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No.217 - ポルディ・ペッツォーリ美術館 [アート]

前回の No.216「フィリップス・コレクション」は、"コレクターの私邸に個人コレクションを展示した美術館" でしたが、そのような美術館のことをさらに書きます。前回も名前をあげた、ミラノにある「ポルディ・ペッツォーリ美術館」です。


ミラノ中心部の「私邸美術館」


ポルディ・ペッツォーリ美術館は、ミラノの貴族で美術収集家であったポルディ・ペッツォーリのコレクションを、その私邸に展示したものです。この私邸は美術品とともに、19世紀末にミラノ市に寄贈されました。

ミラノ中心部.jpg
JALのサイトにあるミラノの中心部、東西約2kmの範囲の地図。主な美術館・博物館の位置が示されている。
(site : www.jal.co.jp)

ポルディ・ペッツォーリ美術館.jpg
ポルディ・ペッツォーリ美術館
美術館はミラノ市の中心部にある。この写真で人が集まっているあたりにエントランスがある。
(site : www.grantouritalia.it)


ポルディ・ペッツォーリ美術館-2.jpg
(site : www.amicimuseo-esagono.it)

場所はミラノという "歴史ある都市のど真ん中" で、そこがワシントン D.C. のフィリップス・コレクションと違うところです。フィリップス・コレクションは設立後に建て増しがされていて、2棟が連結された建物になっていますが、ミラノ中心部ではそれもできないでしょう。私邸としては大邸宅ですが、ミラノ、ないしはイタリアの他の著名美術館に比べるとこじんまりしています。

ここに収集されているのは18世紀以前の絵画をはじめ、彫刻、家具・調度品、ガラス製品、陶磁器などの工芸品、タペストリーなどです。訪問者としては目当ての絵を見に行くというのではなく、イタリア貴族の館の雰囲気が濃厚に漂うなかで各種ジャンルの収集品を順々に味わう、というのが正しい態度でしょう。

しかしこの美術館にはルネサンス期の絵画の傑作が2点あります。その2点だけを見に行ったとしても、観光の時間をいた "モト" は十分にとれるでしょう。貸し出し中ではないという前提ですが・・・・・・。以下はその2点の絵画作品の話です。


ボッティチェリ:書物の聖母


書物の聖母.jpg
サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)
聖母子(書物の聖母)」(1480/81)
58cm×40cm
ポルディ・ペッツォーリ美術館

聖母マリアが幼な子キリストに祈祷書の読み方を教えている図です。幼な子は受難を予告する "茨の冠" と "3本の釘" を手にしています。小さな絵ですが、ラピスラズリの美しい青とボッティチェリ独特の優美な曲線が大変に印象的です。

ボッティチェリはたくさんの聖母子像を描いていますが、その中から傑作を3つだけあげるとすると、この『書物の聖母』と、フィレンツェのウフィツィ美術館にある『マニフィカートの聖母』『柘榴ざくろの聖母』でしょう。これがベスト・スリーだということは多くの人が納得するのではないでしょうか。ウフィツィの2作品はいずれも丸型で、その画像は以下です。

マニフィカートの聖母.jpg
サンドロ・ボッティチェリ
聖母子(マニフィカートの聖母)」(1483/85)
直径118cm
ウフィツィ美術館

柘榴の聖母.jpg
サンドロ・ボッティチェリ
聖母子(柘榴の聖母)」(1487頃)
直径143cm
ウフィツィ美術館

ちなみに「マニフィカート」とは「頌歌しょうか」という意味で、祈祷書を開いたところが「マリア頌歌」なのでその名があります。また「柘榴」はキリストの受難ないしは復活の象徴です。

ウフィツィの2作品と比較しつつ『書物の聖母』をみると、『マニフィカートの聖母』と大変よく似ています。書物を開いているところとマリアとキリストの位置関係です。ただ『書物の聖母』のマリアの姿は、我が子をいつくしむのに加えて、憂いを含んだような神秘的な雰囲気がある。3作品では最も "聖母" に近い感じでしょうか。『マニフィカートの聖母』『柘榴の聖母』と、制作年が下るにつれてマリアの姿も "人間的に" なっていく感じです。『柘榴の聖母』となると、我が子の運命を予感してしまったような "うつろな" 表情です。

この3作品を比べてみても、ポルディ・ペッツォーリの『書物の聖母』は "珠玉の作品" と呼ぶにふさわしいものです。


ポッライオーロ:若い貴婦人の肖像


ポルディ・ペッツォーリ美術館にはルネサンス期の絵画の傑作が2点あると書きましたが、もう1点が、ピエロ・デル・ポッライオーロの作品です。

Piero del Pollaiuolo - Profile Portrait of Young Woman.jpg
ピエロ・デルポッライオーロ(1443-1496)
若い貴婦人の肖像」(1470頃)
46cm×33cm
ポルディ・ペッツォーリ美術館

ピエロ・デル・ポッライオーロ(1443-1496。生年の1443年はポルディ・ペッツォーリ美術館での表示)はフィレンツェ出身の画家です。兄のアントニオも画家で、よく兄弟で仕事をしました。

当時はこういった "横顔の肖像画(=プロフィール)" が一般的だったようで、男性の絵もたくさんあります。『書物の聖母』を描いたボッティチェリも、当時のフィレンツェで絶世の美女と言われたシモネッタ・ヴェスプッチの横顔を描いていて、そのうちの1枚は日本の丸紅株式会社が所有していることで有名です(= 日本にある唯一のボッティチェリ)。

  なお、横顔は "Profile" で、横顔を描いた肖像画を "Profile Portrait" と言いますが、日本語で "プロフィール" と言うと別の意味になるので、以降、横顔肖像画と書きます。

ポッライオーロの絵に戻りますと、これは肖像なので『書物の聖母』以上に小さな絵です。髪の毛、真珠のアクセサリ、衣装が精緻に描かれていますが、それ以上にこの絵は "女性の横顔の美しさ" をダイレクトに表現しています。ある種の理想化があるのかもしれませんが、だとしても一度見たら忘れられない印象を残す絵です。



この美術館は、数々の美術品を、それが本来あるべき場所で見学できる美術館です。ここに飾られた18世紀以前の品々は、まさにポルディ・ペッツォーリ邸のようなところを飾るために制作されたからです。「本来あるべき場所で美術品を見学する」を念頭においてここを訪問するのがいいと思います。


横顔の美、ベスト作品


ここからはポルディ・ペッツォーリ美術館とは直接関係のない余談です。ピエロ・デル・ポッライオーロの "横顔肖像画" をあげたので、同様の女性の肖像で素晴らしいと思う作品を3点あげます。ポルディ・ペッツォーリの作品にこの3点を加えた計4点が、横顔肖像画(女性)の最高傑作だと思います。

Antonio del Pollaiuolo - Profile Portrait of a Young Lady.jpg
アントニオ・デルポッライオーロ(1429/33-1498)
若い女性の肖像」(1465頃)
ベルリン絵画館

ピエロ・デル・ポッライオーロの兄の作品で、ベルリンにあります。全体の感じがポルディ・ペッツォーリの絵とよく似ています。兄弟合作かもしれません。ただ、この絵の女性の方が一層おだやかで柔和な感じがします。女性の性格まで見通して描かれたかのようです。

ベアトリーチェ・デステの肖像.jpg
ジョバンニ・アンブロジオ・デ・プレディス(1455-1508)
ベアトリーチェ・デステの肖像」(1490)
アンブロジアーナ絵画館(ミラノ)

ポルディ・ペッツォーリ美術館と同じミラノに、アンブロジアーナ絵画館があります。ここはミラノ観光の中心、ドォーモの前の広場の近くです。ここには、カラバッジョの『果物籠』(必見。No.157「ノートン・サイモン美術館」に画像を掲載)、ダ・ヴィンチの『楽士の肖像』、ボッティチェリの『天蓋の聖母』、ラファエロの『アテネの学堂の下絵』(完成作はバチカン教皇庁のラファエロの間)などがありますが、上に掲げた『ベアトリーチェ・デステの肖像』も必見です。ドォーモまで行ったからには、横顔肖像画(女性)のベスト4の一つを見逃す手はありません。

ジョバンニ・アンブロジオ・デ・プレディスはミラノの画家で、ミラノ時代のダ・ヴィンチと一緒に仕事をしたことがあるようです。この絵もダ・ヴィンチの手が入っているのではと言われています。ベアトリーチェ・デステ(1475-1497)はミラノ公、ルドヴィーゴ・スフォルツァの妃です。描かれた年からすると15歳~16歳ころの肖像ということになりますが、その頃に婚約・結婚したといいます。少女っぽさが少し残る中で、気品に溢れている姿です。

なお、ベアトリーチェ・デステの姉のイザベラを描いたレオナルド・ダ・ヴィンンチの素描をルーブル美術館が所蔵しています。この素描は右向きの横顔です。素描なので普段は展示されることがなく、実物を見たことはないのですが、日本語版 Wikipedia にその画像が公開されています。

最後はマドリードにある絵で、ティッセン・ボルネミッサ美術館の "顔" となっているギルランダイヨの作品です。この絵については、No.167「ティッセン・ボルネミッサ美術館」に感想を書いたので、ここでは省略します。

ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像.jpg
ドメニコ・ギルランダイヨ(1448-1494)
ジョヴァンナ・トルナボーニの肖像」(1489/90)
ティッセン・ボルネミッサ美術館(マドリード)



これら4つの横顔肖像画(プロフィール・ポートレート)を見て気づくことが3つあります。まず、すべて左向きの顔だということです。もちろんすべての横顔肖像画が左向きではなく、右向きの肖像もあります(たとえば丸紅が所有しているボッティチェリ)。しかし数としては圧倒的に左向きが多いように思います。このブログの過去の例だと、アンドリュー・ワイエスの『ガニング・ロックス』も左向きです(No.151「松ぼっくり男爵」にポスター画像を掲載)。

これは何か理由があるのでしょうか。コインの王様の肖像にならったのか(コインの肖像も両方あるはず)、それとも多くの画家は右利きなので左向きの方が描きやすいのか。是非その理由を知りたいものです。



4つの横顔肖像画で気づくことの2つ目は、横顔であるにもかかわらず描かれた人の性格や内面をよく捉えていると感じることです。もちろん本当の性格がどうだったか、それは不明です。ポッライオーロ兄弟の2作品は誰を描いたのかさえわかりません。しかしこれらの肖像は、本当かどうかは分からないが、人の性格や内面をよく捉えていると鑑賞者が感じてしまう絵なのです。これが肖像画の傑作と言われる作品のポイントでしょう。

その典型のような絵が、No.19「ベラスケスの怖い絵」でとりあげたベラスケスの『インノケンティウス十世の肖像』です。中野京子さんはここに描かれたローマ教皇について、


どの時代のどの国にも必ず存在する、ひとつの典型としての人物が、ベラスケスの天才によって、くっきりと輪郭づけられた。すなわち、ふさわしくない高位へ政治力でのしあがった人間、いっさいの温かみの欠如した人間。

中野京子「怖い絵」(朝日出版社 2007)
No.19「ベラスケスの怖い絵」での引用を再掲

と書いています。絵を見る人にそう感じさせる肖像画なのです。もちろん上に掲げた4つの横顔肖像画を見て "人物の内面" を感じる程度はさまざまです。しかし程度の差はあれ、鑑賞者に印象づける人物の内面・性格・パーソナリティが肖像画の価値を決める。そういう風に思います。



4つの女性の横顔肖像画を見て感じる3番目は、女性の美しさの1つのポイント、そして大きなポイントが "横顔の美しさ" だろうということです。15世紀のイタリアの画家は(そして当時のイタリア人は)それがわかっていた。それは今でも正しいと思うのです。現代日本でもありますよね。横顔のきれいな女優さんと言われる人が・・・・・・。

ここからは完全な余談になりますが、直感的に思い出すのが、まだ記憶に新しい大塚製薬のカロリーメイトのCM・広告で、満島ひかりさんが出演したものです(2012年度秋冬~)。このCMは徹底的に満島さんの横顔にこだわっています。動画では中島みゆきさんの「ファイト!」を歌う横顔のショットだったり(コピーは "どどけ、熱量")、静止画像の広告も横顔です。秀逸なのは本物のチーターと満島さんの「横顔のツーショット」です。

満島ひかりとチーター.jpg

この画像を見て確信するのですが、CM制作者はネコ科猛獣の横顔の美しさをよく分かっていたのだと思います。美しさの意味は人間とは全く違いますが・・・・・・。チーターを満島さんの引き立て役にしたのでありません。満島さんとチーターを勝負させた、ないしは互いに互いを引き立てるようにしたのです。このCMの制作者が "満島さんの横顔" をあるときに "発見" し、是非ともCMにしたいと思った、その熱意が伝わってきます。

もちろんこの広告以外にも横顔に焦点をあてたポスターや広告はたくさんあるのですが、21世紀の日本だから写真であり、動画であり、TV-CFです。しかしそんなものが全くない15世紀のイタリアでは、才能のある画家が描く肖像画しかなかった。4つの横顔肖像画に共通しているのは、いずれも高貴な女性か裕福な女性だということです。でないと高価な肖像画が描かれないからです。そういう人たちは結婚も「お見合い」であり、いわゆる「お見合い写真」のように肖像画が使われたという話を読んだことがあります。そういう極めて大切な絵に横顔を描く・・・・・・・。

4つの横顔肖像画と満島さんを並べてみて、人間の感性は時代と国を越えて類似している部分が多々あると思いました。

続く


 補記1 

本文中に「横顔の肖像画」を4つ掲げましたが、No.254「横顔の肖像画」でさらに数枚の肖像画を紹介しました。

(2019.3.15)


 補記2 

2024年8月5日の日本経済新聞に、作家の石沢麻依氏による「書物の聖母」の評論が掲載されました。この絵の "ヴェール" と "透かし模様の光背" に着目した優れた文章だと思います。全文を引用します。

書物の聖母.jpg
サンドロ・ボッティチェリ
聖母子(書物の聖母)


透明なものたち 十選(2)

サンドロ・ボッティチェリ「書物の聖母」
作家 石沢麻依

絵の中で透明なヴェールをまとうのは、古代の女神だけではない。それは、聖母や聖女、天使の髪や身体もふわりと包む。ボッティチェリの描く聖母もまた、細く金で縁取られたヴェールで髪を覆っている。この薄い布は服や外衣の上に垂れ、聖母の色彩である赤と青を美しく彩っていた。

窓のある部屋で、聖母は幼いキリストを抱き、熱心に祈祷(きとう)書を読んでいる。幼子はマリアの顔を無邪気に見上げ、右手は聖母の手の形を真似(まね)てみせる。左手が握るのは、受難を意味する荊冠(けいかん)と3本の釘。マヨリカ焼きのボウルに入った果物も、象徴的にその運命を示唆している。桜桃(おうとう)は受難による犠牲を、イチジクは復活を表す。プラムは聖母子の間にある愛情を示すが、それを強調するのがヴェールだろう。幼子に向かって垂れる薄布は、聖母の静かな愛情を可視化したようにも見える。

この絵にはもう一つ、光背という形で透明な聖性が表現される。聖母子の頭部を囲む光は、黄金の刺繍(ししゅう)を施したように精緻な模様を描く。レース状の透かし模様のおかげで、光背は静謐(せいひつ)な室内に甘やかに溶け込み、自然光にはない神秘性を放つのだ。(1480~81年ごろ、テンペラ、板、58×39.6センチ、ポルディ・ペッツォーリ美術館蔵)

日本経済新聞 2024年8月5日

(2024.8.6)



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