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No.43 - サントリー白州蒸溜所 [本]

No.31「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」はワインの話ではじめたのですが、そこでウイスキーを引き合いに出して、

シングルモルト・ウイスキーは個性が際だっている。ブレンド・ウイスキーはバランスがよい。

というようなことを書きました。これは随分アバウト過ぎる言い方であって、本当はそんな単純なものではないことは分かって書いたわけです。

今回は、ウイスキーそんな単純なものではないことの実証です。もう随分前になりますが、山梨県にあるサントリー白州蒸溜所で、ウイスキー作りの過程を見学したことがあります。ここで「ウイスキーが、いかに複雑なお酒であるか」を納得することになりました。


白州蒸溜所の見学コース


白州蒸溜所.jpg
サントリー白州蒸溜所   [site : SUNTORY]

サントリー白州蒸溜所は、中央高速の山梨県・小淵沢インターチェンジの近くで、清里高原や八ヶ岳、蓼科高原にも近いロケーションにあります。南アルプス・甲斐駒ヶ岳へと続く山並みの山麓に蒸溜所はあり、そこはなだらかな傾斜地になっています。ここは一般の人が訪問して、案内ガイドの方に従って、ウイスキー作りのプロセスを見学することができます。

ウイスキー作りは、大きく言うと
 ①発酵と蒸溜
 ②貯蔵
 ③ブレンド

の3つから成り、これが見学コースのポイントでした(もちろんその後に、瓶詰めなどの商品製造工程がある)。この3つの過程に従って、私が見学した時に見聞きしたことをまとめてみます。

 発酵と蒸溜 

まず「発酵」のプロセスは次のように進みます。

大麦を発芽させ、乾燥させて発芽を止め、麦芽(モルト)を作る。この時、ピートを焚いて香りをつける。
麦芽を粉砕し、温水を加え、濾過し、麦汁を作る。
麦汁に酵母を加えて発酵槽で発酵させ、モロミを作る。

次が「蒸溜」です。アルコール発酵させてできたモロミを、ポットスチルというウイスキー独特の銅製の蒸溜釜で蒸溜して、ウイスキーができます。これは後で認識したのですが、2つのポットスチルをワンセットにして使うのですね。1回目が初溜で、2回目が再溜です。モロミのアルコール度は 6~7% ですが、初溜で 22~23% になり、再溜で 65~70% までになります。銅には不快な香りの除去などの作用があるので、ポットスチルを銅で作るのは必須だとのことです。



木製発酵槽1.jpg 木製発酵槽2.jpg
ポットスチル.jpg
白州蒸溜所の 木製発酵槽と ポットスチル
[site : SUNTORY ]
発酵と蒸溜の過程を見学して思ったのは、現代の最先端工場だということです。よくスコットランドの小さな蒸溜所を紹介する雑誌記事やテレビの紀行番組にありますよね。職人が麦芽をショベルで蒸溜所の木のフロアいっぱいに並べ、部屋の炉でピートを焚いて乾燥させる。昔ながらの伝統を守って、みたいな・・・・・・。白州蒸溜所の「発酵と蒸溜」プロセスには、そういう牧歌的雰囲気は全くありません。完全な「工場」です。

もちろん部分部分の工程は、長年に渡って積み重ねられてきたノウハウのかたまりであることは容易に想像がつきます。しかしそのノウハウは、近代工場の制御システムの中に組み込まれている感じです。

この「工場」で印象的だったのは、木製の発酵槽が使われていたことでした。近代的な工場の中に木の設備というのが目立ったのです。なぜ木を使うのかは、あとで書きます。

ポットスチルから滴り落ちたばかりの蒸溜酒を「ニューポット」と言うそうです。これは、全くの無色透明なお酒です。少し試飲しましたが「飲めたものではない」という印象でした。舌を刺すような強い刺激があり、ウイスキーだという感じは全くしない。薬品を飲んでいる感じです。本当はニューポットにも、それなりの味と香りがあるのでしょうが、素人がそれを味わうのは無理だと思いました。

 貯蔵 

貯蔵庫.jpg
白州蒸溜所の貯蔵庫
[site : SUNTORY ]
ニューポットは北米産オークの樽に詰められ、貯蔵・熟成されます。見学者が次に案内されるのは貯蔵庫です。

もちろんウイスキー好きであれば、熟成についての大体の予備知識を持っています。ウイスキーは10年、20年と貯蔵されるうちに、樽の木の何百という成分が溶けだして、琥珀色の、まろやかで、複雑な味のウイスキーになる。ウイスキーは樽を通して外気と呼吸していて、この呼吸が熟成の命である。呼吸しているから、年に数%の割合で樽の中身が減っていく。この減少分を「天使の分け前」と言う・・・・・・うんぬん。

実際の貯蔵庫は、想像以上に巨大です。高さ10メートルはありそうな棚の各層にビッシリと樽が積まれ、ズラッと並んでいる。見学者たちは貯蔵庫の入り口から樽の一群を眺め、案内孃の説明を聞きます。説明の内容は忘れましたが、上の予備知識のような内容だったと思います。

そして、案内孃がひと通り説明したあと、見学者の誰かが質問するわけです。

 「温度や湿度の管理はどうなっているのですか」

これは極めて自然かつ妥当な質問です。私もこの質問をしようと思っていたのですが、別の人に先を越されました。そして、この質問に対する案内孃の答えに、軽い驚きを覚えました。つまり、

 「温度や湿度の管理はしません

というのがその答えなのです。えっ、と思いますよね。近代的な工場を見てきた直後なので、なおさらです。

この答えから、素人でも類推できることがあります。貯蔵庫には、当然のことながら空気の流れが良い所と、空気が淀む所があるはずです。じめじめして湿気の多い場所も当然ある。普通の家でも、それはあたりまえです。天井に近い所の樽と、床に近い所の樽でも、温度・湿度・通風がかなり違うはずです。ウイスキーは外気と呼吸しています。貯蔵されているウイスキーの樽は、貯蔵庫の中のどの位置どの高さに置かれるかによって、熟成の様子が違うだろう・・・・・・と推測できるのです。

しかも貯蔵庫は一つではありません。白州蒸溜所は山麓の傾斜地に作られていますが、各貯蔵庫は傾斜地の下から上へと、間隔をあけて建てられています。ということは、一番下の貯蔵庫と一番上では標高が違います。高原地帯の山麓なので、霧のかかり具合も違うでしょう。つまり、貯蔵庫ごとにも熟成の様子が違ってくることが想像できるのです。

「温度や湿度の管理はしない」ということから、蒸溜所の立地が重要だと類推できます。同じ日本でも、北か南か、夏の気温はどこまで上がるのか、冬の乾燥度合いはどうなのか、朝夕の寒暖差はどうか、梅雨はあるのかないのか、そばに川があるのか海があるのか、そんなものはないのか・・・・・・、などにより、熟成は違ってくる。サントリーの白州(山梨)と山崎(大阪)、ニッカの余市(北海道)と宮城峡(宮城)の各蒸溜所は、明らかに気候条件が違います。そもそも、酒作りに利用する地下水の質からして違うでしょう。とすると、ウイスキー原酒の味・香りは違ってくるはずです。

要するにウイスキーの熟成では、人間は「何もしない」のです。そこにある自然に、完全に任せる。サントリーのCMのキャッチ・コピーで「何も足さない、何も引かない」というのがありました。私はこれを「ウイスキーの成分を、人為的に足したり、引いたりはしない」という意味だとばかり思っていました。もちろんそういう意味もあるのでしょうが、本質的には「ウイスキーの熟成条件に、人為的に手を加えない。条件を足したり、引いたりはしない」という意味だと考えた方が良い。この意味の方が重要です。

「温度や湿度の管理はしない」という案内孃の答えは、我々が現代の食品製造に抱いている暗黙の考えを見事に裏切っています。ウイスキーの貯蔵庫は、醗酵と蒸溜のプロセスで見た最先端工場とは全く対極の姿なのです。そこが驚きでした。

 ブレンド 

3番目の見学ポイントは「ブレンド」です。さすがにブレンダーの方がいる部屋を見学するわけではないのですが、ブレンドについての展示がある部屋で、案内孃の説明を聞きます。樽の貯蔵庫で「軽い驚き」を覚えているので、人間の感覚だけに依存したブレンドというのは「すごい技術」であることが分かります。

不思議なのは「オールド」や「ローヤル」などの定番ウイスキーの味と香りを、どうやって一定に保つのだろう、ということです。蒸溜したニューポットを樽に詰めた段階で、これは「オールド」用、これは「ローヤル」用と決めて、熟成のやり方コントロールするのではない。あくまで、10年という単位で自然に熟成した結果を判断し、個性が微妙に違う樽のモルト原酒やグレーン原酒をブレンドして、「オールド」の味や「ローヤル」の味を人間が、感覚をたよりに、人為的に作り出しているわけです。それぞれのブランドには固定ファンがいるはずです。味や香りが変わるのをファンは嫌うでしょう。変わると売れ行きにも影響するはずです。ウイスキーというビジネスは、ブレンダーの方の感覚に依存するビジネスである、と理解できました。

余談ですが、サントリーがビールの「モルツ」を発売して以降、私はモルツばかりを飲んでいました。しかし今はモルツ「指名買い」することはありません。サントリーが途中でモルツの味を変えたからで、その変更が私にとっては「好ましくない方向への変更」だったからです。サントリーは少なくとも一人の「固定客」を失ったわけです。これはあくまで個人の嗜好の問題です。今の方が良いという人も当然いると思います。



まとめると、ウイスキー作りの3段階は、それぞれ主役が全く違います。つまり、

発酵と蒸溜
人間の知恵が主役(蓄積したノウハウの工業化)
貯蔵
自然が主役(人間は全く手を出さない)
ブレンド
人間の感覚が主役(嗅覚と味覚)

です。この3つの異なる主役の、長期間にわたる共同作業がウイスキー作りであり、そこにウイスキーの妙味があると思いました。念のために付け加えると、発酵と蒸溜の鍵となる部分は、アルコール発酵という微生物の働きであり、工業化と言っても真の主役は酵母菌です。そこは忘れてはならないと思います。


『ウイスキーは日本の酒である』


ウイスキーは日本の酒である.jpg
輿水精一
「ウイスキーは 日本の 酒である」
(新潮新書 2011)
最近、サントリーのチーフブレンダーの輿水精一氏(こしみず せいいち)が、『ウイスキーは日本の酒である』(新潮新書。2011)という本を出版されました。この本を読むと、白州蒸溜所の見学だけでは分からなかった、ウイスキー作りの重要部分が理解できます。大変におもしろい本だったので、以降、この本に沿って、ウイスキー作りポイントとなる部分を少し紹介します。

輿水さんは、サントリーのブレンド室に所属するブレンダーの6人を束ねる立場にあります。上司は副社長ということですがら、役員クラスでしょうか。チーフブレンダーは、サントリーが販売する全てのウイスキーを設計し、その味と香りと品質に責任を持つ立場です。まさにウイスキーというビジネスの要(かなめ)です。

まず、ウイスキーについての基本事項です。

 モルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキー 

モルト・ウイスキーは、二条大麦の麦芽(モルト)が原料です。蒸溜はポットスチルによる単式蒸溜(初溜と再溜)で行います。白州蒸溜所で作っているのはこれです。

一方、グレーン・ウイスキーは、トウモロコシや小麦、ライ麦、大麦などの穀物(=グレーン)が原料です。通常はポットスチルを使わない連続式蒸溜で行います。

 ブレンディッド・ウイスキー 

このあたりからの知識が重要です。ブレンディッド・ウイスキーは、ウイスキーの故郷のスコットランドと日本では意味が少し違います。

スコットランドでは、複数の蒸溜所(会社)のモルト原酒を集め、それをグレーン原酒とブレンドします。蒸溜所は約100ヶ所あるので、これが可能になります。モルト原酒を蒸溜所同士で売り買いする商売習慣も昔からあります。蒸溜所を持たずに、ブレンディッド・ウイスキーを作るのが専門の会社もあります。

日本のブレンディッド・ウイスキーも、モルト原酒と、グレーン原酒をブレンドして作ります。通常は数10種類のモルト原酒をブレンドしますが、このモルト原酒は、ブレンディッド・ウイスキーを作る会社の、複数のタイプのモルト原酒です。日本では、会社をまたがって原酒を売り買いする商習慣はありません。

 シングルモルト・ウイスキー 

一つ(シングル)の蒸溜所で作られたモルト原酒だけを混ぜて作るのがシングルモルト・ウイスキーです。一つの蒸溜所の複数の樽のモルト原酒を混ぜるのを、ブレンドと区別してヴァッティングと言います。

なお、一つの樽の原酒だけを瓶詰めしたものは、シングルカスクと言います。

 熟成年数 

ブランドのボトルに表示されている熟成年数の定義ですが、シングルモルトの場合もブレンディッドの場合も、そのウイスキーに使われているモルト原酒で最も若いもの、の熟成年数を言います。

たとえば、サントリーの「響12年」は、熟成年数 12年以上のモルト原酒をヴァッティングして作られています。使われているモルトは20種類以上にもなります。中には、30年超のモルトも隠し味的に使われている、と本にあります。「12年」というブランドは「12年」だけのモルト原酒を使っているのではありません。

熟成年数は、世界的にみて12年が標準です。その理由について、輿水さんは次のように書いています。

ニューポットが本来もつ力強さと、樽で熟成させた結果、備わっていく香りの華やかさやまろやかな味わい、その両者の微妙なバランスの間に、複雑系であるウイスキーの、酒としての奥深さがある。

さきほど「ニューポットは飲めたものではない」などと書きましたが、それは素人の発言であって、プロからみるとニューポットの持つ「力強さ」は重要であり、それと熟成とのバランスが、ウイスキーの妙味であるようです。


モルト原酒の多様性


ここまでの知識で分かることは、スコットランドにおけるウイスキー作りと違って、日本のウイスキー作りでは「一つの蒸溜所が保有するモルト原酒の多様さ」が非常に大切で、この多様性こそが日本におけるウイスキー・ビジネスの成立要因であることです。サントリーではこの多様性を以下のように作り出しています。

 ポットスチルの加熱方式 

ポットスチルを加熱して蒸溜するときに、蒸気による間接加熱方式と、直火式の加熱方式の両方を使います。スコットランドでは間接加熱方式です。

 発酵桶と酵母の種類 

発酵槽として、ステンレス槽と木桶槽の両方を使います。現在、世界的にメジャーなのはステンレス槽です。

発酵のプロセスにおいては、酵母の働きが終わる頃から、乳酸菌が働き始めます。木桶槽を使う目的は、木桶に乳酸菌を住み付かせ、酵母と乳酸菌の共同作業を強めることです。

なお酵母は、あえてウイスキー酵母に、ビールに使うエール酵母も混ぜて使います。

 樽の木材 

世界中のウイスキー全てに共通するのは、オーク材で作った樽で貯蔵することです。どんな木で作った樽でもウイスキーがあのように熟成するのではありません。木の種類が決定的に重要です。

しかしサントリーでは、オーク材(主として北米産)以外に、北海道産のミズナラ材も使います。第二次世界大戦当時に、オーク材が自由に調達できないことから始まったようです。ミズナラは日本のウイスキー固有の樽材です。

また樽の鏡板としては、オーク材だけではなく、杉材、檜材、山桜材も使用します。

樽の形状や大きさも、バーレル(180L)から、シェリー樽(480L)まで数種を使い、これもモルトの多様性を生み出します。

 樽の使用履歴 

ウイスキーの貯蔵には新樽が使われることもありますが、多くはシェリー酒やバーボン・ウイスキーの貯蔵に一度使った樽を再利用します。前にどんな酒を貯蔵したかで、モルト原酒の味や香りは変わってきます。「響12年」は梅酒樽も使用しているようです。

樽は2度、3度、4度と、樽の木の成分が枯れるまで使われます。何回目の貯蔵かによって、熟成も違ってきます。

 グレーン原酒の多様性 

ブレンディッド・ウイスキーに使うグレーン原酒の多様性も重要なようです。グレーン原酒を製造するサントリーの知多蒸溜所では、クリーン、ミディアム、ヘビーの3タイプを作っている、とあります。



原酒の多様性を維持するために、数々の工夫がされていることが分かります。そして白州蒸溜所の見学で分かった「ウイスキーの貯蔵では、人間は何もしない」という原則も、それがウイスキー作りの伝統であると同時に、モルト原酒の多様性を維持するためであることが想像できます。樽の周囲の気温・湿度・通風の条件の違い、貯蔵庫の違いで、熟成が微妙に変化する・・・・・・。実は、輿水さんの本を読むと「熟成の状況をテイスティングしてみて、樽の貯蔵位置を変えることがある」という意味のことが書いてあります。いくら多様性といっても、商品価値が薄い樽が出来たのでは、企業としてはまずいのです。この「ささやか」な人為的介入の方法も、熟成は自然の力にまかせるという原則の現れだと思いました。

 80万樽 

以上のようなモルト原酒の多様性を考えると、ブレンダーの必須条件は、サントリーなら山崎蒸溜所、白州蒸溜所、近江エージングセラー、に貯蔵されている100タイプ、約80万樽について、隅々まで把握していることです。もちろんチーフブレンダーだけでは無理で、6人のブレンダーで分担し、また貯蔵部門の人たちの協力が必須です。知多蒸溜所のグレーン原酒も知っておく必要があります。

定番商品となると、5年先、10年先の在庫状況を予測しながら、来年に使う樽を決めていく必要があるわけです。そのウイスキー会社が持っている在庫全体の知識がないと、ブレンダーは勤まりません。

我々はブレンダーと聞くと、香水の調香師と同じで、鋭敏で研ぎすまされた味覚と嗅覚を持ち、微妙な味と香りの違いを次々と嗅ぎわけていく、天才肌の人、というイメージがあります。もちろんそれは正しいのですが、輿水さんの本で分かることは、ブレンダーの仕事の根幹は日々の、こつこつとした積み重ねなのですね。80万樽の在庫の状況をつぶさに把握し、次に仕込む樽のキャラクターに対する注文を現場に出し、定番商品の味・香り・品質の維持に腐心し、ウイスキー作りの改善を日々重ねていくという、地道な活動です。そこが理解できたのは、この本の収穫でした。


定番商品


白州蒸溜所見学記の中で「定番ウイスキーの味と香りを、どうやって一定に保つのだろう」という疑問を書きました。それを実現しているのは、ブレンダーの在庫把握力と味・香りに対する感性なのですが、このことについて書いている輿水さんの文章を紹介しておきます。厳密に言うと定番商品の味と香りを一定には保てない、とのことなのです。

とはいえ、毎年、使おうと思う原酒の樽ごとの中身は、やはり微妙に違いがでてきます。定番商品とはいえ、毎年、レシピは変化します。

ですから、2008年の『ローヤル』と2009年の『ローヤル』に、微妙に味の違いがあるのは、ウイスキーの宿命と申せましょう。むろん、品質レベルで前年のものを凌駕したい。

ブレンンダーとしては、ロビンソン・クルーソーが無人島から何十年かぶりに戻ってきて、かつて贔屓にしていたブランドのウイスキーを飲むとして、その彼に、「以前より美味しくなった」と言わしめたいわけです。

しかし、見る角度を変え、飲む側からいえば、ウイスキーの面白い部分かもしれません。自分が日頃親しんでいるブランドの昨年と今年の違いを感じ取れるようになったら、飲み手としては相当な器量の持ち主といえるのではないでしょうか。

なるほど・・・・・・。私には、2008年の『ローヤル』と2009年の『ローヤル』の違いが全くわからない「自信」がありますが、ウイスキー・ファンの中にはそれが分かる人がいるようなのですね。

いや、待てよ・・・・・・。輿水さんが

昨年と今年の違いを感じ取れるようになったら、飲み手としては相当な器量の持ち主といえる

と書いているのは、実は

違いがわかる人は、まずいないと思う。本当に分かる人があったら、手を挙げてみてください

という、チーフブレンダーとしてのプライドを反語的に表現しているのかもしれません。この方が当たっている気がする。


ジャパニーズ・ウイスキー


輿水さんの本によると、世界の5大ウイスキーは

 ◆スコッチ
 ◆アイリッシュ
 ◆アメリカン
 ◆カナディアン
 ◆ジャパニーズ

であり、ジャパニーズ・ウイスキーは5大ウイスキーの一角を占めているとのことです。これは、認識を新たにしました。

ISC (International Spirits Challenge) という、ウイスキーの有名なコンペティションがあります。2003年にサントリーの『山崎12年』がISCの金賞をとり、ここから日本製のウイスキーの快進撃がはじまりました。2004年には、ISC最高賞トロフィーを(響30年)、2010年にはサントリーが「ディスティラー・オブ・ザ・イヤー」に輝きました。またウイスキー・マガジンが主催する WWA (World Whisky Award) でも、ニッカを含めて、数々のトロフィーを受賞しています。

モルト原酒の多様性で紹介したように、ジャパニーズ・ウイスキーの作り方はスコットランドと比較していろいろと違います。もともとスコッチに学んだものですが、日本で独自の発達を遂げたわけです。樽にしても、ミズナラを使ったり、鏡板に杉を使ったりと、スコッチではありえないようなことをやっています。日本で独自の発達をしたウイスキー作りが、やがて品質の高さで世界に認められ、5大ウイスキーの一角を占めるまでになったわけです。

このストーリーは何かに似ています。つまり、No.38「ガラパゴスの価値」で書いた、日本で独自の発達を遂げた工業製品が、やがて世界に認められ、グローバルなビジネス展開に至る、というストーリーとそっくりなのです。No.38 では、クルマ、オートバイ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、複写機、の例を書きました。ウイスキーはまさに、これらの工業製品と同じ道をたどった(たどりつつある)わけです。

とにかく徹底的に品質にこだわる。新しい試みにチャレンジしつつ、日々の改善を怠らない。長期的視野で人を育成し、技術の蓄積をはかる。貯蔵担当者のような現場のプロを大切にする・・・・・・。輿水さんの本から読み取れる「日本のウイスキー作りの極意」は、まさに日本の「ものづくり」の成功要因そのものなのです。それが理解できたことだけでも『ウイスキーは日本の酒である』という本の価値はあると思いました。



ここからは補足です。「ウイスキーは日本の酒である」の著者である輿水さんは、サントリーの山崎蒸溜所に勤務しています。この「山崎」というのは、知っている方はたくさんいると思いますが、大阪府の京都との府境近くであり、蒸溜所のすぐそばを、名神高速道路、新幹線、JR東海道線、阪急電車が通っています。東海道という日本の交通の大動脈に近接していると同時に、大阪・京都という大都会の目と鼻の先なのです。また蒸溜所のすぐそばにはマンションが建っていて、町並みが迫っています。

山崎蒸溜所.jpg
山崎蒸溜所 [site:SUNTORY]
なぜサントリーは山崎に蒸溜所を作ったのか。それは近くに3つの川の合流点があり霧が発生しやすいという条件もあるのですが、大きなものはウイスキー作り・酒作りに欠かせない水です。その水は、山崎の後背地に広がる山(天王山)と、そこの森林や竹林が生み出すものなのです。No.37「富士山型の愛国心」で、日本の誇るべきものとして「国土面積に比較して広大な森林が保持されていること」を書きましたが、まさに山崎蒸溜所は、その自然環境の恩恵にあずかっています。

こういった国の交通の大動脈の近傍、大都会と目と鼻の先の蒸溜所というのは、世界でも珍しいのではないでしょうか。サントリーの Web サイトを見ると、山崎蒸溜所の写真として、いかにも「自然の中にある」という印象を与える光景がのっています。しかし山崎蒸溜所を紹介するなら、もっと引いて撮った写真、新幹線と鉄道と高速道路とマンションと町並みと蒸溜所が共存している写真ものせたほうが良い。山崎蒸溜所で作られたシングルモルト・ウイスキーは、ISC の国際舞台で数々の賞をとっています。そのウイスキーは、「新幹線・高速道路・鉄道・市街地」と「森林をバックにした蒸溜所」が共存している、そういう環境で作られたと、世界にアッピールした方が良いと思うのです。都市文明と森林の共存は日本の特質なのだから・・・・・・。



 補記1 

2018年5月16日、サントリーが「響17年」「白州12年」の販売を休止すると発表しました。日本経済新聞から引用します。


ウイスキー熱 原酒が不足
 サントリー「響17年」「白州12年」販売休止
 10年で2倍、需要読み切れず

サントリーホールディングス傘下の蒸留酒メーカー、サントリースピリッツは国産ウイスキーの一部を販売休止する。対象は人気の高い「白州12年」と「響17年」。国内ウイスキー市場は10年前の2倍に拡大した。原酒が足りなくなるボトルネックによって、販売を続けられなくなった。

日本経済新聞(2018.5.16)

記事によると、世界の2016年のウイスキー市場は2007年から6割増えたそうです。また2017年の国内市場は前年比109%であり、過去数十年で一番少なかった2008年から2倍以上に膨らみました。サントリーのウイスキーの販売量もこの期間で2倍以上に伸び、現在の売上げ規模は1500億円程度です。


低迷していたウイスキー需要が拡大に転じたのは、サントリーが角瓶のハイボールの販売に力を入れ始めた08年になってからだ。低迷期の需要予測にもとづいて生産した原酒の量では、今の需要にすべて応えるのは困難だ。

今回、販売を休止するのは白州12年や響17年であって、サントリーの製品の代表格である山崎ではない。

サントリーのウイスキーの魅力は多彩な原酒を使うことにある。山崎や白州、響など、各ブランド専用の原酒があるわけではなく、時間をかけて仕込んだ原酒を複数組み合わせ、各ブランドの商品が完成する

原酒が少なくなりサントリーは選択を迫られた。どの商品に原酒を割り当て、どの商品を販売休止させるか決める必要があった。最も販売量が多いのは角瓶で、オークションで高値がつくようなブランド力を持つ山崎がある。結果として白州12年や響17年の販売休止を選んだ。根強いファンがいるなか苦渋の決断だったようだ。

販売休止の時期は在庫状況によるが白州12年で6月ごろ、響17年で9月ごろからの見通し。同様の事態は16年4月の「角瓶〈黒43度〉」以来だ。

同社は原酒不足の改善に向けて180億円を投じ、山梨県と滋賀県で原酒を入れて熟成する貯蔵庫を増やす計画がある。同社は再発売を目指すが、かなりの時間を要するという。市場から消えるウイスキーを再び目にするまでには、商品名が示すように長い年月がかかりそうだ。(新沼大)

日本経済新聞(2018.5.16)

サントリーのウイスキービジネスは、世界で高い評価を受ける品質の良さ(=現場の技術力)、ハイボールを前面に押し出したマーケティング(=販売戦略)、アメリカの蒸留酒大手のビーム社の買収による世界への販路拡大(=経営戦略)と、企業活動の重要な要素が三拍子揃っているように見えるのですが、そのビジネスの隘路(ボトルネック)は高品質の商品を急速に増産することは出来ないというところにあるのですね。それは白州蒸留所の見学を思い出すとよく理解できるのでした。

(2018.5.17)


 補記2 

ニッカウヰスキーは「余市」「宮城野」の年代物の販売を2015年に停止していますが、創業者の名前を冠した看板商品である「竹鶴」の年代物の販売も終了することを発表しました。


ニッカ、「竹鶴」17年など販売終了へ 原酒不足で
 国産ウイスキー、「余市」「宮城峡」に続き

アサヒグループホールディングス傘下のニッカウヰスキーは、国産ウイスキー「竹鶴」の年代物の製品の販売を3月末で終了する。原酒が不足しているためで、「余市」なども年代物は既に販売を止めている。同社の国産ウイスキーから「17年」など熟成年数を商品名にうたう商品が姿を消すことになる。

「竹鶴」はニッカの国産ウイスキーの代表的なブランドだ。余市蒸溜所(北海道余市町)と宮城峡蒸溜所(仙台市)の2つの拠点で生産した原酒から作る。熟成年数が17年以上の「竹鶴17年」のほか「21年」「25年」も販売を終える予定だ。

日本経済新聞 電子版
(2020.1.12, 18:34)

NIKKA 竹鶴 25年.jpg
NIKKA 竹鶴 25年


ニッカは余市蒸溜所だけで生産する「余市」の年代物と、宮城峡蒸溜所だけで生産する「宮城峡」の年代物はいずれも2015年に終了。年代表記をしない「ノンエイジ」商品としても、「余市」「宮城峡」「竹鶴」の3商品は出荷を絞っている。原酒の増産に向けた投資も進めている。

国内ウイスキー最大手のサントリーホールディングスは「響17年」の販売を休止した。同社の国産ウイスキーの年代物で販売中なのは「響30年」など一部にとどまり、出荷量も限られている。キリンホールディングスも年代物の国産ウイスキーはごく一部の商品を限られた販売経路のみで売っている。

日本経済新聞 電子版
(2020.1.12, 18:34)

この記事に「原酒の増産に向けた投資も進めている」とありますが、その話は2019年の10月に報道されました。


ニッカ、ウイスキー2割増産
 30年にも原酒不足解消

アサヒグループホールディングス(HD)傘下のニッカウヰスキーは2021年までに北海道の蒸留所でウイスキーの生産設備を増強する。20数年ぶりに昼夜間の交代勤務を復活し、原酒の生産量を2割増やす。国内での底堅い需要を背景に品薄感が強まっているが、30年にも原酒不足を解消できる見通しだ。

日本経済新聞 電子版
(2019.10.6, 23:00)

ニッカウヰスキーが2019年から2021年にかけて設備投資を含む増産体制をとったとしても、原酒不足が完全に解消するのは2030年ということになります。ウィスキーとはそういうビジネスなのだということが改めて理解できました。

(2020.1.14)



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