No.216 - フィリップス・コレクション [アート]
個人コレクションにもとづく美術館について、今まで7回にわたって書きました。
の7つです。今回はその継続で、アメリカのワシントン D.C.にあるフィリップス・コレクションを取り上げます。
フィリップス・コレクション
フィリップス・コレクションが所蔵する絵について、今まで2回とりあげました。まず No.154「ドラクロワが描いたパガニーニ」では、ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』という作品について、中野京子さんの解説を中心に紹介しました。
この絵は「大アーティストが描いた大アーティスト」であり、パガニーニの音楽の本質までとらえているという話でした。さらにその次の No.155「コートールド・コレクション」ではセザンヌの『サント=ヴィクトワール山』を取り上げています。
これはコートールド・コレクションにある『サント=ヴィクトワール山』との比較対照のためです。両方の絵とも近景に松の木があるのが特徴で(コートールドの絵は1本の松)、松の枝の形と山の稜線がピッタリ一致することを含めて浮世絵の影響(= 北斎の富嶽三十六景)を感じるという話でした。
今回はこれらの絵を所蔵しているフィリップス・コレクションについて、ほかにどんな絵があるのか、そのごく一部ですが紹介したいと思います。フィリップス・コレクションは鉄鋼業で財をなしたフィリップス家の次男、ダンカン・フィリップス(1886-1966)が1921年に開設した美術館で、ダンカンの邸宅がそのまま美術館になっています。開館当初は237点の絵画作品でしたが、その後増え続け、現在所蔵しているアートは約3000点だそうです。
ルノワール
この美術館の "顔" となっている絵が、ルノワールの『舟遊びをする人々の昼食』(1880/81)です。フィリップス・コレクションと言えばこの絵、ということになっています。
パリの西の郊外、シャトゥーの町のセーヌ川に浮かぶ島は "印象派の島"(アンプレッショニスト島)と言われ、数々の印象派の画家が訪れたところです。ルノワールはここのレストラン「メゾン・ラ・フルネーズ」の常連客でした。ここのテラス席ので光景を描いた作品です。画面に登場する14人はすべてルノワールの友人や知人で、全員の名前が特定されています。一人だけあげると、画面右下に座っている男性は画家であり印象派の後援者でもあったカイユボットです。
この絵は "屋外の光の中での人物群" を描いたという意味で、この5年前に描かれた『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』に似ていますが、郊外に出かけて舟遊びに興じるという当時最先端の "レクレーション" を描いていて、より印象派っぽい感じがします。二つの対角線を基本とする構図が心地よく、背景の草木と人物群とテーブルの上の食器を異なる筆致で描き分けているのも特徴的です。ルノワールを代表作を1枚だけあげるとすると、時代の先端の雰囲気を伝えているという意味でこの絵をあげるのもアリだと思います。
フィリップス・コレクションの名画
まず宗教画ですが、フィリップス・コレクションには『悔悛する聖ペテロ』と題した絵が2点あります。2つとも超有名アーティストの作品で、エル・グレコとゴヤです。2枚の絵の対比が鮮明なのでここで取り上げます。
今までこのブログで取り上げたキリスト教関係の宗教画はマグダラのマリアに関するものでした(No.118「マグダラのマリア」、No.157「ノートン・サイモン美術館」のカニャッチの絵)。いずれも "悔い改めた罪ある女(娼婦)" というテーマですが、それは聖書とは無縁の "創作物語" を図像化したものでした。
しかし上の2作品は違って、聖書にもとづく絵であり、聖書を知っていれば理解できます。ペテロが「イエスを知らない」と否認したことを悔いる場面です。2つともペテロの代表的なアトリビュートである鍵を持っています。エル・グレコの聖ペテロは、ほぼ同じポーズの作品が6点ほどあるといいます。その作品はキリストの図像化によくあるような人物の風貌であり、いかにも使徒・聖人という感じに溢れています。エル・グレコなりの細身の顔の表現を割り引いたとしても、このような感じが一般的な使徒・聖人像でしょう。
一方のゴヤの方は「腕っぷしの強い漁師のおじさん」という仕上がりです(ペテロは漁師)。ゴヤはスペインの宮廷画家なので使徒の作例を熟知しているはずですが、この絵はあえて一般的な聖ペテロ像の真逆を行った感じがします。しかしキリストの徒であることを否認した "前科" があるという意味では、それにふさわしい人間っぽさがあるとも言える。フィリップス・コレクションの公式サイトによると「ゴヤは使徒の絵をほとんど描かなかったが、彼はこの絵をスペインを離れてフランスのボルドーに旅立つ(つまり移住する)直前に描いたと推定できる」とのことです。画家の何らかの思いが籠もっているのでしょう。
18世紀フランスの画家、シャルダンの静物画です。シャルダンの静物画と言えばルーブル美術館にある "エイ" を描いた作品が有名ですが、このフィリップス・コレクションの絵も傑作です。
同時代のオランダの静物画と比べると、シャルダンは「本物と見まごうばかりに描こう」とはしていません。プラム、ボウル、ピッチャーの存在感や造形美の表現を追求し、モノの本質、モノが我々に与える特有の印象の源泉に迫ろうとしている感じです。
フィリップス・コレクションの公式サイトによると、創立者のダンカン・フィリップスはシャルダンをモダンアート = 印象派とセザンヌの先駆者と見なしていた、とあります。その視点でみると、この絵はマネの静物の先駆であり、セザンヌの静物に連なる系譜にあると言えるでしょう。ダンカン・フィリップスのアートを見る目の確かさが窺える作品です。
1862年にパリで公演したスペイン舞踊団「カンプルビー座」を描いた作品です。公演に感動したマネは休演日に一座を自分のアトリエに招いてデッサンをし、この絵を完成させたといいます。No.36「ベラスケスへのオマージュ」に、マネが33歳の時に(この絵の3年後)スペインに旅行してベラスケスに感激したことを書きましたが、スペインへの憧れは以前から強かったことを感じさせます。
画面には女性2人、男性6人の合計8人が描かれていますが、描き方の程度の差が鮮明で、左奥の2人はほとんど描かれていない状態です。対して最もはっきりと存在感があるのは椅子に腰掛けている女性で、プリマ・バレリーナというのでしょうか。背景は無いに等しく、白灰色と暗茶色の2色に塗り分けられているだけです。その中で白と黒との強烈なコントラストが、スペイン舞踊の熱気を伝えています。
道路の補修工事をする人たちを描いたサン・レミ時代の作品で、場所はサン・レミの街路です。この絵の黄色系の色の使い方と筆致は、No.157「ノートン・サイモン美術館」でとりあげた同時期の『桑の木』(1889)に良く似ています。もちろん『道路工たち』の木は街路樹なので桑ではありません。日本だと黄葉する街路樹と言えばまず銀杏ですが、フランスなのでプラタナスかマロニエ(トチノキ)か何かでしょう。それにしては幹の樹形が少々違いますが(特に奥の方の木)、もちろん実物どおりに描くわけではなく、ゴッホはこのように感じたということだと思います。
黄葉した樹木と落ち葉で、あたりは黄色の染まっています。『桑の木』もそうですが、画家は "一面の真っ黄色" に触発されてたように思います。道路工事をする人は、あくまで脇役のように見えます。
フィリップス・コレクションの創設者のダンカン・フィリップスは、1920年代に当時のアメリカでは無名だったボナールに着目しました。そのボナール・コレクションはアメリカ随一と言います。
南フランスのル・カネ(カンヌの隣)にあった自分の別荘からの眺めを描いた作品です。遠景の海(カンヌの入り江でしょう)と中景の家並みは光の中に輝き、対照的に近景の棕櫚や木々は日陰になっています。それに従って中央下の女性も逆光になっていて、ちょっぴり幻想的な雰囲気を醸し出しています。
エレーナはランス出身で、画家を目指してパリにやってきて、ロシア移民で画廊を経営しているパヴォロスキーと結婚したという経歴の女性です。モディリアーニの友人であり、金銭的な援助もしたといいます。この絵はまさにモディリアーニ的肖像画の典型で、ファンには見逃せない作品でしょう。
このピカソの『青い部屋』は、『舟遊びをする人々の昼食』とともにフィリップス・コレクションの必見の作品です。と言うのも、これはピカソの "青の時代(1901-1904)" のごく初期の作品で、自殺した親友(カサヘマス)のアトリエで描いたとされる絵であり、この絵から青の時代が始まったとも言えるからです。我々は普通、ピカソの "青の時代" の作品と言うと、
のどちらか、あるいは両方が絵の主題になっていると考えます。フィリップス・コレクションと同じワシントン D.C.のナショナル・ギャラリーに、その典型のような作品があります。「悲劇」という作品です(「海辺の貧しい家族」と呼ばれる)。
日本で言うとポーラ美術館の『海辺の母子像 - 1902』がそのタイプの作品であり、このブログで取り上げた例だと『苦行者 - 1903』(No.95「バーンズ・コレクション」参照。Room18 North Wallにある)や『シュミーズの少女 - 1903』(No.163「ピカソは天才か(続)」)がそうです。
しかしフィリップス・コレクションの『青い部屋』は少々違っています。つまり「社会的弱者」や「悲しみ、不安、苦しみ、哀愁などの感情」がテーマになっていません。部屋の中で女性が入浴している(日本的感覚からすると行水をしている)姿ですが、これはドガかロートレックが描くモチーフです。後ろの壁の右の方に描かれているのはロートレックのポスターだといいます。入浴しているのが娼婦だとすると「社会の底辺で生きる人」でしょうが、それは絵からは分かりません。何気ない都会の部屋の風景です。ただし部屋が青く、青を多用した絵なのです。
思い出す絵があります。「悲劇」を所有しているワシントン・ナショナル・ギャラリーにはもう一枚の "青の時代" の傑作があります。『グルメ』と題した作品で、これも "青の時代" の初期のものです。
「食いしん坊の子供」という別名があるようですが、この絵の日本語タイトルをつけるなら "Le Gourmet" を意訳して「食いしん坊」がピッタリでしょう。何となくユーモアを感じるモチーフです。また青だけでなく暖色も使っている。
話が飛びますが、フィラデルフィアのバーンズ・コレクションに『グルメ』とよく似た絵があります。ほぼ同じ時期に描かれた『肘掛け椅子に座る子供』という絵です(No.95「バーンズ・コレクション」参照。Room19 East Wallにある絵)。
この絵からうけるのは「肘掛け椅子に座って得意げな子ども」という印象です。『グルメ』と一脈通じるものを感じます。
話をもとに戻しますが、日本からフィリップス・コレクションを訪れる人は、必ずワシントン・ナショナル・ギャラリーへも行くはずです。その時には是非 "青の時代" の3作品を見比べましょう(展示してあったらですが)。その幅広さが分かると思います。なお、ワシントン・ナショナル・ギャラリーには『サルタンバンクの家族』(1905)という "バラ色の時代" の代表作もあります。
一見してホッパーと分かる作品で、強い光が生み出すコントラストが際だっています。普段は人が行き交う都会の歩道が、日曜日の朝(だと思います)には人気がなく、全く違った様相を見せる・・・・・・。分かる感じがします。そこに葉巻をくゆらす男をポツンと配置することで、画家はアメリカの文明社会の "別の面" を掬い取りたかったのだろうと思います。
アメリカン・モダンアート
フィリップス・コレクションの特色は、20世紀アメリカのモダン・アートが非常に充実していることです。というよりここは、MoMA(ニューヨーク近代美術館。1929年開館)より先にできたモダン・アートの殿堂という性格をもっているのです。その中から、創立者のダンカン・フィリップスと同世代の5人のアーティストを取り上げてみます。
フィリップス・コレクションには、マーク・ロスコ(1903-1970)の作品だけが展示してある「ロスコ・ルーム」があり、これが美術館の大きな "ウリ" になっています。「ロスコの作品のみで出来上がった空間」は日本の川村美術館にもありますが、川村美術館のサイトの説明によるとそのような空間は世界に4つしかありません。
の4つです。ロスコはこのような展示方法を強く望んだと言います。その意味で、日本のモダンアート愛好家は、是非ともまず佐倉に行くべきでしょう。
ジョージア・オキーフは夫と死別したあと、ニューメキシコ州の荒野に移り住んだことで有名です。それもあって、この絵はニューメキシコの風景を描いたものと一瞬思いますが、違います。ジョージ湖はニューヨーク州の北部にある湖で、オキーフは避暑によく訪れたといいます。
ジョージ湖の対岸の、夕日に染まる山並みを描いたものでしょう。まるで太陽の光が山々を透過してこちらに届いているように見えます。手の掌を太陽にかざしたような・・・・・・。山をこのように描いた画家はいないのではと思います。オキーフの独特の感性に惹かれる絵です。
ジョン・マリンは、ニューヨークの摩天楼や橋などの題材が多い画家・版画家ですが、この水彩画は、都会とは対象的なメイン州の岬を描いています。水彩画の名手と言われたマリンらしい作品です。
アーサー・ダヴは、ヨーロッパ画壇を含めても最も早く抽象画に取り組んだ画家と言われています。とくにアメリカの土地と自然に想を得たカラフルで有機的なフォルムの作品が多い。この絵はアーサー・ダヴの作品にしてはめずらしく具象的です。
最後にフィリップス・コレクションで印象に残った作品を一つ。マージョリー・フィリップスの「夜の野球」です。
マージョリー・フィリップスはダンカン・フィリップスの妻であり、画家です。フィリップス・コレクションの共同設立者と言えます。
この絵は野球のナイトゲームを題材にしたという点で、妙に記憶に残る絵です。他にこういうテーマの絵がないからでしょう。考えてみると野球のナイト・ゲームは、強烈な人工の光、それに照らされた緑の芝生、その上に散らばる白いユニフォーム、色とりどりの観客席、青黒い空など、"絵になる" 要素がいろいろあると言えます。そこをうまくとらえています。
生活空間に美術品を展示する
最初にも書きましたが、この美術館はコレクターの屋敷をそのまま美術館にしたものです。そこが、同じ個人コレクションでも冒頭にあげた6つの美術館とは違います。写真のように煉瓦造りの瀟洒な建物がそのまま美術館になっている。このような "私邸美術館" は、著名な美術館ではめずらしいのではと思います。ニューヨークのフリック・コレクションも私邸ですが(フェルメールが3枚もある)、石造りの威風堂々とした建物であり、生活空間という感じはしません。No.19「ベラスケスの怖い絵」で、ベラスケスの「インノケンティウス十世の肖像」を取り上げましたが、この絵があるローマのドーリア・パンフィーリ美術館も私邸です。ただこの "私邸" は "ドーリア・パンフィーリ宮殿" であり、その一部が "美術館" になっている。フリック・コレクション以上に生活空間という感じはしません。
その意味でフィリップス・コレクションは、ボストン美術館の近くにあるイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館や、ミラノのポルディ・ペッツオーリ美術館に近いものです。しかしフィリップス・コレクションの方が作品の年代やバリエーションも多様で、特に近代絵画やモダン・アートが充実しています。
生活の場と感じられる場所が、美術鑑賞には最適である ・・・・・・。これは創立者のダンカン・フィリップスの信念だったようです。それはこの美術館の名称である "フィリップス・コレクション" にも現れています。冒頭にあげた "個人コレクションを出発点とする美術館" で、正式名称が "コレクション" なのはバーンズ・コレクションとここだけです(コートールドの正式名称は "コートールド・ギャラリー")。バーンズの場合はアルバート・バーンズが集めたコレクションだけを展示しているのだから名前通りですが、フィリプス・コレクションはダンカン・フィリップスのコレクションだけではありません。しかしここは「邸宅にコレクションを展示する場所」だと主張している。その "こだわり" が名称になっていると思います。
邸宅にコレクションを展示して公開するのはいかにも富豪(近代以前なら貴族)という感じがするのですが、それは「都市型公共美術館」に対するアンチテーゼなのでしょう。訪問者からすると「美術品が本来あった場所で鑑賞できる」ことになります。
ともかく、フィリップス・コレクションを訪れた人は、暖炉があり長椅子がありといった家庭的雰囲気が横溢する空間の中で、さまざまな年代のアートを鑑賞することになります。フィリップス・コレクションの最大の特色はこの点でしょう。
No. 95 | バーンズ・コレクション | 米:フィラデルフィア | ||||
No.155 | コートールド・コレクション | 英:ロンドン | ||||
No.157 | ノートン・サイモン美術館 | 米:カリフォルニア | ||||
No.158 | クレラー・ミュラー美術館 | オランダ:オッテルロー | ||||
No.167 | ティッセン・ボルネミッサ美術館 | スペイン:マドリード | ||||
No.192 | グルベンキアン美術館 | ポルトガル:リスボン | ||||
No.202 | ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館 | オランダ:ロッテルダム |
の7つです。今回はその継続で、アメリカのワシントン D.C.にあるフィリップス・コレクションを取り上げます。
フィリップス・コレクション
フィリップス・コレクションが所蔵する絵について、今まで2回とりあげました。まず No.154「ドラクロワが描いたパガニーニ」では、ドラクロワの『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』という作品について、中野京子さんの解説を中心に紹介しました。
ウジェーヌ・ドラクロワ
『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』(1831)
フィリップス・コレクション
(site : www.phillipscollection.org) |
この絵は「大アーティストが描いた大アーティスト」であり、パガニーニの音楽の本質までとらえているという話でした。さらにその次の No.155「コートールド・コレクション」ではセザンヌの『サント=ヴィクトワール山』を取り上げています。
ポール・セザンヌ(1839-1906)
「サント=ヴィクトワール山」(1886/87)
La Montagne Sainte-Victoire(1886/7)
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
これはコートールド・コレクションにある『サント=ヴィクトワール山』との比較対照のためです。両方の絵とも近景に松の木があるのが特徴で(コートールドの絵は1本の松)、松の枝の形と山の稜線がピッタリ一致することを含めて浮世絵の影響(= 北斎の富嶽三十六景)を感じるという話でした。
今回はこれらの絵を所蔵しているフィリップス・コレクションについて、ほかにどんな絵があるのか、そのごく一部ですが紹介したいと思います。フィリップス・コレクションは鉄鋼業で財をなしたフィリップス家の次男、ダンカン・フィリップス(1886-1966)が1921年に開設した美術館で、ダンカンの邸宅がそのまま美術館になっています。開館当初は237点の絵画作品でしたが、その後増え続け、現在所蔵しているアートは約3000点だそうです。
フィリップス・コレクション
2つの建物が連結されて美術館になっている。入り口は奥の方の建物にある。
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ルノワール
この美術館の "顔" となっている絵が、ルノワールの『舟遊びをする人々の昼食』(1880/81)です。フィリップス・コレクションと言えばこの絵、ということになっています。
ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
「舟遊びをする人々の昼食」(1880/81)
フィリップス・コレクション
( site : www.phillipscollection.org ) |
パリの西の郊外、シャトゥーの町のセーヌ川に浮かぶ島は "印象派の島"(アンプレッショニスト島)と言われ、数々の印象派の画家が訪れたところです。ルノワールはここのレストラン「メゾン・ラ・フルネーズ」の常連客でした。ここのテラス席ので光景を描いた作品です。画面に登場する14人はすべてルノワールの友人や知人で、全員の名前が特定されています。一人だけあげると、画面右下に座っている男性は画家であり印象派の後援者でもあったカイユボットです。
この絵は "屋外の光の中での人物群" を描いたという意味で、この5年前に描かれた『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』に似ていますが、郊外に出かけて舟遊びに興じるという当時最先端の "レクレーション" を描いていて、より印象派っぽい感じがします。二つの対角線を基本とする構図が心地よく、背景の草木と人物群とテーブルの上の食器を異なる筆致で描き分けているのも特徴的です。ルノワールを代表作を1枚だけあげるとすると、時代の先端の雰囲気を伝えているという意味でこの絵をあげるのもアリだと思います。
フィリップス・コレクションの名画
 悔悛する聖ペテロ  |
まず宗教画ですが、フィリップス・コレクションには『悔悛する聖ペテロ』と題した絵が2点あります。2つとも超有名アーティストの作品で、エル・グレコとゴヤです。2枚の絵の対比が鮮明なのでここで取り上げます。
エル・グレコ(1541-1614)
「悔悛する聖ペテロ」(1600/1605)
The Repentant St.Peter
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
フランシス・ゴヤ(1746-1828)
「悔悛する聖ペテロ」(1820/1824)
The Repentant St.Peter
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
今までこのブログで取り上げたキリスト教関係の宗教画はマグダラのマリアに関するものでした(No.118「マグダラのマリア」、No.157「ノートン・サイモン美術館」のカニャッチの絵)。いずれも "悔い改めた罪ある女(娼婦)" というテーマですが、それは聖書とは無縁の "創作物語" を図像化したものでした。
しかし上の2作品は違って、聖書にもとづく絵であり、聖書を知っていれば理解できます。ペテロが「イエスを知らない」と否認したことを悔いる場面です。2つともペテロの代表的なアトリビュートである鍵を持っています。エル・グレコの聖ペテロは、ほぼ同じポーズの作品が6点ほどあるといいます。その作品はキリストの図像化によくあるような人物の風貌であり、いかにも使徒・聖人という感じに溢れています。エル・グレコなりの細身の顔の表現を割り引いたとしても、このような感じが一般的な使徒・聖人像でしょう。
一方のゴヤの方は「腕っぷしの強い漁師のおじさん」という仕上がりです(ペテロは漁師)。ゴヤはスペインの宮廷画家なので使徒の作例を熟知しているはずですが、この絵はあえて一般的な聖ペテロ像の真逆を行った感じがします。しかしキリストの徒であることを否認した "前科" があるという意味では、それにふさわしい人間っぽさがあるとも言える。フィリップス・コレクションの公式サイトによると「ゴヤは使徒の絵をほとんど描かなかったが、彼はこの絵をスペインを離れてフランスのボルドーに旅立つ(つまり移住する)直前に描いたと推定できる」とのことです。画家の何らかの思いが籠もっているのでしょう。
 シャルダン  |
ジャン・シメオン・シャルダン(1699-1779)
「プラムを盛ったボウル」(1728頃)
A Bowl of Plums
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
18世紀フランスの画家、シャルダンの静物画です。シャルダンの静物画と言えばルーブル美術館にある "エイ" を描いた作品が有名ですが、このフィリップス・コレクションの絵も傑作です。
同時代のオランダの静物画と比べると、シャルダンは「本物と見まごうばかりに描こう」とはしていません。プラム、ボウル、ピッチャーの存在感や造形美の表現を追求し、モノの本質、モノが我々に与える特有の印象の源泉に迫ろうとしている感じです。
フィリップス・コレクションの公式サイトによると、創立者のダンカン・フィリップスはシャルダンをモダンアート = 印象派とセザンヌの先駆者と見なしていた、とあります。その視点でみると、この絵はマネの静物の先駆であり、セザンヌの静物に連なる系譜にあると言えるでしょう。ダンカン・フィリップスのアートを見る目の確かさが窺える作品です。
なお、マネの静物画を、No. 3「ドイツ料理万歳」(アスパラガスの絵)、No.111「肖像画切り裂き事件」(プラムの絵)、No.157「ノートン・サイモン美術館」(魚の絵)で引用しました。 |
 マネ  |
エドゥアール・マネ(1832-1883)
「スペイン・バレエ」(1862)
Spanish Ballet
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
1862年にパリで公演したスペイン舞踊団「カンプルビー座」を描いた作品です。公演に感動したマネは休演日に一座を自分のアトリエに招いてデッサンをし、この絵を完成させたといいます。No.36「ベラスケスへのオマージュ」に、マネが33歳の時に(この絵の3年後)スペインに旅行してベラスケスに感激したことを書きましたが、スペインへの憧れは以前から強かったことを感じさせます。
画面には女性2人、男性6人の合計8人が描かれていますが、描き方の程度の差が鮮明で、左奥の2人はほとんど描かれていない状態です。対して最もはっきりと存在感があるのは椅子に腰掛けている女性で、プリマ・バレリーナというのでしょうか。背景は無いに等しく、白灰色と暗茶色の2色に塗り分けられているだけです。その中で白と黒との強烈なコントラストが、スペイン舞踊の熱気を伝えています。
 ゴッホ  |
フィンセント・ファン・ゴッホ
「道路工たち」(1889)
The Road Menders
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
道路の補修工事をする人たちを描いたサン・レミ時代の作品で、場所はサン・レミの街路です。この絵の黄色系の色の使い方と筆致は、No.157「ノートン・サイモン美術館」でとりあげた同時期の『桑の木』(1889)に良く似ています。もちろん『道路工たち』の木は街路樹なので桑ではありません。日本だと黄葉する街路樹と言えばまず銀杏ですが、フランスなのでプラタナスかマロニエ(トチノキ)か何かでしょう。それにしては幹の樹形が少々違いますが(特に奥の方の木)、もちろん実物どおりに描くわけではなく、ゴッホはこのように感じたということだと思います。
黄葉した樹木と落ち葉で、あたりは黄色の染まっています。『桑の木』もそうですが、画家は "一面の真っ黄色" に触発されてたように思います。道路工事をする人は、あくまで脇役のように見えます。
 ボナール  |
ピエール・ボナール(1867-1947)
「棕櫚の木」(1926)
The Palm
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
フィリップス・コレクションの創設者のダンカン・フィリップスは、1920年代に当時のアメリカでは無名だったボナールに着目しました。そのボナール・コレクションはアメリカ随一と言います。
南フランスのル・カネ(カンヌの隣)にあった自分の別荘からの眺めを描いた作品です。遠景の海(カンヌの入り江でしょう)と中景の家並みは光の中に輝き、対照的に近景の棕櫚や木々は日陰になっています。それに従って中央下の女性も逆光になっていて、ちょっぴり幻想的な雰囲気を醸し出しています。
 モディリアーニ  |
アメディオ・モディリアーニ
「エレーナ・パヴォロスキー」(1917)
Elena Pavolozky
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
エレーナはランス出身で、画家を目指してパリにやってきて、ロシア移民で画廊を経営しているパヴォロスキーと結婚したという経歴の女性です。モディリアーニの友人であり、金銭的な援助もしたといいます。この絵はまさにモディリアーニ的肖像画の典型で、ファンには見逃せない作品でしょう。
 ピカソ  |
パブロ・ピカソ(1881-1973)
「青い部屋」(1901)
The Blue Room
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
このピカソの『青い部屋』は、『舟遊びをする人々の昼食』とともにフィリップス・コレクションの必見の作品です。と言うのも、これはピカソの "青の時代(1901-1904)" のごく初期の作品で、自殺した親友(カサヘマス)のアトリエで描いたとされる絵であり、この絵から青の時代が始まったとも言えるからです。我々は普通、ピカソの "青の時代" の作品と言うと、
・ | 社会的弱者、ないしは社会の底辺で生きる人たち | ||
・ | 悲しみ、不安、苦しみ、哀愁などの感情 |
のどちらか、あるいは両方が絵の主題になっていると考えます。フィリップス・コレクションと同じワシントン D.C.のナショナル・ギャラリーに、その典型のような作品があります。「悲劇」という作品です(「海辺の貧しい家族」と呼ばれる)。
パブロ・ピカソ
「悲劇」(1903)
The Tragedy
ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
日本で言うとポーラ美術館の『海辺の母子像 - 1902』がそのタイプの作品であり、このブログで取り上げた例だと『苦行者 - 1903』(No.95「バーンズ・コレクション」参照。Room18 North Wallにある)や『シュミーズの少女 - 1903』(No.163「ピカソは天才か(続)」)がそうです。
しかしフィリップス・コレクションの『青い部屋』は少々違っています。つまり「社会的弱者」や「悲しみ、不安、苦しみ、哀愁などの感情」がテーマになっていません。部屋の中で女性が入浴している(日本的感覚からすると行水をしている)姿ですが、これはドガかロートレックが描くモチーフです。後ろの壁の右の方に描かれているのはロートレックのポスターだといいます。入浴しているのが娼婦だとすると「社会の底辺で生きる人」でしょうが、それは絵からは分かりません。何気ない都会の部屋の風景です。ただし部屋が青く、青を多用した絵なのです。
思い出す絵があります。「悲劇」を所有しているワシントン・ナショナル・ギャラリーにはもう一枚の "青の時代" の傑作があります。『グルメ』と題した作品で、これも "青の時代" の初期のものです。
パブロ・ピカソ
「グルメ」(1901)
Le Gourmet
ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
「食いしん坊の子供」という別名があるようですが、この絵の日本語タイトルをつけるなら "Le Gourmet" を意訳して「食いしん坊」がピッタリでしょう。何となくユーモアを感じるモチーフです。また青だけでなく暖色も使っている。
話が飛びますが、フィラデルフィアのバーンズ・コレクションに『グルメ』とよく似た絵があります。ほぼ同じ時期に描かれた『肘掛け椅子に座る子供』という絵です(No.95「バーンズ・コレクション」参照。Room19 East Wallにある絵)。
パブロ・ピカソ
「肘掛け椅子に座る子供」(1901)
Child Seated in an Armchair
バーンズ・コレクション |
この絵からうけるのは「肘掛け椅子に座って得意げな子ども」という印象です。『グルメ』と一脈通じるものを感じます。
話をもとに戻しますが、日本からフィリップス・コレクションを訪れる人は、必ずワシントン・ナショナル・ギャラリーへも行くはずです。その時には是非 "青の時代" の3作品を見比べましょう(展示してあったらですが)。その幅広さが分かると思います。なお、ワシントン・ナショナル・ギャラリーには『サルタンバンクの家族』(1905)という "バラ色の時代" の代表作もあります。
 ホッパー  |
エドワード・ホッパー(1882-1967)
「日曜日」(1926)
Sunday
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
一見してホッパーと分かる作品で、強い光が生み出すコントラストが際だっています。普段は人が行き交う都会の歩道が、日曜日の朝(だと思います)には人気がなく、全く違った様相を見せる・・・・・・。分かる感じがします。そこに葉巻をくゆらす男をポツンと配置することで、画家はアメリカの文明社会の "別の面" を掬い取りたかったのだろうと思います。
アメリカン・モダンアート
フィリップス・コレクションの特色は、20世紀アメリカのモダン・アートが非常に充実していることです。というよりここは、MoMA(ニューヨーク近代美術館。1929年開館)より先にできたモダン・アートの殿堂という性格をもっているのです。その中から、創立者のダンカン・フィリップスと同世代の5人のアーティストを取り上げてみます。
 マーク・ロスコ  |
ロスコ・ルーム
フィリップス・コレクション
( site : www.phillipscollection.org ) |
フィリップス・コレクションには、マーク・ロスコ(1903-1970)の作品だけが展示してある「ロスコ・ルーム」があり、これが美術館の大きな "ウリ" になっています。「ロスコの作品のみで出来上がった空間」は日本の川村美術館にもありますが、川村美術館のサイトの説明によるとそのような空間は世界に4つしかありません。
◆ | テート・ギャラリー(英:ロンドン) | ||
◆ | 川村美術館(千葉県佐倉市) | ||
◆ | フィリップス・コレクション(米:ワシントン D.C.) | ||
◆ | ロスコ・チャペル(米:ヒューストン) |
の4つです。ロスコはこのような展示方法を強く望んだと言います。その意味で、日本のモダンアート愛好家は、是非ともまず佐倉に行くべきでしょう。
 ジョージア・オキーフ  |
ジョージア・オキーフ(1887-1986)
「レッド・ヒル、ジョージ湖」(1927)
Red Hills, Lake George
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
ジョージア・オキーフは夫と死別したあと、ニューメキシコ州の荒野に移り住んだことで有名です。それもあって、この絵はニューメキシコの風景を描いたものと一瞬思いますが、違います。ジョージ湖はニューヨーク州の北部にある湖で、オキーフは避暑によく訪れたといいます。
ジョージ湖の対岸の、夕日に染まる山並みを描いたものでしょう。まるで太陽の光が山々を透過してこちらに届いているように見えます。手の掌を太陽にかざしたような・・・・・・。山をこのように描いた画家はいないのではと思います。オキーフの独特の感性に惹かれる絵です。
 ジョン・マリン  |
ジョン・マリン(1870-1953)
「コディ・ヘッド、メイン州海岸」(1933)
Quoddy Head, Maine Coast
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
ジョン・マリンは、ニューヨークの摩天楼や橋などの題材が多い画家・版画家ですが、この水彩画は、都会とは対象的なメイン州の岬を描いています。水彩画の名手と言われたマリンらしい作品です。
 アーサー・ダヴ  |
アーサー・ダヴ(1880-1946)
「朝日」(1935)
Morning Sun
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
アーサー・ダヴは、ヨーロッパ画壇を含めても最も早く抽象画に取り組んだ画家と言われています。とくにアメリカの土地と自然に想を得たカラフルで有機的なフォルムの作品が多い。この絵はアーサー・ダヴの作品にしてはめずらしく具象的です。
 マージョリー・フィリップス  |
最後にフィリップス・コレクションで印象に残った作品を一つ。マージョリー・フィリップスの「夜の野球」です。
マージョリー・フィリップス
「夜の野球」(1951)
Night Baseball
フィリップス・コレクション ( site : www.phillipscollection.org ) |
マージョリー・フィリップスはダンカン・フィリップスの妻であり、画家です。フィリップス・コレクションの共同設立者と言えます。
この絵は野球のナイトゲームを題材にしたという点で、妙に記憶に残る絵です。他にこういうテーマの絵がないからでしょう。考えてみると野球のナイト・ゲームは、強烈な人工の光、それに照らされた緑の芝生、その上に散らばる白いユニフォーム、色とりどりの観客席、青黒い空など、"絵になる" 要素がいろいろあると言えます。そこをうまくとらえています。
生活空間に美術品を展示する
最初にも書きましたが、この美術館はコレクターの屋敷をそのまま美術館にしたものです。そこが、同じ個人コレクションでも冒頭にあげた6つの美術館とは違います。写真のように煉瓦造りの瀟洒な建物がそのまま美術館になっている。このような "私邸美術館" は、著名な美術館ではめずらしいのではと思います。ニューヨークのフリック・コレクションも私邸ですが(フェルメールが3枚もある)、石造りの威風堂々とした建物であり、生活空間という感じはしません。No.19「ベラスケスの怖い絵」で、ベラスケスの「インノケンティウス十世の肖像」を取り上げましたが、この絵があるローマのドーリア・パンフィーリ美術館も私邸です。ただこの "私邸" は "ドーリア・パンフィーリ宮殿" であり、その一部が "美術館" になっている。フリック・コレクション以上に生活空間という感じはしません。
その意味でフィリップス・コレクションは、ボストン美術館の近くにあるイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館や、ミラノのポルディ・ペッツオーリ美術館に近いものです。しかしフィリップス・コレクションの方が作品の年代やバリエーションも多様で、特に近代絵画やモダン・アートが充実しています。
生活の場と感じられる場所が、美術鑑賞には最適である ・・・・・・。これは創立者のダンカン・フィリップスの信念だったようです。それはこの美術館の名称である "フィリップス・コレクション" にも現れています。冒頭にあげた "個人コレクションを出発点とする美術館" で、正式名称が "コレクション" なのはバーンズ・コレクションとここだけです(コートールドの正式名称は "コートールド・ギャラリー")。バーンズの場合はアルバート・バーンズが集めたコレクションだけを展示しているのだから名前通りですが、フィリプス・コレクションはダンカン・フィリップスのコレクションだけではありません。しかしここは「邸宅にコレクションを展示する場所」だと主張している。その "こだわり" が名称になっていると思います。
邸宅にコレクションを展示して公開するのはいかにも富豪(近代以前なら貴族)という感じがするのですが、それは「都市型公共美術館」に対するアンチテーゼなのでしょう。訪問者からすると「美術品が本来あった場所で鑑賞できる」ことになります。
余談ですが「都市型公共美術館に対するアンチテーゼ」として、フィリップス・コレクションとは全く違うやり方をとっているのが、箱根のポーラ美術館です。この美術館は森の中に建てられていて「自然とアートの調和を楽しむ」というのがコンセプトになっています。 |
ともかく、フィリップス・コレクションを訪れた人は、暖炉があり長椅子がありといった家庭的雰囲気が横溢する空間の中で、さまざまな年代のアートを鑑賞することになります。フィリップス・コレクションの最大の特色はこの点でしょう。
(続く)
2017-10-17 18:47
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