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No.85 - 洛中洛外図と群鶴図 [アート]

No.34 の主題の「大坂夏の陣図屏風(大阪城天守閣蔵)は六曲一双の屏風で、右隻には戦闘場面が、左隻は敗残兵や戦火を逃れる市民が描かれていました。No.34 に掲げた左隻を見ても分かるのですが、ここにはものすごい数の人が描かれています。六曲一双で5000人程度と言います。大坂城という「市街地」での大戦闘なので、必然的にそうなるのでしょう。

それに関係してですが、ものすごい数の人が描かれた屏風は他にもあります。有名なのが「洛中洛外図屏風」で、これは「大坂夏の陣図屏風」以上に良く知られています。歴史の教科書でも見た記憶があります。

実は先日「洛中洛外図屏風(上杉本)」の実物大の複製を見る機会がありました。京都市の北西隣の亀岡市で「複製画の日本美術展」が開催されていたので、3月末に京都へ行ったついで見てきたのです。今回はその「複製画の日本美術展」と、そこに出品されていた「洛中洛外図屏風」をはじめとする日本画の感想を書きたいと思います。


文化財デジタル複製品展覧会


亀岡市で開かれていた複製画の日本美術展は「文化財デジタル複製品展覧会 - 日本の美」という名称で、2013年3月12日から24日までの期間でした。ここに出品された複製画は以下の通りです。

  作者 作品 国宝
重文
原本所蔵
複製所蔵
伝・
藤原隆信
神護寺三像 国宝 神護寺(京都市)
神護寺(京都市)
狩野元信 四季花鳥図屏風 重文 白鶴美術館(神戸市)
白鶴美術館(神戸市)
狩野永徳 花鳥図襖 国宝 大徳寺(京都市)  
大徳寺(京都市)
狩野内膳 南蛮屏風 重文 神戸市立博物館
神戸市立博物館
狩野山楽 龍虎図屏風 重文 妙心寺(京都市)  
妙心寺(京都市)
狩野山雪 老梅図襖 メトロポリタン美術館(米国)
妙心寺(京都市)
狩野探幽 群虎図襖 重文 南禅寺(京都市)  
南禅寺(京都市)
狩野永徳 洛中洛外図屏風
(上杉本)
国宝 上杉博物館(米沢市)
米沢市
長谷川等伯 松林図屏風 国宝 東京国立博物館
東京国立博物館
俵屋宗達 雲龍図屏風 フリーア美術館(米国)
東京藝術大学大学美術館
俵屋宗達 風神雷神図屏風 国宝 建仁寺(京都市)
建仁寺(京都市)
俵屋宗達 松島図屏風 フリーア美術館(米国)
祥雲寺(大阪府堺市)
尾形光琳 群鶴図屏風 フリーア美術館(米国)
東京都美術館
尾形光琳 八橋図屏風 メトロポリタン美術館(米国)
京都市
円山応挙 龍門鯉魚図   大乗寺(兵庫県美方郡)  
大乗寺(兵庫県美方郡)
円山応挙 雪松図屏風 国宝 三井記念美術館(東京)
三井記念美術館(東京)
曾我簫白 楼閣山水図屏風 重文 近江神宮(滋賀県大津市)
近江神宮(滋賀県大津市)
伊藤若沖 樹花鳥獣図屏風   静岡県立美術館
静岡県立美術館


複製画美術展の驚き


まず、この美術展全体の感想です。

 日本美術の至宝 

ここで展示されていたのは、江戸期とそれ以前の日本美術の「至宝」ともいうべき作品ばかりです。展示された作品は、アメリカにある5点を除くと13作品ですが、そのうち国宝は6点、重要文化財が5点あります。「国宝・重文率」が85%(11/13)という、超豪華な美術展なのです。合計18作品のうち何点かは実物を見たことがあるのですが、多くは初めてでした。それもそのはずで、これだけの作品が一堂に会することは実物展示では考えられないでしょう。また、狩野派の作品が、

 狩野元信(1476-1559)
 狩野永徳(1543-1590)
 狩野山楽(1559-1635)
 狩野内膳(1570-1616)
 狩野山雪(1589-1651)
 狩野探幽(1602-1674)

と、狩野派の基礎を築いた元信(室町時代)から江戸時代まで、ズラッと揃っていることも特筆すべきです。

滅多に見られない作品もありました。特にアメリカの首都・ワシントンのフリーア美術館の3点、俵屋宗達「雲龍図屏風」「松島図屏風」と、尾形光琳「群鶴図屏風」は、本物を見た日本人は極くわずかなのではないでしょうか。この3点は、日本にあれば国宝になるべき絵だと思います。

 非常に精巧な複製 

展示されている複製画は、実物大で極めて精巧に作られていて、それを見たときの印象、ないしは感動は本物と変わりません。どうやって複製したのか。

上の表で★印をつけたのは、キヤノン株式会社が社会貢献活動として京都文化協会と共同で行っている「つづりプロジェクト」(正式名称:文化財未来継承プロジェクト)で作られた作品です。「綴プロジェクト」の制作過程を次に掲げておきます。




綴プロジェクトにおける複製の制作過程

(画像はキヤノンのホームページより引用)

綴プロジェクト1・入力.jpg 綴プロジェクト2・色合わせ.jpg
①撮影
綴プロジェクトのために開発された回転台の上にデジタル1眼カメラ・EOS-1Ds MarkIIIを設置し、文化財を多分割撮影する。
②色合わせ
照明の違いによる色の見え方を補正し、本物の色と合わせる。
 
綴プロジェクト3・印刷.jpg 綴プロジェクト4・金箔.jpg 綴プロジェクト5・表装.jpg
③印刷
12色の顔料インクシステムを採用した大型プリンタを使い、綴プロジェクトのために開発された和紙や絹本に印刷する。
④金箔
金箔・金泥や雲母(きら)を伝統工芸技術で再現する。経年変化を表す「古色」と呼ばれる風合いを重視。
⑤表装
表具師により、日本独自の表装材料を用いて襖や屏風が完成する。



複製の制作は、最新の光学(カメラ)技術・デジタル技術・インクジェット印刷技術が駆使されていて、それに現代に受け継がれている伝統工芸がミックスされているわけです。近づいてみても「本物と変わらない」という印象を受けるはずです。

なお、綴プロジェクトの作品は、キヤノンのホームページで公開されています。

 最接近して鑑賞できる 

この複製画美術展の大きな特色は「極めて接近して鑑賞できる」という点です。出品された18点のうち16点は屏風絵か襖絵です。制作された当時は、当然、屋敷や寺院の屏風や襖として設置されたわけです。人がそれを「鑑賞」するときには、数メートル離れて全体を見ることも、数10センチの距離に近づいて細部を見ることも、また斜めに俯瞰して見ることも自由に出来たのです。この複製画の美術展ではそれが自由にできます。

本物だと一般にそうはいきません。長谷川等伯「松林図屏風」を東京の美術館で見た時には(確か、丸の内にある出光美術館)、この屏風はガラスケースの中に鎮座していました。今回のテーマの「洛中洛外図屏風」もそうで、上杉博物館のテレビ映像を見るとガラスの展示ケースの中にあります。両方とも国宝なのでそれはやむをえないと思います。それが「松林図や洛中洛外図の現代における鑑賞スタイルだ」と言ってしまえば、確かにそうです。

しかし屏風絵や襖絵は、やはり近寄っても見てみたい。端に立って斜めにも見たい。もともと人間との距離感がそう作られているからです。そして「最接近して鑑賞できる」という「複製画美術展」のメリットを最も感じたのが、この文章の最初に書いた「洛中洛外図屏風」だったのです。


狩野永徳「洛中洛外図屏風」(国宝)


洛中洛外図・左隻.jpg
洛中洛外図・右隻.jpg
洛中洛外図屏風(上杉本)の左隻(上)と右隻(下)- Wikipediaより

京都の市街と郊外を俯瞰的に描いた「洛中洛外図」は、日本の歴史上、数多く作られたのですが、この狩野永徳の六曲一双の屏風(上杉本)は、その中でも随一の傑作です。織田信長が上杉謙信に贈ったと言われています。

京の四季.jpg
林屋辰三郎「京の四季」
(岩波書店。1985)
この本は「洛中洛外図屏風(上杉本)」に登場する公家から庶民に至る人々の各種の風俗シーンを、季節ごと12か月に分類し解説したものである。1冊がまるごと「洛中洛外図屏風」の解説になっている。表紙は公家の館の蹴鞠の風景。
金雲の隙間をよく見ると、祇園祭の山鉾があるし、御所をはじめ、神社・仏閣、公家や武家の屋敷、庶民の家が描かれています。田畑があり、川が流れ、周辺には山(比叡山、愛宕山)がある。しかし全体的に最も目を引くのは「人の多さ」です。六曲一双に登場する「人」は約2500人と言います(2013.6.1のTV東京「美の巨人たち」によると2485人)。とにかくかなりの数の「人」が描かれている。

その「人」も、公家から武家、僧侶、庶民までさまざまです。しかも、当時の都の生活や風俗が克明に描かれています。屏風に2-30センチメートル程度に近づいて、目をこらして順番に見ていくと、それがよく分かる。この屏風が第一級の歴史研究資料でもある理由が納得できました。これは近接して見ないと本当の価値が分からない絵なのです。上に掲げた図もそうなのですが、全体を俯瞰する位置だけで見ても、この屏風の意義とおもしろさは分からない。その意味で「2-30センチメートル程度に目を近づけて順番に見る」という「複製画美術展でしか出来ない鑑賞スタイル」が出来たのが良かったと思います。

国宝である本物だとこうはいかないでしょう。その意味では、この「複製画美術展」は貴重な経験だったと思います。



さらにこの展覧会は「滅多に見れない絵」を見れたということでも印象深いものでした。その一つがフリーア美術館所蔵の「群鶴図屏風」です。


フリーア美術館


Freer Gallery of Art.jpg
Freer Gallery of Art
アメリカのワシントン D.C.にスミソニアン博物館があります。スミソニアンは「博物館群」であり、あたりには航空宇宙博物館、自然史博物館などの巨大建造物が立ち並んでいて、またナショナル・ギャラリーも同じ一帯にあります。この博物館群の一角に東洋美術の宝庫であるフリーア美術館があります。

今回の「複製画美術展」ではフリーア美術館の3点が展示されていました。俵屋宗達の「雲龍図屏風」「松島図屏風」、尾形光琳の「群鶴図屏風」です。いずれも、もし日本にあれば(たぶん)国宝になるはずの傑作です。

私はフリーア美術館に行ったことがありますが、この美術館は比較的“こぶり”です。六曲一双の屏風のように展示スペースを多くとる作品の常設展示は無理なのでしょう。作品の保護の問題もある。私が行った時には、宗達と光琳の3点はいずれも展示されていませんでした。

フリーア美術館は鉄道王、チャールズ・フリーア(1854-1919)のコレクションを展示する美術館ですが、遺言によって美術品は門外不出です。宗達と光琳だけみてもフリーアの審美眼は大したものだと思いますが、門外不出で展示もなしということは実質的に死蔵ということになります。亡くなってから1世紀近くたつので、そろそろ方針を変えた方がいいのではと思うのですが・・・・・・。とにかく宗達と光琳に関して言うと、本物を見るのはまず難しいということになります。その意味では今回の「複製画美術展」は大変に貴重な機会でした。


尾形光琳「群鶴図屏風」


群鶴図.jpg
群鶴図(各166.0×371.0cm)

本題の尾形光琳(1658-1716)の「群鶴図屏風」です。左隻に9羽、右隻に10羽、合計19羽の鶴が向かい合ってる姿が描かれています。鶴は(ほとんど)白黒モノトーンの二色、背景は金地と黒の二色です。黒は水のようですが、池か川か、はっきりはしません。水辺を抽象的に表現しています。全体に最小限の色使いであり、鶴以外は具象的に描かれたものがない。

近接して見ると、屏風の天地いっぱいに描かれた巨大な鶴たちが異様な迫力で迫ってきます。実物大の複製だからこそです。一方、全体を俯瞰して見ると、大胆な構図が印象的で、左隻と右隻の鶴たちが向かい合った対比、集団として対峙している姿が鮮烈です。

この絵をじっと見ていると「これは何を描こうとしたのか」という思いが湧いてくるのですね。江戸期の京都生まれの絵師である光琳が、シンプルに鶴を描こうとして鶴を描いた(ないしは鶴の絵の注文を受けて描いた)のは間違いないでしょう。しかし現代人である我々は、光琳以降の現代までの絵画やヨーロッパの近代絵画を知っています。光琳の意図と別に、現代人として絵を見て感じるものがあってもよい。

ヨーロッパの近代絵画に「象徴主義」といわれる絵画があります。「そこに表現されている具象物は、単なる具象ではなく、別のなにかの象徴としてある」というような作品です。絵画は多かれ少なかれ象徴性があると言えますが、その「象徴性を最大限に押し出した絵」ということかと思います。

群鶴図は、何か非常に存在感のあるモノの一群が対峙しているという、そのシチュエーションそのものを描いた絵ではないでしょうか。「鶴」は、鶴であって単なる鶴ではなく、何かの象徴のように思えてくるのです。

19世紀末から20世紀初頭のオーストリアの画家にグスタフ・クリムト(1862-1918)がいます。クリムトの絵は象徴主義の気配が非常に強く、かつ、明らかに日本画の影響を受けています。金地・金箔を多用し、装飾的で平面的な画面構成が多い。もし仮に群鶴図に「出会い」とか「遭遇」とか、そういった題を付け、クリムトに強く影響されたヨーロッパの画家の作品だといったら通用してしまうのではと、ふと考えてしまうのです。もちろんそれは言い過ぎなのですが(野生動物が画題のヨーロッパ絵画はあまり思い浮かばない)、そう思ってしまうほどこの絵から受けるただものではない感じは強いわけです。また、ある種の普遍性を感じる。

群鶴図左隻.jpg
群鶴図右隻.jpg

よく考えると、光琳の絵におけるこの種の「象徴性のようなもの」は群鶴図だけではありません。私見で尾形光琳の傑作をあげると、

紅梅白梅図(国宝)  熱海・MOA美術館
燕子花かきつばた図(国宝)  東京・根津美術館
八橋図  米国・メトロポリタン美術館
群鶴図  米国・フリーア美術館

の4点です。「八橋図」は複製画美術展にも出品されていました。これらの絵に描かれる梅・カキツバタ・鶴・橋ななどは、いずれも象徴性が感じられます。なぜそう感じるかというと、おそらくそれは、これらの絵が「構図で勝負している」からでしょう。

4つの絵に共通する、シンプルなモチーフと斬新で大胆な構図。それが際だっているのが群鶴図だと思いました。

紅梅白梅図.jpg
紅梅白梅図(各156.0×172.2cm)

燕子花図.jpg
燕子花図(各150.9×338.8cm)

八橋図.jpg
八橋図(各179.1×371.5cm)


綴プロジェクト


それにしても「綴プロジェクト」というキヤノンの社会貢献活動の価値は大きいと思います。企業が自社の技術を駆使して文化財の価値を世の中に広めているわけで、それは文化財の保護と継承にも役立っている。最新テクノロジーが金箔や表装の伝統技術と一体化しているところも素晴らしいと思いました。また私にとっては、尾形光琳の「4大傑作」のうち、唯一実物を見たことがなかった「群鶴図」を鑑賞する機会を与えてくれたのでした。キヤノンさんに感謝したいと思います。

そして思ったのですが、是非とも「綴プロジェクト」で「大坂夏の陣図屏風」の複製を作ってほしい。No.34 の紹介でも明らかなように、この屏風は「洛中洛外図屏風」と同じで、近接して舐めるように見ないと価値がわからない絵です。作者不詳作品であっても、複製を作る意義は非常に大きいと思います。



 補記 

スミソニアン博物館は所蔵する美術品のデジタル画像を公開するプロジェクトを推進してきましたが、その第1弾としてフリーア美術館の美術品が公開されました(2015.1)。尾形光琳の「群鶴図屏風」もフリーア美術館の公式サイトの Collections から検索できます("Korin Cranes")。

(2015.3.7)



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