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No.105 - 鳥と人間の共生 [科学]

No.56「強い者は生き残れない」で、進化生物学の研究者である吉村仁氏の同名の著書に従って「共生と協調が生物界における生き残りの原理」であることを紹介しました。この本ではそこから論を広げて、人間社会においても「共生と協調」が重要なことが強調されていました。今回はその「共生」についてです。


共生


生物の世界の「共生」は広く見られる現象です。たとえば「昆虫と花」の関係です。昆虫は花から栄養を得て、花は昆虫に受粉してもらうというように相互に依存しています。昆虫がいなくなったら絶滅する花はたくさんあります。

その昆虫の世界では、たとえば蟻とアブラムシ(ないしはカイガラムシ、ツノゼミなど)の共生が有名です。アブラムシは蟻に糖分を分泌し、蟻はアブラムシを外敵(たとえばテントウムシ)から守るという共生関係です。

では、人間は他の生物と共生関係にあるのでしょうか。すぐに思いつくのは、No.70「自己と非自己の科学(2)」で書いた「常在菌」です。常在菌は病原菌と違って、人間の体内に住みついています。


常在菌のすみかは、口腔、鼻腔、胃、小腸・大腸、皮膚、膣など全身に及ぶ。人体にはおおよそ 1015 個(1000兆個)の常在菌が生息し、この数はヒトの細胞数(約60兆個)の10倍以上になる。常在菌の種類は1000種前後と見積もられている。

東京大学・服部教授
日経サイエンス(2012.10)
No.70 - 自己と非自己の科学(2)参照

常在菌には「ヒトの免疫システムの一部として機能している」(No.70)など、人間にメリットを与えている菌が多数あります。常在菌は養分を人間が摂取する食物から得ているので、共生だと言えます。

常在菌との共生は分かるのですが、それは目には見えないし、共生しているという実感が湧きません。蟻とアブラムシのように「目に見えるかたち」で人間と共生している動物はないのでしょうか。犬、猫、馬、牛、小鳥のように人間が家畜として「利用している」のではなく、生物学的な「共生関係にある」動物です。

最近、その「目に見えるかたちでの、人間と動物の共生」に関して興味深い話を読んだので、それを紹介したいと思います。そのためにはまず、アフリカなどに生息する哺乳類・ラーテルから説明する必要があります。


ラーテル


ラーテル-1.jpg
ラーテル
(小学館の図鑑 NEO 2002 より)

ラーテルはイタチ科に属する体長1メートルほどの小動物です。アフリカから西アジア、インドに分布し、サバンナや乾燥した草原、岩石砂漠、また森林にも住みます。

ラーテルは頭部から背中、尻にかけてが白い毛で覆われているのが特徴です。雑食性で、草原などを這い回り、小型の動物(虫や爬虫類、小型哺乳類)や果実などを食べます。

ラーテルの武器は、頭部から背中にかけての分厚い皮です。堅いと同時に伸縮性にも富んでいて、ライオンの牙やヤマアラシの針なども通しません。いわば天然の装甲車です。そういう「装甲」があるからでしょうか、ラーテルの性質は荒く、あらゆる動物に立ち向かいます。ライオンさえ恐れないと言います。ギネスブックには「世界一怖い物知らずの哺乳類」として記載されているようです。

さらにラーテルは毒蛇のコブラをも補食します。ラーテルはコブラの神経毒に対する耐性をもっていて、噛まれても死ぬことはありません。ちょっと驚きです。



ところで、ラーテルの英語名は

 honey badger

ラーテル-2.jpg
木に登って蜂の巣を探すラーテル(小学館の図鑑 NEO 2002 より)
です。honey はハチミツ、badger はアナグマですね。アナグマもイタチ科の動物であり、確かに姿はアナグマに似ています。和名は「ミツアナグマ」で、これは英語名をそのまま訳したものでしょう。

ラーテルは、その英語名・和名が示す通り、蜂の巣を襲い、蜂蜜や蜂の子を食べるのが大好きです。ラーテルが木に登って蜂の巣を探している様子の写真を掲げました。

そしてここからが本論なのですが、アフリカに生息する「ノドグロミツオシエ」という鳥は、このラーテルを蜂の巣に誘導する習性を持っているのです。「習性を持っている」というのは言い過ぎかもしれないので、習性を持っているとされているとしておきます。


ノドグロミツオシエの誘導行動


ノドグロミツオシエ-1.jpg
ノドグロミツオシエ(オス)
(小学館の図鑑 NEO 2002 より)

ノドグロミツオシエは、ミツオシエ科の鳥で、主としてアフリカに分布します。全長は10-20cmで、名前の通り、オスは喉のところが黒い色をしています。この鳥もラーテルと同じように蜂の巣が大好きで、蜂の巣そのものを食べます。ノドグロミツオシエの腸には、蜂の巣の素材である「蜜蝋」を消化する細菌が住みついているので、こういうことが可能なのです(共生!)。

ミツオシエという鳥の英語名は

 honeyguide

で、ノドグロミツオシエは

 greater honeyguide

です。honeyguide = ミツオシエ = ハチミツ案内、という名前が示すように、この鳥は動物を蜂の巣に誘導する習性を持っています。ミツオシエ科の鳥すべてがこの習性を持ってはいませんが、ノドグロミツオシエを含む数種は「ハチミツ案内」の行動をします。

たとえば人間です。アフリカでは現在でも狩猟採集民が生活していますが、ノドグロミツオシエは人間を見つけるとまわりを飛び回り、次に蜂の巣へと先導します。狩猟採集民はノドグロミツオシエの習性を知っていて、その誘導に従って蜂の巣を見つけ、斧で蜂の巣を壊し、蜂蜜を採取します。ノドグロミツオシエは人間が蜂蜜を採取したあとの「おこぼれ」(蜜蝋など)を食べるというわけです。

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蜂の巣を食べるノドグロミツオシエ(小学館の図鑑 NEO 2002 より)。ミツオシエ科の鳥は、腸に共生する細菌が蜜蝋を消化する。

こういう話を聞くと、我々は次のように考えます。

人類発祥の地・アフリカにおいて、極めて長い時間をかけて、ノドグロミツオシエとラーテルの共生関係ができあがった。

人間はかしこいので、ノドグロミツオシエがラーテルを蜂の巣に誘導することを経験的に知り、その誘導行動を利用するようになった。それが繰り返されるうちに、ノドグロミツオシエも直接人間を誘導するようになった。

これがごく普通の考え方でしょう。

しかし、そうではない。ノドグロミツオシエの誘導行動はヒトとの共生関係でできあがった、と主張する人類学者がいます。ハーバード大学のリチャード・ランガム教授です。なぜランガム教授がそう主張するのかというと、それには彼が提唱する「料理仮説」が関係しています。


料理仮説


人間は霊長類の仲間ですが、他の霊長類とは際だって違った体の特徴をもっています。それは

脳が大きい
歯が小さい
腸が短い

という3つです。なぜ人類だけがこのように進化したのでしょうか。ハーバード大学の人類学者、リチャード・ランガム教授は、それは

  人間が食物を加熱調理して摂取するようになったからだ

という説を唱えています。いわゆる「料理仮説」です。

火の賜物.jpg

料理仮説が解説されている。加熱調理はヒトの生物的進化を促しただけなく、余裕時間を生み(食物咀嚼時間の減少)、結婚制度の発達にも影響したと主張されている。

加熱調理すると食物の摂取が容易になり、かつ生で食べるのに比べて栄養の吸収が格段に良くなります。これが脳を発達させ、また歯は小さくてよく、腸も短くて済むようになった。

脳は大きなエネルギーを必要とします。とりわけヒトの脳は大きい。基礎代謝率(安静時のエネルギー消費)の何パーセントを脳の消費が占めるかを比較すると、

◆ヒト   20%
◆平均的な霊長類   13%
◆大半の哺乳類   8-10%

です(『火の賜物』による)。この必要エネルギーの摂取を成立させたのが「加熱調理」だった。

生物にしばしば見られるのは、摂取する食物に体が適応していることです。ウシは草に、蚊は動物の血に、蜜蜂は花のミツに適応したというわけです。その観点からすると、ヒトは加熱調理された食物に適応した生物である・・・・・・。料理仮説をざっと説明すると以上のようになります。

ふつう、脳や歯、腸の進化の原因は人類が肉食を始めたからだとされています。ヒトは約250万年前までには肉食を始めたと考えられています。約250万年前の遺跡から、石器によって切断された大型動物の骨が見つかっているからです。ランガム教授も肉食の重要性を否定してはいません。ただ「進化にとって決定的だったのは加熱調理だ」と考えているのです。



料理仮説はあくまで仮説であり、まだ定説とはなっていません。この仮説に有利な証拠もあるが、不利な点もあるからです。有利な証拠は、動物は加熱調理した食物を摂取すると、生で食べるよりも(ないしは、細かく砕いて食べるよりも)栄養の吸収が良いことが、マウスを使った実験などで確かめられつつあることです。しかし不利な点もあります。それは

  化石記録を検証すると、ヒトの脳の容積の増加は約200万年前から始まっているが、ヒトが火を使った証拠で最も古いものは約100万年前である

ことです。約100万年、ズレています。

 
  ちなみに、100万年前にヒトが火を使った証拠は、イスラエルのヨルダン川沿いのゲシャー・ベノット・ヤーコヴ遺跡で、焼けた種(オリーヴ、大麦、ブドウ)と集められた火打ち石が発見されています。

それ以前の年代では、アフリカで焼けた土や石が発見されていますが、自然現象との見分けがつきません。ヒトが火を使った証拠が残り、かつそれが発見される確率は非常に低いと考えられています(ランガム『火の賜物』による)。

もちろん、証拠が発見されていないからといって「約200万年前にヒトが火を使っていなかった」とは断言できません。今後、何らかの確かな痕跡が発見されるかもしれない。

ランガム教授は、化石人類の解剖学的特徴から「少なくとも約180万年前には、ヒトは火を使っていた」と考えています。火を使って食物を摂取したとしたら、解剖学的に大きな変化が速やかに現れるはずであり、そういった大きな変化は、化石記録から約180万年前(ホモ・エレクトスへの進化)か、約20万年前(ホモ・サピエンスへの進化)のどちらかしかないというのがランガム教授の見解です。しかしこれは火を使ったという間接的な推測です。火を使ったという他の傍証がないのか。



ここで、ノドグロミツオシエが登場します。ランガム教授は、

  ノドグロミツオシエが蜂の巣へ動物を誘導する行動はヒトとの共生関係ででき上がり、その起源は極めて古く、それはヒトが火を使い始めたあとにできた

と考えているのです。この下線をつけた部分を、仮に「ミツオシエ仮説」と呼ぶことにします(一般的な名称ではなく、この記事で仮につけたものです)。


ミツオシエ仮説


ランガム教授の「ミツオシエ仮説」を雑誌から引用します。


チンパンジーは蜂蜜を好むが、ハチに追い立てられるので、ほんの少ししか食べられない。これに対しアフリカの狩猟採集民は、その100倍から1000倍の蜂蜜を手に入れる。火を使っているからだ。煙がハチの嗅覚を邪魔し、攻撃してこなくなる。

リチャード・ランガム教授
「日経サイエンス」(2013.12)以下同じ

燻煙器.jpg
出発点はちょっと意外な着眼です。「ヒトが火を使う」ことと「ヒトが煙を使って多量の蜂蜜を手に入れる」ことが結びつけられています。人類学者であるランガム教授はチンパンジーの生態を長年研究しています。また、人類学者という立場からアフリカの狩猟採集民の生活にも詳しい。ランガム教授は「狩猟採集民はチンパンジーの100倍から1000倍の蜂蜜を手に入れる」と、具体的な数値をあげて断言しています。

  なお、煙で蜜蜂をおとなしくさせる方法は現代の養蜂でも使われます。図の燻煙器(くんえんき。Amazonのサイトより)は、藁・麻布などの火種を入れ、ふいごで空気を送って煙を出す器具です。


問題は、蜂蜜を得るために人間がいつから煙を使ってきたかだ。

そこでミツオシエという鳥の出番となる。アフリカにいるノドグロミツオシエという種は、人間を蜂蜜に誘導するように進化している。この鳥は、人間が木を切る音や口笛、叫び声、そして現在では自動車の音などを聞いて近づいてくる。人間を見つけると目の前で羽ばたき、特別な鳴き声を上げて、人がついてくるのを待つ。こうして1km以上離れたハチの巣まで人間を誘導できるのだ。その人はそこで火をたいて煙でハチを武装解除し、巣を斧で切り開いて蜂蜜を取る。ミツオシエはそのおこぼれとして、蜜蝋にありつける。

(ランガム教授)

ここで述べられているのは、以前から知られていたノドグロミツオシエの誘導行動です。「特別な鳴き声を上げ」とあります。誘導行動に特有の鳴き声があるということは、ノドグロミツオシエが長い進化の過程でこの行動を獲得してきたことをうかがわせます。この次からが「ミツオシエ仮説」の核心です。


この誘導行動(生来のもので、学習の結果ではない)はミツアナグマ(引用注:= ラーテル)との共生関係に端を発し、人間は後からそこに加わったのだと考えられていた。しかし過去30年の研究で、ミツアナグマが蜂蜜の場所へミツオシエによって導かれる例は、あっても非常にまれであることがはっきりした

(ランガム教授)

第1のポイントは「誘導行動は生来のもの」というところです。引用にはありませんが、その最大の根拠は、ノドグロミツオシエは「托卵」をする鳥だという事実です。つまり、カッコウと同じように、他種の鳥の巣に卵を産みつけ、雛は他種の鳥に育ててもらって巣立ちます。親鳥から誘導行動を学ぶ生育環境はないのです。

第2のポイントは「ラーテル(ミツアナグマ)を誘導するのは、あったとしても非常にまれ」というところですが、これを立証する研究は大変だと思いますね。ノドグロミツオシエが人間を誘導することは分かっているので、フィールドワークをする研究者は「ノドグロミツオシエに見つからないようにラーテルを観察する」必要があります。その結果が「あったとしても非常にまれ」ということなのでしょう。この観察・研究結果からのランガム教授の推論です。


この鳥と共生的な関係を結んでいる現生生物がヒト以外にいないとすると、ミツオシエがこの行動を進化させるのを助けた絶滅種が過去にいたのではないだろうか? そう、もっとも妥当な候補は絶滅人類だ。私たちの祖先が昔から火を使っていたので、十分に長い期間にわたって自然選択が働き、ミツオシエとの関係が発達したことを強く指し示している。

(ランガム教授)

現生人類は約10万年前にアフリカで誕生し、ユーラシア大陸へ、また南北アメリカへと渡っていったというのが定説です。それ以前にアフリカで生まれたヒト、およびユーラシア大陸へ渡ったヒト(ジャワ原人、ネアンデルタール人など)は全て絶滅したと考えられています。上の文章の「絶滅人類」とは、そのことを言っています。では、ノドグロミツオシエという鳥の種は、どの程度の昔からアフリカにいるのでしょうか。


英ケンブリッジ大学のスポッティスウッド(Claire Spottiswood)はノドグロミツオシエのメスには地面の巣に産卵するものと、樹上の巣に産卵するものの2タイプがあり、異なるミトコンドリアDNAを伴っていることを発見した(ミトコンドリアDNAは細胞のエネルギー生産器官であるミトコンドリアにみられるDNAで、母親から受け継がれる)。スポッティスウッドらは変異の発生率をかなり控えめに想定したうえで、この2つの系統が約300万年前に分岐したことを突き止めた。つまりノドグロミツオシエは少なくとも300万年前から存在している。

だからといって人間の火の使用に基づくミツオシエの誘導行動が300万年前にさかのぼることにはならないが(もっと後になってからのことだと考えられる)、ミツオシエが大きな進化的変化を遂げられるだけの古い種であることは確かだと言える。

(ランガム教授)

  補足しますと、上の引用での「産卵」は、前にも書いたように他種の鳥の巣に卵を産みつける「托卵」です。引用から推測すると、ノドグロミツオシエには遺伝的に異なった2つのタイプがあり、托卵をする相手の鳥が違っている(地上に巣を作る鳥と、樹上に巣を作る鳥)ようです。

ノドグロミツオシエの誘導行動は火を使うヒトとの共生関係で発生した、というのが「ミツオシエ仮説」です。ではヒトはいつから火を使うようになったのか、その時期はこの仮説からは(少なくとも引用したランガム教授の雑誌での解説からは)出てきません。

問題は誘導行動という「大きな進化的変化」に要する時間の長さです。「ミツオシエ仮説」に従ってノドグロミツオシエの誘導行動が成立する過程を考えてみると、

ノドグロミツオシエという種が成立する(300万年前より以前)。

ヒトが火を使い始める(100万年前より以前)。

ヒトが「煙を使って極めて効率的に蜂蜜をとる」方法を会得する。

ノドグロミツオシエが誘導行動をとるように進化する。

という経過になるはずです。

問題は の時間です。これには「動物行動の進化」に関する知見が必要です。「日経サイエンス」の記事には書かれていませんが、ランガム教授は の時間を100万年というオーダーで考えているのではないでしょうか。だとすると、ヒトが火を使い始めた時期()は、現在から100万年前ということはあり得ず、それより遙かに昔ということになります。それはヒトの脳の容積が増大し始めた時期と重なるのではないか・・・・・・。ランガム教授はこう考えているようです。

日経サイエンス 2013-12.jpg
引用した日経サイエンス(2013.12)の記事。写真はランガム教授


2つの共生系


ミツオシエ仮説を認めるとすると、100万年というオーダーの昔からアフリカのサバンナで2種類の共生が成立していたことになります。

一つは蜂と花の共生です。蜂(ミツバチ)は花の蜜を集め、それを幼虫の栄養にする。花は蜂に受粉をしてもらうという、太古の昔からの共生系です。

ノドグロミツオシエ-3.jpg
ノドグロミツオシエ
ランガム教授のカリフォルニア大学サンディエゴ校(U.C. San Diego)での講演(2012)より
もうひとつはヒトとノドグロミツオシエです。ノドグロミツオシエは蜂の巣の場所をヒトに教え、ヒトは煙を使って容易にハチミツを採取し、ノドグロミツオシエは残された蜜蝋を食べる、という共生系です。ランガム教授はカリフォルニア大学・サンディエゴ校の講演(2012年。ネットで公開されている)で「ケニアの狩猟採集民の研究では、蜜蜂の巣を採取するのに普通は平均8時間かかるが、ノドグロミツオシエの誘導行動を利用すると平均3時間でできる」と述べています。狩猟採集の効率という意味では大きいのです。

この花と蜂、ヒトとノドグロミツオシエという2つの共生系をつなぐキーワードは「蜜」です。この共生系において蜜は、

  花 → ミツバチ → ヒト → ノドグロミツオシエ(おこぼれ)

と連鎖します。それがアフリカのサバンナでヒトの誕生の初期に起こった。ヒトの誕生の初期に起こったというのはあくまで「仮説」です。しかし、

  少なくともアフリカのサバンナの狩猟採集民とノドグロミツオシエは「蜜」を介して(現代も)共生している

ことは確かです。ヒトを含む生物界においては「共生」が重要だということを改めて思わせる話です。

ランガム教授の講演-1.jpg ランガム教授の講演-2.jpg
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ノドグロミツオシエの誘導行動を利用し、火を使って蜂蜜を採取するアフリカの狩猟採集民。ランガム教授の U.C. San Diego での講演(2012)より。

ここでちょっと考えてしまうのですが、共生が重要ということは、逆にノドグロミツオシエの将来が気になります。アフリカの近代化の進展で、狩猟採集民もいずれ「文明化」し、狩猟採集はやめてしまうと考えられます。農業や牧畜に移行し、蜂蜜をとるにしても養蜂になるはずです。ノドグロミツオシエの誘導行動は、いずれ人間にとって不要になる

そのときノドグロミツオシエはどうするのでしょうか。ラーテルと新たな共生関係を結ぶのか、共生なしに単独で蜂の巣を攻撃するのか、それとも絶滅してしまうのか・・・・・・。人類史の研究という観点からも気になるところです。


ハチミツ仮説


これ以降は「ミツオシエ仮説」の先で、ランガム教授の見解というわけではありません。ミツオシエ仮説の主張を認めるとすると、別の「仮説」が頭に浮かびます。こういう質問はどうでしょうか。


  自然界にある「人間が食べられる」もので、

加熱調理する必要がない
人間の体内で消化活動の必要もない
速やかに体に吸収されて栄養になる

という条件をすべて満たすものは何でしょう?


答えは「ハチミツ」です。他にあるかもしれませんが、我々の身近にあり、すぐに思い浮かぶのはそれしかない。

  余談になりますが、「速やかに体に吸収されて栄養になる」「ハチミツ」の二つで思い出すのが、No.87 で紹介したメアリー・カサットの絵、「闘牛士にパナルを差し出す女」(1873。クラーク美術館)です。パナルとはスペイン語で蜂の巣の意味です。

ハチミツは自然界にある最も甘いものと言われていますが、同時に非常に効率的に栄養を摂取できる食物です。ハチミツの 80% はブドウ糖と果糖であり(ほぼ半々)、これらは速やかに人間の体内に吸収されて栄養になります(いわゆる単糖類)。特に、ブドウ糖は脳の栄養としては必須です。ハチミツは花から集めた「蜜」(ショ糖が主成分)を蜂が体内で分解したもので、蜂があらかじめ「消化してくれた」ものと言ってよい。このハチミツこそ、「ミツオシエ仮説」の鍵となっているものです。

その「ミツオシエ仮説」は、そもそも「料理仮説」の傍証でした。「料理仮説」は加熱調理により容易にエネルギーを摂取できることが、ヒトの進化を促したと主張するものです。

だとすると、ごく自然に次のような考えが浮かびます。つまり、ヒトはノドグロミツオシエとの共生で多量のハチミツを入手して摂取できるようになったからこそ、脳の巨大化などの進化が可能になったのでは、という考えです。これを仮に「ハチミツ仮説」と呼ぶことにします。


(ハチミツ仮説)

ヒトは火を使うようになって、蜂の巣(ミツバチの巣)さえみつければ容易にハチミツを入手できるようになった(煙で蜂を麻痺させるから)。

さらにヒトはノドグロミツオシエとの共生により、どこに蜂の巣があるかが容易に分かるようになり、多量のハチミツを入手できるようになった。

食物の加熱調理に加えて、ハチミツの摂取がヒトの脳の巨大化を促した。これがアフリカのサバンナにおけるヒトへの進化の要因になった。


つまり、ヒトが「ホモ・サピエンス」へと進化する引き金を引いたものの一つは鳥だったのかもしれない・・・・・・という考えです。これが「仮説」と言うに値するかどうかは分かりません。100万年前のサバンナの自然環境(そんなにミツバチがいたのか? また花が多かったのか?)や、当時のヒトの食料に占めるハチミツの重要度についての知見や想定が必要だからです。ランガム教授はカリフォルニア大学サンディエゴ校での講演(2012年)で、現在のアフリカの狩猟採集民はカロリーの 10% - 15% をハチミツから得ている、という研究事例を述べています(その一方で人間以外の霊長類はゼロに近い)。10% - 15%というのは少ないようにも見えますが、他の食料のように咀嚼・消化の必要がないので「エネルギー収支」からみると多いようにも考えられる。また、これは現在の話です。100万年前はどうだったのか。そもそもヒトが「火を恐れず、火を使う」ということは、どういうメリットをもたらしたのでしょうか。

加熱調理によって栄養が効率的に摂取できる(脳の発達や余裕時間の発生)。

煙を使うことで多量のハチミツを入手できる(効率的な栄養摂取)。

アフリカの夜のサバンナで肉食性の猛獣から身を守れる。

その他、「暖をとる」「明かりになる」「腐りやすい食物をいぶして保存する」「夜の火や昼の煙が通信手段になる」などがすぐに浮かびます。どれも正しいと思いますが、 だけで考えたとすると、どれがヒトにとって重要だったのでしょうか。

「重要」というなら だと考えられます。生死に関わることだからです。 は、どちらも栄養の摂取に関係しています。では、 のどちらが重要だったのでしょうか。ひょっとしたら かも知れません。

「ハチミツ仮説」が正しいかどうかはともかく、アフリカの狩猟採集民にとって、極めて長期の昔からハチミツが重要な栄養源であったことは確かです。そして人類学の確固とした定説は、ヒトのルーツをたどるとアフリカで狩猟採集をしていた霊長類に行きつくということなのです。

「蜂蜜の歴史は人類の歴史」という言葉があるようですが、その場合の「人類の歴史」というのは、たとえば「紀元前5000年の古代エジプトからの歴史」というような意味ではなく「人類学的なヒトの歴史」という意味にとらえた方が良いようです。「蜂蜜の歴史はヒトの進化の歴史」が、より正確でしょう。

蜂蜜.jpg
ハチミツの80%はブドウ糖と果糖であり、ミツバチが精製・凝縮してくれた花の蜜のエッセンスである。写真は千葉県のサイトより。



「ミツオシエ仮説」、そして発端となった「料理仮説」で感じることは、サイエンスにおける仮説の重要性です。それはもちろん学者の領域ですが、我々としても「素人しろうと仮説」を想像してみてもいいのではと思います。仮説は科学者だけのものではないからです。

仮説を立て、それが正しいとしたら何が言えるかを考え、それを検証するための行動を起こし、結果を判断して仮説を修正する、という「モノの考え方」や「行動のプロセス」は、ビジネスの世界や実社会でも大変に重要なのです。



 補記1:ハッザ族 

タンザニアの北部に住む狩猟採集民、ハッザ族の人たちが、ノドグロミツオシエの誘導で木の幹に作られた蜂の巣を採る動画がYouTubeに公開されています。火を起こす場面もあり、狩りの様子がよく分かります。ランガム教授も登場します。

(2017.12.22)


 補記2:ミツオシエと人との会話 

先日の TV 番組で、動物行動学者の鈴木博士がミツオシエと人との双方向会話について語っておられたので紹介します。番組は、

NHK Eテレ "サイエンス ZERO"
(2021年12月5日 23:30-24:00)
「鳥の言葉を証明せよ! "動物言語学" の幕開け」

です。動物行動学者の鈴木俊貴としたか博士(京都大学 白眉センター 特定助教)は、鳥(シジュウカラ)が言葉をもつ(単語・文法)ことを証明されました。シジュウカラの鳴き声のパターンは 200以上あり、現在までにその中の15の鳴き声の意味が解明されています。番組ではこの発見の経緯や、言葉であることの証明のプロセスの紹介があり、大変興味深いものでした。その最後で、アフリカのモザンビークにおけるミツオシエと人間の関係を話されていました。その部分を採録します。


ミツオシエという鳥がいるんですけど、ミツオシエっていう鳥は人のところに近づいてきて「ギギギギギ」って鳴くんですよ。そうすると人間は「蜂蜜の場所を教えてる」、要するに「蜂の巣の場所を教えてくれてる」って解釈して、その鳥を追いかけるんですね。そうすると、ちゃんと蜂の巣があるんですよ。

でも、蜂って怖いんで、鳥にとっても怖いんですけど、人間は火を焚いて、その煙で蜂をやっつけて、巣を落として、蜂蜜を食べられるんですよ。そのおこぼれをミツオシエにあげると、また教えに来てくれる。

しかも、ミツオシエを見失っちゃうこともあるんですよ。そのとき人間は「ブルルルル」という声を出す。そうすると寄ってくる。双方向に会話が成り立ってるようなところもあるわけです。

鈴木俊貴博士
NHK Eテレ "サイエンス ZERO"
(2021年12月5日)より

鈴木博士の話の重要な点は、ノドグロミツオシエと人間が双方向に会話するというところですね。これは、たとえば幼鳥の鷹を訓練しながら育て、双方向に「会話」しつつ鷹狩りをするというような話とは全く違います。人間の方は「会話」を親子代々で伝承できますが、ノドグロミツオシエは本能にビルドインされています。野生の鳥なのだから。そこがポイントです。

(2021.12.16)



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