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No.102 - 遺伝子組み換え作物のインパクト(1) [社会]

No.100「ローマのコカ・コーラ」の最後の方に、

  食料が企業に独占されると問題になる。その例が遺伝子組み換え作物(GM作物。大豆、とうもろこし、など)

との主旨を書きました。今回はその遺伝子組み換え作物について、それがどういうインパクトを社会に与えている(今後与える)のかを書いてみたいと思います。以下、「遺伝子組み換え」という意味で、GM作物、GM大豆、GM食品(=GM作物を原料とする食品)などと記述します。GMは、genetically modificated(遺伝的に改変された)の略です。


GM作物の現状


GM作物は「アメリカ発」の農産物なのですが、我々日本人にとって無関心ではいられません。というのも、一人当たりのGM食品摂取量が一番多いのは日本人だと考えられているからです。東京大学大学院の鈴木宣弘教授が書いた『食の戦争』(文春新書。2013)から引用します(下線は原文にはありません)。


食の戦争.jpg
アメリカの農務省高官(USDA)も語ったように、今では日本人の1人当たりのGM食品消費量は世界一と言われている。日本はトウモロコシの9割、大豆の8割、小麦の6割をアメリカからの輸入に頼っている

GM作物の種子のシェア90%を握る多国籍企業モンサント社の日本法人・日本モンサントのホームページの解説によると、日本は毎年、穀物(トウモロコシなど粗粒穀物や小麦)、油糧作物(大豆、ナタネなど)を合計で約3100万トン海外から輸入しているが、そのうちGM作物は合計で約1700万トンと推定され、日本国内の大豆使用量の75%(271万トン)、トウモロコシ使用量の80%(1293万トン)、ナタネ使用量の77%(170万トン)がGM作物と考えられる。

年間1700万トンとは、実に日本国内の米生産量の約2倍に相当する数量である。

鈴木宣弘『食の戦争』
(文春新書。2013)

GM作物は「アメリカ発」であるにもかかわらず、なぜアメリカでなく日本がGM食品摂取量が一番多い(と推定される)のか。その間接的な理由は、

  アメリカで(および世界中で)「GM小麦」の栽培がされていない(認可されていない)からです。アメリカは、主食の(=人間が直接摂取する)小麦についてはGM小麦を作らないという方針を貫いているのです。反対論が強いからです。

では、日本人が直接摂取するGM大豆はどうなるのかという問題が出てくるわけです。納豆、味噌、大豆加工品である豆腐、醤油などです。GM作物は日本人にとって無関心ではいられないと書いたのは、こういう事情があります。

現代日本でGM作物の「流通状況」と「GM表示義務」について、鈴木教授の本から引用します。


現在日本で承認され、流通している遺伝子組換え(GM)作物は、大豆、トウモロコシ、ナタネ、ジャガイモ、綿、てんさい、アルファルファ、パパイヤの8品目だが、これら8品目と、これらの作物を主な原料とする33種の加工食品(豆腐・納豆・味噌・きな粉・コーンスナック類・ポップコーンなど)に「遺伝子組換え」「遺伝子組換え不分別」の表示義務を課している。

しかし、現在の表示制度では表示の義務がある食品は限られており、醤油やコーン油などの食用油、菓子類や清涼飲料に使用されている異性化液糖(トウモロコシなどが原料)などには「遺伝子組換えでない」という任意表示も認められている。遺伝子組換え作物を使用しても、その加工の過程で組換えられたDNA及びそれによって生じたタンパク質が残存していないような食品は表示しなくてもよいことになっているのだ。

この表示義務の有無の違いは、たとえば同じダイズ由来である「豆腐」と「ダイズ油」を例に考えてみるとわかりやすい。「豆腐」は表示義務があるため、無表示の場合は「遺伝子組換えでない」という意味になる。ところが「ダイズ油」は表示義務がないため、無表示はつまり、「遺伝子組換え」または「遺伝子組換え不分別」を意味することになる。

実際に、大手の食品油製造メーカーへのアンケートで、ほぼ100%が「遺伝子組換え不分別」と答えているように、普段使っている食用油は遺伝子組換え原料由来である可能性が高い。

現在ですらこういった問題があるが、TPPに参加すれば、アメリカの基準に従って、表示義務はすべて廃止されるよう求められる可能性がきわめて高い

鈴木宣弘『食の戦争』

遺伝子組み換え作物の栽培面積.jpg
遺伝子組み換え作物の栽培面積

2012年で栽培面積は1億7000万ヘクタールに急増し、栽培国は28カ国になった。作物は、大豆、トウモロコシ、ワタ、ナタネでほとんどを占める。米国では大豆、トウモロコシの9割がGM種である。日経産業新聞(2013.10.03)より。

最後の方に下線をつけた部分などは、とくに注視すべきでしょう。

この問題を考えるためには、そもそもGM作物とはどういうものか、それがどういう問題をはらんでいるのかを理解しておく必要があります。それを、世界最大のGM種子メーカーである米国・モンサント社の「除草剤・ラウンドアップと、それに耐性をもつGM作物(特に大豆)」について見ていきたいと思います。除草剤の「ラウンドアップ」は製造・販売元であるモンサント社の商品名であり、その主成分は「グリホサート」という化学物質です。

  なお、以下のグリホサートについての説明は『日経サイエンス 2011年8月号』の記事「はびこる農薬耐性雑草」を参考にしました。


除草剤・グリホサート


農薬として使用される除草剤にはさまざまな種類がありますが、1970年に米国のモンサント社が開発した「グリホサート」という化学物質があります。これは除草剤(草を枯らす)というより「除植物剤」とでも言うべきで、全ての植物を枯らす薬品です。

植物には、植物だけにあるEPSPS(5 - エノールピルビルシキミ酸 - 3 - リン酸合成酵素。5-Enolpyruvylshikimate-3-phosphate synthase)という酵素があり、これは植物の生育に必須の3つのアミノ酸(トリプトファン、フェニルアラニン、チロシン)を作るのに不可欠な酵素(の一つ)です。グリホサートはEPSPSの酵素としての働きを阻害します。グリホサートを葉にかけると植物はその日のうちに成長が止まり、1~2週間で枯れてしまいます。

グリホサートの除草剤としての特徴は以下の3点です。

グリホサートは全ての植物を枯らす。除草剤の中には単子葉植物(イネ科植物など)だけを枯らす(またはその逆)といったものがあるが、グリホサートにそういった性質はない。

葉に直接散布する必要がある。土壌に散布すると除草効果が出るとか、そういったことはない。

人間に対する毒性、植物への残留性が、他の除草剤と比較して少ない。

毒性と残留性が少ないのは明らかなメリットです。しかし全ての植物を枯らすということは、グリホサートの使用に制限がつくことになります。

グリホサートが使えるのは、基本的に作物の芽が出る前です。春に土地を耕し、作物の種を蒔く。そして作物の芽が出る前に生えてきた雑草に対し、グリホサートをあたり一面に散布する。すると雑草が枯れ、そのあとに作物の芽が出ることになります。

しかし作物が成長した後に生えてくる雑草にこの手は使えません。使うとしたら、畑に「分け入って」雑草だけに散布する必要があります。全ての植物を枯らすので「あたり一面に散布する」ことは出来ないのです。従って農家としては、他の除草剤も併用したり、人手で雑草を取ったりして「雑草管理」をすることになります。そもそも春に土地を耕すのも、雑草の種子を地中深く追いやり、発芽させないようにするため(が一つの目的)です。

ところが、モンサント社(本社:米国・ミズーリ州)は「GM作物」作り出すことによって、この状況を一変させました。


モンサント社の「グリホサート耐性作物」


もともとモンサント社は農薬会社です。グリホサートを主成分とする除草剤も「ラウンドアップ」という商品名で売り出していました。

このモンサント社がグリホサート耐性(グリホサートを散布しても枯れない)大豆を作り出したのです。モンサント社は1996年に、その大豆の種子を「ラウンドアップ・レディー」という商品名で発売開始しました。その後、綿、ナタネ、トウモロコシも発売しました。

グリホサート耐性をもつ大豆の開発には、モンサント社の長期に渡る研究があったようです。その様子を「日経サイエンス」から引用します。


7年にわたる目的遺伝子の探索は、ルイジアナ州にあるモンサントの工場の排水溝でゴールを迎えた。グリホサートを含む廃液中でも生きられる生物を探していた研究者はそこで、突然変異によって本来とはわずかに変わったEPSPSを作り出す細菌を発見した。

この変異酵素は正常なEPSPSと同じ3種類のアミノ酸を作るが、グリホサートの影響を受けなかった。そこで、この変異酵素の遺伝子を単離し、ほかの3種類の生物から採取したいくつかのハウスキーピング遺伝子(目的の遺伝子を細部内でうまく働かせるのに必要な遺伝子)とともに遺伝子銃を使ってダイズの細胞に組み込んだ。

遺伝子銃は、金の微粒子に目的のDNA遺伝子をくっつけて植物に打ち込む装置。ダイズの胚に多数打ち込めば、少なくとも数個の遺伝子が、染色体のしかるべき位置に入るだろうという力ずくの方法だ。何万回もの試験の結果、グリホサート耐性を持ち、その形質が子孫へと遺伝する株をほんのわずか得ることができた。

「日経サイエンス」(2011.08)

「日経サイエンス」によると、モンサント社がこの開発にかけた費用は70万人・時とあります(モンサント社の発表)。どのくらいの金額かは書いてありませんが、個人的に推定してみると、1人・時を日本円で1万円と置くと、70億円という金額になります。これ以外に研究設備の費用がかかっているはずです。

「日経サイエンス」の記事にあるように、グリホサート耐性をもつ大豆を作り出すためには、

グリホサート耐性をもつ「突然変異体の生物」を自然界の中から探し出す。

その遺伝子を大豆に組み込んで、大豆として正常に生育し、グリホサート耐性をもち、かつその耐性が子孫に遺伝する「GM大豆」を作り出す。

の、2つのステップが必要です。しかし、この2つともアテがあってできるものではないでしょう。(当時としては)ギャンブルとも思える研究・開発に(人件費だけで)70億円というオーダーの投資したわけです。ということは、モンサント社はグリホサート以外の除草剤に対する耐性遺伝子も探索・研究したと考えるのが自然です。「グリホサート決め打ち」で研究して失敗すると大きな損失が出るからです。たまたまヒットしたのがグリホサートだったのではないでしょうか。そして、後でも書きますが、他の除草剤に対する耐性遺伝子の探索は、現在も続いています。



グリホサート耐性大豆と除草剤・グリホサートの組み合わせは、農業の「雑草管理」の方法を一変させました。農家としては、除草するためにはとにかくグリホサートを散布すればよい。作物の芽が出る前でも、作物の生育中でも、です。しかも雑草と作物の両方に散布すると雑草だけが枯れる。これは、あたり一面に、たとえば飛行機からグリホサートを散布するというような手法が大々的に使えることを意味します。

農家の「雑草管理」の手間は圧倒的に少なくなり、農業のコストが削減されます。春先に畑を掘り返して雑草の発芽を防ぐ手間もいらなくなる。人が畑に分け入って雑草をとるような作業も皆無になる。しかも大規模農業ほどコスト削減効果が顕著になるはずです。また、明らかに大豆の増産効果があります。

しかし問題点もあります。グリホサート耐性大豆(商品名:ラウンドアップ・レディー)と、除草剤・グリホサート(商品名:ラウンドアップ)の組み合わせは「単一農薬の広範囲使用」に農業を誘導し、それが弊害を引き起こすことがあるのです。


スーパー雑草の拡大


単一農薬の広範囲使用で引き起こされる問題は「ラウンドアップに耐性をもつ雑草」つまりラウンドアップを散布しても枯れない雑草の出現です。

「日経サイエンス」2011年8月号に「はびこる農薬耐性雑草」という記事が掲載されまた。アメリカのサイエンス・ライターで元News Week編集長の J.アドラー氏が書いた記事です。この記事では、ラウンドアップ(有効成分:グリホサート)に耐性を持つ雑草を「スーパー雑草」と呼んでいて、アメリカでの状況が報告されています。


スーパー雑草はかつて米国内の各地に点在する程度だったが、ここ10年で4万5000平方k㎡にまで広がった。米国の全耕作面積約160万平方k㎡からみればごくわずかだが、2007年以降だけでも分布面積は5倍に拡大している。

「日経サイエンス」(2011.8)

米国で作られているGM作物は、トウモロコシ、大豆、綿が主なものですが、これらの畑すべてにスーパー雑草は進出しているようです。


研究者がマークするラウンドアップ耐性雑草の中には、ワタやトウモロコシ、ダイズの畑にはびこる最も繁殖力が強くてやっかいな雑草が入っている。オオブタクサやブタクサ、ヒメムカシヨモギ、ジョンソングラス、ウォーターヘンプ、オオ ホナガ アオゲイトウなどだ。

最後に挙げたオオ ホナガ アオゲイトウは怪物のような雑草だ。茎は野球のバットほどの太さになり、刈り入れ中に運悪くこの雑草に出くわせば、コンバインが止まってしまうほど頑丈だ。この雑草が除草剤耐性を持つと「駆除は至難の技だ」とパデュー大学の雑草学者バウマン(Thomas T. Bauman)は話す。「オオ ホナガ アオゲイトウはオオブタクサ(3mを超えるものもある)が小さく見えるほど巨大な上、季節を問わずに育つので、駆逐したつもりでも雨が降ればまた芽を出す」。

ワタ栽培農家の中には除草剤耐性のオオ ホナガ アオゲイトウがはびこる畑を放棄せざるを得なくなった農家も出てきた。1世紀前と同様、人海戦術で駆除に取り組んでいる農家もある。「2010年、畑でくわを振るった農作業者の人数は、この15年間の総数よりも多かった」とミシシッピ州立大学の研究開発担当副学長のショー(David R. Shaw)は言う。「しかも雑草駆除は非常にきつい作業だし、利益をあげるのは極めて難しい」。

「日経サイエンス」(2011.8)

農業を効率化しコストを削減するはずの「除草剤・ラウンドアップと、ラウンドアップに耐性をもつGM作物」という組み合わせが、スーパー雑草の出現によって、本来の目的とは逆に農家の利益を圧迫する結果を招いているわけです。



雑草はどうやってラウンドアップ(グリホサート)から逃れるように進化したのでしょうか。そのメカニズムの一つが「日経サイエンス」に次のように解説されています(説明図参照)。

雑草がグリホサートから逃れる戦略.jpg
雑草がグリホサートから逃れる戦略
通常の雑草(a)は、グリホサートによってEPSPS酵素を阻害され、枯れる。しかしスーパー雑草(b)は、EPSPS遺伝子が大量に複製されている。この結果、グリホサートが阻害し切れないほどたくさんのEPSPS酵素が作り出される。
(日経サイエンス 2011.08 より)

前の方で説明したように、グリホサートは全ての植物がもつEPSPS酵素の働きを阻害します。EPSPS酵素は植物の成長には欠かせないものなので、グリホサートを散布された植物は枯れてしまいます。

ところがスーパー雑草のDNAを調べると、EPSPS酵素を作り出す指令となっている「EPSPS遺伝子」の数が、普通の雑草の5~160倍もあります。つまり、グリホサートの阻害効果を打ち消してしまうほどの大量のEPSPS酵素を植物内に作り出して生き残るのです。

「日経サイエンス」の解説を読んで思うのですが、この雑草の生き残りメカニズムだと、グリホサートを通常使用量以上に大量に何回も散布すれば、スーパー雑草も枯れる(ものが出てくる)のではないでしょうか。ますます農薬使用量が増えるのではと想像します。いくらグリホサートの毒性が少ないと言っても、使用量が増加して「不適切使用」になるとメリットは無意味になってしまうのではと思います。



抗生物質を投与されても生き残る耐性菌と同じように、除草剤に耐性を持つ雑草の出現(進化)は以前から知られていました。スーパー雑草は別にラウンドアップに限ったことではありません。

しかし「ラウンドアップという単一の除草剤を、広範囲に使う農業」が、スーパー雑草の出現を助長(加速)していることは容易に想像できます。つまり、GM作物が植えられた広大な畑は、雑草の進化にとっての格好の実験場になっているということだと思います。

抗生物質にも耐性菌が出現しますが、抗生物質は人間の病気を治癒したり、人間の命を救う目的で開発されたものです。一方、GM作物は農業の効率化を狙っています。ふたつの目的はかなり違います。同じレベルで考えたり議論したりはできないでしょう。

モンサント社は、当然のことながらスーパー雑草(グリホサート耐性雑草)の出現(拡大)を予測していたはずです。農薬耐性雑草の出現は業界では常識だからです。何らかの対応策が必要ですが、除草剤はグリホサートはだけではありません。「日経サイエンス」にも、モンサント社が他の除草剤に対する耐性を持ったGM作物を売り出す計画だと書かれていました。GM作物の研究・開発には多大な資金が必要ですが、そのリターンも大きい。モンサント社にとって「折り込み済み」のスーパー雑草の出現・拡大は、また新たなビジネスチャンスをもたらすというわけです。

続く


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