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No.133 - ベラスケスの鹿と庭園 [アート]

以前に何回かベラスケスの作品と、それに関連した話を書きました。

No.19 - ベラスケスの「怖い絵」
No.36 - ベラスケスへのオマージュ
No.45 - ベラスケスの十字の謎
No.63 - ベラスケスの衝撃:王女と「こびと」

の4つの記事ですが、今回はその続きです。

スペインの宮廷画家としてのベラスケス(1599-1660)は、もちろん王侯貴族の肖像画や宗教画、歴史画を多数描いているのですが、それ以外に17世紀当時の画家としては他の画家にないような特徴的な作品がいろいろとあり、それが後世に影響を与えています。

ます「絵画の神学」と言われる『ラス・メニーナス』は後世の画家にインスピレーションを与え、ベラスケスに対するオマージュとも言うべき作品群を生み出しました。以前の記事であげた画家では、サージェントNo.36)、ピカソNo.45)などです。オスカー・ワイルドは『ラス・メニーナス』にインスパイアされて童話『王女の誕生日』を書き(No.63)、ツェムリンスキーはそれを下敷きにオペラ『こびと』を作曲しました。近年ではスペインの作家、カンシーノが小説『ベラスケスの十字の謎』を書いています(No.45)。

圧倒的な描写力という点でベラスケスは突出しています。それは、若い時の作品、たとえば『セビーリャの水売り』(1619頃。20歳)の質感表現を見るだけで十分に分かるのですが、極めつけは『インノケンティウス10世の肖像』(1650)でしょう。この絵については No.19 で詳しく紹介しました。この絵に触発されて描かれた作品もあります。

絵画技法でも「革新的な」絵がいろいろあります。背景をほとんど描かない道化の像(No.36)はマネに影響を与え、その結果『笛を吹く少年』が描かれました。『ラス・メニーナス』の王女の服は、遠くから見ると精緻なリアリズムで描かれているように見えますが、近寄って見ると「太い筆」で「荒くて速いタッチ」で「書きなぐって」あります。印象派が得意とする技法です。

画題に注目すると、何よりも印象的なのはスペイン王室に集められた「道化」「小人こびと」「異形の者たち」の絵です。No.19No.36No.45No.63 のすべての記事がそれに関係しています。No.114「道化とピエロ」でも道化の絵に触れました。



今回は、その「画題」と「絵画手法」に関係した話を書きます。ベラスケスの「動物画」と「風景画」です。


鹿の頭部


No.93「生物が主題の絵」で西洋絵画を中心に動物と植物の絵をとりあげたのですが、その中に鹿の絵がありました。クールべと川合玉堂の作品です。両方とも雪の中の鹿を描いていて、クールべは「狩猟の対象としての鹿」を感じさせ、川合玉堂のの作品は「山に生息する自然の一部としての鹿」といった風情です。

実はベラスケスも鹿の絵を描いています。『鹿の頭部』(1634)という作品です。

鹿の頭部.jpg
ディエゴ・ベラスケス
『鹿の頭部』
1634。66cm × 52cm
(プラド美術館)

プラド美術館のWebサイトの説明では、この絵はマドリードの北方にあるトーレ・デ・ラ・パラーダ(Torre de la Parada = 狩猟休憩塔)の内部に飾られていたのではないか、とあります。トーレ・デ・ラ・パラーダは狩猟のための休憩所というか、「狩猟基地」のための建物です。この館の壁には、ベラスケスをはじめとして「狩猟」をテーマにした数々の絵が飾られていたようです。

しかしこの絵は単に「王侯貴族の休憩所を飾る、狩猟がテーマの作品」ではありません。普通、我々が目にする鹿の絵はクールべや川合玉堂(No.93)のように鹿の全身を描いたものです。しかしこのベラスケスの絵は頭部だけが描かれていて、その鹿の左目はじっとこちらを見つめている。これは「鹿の肖像画」とでも言うべき作品です。

「肖像画」なので普通の鹿の絵とは違った印象を受けます。鹿の「美しさ」や「かわいらしさ」ではなく、動物の「生々しさ」や「野獣の感じ」を受ける。動物は特有の匂いを持つことが多いのですが、その匂いが迫ってきそうな気がします。あたりまえですが、日本画の鹿の絵(川合玉堂 -No.93- や竹内栖鳳など)とは、絵画技法の違いを越えた方向性の違いを感じます。

ベラスケスの肖像画は、美化して描いた(描かざるを得なかった)国王の絵などは別にして、「リアリズムで対象とする人物の本質に迫っていく力」を感じることが多いわけです。『インノケンティウス10世の肖像』(No.19)や『セバスティアン・デ・モーラ』(No.19No.45No.114)がその典型です。「動物の肖像画」であるこの『鹿の頭部』もまたしかり、ということでしょう。「動物画」としてはめずらしく、また他のメジャーな画家の動物画の作例があまりないということで印象に残る作品です。


ヴィラ・メディチの庭園


ベラスケスは風景画も描いています。『ヴィラ・メディチの庭園』(1630頃)ですが、2014年7月26日のTV東京の「美の巨人たち」でこの絵が解説されていました。以下、番組の内容に沿った紹介です。

ローマのボルゲーゼ公園の中に「ヴィラ・メディチ」があります。ここはかつてメディチ家の別荘でした。レスピーギの交響詩『ローマの噴水』はこの庭園の噴水を題材にしています。またフランスの画家、バルテュス(1908-2001)が館長をしていたことがあります。なぜかというと「ヴィラ・メディチ」は1803年以降「在ローマ・フランス・アカデミー」が使用しているからです。

ベラスケスは絵の勉強や絵の買い付けのために、生涯に2度のイタリア旅行をしました。1回目は30歳の頃(1629-1631)、2回目は50歳の頃です(1648-1651)。その1回目の旅行ではヴィラ・メディチに2ヶ月間滞在し、その時に描いたのが『ヴィラ・メディチの庭園』です。ちなみに2回目のイタリア旅行では

  『インノケンティウス10世の肖像』
『鏡をみるヴィーナス』

という重要作品が生まれています。『ヴィラ・メディチの庭園』はこの2作品ほどには有名ではありませんが、重要度では勝るとも劣らない。44cm × 38cm の大きさの油絵作品で、「名画の大作」オンパレードのプラド美術館の中にあっては見逃してしまいそうな小さな絵です。

ヴィラ・メディチの庭園1.jpg
ディエゴ・ベラスケス
『ヴィラ・メディチの庭園』
1630頃。44cm × 38cm
(プラド美術館)
プラド美術館のWebサイト(英語版)では「of the Gardens of the Villa Medici in Rome, with the statue of Ariadne」というタイトルになっている。


風景画


夏の昼下がりの庭園風景です。近景の上部には木立の緑が描かれ、その下に2人の人物が配置されています。庭師(左)と主人(右)でしょうか。

中景のアーチの建造物は、この庭園の回廊です。そこにマント姿の男と、彫刻らしきものが描かれています。彫刻は古代ローマ時代の「眠れるアリアドネ」の彫刻で、現在はフィレンツェに返され、ウフィツィ美術館が所有しています。そして遠景には、明るい背景に映えるように糸杉が描かれています。奥行きを感じさせる構図です。

この絵の第1の特徴は、これが「風景画」だということです。ベラスケスの時代、風景画はきわめてれでした。番組に登場したマドリッド自治大学のマリアス教授は、

  世界で初めて屋外の光の元で描かれた、油絵の風景画

だと発言していました。


驚きの技法


なぜ、ベラスケスはこの庭園の風景を描いたのか。それを探るヒントは、この作品に使われた革新的な技法にあります。

絵の具をたっぷり含んだ筆で、短いタッチで、素早く、軽快に走らせるように描いてあります。特に木の描き方がそうです。そして、濃い色と薄い色を使い分け、そのことで「明暗」や「空気の動き感」や「質感」を表現している。陰影をつけて彫刻的な立体表現する伝統手法は捨てられています。輪郭線もほとんどありません。

これは印象派と同じ技法なのです。つまり、当時としては革新的な技法を使った実験的な作品です。それを印象派の200年以上前にやった。


2枚目の『ヴィラ・メディチの庭園』


実は『ヴィラ・メディチの庭園』を描いた作品はもう1枚あります。「ヴィラ・メディチの庭園(夕暮れ)」(1630頃)という絵です。この絵は、明らかに最初の絵と「つい」になっています。近景の2人の人物。建物の彫刻ともう1人の人物(2枚目では洗濯物を取り込む人)。遠景の糸杉・・・・・・。二枚は連作と言ってよいでしょう。

しかし、描かれた時間が違います。2枚目の絵は1日の終わりの穏やかな風景です。光の感じも、しっとりと、穏やかで、落ち着いた弱い光です。それに見合うように1枚目の絵とは描き方が違います。筆のスピードは明らかに遅く、トラディショナルな絵画手法に近い。印象派っぽくありません。

ベラスケスはこの「連作」で、光を描き分け、また空気感を描き分けたのでしょう。まるでモネが時間帯をわけて同じモチーフを何枚も描いたように(積み藁、ルーアン大聖堂、ジヴェルニーの池・・・・・・)。

ヴィラ・メディチの庭園2.jpg
ディエゴ・ベラスケス
『ヴィラ・メディチの庭園(夕暮れ)』
1630頃。48.5cm × 43cm
(プラド美術館)
プラド美術館のWebサイト(英語版)では「View of the Gardens of the Villa Medici in Rome」というタイトルになっている。


ラス・メニーナスとの意外な関係


1枚目の『ヴィラ・メディチの庭園』に戻ると、この絵は『ラス・メニーナス』(1656)と構図が似ています。

近景に光のあたる人物を置く
  庭師と主人
中景を暗く描く
  アリアドネの彫刻と、黒いマントを着た男性
遠景にハイライトの光を当てる
  糸杉の後ろの空

とう構図であり、この①②③で「視線を奥へといざなう」効果を出しています。この①②③が『ラス・メニーナス』とそっくりなのです。

No.19-6 LasMeninas.jpg
ベラスケス:ラス・メニーナス
(プラド美術館)

ということは、『ヴィラ・メディチの庭園』に描かれた黒いマントの男はベラスケス本人とも考えられます。「ラス・メニーナス」の中景には、まさに絵画を制作しているベラスケス自身が描かれているのだから・・・・・・。中景に画家自身を描く。これが『ヴィラ・メディチの庭園』と『ラス・メニーナス』のもう一つの共通点なのかもしれません。

この絵はベラスケスが自由に羽を延ばせるイタリアで描いた「実験」と「発見」の絵だと言えるでしょう。それが、のちの傑作につながった。番組の終わりにマネの言葉が紹介されていました。


ただベラスケスを見るだけでも旅行に値します。これが画家の中の画家というものでしょう。驚かされたのではありません。魅せられたのです。

(エドゥアール・マネ)



番組を見た感想です。ベラスケス → マネ → 印象派 という絵画史の流れを感じさせる話なのですが、この例に限らずアートの世界においては、どんなに革命的で斬新で、それまでのアートを一変させるような芸術家が出たとしても、必ずその先駆者がいたり、前の時代に「革新の萌芽」が見られたり、ということがあるわけです。アートや文化は前時代からの継承で作られる、革新も継承の一種ということを思いました。

さらに番組を見て改めて思ったのですが、こういう絵の「筆のタッチ」は、現物を美術館で見るよりもテレビカメラで接写して大画面で見た方がクリアに分かるのですね。有名美術館では「近接さえできない」ことが多々あります。テレビで絵画を見るメリットと美術番組の意義を強く感じました。





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