SSブログ

No.292 - ゴッホの生物の絵 [アート]

No.93「生物が主題の絵」の続きです。No.93 でとりあげたのは、西洋絵画における "生物画" でした。ここでの "生物画" の定義は次の通りです。

生物画
人間社会やその周辺に日常的に存在する動物・植物・生物の「生きている姿」を主題に描く絵。空想(龍、鳳凰)や伝聞(江戸時代以前の日本画の象・ライオン・獅子などの例)で描くのではない絵。生物だけ、ないしは生物を主役に描いたもので、風俗や風景が描かれていたとしてもそれは脇役である絵。

西洋絵画の "静物画" は、フランス語で "nature morte"(死んだ自然)、英語で "still life"(動かない生命)と言うように、「死んだ」ないしは「動かない」状態を描いたものです。そうではなく「生物が生きている環境で生きている姿を描く」のが上の "生物画" の定義のポイントです。

この定義の "生物画" は日本画では大ジャンルを作っていますが、西洋の絵では少ない。もちろん、記録が主たる目的の「植物画」や「博物画」は除いて考えます。その少ない中でも生物を中心画題にした絵はあって、特に著名画家が描いた "生物画" を並べてみると何か見えてくるものがあるのでは、との考えで書いたのが、No.93「生物が主題の絵」でした。

その No.93 でゴッホの『アイリス』を引用しましたが、No.93 でも書いたようにゴッホは多数の生物を主題にした絵を描いています。つまり『アイリス』だけでは画家の本質を伝えられないと思うので、今回はゴッホの作品だけに注目し、描かれた "生物画" のテーマごとに取り上げてみます。従って制作された年月は前後します。

以下に引用する絵画の制作年月と制作地は、ゴッホ美術館の公認を受けたサイト "Vincent van Gogh Gallery" に従っています。


スモモ・果樹


01 The White Orchard.jpg
"The White Orchard"
花咲くスモモの木々のある果樹園
1888年4月、アルル
60.0 cm × 81.0 cm
ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)

ゴッホがパリからアルルに到着したのは1888年の2月ですが、その数週間後には近郊の果樹園で花が咲き始めました。その様子をゴッホは多数、描いています。ゴッホ美術館によると少なくとも14枚を描いたとのことです。

またゴッホは1年後の春にも果樹園の絵を描いていて、このブログで引用した絵だと、ミュンヘンのノイエ・ピナコテークにある絵(No.224「残念な北斎とジャポニズム展」)や、ロンドンのコートールド・ギャラリーにある絵(No.155「コートールド・コレクション」)がそうです。

1888年に描かれた果樹はモモ、スモモ、梨、アンズなどです。もちろん "果樹園風景" といった構図の絵もありますが、個々の果樹に焦点が当たっている絵もあり、上に引用したのはその中の1枚です。所蔵しているゴッホ美術館は英語題名を「白い果樹園(The White Orchard)」としていますが、解説をみると果樹はスモモ(plum)です。見上げるようなアングルで描かれています。

また解説によると、このスモモは枝が長く伸びていて、それは手入れが不十分なためとのことです。ただ、ゴッホは "古びた(timeworn)" 木を好んだとも書いてある。長い時間をかけて成長し風雪に耐えたきた樹木が画家の好みだったのでしょう。そういった古木でも、春になると一斉に白い花を咲かせる。その姿に感じるものがあったのだと思います。

01a スモモの花.jpg
スモモの花。先端が丸い花びらはウメに似ている。実もウメとよく似ている。スモモの生産量が1位の南アルプス市のJAのサイトより。


アーモンド


02 Almond Blossom.jpg
"Almond Blossom"
花咲くアーモンドの木の枝
1890年2月、サン=レミ
73.3 cm × 92.4 cm
ファン・ゴッホ美術館

青い空を背景に花が咲くアーモンドの木があり、その枝だけをクローズアップで描いたものです。この作品はゴッホがサン=レミの精神療養院で、弟・テオに息子が生まれたとの知らせを受け取り、その誕生祝いにと描いて送ったものです。この話から明確なことは、ゴッホが新しい生命の誕生を樹木の開花に重ね合わせていることです。人間と自然の "命" を同一視するような感覚を感じます。

青い空に樹木の白っぽい花がえるという光景は、日本の花見シーズンの晴れた日にソメイヨシノが満開の様子を連想させます。樹木の開花をでるのが日本の文化的伝統です。それは第一に "桜" であり、奈良・平安の昔からあるのは(中国文化の影響をうけた)"梅" です。開花した梅林を訪れるのも伝統文化の一つになっている。

ゴッホの、花をつけたスモモ(および他の果樹)やアーモンドの絵は、そういった日本文化との親和性を感じます。

02a アーモンドの花.jpg
アーモンドの花(Wikipediaより)。花びらの先がくぼんでいるところはサクラと似ている。ウメ、スモモ、モモ、サクラ、アーモンドは、いずれもバラ科サクラ属(スモモ属)の植物であり、花は白っぽいものからピンクのものまである。


マロニエ


03 Horse Chestnut Tree in Blossom.jpg
"Horse Chestnut Tree in Blossom"
花咲くマロニエの木
1887年5月、パリ
55.8 cm × 46.5 cm
ファン・ゴッホ美術館

この絵は「花咲く栗の木」と言われることがありますが、絵を所蔵しているゴッホ美術館の解説では、描かれているのはセイヨウトチノキ(=フランス語でマロニエ。英語で Horse Chesnut = 馬栗)です。英語名にある "chesnut = 栗" は、トチノキが栗の仲間だという誤解から付けられたようです。

この絵はゴッホのパリ時代の作品です。パリには街路樹や公園樹としてマロニエがたくさん植えられていて、春に開花します。その光景を絵にしたものでしょう。

03a マロニエ(花).jpg

03b マロニエ(実).jpg
マロニエの花と実。花は房状になっている。日本のトチノキと違って実にはトゲがある。

ゴッホはこのマロニエの花を、終焉の地となったオーヴェル・シュル・オワーズでも描いています。それが次の作品です

04 花咲くマロニエの枝.jpg
花咲くマロニエの枝
1890年5月、オーヴェル・シュル・オワーズ
72.0 cm × 91.0 cm
ビュールレ・コレクション

この作品も日本では「花咲く栗の木の枝」と呼ばれていますが、描かれているのは明らかに栗ではなくマロニエです。パリに近い地に転居した画家がパリ時代を思い出したのかもしれません。


糸杉


05 Cypress.jpg
"Cypresses"
糸杉
1889年6月、サン=レミ
93.4 cm × 74.0 cm
メトロポリタン美術館

ゴッホはサン=レミの精神療養院の時代に8点程度の「糸杉の絵」ないしは「糸杉のある風景の絵」を描いています。No.284「絵を見る技術」ではそのうちの3作品を引用しました。上に引用したメトロポリタン美術館の絵は、それらの中でも糸杉に焦点が当たっている絵です。この絵が描かれた時期に、ゴッホは弟・テオに宛てた手紙で次のように書いています。


ゴッホのテオ宛の手紙

1889年6月25日

糸杉のことがしょっちゅう頭にあるが、何とか向日葵の絵のような作品にしたいものだ。というのも、ぼくが見ているように描いた人がないのが不思議に思えるからだ。

線といい比例といい美しく、まるでエジプトのオベリスクのようだ。

それに緑が格別すばらしい。これは日の当たった風景の中にある黒い斑紋だが、この斑紋はちょっと例がないほど面白くまた自在に描きこなすことがもっともむずかしい黒の調子の一つだ。

ところで糸杉は青を背景に、というよりはむしろ青のなかで描かなければならない。



二つの糸杉の画布のうちではスケッチを入れたこの絵の方がいいように思う(引用注:手紙にはメトロポリタン所蔵の「糸杉」のスケッチがある)。これらの木は非常に高く、どっしりとしている。前景は低い茨や藪だ。緑の丘陵の背景に緑とピンクの空があり、三日月がかかっている。前景はとくに厚塗りがしてあり、茨の茂みには黄、紫、緑がきらきら光っている。

ゴッホ書簡全集 5
宇佐見 英治 訳
みずず書房 1970, 1984改版

西洋絵画に糸杉が描かれることはあります。たとえばダ・ヴィンチの『受胎告知』には後景に糸杉が描かれている(No.284「絵を見る技術」に画像を引用)。しかしゴッホが言うように「糸杉を中心的な画題として描いた絵画」はないのではと思います。

糸杉の色は黒々とした緑ですが、美しいフォルムで、凛として地面から屹立している。そのオベリスクのような姿に画家は強く惹かれたようです。特にこの絵は、焦点となっている手前の糸杉の上部がカットアウトされています。それによって糸杉特有の尖った円錐状の先端が上の方に長く伸びていることを想像させます。あえて全容を描かないという画家の構図の工夫を感じさせます。

構図上の工夫と言えば、No.284 に書いたのですが、この手前の糸杉の縦の中心線は、画面の中心より少しだけ左にずれています。この "ずれ具合" は、カンヴァスの "ラバットメント・ライン" を元に決められています。かなりのデッサンと計画性で描かれた絵という感じがします。

なお、ゴッホがサン=レミで最後に描いた糸杉の絵をクレラー・ミュラー美術館が所蔵していますが、これについてのゴッホ自身の手紙を、No.158「クレラー・ミュラー美術館」に引用しました。


木の幹


06 Trunk of an Old Yew Tree.jpg
"Ploughed field with a tree-trunk"
木の幹のある畑
1888年10月、アルル
91.0 cm × 71.0 cm
Helly Nahmad Gallery(ロンドン)

この絵について、ゴッホはテオへの手紙に次のように書いています(日付はゴッホ美術館による)。


ゴッホのテオ宛の手紙

1888年10月27日(または28日)

今週ぼくは種まく人の新しい習作を描いた。風景は全部平ったく、人物は小さくぼかしてある。

それからまたほかに、ここに描いたようないちいの古木の株のある耕作地の習作を描いた。それはこんな絵だ。

ゴッホ書簡全集 5
宇佐見 英治 訳
みずず書房 1970, 1984改版

引用の最後に「それはこんな絵だ」とあるように、手紙には2枚の絵のスケッチが添えられています。それが次の画像です。

06a 種蒔く人と木の幹(ゴッホの手紙).JPG
1888年10月27/28日のテオへの手紙に添えられたスケッチ。右が古木で、左は「種まく人」。ゴッホはミレーの模写を含めて多数の「種まく人」を描いているが、このスケッチに相当する油絵作品は、スイスのヴィンタートゥールにある私設美術館、ヴィラ・フローラが所有している。

ゴッホが手紙でこの古木をイチイ(英語で yew)と書いているので、この絵の題はふつう「Trunk of an Old Yew Tree」(古いイチイの木の幹)とされています。しかし絵を見る限りこれはイチイではありません。イチイは常緑針葉樹ですが、この絵には木のものと思われる枯れ葉がついていて、落葉広葉樹のようです。ということは、この木はヨーロッパで一般的なオーク(=落葉性の樹木。和名はヨーロッパナラ)ではないでしょうか。

オークはヨーロッパでは神聖な木とされているので、畑の中にポツンと残されていることもあるのではと想像します。フレーザーの『金枝篇』に、次のようにあります。


ヨーロッパにおける古代のオーク崇拝は、近代にいたるまで、民間伝承の慣習や迷信にその名残をとどめてきた。たとえば、フランスのメーヌ県では、畑にぽつんと生えているオークの樹が今でも崇拝されているそうだ。

J.G.フレーザー「図説 金枝篇」
(講談社学術文庫 2011)

引用中の "メーヌ県" はロワール河の沿岸で、フランスの中西部です。アルルとは違いますが、中西部にある風習は南フランスにあってもいいのではないかと思いました。ちなみにフレーザー(イギリス人の社会人類学者)は、ゴッホの1年後に生まれた同時代人です。

ちなみに日本語にすると、常緑性のオーク = かし、落葉性のオーク = ならですが、伝統的にオーク = 樫と訳されることがあります。引用した日本語訳では漢字が「櫧」でルビが「いちい」ですが、「櫧」は「イチイ」ではありません。この字の読みは「カシ」で「かし」と同じ意味です。訳者は描かれた木がイチイではないことが分かっていて「櫧」としたのかもしれません。

ともかく「イチイ」はゴッホの勘違いの可能性が強い。そういう事情もあるのでしょう、ゴッホ美術館はこの絵の題を「Ploughed field with a tree-trunk」(木の幹のある畑)としていて、木の名前をあげていません。妥当な判断だと思います。

木の種類の詮索はさておき、絵の話です。この絵は、畝が作られ種が蒔かれた畑に一本だけ立つ古木の幹だけをクローズアップで描いています。木の全体の様子は分かりません。この描き方がこの絵の特徴です。

画家は、長い年月を生きてきた樹木の本質が、幹とその木肌に現れると感じたのでしょう。最初に引用したスモモの絵(『白い果樹園』)についてのゴッホ美術館の説明で、「ゴッホは "古びた(timeworn)" 木を好んだ」というのがありました。この古木も、そういった画家の心情が現れているようです。





07 Mulberry.jpg
"Mulberry Tree"
桑の木
1889年10月、サン=レミ
54.0 cm × 65.0 cm
ノートン・サイモン美術館
(米・カリフォルニア州パサデナ)

この絵は No.157「ノートン・サイモン美術館」で引用しました。桑(日本で言うヤマグワ)は、秋になると真っ黄色に色づきます。白っぽいゴツゴツした岩の上で、青い空に映える黄葉した桑の姿に画家は感じ入ったのだと思います。桑の木から垂れ下がるオレンジ色のものが描かれていますが、おそらく桑の実でしょう。大きさのバランスが変ですが、そんなことより、この大きさで、この色で、ここに描きたかったのだと思います。

桑の実はともかく、この絵は黄葉した桑の木を、まるで黄色い炎が噴き出しているように描いています。実際の桑の木を見ても、こんな風には目に映りません。これはリアリズムとは離れた、画家が黄葉を見たときの感情をダイレクトに表現したのだと思います。

07a ヤマグワの黄葉と実.jpg
ヤマグワの黄葉と実


オリーブ


08 オリーブ畑.jpg
Olive Grove
オリーブ畑
1889年6月、サン=レミ
72.0 cm × 92.0 cm
クレラー・ミュラー美術館

ゴッホはオリーブの木やオリーブ畑の絵を多数描いています。この絵は "第2ゴッホ美術館" とも言うべきクレラー・ミュラー美術館が所蔵している作品です。

曲がりくねった幹は、これらのオリーブが古木であることを感じさせます。特に太い幹の2本の木です。しかし古木といえども緑の豊かな葉が茂り、実をつけ、人々の生活に役立っている。そういった生命力を暗示させる作品です。


木の幹と根


08a 木の幹と根.jpg
"Tree Roots"
木の幹と根
1890年7月、オーヴェル・シュル・オワーズ
50.3cm × 100.1cm
ファン・ゴッホ美術館

ゴッホ美術館のサイトの英語題名は「Tree Roots」となっているが、一般には「木の幹と根」で知られる。ゴッホ美術館の解説でも木の幹と根を描いたものとある。

オーヴェル・シュル・オワーズでのゴッホ作品にみられる、縦横比率1:2の画面です。この形のカンヴァスでは「一面の麦畑に群青の空、そこにカラスが群れ飛ぶ」絵が有名ですが、この絵はそういう広々とした風景ではありません。クローズアップで、木とおぼしきものの一部が描かれています。

背景は黄銅色の傾斜地か崖のようであり、そこにむき出しの木の根と細い幹が絡まっています。所々に描かれた緑の葉は、木が生きている証拠です。幹と根は絡まり、曲がりくねっていて、どこがどうなっているのか判然としません。ほとんど抽象画といっていいでしょう。

ゴッホ美術館の解説によると、背景となっているのはオーヴェル・シュル・オワーズにあったマールの採掘場です。マール(泥灰土でいかいど)とは粘土と石灰の混合土で、当時のコンクリートの原料になりました。

さらに解説によると、この絵はおそらくゴッホの絶筆とあります("probably Van Gogh's very last painting")。亡くなる日の朝に描かれたと匂わす解説もありました。

泥灰土でいかいど(マール)の地質というと、木の生育にとっては厳しい環境のはずです。そこでも何とかして生き延び、緑の葉を付ける。画家はこの「幹と根が絡まり曲がりくねっている姿」に、木の生命力を見たのだと思います。


アイリス


ゴッホがサン=レミの精神療養院に入院したのは1889年5月ですが、その5月に6点の絵を描いています。そのうちの2点はアイリスの絵で、ゲティ・センター所蔵の有名な『アイリス』を No.93「生物が主題の絵」に引用しました。それを再掲するとともに、カナダ国立美術館が所蔵するもう一枚のアイリスを引用します。

Irises.jpg
"Irises"
アイリス
1889年5月、サン=レミ
71.1 cm × 93.0 cm
ゲティ・センター

10 Irises.jpg
"Iris"
アイリス
1889年5月、サン=レミ
62.2 cm × 48.3 cm
カナダ国立美術館

ゴッホは『アイリス』の絵のことを、サン=レミの精神療養院に入院した直後のテオへの手紙に書いています。


ゴッホのテオ宛の手紙

1889年5月9日

こちらに来てよかったと思っていることを、きみに伝えておきたい。まず第一にこの動物園の檻のなかの狂人やさまざまな痴人の生活を現実にみると、わけのわからぬ心配は恐れはなくなってしまう。そして次第に狂気も他の病気と同様ひとつの病気なのだと考えられるようになってくる。この環境の変化は思うにぼくにはよい効目ききめがあると思う。

ぼくにわかった限りでは、ここの医者はどうやらぼくのやったことを癲癇性の発作だと思いたがっているようだ。しかしききだしたわけではない。

きみは絵の荷物をもう受け取ってくれただろうか(引用注:ゴッホがアルルで最後にテオに送った数点の絵を指す)。あれで、傷まずに着いたかどうか、ちょっと教えてほしい。

ぼくはいままた別の二点にかかっている ── 鳶尾いちはつの花とリラの木の茂みで、二点ともこの庭からモティーフをとったものだ。

ゴッホ書簡全集 5
宇佐見 英治 訳
みずず書房 1970, 1984改版

アイリスはアヤメ属の植物を指します。従って和名でいうと、アヤメ(菖蒲)、カキツバタ(杜若)、ハナショウブ(花菖蒲)、イチハツ(鳶尾、一初)などが相当するでしょう。これらの花はよく似ています。

引用した日本語訳は鳶尾いちはつとなっています。ゴッホの絵から鳶尾に近いという判断かもしれませんが、日本の鳶尾と全く同じ植物がサン=レミにあるわけではないので、"アイリス" か、ないしはアヤメ属の花という意味で "アヤメ" とするのが妥当だと思います。

それはともかく、この手紙でわかることは『アイリス』はゴッホがサン=レミの精神療養院に来て真っ先に描きはじめた絵ということです。さらに、手紙に "リラの木の茂み" とありますが、そのリラ(=ライラック)の絵が次です。


ライラック


11 Lilac.jpg
"Lilac Bush"
ライラックの茂み
1889年5月、サン=レミ
73.0 cm × 92.0 cm
エルミタージュ美術館

1889年5月に描かれたアイリスとライラックの絵を見て、明らかにわかることがあります。それは、この3枚の絵は「いかにも生命の輝きにあふれた植物の姿を描いている」ということです。ゴッホが入った施設には、精神をんだ人たちが入院・居住しています。しかしその庭に咲き誇る花は、やまいとは全くの対極の明るさと生命力に満ちている。画家はそこを描きたかったのだと思います。

11a ライラックの花.jpg
ライラック(リラ)の花(Wikipediaより)。日本では北海道を代表する花である。


薔薇


12 Roses.jpg
ばら
1889年4月、アルル
33.0 cm × 41.3 cm
国立西洋美術館

ゴッホのアルル時代の最後期に描かれた絵で、園芸種ではない野バラを描いています。この絵は上野の国立西洋美術館の常設展示室にあります。経験上、常設展に行くと必ずあるので、展示替えはないのだと思います。

小説家の原田マハさんは、この絵をもとに『薔薇色の人生』という短篇小説を書いています。主人公は、人からゴッホ展のチケットをもらって国立西洋美術館に行くが、展覧会は既に終了していた。そのチケットで常設展なら見学できると聞いた主人公が出会うのが、このゴッホの絵です。そのあたりの文章です。


ほんのりピンクの薔薇と、白の薔薇。夏だろうか、豊かな緑を背景に、花々が群れて立ち上がっている。その絵は、ただただ、薔薇の花の絵だった。ただそれだけで、みずみずしく命を誇っていた。

原田マハ『薔薇色の人生』
短篇集「常設展示室」より
(新潮社 2018)

13 Wild Roses and Beetle.jpg
"Roses"
ばらと甲虫
1890年4月-5月、サン=レミ
33.5 cm × 24.5 cm
ファン・ゴッホ美術館
13a キンイロハナムグリ.jpg
キンイロハナムグリ

ゴッホのサン=レミ時代の最後期の絵です。国立西洋美術館の絵と同様に野バラを描いていますが、この絵には一匹の甲虫が描かれています。ゴッホ美術館の説明によると、この甲虫はキンイロハナムグリ(漢字で書くと金色花潜。コガネムシ科ハナムグリ属。英名:rose chafer)で、カナブンの仲間です。ハナムグリとは「花にもぐる」の意味ですが、この虫は花の中でもバラを好み、金色に輝く緑が美しいコガネムシです。まさにバラの花に潜って蜜を吸っている、その様子が描かれています。


ひなげし


14 Butterflies and poppies.jpg
"Butterflies and poppies"
ひなげしと蝶
1890年4月-5月、サン=レミ
34.5 cm × 25.5 cm
ファン・ゴッホ美術館

モンシロチョウと思われる蝶がヒナゲシに寄ってきた図です。この絵は先にヒナゲシとモンシロチョウを描き、あとから青い背景を塗っています。その背景は未完で、カンヴァスの地が出ているとところがあります。

「ばらと甲虫」もそうですが、この絵の構図は日本の花鳥画の影響を感じます。ただし、ヒナゲシの茎と葉にはさまざまな緑が使われていて、花の朱色もさまざまな色がある。それによって立体感と奥行き感が創り出されています。





15 草むら.jpg
草むら
1889年4月、アルル
45.1 cm × 48.8 cm
ポーラ美術館

国立西洋美術館の「ばら」とほぼ同時期に描かれた作品です。「ばら」と同じような、地表を見おろろすアングルで描かれ、水平線や遠景は全くなく、地表の草だけを描いています。ゴッホはこういった構図の絵をサン=レミの時代に何点か描いています。

普通は画題にまずしないような、何でもない雑草です。花が咲くのでもなく、形がユニークでもなく、どこにでも見かける雑草を描こうと画家は考えたわけです。つつましく、しぶとく生きている草に感じるものがあったのでしょう。

16 Undergrowth.jpg
"Undergrowth"
下草とキヅタのある木の幹
1889年7月、サン=レミ
73.0 cm x 92.3 cm
ファン・ゴッホ美術館

「草むら」と同じように、地表を見下ろすアングルで描かれています。木の幹が立ち並び、地表は草で覆い尽くされています。また木の幹にもキヅタが絡みついている。あたり一面が草の世界で、その中のところどころに太陽の光が差し込んでいます。

振り返ってみると、「地表や人物に当たる木漏れ日を白っぽいスポット状に描く」というのは、印象派の絵にしばしばあります。有名なルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」(オルセー美術館)がそうだし、同じオルセーには「ブランコ」という作品もありました(No.243「視覚心理学が明かす名画の秘密」)。モネもそういう絵を描いているし、サージェントが印象派っぽく描いた「柳の下のパントで眠る母と子」(No.192「グルベンキアン美術館」)でもまさにその効果が使われていました。

しかしゴッホの絵で、この効果を使って直射日光の中での暗がりを表現した絵というのは、大変に珍しいのではないでしょうか。

下草とキヅタの表現をよく見ると、草の葉や茎を描くつもりは全くないようです。そこにあるのは、さまざまな色彩と方向の筆触だけであり、短い筆触の積み重ねで草とキヅタを表現しています。一方、木の幹には長めの線が使ってあり、木肌のごわごわした感じがよく出ていると思います。

17 Tree Trunks in the Grass.jpg
"Tree trunks in the grass"
草むらの中の幹
1890年4月、サン=レミ
72,5 cm × 91,5 cm
クラレー・ミュラー美術館

一つ前の「下草とキヅタのある木の幹」と同じような見下ろす構図ですが、一段とクローズアップの表現です。そのため個々の草の茎や葉や花が描かれています。その草は、芽吹き、成長し、花をつけています。生命いのちの輝きの真っ盛りを描いているようで、今までに引用した『果樹(スモモ、アーモンド)』『アイリス』『ライラック』と共通した感じを受けます。

一方、左の大きな木の幹は、クラレー・ミュラー美術館の解説によると松です。黒い縁取りの中に様々な色が重ねられていて、リアリズムとは離れた装飾的で抽象的な描き方です。これによって年月を経た松の幹の、ごつごつした感じが伝わってきます。草の描き方との対比によって、逆に草むらの若々しさが強調されているようです。

構図をみると、この絵は思い切ったクローズアップにより画面に独特の奥行き感が生まれています。また草むらには、一見すると気づかないかもしれないリーディングライン(視線を誘導する線)がジグザグ状に仕組まれている。これらを合わせて、画面に吸い込まれそうな感じを受けます。

余談ですが、この「草むらの中の幹」と一つ前の「下草とキヅタのある木の幹」の構図は、菱田春草の重要文化財「落葉」(1909)を思い起こさせます。絵の構図とかバランスは、西欧絵画でも日本画でも共通するところがあるということだと思います。





18 Ears of Wheat.jpg
"Ears of Wheat"
麦の穂
1890年7月、オーヴェル・シュル・オワーズ
64.5 cm × 48.5 cm
ファン・ゴッホ美術館

この絵についてゴッホは、死後に発見されたゴーガン宛ての未完の手紙に次のように書いています。


ゴッホのポール・ゴーガン宛の手紙(未完)

1890年6月18日頃

ところで、きみに気に入りそうな着想だが、ぼくはいま麦の習作をこんな風に描こうと努めている ── もっともデッサンはここでは青緑の茎をもった穂でしかできないが、光の反射で緑とピンク色のリボンのような長い葉があり、穂はほのかに黄ばんでいて、埃をかぶった花が ── 下方で茎のまわりにからんでいるピンク色の昼顔 ── の薄いピンク色がそのへりを飾っている。

その向こうに非常に生々とした、しかし静かな背景をもった肖像を描きたいと思っている。これは同じ色価のさまざまな性質をもった緑をおいてひとつの緑の全体をつくろうとするもので、こうすればその振動によって微風に揺れる麦の穂の甘美なざわめきを夢想さすことができるだろう。これは色づけが全く並大抵ではない。

ゴッホ書簡全集 5
宇佐見 英治 訳
みずず書房 1970, 1984改版

「非常に生々とした、しかし静かな背景をもった肖像を描きたいと思っている」と手紙にあるように、ゴッホはこの絵とは別に「麦の穂を背景とする女性の肖像」を2枚、描いています。そのうちの1枚はワシントンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています(「小麦を背景に立つ若い女性」)。上の引用で「その向こうに」との訳がありますが、手紙の英訳をみると "On it," となっているので「この絵をもとに」が正しい訳でしょう。

ゴッホはこの絵で、麦畑に分け入り、クローズアップで、麦の穂と茎だけに集中して描いています。ほとんどが緑系のさまざまな色で、その中に穂先の黄色があり、少々のピンク(右下。ヒルガオ)と青(左上。ゴッホ美術館の説明ではヤグルマギク)がある。こういった色の変化の総体で「微風に揺れる麦の穂の甘美なざわめき」をとらえようとしたわけです。ほとんど抽象画と思える描き方であり、ゴッホ以前にこんな絵を描いた人はいないでしょう。手紙を読むと、色彩の変化が人間感情に与える効果を探求する意気込みが伝わってきます。





19 オオクジャクヤママユ.jpg
"Giant Peacock Moth"
オオクジャクヤママユ
1889年5月-6月、サン=レミ
33.5 cm × 24.5 cm
ファン・ゴッホ美術館

一匹の大きな蛾が、ミズバショウのような形の花にとまっています。この絵に描かれた蛾について、ゴッホは弟・テオへの手紙に書いています。サン=レミの精神療養院に入院した月の手紙で、『アイリス』や『ライラック』と同時期です(手紙の日付はゴッホ美術館による)。


ゴッホのテオ宛の手紙

1889年5月23日

昨日ぼくは通称死の頭という非常にめずらしい、とても大きな蛾を写生した。黒、灰色、ニュアンスのある白、驚くべき見事な色彩をもったもので、光をうけると洋紅色になり或いは朦朧としたオリーヴ緑にかわってゆく。じつに大きい。描くために、しかたなしに殺したが、残念なことをした。それほど美しかったのだ。他の数点の草のデッサンと一緒にこの絵をきみに送ろう。

ゴッホ書簡全集 5
宇佐見 英治 訳
みずず書房 1970, 1984改版

ゴッホが書いている「通称 "死の頭" という蛾」は、メンガタスズメ(面形雀蛾)という蛾です。これは "髑髏蛾" とも呼ばれます。メンガタスズメの一種、ヨーロッパメンガタスズメの画像を次に引用します。

19a ヨーロッパメンガタスズメ.jpg
ヨーロッパメンガタスズメの画像(Wikipedia)。羽を広げると10cm以上になる大型の蛾である。メンガタスズメは映画「羊たちの沈黙」(1991年。ジョディー・フォスター、アンソニー・ホプキンス主演)で重要な役割をはたしたが、「ジョディー・フォスターの正面視の顔と "髑髏蛾" だけ」という宣伝ポスターが強烈な印象を与えた。

画像でもわかるように、背中に "人の顔" ないしは "髑髏" のよう模様があります。ゴッホはテオへの手紙に蛾のスケッチを添えていますが、それが次の画像です。

19b オオクジャクヤママユ(ゴッホの手紙).jpg

このスケッチには "人の顔" のようなものがありますが、描かれている蛾はメンガタスズメではなくオオクジャクヤママユ(=和名。英名:Giant Peacock Moth)です。これはヨーロッパ最大の蛾で、オオクジャク蛾とも訳されます。ファーブルの『昆虫記』には、ファーブルが自宅で羽化させたオオクジャク蛾の雌の周りに、雄の蛾が外から数十匹も進入してきて大騒ぎになるという有名な記述があります(『昆虫記』第7巻 23章)。そう言えば、ファーブルの自宅があったセリニャンとゴッホがいたサン=レミは、同じプロヴァンス地方の近くです。

またこの蛾は、ヘッセの短編小説「少年の日の思い出」に出てきました(No.49「蝶と蛾は別の昆虫か」の「補記1」参照。小説の蛾は中型のクジャクヤママユ)。

19c オオクジャクヤママユ).jpg
オオクジャクヤママユの画像。羽を広げると15cm~20cmになるヨーロッパ最大の蛾である。ヘッセ「少年の日の思い出」(岡田朝雄訳。草思社 2010)の口絵より。

おそらくゴッホは "死の頭" という蛾がいることを知識として知っていて、サン=レミの精神療養院の庭で大きな蛾を見つけたとき、それが "死の顔" だと考えたのでしょう。背中のまだら模様のちょっとした乱れか何かが顔に見えてしまった。そういうことだと思います。

ちなみに、この絵に描かれている「ミズバショウのような形の花」は、同じサトイモ科のアルムでしょう。アルムだけを描いたゴッホの素描が残っています(ゴッホ美術館蔵)。ミズバショウと同じく、花と見えるのは花ではなく、仏炎苞ぶつえんほうと呼ばれる "ほう"(=花のつけねにできる、葉が変化したもの)です。


カワセミ


20 Kingfisher by the Waterside.jpg
Kingfisher by the Waterside"
水辺のカワセミ
1887年7月-8月、パリ
19.1 cm × 26.6 cm
ファン・ゴッホ美術館

カワセミが水辺のアシの茎に止まり、魚を狙っています。この絵を所蔵しているゴッホ美術館の説明を読むと、ゴッホはカワセミの剥製を持っていたとあります。カワセミは色が美しい鳥です。おそらくその色に惹かれて購入した(あるいは譲り受けた)のでしょう。

カワセミは日本でも一般的な鳥で、私が住んでいる市の住宅地のそばの川でも見かけたことがあります(市の鳥に指定されている)。オランダやパリでもよく見かける鳥だと想像されます。おそらくゴッホは剥製を参考に、それを水辺にのカワセミに移し替えて描いたのだと思います。野鳥を生息環境で描いた、めずらしい作品です。


ゴッホの生物の絵


以上に引用した絵は、傑作とされているものから習作や未完作までさまざまですが、共通する特徴を何点かあげると次のようになるでしょう。

生命の輝き

画家は生物の姿に "命の輝き" を見ていたようです。その典型は、甥の誕生祝いに弟へ贈ったアーモンドの枝と花の絵です。また開花した果樹や、サン=レミの精神療養院に入院した直後のアイリスとライラックの絵もそうでしょう。

樹木の生命力

糸杉の絵や、畑に一本だけ立つ木の幹の絵、オリーブ畑の絵は、年月を経た木に命のたくましさ見ているのだと思います。

なにげない生物

雑草を描いた絵や、麦の穂だけを描いた絵、下草を描いた絵などは、普通の画家ならまず画題としない対象です。なにげない生物にも画家は観察の目を向けています。

色へのこだわり

画家であればあたりまえかもしれませんが、色彩に対する強いこだわりを感じます。多様な緑を使って画面を構成したり、色の対比にこだわったり、あえて現実とは乖離した色を使ったりということが随所にあります。

ゴッホは多くのジャンルの画題で多数の絵を描いているので、"生物画" はごく一部に過ぎません。ただ、これだけ「各種の生物を生きている環境で描いた画家」は、西洋の画家ではあまり見あたらないでしょう。そこにゴッホという画家の特質を見ることができると思います。




nice!(0) 

nice! 0