No.274 - 蜂を静かにさせる方法 [技術]
今回は、No.105「鳥と人間の共生」の関連です。No.105 で書いたアフリカの狩猟採集民の「蜂の巣狩り」ですが、次の3つのポイントがありました。
タンザニア北部の狩猟採集民、ハッザ族が「蜂の巣狩り」をする様子が YouTube に公開されています(https://www.youtube.com/watch?v=6ETvF9z8pc0)。それを見ると、ハッザ族の男たちは木をこすって火をおこし、火種を作って木片を燃やし、ノドグロミツオシエが示した木に登って蜂の巣がある樹洞に煙を入れています。
No.105 で紹介したように、ハーバード大学の人類学者、リチャード・ランガム教授は「アフリカの狩猟採集民は、チンパンジーの100~1000倍のハチミツを手に入れる」と語っていました。①火を使う(煙でミツバチを麻痺させる)、②ノドグロミツオシエの誘導行動を利用する、の2つでハチミツを効率的に採取できるわけです。
このタイプの「蜂の巣狩り」はいつから始まったのでしょうか。アフリカに残る狩猟採集民がやっているということで、人類史を遡る遙か昔からと考えられます。人類が火を使った確かな証拠は約100万年前のものですが、それ以降のどこかで煙を使う「蜂の巣狩り」が始まったわけです。数万年前、いや数10万年前かもしれません。とにかく、大昔からアフリカの人類はそうしてきた。
ところで、煙でミツバチを麻痺させる方法は現代の養蜂農家も使っています。このための現代の道具が燻煙器です。Amazonでも売っています。
燻煙器は「燃焼室」と「ふいご」から成り、燃焼室の上部は吹き口のある蓋になっています。まず燃焼室に火種を入れ、その上から細かく裂いた麻布や籾殻などの自然由来の燃焼物を入れます。そして「ふいご」を使って吹き口から煙を出す。養蜂農家がミツバチの巣箱の世話をするときには、ミツバチに刺されないための必須の道具となっています。
燻煙器はステンレスなどで作られた現代の工業製品です。しかし「煙を使ってミツバチの活動を押さえて刺されないようにする」という1点においては、ハッザ族などのアフリカの狩猟採集民と現代の養蜂農家は全く同じなのです。
ところがごく最近、煙を全く使わすにミツバチを静かにさせるスプレーが開発されました。今回はその話を書くのが目的ですが、まずそのスプレーの発売を報じたニュース記事を引用します。
ミツバチの活動を抑えるスプレー
先日(2019年11月5日)、NHKの朝の情報番組で「ビーサイレント」を使い始めた関東の養蜂家を取材していました。その養蜂家は「火を起こして燻煙器をセットするのに10分~15分はかかる。ビーサイレントはスプレーなので手間が全然違う。養蜂家の必需品」と話していました。
早稲田大学を中心として運営されている国内最大の化学ポータルサイト「Chem-Station(ケムステ)」に、もう少し詳しい話が載っていました。
補足しますと、ススメバチもアシナガバチも「スズメバチ科」の蜂です。そして「スズメバチサラバ」はスズメバチ科の蜂に対して効果があります。
一つのポイントは、フェニルメタノールは香料として食品にも使われていることです。つまり人に対して安全であり、かつ農薬ではないので認可も不要です。
もう一つのポイントは、引用部分には書いてないのですが、養蜂で使うミツバチはミツバチ科であり「スズメバチサラバ」を忌避しないことです。ということは、巣箱のミツバチの出入り口付近で、フェニルメタノールを常に発生させるような「据え置き型スズメバチサラバ」を設置しておくと、スズメバチが巣箱に進入しないことになる。
人がスズメバチに刺されて死亡する事故は毎年起こっていますが、もう一つのスズメバチの被害は養蜂です。巣箱にスズメバチが進入してミツバチが全滅する事件が起こる。スズメバチは養蜂の大敵なのです。KINP社は「据え置き型スズメバチサラバ」を開発中のようで、これがうまくいくとさらに「スズメバチサラバ」の利用範囲が広がることになります。
この「スズメバチサラバ」と同様の効果をミツバチに対してもつのが、冒頭で紹介した「ミツバチの活動を抑えるスプレー」である「ビーサイレント」です。
この引用部分のポイントは3つあります。一つは「西洋ミツバチ」と書いてあるところです。ニホンミツバチと違って西洋ミツバチは攻撃性が強く、燻煙器が必要になる。現代の養蜂のほとんどは西洋ミツバチによるものです。
2番目は「都会では煙を使うことが避けられる」というところです。最近、都会のビルの屋上で養蜂をすることが増えています。東京都心などは緑が多く、ミツバチが蜜を採集する場所には困らない。さらに都心のビルの屋上にはミツバチの天敵であるスズメバチがくることはないので好都合です。銀座のビルの屋上で採蜜されたハチミツが「銀座のはちみつ」というブランドで松屋銀座店で販売されているほどです。ところが、ビルの屋上で火を燃やすことは一般には禁止されていて、燻煙器が使えません。つまり火を使わない「ビーサイレント」は、手間が省けることに加えて養蜂家にとって大変有り難い製品なのです。
3つ目は「スズメバチサラバをミツバチ向けに配合や濃度を改良した」としてあるところです。スズメバチサラバの成分であるフェニルメタノールはスズメバチ科の蜂が忌避し、ミツバチは忌避しないので、ビーサイレントにはフェニルメタノールではない(おそらく類似の)別の成分が配合されていると考えられます。その詳細は書いてないので不明ですが、特許の関係があるのかも知れません。いずれ明らかになると考えられます。"ケムステ・ニュース" の記事は次のように結ばれています。
スズメバチは農林業分野では害虫を駆除してくれる益虫でもあり、「よりよい害虫との付き合い方を開発」というところがまさに金哲史教授の狙いでしょう。
最大、年80人がスズメバチで死亡
ところで、そもそものスズメバチ忌避物質の発見はどういう経緯だったのでしょうか。国立科学技術振興機構(JST)が出している「産学官連携ジャーナル・2018年7月号」にその経緯が書かれていたので紹介します。まず、スズメバチによる被害の状況が解説してありました。
よくメディアで、山菜採りなどで熊に遭遇して怪我をしたというニュースが流れることがあり、また熊に襲われて死亡という事故も起きています。しかし死亡事故ということで言うと、スズメバチは熊の20倍~80倍もの被害を出しているのですね。人が人以外の生物に襲われて死ぬ数は、明らかにススメバチが一番多いのです。
ちなみに、人が人に襲われて死亡する数(殺人事件による他殺数)は年間300人程度(2016年)です。それと比較してもススメバチによる死者は無視できない数なのです。つまりススメバチを撃退する方法は重要で、それを発見したのが高知大学の金 哲史教授です。
スズメバチ忌避物質の発見
この発見は、スズメバチが好むクヌギと嫌うクヌギがあるということがヒントになりました。冒頭に書いたNHKの朝の情報番組では「金教授の同僚の教授からの示唆」だと言っていました。なぜ、スズメバチが好むクヌギと嫌うクヌギがあるのか、それは別の昆虫(=蛾)の意外な生態が関係していました。
つまり、ボクトウガの幼虫が住み付いているクヌギはスズメバチが嫌い、そうでないクヌギはスズメバチが好む。ボクトウガは漢字で書くと「木蠹蛾」です。「蠹」とは難しい字ですが(Shift JIS にある字です)「むしばむ = 虫食む」という意味です。その名の通り幼虫はクヌギやコナラなどの樹肌をかじって穴をあけ、樹液を滲出させます。そして樹液に惹かれてやってくる昆虫を捕食する。つまり自ら「餌場」を開設する昆虫です。これだけでも少々驚きですが、さらに上に引用した記事によると、
というわけです。一般的に言って昆虫の "生き残り戦略" の中には驚くほど巧妙なものがありますが、ボクトウガの幼虫もそうです。この程度の "戦略" は昆虫の世界ではありうることと言えそうですが、巧妙であることには違いありません。
そこで問題は、ボクトウガ放出する「スズメバチが忌避する化学物質」とは何かです。金教授はその成分が「2-フェニルエタノール」であることを突き止めました。そしてさらに研究を続けました。
スズメバチサラバを噴射するとスズメバチは一時的に攻撃性を失いますが、その時間はおよそ5分間だそうです。スズメバチを殺さずに攻撃性だけを一時的に失わせる。これが忌避剤の意味です。
金教授はかなりユーモアのセンスがある方のようで、商品のネーミングについては次のような発言が紹介されていました。
『八目散』とは素晴らしいネーミングのセンスだと思います。『蜂目散』でないことがミソです。少々の誤解を招いたとしてもこのネーミングにしてほしかったと思いますが、科学者としてそれはできなかったのでしょう。実際に選ばれた『スズメバチサラバ』は、少々安易な感じもしますが、『ゴキブリホイホイ』や『ダニコナーズ』(=KINCHOのダニ除けスプレー)という例もあるので、これは殺虫剤・忌避剤の "王道の" ネーミングなのでしょう。
殺虫剤ではなく、忌避剤である意味
その忌避剤であることの意味、スズメバチを殺す殺虫剤ではない意義はどこにあるのでしょうか。産学官連携ジャーナルは次のように締めくくられていました。
人類史の転換点
「ビーサイレント」の話に戻ります。冒頭にも書いたように「煙を用いてミツバチを静かにさせる」という方法は、人類が有史以前の(おそらく)数万年前(ないしは数10万年前)という太古の昔から現代まで、綿々と受け継がれてきたものです。
このことからすると「ビーサイレント」は大発明であり、人類史における根本的な技術革新だと言えるでしょう。大袈裟にいうと、2019年の「ビーサイレント」の発売は「人類史の転換点」です。金哲史教授はそのことを誇ってよいと思うし、是非そういうアッピールをして欲しいと思いました。
さらに付け加えると、その「人類史の転換点」の契機になったのは、ボクトウガという蛾の幼虫が出すスズメバチ忌避物質だった。昆虫は人類や霊長類とは比較にならないぐらいの長い時間に渡って進化を続けてきたのです。人類はまだまだ自然に学ぶことが多いようです。
山口百恵
以下は「ビーサイレント」という商品名についての余談です。金哲史教授が開発したスズメバチ忌避剤の商品名は、
スズメバチサラバ
でした。とすると、第2弾の商品であるミツバチ忌避剤の商品名は、
ミツバチシズカ
とするのが自然です。スズバチサラバの姉妹品であるということが明確になるし、KINP社の商品ラインナップとしてもその方がインパクトが強い。マーケティングのセオリーからすると「ミツバチシズカ」が妥当であり、これしかないはずです。
ところが実際の商品名は「ビーサイレント(= Bee Silent)」です。ここでなぜ急に英語を持ち出すのでしょうか ・・・・・・。想像ですが、このネーミングは、山口百恵さんの
美・サイレント
の "もじり" ではないでしょうか。阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲の楽曲で、1979年3月のリリースです。ちなみに百恵さんのファイナル・コンサートは翌年の1980年でした。
"もじり" だと想像するのは2つの理由によります。一つは「ビーサーレント」を開発した金哲史教授と百恵さんが同世代だということです。百恵さんの生年月日は1959年1月17日です。一方、高知大学のサイトにある「研究者情報」によると、金教授は1958年生まれとあります。ということは、中学・高校は百恵さんと同学年の可能性が強いわけです(金教授が1学年上という可能性もある)。
私の親類に1958年12月生まれの男性がいるのですが、彼は中学・高校と桜田淳子さんの熱烈なファンでした。山口百恵・桜田淳子・森昌子の同学年の3人は「花の中三トリオ」から始まって「花の高三トリオ」と言われた国民的アイドルでした。その彼女たちと同学年の男子は3人のうちの誰かのファンになるのが自然だし、そうなって当然だったのではないでしょうか。私の親類みたいに ・・・・・・。金教授もそうだったのではと思ったのです。
もう一つの理由は、金教授が第1弾の商品であるスズメバチ忌避剤を当初「八目散」と名付けようとしたことです("一目散" のもじり)。どうも金教授は、"もじり" というか "パロディ" というか "ダジャレ" で名付けるのが好きそうです。ということからすると、「美・サイレント」のパロディで「Bee Silent → ビーサイレント」というのは大いにあり得ると思うのです。そもそも「美・サイレント」が「Be silent」(「静かに」ないしは「言わないで」)の "もじり" です。
真相は分かりませんが、もしそうだとするとこれは「ネーミング大賞 2019」にノミネートしていい感じだし、殺虫剤・忌避剤のネーミングの新パターンを作ったのではと思いました。
狩猟採集民は火をおこし、煙でミツバチを麻痺させて蜂の巣を取り、ハチミツを採取する。 | |
ノドグロミツオシエ(漢字で書くと "喉黒蜜教え"。英名:Greater Honeyguide)という鳥は、人間をミツバチの巣に誘導する習性がある。この誘導行動には特有の鳴き声がある。狩猟採集民はこれを利用してミツバチの巣を見つける。 | |
ノドグロミツオシエは人間の "おこぼれ" にあずかる。たとえば蜂の巣そのものである(巣の蝋を消化できる細菌を体内に共生させている)。つまり、ノドグロミツオシエと人間は共生関係にある。 |
タンザニア北部の狩猟採集民、ハッザ族が「蜂の巣狩り」をする様子が YouTube に公開されています(https://www.youtube.com/watch?v=6ETvF9z8pc0)。それを見ると、ハッザ族の男たちは木をこすって火をおこし、火種を作って木片を燃やし、ノドグロミツオシエが示した木に登って蜂の巣がある樹洞に煙を入れています。
YouTube に公開されているハッザ族の「蜂の巣狩り」の様子。ノドグロミツオシエの誘導によりハチミツの在り処を知ると、火をおこして木片を燃やし、木に登って、蜂の巣がある樹洞に木片から出る煙を入れ、蜂の巣を採取する。このあと、ハチミツを採ったあとの蜂の巣は地上に捨てるが、それをノドグロミツオシエが食べる。 |
No.105 で紹介したように、ハーバード大学の人類学者、リチャード・ランガム教授は「アフリカの狩猟採集民は、チンパンジーの100~1000倍のハチミツを手に入れる」と語っていました。①火を使う(煙でミツバチを麻痺させる)、②ノドグロミツオシエの誘導行動を利用する、の2つでハチミツを効率的に採取できるわけです。
このタイプの「蜂の巣狩り」はいつから始まったのでしょうか。アフリカに残る狩猟採集民がやっているということで、人類史を遡る遙か昔からと考えられます。人類が火を使った確かな証拠は約100万年前のものですが、それ以降のどこかで煙を使う「蜂の巣狩り」が始まったわけです。数万年前、いや数10万年前かもしれません。とにかく、大昔からアフリカの人類はそうしてきた。
ところで、煙でミツバチを麻痺させる方法は現代の養蜂農家も使っています。このための現代の道具が燻煙器です。Amazonでも売っています。
燻煙器 |
燻煙器は「燃焼室」と「ふいご」から成り、燃焼室の上部は吹き口のある蓋になっています。まず燃焼室に火種を入れ、その上から細かく裂いた麻布や籾殻などの自然由来の燃焼物を入れます。そして「ふいご」を使って吹き口から煙を出す。養蜂農家がミツバチの巣箱の世話をするときには、ミツバチに刺されないための必須の道具となっています。
巣箱の蓋をあけ、燻煙器の煙を巣箱に入れてミツバチを静かにさせて、巣枠を取り出す。ハッザ族の「蜂の巣狩り」と現代の養蜂では状況が全く違うが、「煙を使ってミツバチの活動を押さえて刺されないようにする」という1点においては同じである。画像は岐阜県の渡辺養蜂場のサイトより。 |
燻煙器はステンレスなどで作られた現代の工業製品です。しかし「煙を使ってミツバチの活動を押さえて刺されないようにする」という1点においては、ハッザ族などのアフリカの狩猟採集民と現代の養蜂農家は全く同じなのです。
ところがごく最近、煙を全く使わすにミツバチを静かにさせるスプレーが開発されました。今回はその話を書くのが目的ですが、まずそのスプレーの発売を報じたニュース記事を引用します。
ミツバチの活動を抑えるスプレー
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先日(2019年11月5日)、NHKの朝の情報番組で「ビーサイレント」を使い始めた関東の養蜂家を取材していました。その養蜂家は「火を起こして燻煙器をセットするのに10分~15分はかかる。ビーサイレントはスプレーなので手間が全然違う。養蜂家の必需品」と話していました。
「ビーサイレント」を巣箱に噴射する高知大学の金哲史教授。朝日新聞デジタル(2019.9.21)より。 |
早稲田大学を中心として運営されている国内最大の化学ポータルサイト「Chem-Station(ケムステ)」に、もう少し詳しい話が載っていました。
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一つのポイントは、フェニルメタノールは香料として食品にも使われていることです。つまり人に対して安全であり、かつ農薬ではないので認可も不要です。
もう一つのポイントは、引用部分には書いてないのですが、養蜂で使うミツバチはミツバチ科であり「スズメバチサラバ」を忌避しないことです。ということは、巣箱のミツバチの出入り口付近で、フェニルメタノールを常に発生させるような「据え置き型スズメバチサラバ」を設置しておくと、スズメバチが巣箱に進入しないことになる。
人がスズメバチに刺されて死亡する事故は毎年起こっていますが、もう一つのスズメバチの被害は養蜂です。巣箱にスズメバチが進入してミツバチが全滅する事件が起こる。スズメバチは養蜂の大敵なのです。KINP社は「据え置き型スズメバチサラバ」を開発中のようで、これがうまくいくとさらに「スズメバチサラバ」の利用範囲が広がることになります。
この「スズメバチサラバ」と同様の効果をミツバチに対してもつのが、冒頭で紹介した「ミツバチの活動を抑えるスプレー」である「ビーサイレント」です。
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2番目は「都会では煙を使うことが避けられる」というところです。最近、都会のビルの屋上で養蜂をすることが増えています。東京都心などは緑が多く、ミツバチが蜜を採集する場所には困らない。さらに都心のビルの屋上にはミツバチの天敵であるスズメバチがくることはないので好都合です。銀座のビルの屋上で採蜜されたハチミツが「銀座のはちみつ」というブランドで松屋銀座店で販売されているほどです。ところが、ビルの屋上で火を燃やすことは一般には禁止されていて、燻煙器が使えません。つまり火を使わない「ビーサイレント」は、手間が省けることに加えて養蜂家にとって大変有り難い製品なのです。
3つ目は「スズメバチサラバをミツバチ向けに配合や濃度を改良した」としてあるところです。スズメバチサラバの成分であるフェニルメタノールはスズメバチ科の蜂が忌避し、ミツバチは忌避しないので、ビーサイレントにはフェニルメタノールではない(おそらく類似の)別の成分が配合されていると考えられます。その詳細は書いてないので不明ですが、特許の関係があるのかも知れません。いずれ明らかになると考えられます。"ケムステ・ニュース" の記事は次のように結ばれています。
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スズメバチは農林業分野では害虫を駆除してくれる益虫でもあり、「よりよい害虫との付き合い方を開発」というところがまさに金哲史教授の狙いでしょう。
最大、年80人がスズメバチで死亡
ところで、そもそものスズメバチ忌避物質の発見はどういう経緯だったのでしょうか。国立科学技術振興機構(JST)が出している「産学官連携ジャーナル・2018年7月号」にその経緯が書かれていたので紹介します。まず、スズメバチによる被害の状況が解説してありました。
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樹液を吸うオオスズメバチ(Wikipedia) |
よくメディアで、山菜採りなどで熊に遭遇して怪我をしたというニュースが流れることがあり、また熊に襲われて死亡という事故も起きています。しかし死亡事故ということで言うと、スズメバチは熊の20倍~80倍もの被害を出しているのですね。人が人以外の生物に襲われて死ぬ数は、明らかにススメバチが一番多いのです。
ちなみに、人が人に襲われて死亡する数(殺人事件による他殺数)は年間300人程度(2016年)です。それと比較してもススメバチによる死者は無視できない数なのです。つまりススメバチを撃退する方法は重要で、それを発見したのが高知大学の金 哲史教授です。
スズメバチ忌避物質の発見
この発見は、スズメバチが好むクヌギと嫌うクヌギがあるということがヒントになりました。冒頭に書いたNHKの朝の情報番組では「金教授の同僚の教授からの示唆」だと言っていました。なぜ、スズメバチが好むクヌギと嫌うクヌギがあるのか、それは別の昆虫(=蛾)の意外な生態が関係していました。
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ボクトウガ |
(site : mushinavi.com) |
クヌギの木についているボクトウガの幼虫(上)。下は幼虫を取り出したもの。赤みを帯びた色をしている。産学官連携ジャーナル 2018年7月号より。 |
つまり、ボクトウガの幼虫が住み付いているクヌギはスズメバチが嫌い、そうでないクヌギはスズメバチが好む。ボクトウガは漢字で書くと「木蠹蛾」です。「蠹」とは難しい字ですが(Shift JIS にある字です)「むしばむ = 虫食む」という意味です。その名の通り幼虫はクヌギやコナラなどの樹肌をかじって穴をあけ、樹液を滲出させます。そして樹液に惹かれてやってくる昆虫を捕食する。つまり自ら「餌場」を開設する昆虫です。これだけでも少々驚きですが、さらに上に引用した記事によると、
ボクトウガの幼虫はスズメバチが開けた木の穴をちゃっかり占有する。 | |
スズメバチが忌避する化学物質を放出してスズメバチを寄せ付けないようにする。 | |
餌となる昆虫を誘因する化学物質も放出する。 |
というわけです。一般的に言って昆虫の "生き残り戦略" の中には驚くほど巧妙なものがありますが、ボクトウガの幼虫もそうです。この程度の "戦略" は昆虫の世界ではありうることと言えそうですが、巧妙であることには違いありません。
そこで問題は、ボクトウガ放出する「スズメバチが忌避する化学物質」とは何かです。金教授はその成分が「2-フェニルエタノール」であることを突き止めました。そしてさらに研究を続けました。
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スズメバチサラバを噴射するとスズメバチは一時的に攻撃性を失いますが、その時間はおよそ5分間だそうです。スズメバチを殺さずに攻撃性だけを一時的に失わせる。これが忌避剤の意味です。
金教授はかなりユーモアのセンスがある方のようで、商品のネーミングについては次のような発言が紹介されていました。
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『八目散』とは素晴らしいネーミングのセンスだと思います。『蜂目散』でないことがミソです。少々の誤解を招いたとしてもこのネーミングにしてほしかったと思いますが、科学者としてそれはできなかったのでしょう。実際に選ばれた『スズメバチサラバ』は、少々安易な感じもしますが、『ゴキブリホイホイ』や『ダニコナーズ』(=KINCHOのダニ除けスプレー)という例もあるので、これは殺虫剤・忌避剤の "王道の" ネーミングなのでしょう。
殺虫剤ではなく、忌避剤である意味
その忌避剤であることの意味、スズメバチを殺す殺虫剤ではない意義はどこにあるのでしょうか。産学官連携ジャーナルは次のように締めくくられていました。
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人類史の転換点
「ビーサイレント」の話に戻ります。冒頭にも書いたように「煙を用いてミツバチを静かにさせる」という方法は、人類が有史以前の(おそらく)数万年前(ないしは数10万年前)という太古の昔から現代まで、綿々と受け継がれてきたものです。
このことからすると「ビーサイレント」は大発明であり、人類史における根本的な技術革新だと言えるでしょう。大袈裟にいうと、2019年の「ビーサイレント」の発売は「人類史の転換点」です。金哲史教授はそのことを誇ってよいと思うし、是非そういうアッピールをして欲しいと思いました。
さらに付け加えると、その「人類史の転換点」の契機になったのは、ボクトウガという蛾の幼虫が出すスズメバチ忌避物質だった。昆虫は人類や霊長類とは比較にならないぐらいの長い時間に渡って進化を続けてきたのです。人類はまだまだ自然に学ぶことが多いようです。
山口百恵
以下は「ビーサイレント」という商品名についての余談です。金哲史教授が開発したスズメバチ忌避剤の商品名は、
スズメバチサラバ
でした。とすると、第2弾の商品であるミツバチ忌避剤の商品名は、
ミツバチシズカ
とするのが自然です。スズバチサラバの姉妹品であるということが明確になるし、KINP社の商品ラインナップとしてもその方がインパクトが強い。マーケティングのセオリーからすると「ミツバチシズカ」が妥当であり、これしかないはずです。
ところが実際の商品名は「ビーサイレント(= Bee Silent)」です。ここでなぜ急に英語を持ち出すのでしょうか ・・・・・・。想像ですが、このネーミングは、山口百恵さんの
美・サイレント
の "もじり" ではないでしょうか。阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲の楽曲で、1979年3月のリリースです。ちなみに百恵さんのファイナル・コンサートは翌年の1980年でした。
"もじり" だと想像するのは2つの理由によります。一つは「ビーサーレント」を開発した金哲史教授と百恵さんが同世代だということです。百恵さんの生年月日は1959年1月17日です。一方、高知大学のサイトにある「研究者情報」によると、金教授は1958年生まれとあります。ということは、中学・高校は百恵さんと同学年の可能性が強いわけです(金教授が1学年上という可能性もある)。
私の親類に1958年12月生まれの男性がいるのですが、彼は中学・高校と桜田淳子さんの熱烈なファンでした。山口百恵・桜田淳子・森昌子の同学年の3人は「花の中三トリオ」から始まって「花の高三トリオ」と言われた国民的アイドルでした。その彼女たちと同学年の男子は3人のうちの誰かのファンになるのが自然だし、そうなって当然だったのではないでしょうか。私の親類みたいに ・・・・・・。金教授もそうだったのではと思ったのです。
もう一つの理由は、金教授が第1弾の商品であるスズメバチ忌避剤を当初「八目散」と名付けようとしたことです("一目散" のもじり)。どうも金教授は、"もじり" というか "パロディ" というか "ダジャレ" で名付けるのが好きそうです。ということからすると、「美・サイレント」のパロディで「Bee Silent → ビーサイレント」というのは大いにあり得ると思うのです。そもそも「美・サイレント」が「Be silent」(「静かに」ないしは「言わないで」)の "もじり" です。
真相は分かりませんが、もしそうだとするとこれは「ネーミング大賞 2019」にノミネートしていい感じだし、殺虫剤・忌避剤のネーミングの新パターンを作ったのではと思いました。
2019-12-15 17:36
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