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No.321 - 燻製とローリング・ストーンズ [音楽]

テレビを見ていると、ドラマやドキュメンタリー、紀行番組などで BGM が使われます。トーク番組やバラエティでも、挿入される VTR には BGM付きがよくあります。そのような BGM は画面やシーンの "雰囲気づくり" のためで、視聴者としては何となく音楽を感じるだけで "聴き流して" います。しかし時々、良く知っている曲、しかも長いあいだ聴いていない曲が流れてきたりすると "なつかしい!" とか "久しぶり!" という感じになって、BGMの方に神経が行ってしまうことがあります。

一つの例を、No.185「中島みゆきの詩(10)ホームにて」に書きました。テレビ朝日の「怒り新党」という当時の番組のある回で(2016年8月3日)、中島みゆき「ホームにて」(1977)が BGM として流されたからです。この曲は JR東日本の CM にも使われたし、BGM にするのはありうるのですが、番組放送から40年近くも前の曲です。この曲が好きな人は "突如として" 懐かしさがこみ上げてくる感じになったと思います。そういった BGM の最近の例を書きます。NHKの番組「美の壷」のことです。


美の壷「煙の魔法 燻製」


NHK BSプレミアムで 2021年9月10日(19:30~20:00)に、

美の壷 File550「煙の魔法 燻製」

が放映されました。久しぶりにこの番組を見ましたが、出演は草刈正雄さん(案内人)と木村多江さん(ナレーション)で、番組の構成方法や進行は以前と同じでした。燻製を特集した今回の内容と出演者は次の通りです。

美の壺・燻製.jpg
美の壷 File550「煙の魔法 燻製」で紹介された多彩な燻製。NHKの公式ホームページより。

 プロローグ 

◆ 今回の内容紹介。下記の「壷 一、二、三」の要点。

 壺一(煙):煙が引き出す新たな魅力 

◆ 燻製工房のオーナー・片桐晃【東京都世田谷】
鴨肉、牡蠣、プリン、チーズなどの燻製。

  アウトドアコーディネーター・小雀こすずめ陣二じゅんじ【千葉県君津市】
アウトドアで簡単に作れる "ライトスモーク"(豚の肩ロース肉、醤油に漬け込んだ牛肉)。

 壺二(多様):いぶしの技で千変万化 

  中国料理店オーナーシェフ・脇屋友詞ゆうじ
塩漬けにした豚バラ肉を、米、茶、砂糖を使っていぶす中華の技法。

  料理人・輿水こしみず治比古はるひこ【東京都赤坂】
塩、醤油、オリーブオイル、胡椒、ゴマなど、調味料の燻製。

 壺三(風土):土地の恵みを末永く 

◆ 俳優・柳葉敏郎【秋田県大仙市】
大根を燻製にする秋田の郷土食、いぶりがっこ。

◆ 燻製職人・安倍哲郎【北海道紋別市】
サクラマス、ホタテ、タコ、サバなど、魚介類の燻製。

すべてに BGM がありましたが、"えっ!" と思ったのは、ローリング・ストーンズの2曲です。プロローグで「She's a Rainbow」(1967)、最後の燻製職人・安倍哲郎氏のところで「Lady Jane」(1966)が BGM に使われました。

そもそも「美の壷」の BGM はジャズのはずです。その象徴は、テーマ曲である番組冒頭のアート・ブレーキーの曲です。ジャズが使われるのは、この番組の初代の案内人だった故・谷啓氏がジャズマンだったことによるのだと思います。

全く久しぶりに「美の壷」を見たのですが、最近の BGM は全部がジャズというわけではないのでしょう。しかし半世紀以上前のローリング・ストーンズの曲で、しかも編曲(たとえばジャズに編曲)ではなくオリジナルの音源だったのには少々驚きました。もちろん時間の都合での編集はありましたが、ミック・ジャガー(現役です)の若い頃の声がそのまま流れてきました。「She's a Rainbow」と「Lady Jane」は、編曲であれば TV やカフェの BGM で聴いた記憶はあるのですが、「美の壷」ではオリジナル音源を使ったのが最大のポイントです。

「燻製」というテーマにローリング・ストーンズの曲というのも、一見ミスマッチのようですが、この場合は内容にフィットしていて、番組制作スタッフの(うちの誰かの)センスに感心しました。そこで、よい機会なので、BGM として使われた2曲を振り返ってみたいと思います。


She's a Rainbow


美の壷「煙の魔法 燻製」のプロローグは、今回の番組内容の紹介です。木村多江さんのナレーションは次の通りでした。


【ナレーション(木村多江)】

食材を煙でいぶして作る燻製。煙の成分が食品に含まれる水分に溶け込むことで生まれる独特の色や香り。1万年以上前から世界中で行われてきました。

日本にもさまざまな燻製があります。秋田の "いぶりがっこ" もその一つ。秋田出身の俳優、柳葉敏郎さんも。【柳葉敏郎。いぶりがっこを食べながら】「これ!、これ!」。

中国では茶葉を使った香ばしい伝統の料理法も。【中国料理店オーナーシェフ、脇屋友詞】「箸を持って、もっていったときの、ウン? ていう香りで脳を刺激して ・・・・・・」。

さらに胡椒や醤油など、燻製調味料も登場。こちらは何と燻製のプリン。その可能性はとどまる所を知りません。火と煙が生み出す食の芸術、燻製。今日はその奥深い魅力に迫ります。


このナレーションのあいだ流れていたのが「She's a Rainbow」でした。この曲は、1967年のアルバム「Their Satanic Majesties Request」(サタニック・マジェスティーズ)に収録された曲です。歌詞だけをとりあげると次の通りです。

THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST.jpg
The Rolling Stones
「Their Satanic Majesties Request」
(1967)


She's a Rainbow

  Music & Lyrics by
  Mick Jagger / Keith Richards

(雑踏の中の客引きの声)
Alright there now listen very closely for how to play the game, I'll tell you how to do it. Now all you gotta do is when the whistle's blown, I want you to give one spin, one spin only on your ball. Any prize, take what you like. One winner, one prize, the pick of the stall. Are you all ready ?

(Instrumental)

She comes in colours everywhere
She combs her hair
She's like a rainbow
Coming colours in the air
Oh, everywhere
She comes in colours

(Instrumental)

She comes in colours everywhere
She combs her hair
She's like a rainbow
Coming colours in the air
Oh, everywhere
She comes in colours

(Instrumental)

Have you seen her dressed in blue
See the sky in front of you
And her face is like a sail
Speck of white so fair and pale
Have you seen a lady fairer

She comes in colours everywhere
She combs her hair
She's like a rainbow
Coming colours in the air
Oh, everywhere
She comes in colours

Have you seen her all in gold
Like a queen in days of old
She shoots colours all around
Like a sunset going down
Have you seen a lady fairer

She comes in colours everywhere
She combs her hair
She's like a rainbow
Coming colours in the air
Oh, everywhere
She comes in colours

(Instrumental)

She's like a rainbow
Coming colours in the air
Oh, everywhere
She comes in colours

【試訳】

彼女は虹のよう

さまざまな色をまとって現れて
彼女は髪をとかす
まるで虹のようだ
色彩が宙に舞い
あたり一面に漂う
彼女は色をまとって来る

さまざまな色をまとって現れて
彼女は髪をとかす
まるで虹のようだ
色彩が宙に舞い
あたり一面に漂う
彼女は色をまとって来る

青のドレスの彼女を見たことがあるかい
目の前の空を見てごらん
彼女の顔が帆のようで
一点の白が青みがかって綺麗だ
こんなに美しい女性を見たことがあるかい

さまざまな色をまとって現れて
彼女は髪をとかす
まるで虹のようだ
色彩が宙に舞い
あたり一面に漂う
彼女は色をまとって来る

金色をまとった彼女を見た事があるかい
古代の女王のようだ
沈む夕日のように
あたり一面に色を放つ
こんなに美しい女性を見たことがあるかい

さまざまな色をまとって現れて
彼女は髪をとかす
まるで虹のようだ
色彩が宙に舞い
あたり一面に漂う
彼女は色をまとって来る

彼女は虹のようだ
色彩が宙に舞い
あたり一面に漂う
彼女は色をまとって来る


原曲では最初の "客引き" の効果音のあと、ピアノのイントロが始まり、ミック・ジャガーのヴォーカルが続きます。もちろん「美の壷」の BGM として使われたのはピアノのイントロ以降です。

最初の客引きの声は、街でのお祭りか何かのフェアのようなものを想像させます。屋台が並び、ゲームもある。そのゲームに客を呼び込む声です。ゲームの内容は判然としませんが、ボールを使ったもので、客が成功すると棚の商品がもらえる。最後のインストルメンタルのところで雑音のような効果音(楽器で演奏したもの)がはさみ込まれるのも、"祭" の雑踏を想像させます。

そんな晴れやかな雑踏の中でも、彼女は虹のように輝いている。そういった詩だと思います。


Lady Jane


美の壷「煙の魔法 燻製」の最後は、北海道紋別市の燻製職人、安倍哲郎さんを取材したものでした。安倍さんはサクラマス、ホタテ、タコ、サバなどの魚介類の燻製を作っていますが、映像はサバの燻製作りでした。サバは身が柔らかく、出来上がりが美しいようにすべてを手作業で行います。サバの切り身の小骨を丁寧に取り、塩水につけたあと、一晩、しっかりと乾燥させます。

そして燻製小屋で、ミズナラのおがくずを使っていぶします。おがくずを燻製棚の下に置きますが、おがくずの盛り方にも煙が多く出るための工夫があります。火が入ったおがくずは夜通し燃え、サバを燻し続けます。15時間かけて燻製にし、翌朝9時に取り出します。

美の壺・燻製・安倍1.jpg

美の壺・燻製・安倍2.jpg
盛り方を工夫したミズナラのおがくずを燻製小屋で一晩中燃やしてサバを燻す。安倍氏が目指す「究極美しい」燻製。番組より。


【安倍哲郎】

うちのは煙の濃度が比較的薄いんですよね。フワーンと包んでいる感じ。言ってみれば、着物を小さな和室に入れて横でお香をたいて、着物にお香の香りを移しているような感覚の燻製なんですよ。自分の燻製作りは、あまり派手な動きとか目立ったことはないんだけど「究極美しい」そいういうものを作りたいな、という感じがするんです。


なるほどと思います。燻製職人の安倍さんが目指すのは、最もおいしい燻製というより「究極に美しい燻製」なのですね。今回の「美の壷」の最後に安倍さんのエピソードを配した番組構成の意図が分かりました。

ミズナラのおがくずに火を付けるシーンで「Lady Jane」のイントロが流れ出しました。ギター伴奏による、アパラチアン・ダルシマーの旋律です。この「Lady Jane」は1966年のアルバム「Aftermath」に収録された曲です。

なお、ローリング・ストーンズが1966年に "エド・サリヴァン ショー" に出演して「Lady Jane」を歌ったときの動画が YouTube で公開されています(2021.10.2 現在)。この中でキース・リチャーズのギターに続いて、ブライアン・ジョーンズがアパラチアン・ダルシマーを演奏する貴重な姿を見ることができます。

AFTERMATH.jpg
The Rolling Stones
「AFTERMATH」(1966)


Lady Jane

  Music & Lyrics by
  Mick Jagger / Keith Richards

My sweet Lady Jane
When I see you again
Your servant am I
And will humbly remain
Just heed this plea my love
On bended knees my love
I pledge myself to Lady Jane

My dear Lady Anne
I've done what I can
I must take my leave
For promised I am
This play is run my love
Your time has come my love
I've pledged my troth to Lady Jane

(Instrumantal)

Oh my sweet Marie
I wait at your ease
The sands have run out
For your lady and me
Wedlock is nigh my love
Her station's right my love
Life is secure with Lady Jane

【試訳】

愛するレディ・ジェーン。
またお会いする時は
私はあなたのしもべ。
それを謹んで続けます。
この願いを聞き入れてください、いとしい人よ、
跪いてのこの願いを。愛しい人よ。
私をあなたに捧げます、レディ・ジェーン。

親愛なるレディ・アン。
できるだけの事はしました。
もう行かねばなりません、
約束をしたので。
芝居は終わりました、愛しい人よ。
その時が来ました、愛しい人よ。
私はレディ・ジェーンに忠節を誓ったのです。

(間奏)

愛するマリー。
あなたが落ち着くのを待ちます。
あなたの主人と私の砂時計は、
尽きてしまいました。
結婚の日はもうすぐです、愛しい人よ。
その人の身分は相応です、愛しい人よ。
レディ・ジェーンと平穏に生きます。

(訳注)sand の複数形 sands には「砂時計の砂」の意味があるので、試訳では "砂時計" としました。


この歌詞の解釈はいろいろと可能だと思いますが、ジェーンとは16世紀英国のヘンリー8世の3番目の妃、ジェーン・シーモアのことだとするのが最も妥当だと思います。イントロから使われるダルシマーや、間奏以降のチェンバロが "古風な" 感じを与えます。音階で言うと "ソ" で始まって "ラ" で終わる旋律が教会音楽のようにも聞こえる。歌詞は手紙の文章のようで、古語が使ってあります(nigh = near)。ということで、試訳では Lady を貴族の女性に対する敬称と考えてそのまま "レディ" としました。

ジェーンがジェーン・シーモアのことだとすると、アンはヘンリー8世の2番目の妻のアン・ブーリンでしょう(エリザベス1世の母親。映画「1000日のアン」の主人公)。ジェーンはアンの侍女でした。侍女と言っても、ジェーンは貴族です。だとすると、マリーとはジェーンとは別の(Lady = 貴族、ではない)アンの侍女かもしれません。ヘンリー8世は生涯で6人の妻がいましたが、それ以外の愛人が多数いたことでも有名です。

とはいえ、「Lady Jane」が史実を歌っているわけではないでしょう。英国の歴史にヒントを得て、中世に思いを馳せる中で、自由に作られた詩という感じがします。



ちなみに、燻製職人の安倍さんは、いつくしむようにミズナラのおがくずを整えて火をつけ、サケに切り身を燻製小屋につるしていました。「Lady Jane」の出だしである "My sweet" にピッタリでした。


ローリング・ストーンズの理由


美の壷 File550「煙の魔法 燻製」(2021年9月10日)の BGM にローリング・ストーンズの楽曲がなぜ登場したのでしょうか。「美の壷」という番組内容、コンセプトにマッチしたストーンズの曲というと、5~6曲ぐらいしか思い浮かびませんが、「She's a Rainbow」と「Lady Jane」はそのうちの2曲であることは確かです。しかし、なぜストーンズなのかということです。

これはひょっとしたら、2021年8月24日に逝去したローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツをしのんでのことではないでしょうか。ローリング・ストーンズの創設メンバーは5人ですが、ブライアン・ジョーンズは20歳台で亡くなり、ビル・ワイマンは脱退、チャーリー・ワッツが亡くなったことで、創設メンバーはミック・ジャガーとキース・リチャーズの2人になってしまいました。

ということで「美の壷」が終わったあと、「She's a Rainbow」と「Lady Jane」を聴き直し、続けて「Street Fighting Man」の切れ味の鋭いドラムス(特にゾクッとする感じのドラムの出だし)を聞き直したというわけです。

チャーリー・ワッツが亡くなったことと関係しているのかどうか、そこまで番組制作スタッフが意図したのかどうか、本当のところは分かりませんが、是非ともそう考えたいと思いました。



 補記:惜別 

毎年、年末に近づくと新聞に、その年に亡くなった方を偲ぶ文章が掲載されます。10月末に、朝日新聞 文化くらし報道部の河村能宏記者がチャーリー・ワッツさんを偲んだ文章を書いていました。よい "惜別の辞" だと思ったので、ここにそれを掲載します。


2021年10月30日
朝日新聞(夕刊)

ザ・ローリング・ストーンズのドラマー
チャーリー・ワッツさん

装飾そいだ「叩かない」美学

58年間、ザ・ローリング・ストーンズのドラマーとしてそのリズム隊を支えた。最近、その足跡を振り返る中で、代表曲「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」をよく聴く。なんて語ると、「あの曲、レコード盤では大したドラムをたたいていないよ」と突っ込まれそうだ。

確かに、あの場で彼がやったのは、黙々と8ビートを刻む、ただそれだけ。曲の要所で入れる決め技、フィルインなんてほぼ皆無だ。でも、それが最高にクールだった。装飾を極限までそぐことで生まれる不気味なまでの抑揚のなさ。あの曲のダークな一面を際立たせ、演奏に緊張感を生んだ。名演だ。

何を叩くかではなく、何を叩かないか。引き算の美学が彼の本質だ。レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナム、ザ・フーのキース・ムーン。超絶技巧でロック史を彩った名ドラマーらとは異なる次元にいた。「ドラムソロを嫌い、ロックの基本、8ビートの直線的なリズムを、タメなどをきかせ、どうダンサブルにするかにこだわった人だった」と音楽評論家の寺田正典さんは言う。そこに独特の間があるキース・リチャーズのギターと、ミック・ジャガーの野性味あふれる歌が絡んで、演奏にうねりが生まれた。

ジャズドラマーで活動していたが、メンバーに懇願されて加入した。「ストーンズは仕事なんだ」「(自分たちのレコードは)聴かないよ」。熱量高いロックの世界にあって、常にシニカルな視線があった。クールな演奏の源は、多分そこにある。

2013年夏。英ロンドン・ハイドパークであったストーンズの公演を生で見た。中盤のミックによる恒例のメンバー紹介で、彼はステージ前方に促され、マイクの前に立った。

「ハロー」。大観衆を前に語ったのはただそれだけ。

大歓声が上がった。(河村能宏)

Charlie Watts.jpg
ソロでは、ジャズバンドを率い、複数枚アルバムも発表。来日公演も行っている=2010年、AP。2021年8月24日死去(死因非公表) 80歳


本文中に書いた「Street Fighting Man」では、ギターのリフのあとにドラムが "かっこよく" 登場します。しかし河村記者としては「黙々と8ビートを刻む、ただそれだけ」の「Jumpin' Jack Flash」がチャーリー・ワッツらしいと言っているわけですね。なるほど ・・・・・・。足跡を振り返るにはその方がふさわしいかも知れません。

(2021.11.3)



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