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No.64 - 中島みゆきの詩(1)自立する言葉 [音楽]

No.35「中島みゆき・時代」に続いて「中島みゆきの詩」を取り上げます。今回は特定の曲ではなく、楽曲全体に関わることです。私は評論家ではないので詩の内容についての深いコメントはできないのですが、中島さんの詩が「どういう特徴や特質を持っているか」に絞って書いてみたいと思います。なお、歌詞は歌として歌われることが前提ですが、その言葉だけに注目して鑑賞する場合に「詩」と言うことにします。

No.35「中島みゆき・時代」において、朝日新聞社が『中島みゆき歌集』を3冊も出版していることに触れて、

歌は最低限「 詞 + 曲 」で成り立つので、詩だけを取り出して議論するのは本来の姿ではないとは思うのですが、中島さんの曲を聞くと、どうしても詩(詞)を取り上げたくなります。朝日新聞社の(おそらく)コアな「みゆきファン」の人が、周囲の(おそらく)冷ややかな目をものともせずに歌集(詩集)を出した気持ちも分かります。

中島みゆき全歌集Ⅱ.jpg
中島みゆき全歌集Ⅱ
(朝日新聞社 1998)
と書きました。

確かに、曲として歌われる「詞」の言葉だけに注目し「詩」として鑑賞したりコメントしたりすることの妥当性が問題になるでしょう。あまり意味がないという意見もあると思います。特に「夜会」のために作られた曲となると、本来は劇の一部なので話は複雑です。

しかし、こと中島作品に限って言うと、彼女はそのキャリアの初期から「私は言葉を大変重要視する」と暗黙に宣言していると思うのです。その点が「詩」として鑑賞する大きな「よりどころ」です。その中島さんの「言葉の重視宣言」とでも言うべきものを以下にあげてみます。


言葉の重視宣言1 : 象徴詩


中島さんがプロのシンガー・ソングライターとして最初に出したアルバムは『私の声が聞こえますか』(1976)ですが、このアルバムは《あぶな坂》という歌で始まります。

以下には詩の一部だけを引用することにします。詩全体については『歌集』をはじめとする各種メディアに公開されているので、それを参照ください。

あぶな坂

あぶな坂を越えたところに
あたしは住んでいる
坂を越えてくる人たちは
みんなけがをしてくる

橋をこわしたおまえのせいと
口をそろえてなじるけど

遠いふるさとで傷ついた言いわけに
坂を落ちてくるのがここからは見える

・・・・・・
A1976『私の声が聞こえますか
A2004『いまのきもち

A1976 私の声が聞こえますか.jpg
A1976『私の声が聞こえますか』

20代前半の新進シンガー・ソングライターのファースト・アルバムの第1曲目としては、ずいぶん「変わった」詩です。独特の雰囲気があって、一種異様な感じがしないわけでもない。こういう詩を最初のアルバムの最初にもってくる人は、あまりいないのではと思います。

これはいわゆる「象徴詩」というやつですね。詩の中の「坂」「越える」「けが」「橋」「こわす」「ふるさと」「おちる」などの言葉は、現実そのままの説明ではなく、全てが《何か》の象徴になっている。作者が込めた意味や思いはあるのだろうけれど、それらの言葉をどう解釈するか、何の象徴と受け取るかは曲を聴く人(ないしは詩を読む人)に任されている・・・・・・。そういった詩です。

ちなみに中島さんは2004年に過去の自作をリメイクしたアルバム『いまのきもち』を出したのですが、その第1曲目も《あぶな坂》でした。思い入れのある曲なのでしょう。

あぶな坂》に限らず、中島さんは「象徴」を前提とした詩をずいぶん書いています。全く違った雰囲気の詩をとりあげてみると、たとえば《キツネ狩りの歌》です。


キツネ狩りの歌

・・・・・・

キツネ狩りにゆくなら 気をつけておゆきよ
キツネ狩りは素敵さ ただ生きて戻れたら、ね

キツネ狩りにゆくなら 酒の仕度も忘れず
見事手柄たてたら 乾杯もしたくなる
空は晴れた風はおあつらえ
仲間たちとグラスあけたら

そいつの顔を見てみろ
妙に耳が長くないか
妙にひげは長くないか

・・・・・・
A1980『生きていてもいいですか

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A1980『生きていてもいいですか』

イギリス貴族(の末裔)でもない限りキツネ狩りをした人はいないはずで、当然、現実ではありません。これはファンタジーであり、「童話」か「昔ばなし」ないしは「民話」のようなスタイルの詩です。日本ではキツネやタヌキが人を化かすという言い伝えがありますね。タヌキ狩りにいってタヌキを捕獲し、猟師仲間とタヌキ汁を作ろうと準備していたが、何かがおかしい。実は仲間はタヌキが化けたもので、自分を「タヌキ汁」にしようとしていた・・・・・・。いかにも民話にありそうです。

しかし『生きていてもいいですか』という「深刻な」タイトルのアルバムに童話をもってくる必然性はありません(このアルバムの第1曲目は《うらみ・ます》です)。やはりこの詩は「象徴」と考えた方が妥当です。「キツネ狩り」という言葉、ないしはそれを取り巻く状況が《何か》の象徴になっている。

大ヒットになった《地上の星》も「象徴」の視点で見るべきでしょう。


地上の星

風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく

草原のペガサス
街角のヴィーナス
みんな何処へ行った 見守られることもなく

地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見てる

つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう

・・・・・・
A2000『短篇集

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A2000『短篇集』

この曲はNHKの「プロジェクトX」のテーマ曲です。従って、詩の中に出てくる惑星・恒星・星団・星座・銀河などの名前は、テレビで描かれたプロジェクト・リーダたちを指していると解釈するのが普通でしょう。以前、NHK教育の視聴者参加番組でこの曲について意見を交わすシーンを見たことがありますが「すばるは星団だからチームで遂行するプロジェクト」というような解釈を言っている人がいました。

その解釈がまずいわけではありませんが、もっと広くとった方がよいように思います。天体群は「自分の人生に影響を与えた恩師・友人・同僚たちの象徴」でもいいし、「昔つきあった女性(男性)たちを回想している」のでもよい。聴くときの気分によって異なるイメージを投影してもよいわけです。

地上の星》のキーワードは「つばめ」です。一般的に中島さんの詩において「鳥」は

状況を広範囲に見通せる視点をもった存在
最大限の自由を象徴する存在

のどちらか、あるいは両方を同時に表現するキーワードとして現れます(例外はある)。①②とも一般的に人が「鳥」に描くイメージとしてはごくノーマルなもので、《地上の星》はです。

地上の星》の「つばめ」と対応するかのように、「鳥」の視点からの詩があります。『短篇集』の翌年に出されてアルバム『心守歌』に納められた《ツンドラ・バード》です。


ツンドラ・バード

お陽さまと同じ空の真ん中に
丸い渦をいて鳥が舞う
あれはオジロワシ 遠くを見る鳥
近くでは見えないものを見る

寒い空から見抜いているよ
遠い彼方まで見抜いているよ
イバラ踏んで駈け出してゆけば
間に合うかも 狩りに会えるかも

・・・・・・
A2001『心守歌

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A2001『心守歌』

ツンドラなので、カナダかロシアの北極圏に近い地域が舞台であり、そこに生息する「オジロワシ」が主人公です。しかしこれは、寒帯に生息する鳥(しかもかなり珍しい鳥)の生態を詩にすることが目的ではないでしょう。中島さんも想像だけで、ないしは動物写真集などを見ての想像で詩を書いているはずです。ここに出てくる「オジロワシ」「寒い空」「イバラ」「狩り」などは、それ総体として《何か》の象徴だと考えるのが自然です。



もとより「象徴詩」と「普通の詩」に境目があるわけではありません。詩は多かれ少なかれ象徴詩、という言い方もできるでしょう。これは象徴詩、これはそうではないというような色分けはできない。しかし中島作品は「何かの象徴と考えられる詩」が非常に多いのが特徴だと思います。これが歌詞を「詩」としてとらえたい一つの理由です。


言葉の重視宣言2 : 無曲歌


中島さんはそのキャリアの初期から「私は言葉を大変重要視する、と暗黙に宣言している」と書きましたが。それを如実に示す「曲」があります。4枚目のアルバム『愛していると云ってくれ』の冒頭に収録されている「元気ですか」です。これは曲のない「詩の朗読」です。


「元気ですか」

「元気ですか」と
電話をかけました
あのひとのところへ 電話をかけました
いやな私です
やめようと思ったけれど
いろんなこと わかってるけれど
わかりきってるけれど
電話をかけました

あのひとに元気かとききました
あのひとに幸せかとききました
わかっているのに わかっているのに
遠回しに 探りをいれてる私
皮肉のつもり 嫌がらせのつもり
いやな私・・・
あいつに 嫌われるの 当たり前

・・・・・・
A1978『愛していると云ってくれ

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A1978『愛していると云ってくれ』

メンデスルゾーンが作曲した『無言歌』というピアノ曲集があります(この中の「春の歌」は非常に有名です)。歌曲というと「歌+ピアノ伴奏」が普通ですが、ここから歌を取り去った「ピアノ独奏だけの歌曲 = 無言歌」というわけです。

この例にならうと「元気ですか」は「無曲歌」と言えるでしょう。中島さんの「無曲歌」は1曲しかないと思いますが、1曲でも十分です。つまり「私は、言葉 = 詩を大変に重要視する」と宣言するにはこれで十分なのです。


言葉の重視宣言3 : 短篇小説


「元気ですか」は「恋敵」の女性に電話をかける情景ですが、上に引用した以降もストーリーが続き、最後は「うらやましくて うらやましくて 今夜は 泣くと・・・・・・思います」という言葉で終わります。これはある種の短篇小説のような作品です。「無曲歌」つまり「詩の朗読」なので、必然的に小説的な展開をすることは納得できます。

そして中島作品には、普通の歌でも「短篇小説として書き直しても十分に成立する」と思える詩がいろいろとあるのです。これは中島さんの曲の大きな特徴と言えると思います。つまり、

場面設定と状況設定があり
状況の「展開」ないしは「進展」があり
その展開・進展の中で、人間の心理が突き詰められたり、心の動きの綾があぶり出される

といった詩です。たとえば、8枚目のアルバム『臨月』に収められた《バス通り》ですが、その冒頭を引用すると以下のようです。


バス通り

昔の女をだれかと噂するのなら
辺りあたりの景色に気をつけてからするものよ
まさかすぐ後ろのウィンドウのかげで
いま言われている私が
涙を流して すわっていることなんて
あなたは夢にも思っていないみたいね

バスは雨で遅れてる
店は歌が止まってる
ふっと聞こえる口ぐせも
変わらないみたいね それがつらいわ

・・・・・・
A1981『臨月

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A1981『臨月』

「私」がカフェの窓際に座っていると、外の通りでバスを待つ男女の会話が聞こえてくる(上の引用では明らかではありませんが、男女です)。男は昔の恋人で、何と「私」の話をしている。雨でバスはなかなか来ない。店の音楽がふと止まったとき、男のなつかしい口癖までがはっきりと聞こえる。それが一層つらい・・・・・・。引用した後もさらに状況の進展があり、男女がバスをあきらめて雨の中を走り去るところで終わります。

こういう展開の詩を、軽快そのもののメロディーに乗せてさらりと歌ってしまう中島さんの力量は相当なものだと思います。詩がうまいというだけでなく、作曲家、歌い手として総合的な力量です。



アルバム『臨月』の次に出された『寒水魚』に収められた《B.G.M.》も短篇小説のような作品です。


B.G.M.

あなたが留守とわかっていたから
嘘でつきとめた電話をかける
だれかが出たらそれであきらめる
まちがい電話のふりをして切るわ

カナリヤみたいな声が受話器をひろう
あの人の名前呼び捨てに
この賭けも負けね

淋しい歌を歌ってたあなた
だからひとりだと思ってた私
電話の中で聞こえていたのは
あの日に覚えたなつかしいメロディー

B.G.M.は二人だけのとっておきのメロディー
知らずにいたのは私だけ
いじわるね みんな

・・・・・・
A1982『寒水魚

「あなたが留守とわかっていたから / 嘘でつきとめた電話をかける」という最初の2行で、少々複雑なシチュエーションがさっと提示されます。「少々複雑」というのは、このたった2行に次のような「含み」があるからです。

女(主人公)は、別れた男の居場所を知らない。当然、電話番号も知らない。

しかし女は、今日、男がその居所に居ないことだけは知っている(この理由はいろいろ想像できる)。

女は、男の電話番号を知ると思われる人物(共通の友人?)に電話をし、嘘の理由を言って、電話番号を聞き出した(この嘘もいろいろ想像できる)。

女はそこに電話をかける。男が留守だとは知っているが、誰かがそこに居るはずだと思うから。誰も電話に出ないという淡い期待を抱きつつ・・・・・・。

A1982 寒水魚.jpg
A1982『寒水魚』

中島ファンからすると "しびれる" 感じの導入部です。この詩を短篇小説にしたら、この部分だけで数ページになるはずです。そして主人公は「カナリヤみたいな声」と「呼び捨て」を聞いて、半ば予想していたショックを受ける。それに追い打ちをかけるように、聞こえてきたメロディーに本当のショックをうける。知らなかったのは自分だけだった、と・・・・・・。

「カナリアみたいな声」と「呼び捨て」は、ショックだろうけれど想定内なのです。しかし電話から聞こえてきたBGMは、全く思いもしなかった。それは2人だけのメロディーだったはずです。そのメロディーを電話の相手の女性は、今ひとりでいるにもかかわらず部屋に流している。だから本当のショックがくるのです。男を取られただけでなくメロディーまで奪われたと感じて・・・・・・。二人だけのメロディーになった経緯を回想して短篇小説に書くなら、それもまた数ページになりそうです。

バス通り》とはうって変わった雰囲気の、それこそ全体が「部屋に静かに流れるBGM」のような曲です。具体的な音楽を連想させるものは何もありません。どういうメロディーを想像するかは聴き手に任されています。

この詩の題名を「メロディー」とするのも大いにアリだと思います。それが詩の核心だからです。しかし中島さんはそうはしない。「私」を孤独と寂寥の世界に突き落とす最後の一押しとなるのは「BGM」という無機質で無色透明な言葉・・・・・・。彼女の詩人としての才能が光っていると思います。



「短篇小説」の極めつけは《南三条》でしょう。この曲の歌詞の内容は次のような展開をします。

地下鉄の駅の人の流れなかで「私」は昔の知人の女性に呼び止められる。
知人女性はかつての「恋敵」で、その人さえ来なかったら彼とは今でも続いていたはずと、「私」は今でもその女性を憎んでいる。
しかしその女性は「私」が彼と別れた後に、彼と知り合いになった。「私」はそのことを知っていたが、憎まずにはいられなかった。
知人女性は、今の彼=夫を紹介する。その男性を見て「私」は愕然とする。

からは中島さんの詩によくある展開で、ここまでは言わば「普通」です。しかしで「えっ」と思ってしまうのですね。さらにで、どんでん返しのような展開になる。このあとに続く詩を最後まで引用すると、次の通りです。


南三条

・・・・・・

この人なのよと呼び寄せた男に心当たりはなく
そんなはずはない あの人と幸せになったはず
戸惑う私に気づいて教える 屈託のない声で
あなたの知ってるあの人とは間もなく切れたわと

そんなこと知らなかった
彼といると思ってた
ずっと憎んで来た無駄な日々返してと
何を責めればいいの

南三条 泣きながら走った
胸の中であの雨はやまない
南三条 よみがえる夏の日
あの街並はあとかたもないのに

許せないのは 許せなかったのは
あの日あいつを惚れさせるさえできなかった
自分のことだった

A1991『歌でしか言えない

初めから聴いていると「いったい、どこへ行き着くのだろう?」と思ってしまいますが、最後は

許せないのは 許せなかったのは
あの日あいつを惚れさせるさえできなかった
自分のことだった

という結末なのです。「そこへ行くのか」という感じですが、このエンディングは非常に中島作品らしい感じもする。

A1991 歌でしか言えない.jpg
A1991『歌でしか言えない』

7分を越す「大作」ですが、ロックのビートとリズムに乗せて一気に歌われるこの曲は、長いという感じは全くしません。場面は札幌の地下鉄の駅付近の人の流れのまっただ中です。詩のスピード感あふれる展開と曲の疾走感、それに中島さんの歌い方の3つがよくマッチしています。ほとんどのJポップのアーティストはロックの影響を受けていて、中島さんもその一人なのですが、ロックのリズムとノリの中に失恋感情をキーとする短篇小説を押し込めてしまった希有な作品だと思います。


言葉の重視宣言4 : 読む言葉


中島さんの詩には、時として歌を聴いただけでは分からない言葉、日常的にはまず使わない言葉が出てきます。典型的な例を2つあげます。


白鳥の歌が聴こえる

・・・・・・

海からかぞえて三番目の倉庫では
NOを言わない女に逢える
くずれかかった瀞箱とろばこの陰には
夜の数だけ天国が見える

・・・・・・
A1986『36.5℃

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A1986『36.5℃』
この詩の「瀞箱(とろばこ)」ですが、魚などの海産物を入れる箱のことをトロ箱と言います。現在はほとんど発砲スチロールで作られていますが、昔は木製もあったようです。「トロ」とは、トロール船のトロからきているようです。そのトロに瀞という字を当てた。瀞とは川が深くなって流れが静かなところです(埼玉県の長瀞の瀞)。

「とろばこ」は一般的な言葉ではないので、聴いても意味がとれません。歌詞を読んで瀞箱という字を見てもわからない。「とろばこ」を調べてみて「魚などを入れるために水産業者が使う箱」だとわかり、さらに瀞が当て字らしいともわかる。

文字として書かれた詩や詩集の本の詩なら、こういうプロセスで理解をするのは大いにあり得ることだと思います。つまりこの詩は「字として読まれることを前提としている」ことになります。少なくとも 《白鳥の歌が聴こえる》 のこの部分はそうです。


EAST ASIA

・・・・・・

モンスーンに抱かれて 柳は揺れる
その枝を編んだゆりかごで 悲しみ揺らそう
どこにでもゆく柳絮りゅうじょに姿を変えて
どんな大地でも きっと生きてゆくことができる

・・・・・・
A1992『EAST ASIA

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A1992『EAST ASIA』
柳絮(りゅうじょ)とは、白い綿毛の付いた柳の種子のことで、また、春にその綿毛が空中に漂うことも指します。私は残念ながら日本で柳絮が漂っている光景に出会った記憶がないのですが、海外旅行ではあります(イギリス、ハンガリー)。町のどこへ行っても綿毛が飛び交っている光景は非常に印象深く、記憶に残りました。

しかし恥ずかしながら、この綿毛を「柳絮りゅうじょ」と言うのを中島さんの詩で初めて知りました。中島ファンは多いと思いますが、《EAST ASIA》を最初に耳で聴いたときに "りゅうじょ" の意味が分かった方は少ないのではないでしょうか。この詩も「字として読まれることを前提としている」と思います。

中島さんの詩の言葉は、その言葉であることが必須というのが多い。「瀞箱とろばこ」も「柳絮りゅうじょ」も、彼女は是非その言葉を使いたかったのだと思います。であれば、楽曲の "詞" を "詩" として取り出して鑑賞する意義は十分にあると思います。



「象徴詩」「無曲歌 = 詩の朗読」「短篇小説」「読む言葉」と書いて来ましたが、これらはいずれも「言葉を非常に重視します、という宣言」だと思えます。「短篇小説」にしても、そもそも中島さんは小説を書いているので違和感はありません。2000年に出された29枚目のオリジナル・アルバムのタイトルは、ずばり『短篇集』です。

中島作品における詩について書こうとしたのですが、「言葉だけの詩として扱うことの妥当性」の話だけになってしまいました。これからが本論のはずですが、長くなったので、また次の機会にします。



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