No.156 - 世界で2番目に有名な絵 [アート]
前回の No.155「コートールド・コレクション」で、日本女子大学の及川教授の、
という主旨の発言を紹介しました。これはあるIT企業(JBCC)の情報誌に掲載された対談の一部です。その対談で及川教授は別の発言をしていました。大変興味をそそられたので、その部分を紹介したいと思います(下線は原文にありません)。
このくだりを読んで、なるほどと思いました。及川教授の、
という主旨の発言に共感するものがあったからです。この絵の世界における通称は「The Great Wave」もしくは「The Big Wave」です。なお日本語題名の「浪裏」は「波裏」と表記されることもあります。
海外旅行に行くと、絵のポスターや絵はがきを売っている店があります。もちろんその「ご当地(画家や題材)に関する絵」が多いわけですが、世界の有名な絵のポスターや絵はがきも売っていたりする。美術館のミュージアム・ショップにも、その美術館の絵だけでなく、一般に有名な絵のカードや複製があったりします。そういうところで「The Great Wave」は何回か見かけた記憶があるのです。
私の配偶者は、この絵の "波頭" の部分だけを取り出して巨大なオブジェにしたものにヨーロッパの街中で遭遇しました(ドレスデン。次の画像)。また私もプラド美術館のミュージアムショップで、「神奈川沖浪裏」をもとに自由に発想を膨らませて作られた子供向け絵本を見かけたことがあります。
(ドレスデン。後ろに見えるのはエルベ河)
街のオブジェになったり絵本になったりと、単に絵が紹介されたり複製画が売られるだけなく、絵のもつイメージが増殖しているわけで、この絵の認知度は相当高いと推測できます。
北斎のこの版画は、19世紀後半からヨーロッパで知られていました。有名なのはドビュッシーの交響詩「海」(1905)です。その楽譜が出版されたとき、表紙に使われたのが北斎の「The Great Wave」でした。そもそもドビュッシーの作曲の契機になったのが、この絵を見たことだと言われています。また、ラヴェルが作曲したピアノ組曲「鏡」(1905)の第3曲「海原の小舟」も「The Great Wave」からインスピレーションを得て作曲されたものと言われています。
ドビュッシーに戻りますと、作曲家にとって書き上げた楽譜は、いわば「命」のはずです。アーティストが自分の命とも言うべき出版物の表紙に別のアーティストの作品(絵)をもってくるということは、その絵、ないしは絵の作者に対する "オマージュ" だと考えられます。ドビュッシーは北斎を見て、どこにでもある波をアートに仕立てたことに感じ入り「自分は音楽で」と考えたとしても、それはありうることだし、楽譜の表紙からすると "ごく自然な推測" だと思います。
次の写真はドビュッシーがストラヴィンスキーと写っている写真です。音楽に変革をもたらした両巨人のツーショットですが、後ろの壁に2枚の浮世絵が飾られていて、そのうちの上の方は『神奈川沖浪裏』です。ちなみに写真を撮影したのは、これも著名作曲家のサティです。
そのドビュッシーと一時 "親しい仲" だったのが、2歳年下の彫刻家、カミーユ・クローデルです。彼女はロダンの弟子ですが、その彼女も北斎に影響を受けた彫刻を作っているのです。そのあたりの事情を、木々康子氏の本から引用します。
二人の中は4年ほどで終わるのですが、ドビュッシーは別れた後もカミーユを想っていたそうです。またカミーユも、有名な「ワルツ」という彫刻をドビュッシーに贈ると約束した、とあります。カミーユ・クローデルが北斎に影響を受けたとされる彫刻は、パリのロダン美術館にある『波』という作品です。
以上は北斎の影響を受けた絵・彫刻・音楽などのアート作品ですが、『神奈川沖浪裏』はさらに現代のデザインの分野にも影響しています。その一つの例ですが、ボードショーツ(サーフィン用のショートパンツ)で有名なアパレル・ブランドに Quiksilver(クイックシルバー。スペルに c はない)があります。もともとオーストラリア発のブランドですが、現在はアメリカ・カリフォルニア州のハンチントンビーチに本社があります。この Quiksilver のロゴは、北斎の『神奈川沖浪裏』を図案化したものです。ということは、このロゴには富士山がデザインされていることにもなります。
Quiksilver の創始者が『神奈川沖浪裏』に感動してロゴにしたそうですが、絵に描かれた舟をサーフボードに見立てると、いかにもサーフィンに似つかわしい。"The Great(Big)Wave" というタイトルの絵をボードショーツのブランド・ロゴにするのはまさにピッタリだと思います。
神奈川沖とは江戸時代の神奈川宿の沖で、つまり東京湾のどこかでしょうが、現代人としては湘南の海と考えてもよいわけです。鎌倉・藤沢・茅ヶ崎の湘南海岸でサーフィンを楽しむ日本人サーファーは、是非とも Quiksilver のボードショーツを着用して欲しい気がします。
本題の「世界で2番目に有名な絵」に戻ります。冒頭に引用した及川教授の発言を読んだときに思ったのですが、「The Great Wave(神奈川沖浪裏)が世界で2番目に有名な絵」というのは、そこまでは断言出来ないのではないでしょうか。つまり「モナ・リザが世界で1番有名な絵」とは誰もが認めるでしょうが、2番目というのは果たしてどうなのか。
が実状に近いのではと思ったのです。ということで、以下に「世界で2番目に有名な絵の候補」をいろいろと推測してみたいと思います。
「世界で2番目に有名」とは?
推測の前提として「世界で2番目に有名」という言葉の定義をする必要があります。まず「世界で」のところですが、対象は世界中の国々であり、特定の地域・文化圏ではないこととします。かつ、美術の愛好家というのではなく、普通の人、美術に関心がない人までも含みます。また子供は別にして、老若男女すべてということにします。
次に「有名な」の定義ですが、
という3つの条件が満たされることとします。① の「知っている」だけでは「有名」というには弱い。① に加えて、② か ③ のどちらかという条件にすると候補は断然増えるでしょうが(それでもいいとは思いますが)ここでは「厳格に」① ② ③ のアンド条件だと考えます。
もちろんアンケート調査ができるわけではありません。そんな調査をするメディアもないと思います。そこで ① ② ③ を満たしやすい「付加条件」を想定して推定の助けにしたいと思います。
まず、多くの人が「① 絵を知っている」ためには、
ことが重要でしょう。そういう絵は「世界で有名」の定義からして有利になります。もちろんこういった条件がなくても多くの人に認知されていればよいわけですが、一般論としての "有利な条件" ということです。また「② 画家の名前が言える」ためには、
と断然有利です。さらに「③題名を言える」ためには、
と有利になります。こうなると、各国の義務教育の教科書に出てくるような絵や画家が候補になる気もしますが、現在はメディアが発達しているので、それだけでは決まらないでしょう。
2番目に有名な絵の候補
以上の「条件」を前提に「世界で2番目に有名な絵の候補」をあげてみたいと思います。
まず対談に出てきた『ゴッホのひまわり』です。これは鋭い指摘で「世界で2番目に有名な絵の候補」に十分なると思います。花瓶の向日葵の束をカンヴァスに "ドン" と描いた画家はあまりいないし、モチーフがシンプルで、絵としてのインパクトも強い。そもそも向日葵という花が、突出して "インパクトの強い花" です。これが「アイリス」や「白いバラ」だと、ここまで有名にはならないのですね(メトロポリタンにゴッホの傑作があるけれど)。花そのものに "威力" があり、また世界の多くの地域で栽培されてもいる。題名の「ひまわり(Sunflowers)」も簡潔で覚えやすい。さらにゴッホは超有名な画家です。
しかし「世界で有名な絵のランキング」にとって非常に残念なのは『ゴッホのひまわり』は複数あることですね。「花瓶の向日葵の束」という構図に限定しても、消失したものを除いて現存する作品が6点あり、そのうち美術館で見られる絵は5点あります。描かれている向日葵の本数とともにリストすると、
となります(そのほかに3本のひまわりの絵がある)。つまり『ゴッホのひまわり』は "作品群" なのです。どれかがダントツに有名というわけではありません。普通、写真などでよく見かけるのは15本の3作品で、日本ではもちろん東京の作品ですが、ミュンヘンとフィラデルフィアの12本も捨てがたい。つまり『ゴッホのひまわり』が「世界で2番目に有名な絵』だとすると、2番目が5つあることになります。これはちょっと "マイナス・ポイント" になるでしょう。
19世紀の近代絵画つながりで他の2番目候補をあげると、『ドガの踊り子』も『ゴッホのひまわり』と似たような事情にあります。写真を見せられて「知っています。ドガの踊り子です」と答えられる人は世界にものすごくいる気がします。
しかしドガが描いた踊り子の絵は、有名なものだけで複数あります。最も有名なのはオルセー美術館の絵でしょうが、前回紹介したコートールド・コレクションの絵もよく見る絵です。むしろこちらの方が踊り子らしい感じもする。オルセーの絵がよく知られているのは、コートールド・ギャラリーよりは桁違いに有名な "オルセー美術館にあるから" という気がします。『ドガの踊り子』が世界で2番目に有名だとすると、2番目が絵としては確定しない。
しかも『ゴッホのひまわり』とは違って『ドガの踊り子』は構図が多様です。それこそが芸術家としての創造性の発揮であり、デッサンや習作は別にして、ドガは全く同じ構図の完成作を6枚も7枚も描くというような "アマチュアっぽい" ことはしないわけです。しかしこのことが「有名な絵ランキング」にとっては "減点" の対象になるでしょう。
19世紀の著名画家をもっと考えてみると、印象派の巨匠、クロード・モネはどうでしょうか。『モネの睡蓮』は著名ですが、睡蓮の絵は『ゴッホのひまわり』や『ドガの踊り子』以上にたくさんあります。写真を見せられて「知っています。モネの睡蓮です」と答えられる人は多数いるでしょうが、世界で2番目に有名だとすると、2番目が絵としては全く確定しないことになります。
では『睡蓮』がだめなら、パリのマルモッタン美術館に1枚しかない『印象・日の出』はどうか。この絵の "難点" は、朝靄のたちこめる港にボーッと昇った太陽というモチーフが、絵全体のインパクトとしては弱いことです。そういう、少々霞んだ朝の空気感から受ける人間心理をダイレクトにカンヴァスに定着したのが「印象派」の印象派たるゆえんであり、絵画史を塗り変えた作品なのだけれど・・・・・・。
ルノワールはどうでしょうか。ルノワールの「かわいらしい少女の絵」や「家庭的な雰囲気の中にいる複数の女性の絵」(たとえばピアノを弾く光景)には、大変に有名な絵があります。しかしそういうジャンルのルノワールの絵は複数あって、どれかがダントツに有名というわけではないと思います。パリの風俗を活写した絵としては『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場』が非常に有名ですが、この絵の "難点" は、題名が(フランス人以外には)難しいことです。
その他、マネ、セザンヌ、マティスなどを考えてみても、傑作はたくさんあるけれどダントツに有名な "この1枚" が思い当たりません。「ミレーの落穂拾い」は有力な感じがしますが、淡々とした農家の日常を描いたという画題のインパクトが弱いような気がします。そういう画題を芸術にしたのが価値なのだけれど。
少しだけ時代を遡ってドラクロワはどうでしょうか。ルーブルに『民衆を導く自由の女神』という有名な絵があります。絵の題名として「自由の女神」ないしは「自由」でもよいとするなら、この絵は「世界で2番目に有名」の候補になる感じもします。
しかし問題は絵のモチーフです。描かれた文化的背景を全く知らない人にとってみると、この絵は「死屍累々の男の中を、裸のお姉さんが進んでいる不思議な絵」としか見えないでしょう。この絵はフランス革命の理念(実際には1830年の7月革命)を表していて、「裸のお姉さん」は「自由」の擬人化であり、フランス語の題名を直訳すると「民衆を率いる自由」となるわけです。
しかし世界にはいろんな文化があり、こういうフランス史や西欧文化(抽象概念の擬人化)ベッタリの絵は「世界で2番目に有名」と言えるほどには広まりにくいのではないかと思います。自由の女神がフランス国旗を持っていたりするのも、グローバル視点ではマイナス・ポイントになるでしょう。
18 - 19世紀の絵画
ルーブルつながりでは「ナポレオンの戴冠式」も有名ですが、この絵も「フランスの歴史ベッタリの(当時における)プロパガンダ絵画」というのがマイナス・ポイントになるし、それに、この絵の作者名を即答できる人は多くはないのではと思います(= ダヴィッド)。
ダヴィッドの同時代人に、スペインのゴヤがいます。『ゴヤの裸のマハ、着衣のマハ』の2部作はどうでしょうか。この作品の "難点" は2枚でペアということと、それをさしおいたとしても、女性の裸体を描いていることです。「世界」というレベルで考えると女性の裸体がオープンになることを嫌う、ないしはタブーになっている文化圏があります。「世界で2番目」とするには問題があるような気がします。それはドラクロワの『民衆を導く自由の女神』も同じでした。
17世紀の絵画
時代を遡って、17世紀の絵画で「世界で2番目に有名な絵」の候補を探すと、やはりフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』でしょう。女性の肖像画はいっぱいありますが、「女性の振り向きざまを視線を合わせる構図で描いた "西洋版・見返り美人" の絵」というのは極めて少ない。名のある絵ではグイド・レーニの『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』、ヴィンターハルターの『オーストリア皇后エリザベートの肖像』ぐらいでしょう。この絵の独自性と、少女の表情から受けるインパクトの強さは、有名になる素質十分といったところです。
しかし、フェルメールの人気は最近の数十年のことだと言いますね。「世界」というレベルで考えたとき、この絵の浸透度合いはどうか、少々疑問になるところです。日本でも「フェルメール、フェルメール」と大騒ぎするようになったのは、せいぜいこの20年程度でしょう。それと、題名が少々長いのが気にかかる。ただし、題名は画家がつけたわけではないので『真珠の耳飾り』でもよいし、別名である『青いターバンの少女』でもいいわけです。
17世紀の絵画ということで考えると、ベラスケス、ルーベンス、レンブラントといったビッグ・ネームがあるわけですが、作品の芸術的価値は別にしてダントツに「世界で」有名な1枚という視点だけで考えると、いずれも弱いと考えます。
ルネサンス絵画
では時代をさらに遡って、イタリア・ルネサンス期の絵画はどうか。まず思いつくのは『ダ・ヴィンチの最後の晩餐』でしょう。
しかし「最後の晩餐」の難点は、1番目も2番目もダ・ヴィンチではおもしろくない(?)ということです。さらにもっと本質的には、この絵のテーマがキリスト教そのものだということです。「世界」という範囲で考えるとキリスト教と無関係な人たちも多いし、それどころかキリスト教と対立している人たちがいる。たとえばイスラム教の世界人口は15億人と言いますね。イスラム教の人たちにとってダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はよく知られた絵なのかどうか。どうも違うような気がします。もちろん大多数のイスラム教徒の人たちはキリスト教徒と仲良くしようと考えていると思いますが・・・・・・。
宗教画であることがマイナス点になるという事情は「ラファエロの聖母」や「ミケランジェロの最後の審判」も同じです。ラファエロの聖母は "似たような絵" が何枚かあり(『聖母子とヨハネ』『牧場の聖母』『大公の聖母』など)、ピンポイントで特定するのが難しいという問題点もあります。"似たような絵" をたくさん描いたからこそ「聖母の画家」なのです。
では、ルネサンス期の「キリスト教とは無関係な絵画」はどうでしょうか。その筆頭は『ボッティチェリのヴィーナスの誕生』でしょう。これは有名な絵ですが、いくつか問題点があって、まずキリスト教とは無縁だけれどもギリシャ神話という、これまた特定文化圏のモチーフであることです。さらに "女性の裸" を描いたことがこの絵の西洋絵画史上における革命なのだけれど、それを嫌う人たちが世界にはいるに違いない。ボッティチェリという画家の名前も言いにくいし、覚えにくい。ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロよりは、画家の有名度においてワン・ランク下がるような気がします。
20世紀 - ピカソ
時代を逆に20世紀に向けると、超有名画家であるピカソが思い浮かびます。『ピカソのゲルニカ』はどうでしょうか。確かにこれは有名という感じがします。
しかし難点は、ゲルニカがスペインの小さな都市の名前であり、かつ絵のモチーフがスペイン内戦という20世紀の歴史に根ざしていることです。それだからこそ、この絵の意義があるのだけど・・・・・・。モチーフとしても、何が描かれているのかが一見しただけでは分かりにくい。歴史的背景を知ってよく見ると圧倒される、という絵なのです。
「アヴィニョンの娘たち」という、これまたピカソの有名な絵もありますが、これは「絵画の革命」だから有名なのであって、果たして美術に関心がない人からみてどうなのか、大いに疑問が残るところです。
「ゲルニカ」や「アヴィニョンの娘たち」よりも、ひょとしたら世界で2番目に有名の候補になりやすいのは『ピカソの泣く女』でしょう。モチーフはシンプルだし、絵のインパクトも強い。題名も簡潔です。この絵に問題があるとしたら、絵としてのインパクトが強い分、キュビズムという絵画手法に違和感を覚える人が多いのではと想像されることです。それが絵の浸透にネックになるのではないか。
北斎の強力なライバル
以上のように順に考えてみると『葛飾北斎の神奈川沖浪裏』=『Hokusai の The Great Wave (The Big Wave)』は、世界で2番目に有名な絵の候補であるだけでなく、極めて有力な候補だと言えそうです。最初に引用した及川教授の「(世界で2番目に有名な絵は)葛飾北斎の大波の絵と言われています」という発言も、一部の美術関係者の憶測ではなく、それなりの根拠がある信憑性が高い話だと考えられるのです。
・・・・・・ と、安心するのはまだ早いことに気づきました。北斎の「強力なライバル」があることに思い立ったのです。それは『ムンクの叫び』です。
この絵はまず、何が描かれているかが一目瞭然であり、題名も絵をストレートに表していて、単純で覚えやすい。ムンク独特の表現手法が強烈で、他にはあまりなく、印象に残りやすい。画家の名前はピカソやダ・ヴィンチほどには有名でないが、それを言い出すと Hokusai も同じです。『叫び』を知って "ムンク" の名を覚えた人も多いはずだし、逆にムンクの作品はこれしか知らない人も多いと思える。このあたりは Hokusai と似ているでしょう。この絵は2番目に有名の候補になりうるし、しかもかなりの有力候補ではないでしょうか。
『ムンクの叫び』について思い当ることがあります。 は docomo/au 共通絵文字で「げっそり」という名前がついていますが、実はこれは『ムンクの叫び』にヒントを得てデザインされたものではないでしょうか。叫んでいるのは「げっそり」と痩せた人です。だとしたら、その影響力や恐るべしということになります。北斎もうかうかしていられない。
考えてみると『The Great Wave』と『叫び』には次のような共通点があります。
などです。ちなみに北斎の波の装飾的表現は、別に北斎独自のものではありませんが、それはあくまで「日本人だからそう考える」わけです。日本美術史を知らない世界の多く人にとって、あの波の表現方法は「Hokusai の Wave」であり、また「Hokusai」の名はこの絵で知った、ないしは「Hokusai」の作品はこれしか知らない、という人は多いと思います。
北斎の "ライバル" ということでは『ゴッホのひまわり』『ピカソの泣く女』『フェルメールの真珠の耳飾りの少女』なども有力なことには違いありません。今まで書いたように、それぞれ難点があるけれど・・・・・・。
「世界で2番目に有名な絵」は何か、「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」はその最有力候補ではないかという考察(?)を通して感じたことが2つあります。それを以下に書きます。これは "まじめな" 考察です。
『モナ・リザ』という特別な存在
「世界で2番目に有名な絵」をあれこれと推測して分かるのは、『モナ・リザ』(国によっては『マダム・ジョコンダ』)という絵が特別であることです。確かにこの絵は画家がメジャー、モチーフがシンプル、題名もシンプル(固有名詞だけど)、特定文化に依存しないなど、有名になるベーシックな条件が備わっています。
しかし『モナ・リザ』は、どこにでもありそうな女性の肖像画なのですね。そこに北斎やムンクのような特有のデフォルメや印象に残る強烈さがあるわけではない。我々は小さい頃から『モナ・リザ』と知っているから、一見して他の絵と区別できます。しかしそういう知識が全くないという前提で考えてみると、これが一見して他と区別できる絵だとはとても思えない。
しかし人々の印象に残り、語り伝えられ、メディアでも紹介され、小説のテーマにもなり、大傑作だという評価をうけ、ルーブルのこの絵の周りは長蛇の列になる。その理由はというと、多くは「モナ・リザの表情」に起因しているのですね。これについては No.90「ゴヤの肖像画:サバサ・ガルシア」で、次のように書きました。
「どこにでもありそうな女性の肖像画が世界で1番有名な絵である」という、この事実にこそ『モナ・リザ』の驚異があるのだと思います。結局のところ、人間は人間に一番関心があるのでしょう。それを暗示しているようです。『ムンクの叫び』が北斎の強力なライバルと書いたのも、実は「人間を描いているから」でした。
我々は「神奈川沖浪裏」を知っているか
「世界で2番目に有名な絵」をあれこれと推測して感じたことの2番目は、我々日本人は、たとえば外国の人に『神奈川沖浪裏』を説明できるか、ということです。まず日本人として、この絵を "本当に" 知っているかどうかが問題です。はじめの方に「有名」の定義として、
の3条件をあげました。おそらく多くの日本人は ① ② は大丈夫だと思います。しかし ③ はどうでしょうか。及川教授の対談にあったように、題名は? と聞かれて、
のどちらかを答えることができる人がどれほどいるかが問題です。「大きな波」では、絵の説明にはなっているけれど「題名」ではない。『大波』という略称が日本で一般的になっているわけでもないでしょう。波間に見える富士山、と答えたとしたら、ますます題名ではない。
世界で2番目に有名な絵(の有力候補)だから、この絵を知っている人は世界中に大変たくさんいます。絵の作者名(Hokusai)を言える人も多いはずです。そして「題名は ?」と聞かれたとき、たとえば英語圏や英語を話せる人で Hokusai を知っている人なら「The Great/Big Wave」と答えるのではないでしょうか。だとしたら、
という公算が大だと思うのです。日本文化を象徴する絵なのだから、せめて日本人としては題名だけでも知っておきたいものです。
この絵を外国の方に説明するときには「富士山を描いた絵」ということは言った方がよいと思います。そうとは気づかない人もいるはずです。また三隻の舟には人が乗っていて、18世紀の日本では実際にこのような舟で沿岸輸送をしていたことも知っておいた方がよいと思います(こんな大波の中で輸送するかどうかは別にして)。
この絵を一言で言うと「ローカルだけどグローバル」ということかと思います。完全な日本文化の中から一人の「天才」によって生み出されてものだけど、グローバルに認知され「世界で2番目に有名な絵」になった。
しかしこの絵は完全にローカルなわけではありません。西欧から2つの点で影響を受けています。まず北斎の当時から、使われた青色が輸入合成顔料であるプルシアン・ブルーです(No.18「ブルーの世界」参照)。江戸時代の言い方では「ベロ藍」ですが、この "ベロ" とはベルリンのことなのですね。発明されたのが当時のプロイセンの首都、ベルリンです。
さらにこの絵は西洋画法(特に遠近法)の影響を受けているのでしょう。厳密な遠近法ではないかもしれません。しかし構図は、明らかに円と螺旋と直線で構成されていると感じます。「幾何学的な描線で骨格の構図を決める」というところに遠近法との非常な類似性を感じます。
ローカルだけれどグローバル。それは「グローバルな絵画技術を取り入れつつ、あくまでローカルに描き、結果としてグローバルに有名になった」という意味です。そして、それを生み出した北斎という画家のすごさに改めて感嘆するのです。
サント・ヴィクトワール山は、セザンヌにとっての富士山 |
という主旨の発言を紹介しました。これはあるIT企業(JBCC)の情報誌に掲載された対談の一部です。その対談で及川教授は別の発言をしていました。大変興味をそそられたので、その部分を紹介したいと思います(下線は原文にありません)。
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このくだりを読んで、なるほどと思いました。及川教授の、
葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」は世界で2番目に有名な絵 |
という主旨の発言に共感するものがあったからです。この絵の世界における通称は「The Great Wave」もしくは「The Big Wave」です。なお日本語題名の「浪裏」は「波裏」と表記されることもあります。
葛飾北斎
「神奈川沖浪裏」 |
海外旅行に行くと、絵のポスターや絵はがきを売っている店があります。もちろんその「ご当地(画家や題材)に関する絵」が多いわけですが、世界の有名な絵のポスターや絵はがきも売っていたりする。美術館のミュージアム・ショップにも、その美術館の絵だけでなく、一般に有名な絵のカードや複製があったりします。そういうところで「The Great Wave」は何回か見かけた記憶があるのです。
私の配偶者は、この絵の "波頭" の部分だけを取り出して巨大なオブジェにしたものにヨーロッパの街中で遭遇しました(ドレスデン。次の画像)。また私もプラド美術館のミュージアムショップで、「神奈川沖浪裏」をもとに自由に発想を膨らませて作られた子供向け絵本を見かけたことがあります。
(ドレスデン。後ろに見えるのはエルベ河)
プラド美術館の北斎
プラド美術館のミュージアム・ショップで見かけたスペイン語の絵本、「La gran ola Hokusai」。「神奈川沖浪裏」をもとに、ストーリーを膨らませて絵本に仕立てたものである。「La gran ola」はスペイン語で「大きな波」という意味で、英語の「The great wave」に相当。
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街のオブジェになったり絵本になったりと、単に絵が紹介されたり複製画が売られるだけなく、絵のもつイメージが増殖しているわけで、この絵の認知度は相当高いと推測できます。
クロード・ドビュッシー
(1862-1918) - Wikipedia - |
ドビュッシーに戻りますと、作曲家にとって書き上げた楽譜は、いわば「命」のはずです。アーティストが自分の命とも言うべき出版物の表紙に別のアーティストの作品(絵)をもってくるということは、その絵、ないしは絵の作者に対する "オマージュ" だと考えられます。ドビュッシーは北斎を見て、どこにでもある波をアートに仕立てたことに感じ入り「自分は音楽で」と考えたとしても、それはありうることだし、楽譜の表紙からすると "ごく自然な推測" だと思います。
ドビュッシー「海」のスコア(1905)
- Wikipedia -
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次の写真はドビュッシーがストラヴィンスキーと写っている写真です。音楽に変革をもたらした両巨人のツーショットですが、後ろの壁に2枚の浮世絵が飾られていて、そのうちの上の方は『神奈川沖浪裏』です。ちなみに写真を撮影したのは、これも著名作曲家のサティです。
ドビュッシー(左)とストラヴィンスキー
パリのドビュッシー宅にて(1910) (大浮世絵展・図録より。2014.1.2~ 江戸東京博物館) |
そのドビュッシーと一時 "親しい仲" だったのが、2歳年下の彫刻家、カミーユ・クローデルです。彼女はロダンの弟子ですが、その彼女も北斎に影響を受けた彫刻を作っているのです。そのあたりの事情を、木々康子氏の本から引用します。
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二人の中は4年ほどで終わるのですが、ドビュッシーは別れた後もカミーユを想っていたそうです。またカミーユも、有名な「ワルツ」という彫刻をドビュッシーに贈ると約束した、とあります。カミーユ・クローデルが北斎に影響を受けたとされる彫刻は、パリのロダン美術館にある『波』という作品です。
カミーユ・クローデル(20歳)
(1864-1943) - Wikipedia - |
カミーユ・クローデル
「波」(1897-1903)
(ロダン美術館)
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以上は北斎の影響を受けた絵・彫刻・音楽などのアート作品ですが、『神奈川沖浪裏』はさらに現代のデザインの分野にも影響しています。その一つの例ですが、ボードショーツ(サーフィン用のショートパンツ)で有名なアパレル・ブランドに Quiksilver(クイックシルバー。スペルに c はない)があります。もともとオーストラリア発のブランドですが、現在はアメリカ・カリフォルニア州のハンチントンビーチに本社があります。この Quiksilver のロゴは、北斎の『神奈川沖浪裏』を図案化したものです。ということは、このロゴには富士山がデザインされていることにもなります。
Quiksilver の創始者が『神奈川沖浪裏』に感動してロゴにしたそうですが、絵に描かれた舟をサーフボードに見立てると、いかにもサーフィンに似つかわしい。"The Great(Big)Wave" というタイトルの絵をボードショーツのブランド・ロゴにするのはまさにピッタリだと思います。
神奈川沖とは江戸時代の神奈川宿の沖で、つまり東京湾のどこかでしょうが、現代人としては湘南の海と考えてもよいわけです。鎌倉・藤沢・茅ヶ崎の湘南海岸でサーフィンを楽しむ日本人サーファーは、是非とも Quiksilver のボードショーツを着用して欲しい気がします。
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Quiksilver のロゴ(上・左)と、カリフォルニア州・ハンチントンビーチにある本社(上・右)。下は Quiksilver のロゴが入ったボードとシャツでサーフィンをするサーファー
(www.surfertoday.com)。
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湘南海岸の近くにある伝説のサーフショップ、Mabo Royal(藤沢市)の北側の壁には、Quiksilverの巨大なロゴが飾り付けてある。海岸に出ると富士山が望め、あたりにはサーファーが絶えることがない。このロゴを見ると北斎が "里帰り" したような印象を受ける。
(Google Street View)
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本題の「世界で2番目に有名な絵」に戻ります。冒頭に引用した及川教授の発言を読んだときに思ったのですが、「The Great Wave(神奈川沖浪裏)が世界で2番目に有名な絵」というのは、そこまでは断言出来ないのではないでしょうか。つまり「モナ・リザが世界で1番有名な絵」とは誰もが認めるでしょうが、2番目というのは果たしてどうなのか。
世界で2番目に有名な絵の候補はいくつかあり、その中でも「The Great Wave(神奈川沖浪裏)」は有力候補 |
が実状に近いのではと思ったのです。ということで、以下に「世界で2番目に有名な絵の候補」をいろいろと推測してみたいと思います。
「世界で2番目に有名」とは?
推測の前提として「世界で2番目に有名」という言葉の定義をする必要があります。まず「世界で」のところですが、対象は世界中の国々であり、特定の地域・文化圏ではないこととします。かつ、美術の愛好家というのではなく、普通の人、美術に関心がない人までも含みます。また子供は別にして、老若男女すべてということにします。
次に「有名な」の定義ですが、
① | その絵を知っている。 たとえば、写真を見せられて "知っています" と言える。 | ||
② | 画家の名前が言える。 | ||
③ | 絵の題名が言える(俗称・通称・略称でも可)。 |
という3つの条件が満たされることとします。① の「知っている」だけでは「有名」というには弱い。① に加えて、② か ③ のどちらかという条件にすると候補は断然増えるでしょうが(それでもいいとは思いますが)ここでは「厳格に」① ② ③ のアンド条件だと考えます。
もちろんアンケート調査ができるわけではありません。そんな調査をするメディアもないと思います。そこで ① ② ③ を満たしやすい「付加条件」を想定して推定の助けにしたいと思います。
まず、多くの人が「① 絵を知っている」ためには、
◆ | 絵のモチーフがシンプルで明確である | ||
◆ | 世界中の誰もが理解できるモチーフである | ||
◆ | 絵としては、他にない独自性があるモチーフである |
ことが重要でしょう。そういう絵は「世界で有名」の定義からして有利になります。もちろんこういった条件がなくても多くの人に認知されていればよいわけですが、一般論としての "有利な条件" ということです。また「② 画家の名前が言える」ためには、
◆ | その絵に限らず、画家の名前そのものが有名であり、世界中に知られている |
と断然有利です。さらに「③題名を言える」ためには、
◆ | 題名(俗称)がシンプルで、モチーフと直結している |
と有利になります。こうなると、各国の義務教育の教科書に出てくるような絵や画家が候補になる気もしますが、現在はメディアが発達しているので、それだけでは決まらないでしょう。
2番目に有名な絵の候補
以上の「条件」を前提に「世界で2番目に有名な絵の候補」をあげてみたいと思います。
まず対談に出てきた『ゴッホのひまわり』です。これは鋭い指摘で「世界で2番目に有名な絵の候補」に十分なると思います。花瓶の向日葵の束をカンヴァスに "ドン" と描いた画家はあまりいないし、モチーフがシンプルで、絵としてのインパクトも強い。そもそも向日葵という花が、突出して "インパクトの強い花" です。これが「アイリス」や「白いバラ」だと、ここまで有名にはならないのですね(メトロポリタンにゴッホの傑作があるけれど)。花そのものに "威力" があり、また世界の多くの地域で栽培されてもいる。題名の「ひまわり(Sunflowers)」も簡潔で覚えやすい。さらにゴッホは超有名な画家です。
しかし「世界で有名な絵のランキング」にとって非常に残念なのは『ゴッホのひまわり』は複数あることですね。「花瓶の向日葵の束」という構図に限定しても、消失したものを除いて現存する作品が6点あり、そのうち美術館で見られる絵は5点あります。描かれている向日葵の本数とともにリストすると、
東京 | 損保ジャパン日本興亜美術館 | |||||
ロンドン | ナショナル・ギャラリー | |||||
アムステルダム | ゴッホ美術館 | |||||
ミュンヘン | ノイエ・ピナコテーク | |||||
フィラデルフィア | フィラデルフィア美術館 |
となります(そのほかに3本のひまわりの絵がある)。つまり『ゴッホのひまわり』は "作品群" なのです。どれかがダントツに有名というわけではありません。普通、写真などでよく見かけるのは15本の3作品で、日本ではもちろん東京の作品ですが、ミュンヘンとフィラデルフィアの12本も捨てがたい。つまり『ゴッホのひまわり』が「世界で2番目に有名な絵』だとすると、2番目が5つあることになります。これはちょっと "マイナス・ポイント" になるでしょう。
ロンドン |
アムステルダム |
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ミュンヘン |
フィラデルフィア |
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東京 |
19世紀の近代絵画つながりで他の2番目候補をあげると、『ドガの踊り子』も『ゴッホのひまわり』と似たような事情にあります。写真を見せられて「知っています。ドガの踊り子です」と答えられる人は世界にものすごくいる気がします。
しかしドガが描いた踊り子の絵は、有名なものだけで複数あります。最も有名なのはオルセー美術館の絵でしょうが、前回紹介したコートールド・コレクションの絵もよく見る絵です。むしろこちらの方が踊り子らしい感じもする。オルセーの絵がよく知られているのは、コートールド・ギャラリーよりは桁違いに有名な "オルセー美術館にあるから" という気がします。『ドガの踊り子』が世界で2番目に有名だとすると、2番目が絵としては確定しない。
しかも『ゴッホのひまわり』とは違って『ドガの踊り子』は構図が多様です。それこそが芸術家としての創造性の発揮であり、デッサンや習作は別にして、ドガは全く同じ構図の完成作を6枚も7枚も描くというような "アマチュアっぽい" ことはしないわけです。しかしこのことが「有名な絵ランキング」にとっては "減点" の対象になるでしょう。
パリ | ロンドン |
19世紀の著名画家をもっと考えてみると、印象派の巨匠、クロード・モネはどうでしょうか。『モネの睡蓮』は著名ですが、睡蓮の絵は『ゴッホのひまわり』や『ドガの踊り子』以上にたくさんあります。写真を見せられて「知っています。モネの睡蓮です」と答えられる人は多数いるでしょうが、世界で2番目に有名だとすると、2番目が絵としては全く確定しないことになります。
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ルノワールはどうでしょうか。ルノワールの「かわいらしい少女の絵」や「家庭的な雰囲気の中にいる複数の女性の絵」(たとえばピアノを弾く光景)には、大変に有名な絵があります。しかしそういうジャンルのルノワールの絵は複数あって、どれかがダントツに有名というわけではないと思います。パリの風俗を活写した絵としては『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場』が非常に有名ですが、この絵の "難点" は、題名が(フランス人以外には)難しいことです。
その他、マネ、セザンヌ、マティスなどを考えてみても、傑作はたくさんあるけれどダントツに有名な "この1枚" が思い当たりません。「ミレーの落穂拾い」は有力な感じがしますが、淡々とした農家の日常を描いたという画題のインパクトが弱いような気がします。そういう画題を芸術にしたのが価値なのだけれど。
少しだけ時代を遡ってドラクロワはどうでしょうか。ルーブルに『民衆を導く自由の女神』という有名な絵があります。絵の題名として「自由の女神」ないしは「自由」でもよいとするなら、この絵は「世界で2番目に有名」の候補になる感じもします。
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しかし世界にはいろんな文化があり、こういうフランス史や西欧文化(抽象概念の擬人化)ベッタリの絵は「世界で2番目に有名」と言えるほどには広まりにくいのではないかと思います。自由の女神がフランス国旗を持っていたりするのも、グローバル視点ではマイナス・ポイントになるでしょう。
蛇足ですが、ニューヨークの港の入口に立っている像は、Statue of Liberty = 自由の像、です。あれは女神が立っているのではなく、自由が立っているのです。 |
18 - 19世紀の絵画
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ダヴィッドの同時代人に、スペインのゴヤがいます。『ゴヤの裸のマハ、着衣のマハ』の2部作はどうでしょうか。この作品の "難点" は2枚でペアということと、それをさしおいたとしても、女性の裸体を描いていることです。「世界」というレベルで考えると女性の裸体がオープンになることを嫌う、ないしはタブーになっている文化圏があります。「世界で2番目」とするには問題があるような気がします。それはドラクロワの『民衆を導く自由の女神』も同じでした。
17世紀の絵画
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しかし、フェルメールの人気は最近の数十年のことだと言いますね。「世界」というレベルで考えたとき、この絵の浸透度合いはどうか、少々疑問になるところです。日本でも「フェルメール、フェルメール」と大騒ぎするようになったのは、せいぜいこの20年程度でしょう。それと、題名が少々長いのが気にかかる。ただし、題名は画家がつけたわけではないので『真珠の耳飾り』でもよいし、別名である『青いターバンの少女』でもいいわけです。
17世紀の絵画ということで考えると、ベラスケス、ルーベンス、レンブラントといったビッグ・ネームがあるわけですが、作品の芸術的価値は別にしてダントツに「世界で」有名な1枚という視点だけで考えると、いずれも弱いと考えます。
ルネサンス絵画
では時代をさらに遡って、イタリア・ルネサンス期の絵画はどうか。まず思いつくのは『ダ・ヴィンチの最後の晩餐』でしょう。
しかし「最後の晩餐」の難点は、1番目も2番目もダ・ヴィンチではおもしろくない(?)ということです。さらにもっと本質的には、この絵のテーマがキリスト教そのものだということです。「世界」という範囲で考えるとキリスト教と無関係な人たちも多いし、それどころかキリスト教と対立している人たちがいる。たとえばイスラム教の世界人口は15億人と言いますね。イスラム教の人たちにとってダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はよく知られた絵なのかどうか。どうも違うような気がします。もちろん大多数のイスラム教徒の人たちはキリスト教徒と仲良くしようと考えていると思いますが・・・・・・。
宗教画であることがマイナス点になるという事情は「ラファエロの聖母」や「ミケランジェロの最後の審判」も同じです。ラファエロの聖母は "似たような絵" が何枚かあり(『聖母子とヨハネ』『牧場の聖母』『大公の聖母』など)、ピンポイントで特定するのが難しいという問題点もあります。"似たような絵" をたくさん描いたからこそ「聖母の画家」なのです。
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20世紀 - ピカソ
時代を逆に20世紀に向けると、超有名画家であるピカソが思い浮かびます。『ピカソのゲルニカ』はどうでしょうか。確かにこれは有名という感じがします。
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「ゲルニカ」や「アヴィニョンの娘たち」よりも、ひょとしたら世界で2番目に有名の候補になりやすいのは『ピカソの泣く女』でしょう。モチーフはシンプルだし、絵のインパクトも強い。題名も簡潔です。この絵に問題があるとしたら、絵としてのインパクトが強い分、キュビズムという絵画手法に違和感を覚える人が多いのではと想像されることです。それが絵の浸透にネックになるのではないか。
北斎の強力なライバル
以上のように順に考えてみると『葛飾北斎の神奈川沖浪裏』=『Hokusai の The Great Wave (The Big Wave)』は、世界で2番目に有名な絵の候補であるだけでなく、極めて有力な候補だと言えそうです。最初に引用した及川教授の「(世界で2番目に有名な絵は)葛飾北斎の大波の絵と言われています」という発言も、一部の美術関係者の憶測ではなく、それなりの根拠がある信憑性が高い話だと考えられるのです。
・・・・・・ と、安心するのはまだ早いことに気づきました。北斎の「強力なライバル」があることに思い立ったのです。それは『ムンクの叫び』です。
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『ムンクの叫び』について思い当ることがあります。 は docomo/au 共通絵文字で「げっそり」という名前がついていますが、実はこれは『ムンクの叫び』にヒントを得てデザインされたものではないでしょうか。叫んでいるのは「げっそり」と痩せた人です。だとしたら、その影響力や恐るべしということになります。北斎もうかうかしていられない。
考えてみると『The Great Wave』と『叫び』には次のような共通点があります。
◆ | モチーフと題名の分かりやすさ 何が描かれているか、一目瞭然です。題名(俗称)もシンプルで、描かれているものと直結している。 | ||
◆ | 独特のデフォルメが強烈な印象を残す あらゆる絵の中でその絵しかない、と言ってもいいほど個性的です。それはデフォルメがもたらしたものですが、その絵画手法はキュビズムとは違って現実の自然な延長線上にあります。美術に関心が無い人でも違和感がない。 | ||
◆ | 特定の文化に依存しない | ||
「波」も「叫び」も特定文化に根ざす題材ではないし、特定地域の歴史が背景にあるわけではない。 |
などです。ちなみに北斎の波の装飾的表現は、別に北斎独自のものではありませんが、それはあくまで「日本人だからそう考える」わけです。日本美術史を知らない世界の多く人にとって、あの波の表現方法は「Hokusai の Wave」であり、また「Hokusai」の名はこの絵で知った、ないしは「Hokusai」の作品はこれしか知らない、という人は多いと思います。
北斎の "ライバル" ということでは『ゴッホのひまわり』『ピカソの泣く女』『フェルメールの真珠の耳飾りの少女』なども有力なことには違いありません。今まで書いたように、それぞれ難点があるけれど・・・・・・。
「世界で2番目に有名な絵」は何か、「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」はその最有力候補ではないかという考察(?)を通して感じたことが2つあります。それを以下に書きます。これは "まじめな" 考察です。
『モナ・リザ』という特別な存在
「世界で2番目に有名な絵」をあれこれと推測して分かるのは、『モナ・リザ』(国によっては『マダム・ジョコンダ』)という絵が特別であることです。確かにこの絵は画家がメジャー、モチーフがシンプル、題名もシンプル(固有名詞だけど)、特定文化に依存しないなど、有名になるベーシックな条件が備わっています。
しかし『モナ・リザ』は、どこにでもありそうな女性の肖像画なのですね。そこに北斎やムンクのような特有のデフォルメや印象に残る強烈さがあるわけではない。我々は小さい頃から『モナ・リザ』と知っているから、一見して他の絵と区別できます。しかしそういう知識が全くないという前提で考えてみると、これが一見して他と区別できる絵だとはとても思えない。
しかし人々の印象に残り、語り伝えられ、メディアでも紹介され、小説のテーマにもなり、大傑作だという評価をうけ、ルーブルのこの絵の周りは長蛇の列になる。その理由はというと、多くは「モナ・リザの表情」に起因しているのですね。これについては No.90「ゴヤの肖像画:サバサ・ガルシア」で、次のように書きました。
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「どこにでもありそうな女性の肖像画が世界で1番有名な絵である」という、この事実にこそ『モナ・リザ』の驚異があるのだと思います。結局のところ、人間は人間に一番関心があるのでしょう。それを暗示しているようです。『ムンクの叫び』が北斎の強力なライバルと書いたのも、実は「人間を描いているから」でした。
我々は「神奈川沖浪裏」を知っているか
葛飾北斎
「神奈川沖浪裏」 |
「世界で2番目に有名な絵」をあれこれと推測して感じたことの2番目は、我々日本人は、たとえば外国の人に『神奈川沖浪裏』を説明できるか、ということです。まず日本人として、この絵を "本当に" 知っているかどうかが問題です。はじめの方に「有名」の定義として、
① | その絵を知っている。 たとえば写真を見せられて "あっ、知ってる" と言える | ||
② | 画家の名前が言える。 | ||
③ | 絵の題名が言える(俗称・通称でも可)。 |
の3条件をあげました。おそらく多くの日本人は ① ② は大丈夫だと思います。しかし ③ はどうでしょうか。及川教授の対談にあったように、題名は? と聞かれて、
・ | 神奈川沖浪裏 | ||
・ | The Great Wave(The Big Wave) |
のどちらかを答えることができる人がどれほどいるかが問題です。「大きな波」では、絵の説明にはなっているけれど「題名」ではない。『大波』という略称が日本で一般的になっているわけでもないでしょう。波間に見える富士山、と答えたとしたら、ますます題名ではない。
世界で2番目に有名な絵(の有力候補)だから、この絵を知っている人は世界中に大変たくさんいます。絵の作者名(Hokusai)を言える人も多いはずです。そして「題名は ?」と聞かれたとき、たとえば英語圏や英語を話せる人で Hokusai を知っている人なら「The Great/Big Wave」と答えるのではないでしょうか。だとしたら、
世界中で、日本人だけがこの絵の題名(ないしは俗称)を答えられない |
という公算が大だと思うのです。日本文化を象徴する絵なのだから、せめて日本人としては題名だけでも知っておきたいものです。
この絵を外国の方に説明するときには「富士山を描いた絵」ということは言った方がよいと思います。そうとは気づかない人もいるはずです。また三隻の舟には人が乗っていて、18世紀の日本では実際にこのような舟で沿岸輸送をしていたことも知っておいた方がよいと思います(こんな大波の中で輸送するかどうかは別にして)。
この絵を一言で言うと「ローカルだけどグローバル」ということかと思います。完全な日本文化の中から一人の「天才」によって生み出されてものだけど、グローバルに認知され「世界で2番目に有名な絵」になった。
しかしこの絵は完全にローカルなわけではありません。西欧から2つの点で影響を受けています。まず北斎の当時から、使われた青色が輸入合成顔料であるプルシアン・ブルーです(No.18「ブルーの世界」参照)。江戸時代の言い方では「ベロ藍」ですが、この "ベロ" とはベルリンのことなのですね。発明されたのが当時のプロイセンの首都、ベルリンです。
さらにこの絵は西洋画法(特に遠近法)の影響を受けているのでしょう。厳密な遠近法ではないかもしれません。しかし構図は、明らかに円と螺旋と直線で構成されていると感じます。「幾何学的な描線で骨格の構図を決める」というところに遠近法との非常な類似性を感じます。
ローカルだけれどグローバル。それは「グローバルな絵画技術を取り入れつつ、あくまでローカルに描き、結果としてグローバルに有名になった」という意味です。そして、それを生み出した北斎という画家のすごさに改めて感嘆するのです。
2015-10-03 11:26
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