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No.245 - スーパー雑草とスーパー除草剤 [社会]

今まで3回に渡って、主として米国における "遺伝子組み換え作物"( = GM作物)について書きました。

  No.102 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(1)
No.103 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(2)
No.218 - 農薬と遺伝子組み換え作物

の3つで、特にGM作物の中でも除草剤に耐性を持つ(= 除草剤耐性型の)トウモロコシや大豆、綿花についてでした。最近ある新書を読んでいたら、その米国のGM作物の状況が出ていました。菅 正治すが まさはる氏の『本当はダメなアメリカ農業』(新潮新書 2018。以下「本書」と記述)です。

本当はダメなアメリカ農業.jpg
菅 正治
「本当はダメなアメリカ農業」
(新潮新書 2018)
著者の菅氏は時事通信社に入社して経済部記者になり、2014年3月から2018年2月までの4年間はシカゴ支局に勤務した方で、現在は農業関係雑誌の編集長とのことです。本書は畜産業を含むアメリカ農業の実態を書いたもので、もと時事通信社の記者だけあって資料にもとづいた詳細なレポートになっています。

そこで今回は、本書の中から「GM作物、特に除草剤耐性型のGM作物」と、GM作物とも関連がある「オーガニック(有機)作物」の話題に絞って紹介したいと思います。No.102、No.218 と重複するところがありますが、No.102、No.218 の補足という意味があります。

なお、本書全体の内容は「アメリカ農業・畜産業は極めて強大だが、数々の問題点や弱みもある」ということを記述したものです。"アメリカ農業がダメだ" とは書いてありません。題名の「本当はダメな」というのは(おそらく新潮社の編集部がつけた)販売促進用の形容詞でしょう。


アメリカ農業の規模


GM作物の議論に入る前に、アメリカの農業の規模を押さえておきます。アメリカ農業の3大作物はトウモロコシ・大豆・小麦で、2017年の作付け規模は以下の通りです。

トウモロコシ 3650万 ha
大豆 3646万 ha
小麦 1861万 ha

トウモロコシと大豆の作付け面積は、それぞれが日本の国土面積(3779万 ha)に匹敵するという広さです。本書には書いてありませんが、日本の可住地面積(= 国土から林野と河川・湖沼を引いた面積。いわゆる平地の面積。農地はその一部)は、国土面積の1/3程度です。「アメリカには日本のすべての平地の3倍の大豆畑があり、それと同じ広さのトウモロコシ畑がある」と表現したら、その広大さがイメージできると思います。

数字でわかるように、3大作物の中でもトウモロコシと大豆が中心的な作物です。この2つは生産に適した気候が似ていて、両方を生産する農家も多い。アイオワ州からオハイオ州に広がる "コーンベルト" と呼ばれる地域が生産の中心です。

そのトウモロコシの 35%~40% は飼料に加工され、それと同じ程度の量がバイオ・エタノールになります。10数% は輸出され、10% 程度はコーンスターチやコーンフレークなどの食品になります。

大豆は半分がそのまま輸出されますが、その大半は中国向けです。また4割程度が大豆油や家畜の飼料になります。残りは食用や工業用です。

一方、小麦はトウモロコシ・大豆の半分程度の作付面積であり、減少が続いています。そしてこれら3大作物に続くのが、

綿花 510万 ha

で、南部のテキサス州やジョージア州などの "コットン・ベルト" で生産されています。


GM作物(GMO)


遺伝子組み替え技術を使って、今までに無かった新たな性質を付与した作物を "GM作物" と呼んでいます。英語では Genetically Modified Organism であり、略して GMO と呼びます。GM作物でない、というのは Non GMO、ノン GMO です。

GM作物を世界で初めて商品化したのがモンサント社で、1996年に除草剤(グリホサート)をかけても枯れない GM大豆(= 除草剤耐性型の大豆)が最初でした。その後、モンサントのライバルであるアメリカのデュポンやダウ・ケミカル、ドイツのバイエルなどがGM作物に参入し、激しい競争を繰り広げています。米国農務省の調査によると、2017年の主要3作物の作付面積に占めるGM作物は次の通りです。

作付面積に占めるGM作物の割合
(2017年。米・農務省調査)
トウモロコシ 大豆 綿花
除草剤耐性型 12% 92% 94% 94% 11% 96%
害虫抵抗型 3% 0% 5%
除草剤+害虫 77% 0% 80%

1996年に最初に開発されてから20年で、トウモロコシ、大豆、綿花のほぼ全てがGM作物に置き換えられたわけです。ちなみに3大作物の一つである小麦については、"GM小麦" が開発されているにもかかわらず、作付面積はゼロです。その理由は「米国人が直接食べる食物だから」です(ただし、GM小麦を認可すべきだという意見が米農業界にあることが、本書で紹介されています)。

米国で商業栽培が承認されたGM作物は、18作物、175品種です。トウモロコシ、大豆、綿花が多いのですが、ジャガイモ、リンゴ、トマト、コメもあります。ただし商用栽培はほとんど行われていないようです。

ちなみに日本でのGM作物の商用栽培は、10作物、153品種が承認されています。内訳は、トウモロコシが68品種、大豆が25品種、綿花が29品種、その他が31品種ですが、日本で実際に栽培されているGM作物はサントリーが開発した青いバラだけです。ただし日本は家畜の飼料向けにアメリカからGMトウモロコシやGM大豆を大量に輸入しており、GM作物の大消費国です。


バーモント州の「遺伝子組み替え表示法」のその後


No.103の「補記」で、アメリカ北東部のバーモント州で、遺伝子組み替え表示法(= 食品にGM作物を含むという表示を義務づける法律)が制定されたことを書きました。その後の経緯が本書に詳しく載っているので紹介します。

バーモント州は人口がわずか62万人で、全米50州のなかで49番目に小さな州です(一番人口が少ないのはワイオミング州)。しかし、この小さな州の「遺伝子組み替え表示法」が全米に与えたインパクトは大きいものでした。法案は2014年5月8日に知事が署名して成立し、施行は2年後の2016年7月1日です。

当然のことながら米国の食品業界は猛反発し、食品製造業協会(GMA。Grocery Manufacturers Association)は法案の撤廃を求める訴訟をバーモント州の連邦地裁に起こしました。しかし連邦地裁は、2015年4月、GMA の訴えを退しりぞける判定を下しました。これにより2016年7月1日に法案が施行される可能性が現実味を帯びてきました。

そこで GMA は「GM食品を表示するかどうかは企業の判断に任せる」とする連邦法案の成立に軸足を移しました。しかしこの連邦法案も、2016年3月に米国上院で否決されてしまいました。この間、従来は表示義務化に反対していたキャンベル・スープやケロッグなどの食品大手が「今後は反対しない」と表明し、またフランスの大手食品会社のダノンがGM食品の取り扱いをやめると宣言しました(2016年4月)。

ここまでで食品業界の "敗北" に見えたのですが、GMA は新たに「表示は義務づけるが、商品に直接表示しなくてもよい」とする連邦法案の成立をめざし、2016年6月に上院共和党から法案として提出されました。つまり表示は「文字」のほかに「記号」や「デジタルリンク」でもいいのです。デジタルリンクとは、たとえば商品にQRコードをつけ、そこから食品メーカーのホームページにアクセスしてGM食品かどうかを調べられるというものです。

当然ながら、全米での表示義務化を求めていた「食品安全センター」などの NPO団体は「これは実質的にGM食品の非表示法案だ」と猛反対しました。しかし多くの議員が賛成に回り、上院・下院で可決され、2016年7月末にオバマ大統領が署名して成立しました。そしてこの法案の成立と同時に、2016年7月1日からバーモント州で施行された表示義務化は無効とされたのです。バーモント州の表示義務化(=商品への直接表示)は、1ヶ月で終わったということになります。

この連邦法案の成立に裏で寄与したのが、オーガニック(有機栽培)農家で作る有機取引協会(OTA。Organic Trade Association)です。OTAは、法案には欠陥があると認めながらも、食品の情報開示の一定の前進だとして賛成に回りました。当然、食品安全センターなどの NPO団体からは "裏切り" との非難を浴びたようです。

ともかく「表示は義務化、ただし表示方法は企業の選択、デジタルリンクでもOK」ということで決着したのが最新の状況です。



この顛末の感想です。菅氏が実際にやってみたところでは、QRコードからたどってGM食品を判別するのは手間であり、「実質的にGM食品の非表示法案」という NPO団体の主張はその通りのようです。

しかし、とにかく「義務化された」というのは大きいと思います。デジタルリンクだと消費者が店舗でいちいちスマホを取り出してGM食品かどうかを調べることは滅多にないでしょう。ただ、従来から表示義務化を推進してきた NPO団体はGM食品かどうかを調査できるし、その一覧をメーカーごとに広く公表することもできます。メーカーの "GM食品率ランキング" みたいなものを作ることも可能です。またスーパーなどの食品販売業者もGM食品かどうかを、たとえば POP で表示できます(そういうコストをかけても有益だという判断があればですが)。食品メーカーとしては、GM食品でありながら何らかの方法で表示しないとコンプライアンス違反になり、ブランドの毀損に繋がります。

さらに、従来から食品メーカーは「GM食品は安全で、ノンGM食品と何ら変わることがない。ことさらGM食品だと表示することは消費者に誤解を与えるし、企業のコストアップになるだけだ」と主張していたわけですが、その主張を撤回したことになります。これは大きいのではないでしょうか。

以上を考えると、有機取引協会(OTA)の「食品に関する情報開示の一定の前進」という評価は妥当だと思いました。


スーパー雑草の蔓延とスーパー除草剤


1996年にモンサント社が除草剤(グリホサート)をかけても枯れない GM大豆 を商品化して以降、グリホサートとグリホサート耐性作物の組み合わせによる農業が急速に広まりました。その状況を本書から引用します。


(米農務省が2015年5月に発表したリポートによると)グリホサートは2001年以来、米国で最も多く使われる除草剤となった。グリホサートとGM大豆を組み合わせて栽培する農地は、1996年は米国全体の 25% だったが、2006~2012年には 90% 以上に拡大した。GMトウモロコシについても、1996年の 4% から2010年 73% に急上昇している。これと反比例する形で他の除草剤のシェアは減り、除草剤ではグリホサートの独り勝ちとなっている。

菅 正治 
「本当はダメなアメリカ農業」
(新潮新書 2018)

これだけ広まったグリホサートですが、案の定、グリホサートを散布しても枯れない雑草が出現してきました。いわゆる "スーパー雑草" です。


米農務省が2015年5月に発表したリポートによると、グリホサートで枯れなくなったスーパー雑草が14種類も確認されている。スーパー雑草が生い茂れば作物の成長を阻害するため、作物の収穫量は減り、対策のための費用が増え、農家の収益は悪化する。被害を受ける農地は拡大しており、グリホサートの効力は低下していると分析した。作物別にみると、GM作物の普及が最も速かった大豆の被害が最も大きい

「本書」

しかし、雑草が特定の除草剤に対する耐性を獲得するという現象は以前から良く知られていました。それがグリホサートでも起こったに過ぎないのです。


(米国の)雑草学会によると、雑草が特定の除草剤に対する耐性を獲得し、その除草剤で枯れなくなること自体は珍しくない。1957年に最初のスーパー雑草がハワイのサトウキビ畑で確認されて以降、これまでに250種類のスーパー雑草が確認されている

しかし米国では大豆やトウモロコシのほか、綿花やテンサイの農家の大半がグリホサートという1つの除草剤に大きく依存してきたため、これまでのスーパー雑草問題とは重大性が大きく異なる。これまでは、スーパー雑草が誕生すれば、異なる除草剤に切り替えれば対処できたが、グリホサートに関しては、それに代わる除草剤がほとんどないからだ。

「本書」

グリホサートに耐性をもつスーパー雑草が出現する科学的なメカニズムは、No.102「遺伝子組み換え作物のインパクト(1)」に書いたとおりです。グリホサートは、植物が成長する基本的な仕組みのところを阻害する物質です。それは除草剤と言うより "除植物剤" であり、たとえば成長力が非常に強い竹もグリホサートで枯れます。しかし生命が生き残る仕組みは巧妙で、そういうグリホサートの効果を回避する突然変異体が現れる。グリホサートが広範囲に使われるほど、そういった変異体の出現確率は高まるわけです。

結局、「グリホサートとグリホサート耐性作物の組み合わせ」は「単一農薬の広範囲使用」に農業を誘導し、それが農家にとって深刻な事態を招いたのです。当然、モンサント社の業績も悪化し、除草剤部門もGM作物部門も売り上げが減少してリストラに追われるという状況になりました。

この事態に対応するためにモンサント社(及び大手の種子・農薬会社)がとった策は「"スーパー雑草" には、より強力な "スーパー除草剤" で対抗する」という方法でした。

モンサント社が目をつけたのは、以前から除草剤として使われていたジカンバという農薬です。モンサント社はジカンバをかけても枯れないGM大豆とGM綿花を開発し、これは2015年1月に米国農務省から認可されました。

しかしジカンバは揮発性が高く、農地に散布した後、空中に漂い、風に乗って周囲に飛散しやすいという特徴があります。つまり「ジカンバ耐性のGM大豆畑」にジカンバを散布すると、隣接した農地が「グリホート耐性のGM大豆畑」であれば、そこに飛散して大豆を枯らしてしまう危険性があるのです。案の定、2016年になると EPA(米国環境保護庁。United States Environment Prortection Agency) には、ジカンバによって作物を枯らされたという農家からの報告が多数寄せられるようになりました。農家間のトラブルも相次ぎ、殺人事件まで起っています。


2016年10月にはアーカンソー州で殺人事件も起きている。近くの農家がジカンバが自らの農地に飛散し、ジカンバへの耐性を持たない作物が枯らされたことに抗議したら射殺されたという。

地元メディアによると、第1級殺人の容疑で、アラン・カーティス・ジョーンズ容疑者(26)が逮捕された。射殺されたのは、大豆や綿花の農家マイク・ワレスさん(55)。ジョーンズ容疑者が働いていた農場で散布されたとみられるジカンバが自らの農地に飛散し、大豆を枯らされたことに腹を立て、抗議したところ、口論となり、銃で撃たれて死亡した。ワレスさんは銃を持っていなかった。

「本書」

実はモンサント社は、より揮発性の低い新しいジカンバを開発し、ジカンバ耐性大豆・綿花と同時期に EPA に認可申請をしていました。それがようやく2016年11月に認可されました(GM大豆・GM綿花は2015年1月に農務省によって認可済)。


農業界からは「ジカンバを使った新たな雑草管理が不可欠だ」(米大豆協会)との声が強まり、モンサント社も「新しいジカンバの揮発性は低く、古いジカンバのように周囲に飛散して問題になることはない」と強調、こうした声に押し切られ、EPA は2016年11月、ついに認可した。

ただ、新しいジカンバも周囲に飛散しやすいとして、EPAは認可に際し、風が強い時や空中からの散布は禁止し、農地の外に飛び出さないように、110フィート(33.5メートル)以上のバッファーを設けるなど、異例の条件も付けた。こうした条件を満たし、商品ラベルの指示どおりに使用すれば、人体や環境にとって安全だとの結論に至り、ゴーサインを出した。

「本書」

ジカンバに耐性を持たせた新GM作物と新ジカンバにより、モンサント社の業績はV字回復します。2017年8月期の純利益は、前年同期比59%増になりました。しかし、新ジカンバを市場投入しても被害はなくならなかったのです。


しかし、モンサントにとって深刻な事態も同時平行で進んでいた。前年(引用注:2016年)に続き、農家が散布したジカンバが周囲の農地に飛散し、ジカンバへの耐性を持たない作物を枯らしてしまう事態が発生していたのだ。しかも、件数は前年を大きく上回っている。

特に被害が深刻だったのは、南部のアーカンソー州だった。州当局に寄せられたジカンバに関する苦情は2017年6月から急増し、7月には600件に達した。事態を重くみた州当局は、7月11日から120日間、緊急措置としてジカンバの販売と使用を禁じることを決定した。同時に、違反した場合の制裁金をそれまでの1000ドルから2万5000ドルへと大幅に引き上げた。

「本書」

2万5000ドルの罰金というと、日本円で300万円近い大金です。アーカンソー州当局の危機感が伝わってきます。さらに深刻なのは、主な加害者も被害者も同じ大豆農家だということです。


ジカンバの飛散に関しては、特に大豆農家の被害が多く、米大豆協会は同年(引用注:2017年)10月、「被害は拡大している」との声明を出している。大豆農家から寄せられた苦情は全米で2000件を越え、全米の大豆農家の 3% 以上が被害を受けたという。

モンサントの説明どおりなら、ジカンバへの耐性を持たせたGM大豆の作付面積は2017年に2000万エーカーとなり、全米の大豆農地の2割以上を占める。しかし、裏返せば8割弱の大豆農家はジカンバ耐性を持たない大豆を生産しているため、周辺の農家が使ったジカンバが飛散してくれば作物は枯れてしまう。大豆は特にジカンバに弱い。この結果、大豆業界では多くの加害者と被害者が生まれるという深刻な事態に陥った

「本書」

被害はアーカンソー州だけではありません。大豆生産トップのイリノイ州やテネシー州、ミズーリ州など、全米の20以上の州で被害が発生しました。

最も被害が大きかったアーカンソー州では、2017年は7月11日からの120日間、ジカンバの販売と散布を禁止しましたが(上の引用)、2018年はこの禁止期間を4月16日から10月31日に拡大することを決めました。これは大豆の作付け(4~5月)から収穫(9~10月)までの期間であり、事実上のジカンバ使用禁止です。

EPA(米国環境保護庁)も2018年から「特別の訓練を受けた農家にだけジカンバを販売する」や「散布記録の保管」などの規制強化を決めました。しかしアーカンソー州のような使用禁止までには踏み込んでいません。これは、どちらかというとモンサント社の主張に沿った処置です。

モンサント社は、ジカンバの商品ラベルに記載された使用方法を守るなら(バッファー地帯の設定、専用ノズルの使用、正しい噴射圧力、など)農地外には飛散しないということを、実験やアンケートをもとに繰り返し主張しています。かつ、ジカンバとジカンバ耐性GM大豆を使用した農家からは、雑草管理で非常に満足する結果が得られたとの声が上がっています。

このような状況から、2018年のジカンバ耐性GM大豆の作付面積は、全米の大豆作付面積の4割になるだろうと予測されています。



以下は感想です。スーパー雑草とスーパー除草剤の話は、軍拡競争に似ています。他国を攻撃するミサイルを作ったとすると、それを撃ち落とすミサイル防衛システムが作られる。次には、その防衛システムを無力化するような新型ミサイルが開発される ・・・・・・。

ジカンバに耐性をもつ "ウルトラ雑草" が出現するのは時間の問題だと思われます。当然、モンサント社をはじめとする種子・農薬会社は、その出現を予測し、"ウルトラ雑草" に対抗する "ウルトラ除草剤" の研究と、それに耐性をもつ "新・新GM作物" の研究に余念がないのでしょう。だとしても、さらにその次には "スーパー・ウルトラ雑草" が出現するのでしょう。

この状況は、種子・農薬会社のビジネスが永続することを意味しています。ただし、"ウルトラ除草剤" とそれに耐性をもつ "新・新GM作物" が開発できなかったらアウトです。アウトにならないためには研究開発費がますます必要で、これは種子・農薬会社の合併・統合・巨大化を促進するでしょう。また業種を越えて、たとえば巨大穀物メジャー(穀物商社)が種子・農薬会社を買収するようなことが起こるのかもしれません。

こういった状況は、農業の主導権を農民・農業従事者ではなく、この資本主義社会の中の巨大企業が持つということを意味します。農業は製造業と違って世界のどこでも生産できるものではなく、その国の土地と自然に密着したものです。企業の存在目的を一つだけあげるなら「利益」であり、農業に企業の論理を持ち込むことは有益なことも多いと思いますが、行きすぎた利潤の追求は、一番大切なはずの農業従事者と自然環境の利益にはならない。米国のスーパー雑草とスーパー除草剤をめぐる "騒動" は、それが教訓だと思います。


GM作物で農業生産性は上がらない


全米科学アカデミー、全米技術アカデミー、米国医学研究所の3団体は、2016年5月にGM食品・GM作物に関する研究報告をまとめました。これは過去20年間に蓄積された900以上の研究報告を検証し、また80人の専門家から改めて話を聴いて400ページ近い報告書にまとめたものです。この報告書は「GM食品を食べることで人間の健康に悪影響が出るとの証拠は得られなかった」と結論づけました。

もちろん農業界や種子・農薬会社はこの報告を大歓迎しました、しかし GM食品の安全性に懸念を表明してき NGO からは、委員会メンバーは種子・農薬業界から多額の研究資金の提供を受けており、公正中立な報告ではないと批判しました。この報告書がGM食品の安全性論争に終止符を打つまでには至らなかったようです。

しかし注目すべきは、この報告書には健康問題のほかに、もう一つの重要な事実が指摘してあったことです。


もうひとつ、興味深い指摘がある。同委員会(引用注:報告書をまとめた専門化グループ)が、GM作物が導入されて以降、「米国で収穫量の増加ペースが高まったという証拠は得られなかった」と結論づけたことだ。生産性の指標として、単位面積あたりの収穫量が一般的に使われる。略して単収と呼ばれることも多いが、米国では栽培方法や品種改良といったさまざまな技術革新の成果によって、GM作物の投入以前から単収は右肩あがりで増えている。

GM作物に単収を高める効果があるのなら、GM作物の商品化以降は増加ペースが高まらなければおかしい。しかし、委員会が1980年以降の米農務省の統計を分析した結果、GM作物が投入された1990年代以降に単収の増加率が高まったとは言えないと結論づけた。モンサント社など種子メーカーは、GM作物を投入する目的について「農業生産性の増加」を挙げており、こうした業界の主張に真っ向から反論することになる。

「本書」

この委員会の指摘は重要です。つまり GM作物の導入の必要性として(種子・農薬会社によって)必ず語られるのが、増大する一方の世界に人口に対応するために農業生産性を増大させる必要があるということです。農業の適地はすでに開発し尽くされていて、農地の拡大には限界があるのです。つまり、

除草剤耐性GM作物の導入で、雑草が(低コストで)無くなり、
害虫耐性GM作物の導入で、害虫による農業被害が減少し、
乾燥耐性GM作物の導入で、干魃による農業被害が減少し、
その結果、収穫量が増えて農業生産性が増大し、
世界の食料増産に役立つ

という論理です。これが(少なくとも現時点では)正しくないことが結論づけられたわけです。GM作物に関しては、メリットとデメリットのバランスを考え直すべき時でしょう。


オーガニックへなびく消費者と Amazon の戦略


本書には、GM食物とも関係する "オーガニック商品" の状況が書かれています。アメリカ農務省(USDA。United States Department of Agriculture)は "オーガニック" であることの具体的条件を定めていて、その柱は「農薬を使わない」「化学肥料を使わない」「GM作物を使わない」の3点です。条件を満たすと「USDAオーガニック」のマークをつけて販売することができます。つまり「USDAオーガニック」の商品は自動的に「GM作物を使っていない」ことになる(= ノンGMO)わけです。

上の引用で有機取引協会(OTA)が「表示は義務化、ただし表示方法は企業の選択、デジタルリンクでもOK」という連邦法案に「一定の前進である」ことを理由に賛成したことを書きましたが(法案は成立)、オーガニックを推進したいという思いがあったのかもしれません。このオーガニック商品の伸びが顕著なようです。


有機取引協会(OTA)のまとめによると、2016年の米国でのオーガニック(有機)商品の売上高は470億ドルとなり、前年から37億ドル増え、過去最高を更新した。オーガニック商品のうち、繊維などを除いた食品が前年比 8.4%増の 430億89040万ドルとなり、全体を押し上げた。GM食品はオーガニックと名乗ることはできないため、オーガニック食品は「GM食品ではない」と判断する材料にもなる。

オーガニック食品の売り上げはこの8年間でほぼ倍増し、全食品に占めるオーガニックの割合は 0.4ポイント上昇の 5.3% となり、2016年に初めて 5% を越えた。

「本書」

本書には、2016年において、全野菜・果物の 15% はオーガニックになったとあります。この消費者の動向を見据え、大手食品メーカーもそれに対応した動きをしています。たとえばケロッグですが、"ケロッグ" ブランドのコーンフレークはGM食品ですが(QRコードによるデジタルリンクで表示)、子会社が別ブランドで展開するコーンフレークは「USDAオーガニック」や「ノンGMO」の表示を大々的に行い、オーガニックでかつGM食品でないことをアッピールしています。

このような消費者や食品業界の動向から、皮肉なことに米国産のオーガニック作物が不足し、輸入が急増する事態になっています。


米農業金融コバンクは、2017年1月、トウモロコシや大豆でオーガニック作物の輸入が急増しているとする興味深いレポートをまとめた。増化するオーガニック作物の需要に国内生産が追いつかず、輸入に頼らざるを得ないという現状を紹介している。米国はトウモロコシと大豆のいずれも世界最大の生産国だが、ほとんどはGM作物であるため、需要が高まるオーガニック作物については他国から供給を受けるという異常事態に陥っている。オーガニックの大豆やトウモロコシは、主に乳牛の飼料として使われている。

コバンクによると、オーガニック作物の不足は特に大豆で深刻で、2016年は8割を輸入に頼った。トウモロコシは5割程度だった。国内需要を国内生産で全て賄うためには、栽培面積を合計で100万~500万エーカー増やす必要があるという。2017年のトウモロコシと大豆の収穫面積(1億7220万エーカー)0.6~2.9%に相当する。

「本書」

0.6~2.9%の農地を有機栽培に切り替えるのは簡単そうに見えますが、これがそうではないのです。農務省(USDA)からオーガニックの認定を受けるには、最低3年の移行期間が必要です。また、「除草剤 + 除草剤耐性GM作物」の農業を「除草剤なし農業」にするのは農法の大転換になります。簡単には切り替えられません。

世界最大のトウモロコシと大豆の生産国であるアメリカが、ことオーガニック作物に関しては、8割(大豆)や5割(トウモロコシ)を輸入に頼るというのは、確かに異常事態です。



アメリカにおいて、オーガニックやノンGM食品にこだわってきたスーパー・マーケットが、ホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)です。ホールフーズは1978年の創業以来、有機野菜や自然食品、健康食品など、素材にこだわった品ぞろえを展開し、成長してきました。店内には「USオーガニック」のマークが貼られた商品や「ノンGMO」の表示がずらりと並んでいます。

アマゾン・ドット・コムは2017年6月、このホールフーズを137億ドル(日本円で約1兆5000億円)で買収すると発表し、2017年8月に買収を完了しました。アマゾンはさっそくホールフーズのオーガニック食品をネットで販売する攻勢をかけています。すでに一部の都市ではアマゾン・プライムのユーザを対象に、数千アイテムのホールフーズのオーガニック食品から 35ドル以上購入すれば2時間以内に無料配達するというビジネスを始めています。

Whole Foods - Organic Zone.jpg

Whole Foods - USDA Organic.jpg
Whole Foods の店舗内の "Organic Zone" の例と、Amazon.com で売られている Whole Foods のプライベート・ブランド商品の例。商品の右下に "USDA Organic" の表示がある。

アマゾンのホールフーズ買収は日本では「アマゾンがリアル店舗に進出」という文脈で報道されたと思うのですが、もう一つのアマゾンの狙いは、消費者の意識変化に対応して「オーガニック商材」を手に入れることでした。ひょっとしたら、これが買収の最大の狙いだったのかもしれません。

Organic Figs.jpg
日本のスーパーで購入した乾燥イチジク(有機栽培)。米国の Safe Food Corporation 社製で、イチジクはトルコ産。「USDA ORGANIC」と「NON GMO VERIFIED」のマークがついている。


ノンGMO、オーガニックの社会的意義


以下は本書に描かれた「GM作物」「オーガニックへの動き」を読んだ感想です。オーガニックと言うと、無農薬、有機肥料、ノンGM作物ですが、これは "安全" で "健康に良い" と見なされることが多いわけです。しかし安全・健康だけでオーガニックを語ることはできない。本文中にあったように、GM作物が健康に良くないという証拠はありません。もちろん導入されてからまだ20年少々なので、長期にわたる摂取で健康に悪影響が出てくるというリスクはあります。しかし現在のところはそのリスクは顕在化していません。

むしろGM作物の問題点は、社会的な問題だと見えます。つまりGM作物はバイオテクノロジーを駆使する一握りの「大手種子・農薬会社」の農業支配を強めることになります。農民たちは企業の意のままに操られることになりかねない。またGM作物は明らかに「単一農薬の広範囲使用」に農業を誘導します。もっと大きく言うと「単一農法(品種や農薬、耕作方法)」に農業を誘導することになり、農業の多様性を奪ってしまう。これがリスクをはらんでいることは、スーパー雑草のところで見たとおりです。これが果たして「持続可能な農業」なのか。

健康問題に関して言うと、除草剤などの農薬の使用もそうです。少なくとも先進国では人体に危険を及ぼす農薬は規制され、また散布方法も規制されています。もちろん隠れたリスクは考えられて、たとえば人体には安全とされていたグリホサートも、近年発ガン性があるのではと疑われています。しかし大局的に言って、正しい農薬を正しい散布方法で使い、かつ正しく出荷すれば安全なのでしょう。

むしろ農薬の問題は「自然環境破壊」という社会的な問題だと思われます。人間には安全であっても、小動物や昆虫、土壌中の微生物にとってはそうではない(可能性がある)。日本の朱鷺が絶滅したのは餌の小動物が農薬の影響でいなくなったのが原因の一つと言われているし、メダカを見ることはほとんど無くなりました。朱鷺やメダカが絶滅しても、人間の暮らしは安泰に見えます。しかし、どこかでそのしっぺ返しがくるのではないか。人々がは潜在的にそう感じているこそ、オーガニック指向なのです。

また、化学肥料が健康に悪いという理由はありません。化学肥料は植物に必須の栄養素を人間が合成したものだからです。一方、農業・畜産の派生物から作った有機肥料は、土壌中の微生物がそれを分解し、植物の栄養素になる無機物(化学肥料の成分)を作ってくれて始めて、その有効性が発揮できます。つまり有機肥料は土壌の改善になります。だから、化学肥料より即効性がなくてコスト高であっても、有機肥料の価値があるわけです。また農業・畜産業におけるリサイクルの促進にもなります。

オーガニック(有機農法)は「農業従事者が主体の、自然によりそった農業」であり「持続可能な農業」です。だから少々高くてもオーガニック食品を選ぶというのがスジです。つまり健康問題よりも、社会的意義が大きいと思います。

工業製品と違って、食品・食料は自然環境と密接に結びついています。食料・食品に低価格や低コスト、利潤だけを求めてはならない。そのことがアメリカのGM作物の実態を通して改めて理解できるのでした。




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