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No.228 - 中島みゆきの詩(15)ピアニシモ [音楽]

前回の No.227「中島みゆきの詩(14)世情」を書いていて思い出した詩があるので、引き続き中島作品について書きます。《世情》という詩の重要なキーワードは "シュプレヒコール" でした。実はこの "シュプレヒコール" という言葉を使った中島さんの詩がもう一つだけあります。《世情》の34年後に発表されたアルバム『常夜灯』(2012)の第2曲である《ピアニシモ》です。

《世情》のほかに "シュプレヒコール" を使ったのは《ピアニシモ》だけというのは絶対の確信があるわけではありません。ただ CD として発売された曲は全部聴いているつもりなので、これしかないと思います。中島さんは詩に使う言葉を "厳選する" のが普通です。あまり歌詩には使わないような言葉ならなおさらです。34年後に "シュプレヒコール" を再び使ったのは、そこに何らかの意味があると考えられます。その意味も含めて詩の感想を書きます。

なお、中島みゆきさんの詩についての記事の一覧が、No.35「中島みゆき:時代」の「補記2」にあります。


ピアニシモ


アルバム『常夜灯』の第2曲である《ピアニシモ》は、次のような詩です。


ピアニシモ

あらん限りの大声を張りあげて
赤ん坊の私はわめいていた
大きな声を張りあげることで
大人のあいだに入れると思った

大人の人たちの声よりも
男の人たちの声よりも
機械たちや車の音よりも
ずっと大きな声を出そうとした

だって歴史たちが示している
シュプレヒコールもアジテイションもみんな
わめかなければ届くものじゃない
がならなければ振り向きもされない
なのに あの人が私にリクエスト

ピアニシモで歌ってください
ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で
ピアニシモで歌ってください

それしか言わない あの人は言わない
戸惑った私は あの人を憎んだ
屈辱のようで腹を立てていた
仕返しのように小さく歌った

言わんことじゃない ほらあんじょう
通行人は誰も振り向きもしない
けれどその代りに私には
それから初めて聴こえたものがある
今すれ違った 気弱な挨拶

ピアニシモで歌ってください
ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で
ピアニシモで歌ってください

あの人に会えるなら伝えたい
あの人はもう この町にいないから
私はピアニシモで歌っていますと
でも たまにはフォルテシモでも歌いますと

ピアニシモで歌ってください
ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で
ピアニシモで歌ってください

A2012『常夜灯

常夜灯-1.jpg

常夜灯-2.jpg
①常夜灯 ②ピアニシモ ③恩知らず ④リラの花咲く頃 ⑤倒木の敗者復活戦 ⑥あなた恋していないでしょ ⑦ベッドルーム ⑧スクランブル交差点の渡り方 ⑨オリエンタル・ヴォイス ⑩ランナーズ・ハイ ⑪風の笛 ⑫月はそこにいる

この詩は《世情》に比べると平易な言葉使いで、そのまま読んでも表現されていることがスッと分かる詩です。ただし、その中に何らかの意味が込められているようです。もちろんキーワードは "ピアニシモ" であり、その反対の言葉である "フォルテシモ" です。これは何を意味しているのか、そこがポイントです。


ピアニシモ(pp)とフォルテシモ(ff


「ピアニシモで歌う」「フォルテシモで歌う」とはどういうことでしょうか。これは音楽用語なので「非常に弱く歌う」と「非常に強く歌う」というのが第1義です。もちろんそれだけでは意味がとれません。クラシック音楽ならともかく、ポップ・ミュージックで「ピアニシモで歌う」のは、コンサートホールでも街角でも CD でも滅多にないからです。従って「ピアニシモで歌う」について、言葉通りではない何らかの解釈が必要です。「フォルテシモで歌う」の方が考えやすいので、まずその意味を考えてみると次のようになるでしょう。あくまで個人の見解です。


フォルテシモで歌う

自分の思いや考え、訴えたいことをストレートに表した詩を書き、歌う際には、その思いや訴えが聴衆の誰もに同じように伝わるように、はっきりと、強く表現する。


作者の思いや訴えがフォルテシモのように強く聞こえる歌、ないしは歌い方ということです。このように考えると「ピアニシモで歌う」はその逆になります。


ピアニシモで歌う

人の心や、人と人の関わり、人生、ないしは社会における人の生き方などを作者なりの視点や切り口で詩にし、その詩に最もふさわしい歌い方で歌う。その中から作者の「思い」や「訴え」が滲み出るようにする。従って聴き手により「思い」の伝わり方は違うし、どう受け取るかは聴き手による。しかし、それこそが「歌の力」を示すことになる。


のように解釈できます。つまり「ピアニシモ・フォルテシモ」は、歌で何かを表現するときの表現のしかたの違いだという見方です。「強い」が一本調子と、「弱い」が人の心に染み入る、の違いと言ったらいいのでしょうか。また、ピアニシモでもフォルテシモでも "強さ" を持った表現ができると考えると、フォルテシモは「引っ張っていくことの強さ」であり、ピアニシモは「そっと寄り添うことの強さ」と言えるかも知れません。もちろん他にも意味の取り方があると思います。


"気弱な挨拶" を求めて


この詩は「あの人」に言われて「ピアニシモで歌う」ようになったというストーリーです。「あの人」とは誰でしょうか。普通に考えれば歌の先生筋にあたる人か、あるいは歌い手が尊敬する人でしょう。歌手としての人生に大きな影響を与えた人です。今は近くにはいないようですが、具体的にどういう人かの手がかりが詩にはありません。それは受け取る人の想像に任せられています。

そして、この詩のハイライトは次の部分です。「ピアニシモで歌う」ことで初めて、歌い手が得たものがあるわけです。


それから初めて聴こえたものがある
今すれ違った 気弱な挨拶


この部分が詩として光っています。「今すれ違った 気弱な挨拶」という一行です。もっと限定すると「気弱な挨拶」という表現です。「気弱」と「挨拶」という二つの言葉の、ちょっと意外な組み合わせに詩人・中島みゆきの感性が現れている。非常に "雰囲気のある" 表現です。ちなみにGoogleで「気弱な挨拶」を「語順も含め完全一致」で検索すると20件しかヒットしませんが(2018.3.30 現在)、そのうち17件は《ピアニシモ》の歌詞を掲載したサイトであり、1件は《ピアニシモ》の歌詞から引用したものです。普通はまず使わない言葉ということでしょう。

すれ違いに聞こえてくる「気弱な挨拶」こそが、ピアニシモで歌う(ただし大きな声と同じ力で歌う)歌手が求めてきたものなのでした。


シュプレヒコールとアジテーション


この詩のハイライトの2つめは

  大きな声と同じ力でピアニシモで歌うが
たまにはフォルテシモでも歌う

としているところです。そして「フォルテシモでも歌う」ことの比喩としてあげられているのが、"シュプレヒコール" と "アジテーション" です。冒頭に書いたように、前回(No.227)取り上げた《世情》には "シュプレヒコール" が出てきます。中島さんは《世情》を思い出しながら《ピアニシモ》の詩を書いたに違いないのですが、ここではさらに "アジテーション" が付け加えられています。

アジテーションも政治的ニュアンスの言葉で、「人々をある行動に駆り立てようとする、強い調子の演説や文章」という意味です。ネガティブな意味では「煽動」ですが、ニュートラルな意味でも使える。前回(No.227)の《世情》で連想した学生運動で言いますと、アジテーションは「アジ」と略され、「アジ演説」「アジビラ」のように使われました。

この、シュプレヒコールとアジテーションを「歌」に置き換えて考えてみると、「強いメッセージ性をもった詩と、それを全面的に押し出した歌い方」というようになるでしょう。「たまにはフォルテシモでも歌います」という宣言はそのことを言っていると解釈できます。


歌うことについての詩


さらにこの詩の重要なポイントは、歌手ないしは歌い手が主人公というか、「歌うこと」について書かれた詩だということです。中島作品の中で、こういう詩は極めて珍しいと思います。No.68「中島みゆきの詩(5)人生・歌手・時代」でも取り上げたのですが、「歌い手」ないしは「歌手」をテーマにした作品は、覚えている限りでは次の3つです。なお、「ミュージシャン」という詩(A1988「中島みゆき」の第5曲)がありますが、このミュージシャンは歌手とは限らないし、歌うことについての詩でもないので除外します。


歌をあなたに

何んにも言わないで この手を握ってよ
声にならない歌声が 伝わってゆくでしょう
どんなに悲しくて 涙 流れる日も
この手の中の歌声を 受け取ってほしいのよ

それが私の心 それが私の涙
なにもできない替わり 今 贈る

歌おう 謳おう 心の限り
愛をこめて あなたのために

・・・・・・
A1976『私の声が聞こえますか

A1976 私の声が聞こえますか.jpg
A1976『私の声が
聞こえますか』
A1981 臨月.jpg
A1981『臨月』

夜曲

街に流れる歌を聴いたら
気づいて 私の声に気づいて
夜にさざめく灯りの中で
遙かにみつめつづける瞳に気づいて

あなたにあてて 私はいつも
歌っているのよ いつまでも
悲しい歌も 愛しい歌も
みんなあなたのことを歌っているのよ

街に流れる歌を聴いたら
どこかで少しだけ私を思い出して

・・・・・・
A1981『臨月

歌姫

淋しいなんて 口に出したら
誰もみんな うとましく逃げ出してゆく
淋しくなんかないと笑えば
淋しい荷物 肩の上でなお重くなる

せめておまえの歌を 安酒で飲みほせば
遠ざかる船のデッキに立つ自分が見える

歌姫 スカートの裾を
歌姫 潮風になげて
夢も哀しみも欲望も 歌い流してくれ

・・・・・・
A1982『寒水魚
A2004『いまのきもち

A1982 寒水魚.jpg
A1982『寒水魚』
このうち《歌をあなたに》(1976)は単に "歌うことがの好きな人" かも知れないのですが、《夜曲》(1981)と《歌姫》(1982)は明らかにプロの歌手、ないしはプロに準ずる歌い手がテーマになっています。また《歌をあなたに》と《夜曲》は一種のラブソング、ないしはラブソングをよそおった曲で("あなた" が恋人とは限らないから)、"わたし" と "あなた" の関係性を歌うことに託して語っています。一方、《歌姫》は純粋に「歌うことについての詩」になっています。

この3つの詩は1976年から1982年にかけて、中島さんが24歳から30歳のときの作品です。そして《歌姫》(1982)から30年後に作られた「歌うことについての詩」が《ピアニシモ》(2012)なのです。

No.68「中島みゆきの詩(5)人生・歌手・時代」にも書きましたが、一般的に言って、中島さんの作品に「自分のことを表現している詩」はないと思います。しかし《歌をあなたに》《夜曲》《歌姫》そして《ピアニシモ》については、歌手としての自分を語っているのではと思うのですね。特に《歌姫》と《ピアニシモ》です。この2つは純粋に「歌うことについての詩」であり「歌うことについての歌」になっている。シンガー・ソングライターが「歌うことについての詩」を作るとき、それは自己表現、あるいは、ありたい姿の表現と考えるのが自然だと思います。


フォルテシモでも歌う


その視点で《ピアニシモ》を振り返ってみると、この詩で表現されている歌い手の基本的なスタンスは「ピアニシモで歌う」ことです。すぐに連想するのはアルバムのタイトルであり、アルバムの第1曲でもある "常夜灯" という言葉です。夜道を照らし、時折りそこを行く人の道しるべになり、人に大きな安心感を与える。ただし光そのものは闇の中にひっそりと存在する。第1曲『常夜灯』は、そのようなイメージから発想を膨らませた詩になっています。またアルバムのタイトルにするということは "常夜灯" がアルバムの基調テーマということでしょう。《ピアニシモ》にある「フォルテシモと同じ力でピアニシモで歌う」という表現は、"常夜灯" に我々が抱くイメージと強く重なります。

問題は、詩の中で「たまにはフォルテシモでも歌います」と宣言しているところです。ここで思い浮かぶのが、アルバム『常夜灯』の第5曲である《倒木の敗者復活戦》です。この詩は No.213「中島みゆきの詩(13)鶺鴒セキレイと倒木」で取り上げましたが、「東北の復活戦」では詩にならないので「倒木の敗者復活戦」としたのではないでしょうか。これは中島さんがフォルテシモで歌った曲、中島さんなりの "歌によるシュプレヒコール" であり "歌による(悪い意味ではない)アジテーション" だと思います。アジテーションとは上にも書いたように「人々をある行動に駆り立てようとする、強い調子の演説や文章」であり、人々の感情に訴えようとするものです。

そういう詩を書き、そういう歌い方をする。それは歌い手としてのあるべき姿からはずれるかもしれないが、そいうことがたまにはあってもよい。詩や歌は大変幅広く、多様なのだから ・・・・・・。《ピアニシモ》という詩は(そして歌は)そう言っているように思いました。

続く


 補記:茨木のり子 

最近の朝日新聞の「天声人語」を読んで中島みゆきさんの《ピアニシモ》を思い出したので、それを紹介したいと思います。文章がいきなり天声人語子の祖父の話から始まるので少々面くらいますが、主旨は明快です。例によって6段落の文章で、段落は▼で示されていますが、普通の表記に変えて引用します。


[天声人語]

私の祖父は明治の人だった。幼いころ言われた。「きみが本当に正しいと思うなら、叫ばなくていい。なるべく小さい声で話しなさい」。なぜか最近よく思い出す。

いまの世が威勢のいい、大きな声にあふれているからだろうか。攻撃的なつぶやき、ののしりあい、みなが言葉を強く発する時代。「小さい声」などだれも聞かない、ダメなものに思える。亡き祖父は何を考えていたのか。

東京大学教授の阿部公彦まさひこさん(52)の著書を読んでいて、気になる文章をみつけた。「負けたり、弱かったり、だめだったりする。そんな言葉が社会の中でむしろ意味を持つこともある」とあった。

阿部さんを訪ね、祖父の言葉について聞いてみた。唐突な問いにもかかわらず、英文学者は教えてくれた。「英語では大事なことを言うときに、あえて強調ではなく、『perhaps(もしかすると)』と表現をぼかすことがある。小さい声もそうではないですか」

大切なことは強い断定調では逆に伝わりにくくなる。愛をささやくとき、親しい人を失ったとき、簡単に言えない何かを伝えるとき、私たちはむしろ弱く、あいまいに言葉を使ってきた、と阿部さんは言うのだ。

「心の底に/強い圧力をかけて/しまってある言葉/声に出せば/文字に記せば/たちまちに色せるだろう」(茨木のり子「言いたくない言葉」)。やっと口にする、消え入りそうな声だからこそ、相手に届く何かがある。もしかすると、祖父はそう言いたかったのかもしれない。

朝日新聞(2019.9.15)

まるで中島みゆき《ピアニシモ》の解説のような天声人語ですが、最後の方で詩人・茨木いばらぎのり子(1926・大正15~2006・平成18)の詩の一節が引用してあります。コラムの主旨に合う部分だけの引用ですが、全体の詩はスケールが大きいものです。


言いたくない言葉

こころの底に 強い圧力をかけて
しまってある言葉
声に出せば
文字に記せば
たちまち色褪せるだろう

それによって
私が立つところもの
それによって
私が生かしめられているところの思念

人に伝えようとすれば
あまりに平凡すぎて
けっして伝わってはゆかないだろう
その人の気圧の中でしか
生きられぬ言葉もある

一本の蝋燭のように
熾烈に燃えろ 燃えつきろ
自分勝手に
誰の眼にもふれずに

茨木のり子詩集
(思潮社:現代詩文庫20。1969)

茨木のり子詩集(岩波文庫。2014)
より引用

中島みゆきさんの《ピアニシモ》は "歌についての詩"、"歌うことについての詩" と本文で書きましたが、それはまだ浅い見方かもしれません。もっと広く、「言葉によって何かを伝えることについての洞察」かもしれない。天声人語と茨木のり子の詩を読んで、そう思いました。

(2019.9.19)



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