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No.112 - ローマ人のコンクリート(1)技術 [歴史]


ローマ人の物語


No.24 - 27 の4回に渡って、塩野七生・著「ローマ人の物語」をとりあげました。

No.24 - ローマ人の物語(1)寛容と非寛容
No.25 - ローマ人の物語(2)宗教の破壊
No.26 - ローマ人の物語(3)宗教と古代ローマ
No.27 - ローマ人の物語(4)帝政の末路

の4つです。

「ローマ人の物語」は全15巻に及ぶ大著であり、1000年以上のローマ史がカバーされています。そこで語られている多方面の事項についての感想を書くことはとてもできません。そこで No.24 - 27 では「宗教」の観点だけの感想を書きました。

今回はその継続で「インフラストラクチャー」をとりあげます。


インフラストラクチャー


『ローマ人の物語』の大きな特長は

第10巻 すべての道はローマに通ず

という巻でしょう。一冊の内容全部が、ローマ人が作り出した「社会インフラ」の記述に当てられています。ちなみに目次は、

  第1部 ハードなインフラ
  1.街道
2.橋
3.それを使った人々
4.水道

第2部 ソフトなインフラ
  1.医療
2.教育

すべての道はローマに通ず.jpg
となっていて、医療や教育の制度までをカバーしています。もちろんローマ人が作った「ハードなインフラ」は街道・橋・水道だけでなく、港、神殿、公会堂(バジリカ)、広場、劇場、円形闘技場、競技場、公衆浴場、図書館などがありました。ソフトな(制度面の)インフラにも、行政組織、安全保障(軍隊)、治安維持(警察)、法、税制、郵便、通貨の各制度などが含まれます。それら全部を記述することはできないので、街道・橋・水道・医療・教育に絞ったということでしょう。

以降は、この第10巻の感想というより、インフラに関係して特にローマ人が優れていた点と、現代文明との対比について書きます。


ローマ文明に接する驚き


現代人である我々が古代ローマ文明の一端に接して驚くのは、やはり「ハードなインフラ」の部分で、特に各種の大規模建造物です。

ローマ市内に行くと、パンテオンが2000年前のままに建っているし、コロッセオ(円形闘技場)も、崩れているところはあるが、建設当時の威容が十分に想像できます。カラカラ浴場は「遺跡」ですが、浴場部分の建物だけで200m×100mの大きさだったという話を聞くと、率直にすごいと思える。ローマを囲む分厚い城塞も所々に残っています。

ローマ市内を離れると、たとえば水道橋です。これはローマ帝国の版図であった地中海沿岸の各所に遺跡が残っています。クラウディア水道(ローマ郊外)や、南フランスのニームの水道橋(ポン・デュ・ガール:世界遺産)は大変に有名です。『ローマ人の物語』によると、ヨーロッパの中世の人々はポン・デュ・ガールを「悪魔橋」と呼んだそうです。とても人間が作ったものとは思えない、という理由からです。

Pantheon1.jpg
(site : www.abcroma.com)
パンテオン
Colosseo2.jpg
(site : www.abcroma.com)

Colosseo1.jpg
(Wikipedia)
コロッセオ

Aqua Claudia.jpg
クラウディア水道
(Wikipedia)

Pont du gard.jpg
ポン・デュ・ガール
(Wikipedia)

これらのインフラをなぜローマ人は建設したのか、ないしは建設できたのか。それは塩野さんが書いているように、

  社会の公的なインフラを重視するという、ローマ人の世界史上初の考え方や思想

でしょう。それに加えて、

  ものすごい「富の集中」

が前提にあるはずと思います。国家とローマの元老院階級に富が集中し、富が局在化する仕組みがあった。『ローマ人の物語』の中にありましたが(第9巻 賢帝の世紀)、建造物の中には「有力者の寄付」が多々あったわけです。上に掲げたパンテオンも正面に「マルクス・アグリッパが3度目の執政官の時に建てた」という意味の文字が刻まれています(建て直す前の初代パンテオンのことを言っている。マルクス・アグリッパはアウグストゥスの腹心)。また紀元前の共和政の時代では、「アッピウスがアッピア街道やアッピア水道を建設した」と歴史書にあります。アッピウスも、またアグリッパも執政官にまでなった人です。だから「執政官が発案し、国費で建設した」と思ってしまうのは現代人の感覚なのですね。「アッピウスやアグリッパが発案し、建設費用として私財を出した」というのが正しい。それが「建てた」の意味です。

その「富裕層」の財力の例ですが、ユリウス・カエサルは多額の借金をしていて、その最大の債権者は、マルクス・リキニウス・クラッススでした。『ローマ人の物語』には以下のようにあります。


カエサルよりは十四歳年上のクラッススは、すでに父の代からローマ 一の金持ちだったが、彼の代にはそれが国家予算の半ばもの数字に達する

塩野七生『ローマ人の物語』
第4巻:ユリウス・カエサル ルビコン以前

そして、富が集中に加えて忘れてはならないのは、

  インフラ建設を可能にする「高度技術」

です。塩野さんの本にも、街道や橋、水道を建設する技術がいろいろと書かれています。そして思うのですが、

  高度技術の最たるもの、特に大型建造物を作るのに必須だったのがコンクリート

なのですね。現在のローマ市内に行って最も驚くのはパンテオンです。2000年前によく作れたものだと・・・・・・(正確に言うと、今のパンテオンは1880年ほど前に建て直されたのもの)。これを可能にした秘密が「コンクリート技術」なのです。それはパンテオンだけでなく大型建造物の構築に活用されました。

石で作った大規模建造物は古代エジプトにもあったし、古代ギリシャにもあった。またインカ文明にもあった。煉瓦造りの建築も世界の各地にあった。しかしコンクリートを多用した文明は、現代文明を除いてはローマしかないのです。それはローマ文明の大きな特徴だと言えます。

このコンクリート技術の話は塩野さんの本にあまりないので、志村史夫著『古代世界の超技術』(講談社 ブルーバックス 2013)、および土木学会関西支部編集『コンクリートなんでも小事典』(講談社 ブルーバックス 2008)を参考にしながら、ローマ人の技術を振り返ってみたいと思います。


コンクリートとは


古代ローマで使われたコンクリートを理解するためには、そもそも「コンクリート」とは何かを知る必要があります。現代のコンクリートは、主として次の4成分(および水)の混合物です。

セメント

  水で練って放置すると固まる性質をもった物質です。現代のセメントは石灰岩と粘土を細かく粉砕し、それを約1450℃の高温の窯で焼いて作ります。その主成分は生石灰(酸化カルシウム)であり、シリカ(二酸化珪素)やアルミナ(酸化アルミニウム)が含まれます。

細骨材

  セメントに混ぜて強度を出す物質を「骨材」といいます。人間の骨に相当するという意味でしょう。骨材の中で、おおむね5mm以下ものが「細骨材」で、普通、各種の「砂」や、石を細かく砕いた「砕石」が使われます。

セメントに砂を混ぜたものが「モルタル」で、壁を塗ったり、煉瓦やブロックを積む目的などで使われます。

粗骨材

  大きさがおおむね5mm以上の骨材を「粗骨材」と呼びます。30mm程度より小さい「砂利」や「割石」が使われます。重量比でコンクリートの約半分は粗骨材です。

混和材

  コンクリートの強度や耐久性の向上、ないしは硬化速度の向上などために混ぜられる材料全般を「混和材」と呼びます。これには高炉スラグ(鉱滓こうさい。ガラス状の粉末)、フライアッシュなどが使われます。フライアッシュは石炭を燃やしたあとの灰で、コンクリートにできる微細なヒビ割れを化学反応で埋める作用があります。コンクリートの強度が大幅に高まります。

以上の4種の物質に水を加えてを混ぜてたのがコンクリートです。コンクリートが固まる原理は複雑なようですが、基本的にはセメントが水と反応し(水和すいわ反応)、水和物を生成します。そのとき砂や砂利などの骨材を結びつけて固まります。コンクリートは水を吸収して固まるので、基本的に水中でも固まります。

強いコンクリートを作るには「養生期間」が必要です。この期間、コンクリートの表面が乾かないように湿潤状態を保つ必要があります。養生期間は気温が高いほど短い傾向にあり、

  15℃ 以上3日
  5℃~15℃5日
  5℃以下8日

が目安です。

コンクリートは圧縮力には強いのですが、引っ張り力に弱いのが弱点です。ビルで言うと、自重を支えるにはいいが、地震など横揺れには弱いということでしょう。そこで現代では、コンクリートの中に鉄筋を入れて構造物を作るのが一般的です(=鉄筋コンクリート)。ないしは鉄骨と鉄筋を埋め込む工法(鉄骨・鉄筋コンクリート)を行います。

しかし、鉄は腐食するという大きな弱点があります。高速道路の橋脚が劣化しているというニュースで報道されたりします。それは鉄筋が腐食して周囲のコンクリートが剥がれるという劣化が多いわけです。鉄筋コンクートの耐用年数は各種の条件がからんでくるようですが、おおむね50-60年程度とされています。もちろん耐用年数を伸ばす研究もいろいろあります。


ローマン・コンクリート


ここからは古代ローマのコンクリートです。現代のコンクリートと区別するために「ローマン・コンクリート」と呼びます。ローマン・コンクリートは、現代のコンクリートと比較すると、その成分や固まる原理、速度に違いがあります。

セメント

  まずセメントが現代とは違います。ローマン・コンクリートに使われたセメントは、石灰岩を砕いて900℃程度の窯で焼成して生石灰を作り、それを水と反応させてできた「消石灰」(水酸化カルシウム)が主成分です。消石灰も「水硬性」(=水によって硬化する性質)を持っていて、これは堤防、橋脚、港湾施設の工事などには重要な性質です。

細骨材

  細骨材としては砂(川砂、海砂)も使われましたが、ローマン・コンクリートの特長は凝灰岩を砕いた砂が使われたことです。これはコンクリートの強度と耐久性を増し、固まる速度を早めるという効果があります。

粗骨材

  使われたのは石を割った割石や煉瓦片ですが、現代のコンクリートとは大きさに違いがあります。ローマン・コンクリートでは「手で握ることができる大きさ以上」と定められていて、直径10cmを越えるような大きな石も使われました。

混和材

  混和材として使われたのが「ポッツォラーナ」です。これは、ヴェスビオ火山周辺、およナポリ近郊でとれる火山灰で、大量のシリカ(二酸化珪素)が含まれています。この混和材は消石灰と反応して(=ポゾラン反応)強度が高いコンクリートを作り出します。また水硬性も高めます。「コンクリートなんでも小事典」によると「ローマ人は、水1、石灰2、ポッツォラーナ4の割合で混ぜ合わせ」とあるので、ポッツォラーナは混和材というより、ローマン・コンクリートのセメントは石灰とポッツォラーナの混合物と言った方が良いのかもしれません。

ローマン・コンクリートは、現代のものと違って、固まるのに時間が必要です。消石灰とポッツォラーナのポゾラン反応、また消石灰そのものが硬化して炭酸カルシウムになっていく過程は、長い時間をかけて徐々に進みます。現代コンクリートのように水和反応で短期間に強度を出すわけではないのです。その養生期間は、古代ローマの建築書に「きわめて長い年月」とあるようで、相当の時間がかかったようです。少なくとも現代コンクリートの「3日から8日」とは全く違う、年というオーダーの期間でしょう。その意味では、現代社会には向かないコンクリートだと言えます。

以上のローマン・コンクリートの特質を、現代のコンクリートとの比較でまとめておきます。

比較項目 ローマン・コンクリート 現代コンクリート
セメント 石灰岩を焼成し、水と反応させてできる消石灰(水酸化カルシウム)が主成分 石灰岩や粘土を焼成してできる生石灰(酸化カルシウム)、シリカ(二酸化珪素)などが主成分
細骨材 凝灰岩の砕砂、海砂、川砂 砂、砂利、砕石、人工骨材などで、おおむね5mm以下のもの。
粗骨材 割石、石材、煉瓦くずなど。手で握れる大きさ以上。10cmを越える大型骨材も用いられた。 直径5mm程度以上の砂利など。30mm程度まで。
混和材 ポッツォラーナ 高炉スラグ(鉱滓こうさい)、フライアッシュなど
養生期間 長い期間 気温に応じて、3日から8日

志村史夫著『古代世界の超技術』
の表を簡略化して作成

ローマン・コンクリートとは何か、それをマクロ的に見ると、石灰岩を火山灰(ポッツォラーナ)の力を借りて、思い通りの形に造形する技術だと言えるでしょう。


コンクリートの文明


「コンクリートから人へ」という政治スローガンがあったように、コンクリートは現代文明の象徴(の一つ)になっています。その歴史は比較的新しく、実用的なコンクリートは19世紀以降のものであり、コンクリート建築が多量に作られるのは20世紀になってからです。それ以前は世界中において、建造物を「石、煉瓦、木」で作っていました。ところが古代ローマにだけは(ないしはその先生であった古代ギリシャには)コンクリートの技術があった。ローマ人はその技術を大々的に使って、各種のインフラストラクチャーを次々と作ったわけです。

ローマン・コンクリートに、現代のような鉄筋は埋め込まれていません。それだけ引張り強度が劣るともいえる。しかしローマン・コンクリートは、養生に長い時間がかかるのと引き替えに、徐々に硬化(ポゾラン反応や炭酸カルシウム化)が進むという性質をもっています。年とともに強固になるわけです。このことにより、鉄筋がなくても現代コンクリートと遜色がない強度を実現できたようです。またローマ人は、アーチやドームといった建築構造で部材にかかる力を分散し、強固な建造物を作る技術を持っていました。

さらに鉄筋が入っていない「無筋コンクリート」には大きなメリットがあります。それは耐用年数が長いことで、その証明がパンテオンです。現代の鉄筋コンクリートが2000年もつということはありえません。100年はもたないと言われています。そこが大きな違いです。



「コンクリート文明 = コンクリートによる建造物の構築」は、石で作るのとに比較して極めて大きな利点があります。それはまず「成型が非常に容易」だということです。パンテオンは円筒の外壁の上に半球形のドームが乗っていて、ドームの各部材は曲面の大きさが少しずつ違う複雑な形をしています。こういった建築は石では難しい。コンクリートならではです。

「工事に熟練が不要」というのもインフラ建設にとっては大きなメリットです。技術を持った石工(ないしは煉瓦職人)の数が少なくて済むわけです。石を切り出し、研磨・加工し、精密に積み上げるのは、かなりの技術が必要です。そのため、西洋でも日本でも専門の石工職人集団がいました。西洋のフリーメーソンや、日本では滋賀の穴太衆が有名です。しかしコンクリート工法に高度な技術は不要です。

志村史夫著『古代世界の超技術』には、城壁の作り方として次の図が載っています。

ローマ人のコンクリート工法.jpg
古代ローマ人のコンクリート工法

この工法(ブラケット工法)では、粗骨材(割石)とモルタルを「現場で混合」している。モルタルを先に入れるので、モルタルと外枠の間に隙間はできない。ローマン・コンクリートは現代のコンクリートに比較して粘度が高い(流動性が少ない)ので、このように「順番に敷き詰めていく」工法が可能になる。
志村史夫著『古代世界の超技術』より

この工法をとると、外枠の石積み(ないしは煉瓦積み)のためにはそれなりの技術者が必要ですが、コンクリート工事そのものは非熟練者でも可能です。ローマン・コンクリートの正しい調合を指示する技術者、そのノウハウを持った技術者さえいれば、あとは非熟練者を動員して工事ができる。と同時に、外枠の石組みさえ精密に作れば、あとはコンクリートの「成形が容易」という性質をフルに活用できる。ローマ人が大規模インフラ(の建造物)を次々に建設できたのも、コンクリート技術があればこそなのです。現在のローマ市内にある遺跡、コロッセオ、フォロ・ロマーノ、カラカラ浴場などは全部、この工法のコンクリートが使われています。

次回に続く)


 補記:ポッツォラーナ 

2016年7月24日(日)の18:00から放映されたTBSの『世界遺産』で、ローマン・コンクリートがテーマの一つになっていました。ローマン・コンクリートがテレビで取り上げられるとはめずらしいと思います。以下のような内容でした。

ローマのコロッセオの 80% はローマン・コンクリートでできている。

ローマン・コンクリートの強度の秘密はポッツォラーナ(ナポリ近郊でとれる火山灰)にある。

ナポリ近郊のバイアの温泉保養地跡には、ローマン・コンクリートで作られた温泉のドームが2000年以上を経て残っている。温泉は硫黄分を含んでいるが、ローマン・コンクリートは硫黄分にも強い。

番組では、ローマの遺跡修復士の方が出演して、

消石灰と砂と水
消石灰と砂と水とポッツォラーナ

という2つのサンプルを用意し、それらを混合して5時間経過した後を比較していました。明らかにポッツォラーナを入れた方が "堅い" わけです。砂(=細骨材)として凝灰岩を砕いたものが使われたことには触れていませんでしたが、そこまで言うと専門的になりすぎるのでしょう。

とにかく、ローマ人の建築技術の秘密(の一つ)はコンクリート製造においてポッツォラーナという混和材を発見したことである・・・・・・。このことがよく理解できました。




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