No.183 - ソニーの失われた10年 [技術]
No.159「AIBOは最後のモルモットか」の続きです。最近何回か書いた人工知能(AI)に関する記事の継続という意味もあります。
(No.166、No.173、No.174、No.175、
No.176、No.180、No.181にAI関連記事)
ソニーのAIBOは販売が終了(2006年)してから10年になりますが、最近のAIBOの様子を取材した記事が朝日新聞に掲載されました。「あのとき それから」という連載に「AIBOの誕生(1999年)と現在」が取り上げられたのです(2016.6.1 夕刊)。興味深い記事だったので、まずそれから紹介したいと思います。
AIBOの誕生(1999年)と現在
記事に出てくる「ロボット工学三原則」とは、アメリカの有名なSF作家、アイザック・アシモフ(1920-1992)が自作の小説で唱えた原則で、以下の通りです。
ロボット工学三原則
「工学」という言葉が入っているように、これは人間がロボットを設計・開発するときに守るべき原則、という意味です。アイボ版のロボット工学三原則は、このオリジナルのパロディになっています。「服従するだけの存在ではなく、楽しいパートナーに」という開発者の考え方がよく現れています。
ロボット工学三原則・AIBO版
少々横道にそれますが、アイザック・アシモフが「ロボット工学三原則」を初めて提示したのは、短編小説集「我はロボット」("I, Robot" 1950)でした。この小説の題名を企業名にした会社があります。ロボット掃除機、ルンバで有名な iRobot社です(iRobot社のCEOのコリン・アングル氏による。「家電Watch」2010年10月7日)。アイボの開発者もそうですが、ロボット・ビジネスを目指す技術者が、大SF作家・アシモフに敬意を表するのは当然なのです。
ルンバが発売されたのは、アイボ発売の3年後の2002年です。アイボとルンバは目的が全く違いますが「家庭内を動きまわるロボット」という一点においては同じです。改良型モデルから自己充電機能が搭載されたのも、よく似ています(アイボ:2002年にオプションソフト→2003年のERS-7に標準搭載。ルンバ:2004年)。
アイボは累計約15万体売れたのですが、事業としては成功しませんでした。そして2006年、経営難のソニーは アイボ から撤退してしまいます。
アイボは「命があるかのようにふるまう世界初のエンターテインメントロボット」ですが、その命に老年期はなく "死" もないように設計されています。ペットロスにならなくて済むと安心していた所有者は、ソニーのアイボからの撤退で不安になったはずです。さらに2014年にはアイボの修理サポートが終了しました。家族として大切にする所有者は不安に駆られたわけです。このような中、アイボの修理をやっている「ア・ファン」という会社の話が記事に出てきます。
この引用の中に「お年寄り」が2回出てきます。アイボの所有者の中で「お年寄り」は少数派だとは思いますが、このようなお年寄りがいること自体、アイボの開発者の狙いは完全に成功したということでしょう。高齢化社会の進展で「介護ロボット」とか「見守りロボット」という話題はよくありますが、それを越えた「人に寄り添うロボット」としてのアイボは、まさに先進的・独創的だったと言わざるを得ません。一見、実用性に乏しそうなものが、人にとっては最も大切なものである・・・・・・。人間社会ではよくあることです。新聞記事の引用を続けます。
アイボの現状をレポートする記事だと思っていると、急に日本文化論になってきました。おそらくそれが、記事を書いた朝日新聞の白石氏の狙いだったのでしょう。
No.21「鯨と人間(2)日本・仙崎・金子みすゞ」で書いたように、日本では数々の「動物供養」の習わしがあります。また「無生物供養」もいろいろあって、有名なのは「針供養」ですが、その他、「鏡」「鋏」「印章」「人形」なども供養されます。日本文化において人間・動物・無生物は一連のつながりの中にあるわけで、動物と無生物の間というイメージを持ちやすいアイボが供養されるのは、むしろ当然と言えるでしょう。誕生・治療・入院・献体・供養という一連のコンセプトの中にアイボは存在しています。さらに記事の最後の文章です。
水上勉氏の文章を読むと「日本文化論」を通り越して「アイボ哲学」の領域に達しているかのようです。水上氏の表現は独特ですが、それは作家としての感性なのでしょう。
現在(2016.7)のソニー社長の平井一夫氏は「"感動" をもたらす商品を生み出すのがソニーの使命だ」と語っています。アイボに関していうと、"アイボ哲学" を語る水上勉氏、アイボを修理して老人介護施設へ連れていったおばあさん、アイボ供養を企画して実行した人たちに、アイボが "感動" を与えたことは間違いありません。"感動" という表現がそぐわないなら、"人の心に残る強い印象" と言い換えてもよいでしょう。アイボはまさに平井社長の言う「ソニーの使命」を体現する製品だった。
またそれ以前に「人のやらないことをやる」という "ソニー・スピリット" を象徴する製品であったわけです。ソニーという企業のアイデンティティーが、目に見える形になり、しかも動いていたのがアイボだった。アイボをやめるというのはどういうことかと言うと「確かにアップルの iPod / iPhone には負けた(現在はともかく当初は)。だけど俺たちにはアイボがある、と言えなくなる」ということです。
さらに重要なのは、アイボ = AIBO は Artificial Intelligence roBOt であり(1999年当時の)最新のAI(人工知能)技術を取り入れた製品だったことです。AIの技術は21世紀社会のあらゆるところに取り入れられようとしている重要技術で、もちろんソニーにとっても必須の技術です。それを応用したロボットは21世紀の大産業になるはずです。AIの技術は、そこに注力するかしないかという経営判断をする事項ではありません。AIの技術に注力することは、ソニーのようなエレクトロニクス企業にとって "MUST" なのです。
2006年にソニーの経営者は「アイボからの撤退」を決めたわけですが、まさに経営トップが愚鈍だと会社が大きなダメージをこうむるわけであり、その典型のような話です。
しかしダメージからは回復しなければならない。そのために現在のソニー経営陣が打った(一つの)手が、米国のコジタイ社との提携です。
コジタイ社との提携
2016年5月18日、ソニーは米国のコジタイ社(カリフォルニア州 オレンジ・カウンティ)との提携(資本参加)を発表しました。コジタイとは、アルファベットのスペルで Cogitai であり、COGnition(認知)、Information Technology(情報技術)、Artificial Intelligence(人工知能)からとられています。
この会社の共同設立者は、ピーター・ストーン(President)、マーク・リング(CEO)、サティンダー・シン・バベイジャ(CTO)の3人ですが、いずれもAIの中の「深層学習」や「強化学習」の権威です。その意味では、英国のディープマインド社(No.174 参照)と似ています。
それに加えてコジタイは「継続学習」の技術開発を進めています。継続学習とは「AIが永続的に学習する」という意味ですが、この技術を核として、
の実現を目指しています。日経産業新聞(2016.5.19)によると、たとえばカメラに応用すると、次のようなことができるとあります。
ソニーがコジタイに出資する契機になったのは、ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の北野宏明社長と、コジタイのストーン社長の長年に渡る親交だったようです。北野社長は「ロボカップ」の提唱者ですが、ストーン社長はロボカップに創設時から参画していて、現在はロボカップの副会長です。彼は次のように述べています。
なるほどと思いますね。考えてみるとアイボは、1999年当時のAI技術をもとに、現在のコジタイ社が注力している「継続学習」を世界で初めて実現した商品だったのではないでしょうか。コジタイ社の社長がアイボのファンというのは自然なことでしょう。さらにコジタイへの出資について、日経新聞の中藤記者は次のように書いていました。
ロボット復活につながるとは断言していないと、"思わせぶりな書き方" がしてありますが、アイボのファンであるAIの権威(ストーン社長)、ロボカップの創設者(北野社長)、「継続学習」や「好奇心」というキーワード、これだけのお膳立てが揃ったそのあとで、ロボットを復活させないということは考えにくいわけです。
ロボット復活へ
事実、この記事の翌月の経営説明会(2016年6月29日)で、ソニーはロボットビジネスへの再参入を宣言しました。
おそらく日経新聞の中藤記者は、ソニーのロボット復活の情報を知っていて、2016年5月19日の記事を書いたのだと思います。
ちょっと余談になりますが、平井社長が宣言した「新ロボット」は、どのようなものになるのでしょうか。それはアイボのようなペット型とは限りません。人型かもしれないし、両方かもしれません。平井社長は「育てる喜び」と言っているので、少なくともペット型は発売されるような気がします。いずれにせよ、この10年の技術進歩を反映して、人にとって有益な機能がアイボよりは断然多いものになるでしょう。
アイボのようなペット型が発売されるとしても、今後の発展を見込んでハードウェアもソフトウェアも新規に設計されると思います。しかしペット型の新ロボットは、アイボからデータを移行することによって、飼い主との生活で生まれた性格・気質を引き継げるのではないでしょうか。つまり、アイボの「復活」ないしは「よみがえり」が可能になる・・・・・・。本物のペットでは絶対にありえないことです。そして人々は、ソニーがソフトバンクの Pepper に15年も先行していたことを思い出す・・・・・・。そういう風に予想するのですが、果たしてどういう製品になるのか、注視したいと思います。
ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の北野宏明社長が創設した "ロボカップ" ですが、2016年の世界大会はドイツのライプチヒで開催されました(2016.6.30 - 7.4)。ロボカップ国際委員会は「共通のハードウェアを使い、家庭内で求められる動きの巧拙を競うロボット競技」を2017年の大会から導入することを決めています。それに使う標準機を選ぶ審査が、2016年の世界大会で行われました。最終的に勝ち残ったのはソフトバングの Pepper とトヨタ自動車の家庭用ロボット HSR(Human Support Robot)です。もちろんソフトバンクもトヨタも、世界中のアプリ開発者を引き寄せて、自社のロボットが家庭用の標準機になることを狙っているわけです。ソニーがアイボから撤退してから10年の間にロボット業界のプレーヤーも様変わりしました。しかし平井社長がロボットビジネスの再開を表明したからには、ロボカップにも参加するのでしょう。
まさに日経新聞の中藤記者が言う「この10年を取り戻す取り組み」、つまりソニーの失われた10年を取り返すチャレンジが始まったということだと思います。
ソニーは2017年11月1日、新型のロボット・aiboを発表しました。発売開始は2018年1月11日で、あくまで "1" にこだわったタイムスケジュールになっています(11月11日に発表する手もあったと思いますが)。
記者発表の内容をみると、2006年に生産終了した旧型 AIBO より格段に進化したようです。6軸ジャイロセンサー、人感センサーなどの各種センサー類の装備をはじめ、22軸のアクチュエータを備えて柔軟な動きができるボディになっている(22個のモータ内蔵と同等)。また飼い主とのコミュニケーションの能力やAIによる学習能力も進歩しました。もちろんスマホと連携でき、クラウドともつながります。
一方、10年のブランクを象徴することもあります。たとえば新しく搭載されたSLAM(Simultaneous Localization And Mapping。"スラム")の技術です。これは移動しながら撮影した画像を重ね合わせることによって環境の3次元マップを徐々に作っていくと同時に、その3次元マップを利用して自分の位置を特定するという技術です。この技術を家庭用機器に搭載したのは iRobot社のロボット掃除機・ルンバが最初で、確か2~3年前のことだったと思います。つまり、SLAMについては「人のやらないことをやる」というわけにはいかなかった。
とはいえ、注目に値する技術もあります。たとえば記者発表で「集合知」と称されていた機能です。つまり、飼い主との生活で学習した aibo のデータをクラウドに集約し、aibo 同士で "学び合う" という機能です。クラウド上に仮想的な aibo社会を作るわけで、これは人間の学習過程に近い。
この手の技術は産業用ロボットの学習に大いに役立つと考えられます。記者発表で「将来的には、製造・物流などB2Bに向けた事業展開も検討」とありましたが、このような技術を応用した事業展開ということでしょう。とにかく、aibo という名前が示している「AI+ロボティックス」が21世紀の大産業になることは間違いないわけで、ソニーは(再び)スタートラインに立ったということだと思います。今後の事業展開を注視したいと思います。
戌年の2018年1月11日に新型の aibo(犬型)が発売開始されました。この日の新聞に元ソニーの土井利忠氏に取材した記事が載っていたので紹介します。
この10年で何が起こったかと言うと、旧型アイボでロボカップに参加していたフランス人が本国でアルデバラン・ロボティックス社を設立し、それをソフトバンクが買収してペッパーを発売した、これが一番象徴的な出来事です(No.159「AIBOは最後のモルモットか」の「補記」参照)。
何回か書きましたが、21世紀の大産業を一つだけ挙げよと言われたなら「人工知能技術を搭載したロボット」でしょう。もちろんロボットとはヒト型だけでなく、自動運転車や自動飛行ドローン、介護用ロボット、産業用ロボット、建設・土木・農業用自動機械などを含みます。その「人工知能技術を搭載したロボット」の極めて先駆的な製品が先代のアイボだった。それを、先の見えない愚鈍なトップが殺してしまった。経営とは恐ろしいものだと思います。
朝日新聞の別の記事によると、新型アイボは2015年夏から有志が空き時間で試作機の開発を始めたようです。これをソニー用語で「机の下開発」と言うそうです。それから2年で発表、2年半で発売にこぎつけた。このソニーの潜在技術力は相当なものだと思います。記事でソニーの元アイボ担当幹部は「開発を続けていたら2年後(=2008年)には今のアイボと同じモノができた」と発言していますが、本当っぽく聞こえます。新型の aibo は10年遅れで世に出たというわけです。
新型アイボの部品点数は約4000点だそうです。デジカメの約2倍ですが、デジカメより圧倒的に可動部が多い。AI(人工知能)技術や個性をもって成長するところが注目されていますが、実は小さな胴体の中に多数の部品を詰め込んだ極めて複雑な機械なのです。課題はその量産技術と品質保証でしょう。「世界の誰もやったことのない技術開発」が今後必要だと推測します。そのチャレンジも生産拠点(岡崎市の幸田工場)で始まったようです。
(No.166、No.173、No.174、No.175、
No.176、No.180、No.181にAI関連記事)
ソニーのAIBOは販売が終了(2006年)してから10年になりますが、最近のAIBOの様子を取材した記事が朝日新聞に掲載されました。「あのとき それから」という連載に「AIBOの誕生(1999年)と現在」が取り上げられたのです(2016.6.1 夕刊)。興味深い記事だったので、まずそれから紹介したいと思います。
AIBOの誕生(1999年)と現在
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記事に出てくる「ロボット工学三原則」とは、アメリカの有名なSF作家、アイザック・アシモフ(1920-1992)が自作の小説で唱えた原則で、以下の通りです。
ロボット工学三原則
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。 | |||
ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第1条に反する場合は、この限りではない。 | |||
ロボットは、前掲第1条および第2条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。 |
「工学」という言葉が入っているように、これは人間がロボットを設計・開発するときに守るべき原則、という意味です。アイボ版のロボット工学三原則は、このオリジナルのパロディになっています。「服従するだけの存在ではなく、楽しいパートナーに」という開発者の考え方がよく現れています。
ロボット工学三原則・AIBO版
ロボットは人間に危害を加えてはならない。自分に危害を加えようとする人間から逃げることは許されるが、反撃してはいけない。 | |||
ロボットは原則として人間に対して注意と愛情を向けるが、ときに反抗的な態度をとることも許される。 | |||
ロボットは原則として人間の愚痴を辛抱強く聞くが、ときには憎まれ口を利くことも許される。 (site : www.sony.jp)
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少々横道にそれますが、アイザック・アシモフが「ロボット工学三原則」を初めて提示したのは、短編小説集「我はロボット」("I, Robot" 1950)でした。この小説の題名を企業名にした会社があります。ロボット掃除機、ルンバで有名な iRobot社です(iRobot社のCEOのコリン・アングル氏による。「家電Watch」2010年10月7日)。アイボの開発者もそうですが、ロボット・ビジネスを目指す技術者が、大SF作家・アシモフに敬意を表するのは当然なのです。
ルンバが発売されたのは、アイボ発売の3年後の2002年です。アイボとルンバは目的が全く違いますが「家庭内を動きまわるロボット」という一点においては同じです。改良型モデルから自己充電機能が搭載されたのも、よく似ています(アイボ:2002年にオプションソフト→2003年のERS-7に標準搭載。ルンバ:2004年)。
アイボは累計約15万体売れたのですが、事業としては成功しませんでした。そして2006年、経営難のソニーは アイボ から撤退してしまいます。
記事には書いていないのですが「事業としては成功しなかった」ことをちょっと分析してみますと、アイボの開発につぎ込まれたお金は約250億円という話を読んだ記憶があります。仮に、プロモーションや販促費用まですべて含めて300億円とします。約15万体の総売上げを約300億円とします。アイボの製造原価を50%とすると、約150億円の累積損失を抱えていたことになります。あくまでザッとした見積もりですが、数字のオーダーは間違っていないでしょう。 約150億円の累積損失(2006年時点、推測)をどう見るかです。ソニーらしい独創的な製品であること、将来の重要技術である人工知能(AI)を備えたロボットであることを考えると "安い投資" であり、むしろお釣りがくると思うのですが、当時のソニーの経営陣の判断は正反対だったようです。 その一方で、ソニーのテレビ事業は2004年度から2013年度まで、10年連続の営業赤字でした。1500億円規模のロスを出した年もあった(2011年度)。10年間の赤字の累計は約8000億円にもなるそうです。それでもソニーはテレビ事業をやめなかった。人とソニーを繋ぐ接点だからでしょう。そして2014年度に黒字転換を果たした。 テレビに比べるとアイボの赤字は、桁が2つ違う、わずかなものだということに注意すべきでしょう。 |
埼玉県和光市にて、白石明彦氏撮影(2000年)。記事には書いていないが、白石氏の自宅だと推測される。
(www.asahi.com)
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AIBOをめぐる動き
ソニーが6本足で動く昆虫型ロボットを試作 | |
ビーグル犬のような「ERS-110」発売 | |
子ライオンのような「ERS-210」発売 | |
クマイヌのような「ERS-300」シリーズ(「ラッチ」と「マカロン」)発売。宇宙探査ロボットのような「ERS-220」発売 | |
パグ犬のような「ERS-31L」発売 | |
ロボット技術の集大成となる「ERS-7」発売 | |
生産終了 | |
「ア・ファン」が修理開始 | |
ソニーの修理サポート終了 | |
3回のアイボ葬。国立科学博物館が重要科学技術史資料(未来技術遺産)に登録 |
朝日新聞(2016.6.1 夕刊)より
アイボは「命があるかのようにふるまう世界初のエンターテインメントロボット」ですが、その命に老年期はなく "死" もないように設計されています。ペットロスにならなくて済むと安心していた所有者は、ソニーのアイボからの撤退で不安になったはずです。さらに2014年にはアイボの修理サポートが終了しました。家族として大切にする所有者は不安に駆られたわけです。このような中、アイボの修理をやっている「ア・ファン」という会社の話が記事に出てきます。
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この引用の中に「お年寄り」が2回出てきます。アイボの所有者の中で「お年寄り」は少数派だとは思いますが、このようなお年寄りがいること自体、アイボの開発者の狙いは完全に成功したということでしょう。高齢化社会の進展で「介護ロボット」とか「見守りロボット」という話題はよくありますが、それを越えた「人に寄り添うロボット」としてのアイボは、まさに先進的・独創的だったと言わざるを得ません。一見、実用性に乏しそうなものが、人にとっては最も大切なものである・・・・・・。人間社会ではよくあることです。新聞記事の引用を続けます。
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アイボの現状をレポートする記事だと思っていると、急に日本文化論になってきました。おそらくそれが、記事を書いた朝日新聞の白石氏の狙いだったのでしょう。
No.21「鯨と人間(2)日本・仙崎・金子みすゞ」で書いたように、日本では数々の「動物供養」の習わしがあります。また「無生物供養」もいろいろあって、有名なのは「針供養」ですが、その他、「鏡」「鋏」「印章」「人形」なども供養されます。日本文化において人間・動物・無生物は一連のつながりの中にあるわけで、動物と無生物の間というイメージを持ちやすいアイボが供養されるのは、むしろ当然と言えるでしょう。誕生・治療・入院・献体・供養という一連のコンセプトの中にアイボは存在しています。さらに記事の最後の文章です。
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水上勉氏の文章を読むと「日本文化論」を通り越して「アイボ哲学」の領域に達しているかのようです。水上氏の表現は独特ですが、それは作家としての感性なのでしょう。
現在(2016.7)のソニー社長の平井一夫氏は「"感動" をもたらす商品を生み出すのがソニーの使命だ」と語っています。アイボに関していうと、"アイボ哲学" を語る水上勉氏、アイボを修理して老人介護施設へ連れていったおばあさん、アイボ供養を企画して実行した人たちに、アイボが "感動" を与えたことは間違いありません。"感動" という表現がそぐわないなら、"人の心に残る強い印象" と言い換えてもよいでしょう。アイボはまさに平井社長の言う「ソニーの使命」を体現する製品だった。
またそれ以前に「人のやらないことをやる」という "ソニー・スピリット" を象徴する製品であったわけです。ソニーという企業のアイデンティティーが、目に見える形になり、しかも動いていたのがアイボだった。アイボをやめるというのはどういうことかと言うと「確かにアップルの iPod / iPhone には負けた(現在はともかく当初は)。だけど俺たちにはアイボがある、と言えなくなる」ということです。
さらに重要なのは、アイボ = AIBO は Artificial Intelligence roBOt であり(1999年当時の)最新のAI(人工知能)技術を取り入れた製品だったことです。AIの技術は21世紀社会のあらゆるところに取り入れられようとしている重要技術で、もちろんソニーにとっても必須の技術です。それを応用したロボットは21世紀の大産業になるはずです。AIの技術は、そこに注力するかしないかという経営判断をする事項ではありません。AIの技術に注力することは、ソニーのようなエレクトロニクス企業にとって "MUST" なのです。
2006年にソニーの経営者は「アイボからの撤退」を決めたわけですが、まさに経営トップが愚鈍だと会社が大きなダメージをこうむるわけであり、その典型のような話です。
AIBO ERS-7
AIBOの後期モデル(2003年9月)。無線LANを搭載し、自己充電機能がある。
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しかしダメージからは回復しなければならない。そのために現在のソニー経営陣が打った(一つの)手が、米国のコジタイ社との提携です。
コジタイ社との提携
2016年5月18日、ソニーは米国のコジタイ社(カリフォルニア州 オレンジ・カウンティ)との提携(資本参加)を発表しました。コジタイとは、アルファベットのスペルで Cogitai であり、COGnition(認知)、Information Technology(情報技術)、Artificial Intelligence(人工知能)からとられています。
この会社の共同設立者は、ピーター・ストーン(President)、マーク・リング(CEO)、サティンダー・シン・バベイジャ(CTO)の3人ですが、いずれもAIの中の「深層学習」や「強化学習」の権威です。その意味では、英国のディープマインド社(No.174 参照)と似ています。
それに加えてコジタイは「継続学習」の技術開発を進めています。継続学習とは「AIが永続的に学習する」という意味ですが、この技術を核として、
AIが実社会とのインタラクションを通して、自律的・能動的に目標を設定し、その目標の達成を目指して学習していく = 自律的発達知能システム |
の実現を目指しています。日経産業新聞(2016.5.19)によると、たとえばカメラに応用すると、次のようなことができるとあります。
◆ | 従来のAI プロの写真の撮り方を学ぶ ↓ プロの撮り方に近づけるようにアシストする | ||
◆ | 次世代AI 利用者の撮り方のクセの変化を学ぶ ↓ 利用者の個性が出るような撮り方を提案する |
ソニーがコジタイに出資する契機になったのは、ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の北野宏明社長と、コジタイのストーン社長の長年に渡る親交だったようです。北野社長は「ロボカップ」の提唱者ですが、ストーン社長はロボカップに創設時から参画していて、現在はロボカップの副会長です。彼は次のように述べています。
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なるほどと思いますね。考えてみるとアイボは、1999年当時のAI技術をもとに、現在のコジタイ社が注力している「継続学習」を世界で初めて実現した商品だったのではないでしょうか。コジタイ社の社長がアイボのファンというのは自然なことでしょう。さらにコジタイへの出資について、日経新聞の中藤記者は次のように書いていました。
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ロボット復活につながるとは断言していないと、"思わせぶりな書き方" がしてありますが、アイボのファンであるAIの権威(ストーン社長)、ロボカップの創設者(北野社長)、「継続学習」や「好奇心」というキーワード、これだけのお膳立てが揃ったそのあとで、ロボットを復活させないということは考えにくいわけです。
ロボット復活へ
事実、この記事の翌月の経営説明会(2016年6月29日)で、ソニーはロボットビジネスへの再参入を宣言しました。
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おそらく日経新聞の中藤記者は、ソニーのロボット復活の情報を知っていて、2016年5月19日の記事を書いたのだと思います。
ちょっと余談になりますが、平井社長が宣言した「新ロボット」は、どのようなものになるのでしょうか。それはアイボのようなペット型とは限りません。人型かもしれないし、両方かもしれません。平井社長は「育てる喜び」と言っているので、少なくともペット型は発売されるような気がします。いずれにせよ、この10年の技術進歩を反映して、人にとって有益な機能がアイボよりは断然多いものになるでしょう。
アイボのようなペット型が発売されるとしても、今後の発展を見込んでハードウェアもソフトウェアも新規に設計されると思います。しかしペット型の新ロボットは、アイボからデータを移行することによって、飼い主との生活で生まれた性格・気質を引き継げるのではないでしょうか。つまり、アイボの「復活」ないしは「よみがえり」が可能になる・・・・・・。本物のペットでは絶対にありえないことです。そして人々は、ソニーがソフトバンクの Pepper に15年も先行していたことを思い出す・・・・・・。そういう風に予想するのですが、果たしてどういう製品になるのか、注視したいと思います。
ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の北野宏明社長が創設した "ロボカップ" ですが、2016年の世界大会はドイツのライプチヒで開催されました(2016.6.30 - 7.4)。ロボカップ国際委員会は「共通のハードウェアを使い、家庭内で求められる動きの巧拙を競うロボット競技」を2017年の大会から導入することを決めています。それに使う標準機を選ぶ審査が、2016年の世界大会で行われました。最終的に勝ち残ったのはソフトバングの Pepper とトヨタ自動車の家庭用ロボット HSR(Human Support Robot)です。もちろんソフトバンクもトヨタも、世界中のアプリ開発者を引き寄せて、自社のロボットが家庭用の標準機になることを狙っているわけです。ソニーがアイボから撤退してから10年の間にロボット業界のプレーヤーも様変わりしました。しかし平井社長がロボットビジネスの再開を表明したからには、ロボカップにも参加するのでしょう。
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まさに日経新聞の中藤記者が言う「この10年を取り戻す取り組み」、つまりソニーの失われた10年を取り返すチャレンジが始まったということだと思います。
 補記1  |
ソニーは2017年11月1日、新型のロボット・aiboを発表しました。発売開始は2018年1月11日で、あくまで "1" にこだわったタイムスケジュールになっています(11月11日に発表する手もあったと思いますが)。
記者発表の内容をみると、2006年に生産終了した旧型 AIBO より格段に進化したようです。6軸ジャイロセンサー、人感センサーなどの各種センサー類の装備をはじめ、22軸のアクチュエータを備えて柔軟な動きができるボディになっている(22個のモータ内蔵と同等)。また飼い主とのコミュニケーションの能力やAIによる学習能力も進歩しました。もちろんスマホと連携でき、クラウドともつながります。
一方、10年のブランクを象徴することもあります。たとえば新しく搭載されたSLAM(Simultaneous Localization And Mapping。"スラム")の技術です。これは移動しながら撮影した画像を重ね合わせることによって環境の3次元マップを徐々に作っていくと同時に、その3次元マップを利用して自分の位置を特定するという技術です。この技術を家庭用機器に搭載したのは iRobot社のロボット掃除機・ルンバが最初で、確か2~3年前のことだったと思います。つまり、SLAMについては「人のやらないことをやる」というわけにはいかなかった。
とはいえ、注目に値する技術もあります。たとえば記者発表で「集合知」と称されていた機能です。つまり、飼い主との生活で学習した aibo のデータをクラウドに集約し、aibo 同士で "学び合う" という機能です。クラウド上に仮想的な aibo社会を作るわけで、これは人間の学習過程に近い。
この手の技術は産業用ロボットの学習に大いに役立つと考えられます。記者発表で「将来的には、製造・物流などB2Bに向けた事業展開も検討」とありましたが、このような技術を応用した事業展開ということでしょう。とにかく、aibo という名前が示している「AI+ロボティックス」が21世紀の大産業になることは間違いないわけで、ソニーは(再び)スタートラインに立ったということだと思います。今後の事業展開を注視したいと思います。
(2017.11.3)
 補記2  |
戌年の2018年1月11日に新型の aibo(犬型)が発売開始されました。この日の新聞に元ソニーの土井利忠氏に取材した記事が載っていたので紹介します。
|
この10年で何が起こったかと言うと、旧型アイボでロボカップに参加していたフランス人が本国でアルデバラン・ロボティックス社を設立し、それをソフトバンクが買収してペッパーを発売した、これが一番象徴的な出来事です(No.159「AIBOは最後のモルモットか」の「補記」参照)。
何回か書きましたが、21世紀の大産業を一つだけ挙げよと言われたなら「人工知能技術を搭載したロボット」でしょう。もちろんロボットとはヒト型だけでなく、自動運転車や自動飛行ドローン、介護用ロボット、産業用ロボット、建設・土木・農業用自動機械などを含みます。その「人工知能技術を搭載したロボット」の極めて先駆的な製品が先代のアイボだった。それを、先の見えない愚鈍なトップが殺してしまった。経営とは恐ろしいものだと思います。
朝日新聞の別の記事によると、新型アイボは2015年夏から有志が空き時間で試作機の開発を始めたようです。これをソニー用語で「机の下開発」と言うそうです。それから2年で発表、2年半で発売にこぎつけた。このソニーの潜在技術力は相当なものだと思います。記事でソニーの元アイボ担当幹部は「開発を続けていたら2年後(=2008年)には今のアイボと同じモノができた」と発言していますが、本当っぽく聞こえます。新型の aibo は10年遅れで世に出たというわけです。
新型アイボの部品点数は約4000点だそうです。デジカメの約2倍ですが、デジカメより圧倒的に可動部が多い。AI(人工知能)技術や個性をもって成長するところが注目されていますが、実は小さな胴体の中に多数の部品を詰め込んだ極めて複雑な機械なのです。課題はその量産技術と品質保証でしょう。「世界の誰もやったことのない技術開発」が今後必要だと推測します。そのチャレンジも生産拠点(岡崎市の幸田工場)で始まったようです。
(2018.1.12)
2016-07-22 20:02
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