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No.267 - ウナギの商用・完全養殖 [技術]

No.107「天然・鮮魚・国産への信仰」の続きです。No.107 で魚介類の「天然」と「養殖」の話の中で、ウナギの養殖に使うシラスウナギ(=天然のウナギの稚魚)の漁獲量が激減している(従って価格が高騰している)ことを書きました。

そのウナギですが、最近の日経サイエンス(2019年8月号)に完全養殖の商用化についての現状がレポートされていました。そこで、これを機会に魚介類の「天然・養殖」についてもう一度振り返り、日経サイエンスの記事からウナギの商用・完全養殖の状況を紹介したいと思います。


「天然信仰」からの脱却


No.107で書いたように、世間一般には「素朴な天然信仰」があり、まずそこから脱却する必要があるでしょう。そもそも魚介類について「天然もの」の方が「養殖もの」よりおいしいとか、品質が良いと決めつけるのがおかしいわけです。一つの例として No.107 でミシュランの3つ星店「すきやばし次郎」の小野二郎氏(現代の名工)の発言を紹介しました。次のような要旨でした。


【要旨】

鮨ネタに関しては、一般的に天然のほうが旨い。しかし、シマアジに関しては養殖ものの方が旨いという客もいる(好みによる)。またクルマエビは、養殖の方が香りと濃厚さで勝っている。

小野二郎
(文藝春秋 2013.8)

「すきやばし次郎」は、一部の例外や入手困難なネタを除いて、天然ものを使うのが基本で、それは立派な見識です。しかし上の要旨にあるように、シマアジに関しては天然と養殖で客の好みが分かれるのですね。「すきやばし次郎」に通う客は相当な食通のはずですが、その人たちの意見が分かれているということです。またクルマエビについては小野氏自身が養殖が勝っていると認めています。「ミシュランの3つ星店基準」で判断しても「天然ものにひけをとらない養殖の鮨ネタ」があることを、まず覚えておくべきでしょう。

さらに「普通のレストラン基準」ないしは「家庭料理基準」では、天然ものと養殖ものはほとんど変わらないというのが大多数だと思います。それに一般的に言って、料理は素材だけでは決まりません。「素材 + 調理技術」が料理です。さらに長い目で見ると、品種改良と養殖技術の発展で、そのうちに養殖ものの方がおいしくなるのは目に見えています。ちょうど野生の動物や穀類・果物より、飼育された牛・豚、農業で作った米やフルーツの方が美味しいようにです。

天然の魚介類は「すきやばし次郎」のような店にこそ回すべきであり、我々としては「素朴な天然信仰」から脱却して、天然と養殖があれば養殖を選ぶぐらいの見識を持つべきでしょう。その大きな理由は、天然ものの魚介類は「自然の収奪」であることに違いはなく、資源量によほど注意して漁獲を行わないと、ウナギのように絶滅の危機に瀕するからです。


人類最後の狩猟採集:漁業


現生人類であるホモ・サピエンスが誕生してからでも20万年程度、2足歩行する初期人類(猿人)の誕生から数えると500万年程度たっています。この間、人類は狩猟・採集で生きてきました。現代でもアフリカや南米には狩猟・採集民がいます(No.221「なぜ痩せられないのか」で書いたハッザ族など)。

しかし1万年ほど前に農業が始まり、定住化が進み、これが文明の始まりになったとは、我々が世界史の最初で習うところです。またその後に牧畜や遊牧も始まった。つまり「狩猟・採集から脱却」によって今の人類の文明が存在するわけです。ところが、現代に残った最後の狩猟・採集が(養殖ではない)漁業です。

もちろん、漁業以外の狩猟・採集がないわけではありません。人工栽培ができない高価格野菜、日本の松茸や欧州のトリュフなどは、その採集を生業としている人がいます。しかしこれは野菜のごく一部です。山菜を採集する人もたくさんいますが、これは趣味か、せいぜい副業の部類でしょう。

野生動物で言うと、イノシシや鹿を狩った一部が食肉として出回っていますが、これも副業です。ハンターが少なくなったから鹿の食害が増えて困っているという話も聞きます。ヨーロッパでは、パリのマルシェなどに行くと野生動物がそのまま売られています。いわゆるジビエですが、これは「ご馳走」のたぐいであり、その狩猟で生活している人は少ないでしょう。以上のように考えると、現代のスーパーマーケットに並んでいる商品で狩猟採集で得られたものは、天然ものの魚介類だけということになります。

なぜ人類最後の狩猟・採集としての漁業が残っているのかというと、現代においても産業として成立するほど、漁業の生産性が高いからです(No.232「定住生活という革命」参照)。しかし生産性が高いということは裏を返すと、狩猟・採集の対象となる動植物の絶滅を招きかねないという地球環境上のリスクがあるわけです。

人類史をひもとくと、ユーラシア大陸や南北アメリカに生息していた数々の大型哺乳類(マンモス、サーベルタイガー、・・・・・・)が絶滅したのは人類の狩猟によるものという学説が有力です(No.127「捕食者なき世界(2)」の「大型捕食動物はヒトが絶滅させた」の項)。また歴史上の出来事をみても、地中海や大西洋にいた鯨は絶滅しました(No.20「鯨と人間(1)」)。幕末にペリー提督が日本にやってきて開国を迫った理由の一つがアメリカの捕鯨船の補給だったというのは有名な話ですが、なぜ大西洋沿岸のボストン付近の捕鯨船が日本近海にまでやってきたかというと、大西洋に(鯨油生産が産業として成立する程度の)鯨がいなくなったからです。

そして、このような大型哺乳類だけでなく、魚介類にも人間の乱獲で絶滅危惧種になってしまったものがあるのです。その中で、我々日本人に最も広くなじみがあるのがウナギです。


養殖の発展


現代人にとっての本来の漁業の姿は養殖であり、魚介類の絶滅を回避するためにも養殖が重要です。そして現代では数々の魚介類の養殖が進んでいて、プリ類(ハマチなど)、タイ、マス、フグ、ヒラメ、シマアジ、牡蠣、ホタテ、クルマエビなどがすぐに思いつきます。クロマグロ(本マグロ)も養殖されるようになりました。

先日、NHKの情報番組を見ていたら、サバの養殖の研究のレポートをやっていました。サバの養殖のネックは、稚魚の攻撃性が強く、共食いをすることだそうです。稚魚の生存率は10%程度と言います。そこでゲノム編集技術を使って攻撃性を押さえるように遺伝子を改変すると、稚魚の生存率が40%に向上したそうです。こういった最新のバイオ・テクノロジーも養殖技術に使われ始めています。

もちろん養殖は、そのコストに見合う "高級魚" でないと成り立たないわけです。サンマやイワシを養殖しようとする人はいません。

もっとも近年はサンマの水揚げ量が激減し、日本政府は国際的な漁獲量の上限設定に動いています。そのうちサンマも値段が高騰し、養殖が見合うようになるのかもしれません。

そして本題のウナギですが、ウナギは "高級魚" であり、養殖にうってつけのはずです。しかしウナギの "養殖" といわれるものは、ウナギの稚魚である天然シラスウナギを捕獲し、それを養殖池で成魚に育てる「蓄養」です。これは本来の意味での養殖ではありません。そのシラスウナギの漁獲量が最近激減しています。


国産ウナギの99%は養殖ものだが、元となるシラスウナギは海や川で天然ものを捕る必要がある。水産庁によると、今漁期(2018年11月~2019年4月)の国内推計量は過去最低の 3.7トンで、20トン台が珍しくなかった2000年代から激減した。輸入した11.5トンで補ったが、養殖業者がシラスウナギを購入する価格は今シーズン、1キロあたり219万円。25万円だった2004年の9倍近い。

朝日新聞(2019.7.27 夕刊)

シラスウナギの漁獲量の激減は、この10~15年の現象です。ちなみに「シラスウナギの価格は、1キロあたり219万円」とありますが、シラスウナギの1匹の重さは0.2グラム程度なので、シラスウナギ1匹の価格は概算440円ということになります。

シラスウナギ.jpg
シラスウナギ
日経BP社「未来コトハジメ」のサイトより

2014年6月、国際自然保護連合(IUCN)はニホンウナギを絶滅危惧種に指定しました(ヨーロッパウナギは2008年に絶滅危惧種に指定)。一刻も早く、蓄養ではない本来の意味での養殖(=完全養殖)の商用化をする必要があるのですが、まだ成功していません。その大きな理由は、自然界におけるウナギの生活史が極めて特異だからです。


ウナギの生活史


ニホンウナギの産卵地がどこかは長いあいだ分からなかったのですが、1991年に日本の水産関係者によってその場所が特定されました。グアム島の北西、西マリアナ海嶺(=海中の山脈)の南部で、孵化したニホンウナギの幼生であるレプトセファルスが採取されたからです。

レプトセファルス.jpg
レプトセファルス
日経BP社「未来コトハジメ」のサイトより

レプトとはラテン語で「薄っぺらい、小さな」という意味で、セファルスは「~の頭をした」ということなので、「薄い頭」「小さな頭」という意味になります。「葉形幼生」という日本語もあります。

さらに2009年には同一海域でニホンウナギの親魚しんぎょと卵が採取され、産卵地が確定しました。その付近の海底地形図が以下の図です。

フィリピン海プレートの海底地形.jpg
フィリピン海プレートの中央部から東部の海底地形図。
「旅するウナギ」(東海大学出版会。2011)より

フィリピン海プレートの東南にはグアム島があり、プレートの北は日本列島の手前まで続く。この図の左上に日本列島が書いてあるが、東南海地震を引き起こしたり、伊豆半島を本州に押しつけるているのはフィリピン海プレートである。

グアム島の南には世界最深のマリアナ海溝(約11,000m)があり、北西部には西マリアナ海嶺(=海底の山脈)が連なる。西マリアナ海領に「パスファインダー」「アラカネ」「スルガ」の3つの白丸が付けてあるが、これらはいずれも海山(=海中の山)である。ニホンウナギの産卵地は、この3つの海山から西マリアナ海嶺の南端にかけてのエリアにある。産卵地は10km四方程度の極めて狭いエリアのようだが、年によって変動する。このあたりは、東京から直線距離で約2500km離れている。

西マリアナ海嶺の南端で生まれたレプトセファルスは西向きの北赤道海流にただよってフィリピン沖へ向かいます。柳の葉のような独特の形は漂うのに都合のよい形です。そしてフィリピン沖で黒潮に乗りかえます(黒潮に乗れなかったものは死滅)。約6cmに成長したレプトセファルスは、2~3週間でシラスウナギに変態します。

レプトセファルスからシラスウナギへの変態.jpg
シラスウナギへの変態
虫明敬一他「うなぎ・謎の生物」
(築地書館 2012)より

人工飼育されたレプトセファルスがシラスウナギに変態していく様子。この図の矢印は背ビレの始まりの位置、三角は肛門の位置である。数字は孵化後の日数を表す。孵化後1年以上でシラスウナギになっているが、日経サイエンス(2019.8)によると、現在(2019年)の人工飼育では300日程度でシラスウナギになる。しかし自然界では130日~150日程度であり、人工飼育の技術開発はまだ発展途上にある。

その黒潮に乗ったシラスウナギは日本列島(を含む東アジア)の河口に到着します。西マリアナ海嶺南部で孵化してから日本の河口に到達するまでは約半年です。関東地方の河川だと、産卵場から5000km程度の旅になります。シラスウナギは河川を遡上し(海や汽水域に残る個体もある)定着生活を始め、そこで成魚になります。

オスは数年間、メス約10年間の淡水生活をした後、ウナギは川を下り(=下りウナギ)、海に出て、西マリアナ海嶺の産卵場に向かいます。そして雌雄のウナギが産卵場で落ち合って産卵・受精します。

ニホンウナギの生活史.jpg
ウナギの生活史
日経サイエンス(2019.8)

上図には日本から産卵場のルートが単純な直線で描かれていますが、これはどいういう経路で産卵場にたどりつくのかが不明だからです。日本付近から西マリアナ海嶺の南端までに黒潮のような海流があるわけではありません。しかし川から海に出て産卵の旅についたウナギは、2500km離れた極めて狭いエリアに集結し、オスとメスが出会って産卵・受精します。いったいどうやってこんなことができるのかは不明です。ウナギはまだ「謎の魚」なのです。

なお、ニホンウナギという学名が付いているために日本固有種と思いがちですが、そうではありません。東アジアのウナギはすべてニホンウナギであり、その産卵地は西マリアナ海嶺南端の海中です。遺伝的には同一の種です。


ウナギの完全養殖


実は、2010年にウナギの完全養殖が達成されました(現在の、国立・水産研究教育機構 増養殖研究所)。完全養殖とは下の図のように、卵 → 人工シラスウナギ → 人工成魚 → 卵 というサイクルを回すことです。

完全養殖のサイクル.jpg
ウナギの完全養殖
水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」(2016.7)より

シラスウナギを成魚にする蓄養は明治時代以来の歴史があり、技術が確立されています。問題は受精卵から孵化したレプトセフェルスをシラスウナギに育てる部分で、完全養殖ができたということはこれに成功したわけです。

しかし2010年に成功した完全養殖は水産試験場での成功であり、それがすぐに商用になるわけではありません。つまり製造業における「試作」と「量産」の違いのようなものです。新型車を開発するときに2年の歳月をかけて数10台の試作車を1台あたり数千万円の費用をかけて作る「試作」と、数百万円の販売価格に見合うコストで毎日数百~数千台のクルマを作る「量産」は違います。量産のためには、量産するための技術開発が必要です。

同じように、シラスウナギの量産が可能な技術開発できて始めて、ウナギの商用・完全養殖が実現するのです。その商用・完全養殖の研究現場のルポを次に紹介します。


ウナギの絶滅は回避できるか


日経サイエンス 201908.jpg
日経サイエンスの2019年8月号に、伊豆半島の石廊崎にある「国立・水産研究教育機構 増養殖研究所」の「ウナギ種苗量産研究センター」(山野センター長:以下敬称略)を、日経サイエンス編集部が訪問したルポが掲載されていました。このセンターは2002年に世界で初めて、卵からシラスウナギを育てることに成功しました。その時のシラスウナギの個体数は、わずか24匹だったそうです。また、2010年にはウナギの完全養殖に成功しています。

その後、2013年からシラスウナギの量産の研究を進めています。あまたの試行錯誤を繰り返した結果、ようやく年間数千匹のシラスウナギが育つようになったとのことです。その難しさはどこにあるのでしょうか。


変態前のレプトセファルスは育てるのが非常に難しい。自分でエサを探そうとしないため、給餌に工夫がいる。そのうえ、水が濁ると死んでしまう。生後すぐの個体は数ミリしかなく、表面張力で水面に張り付いて、体が空気に曝されるため死ぬこともある。「自然界では数十万個の卵からたった2匹の成魚が育つ程度」(山野)。その生存率の低さからも養殖の難しさが見て取れる。

出村政彬(編集部)
「ウナギ絶滅回避なるか」
日経サイエンス(2019年8月号)

レプトセファルスの飼育1.jpg
ウナギ種苗量産研究センターで人工飼育されているレプトセファルス。体長は1cm~6cm程度である。
サイエンス(2019年8月号)

レプトセファルスは、
① 自分ではエサを探そうとしない
② 水が濁ると死んでしまう
③ 自然界では数十万分の1の生存率
というあたりに、人工飼育の難しさがうかがわれます。日経サイエンスには具体的な飼育の研究の様子がありました。


飼育室は一日中暗くしてある。特別に電気を点けてもらうと、そこには様々な形の水槽がずらりと並んでいた。金魚鉢のような「ボウル型」は第1世代。2002年の人工飼育実験には、この形の水槽が使われた。その後、様々な形が考案され、2つの水槽がパイプでつながったニ槽式の水槽や、ピーナッツ型の水槽、大型の100リットル水槽などが開発された。それぞれ水の交換法や与えるエサの種類が異なり、効率的な飼育法を調べている。水温は25℃で年中一定だ。



水槽を見学していると、エサやりを担当する職員らが室内に入ってきた。それぞれ、どろっとした液状のエサが入った容器と、長さ数十センチの大きなスポイトを持っている。

職員らはスポイトでエサを吸い、水槽の底の方へ静かに流し込む。通常はこのエサやりの時だけ電気を点けている。レプトセファルスは光を嫌うので底へ向かって泳ぎ、自然とエサにありつく仕組みだ。



エサは1日5回、8時から16時にかけて2時間ごとに与えている。15分間のエサの時間が終わると、水槽は真っ白の濁った。水槽にはポンプが取り付けられており、濁った水を捨てながらきれいな水を継ぎ足していく。2時間かけて水槽が透明に戻ったところで、また次の食事タイムだ。清潔な環境を保つため、一日の終わりには別のきれいな水槽へレプトセファルスを水ごと移し替える。二槽式の水槽や、2つの窪みを持つピーナッツ型水槽が作られたのはこのためだ。

「同上」

レプトセファルスの飼育2.jpg
人工飼育しているレプトセファルスに給餌している様子。ピーナッツ型水槽は交互に使用する。
サイエンス(2019年8月号)

エサは液体状をしていて、水を清潔に保つために数々の工夫や試行錯誤がされているようです。スポイトを使った人手による給餌ではコストがかかることが目に見えていますが、最適なやりかたを探るための過程なのでしょう。


エサの中身はここ数年で変わりつつある。以前は、アブラツノザメと呼ぶサメの卵の粉末に複数の栄養素を加えたものを使っていた。ところが、実はこのサメ自体も希少種。いつまでも頼っていては持続可能な養殖法にならない。

そこで、センターではサメ卵の代替飼料作りに取り組んできた。レプトセファルスの生育地の前半については、既に「同等かそれ以上の飼料ができている」(山野)という。ただ後半では、サメ卵を与えないと成長の遅れや変態がうまくいかないなどの問題が生じる。「約300日かけて育つレプトセファルスは、その間に要求する栄養の種類も変わるのだろう」と山野はみる。後半に適した代替飼料は現在も研究中だ。

「同上」

この引用中に、従来の餌の主体が「アブラツノザメと呼ぶサメの卵の粉末」という箇所があります。なぜこのような "特殊な" 餌なのかと言うと、2010年に完全養殖に成功するまでの過程で数々の試行錯誤の結果、この餌が最適となったからです。しかし量産のためには別の餌を探す必要がある。それはまだ完全には見つかっていないようです。

ただし、ウナギの完全養殖に使う餌の種類と配合方法は "国家レベルの機密事項" だと、どこかで読んだ記憶があります。オープンにできない話も多いのだと想像します。


山野は「今のままですぐに商用化、というわけにはいかない」と話す。避けて通れないのが、コストの問題だ。現在天然のシラスウナギは1匹あたり数百円程度で取引されている。人工飼育のシラスウナギは色々な条件を仮定しても、1匹あたり5000円から6000円になるとみられる。

また、日本全体で養殖のために必要なシラスウナギの量は年間で1億匹ともいわれる。もとっと安く、大量に生産する必要があるのだ。

「同上」

初めの方で引用した朝日新聞(2019.7.27 夕刊)の記事から計算すると、天然シラスウナギ1匹の最新の価格は概算で440円程度でした。それと比べて、人工シラスウナギは現状で10倍以上の価格ということになります。

また「日本全体で養殖のために必要なシラスウナギの量は年間で1億匹ともいわれる」とありますが、日経BP社「未来コトハジメ」のサイトによると、2006年から2018年のシラスウナギの池入量(養殖池に投入した重量)の平均は21.2トンだそうです。これを20トンとしてシラスウナギ1匹を0.2gとすると、1億匹という計算になります。「ウナギ種苗量産研究センター」で "量産" できるのは年間数千匹と書かれているので、必要量からすると1万分の1以下ということになります。

根幹は「コスト」でしょう。天然シラスウナギの価格に対抗できるコストで人工シラスウナギの量産が可能になったとすると、全国の企業が「商用・完全養殖」に向けた投資をするはずであり、生産量はグッと増えると考えられます。しかし、コストダウンのために大量生産を狙って、例えば水槽を大型化しようとしてもそう簡単ではないようです。


レプトセファルスの水槽を大量生産のために大型化すると、水質をきれいに保つために入れ替える水の量が大幅に増えてしまう。また、生存率にも影響が出る。小さなボウル型水槽では最大10%程度の生存率が、大型水槽に移し替えると、1%程度にまで落ち込んでしまう。水槽が深く、底のエサにたどり着けない個体が出てくるようだ。

「同上」

製造業と違って生き物が相手の量産は、その試行錯誤のプロセスも長い時間がかかることが分かります。


高次捕食者としてのウナギ


仮にウナギの商用・完全養殖が可能になったとします。そうするとシラスウナギの漁獲量が減少し、天然ウナギの絶滅が回避できそうに見えます。しかしさらに問題があって、それは天然ウナギが生涯の大半を過ごす河川の環境です。つまりこの数十年で国内の河川にはせきやダムなどの構造物が増え、ウナギがこのような構造物を超えられず、生育環境が減少していると考えられるのです。この減少がシラスウナギの漁獲量の激減の一因になっていると推測されています。

つまり、ウナギを守るためには天然シラスウナギの漁獲量を減らすと同時に、ウナギの生育環境を守る必要があります。この生育環境について日経サイエンスのルポの最後に気になる話が書いてありました。ウナギは河川の生態系における「高次捕食者」という話です。


ウナギは広い地域に分布し、生態系ピラミッドの上位にいる高次捕食者だ。ウナギの育つ環境を維持してウナギを絶やさないことで、ピラミッドの土台を支える多くの生物の育つ環境が守られる。もちろん、食文化を受け継ぐという点にも大きな意義がある。

「同上」

No.126-127「捕食者なき世界」で書いたように、生態系ピラミッドの頂点や上位にいる捕食者が絶滅すると、生態系のバランスがくずれ、それはピラミッドの土台を支える多くの生物の絶滅を引き起こしかねません。ウナギの絶滅を回避するということは、単にウナギだけの問題ではなく、河川の生態系全体の問題でもあるようです。



 補記:農薬がウナギの生育環境を狭める 

本文の最後の方で天然シラスウナギの漁獲量の激減の理由について、

◆ シラスウナギの乱獲

  ウナギの生育環境の減少(河川のせきやダムなどの構造物の増加)

の2つの理由を挙げました。この「ウナギの生育環境」についてですが、日本経済新聞に農薬の影響によるウナギの減少の記事が掲載されました。島根県の宍道湖の天然ウナギの話ですが、それを紹介したいと思います。


ウナギ激減 農薬原因か
 産総研など 宍道湖、餌の昆虫減

産業技術研究所と東京大学などのグループは、島根県の宍道湖に生息するウナギやワカサギが1990年代から激減している原因は、周辺の水田で使われている農薬の可能性が高いことを突き止めた。農薬の成分がウナギなどがエサとする小さな昆虫類を死滅させ、湖沼の漁業に影響を与えていると推測している。

宍道湖のウナギの漁獲量は80年代のピーク時には最大60トンほどあった。93年を境に激減し2000年代は10トン前後で推移している。ワカサギも90年代後半以降は漁獲量がほぼゼロで推移している。激減した理由は分かっていなかった。

産総研の山室真澄特定フェローらは82年~16年の宍道湖の昆虫類の個体数などを調査した。93年以降、それまで大量に出現していたオオユスリカが突然姿を消し、ミジンコも激減していたことが判明した。

周辺の水田で93年ごろから、農薬として使われ昆虫の神経系に作用するネオニコチノイド系の殺虫剤が使われ始めたこともわかった。殺虫剤によって昆虫類が減少し、次いでウナギやワカサギの個体数の減少につながったとみている。

宍道湖は西側から川が流れ込んでおり、水田で使われた農薬が経由して流入したと考えられるという。

ネオニコチノイド系の殺虫剤はミツバチの死滅を招いたと指摘されており、欧米で規制を強化する動きがある。漁業への影響は世界でもあまり検討されていなかった。山室特定フェローは「散布する回数を減らすなどの対策を検討する余地がある」と話している。

日本経済新聞(2019.11.17)

記事にある「ネオニコチノイド系の農薬」の特長は

① 昆虫に対して選択的に強い毒性を発揮する。

② 植物体への浸透移行性をもち、葉や茎、実だけでなく、花粉や蜜にまで移行する。それが長期間(数ヶ月)残存する。

③ 人を含む哺乳類や鳥類、爬虫類には影響がない(とされている)。

数年前から世界各地で起こっているミツバチの大量死は「ネオニコチノイド系の農薬」が原因だとの疑いをもたれているのですが、②の性質があるからなのですね。養蜂や、蜂に受粉を依存している農業にとっては死活問題です。EUはとっくに規制をしているし、禁止も始まっているようです。この記事のポイントは、ミツバチだけでなくウナギやワカサギも、というところです。

これは宍道湖だけでなく、日本の河川のどこでも起こり得る話だと思います。このブログ記事の本文の最後に「ウナギは高次捕食者」と書きました。高次捕食者のウナギは、昆虫類(ミジンコのような節足動物を含む)だけでなく、小魚やミミズもエサとします。だから、かろうじて絶滅を免れているということでしょう。この話で思い出すのは日本の朱鷺の絶滅です。その原因の一つは、農薬の影響で朱鷺の生息域でエサになる魚類や昆虫がいなくなったから、と言われています。それと同じパターンです。

農薬は、守るべき植物(上の記事では稲)に対する害虫を選択的に死滅させるというのならまだしも、「ネオニコチノイド系の農薬」のように「すべての昆虫の神経系に作用する」のでは環境への影響が深刻になります。環境全体へのアセスメントなしに農薬を開発して認可するのでは何が起きるかわからないという、見本のような話だと思いました。

(2019.11.18)



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