津軽平野。6月の日曜日、雪の残る岩木山にほど近い弘前市岩木文化センターには午前5時半ごろから人が続々とやってきた。弘前大学COI(センター・オブ・イノベーション)などが年に1度実施する大規模健康診断「岩木健康増進プロジェクト」に参加するためだ。

1日に住民約100人ずつ、10日間で計約千人が受ける。アンケートや検便・採血、体力測定などを駆使し、労働環境や経済力といった社会科学分野からゲノムなどの遺伝学分野まで、2千項目に及ぶ大量のデータを集める。

1人5時間ほどもかかる大事業を(引用注:中路教授は)2005年から引っ張る。

青森県は日本一の短命県である。

朝日新聞(2019年7月27日・土曜版)

健診測定の結果は当日のうちに、生活上の改善点とともに受検者に伝えられ伝えられます。詳細結果は後日、受検者に郵送されます。これは一般的な健康診断と同じで、要するに健康増進を通じて「短命県」を返上しようとする試みです。

ただし「毎年、10日間で、1000人に対し、2000項目のデータをとる」という大規模診断であることが特色で、この規模の調査は世界でも例がないとのことです。実施するのは大変なはずですが、自治体の検診とも連動しており、1日に約300人が検診の対応にあたります。弘前大学の教職員・学生、弘前市の保健職員、企業からの応援、市民の健康リーダーなどです。


短命県である理由


中路教授がこの「岩木健康増進プロジェクト」を立ち上げるまでには数々の苦労があったようです。


「最下位でいいんですか!」と言って県内を回ると、「2、3歳長生きして何になる」「若い人に迷惑をかけるだけじゃないか」と反発を買った。

それではと、長寿の長野県と年代別に比べて見せるようにした。ほとんどの年齢層で死亡率が大きく上回り、男の30~60代では2~6割も高い

高齢になって急に死亡が増えるのではない。働き盛りを含めた死亡率の高さが平均寿命の差を生じさせている

子どもを残して若い親が亡くなる、そんな不幸を減らすことでもあると「目からウロコ」の話を繰り返し、ようやく「短命県返上」の機運が生まれた。

朝日新聞(2019年7月27日・土曜版)

「長寿の長野県と比べると、ほとんどの年齢層で青森県の死亡率が大きく上回っている」という主旨が書かれています。この原因は何でしょうか。中路教授は記者のインタビューに次のように答えています。


「1日1個のリンゴで医者いらず」という英語のことわざがありますが、同じように冬の寒さが厳しく、リンゴの産地でもある長野県は長寿です。リンゴは関係なく、ほかの点で負けているのだろう、ということになります。

「塩分の取りすぎ」という人もいます。確かに塩分摂取量は多く、血圧を高くして良くないのですが、これも長野県の方がむしろ多いぐらいです。

青森県でも、がん、脳卒中、心臓病という3大生活習慣病による死亡が多いのですが、長寿県に比べ若死にが多い。死に至る前の20~30年の生活習慣に大きな問題があるわけです。

調べてみると、喫煙や多量飲酒、野菜や塩分の摂取量、運動量、肥満などの生活習慣にかかわる数値が軒並み悪い。子どものころからです。それだけなく、健康診断の受診率が低いし、病院に行くのも遅い。

長野県は逆に塩分以外はだいたい良い。つまり、平均寿命の差は経済や健康教育も含めた社会の総合力の差なんです。

中路 重之(弘前大学・特任教授)
朝日新聞(2019年7月27日・土曜版)

No.247 に「塩分の取りすぎだと聞いたことがある」と書きましたが、そんな単純な話ではないのですね。「社会の総合力の差」です。それを変えていくには、市民全体の健康意識を増進するしかない。これが「岩木健康増進プロジェクト」の主旨です。


健康ビッグデータの意義


記事には詳しく書いてなかったのですが、15年にわたり1000人の2000項目の健康データが蓄積されているということは、そのビッグデータを解析することで、健康(ないしは疾病)と各種項目の因果関係がデジタル数値で分かることになります。こういったビッグデータの分析が一般に使われる例が「予測」や「予兆の発見」です。つまり疾病の予兆が発見ができ、疾病を回避するための詳細なアドバイスにつながる可能性がある。これは単に岩木地区の弘前市民や青森県民のためだけでもなく、一般的な健康増進に役立つ新たな知見を得ようとするプロジェクトということになります。

このようなプロジェクトの性格上、健康関連の企業が強い関心をもち、プロジェクトに参加しています。


2013年に文部科学省のCOI拠点に選ばれると有力企業から共同研究の打診が相次いだ。企業が自らのテーマを加えれば、即座に2千項目との関連を千人規模で調べられるからだ。サントリーは水分摂取、ライオンは歯科・口腔衛生、花王は内蔵脂肪、カゴメは野菜関連といった具合に、参加企業は40を超えた。

朝日新聞(2019年7月27日・土曜版)

このプロジェクトは、内閣府の「第1回 日本オープンイノベーション大賞(2018年度)」で最高賞(内閣総理大臣賞)を受けました。高齢化社会を迎え、医療費の適正な社会配分を行う為にも健康寿命を伸ばすことが必要です。「岩木健康増進プロジェクト」の "健康ビッグデータ" は、そのための重要データになる可能性が大なのです。弘前大学COIのホームページには、プロジェクトの意義と蓄積しているデータ(の一部)が紹介されています。以下に引用します

健康ビッグデータ.jpg
(弘前大学COIのホームページより)

「岩木健康増進プロジェクト」は、青森県が「ダントツで最下位の短命県」であるからこそ組織できたものでしょう。他県ではここまでの大プロジェクトを起こすモチベーションを得にくいと思います。しかも青森県がダントツで最下位ということは、もし平均寿命の改善ができたとしたら、その理由と過程が "見える化" しやすいわけです。

中路教授と弘前大学は青森県が日本一の短命県であるということを逆手にとって、世界に類のない「健康ビッグデータ・プロジェクト」を組織化し、地域の健康増進・活性化のみならず、少子高齢化が進む日本全体への貢献をも目指している。その姿勢と努力に感心しました。


健康ビッグデータと倫理規定


上に「岩木健康増進プロジェクト」を推進している弘前大学COIのホームページから図を引用しましたが、このホームページを見て気になることがありました。それは、

健康ビッグデータをどのように扱うべきか、その際の倫理規定やルールが書かれていない、特に、健康ビッグデータから得られた知見をもとにして「やっていいこと」と「やってはいけないこと」が書かれていない

という点です。No.240「破壊兵器としての数学」No.250「データ階層社会の到来」に書いたように、一般的に言って個人に関するビッグデータの解析と分析は、使いようによっては "社会として不都合な状態" を作り出すことになりかねません。つまり、差別を助長したり、プライバシーを侵害したり、人々を階層化したり、一方的な経済的不利益をもたらしたりといった、社会的正義に反する状態です。

たとえば弘前大学COIのホームページによると「岩木健康増進プロジェクト」参加している企業の一つが明治安田生命で、その目的は「未病予測モデルの開発」だとあります。「未病予測モデルの開発」は良いことだと思うし、そのモデルが「疾病の予測」→「疾病の未然防止」→「保険会社の収益向上」→「保険料の引き下げ」→「保険加入者の利益」というような良い循環になれば、社会全体の利益につながります。保険加入者と保険会社の双方が Win-Win になる。

しかしこの「未病予測モデル」が、「疾病の予測」→「疾病のリスクの判明」→「特定個人の保険料のアップ(ないしは保険加入の拒否)」というように保険会社によって使われたとしたら、"皆で助け合う" という保険の本来の主旨を逸脱することになります。もちろん明治安田生命はこういうことをしないでしょうが、No.240 で紹介したキャシー・オニールが力説している通り、数学モデルはこのように使われるリスクが常にあり、その数学モデルへのインプットがビッグデータだということは忘れてはならないと思います。"健康階層社会" や "健康スコア化社会" の到来はまっぴらです。

さらに "コスト" の問題があります。例えば「疾病の予測」が可能になったとして、その為の検査データの取得に高額な費用がかかるとしたら、貧困層はその検査ができないということになりかねません。あるいは健康保険でカバーできるのは「ラフな予測」だが、高額な個人負担をすると「精密な予測」ができるということもありうる。

「疾病の予測」ができたとして、その後の問題もあります。つまり疾病を回避するためにどうするかです。その回避手段が "生活習慣の改善" であれば問題ありません。しかし、ある高額な "治療" をすると疾病が回避できるとなったとき、その "治療" は医療ではないので保険がきかず、個人負担になるはずです。とすると、富裕層しか "治療" が受けられないということも考えられます。

以上はあくまで例ですが、弘前大学としては最低限、健康ビッグデータの利用に関する次のような「原則」を確立する必要かあると思います。つまり、

健康ビッグデータを利用して得られた成果が個人に恩恵をもたらすとき、その恩恵はすべての人が平等に受けられる機会が与えられ、またすべての人が平等な個人負担で受けられる

という原則です。これ以外にも「健康ビッグデータ倫理規定」は、いろいろ必要でしょう。

当然のことならがら弘前大学は、個人データのセキュリティの確保(必須の必須)とともに、倫理規定の検討を十分に行っていると思います。しかし、それがホームページを見る限り分かりません(2019-9-20 現在)。「岩木健康増進プロジェクト」が世界に例を見ない先進的なプロジェクトと言うなら、「健康ビッグデータの倫理規定、データ処理のルール、公的な規制のあり方」についても情報を発信し、世界をリードして欲しいと思いました。




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