No.175 - 半沢直樹は機械化できる [技術]
No.173「インフルエンザの流行はGoogleが予測する」と No.174「ディープマインド」は、いずれもAI(Artificial Intelligence。人工知能)の研究、ないしはAI技術によるビッグデータ解析の話でした。その継続で、AIについての話題です。
AI(人工知能)が広まってくると「今まで人間がやっていた仕事、人間しかできないと思われていた仕事で、AIに置き換えられるものが出てくるだろう」と予測されています。これについて、国立情報学研究所の新井紀子教授が新聞にユニークなコラムを書いていたので、それをまず紹介したいと思います。新井教授は、例の「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトのディレクターです。
金融におけるITの活用
新井教授は、金融サービスにおける "フィンテック" が日本を含む世界で熱を帯びていることから話を始めます。
2014年末、三井住友銀行とみずほ銀行は、コールセンター業務にIBMの人工知能コンピュータ「ワトソン」を導入すると発表しました。新井教授はそういった銀行業界の動きを言っています。しかし新井教授によると、窓口業務よりも、もっとAI向きの銀行業務があると言います。
こういうコラムを読むと、研究者と言えども一般向けに文章を書く(ないしは講演をする)ときには、言葉の使い方が極めて重要だということがよく分かります。「銀行の融資業務は機械化できる」というよりも、「半沢直樹は機械化できる」と言った方が圧倒的にインパクトが強いわけです。研究者も、言いたい事の本質を伝えられる。
新井教授が主導している「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトも同じです。「ロボットは大学入試に受かるか」ではなく、あえて「東大」としてあります。プロジェクトの存在感を内外に示すためには、ここは是非とも「東大」でないとまずいのでしょう。しかも最後は「か」という疑問形です。このプロジェクトによって「ロボットが東大に入れるようになるのか、ならないのか、分からない」ようにしてあるわけです。想像ですが、ロボットが東大入試問題を解いて合格するのは無理だと、新井教授は思っているのではないでしょうか。特定の科目で合格点をとるならまだしも・・・・・・。しかし、無理だと言ってしまうと身もフタもない。国立の研究所としては、このプロジェクトを進めることで日本のAI研究を底上げするのが目的でしょうから、ここは疑問形が最適なのですね。
コラムに戻って、では、新井教授は銀行の窓口業務をどう考えているのでしょうか。
確かに窓口での対応は、銀行が顧客に直に接する最前線の一つです。融資担当者(ローンオフィサー)も最前線ですが、接する顧客の数が全く違います。窓口では、顧客のそのときの状況にマッチした「一期一会」の対応が、本来、大変に需要なのです。
アマゾンによる与信審査の完全自動化
新井教授がコラムの最後で書いている「与信審査の完全自動化」ですが、アマゾンはすでに日本でもやっています。
アマゾンにとってみると、適切な事業者(=アマゾン出店者)に、適切な金額を必要な時期に融資できれば、アマゾン経由の通販の量が増え、それによって手数料収入が増える。さらに融資の金利が収入になる。一石二鳥とはこのことでしょう。
事業者のビジネス動向をつぶさにとらえられるという、インターネット通販の特性を生かしたアマゾンのビジネスです。その意味では「融資を断った地方銀行」とは立場が違うのですが、コトの本質は「与信審査は自動化できる」ということです。銀行にその波が押し寄せるのは時間の問題でしょう。
雇用の未来:The Future of Employment
新井教授のコラムに戻ります。新井教授はコラムの最後で言及しているのは、オックスフォード大学の研究チームが発表した「雇用の未来」という論文です。前回の No.174 でも引用した小林雅一著『AIの衝撃』(講談社 現代新書 2015)から、その概要を紹介します。『AIの衝撃』では、AIの進歩が "雇用の浸食" をもたらすだろうという、ビル・ゲイツ氏(マイクロソフト創業者)の講演の紹介に続いて、次のような文章が出てきます。
この引用における注意点が2つあります。まず、新井教授は「オックスフォード大学のチームが2014年に、機械に代替されやすい職業のトップ20にローンオフィサーをランクインさせた」という主旨の文を書いていますが、引用したオックスフォード大学の研究チームの論文は2013年9月に発表されたものです。従って新井教授が正しければ「機械に代替されやすい職業のトップ20」という発表が、2014年に別にされたことになります。ひょっとしたら新井教授の勘違いかもしれません(2014年となっている所は、正しくは2013年)。しかしどうであれ本質は変わらないので、2013年9月のオックスフォード大学の論文をベースに話を進めます。注意点の2つ目は、引用において、
と書いてあるところです。このうち、②の具体的な推定方法が大事だと思うのですが、そこが書かれていません。オックスフォード大学の論文はネットで公開されているので、それをざっと眺めてみると、おおよそ次のような方法です。
まず「機械に代替されやすさ」を採点するための「職業の数式モデル」を作る必要があります。このモデルの変数を、
の3つとします。それぞれの必要性や重要性が高い仕事ほど機械で代替しにくい、との仮説をまず置くのです。
次に米国・労働省の「O*NET」の各職業に関する記述項目のうち、A B C に影響すると考えれる項目、9個を選びます。たとえば A については3つで「指先の器用さ」「手の器用さ」「窮屈な姿勢での仕事」です。また B は「創造性」と「芸術性」、C は「交渉力」「説得力」「社会的理解力」「他人への援助やケア」です。各職業におけるこれら9つの項目の重要度と必要レベルの数値をもとに、回帰分析の手法で70の職業の "機械化されやすさ" の「採点関数」を求め、その関数を使って702の職業の採点をする、というのが大まか流れです。
これは No.174「ディープマインド」で書いた、コンピュータ将棋における局面の優劣の評価手法と本質的には同じです。つまり、プロの対局で実際に現れた局面をもとに、局面の優劣を判断する評価関数を回帰分析で求め、その関数を使って一般の局面の優劣を判断するという手法と同じです。オックスフォード大学の研究チームは70の代表的な職業が機械で代替されやすいかどうかのAI専門家の判断をもとに、702の職業全部についての判定をAIの手法でやったわけです。
銀行の「融資担当者」と「窓口係」
新井教授の意見とオックスフォード大学の研究チームの結論に共通しているのは、銀行においてAIで代替しやすい職業は融資担当者だということです。つまり半沢直樹は機械化できる、これが共通の結論です。
しかし違っているところもあります。それは、新井教授は窓口係は機械化しにくいと見ているのに対し、オックスフォード大学の研究チームは(融資担当者と同程度に)機械化しやすいと推測していることです。どちらが妥当なのでしょうか。
どうも新井教授に分があるのではと思います。窓口に来た顧客(ないしはコールセンターに電話した顧客)の要望や質問に対して正確に答えることは、十分、コンピュータで出来るようになると思います。しかし、そうであったとしても銀行としては窓口係を配置し、コンピュータの答えも参考にしつつ顧客に寄り添った応対をするのが本筋でしょう。顧客の年齢、緊急度、相談事項の重要度などは千差万別です。まさに新井教授の言うように「一期一会」の対応が必要であり、しかもその対応の数は融資申し込み数より圧倒的に多い。窓口係を機械化することは、銀行の存在基盤を危うくするでしょう。
さっきあげたアマゾンの例が象徴的です。アマゾンは与信審査を完全自動化しているが、アマゾンからオファーをうけた個人事業主は、アマゾンに電話していろいろ聞いているのですね。それで融資を受ける決断をしたわけです。もちろん、コールセンターで運営時間外の問合わせ応答を完全機械化するといったことは、顧客サービスの向上という視点から大いにありうると思います。
この考えからすると、銀行の融資担当者も完全にAIに置き変わるのではないかもしれない。融資可能か否か、可能だとしたらいくらまで可能かは、コンピュータが答えるようになるでしょう。しかし将来の融資担当者はその答えをもとに、融資を申し込んだ顧客と「一期一会の」対応をするのかもしれない。個人事業主からの1000万円の融資申し込みに対し500万円までしか貸せないとしたら、どのように事業を改善すればいいか、その相談に乗るとか・・・・・・。あくまで想定ですが、機械(AIを搭載したコンピュータ)をうまく使いつつ、より高度なサービスを展開するというやり方です。
とは言うものの、この銀行の融資担当者(半沢直樹)と窓口係の話は、我々に大きな意識変革を迫っていると感じます。私たちは暗黙に融資担当者の方が窓口係より価値が大きいと思い込んでいるわけです。実際、銀行に入社10年目の融資担当者と窓口係の給料を比較してみると、大きな差がついているはずです。前者の方が銀行にとって重要であり、ノウハウも知識も経験も必要な仕事だと見なされているからです。
しかし半沢直樹は機械化できる。窓口係よりも機械化しやすいか、少なくとも窓口係と同程度に機械化しやすいのです。つまり、仕事の付加価値は今後、大きく変貌するかもしれないという認識を私たちは持つべきでしょう。
料理人の価値とは
オックスフォード大学の『雇用の未来』という研究報告をつらつら眺めてみると、いろいろとおもしろい発見があります。その一つですが、上に引用した小林雅一著『AIの衝撃』で、仕事をコンピュータに奪われやすい職種として「料理人」がありました。
のところです。ここで言う料理人(Cook)とは、決められレシピ通りに料理を作る人という意味であり、新しい料理のレシピを考える人は、当然ですが「奪われにくい」のだと思います。実は、オックスフォード大学の研究報告では Cook が3つに分かれています。
つまり『AIの衝撃』に引用されている「料理人: 96%」とは「Cooks, Restaurant(レストランの料理人): 96%」のことであり、それよりも比較的仕事を奪われにくいのは「Cooks, Fast Food(ファストフードの料理人): 81%」なのです。我々は暗黙に、ファストフードで料理を作る店員の方が機械化しやすいと考えるのですが、そうではない。この報告では料理の値段が高いか安いかよりも「短時間に素早く料理をつくる必要性」が「機械に仕事を奪われにくい」理由になっているようです。
もちろんこれはAI専門家による推測に過ぎないし、15%程度の差異を議論するのは妥当ではないでしょう。たとえ機械化しやすいとしても、高価な料理は料理人が自らの手で "心をこめて" 作るのが当然とされるでしょうから、"社会的に" 機械化しにくいはずです。技術論だけで「仕事を奪われる・奪われない」という議論をするのも意味がありません。
しかし「料理人の機械化」の話は、先ほどの「融資担当者と窓口係」と同じく、仕事の価値とは何かについての一つの教訓と考えられると思います。我々には、現代社会における給料の多寡や "社会的地位" からくる暗黙の思い込みがあるのではないか・・・・・・。その思いこみを排して考えたとき、仕事の真の価値とは何かが見えてくるでしょう。
機械化によって仕事が変貌するとともに、不必要な仕事・職業が出てくるのも必定です。この数十年の例から言うと、たとえば「バスの車掌」という職業がそうです。バス内部の機械化によって運転手が車掌を兼ねるようになった。もっと大きく言うと、教科書で習った世界史では英国の産業革命の時代に機械化に反対する労働者の暴動まで起きました。何回か引用した『AIの衝撃』には、産業革命よりもっと前の歴史エピソードが出てきます。
エリザベス一世の思考に入っていなかったのは、靴下編み機を使うと製造コストが大きく下がり、臣民に広く靴下が行き渡るだろうということです。その方が、全体として英国経済の活性化に寄与するはずです。ただし仕事を追われる人たちが出てくる・・・・・・。
ともかく、エリザベス一世の時代から400数十年がたっているのですが、その間ずっと「機械が仕事を奪う」現象が世界のどこかで起き続けてきたわけです。その一方で、機械による効率化で国全体の経済が発展し、人々の暮らしが楽になり、余裕が出てきたとも言える。健康を損なうような "奴隷的肉体労働" も無くなった。ものごとには両面の見方があります。今また、その「機械化」の大きな波が来ようとしている。そう考えられると思いました。
みずほ銀行とソフトバンクは2016年9月15日、個人向け融資における与信審査を自動化したサービス提供に乗り出すことを発表しました。
あくまで個人向けの融資ですが、このブログの本文に書いた新井教授の「半沢直樹は機械化できる」という予想が、日本でも現実化してきたわけです。
ソフトバンクとみずほ銀行の発表の一番のポイントは、将来の能力や稼ぐ力も考慮して貸し出すというところですね。これには、いわゆるビッグデータが必要です。つまり現代日本の個人の年収と、その人の学歴や家族構成、家族の職歴、居住地区・番地をはじめとする個人情報のビッグデータです。これをAI技術で分析し、将来の能力や稼ぐ力を推定する。どこまでの個人情報を収集する(した)のか、それは完全に秘密にされるでしょうが、個人の購買履歴やライフスタイルに関するさまざまな情報が参考になると思われます。もちろん推定がハズレることもあるでしょうが、個人向けローンのビジネスが成立する程度の正確さで推定できればよいわけで、それが出来るというのが新会社設立の背景です。
「若者がもつ将来の能力や稼ぐ力に合わせて貸し出せる。若者が夢をかなえられる」という孫社長の発言の裏にあるのは、
ということであり、既にそういう時代に突入していることは認識しておくべきでしょう。
2018年1月22日、Amazon はシアトルに「レジ係がいないコンビニ」をオープンさせました。ここにはAI技術が駆使されています。本文の中で紹介したオックスフォード大学の「雇用の未来」に、AIによって職を奪われやすい職種として「小売店などのレジ係」が "97%の高確率" でリストアップされていました。それが現実化する第1歩が踏み出されたわけです。日本経済新聞の記事(オープン直前に書かれた記事)を引用します。
記事の見出しだけを読むと誤解しそうですが、この店舗は無人でありません。総菜を調理する人や商品の棚出しをする人、警備員などはいます。これは「レジ係無しの店舗」です。日本でも広がってきたセルフ・レジは決して無人のレジではなく、レジ係を利用客に代行させるという奇妙なレジですが、アマゾンの店舗は本物の無人レジであり、その意味では画期的でしょう。
報道で思ったのは、やはり AI(ないしは、AIを含む広い意味での機械)で代替しやすい仕事と、そうではない仕事があることです。多くのスーパーで見られるような「バーコードをスキャンし決済するだけのレジ係」は機械で完全に代替されてしまうことが証明されました。しかし日本のコンビニのような「多機能レジ係」はそうとも言えないでしょう。コンビニでは「スキャンと決済」だけでなく、保温商品の提供(おでんやフライなど)、代行収納、宅配便の保管、チケットの販売など、"コンビニエンス" を利用客に提供するための多様な業務を行っています。仕事の価値とは何かを考えさせられます。
アマゾンの店舗で使われているAI技術は非公開のようです。技術の詳細が分かると悪用されるからでしょうが、今後、研究が進んで徐々にメディアで報道されると思います。たとえば、利用者のプライバシーに配慮して顔認識はあえてせず、服装などで人を特定していると米メディアが既に報じています。この、店舗全体を自販機に変えてしまう技術に注目したいと思います。
AI(人工知能)が広まってくると「今まで人間がやっていた仕事、人間しかできないと思われていた仕事で、AIに置き換えられるものが出てくるだろう」と予測されています。これについて、国立情報学研究所の新井紀子教授が新聞にユニークなコラムを書いていたので、それをまず紹介したいと思います。新井教授は、例の「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトのディレクターです。
金融におけるITの活用
新井教授は、金融サービスにおける "フィンテック" が日本を含む世界で熱を帯びていることから話を始めます。
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2014年末、三井住友銀行とみずほ銀行は、コールセンター業務にIBMの人工知能コンピュータ「ワトソン」を導入すると発表しました。新井教授はそういった銀行業界の動きを言っています。しかし新井教授によると、窓口業務よりも、もっとAI向きの銀行業務があると言います。
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こういうコラムを読むと、研究者と言えども一般向けに文章を書く(ないしは講演をする)ときには、言葉の使い方が極めて重要だということがよく分かります。「銀行の融資業務は機械化できる」というよりも、「半沢直樹は機械化できる」と言った方が圧倒的にインパクトが強いわけです。研究者も、言いたい事の本質を伝えられる。
新井教授が主導している「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトも同じです。「ロボットは大学入試に受かるか」ではなく、あえて「東大」としてあります。プロジェクトの存在感を内外に示すためには、ここは是非とも「東大」でないとまずいのでしょう。しかも最後は「か」という疑問形です。このプロジェクトによって「ロボットが東大に入れるようになるのか、ならないのか、分からない」ようにしてあるわけです。想像ですが、ロボットが東大入試問題を解いて合格するのは無理だと、新井教授は思っているのではないでしょうか。特定の科目で合格点をとるならまだしも・・・・・・。しかし、無理だと言ってしまうと身もフタもない。国立の研究所としては、このプロジェクトを進めることで日本のAI研究を底上げするのが目的でしょうから、ここは疑問形が最適なのですね。
コラムに戻って、では、新井教授は銀行の窓口業務をどう考えているのでしょうか。
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確かに窓口での対応は、銀行が顧客に直に接する最前線の一つです。融資担当者(ローンオフィサー)も最前線ですが、接する顧客の数が全く違います。窓口では、顧客のそのときの状況にマッチした「一期一会」の対応が、本来、大変に需要なのです。
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アマゾンによる与信審査の完全自動化
新井教授がコラムの最後で書いている「与信審査の完全自動化」ですが、アマゾンはすでに日本でもやっています。
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アマゾンにとってみると、適切な事業者(=アマゾン出店者)に、適切な金額を必要な時期に融資できれば、アマゾン経由の通販の量が増え、それによって手数料収入が増える。さらに融資の金利が収入になる。一石二鳥とはこのことでしょう。
事業者のビジネス動向をつぶさにとらえられるという、インターネット通販の特性を生かしたアマゾンのビジネスです。その意味では「融資を断った地方銀行」とは立場が違うのですが、コトの本質は「与信審査は自動化できる」ということです。銀行にその波が押し寄せるのは時間の問題でしょう。
雇用の未来:The Future of Employment
新井教授のコラムに戻ります。新井教授はコラムの最後で言及しているのは、オックスフォード大学の研究チームが発表した「雇用の未来」という論文です。前回の No.174 でも引用した小林雅一著『AIの衝撃』(講談社 現代新書 2015)から、その概要を紹介します。『AIの衝撃』では、AIの進歩が "雇用の浸食" をもたらすだろうという、ビル・ゲイツ氏(マイクロソフト創業者)の講演の紹介に続いて、次のような文章が出てきます。
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① | 70の職業の「機械に代替されやすさ」をAI専門家が採点し、 | ||
② | この採点をもとに、702の職業の「機械に代替されやすさ」を、回帰分析の手法で推定した |
と書いてあるところです。このうち、②の具体的な推定方法が大事だと思うのですが、そこが書かれていません。オックスフォード大学の論文はネットで公開されているので、それをざっと眺めてみると、おおよそ次のような方法です。
まず「機械に代替されやすさ」を採点するための「職業の数式モデル」を作る必要があります。このモデルの変数を、
知覚による手作業 | |||
知的創造 | |||
社会スキル |
の3つとします。それぞれの必要性や重要性が高い仕事ほど機械で代替しにくい、との仮説をまず置くのです。
次に米国・労働省の「O*NET」の各職業に関する記述項目のうち、A B C に影響すると考えれる項目、9個を選びます。たとえば A については3つで「指先の器用さ」「手の器用さ」「窮屈な姿勢での仕事」です。また B は「創造性」と「芸術性」、C は「交渉力」「説得力」「社会的理解力」「他人への援助やケア」です。各職業におけるこれら9つの項目の重要度と必要レベルの数値をもとに、回帰分析の手法で70の職業の "機械化されやすさ" の「採点関数」を求め、その関数を使って702の職業の採点をする、というのが大まか流れです。
これは No.174「ディープマインド」で書いた、コンピュータ将棋における局面の優劣の評価手法と本質的には同じです。つまり、プロの対局で実際に現れた局面をもとに、局面の優劣を判断する評価関数を回帰分析で求め、その関数を使って一般の局面の優劣を判断するという手法と同じです。オックスフォード大学の研究チームは70の代表的な職業が機械で代替されやすいかどうかのAI専門家の判断をもとに、702の職業全部についての判定をAIの手法でやったわけです。
銀行の「融資担当者」と「窓口係」
新井教授の意見とオックスフォード大学の研究チームの結論に共通しているのは、銀行においてAIで代替しやすい職業は融資担当者だということです。つまり半沢直樹は機械化できる、これが共通の結論です。
しかし違っているところもあります。それは、新井教授は窓口係は機械化しにくいと見ているのに対し、オックスフォード大学の研究チームは(融資担当者と同程度に)機械化しやすいと推測していることです。どちらが妥当なのでしょうか。
どうも新井教授に分があるのではと思います。窓口に来た顧客(ないしはコールセンターに電話した顧客)の要望や質問に対して正確に答えることは、十分、コンピュータで出来るようになると思います。しかし、そうであったとしても銀行としては窓口係を配置し、コンピュータの答えも参考にしつつ顧客に寄り添った応対をするのが本筋でしょう。顧客の年齢、緊急度、相談事項の重要度などは千差万別です。まさに新井教授の言うように「一期一会」の対応が必要であり、しかもその対応の数は融資申し込み数より圧倒的に多い。窓口係を機械化することは、銀行の存在基盤を危うくするでしょう。
さっきあげたアマゾンの例が象徴的です。アマゾンは与信審査を完全自動化しているが、アマゾンからオファーをうけた個人事業主は、アマゾンに電話していろいろ聞いているのですね。それで融資を受ける決断をしたわけです。もちろん、コールセンターで運営時間外の問合わせ応答を完全機械化するといったことは、顧客サービスの向上という視点から大いにありうると思います。
この考えからすると、銀行の融資担当者も完全にAIに置き変わるのではないかもしれない。融資可能か否か、可能だとしたらいくらまで可能かは、コンピュータが答えるようになるでしょう。しかし将来の融資担当者はその答えをもとに、融資を申し込んだ顧客と「一期一会の」対応をするのかもしれない。個人事業主からの1000万円の融資申し込みに対し500万円までしか貸せないとしたら、どのように事業を改善すればいいか、その相談に乗るとか・・・・・・。あくまで想定ですが、機械(AIを搭載したコンピュータ)をうまく使いつつ、より高度なサービスを展開するというやり方です。
とは言うものの、この銀行の融資担当者(半沢直樹)と窓口係の話は、我々に大きな意識変革を迫っていると感じます。私たちは暗黙に融資担当者の方が窓口係より価値が大きいと思い込んでいるわけです。実際、銀行に入社10年目の融資担当者と窓口係の給料を比較してみると、大きな差がついているはずです。前者の方が銀行にとって重要であり、ノウハウも知識も経験も必要な仕事だと見なされているからです。
しかし半沢直樹は機械化できる。窓口係よりも機械化しやすいか、少なくとも窓口係と同程度に機械化しやすいのです。つまり、仕事の付加価値は今後、大きく変貌するかもしれないという認識を私たちは持つべきでしょう。
料理人の価値とは
オックスフォード大学の『雇用の未来』という研究報告をつらつら眺めてみると、いろいろとおもしろい発見があります。その一つですが、上に引用した小林雅一著『AIの衝撃』で、仕事をコンピュータに奪われやすい職種として「料理人」がありました。
職 業 | 奪われる確率 |
料理人 | 96% |
のところです。ここで言う料理人(Cook)とは、決められレシピ通りに料理を作る人という意味であり、新しい料理のレシピを考える人は、当然ですが「奪われにくい」のだと思います。実は、オックスフォード大学の研究報告では Cook が3つに分かれています。
職 業 | 奪われる確率 |
Cooks, Restaurant | 96% |
Cooks, Short Order | 94% |
Cooks, Fast Food | 81% |
つまり『AIの衝撃』に引用されている「料理人: 96%」とは「Cooks, Restaurant(レストランの料理人): 96%」のことであり、それよりも比較的仕事を奪われにくいのは「Cooks, Fast Food(ファストフードの料理人): 81%」なのです。我々は暗黙に、ファストフードで料理を作る店員の方が機械化しやすいと考えるのですが、そうではない。この報告では料理の値段が高いか安いかよりも「短時間に素早く料理をつくる必要性」が「機械に仕事を奪われにくい」理由になっているようです。
もちろんこれはAI専門家による推測に過ぎないし、15%程度の差異を議論するのは妥当ではないでしょう。たとえ機械化しやすいとしても、高価な料理は料理人が自らの手で "心をこめて" 作るのが当然とされるでしょうから、"社会的に" 機械化しにくいはずです。技術論だけで「仕事を奪われる・奪われない」という議論をするのも意味がありません。
しかし「料理人の機械化」の話は、先ほどの「融資担当者と窓口係」と同じく、仕事の価値とは何かについての一つの教訓と考えられると思います。我々には、現代社会における給料の多寡や "社会的地位" からくる暗黙の思い込みがあるのではないか・・・・・・。その思いこみを排して考えたとき、仕事の真の価値とは何かが見えてくるでしょう。
機械化によって仕事が変貌するとともに、不必要な仕事・職業が出てくるのも必定です。この数十年の例から言うと、たとえば「バスの車掌」という職業がそうです。バス内部の機械化によって運転手が車掌を兼ねるようになった。もっと大きく言うと、教科書で習った世界史では英国の産業革命の時代に機械化に反対する労働者の暴動まで起きました。何回か引用した『AIの衝撃』には、産業革命よりもっと前の歴史エピソードが出てきます。
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エリザベス一世の思考に入っていなかったのは、靴下編み機を使うと製造コストが大きく下がり、臣民に広く靴下が行き渡るだろうということです。その方が、全体として英国経済の活性化に寄与するはずです。ただし仕事を追われる人たちが出てくる・・・・・・。
ともかく、エリザベス一世の時代から400数十年がたっているのですが、その間ずっと「機械が仕事を奪う」現象が世界のどこかで起き続けてきたわけです。その一方で、機械による効率化で国全体の経済が発展し、人々の暮らしが楽になり、余裕が出てきたとも言える。健康を損なうような "奴隷的肉体労働" も無くなった。ものごとには両面の見方があります。今また、その「機械化」の大きな波が来ようとしている。そう考えられると思いました。
 補記1:与信審査の自動化  |
みずほ銀行とソフトバンクは2016年9月15日、個人向け融資における与信審査を自動化したサービス提供に乗り出すことを発表しました。
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みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長とソフトバンクグループの孫正義社長の記者会見。2016年9月15日。
(site : mainichi.jp)
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ソフトバンクとみずほ銀行の発表の一番のポイントは、将来の能力や稼ぐ力も考慮して貸し出すというところですね。これには、いわゆるビッグデータが必要です。つまり現代日本の個人の年収と、その人の学歴や家族構成、家族の職歴、居住地区・番地をはじめとする個人情報のビッグデータです。これをAI技術で分析し、将来の能力や稼ぐ力を推定する。どこまでの個人情報を収集する(した)のか、それは完全に秘密にされるでしょうが、個人の購買履歴やライフスタイルに関するさまざまな情報が参考になると思われます。もちろん推定がハズレることもあるでしょうが、個人向けローンのビジネスが成立する程度の正確さで推定できればよいわけで、それが出来るというのが新会社設立の背景です。
「若者がもつ将来の能力や稼ぐ力に合わせて貸し出せる。若者が夢をかなえられる」という孫社長の発言の裏にあるのは、
「本人からの申告データ」と「合法的に入手できるデータから推定できる個人情報」をもとに、AI技術を使って、個人向け融資ビジネスに使える程度の正確さで、本人の将来の稼ぐ力を推定できる |
ということであり、既にそういう時代に突入していることは認識しておくべきでしょう。
(2016.9.18)
 補記2:アマゾン・ゴー  |
2018年1月22日、Amazon はシアトルに「レジ係がいないコンビニ」をオープンさせました。ここにはAI技術が駆使されています。本文の中で紹介したオックスフォード大学の「雇用の未来」に、AIによって職を奪われやすい職種として「小売店などのレジ係」が "97%の高確率" でリストアップされていました。それが現実化する第1歩が踏み出されたわけです。日本経済新聞の記事(オープン直前に書かれた記事)を引用します。
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Amazon Goの出入り口
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報道で思ったのは、やはり AI(ないしは、AIを含む広い意味での機械)で代替しやすい仕事と、そうではない仕事があることです。多くのスーパーで見られるような「バーコードをスキャンし決済するだけのレジ係」は機械で完全に代替されてしまうことが証明されました。しかし日本のコンビニのような「多機能レジ係」はそうとも言えないでしょう。コンビニでは「スキャンと決済」だけでなく、保温商品の提供(おでんやフライなど)、代行収納、宅配便の保管、チケットの販売など、"コンビニエンス" を利用客に提供するための多様な業務を行っています。仕事の価値とは何かを考えさせられます。
アマゾンの店舗で使われているAI技術は非公開のようです。技術の詳細が分かると悪用されるからでしょうが、今後、研究が進んで徐々にメディアで報道されると思います。たとえば、利用者のプライバシーに配慮して顔認識はあえてせず、服装などで人を特定していると米メディアが既に報じています。この、店舗全体を自販機に変えてしまう技術に注目したいと思います。
(2018.1.23)
2016-04-29 16:59
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