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No.178 - 野菜は毒だから体によい [科学]

前回からの続きです。前回のNo.177「自己と非自己の科学:苦味受容体」で書いたことをまとめると、

苦味とは(本来は)危険のサインである。

舌で苦味を感じている「苦味受容体」は、実は体のあちこちに存在し、細菌を排除するためのセンサーとして働いている。

我々が往々にして「苦いが安全な飲物・食物」を摂取するのは「苦味受容体」を活性化させるためではないか。

ということでした。No.177は日経サイエンスの記事からの紹介なのですが、記事に書いてあったのは ① と ② であり、③ はあくまで個人的な感想です。しかしなぜ ③ を思ったのかというと「植物の毒素がヒトにプラスの効果をもたらす」ことを解説した別の記事を読んでいたからでした。今回はその話です。


野菜を食べる意味


世の中一般に「野菜を食べましょう」と推奨されています。野菜を食べることは体にいい、健康にいいと、多くの情報が各種メディアで発信されています。野菜不足を補うためのサプリメントや機能性食品も数多く発売されている。では、なぜ野菜が体にいいのでしょうか。

普通の答は、消化器系を活発にする食物繊維がとれるからであり、各種のビタミンや鉄分などの栄養素の摂取であり、また、活性酸素(フリーラジカル)を弱める抗酸化作用がある各種成分が含まれているからでしょう。そう考えるのが普通です。

しかし最近の研究で「野菜や果物を食べる」ことは、一般的に考えられている以上の効果があることが分かってきました。その効果こそ、野菜や果物を食べるべき一番の理由かもしれないのです。

以下に、日経サイエンス(2016.1)に掲載された「微量毒素の効用」という解説記事から引用します。著者はマーク・マトソン教授で、ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授、かつ米国・国立老化研究所 神経科学研究室長の方です。


微量毒素の効用


この解説記事では「なぜ野菜や果物が体によいのだろうか」という問いに対する答えとして、次のように書かれています。


いま見えはじめてきた答えは、植物が害虫から身を守るために何百万年もかけて進化させた防御策に深く関係している。植物が作り出す苦味のある化合物は天然の殺虫剤の役目を果たしている。私たちが植物由来の食品を食べると、これら低濃度の毒性化合物も摂取され、それが人体の細胞に運動や断食と同じような軽いストレスをかける。それで細胞が死ぬことはない。それどころか、弱いストレスに対抗することで、より強いストレスに耐える能力がむしろ強化される。

細胞の回復力が高まるこの現象は「ホルミシス」と呼ばれ、最近の多くの研究は果物や野菜の摂取が体によいのもホルミシスのためであることを示している。

マーク・マトソン教授
「微量毒素の効用」
日経サイエンス(2016年1月号)

植物が昆虫との戦いの中で毒素を獲得してきた経緯、およびヒトと毒素の関係については、以下のように書かれています。


果物や野菜が健康によいのは、植物がそれを食べる昆虫などの動物との間で太古の昔から繰り広げてきた戦いの偶然の副産物だ。個体として、そして種として存続するため、植物は身を守る対抗策を発達させる必要があった。そして何億年もの進化の中で、天然の殺虫剤を合成できるようになった。

それらの化合物はふつう、昆虫を殺しはしない。植物にとって捕食者が死ぬかどうかはどうでもよく、ともかくいなくなってくれればよいのだ。植物がよく使う手は害虫の神経系に作用して追い払う化合物だ。人の舌の味蕾みらいと同様の感覚器が昆虫の口にもあり、これが化合物を感知すると脳に合図が伝わり、植物を食べるのをやめるべきかが判断される。

植物にとって最大の敵は昆虫だが、私たちの祖先である初期の霊長類も、すみかとしていた熱帯林で見つけた植物の根や葉、果実を利用した。植物は食べ物や薬として役立つ一方で、場合によっては悪心おしんや嘔吐を引き起こし、死につながることもあった。

「同上」

確かに植物の毒の中には、食べると死に至るような猛毒もあります(トリカブト、イヌサフランなど。スイセンも危ない)。しかし人間にとってはごく軽い毒も多い。ヒトは長い歴史の中で、そういうものをより分け、食物とし、それを文化として伝承してきたのだと考えられます。


ホルミシス


最初の引用に「ホルミシス」という用語が出てきました。ホルミシスとは「少量なら有益だが、量が増えると有毒になる」という現象です。それを示す分かりやすい図が解説記事にあるので引用します。この図でホルミシスを起こさない毒物とは、たとえば少量でも毒になる水銀です。

ホルミシス.jpg
ホルミシスを起こす毒(上の曲線)と、起こさない毒(下の曲線)を概念的に表した図。ホルミシスを起こす毒は、微量だと体に好影響をもたらす。
(日経サイエンス 2016年1月号より引用)

解説記事では、著者が研究した脳の神経系を例にとって、ホルミシスを起こす物質があげられています。

スルフォラファン(ブロッコリー)
クルクミン(ターメリック)
カフェイン(コーヒーや茶)
カテキン(茶)
カプサイシン(唐辛子)

などです。( )はその化合物が含まれる代表的な植物です。ターメリックはカレーによく使われる香辛料ですね。脳神経においては、これらの化合物が引き金となり、結果として神経伝達物質(アセチルコリン)の量が増えたり、傷ついたタンパク質が除去されたり、抗酸化物質が増えたりします。

著者は米国・国立老化研究所 神経科学研究室長ですが、なぜその著者が植物由来の微量毒素を研究するかというと、これらが、たとえばアルツハイマー病の治療や予防に使えないかと考えているからなのです。著者の行った実験によると、カレー香辛料の一つであるターメリックに含まれるクルクミンをアルツハイマー病を発症させたマウスに投与すると、活性酸素による脳細胞の損傷が押えられ、アルツハイマー病の直接原因であるベータアミロイドの蓄積が少なくなったそうです。これはクルクミンが活性酸素を除去するのではなく、クルクミンが脳細胞にストレスを与え、それがきっかけとなって脳細胞内で抗酸化酵素の生産が始まるからだと分かりました。ヒトの体はストレスに対抗する、ないしはストレスによるダメージから回復する機能を備えています。その機能を軽いストレスで活性化させる。そこがポイントなのです。

ホルミシスを起こす物質として、トウガラシの辛味成分であるカプサイシンがあげられています。これについては日経サイエンスの記事には解説がないので、別の本から引用します。


そもそも人間の舌には辛みを感じる感覚はない。トウガラシの辛み成分であるカプサイシンは舌を強く刺激し、舌の痛覚がそれを感じる。つまり、カプサイシンの辛さは、「痛い!」と感じる辛さなのである。そこで、トウガラシを食べると人間の体は、この痛みの元となる物質を早く消化し無毒化しようとして胃腸を活発化させるわけだ。トウガラシを食べると食欲が増進するのはそのためなのである。

・ ・ ・ ・ ・ ・

トウガラシの辛み成分であるカプサイシンには、食欲増進効果だけでなく、ストレスの解消や体内の脂肪の分解を促進する働きもある。カプサイシンは胃腸から吸収されると副腎に作用し、かなり長時間にわたって、アドレナリンを主成分とする人間を興奮状態にさせるホルモンの分泌を促進するという。ネズミによる実験では、カプサイシンを投与するとアドレナリンの分泌量が最大8倍まで増えたそうだ。アドレナリンは興奮したとき大量に分泌され、筋肉に血液を集め、体内に蓄えられた脂肪の分解を促進してエネルギーを供給し、外敵に備えるように体を準備するホルモンとして知られている。アドレナリンの分泌が8倍というのは、人間が激怒したときの量である。

山本紀夫「トウガラシの世界史」
(中公新書 2016)

まとめると、トウガラシのカプサイシンは舌の痛覚を刺激し、それが "危険" のサインとなって、体のあちこちがそれに備える行動に出る、ということでしょう。我々は安全な "危険物質" を摂取することで、体を活性化し、それが健康につながっているわけです。

上の図を見て思ったのですが、ホルミシスは「ストレスから回復する体の機能」があるからこそで、その機能は長い進化の中で獲得されてきたものです。ということは、この100年程度の間に人間が作り出した化学物質は、もしそれがヒトにとって毒だとすると、水銀と同じようにホルミシスを起さない毒なのでしょう。植物の微量毒素と人間が作り出した微量毒素(放射線なども含む)を同列に論じることはできないと思いました。


人間と植物のつきあい


これ以降は記事を読んだ感想です。人と植物の毒素のつきあいを振り返ってみると、次のようにまとめられると思います。

植物は昆虫に食べられることを避けるために毒を作り出す。その毒はヒトにとって苦味として感じられる。

その苦味は基本的には「食べてはいけない」というサインである。

しかし毒のなかにはホルミシスを引き起こす毒がある。そのような毒は、微量(適量)を摂取するなら、ヒトの体を健康にする効果をもつ。

そのことをヒトは経験の蓄積で知り、それを伝承してきた。だから我々は、往々にして苦い飲物・食物を摂取する。

この観点からすると、子どもがブロッコリーや渋茶を忌避するとしたら、それは本能的行為であり、子どもとしては正しい行為ということになります。しかし大人になってもなおかつ忌避するとしたら(=いわゆる "子供っぽい舌")、それは「人類の歴史や文化をわきまえない行為」ということになるでしょう。もちろん食物や飲料には誰しも嗜好があるので、好き嫌いがあってもかまいません。かまわないのですが、苦味(渋味)があるという理由でだけで忌避するとしたら、それは子ども並みだということです。


スポーツの効用


日経サイエンスの記事の引用で、食物の微量毒素が「運動や断食と同じような軽いストレス」を与え、それが体によいという記述が出てきました。断食をしたことはないので何とも言えませんが、運動は確かにそう思います。

個人的にはランニングが趣味なのですが、ランニングというのは「体に軽いダメージ」を与える行為だと思うのですね。体はそのダメージから回復する力を内在している。常に「軽いダメージからの回復過程」に体を置くことで、健康が維持され、風邪もほとんどひかない。そういう風に思います。

もちろん「軽い」ということが重要です。蓄積するような重いダメージ、ないしはケガにつながるようなダメージでは元も子もありません。筋力の鍛え具合い、年齢、ランニングの間隔やタイミング、その時の体調などを判断し、運動量を調整することが重要です。それはランニングだけでなく、趣味でやるスポーツ全般について言えると思います。食物の微量毒素がホルミシスによって体によい影響を与えることと、スポーツが体によいことは、全くパラレルに論じることができると思いました。


使わない機能は衰える


さらに以上の話は、人間の免疫機能についても同じように考えられると思いました。No.119-120「不在という伝染病」で書かれていたことは、人間の免疫機能を正しく維持するには「微生物に接する環境」が重要であり、それによって免疫関連疾患も少なくなるいうことでした。人間は、

ストレスやダメージからの回復機能
ダメージの原因となる物質や微生物の排除機能

を持っています。こういった機能も「使わないと衰える」わけです。それは、筋肉を使わないと衰えるのとまったく同じことです。回復機能や排除機能を衰えさせないためには、常にそれが働く環境を作ることが重要ということだと思います。

健康に過ごすために、人は往々にして「不健康になる原因を取り除く」ことばかりを考えていまいます。しかし不健康になる原因は生活環境中にいっぱいあります。それを完全に排除することはできません。だとしたら、人が本来もっている「少々の不健康からはすぐに回復できる力」を鍛えておいた方が得策というものです。鍛えないまでも、衰えないような生活習慣を身につけた方がよい。そいういうことだと思いました。


サプリメントと品種改良


この「微量毒素の効用」という記事は、「サプリメント」と「野菜の品種改良」についての問題提起にもなっていると感じました。記事を読んで分かることは、

  野菜をとることと、野菜不足を補うためにサプリメントを飲むことは意味が違う

ということです。なぜなら、サプリメント(ビタミンや各種の栄養素、食物繊維など)には微量毒素が入っていないからです。サプリメントに意味が無いわけではありませんが、野菜の摂取を代替できないことを知っておくべきでしょう。

このことに関してですが、記事の中に「運動と抗酸化サプリメントの摂取の両方をやると血糖値が低下しなかったが、運動だけをすると血糖値が低下した」という、別の研究チームの実験結果が出てきます。この理由ですが、抗酸化サプリメントの摂取が運動によるホルミシスを阻害するからではと疑われています。サプリメントは野菜を代替できないのみならず、有害なこともありうる(疑い)のです。

さらに、前回のNo.177「自己と非自己の科学:苦味受容体」でも書いたのですが、

  野菜や果物に含まれる苦味物質=微量毒素を少なくするような品種改良は、人間の健康にとってマイナスになる

と理解できます。なぜならその手の品種改良は、わざわざ一番大切なものを失っているからです。これは品種改良ではなく品種改悪と呼んだ方がよいでしょう。

植物を含む自然界の仕組みは奥深いし、人間の体のしくみも解明されていないことがいっぱいあります。うわべだけを見て判断する「浅知恵」にならないようにしたいものです。




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