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No.38 - ガラパゴスの価値 [技術]

No.37「富士山型の愛国心」において日本の携帯電話(スマートフォンでない従来型の携帯電話。以下、携帯と書きます)を「ガラパゴス携帯」とか「携帯のガラパゴス化」と表現するメディアがあると書きました。これは日本だけで独自に高度に発達をとげ、世界市場では影が薄い日本の携帯を、揶揄したり批判したりする言い方です。批判というまでの意識はないのかもしれませんが、少なくとも日本の携帯をネガティブにとらえた言い方であることは間違いないと思うので、以下、この揶揄ないしは批判を「ガラパゴス批判」と書きます。

この「ガラパゴス批判」は、メディアの記者が評論家になったつもりで、おもしろがって言っているのだと思います。私は携帯業界のことに詳しいわけではないし、携帯の1ユーザに過ぎません。それでも、この批判は的を射ていないと思うのです。

スマートフォンが大きく伸びている現在、あらためて携帯における「ガラパゴス」の意味を振り返ることは大いに意味があると思います。以下に「ガラパゴス批判」の問題点を何点かあげます。


携帯はキャリアの製品


まず誰でも知っていることですが、日本の携帯は、携帯電話事業者(ドコモ、KDDI、ソフトバンクなど。以下キャリアと呼びます)の製品です。携帯電話端末というハードウェアの開発・製造会社(以下メーカと呼びます)はキャリアの委託を受け、製品を開発し、キャリアに製品を納入している存在です。携帯という製品を出しているのはキャリアであり、販売代理店→キャリアショップ・量販店というルートで製品を販売しているわけです。従って「ガラパゴス批判」は、第1義的には「キャリアが日本だけでビジネスをしていて、高度に発達した携帯をもって世界にで出ていってないじゃないか」という批判なのです。

しかし、一般的にキャリアは一つの国だけで、ないしは一つの国を中心にビジネスを展開していることが多いのですね。なぜか。

それは、電波がその国のインフラストラクチャと密接に絡んだ「公共財」だからです。日本を含めてどの国でも、電波をどの会社にどういう方式で割り当てるかは、極めて重要な政治判断です。かつ、ビジネスを始めるには膨大な設備投資がいる。日本のキャリアがのこのこ外国へ出ていって携帯電話ビジネスをすぐに始めるわけにはいかないのです。逆も真です。AT&T も Verizon も韓国テレコムも日本でビジネスをしていません。

ありうるのは、外国のキャリアを買収するという手です。英国の Vodafone は、欧州を中心に買収によってビジネス拡大しています。しかしこれとて万能ではない。携帯電話は国の重要インフラなので、外資規制がかかっていることがあります。また買収したからには、本国のビジネスとの相乗効果を実現しないといけない。Vodafone は J-phone を買収しましたが、その後、SoftBank に売却してしまいました。Vodafone の「世界共通携帯」を日本で売るとうような戦略が、日本では全く通用しないことが原因の一つだと思います。

それでも、たとえばドコモは海外ビジネスへの進出をめざして、インドやバングラデシュ、香港のキャリアに投資をしています。ソフトバンクも日本でのビジネスが安定すればその方向に行くかもしれません。日本のキャリアの海外進出はこれから、という段階です。


メーカの海外進出はできるか


それでは、メーカが日本のキャリア向け製品とは別に、海外のキャリアを対象とした製品を開発し、海外進出しすべきだ、という意見が出てくると思います。「ガラパゴス批判」を詳しく言うと「キャリアが海外進出できないのは分かるが、メーカはキャリアとは別に進出できるはず。それをしていないじゃないか」という批判だと考えられます。しかしこの「批判」も的を射ていないのです。

メーカが日本のキャリアとは別に、海外向け製品を作って海外進出する・・・・・・。これはロジカルにはもちろん可能です。

しかし海外進出にはいくつかの障壁があります。まず第1に、海外へ進出し利益をあげるまでのリソース(市場調査、海外のキャリアへの食い込み、開発技術者、販売網の整備、営業・・・・・・にかかる人とカネ)を投入できるかどうかです。日本のキャリアへ独自の最先端技術を盛り込んだ製品を年に2回も次々と供給しつつ、海外市場を開拓するのは並大抵のことではない。よほど会社のトップを説得するに足るビジネスプランがないといけない。かつその初期投資に耐えられるだけの利益を、日本のキャリア向けの製品受託事業であげていないといけないわけです。

第2に、一般に海外の携帯は日本に比べれば「普及品」です。日本の携帯のような最先端技術をふんだんに盛り込んだ高機能品・高級品ではない。そして普及品のポイントは、いかに低コストで製品を作れるかです。そして一般的に言えるのは、

最先端技術を詰め込んだ「高級製品」と、最先端技術はないが製造コストを押さえて低価格を実現した「普及品」では、開発に必要な技術も、製造ノウハウも、部品調達方法も全く違う

ということなのです。トヨタ自動車は普通車でフルラインナップの製品を作っていますが、日本市場向けの軽自動車を作れるかというとそうではない。作れる技術はあるはずです。しかし事業として成立しない。だからダイハツを子会社化したわけですね。2011年9月末に販売開始されたトヨタの軽自動車も、もちろんダイハツからのOEMです。船井電機はアメリカでウォルマート組んで低価格のテレビを販売しています。シャープやソニーやパナソニックにそれができるかというと、できない。最先端技術を駆使した超薄型・省エネ・高画質・フルハイビジョンのテレビを作れたからといって、船井電機にはなれません。ビジネスモデルが全く違うからです。シャープやソニーやパナソニックは、船井電機のようになりたいとは全く思っていないでしょう。

それと同じで、日本の携帯メーカーであるシャープやパナソニックや富士通やNECが、はじめからグローバルビジネスを前提にしている Nokia やサムソン電子のようになるのはすぐには行かないと思います。


ガラパゴス:利用者視点の欠如(1)


ガラパゴス批判の大きな問題点は、携帯の利用者の視点を欠いていることです。要するに、供給者(キャリアとメーカ)の視点からだけモノを見ている。携帯を使う側からみてどうか、という視点が、ごっそり欠如しています。

NTTドコモが出している「らくらくホン」とうい携帯があります。この携帯などは、日本だけで固有に進化を遂げた「ガラパゴス携帯」の最たるものでしょう。

らうらくホンベーシック3.jpg
NTTドコモ
らくらくホン ベーシック3
(富士通製)
「らくらくホン」は、中高年や高齢者にユーザを絞った製品です。そういうユーザに如何に使いやすくするか、使い初めの障壁を如何に低くするかが、徹底的に考えられています。たとえば電話番号割り当て専用の3つのボタンがあり、どれかを押すと(例えば)自宅につながる。日本語の入力・表示も高齢者を想定し、できるだけ文字を大きくし、それを前提としてボタンや画面メニューが設計されています。

さらに、「らくらくホン」には「メールの音声読み上げ機能」や「表示メニューの音声読み上げ機能」がありますが、視力障害者の方が常時使う機能として極めて価値が高いものです。視力障害者の方はほとんど「らくらくホン」を使っている、という話を聞いたことがありますが、デジタル機器が人の生活を便利にする典型的な例だと思います。

ユニバーサル・デザイン」という考え方があります。なるべく多くの人に使えるデザインにする、という意味ですが、らくらくホンは、携帯の初心者、シニア、視力障害者の方にラクに使える携帯を目指していて、まさにユニバーサル・デザインを実践しているわけです。「らくらくホン」のユーザは買い換える時も「らくらくホン」だと言います。あたりまえでしょう。簡単で使いやすい操作に慣れたユーザは、それを変えたくないからです。

らくらくホンは機能よりも使いやすさを追求した携帯ですが、高度な技術が用いられていないかというと、そうでもない。たとえば「ゆっくりボイス」「はっきりボイス」という機能があります。相手の声をゆっくり聞こえるようにしたり(ゆっくりボイス)、環境音を下げて人間の声だけを強調する機能(はっきりボイス)ですが、これらはかなり高度な音声認識・音声合成技術です。また「あわせるボイス」という機能もあります。人間だれしも年をとると耳が聞こえにくくなりますが、聞こえにくくなるのは高音からです。「あわせるボイス」は、利用者の年齢に応じて高音部を自動的に強調する機能です。製品のターゲットがクリアなので、技術を使うポイントも明確なのです。
マモリーノ2.jpg
KDDI(au)
マモリーノ2
(京セラ製)

「らくらくホン」は、日本市場で独自に高度に進化した携帯の代表例と言えるでしょう。それは「世界市場」には出ていないけど、利用者にとっては大きな価値であることは確実です。

さらに日本では「子ども用携帯」も発達しています。子ども用の携帯は各社が出していますが、一つだけ例をあげると、KDDIの「マモリーノ」という製品があります。ストラップ式の防犯ブザーがついていて、作動させるとセコムに通報される。親にも連絡が行き、要請があればプロの緊急対処員が発信現場に急行します。GPSを内蔵しているので子どもの居場所の特定は容易です。この携帯は子どもを守るため、インターネット接続機能はありません(メールのみ有効にすることは可能)。親の電話番号など、登録した特定電話番号にしか発信できないのです。こういった「子ども用携帯」も、独自に進化したガラパゴス携帯の典型でしょう。


ガラパゴス:利用者視点の欠如(2)


「らくらくホン」や「子ども用携帯」以外にも、日本の携帯が世界に先駆けて実用化し、利用者に定着させた機能が非常に沢山あり、これらの中には利用者にとっての価値が高いものがあります。外国の携帯がようやく、この数年で採用してきた機能も多いわけです。携帯のアプリで実現される機能や、ゲーム関係を除いた、携帯の基本機能に限って、それらを列記してみます。

携帯のインターネット接続は、日本が定着させた機能です(ドコモのiモードは、1999年2月)。つまり、メール(絵文字)、HTMLメール(ドコモではデコメール)、フルブラウザなどです。インターネット接続は、世界の携帯のあり方を根本から変えてしまいました。つまり「話す携帯」から「使う携帯」への変化を起こしたのです。「携帯電話」を「携帯・ケータイ」に変えてしまった。2000年代半ば時点において既に、日本の街角や電車で携帯を使う人は、ほとんどがインターネット接続機器として使っていました。しかしその頃ヨーロッパ旅行にいくと、街中や電車でほとんどの人が通話機器として使っていることに感慨を覚えたものです。「イタリア人は、電車の中で携帯で話している。携帯電話なんだ」というような・・・・・・。今でもそうではないかと思います。なおメールについての補足ですが、メール機能と着信バイブレーション機能によって、携帯が聴覚障害者の方の必須アイテムになったことを忘れてはならないと思います。

カメラ機能は、常時携帯するカメラがあることの便利さを痛感させるものです。もちろん「QRコードリーダ」のようなカメラ応用機能も含みます。レストランで初めて飲んだワインがおいしかったとき、ラベルを携帯カメラで撮るのが習慣になってしまいました。このカメラ機能も、当時のJ-Phoneが「写メール」という名前で、藤原紀香さんのCMで売り出したのが最初でした(携帯はシャープ製)。

余談ですが、J-Phone がカメラ付き携帯の開発を各メーカに打診したときに、唯一応じたのがシャープだったそうです(2011.8.9. 日経産業新聞)。しかも、NTTドコモもKDDIも、すぐには追従しなかった。

そう言えば、らくらくホンの製造をNTTドコモが各メーカに示したとき、唯一乗ってきたのが富士通(当初はパナソニック)だった、という話を聞いたことがあります。しかもシニア向け携帯は長い間、NTTドコモしか出していなかった。世界に前例がない独自性のある製品の開発というのは、こういうものでしょう。キャリアもメーカも、はじめは半信半疑なのです。

デジタル・オーディオプレヤーの機能も日本の携帯が定着させた機能です。特にこの領域で先進的だったのがKDDIです。「着うたフル」は「音楽をダウンロードして聞く文化」を定着させました。また LISMO というサービスでは、携帯とパソコンの音楽ダウンロードとデータのやりとりを統一化し、さらに LISMO Music Search では「聴かせて検索」や「歌って検索」などの音楽検索機能が提供されています。こういった検索機能は世界レベルでも非常に先進的ではないでしょうか。

電子マネーを、ICカードではなく携帯でサポートしたのも、日本が先駆的です。インターネット接続を活用し、どこにいてもキャッシュレスでチャージができる利便性があります。また携帯の電子チケット機能(Suica, ANA, JAL, など)も普及しています。

テレビ電話機能ですが、これを実際に使っている人は少数ではないかと推測します。実用性に乏しいという見方もあるでしょう。しかし視力障害者からみると、意味が違うはずです。つまり携帯のテレビ電話機能は、視力障害者の方を健常者の方が遠隔地からサポートするには、ものすごく便利な機能なのです。これだけでも携帯の「高度な進化」は社会的意味があると思います。

放送受信機能も日本の携帯の「独自に進化した」機能です。テレビ受信機能(ワンセグ受信機能)のありがたさは、2011.3.11 で多くの人が実感したのではないでしょうか。あの日、常時生きていた情報インフラは、有線のインターネットと、放送(TV、ラジオ、ワンセグ)でした。つまり常時携帯機器では携帯のワンセグだったのです。付け加えると停電した地区で生きていた情報インフラは、携帯型ラジオと携帯のワンセグです。ワンセグでの情報から津波避難をした人もいると聞きます。3.11 において日本のガラパゴス携帯は、人の命を救った可能性が高いのです。もちろんワンセグは、災害時だけでなく、通常のテレビ番組を楽しむためのものです。2011.7.18 早朝の 女子サッカーワールドカップ決勝、日本対アメリカ戦を、通勤途中にワンセグで見た人も多いでしょう。

放送の一つに「緊急地震速報」があります。現在の緊急地震速報はセンサーや速報網がまだ完全ではなく、誤報もあったりするのですが、いずれ整備が進むと、日本人にとって非常に重要な社会インフラになると思います。そしてこの緊急地震速報が携帯で受信できるのが大きい。これも「地震が頻発する日本で独自に発達したガラパゴス機能」です。

GPS応用機能も利便性の高いものです。ナビや子供の見守り機能など、今いるエリアの情報提供など、GPS応用アプリは多岐に渡っています。

ビデオカメラやサウンドレコーダの機能も、もちろん専用機器には機能的に劣りますが、常時携帯機器でこれができるのは価値があると思います。事故や災害のとき、携帯で撮ったムービーがテレビのニュースで放映されることがよくありますね。

防水機能は、安心という意味で重要でしょう。さっき書いたKDDIの子ども用携帯「マモリーノ」も当然、防水です。さらに赤外線通信も、いつもではないけど、家族や友人ととのアドレス帳やメモの交換に便利に使えるものです。

以上に述べた機能は、中には日本の携帯が最初ではないものもありますが、利用者への定着という意味では日本が先進的だったと思います。「日本の中だけで高度に発達した」ことが、明らかに利用者にとっての価値を生んでいるのです。しかも日本の携帯は、機種にもよりますが、上位機種なら全世界で使えます。日本の利用者にとっては、海外旅行に持っていっても日本と同じように使える。ガラパゴスであっても何ら不便はないのです。

ここからは想像ですが、おらく日本で携帯のインターネット接続が始まってからの約10年間、世界の有力携帯メーカやキャリア、そしてアップルのような会社は、日本における携帯の状況をつぶさに研究したと思います。またグーグルも日本における携帯の使い方を徹底的に調べたはずです。それが iPhone や Android につながったと直感します。

以上をまとめると、「ガラパゴス批判」をメディアに書く記者に欠けているのは、利用者の目線です。携帯は日本の利用者にとってどういう価値があって、それが日本の携帯の独自性(ないしは特殊性)とどう関係しているのか、という視点がない。「上から目線」だけのモノの見方をしています。企業が製品を作るときに最も大切なのは利用者・ユーザの視点です。企業で製品企画をする人は、メディアの記者の「上から目線」に踊らされることなく、ユーザの利便性を徹底的に追求して欲しいものです。そんなことは百も承知だと思いますが・・・・・・。



余談ですが、携帯を離れて考えると「日本で独自に高度に発達した製品」で「消費者に利便性を与えている製品」の最右翼は温水洗浄便座ですね(「ウォシュレット」「シャワートイレ」などの商品名)。最近は家庭やホテルやオフィスビルだけでなく、駅にも増えてきました。外国の方が日本を訪れて一番驚くのがこれだと言います。


ガラパゴスから世界へ、という実績


日本の携帯は世界への進出が遅れていますが、他の工業製品を眺めてみると、世界に進出している製品がいろいろあるわけです。このような他の製品も見ないと、物事の本質を見誤る危険性があると思います。

日本の工業製品が世界に進出した典型的なパターンは、次のようなものです。

他の国からみると、異常なほど多い数の同業会社がひしめいている。
その同業の会社同士が激しく競争し、他国の製品にはない日本独自の特長を発達させる。
その製品がやがて世界に進出し、日本独自の特長がプラス要因になって、世界市場に浸透する。

こういった工業製品の代表例がクルマ(乗用車)です。

日本の乗用車メーカは8社もありますが(トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱自工、富士重工、スズキ、ダイハツ)、自動車産業の新興国を除いて、こんな国は他にはありません。この日本勢は世界市場で健闘しています。世界の自動車販売台数でトップ15位に入る会社数をみると、日本・5社、アメリカ・3社、ドイツ・3社、フランス・2社、韓国・1社、イタリア・1社です。

日本国内に8社もひしめいている自動車会社は、昔から熾烈な「品質競争」を繰り広げてきました。ここで言う品質とは「トラブルが少ない」から始まって「ボデーや内装の仕上げ」から「低燃費」に至るトータルな品質です。この品質が米国などに評価されて海外進出につながったわけです。「高品質」のクルマを低コストで生産する日本の自動車会社の生産方式(ジャスト・イン・タイム、など)は、世界の自動車会社の標準になってしまいました。

自動車つながりでいうと、2輪車(オートバイ)も似たような状況です。日本には2輪車メーカが4社もありますが(ホンダ、ヤマハ発動機、スズキ、川崎重工)、世界市場の5割をこの4社で握っています。

海外旅行に行った時に外国人の旅行者を観察すると、デジタルカメラとビデオカメラに関しては、日本企業以外の製品を見た記憶がありません。デジタルカメラのメーカは日本に9社もあります(キヤノン、ニコン、オリンパス、ペンタックス、リコー、ソニー、パナソニック、富士フイルム、カシオ)。またビデオカメラは日本のメーカ(ソニー、パナソニック、 日本ビクター、 キヤノンなど)が世界を席巻していると言っていいでしょう。この4社の世界シェアは86.5%もあります(2010年度。日本経済新聞社推定。2011.7.25 日経産業新聞)。

オフィスで使う複写機は、今は「デジタル複合機」となって、プリンタ、ファックス、スキャナーなどの機能が統合されています。デジタル複合機は、富士ゼロックス、キヤノン、リコーの3社の規模が大きく、この3社で日本市場の8割近くを占めています。この3社の世界市場のシェアは5割を越えています。注目すべきは、上位3社だけでなく、シャープ、東芝テック、コニカミノルタなど、日本の複合機メーカは10社を越えるということです。日本のデジタル複合機の世界シェアはおそらく7割を越しているのではないでしょうか。

以上の世界商品ですが、「日本で高度に発達し、世界に進出する」ということは、その代償として「日本でしか需要がない製品も供給し続けなければならない」というケースが起こり得ることには、注意すべきです。たとえば代表例としてあげた乗用車ですが、現在の日本のクルマ市場を台数ベースで言うと、ハイブリッド(HV)が1割弱、ミニバンが2割、軽自動車が4割弱あります。これらはすべて、日本需要が中心の車種なのです。現在、自動車会社にとっての市場開拓の主戦場は「新興国」ですが、一方で日本需要中心のクルマも供給しないといけない。HV、ミニバン、軽は、日本のユーザに大きな利益や価値を与えているからです。それだけ供給者も需要者も含めて、日本の市場は発達している。しかし、その一方で海外の新興国での市場獲得競争です。自動車会社はこういったジレンマに直面しながら、ビジネスの舵取りを迫られています。

コンシューマ製品を中心に世界進出に成功している事例を何点あかあげましたが、もちろん、日本国内で熾烈な競争をしている製品が世界市場で成功するとは限りません。製品の種類から言うと、むしろ少数でしょう。しかし日本市場で「高度に」発達することで、それがやがて世界を席巻するというのが、日本の工業製品の勝ちパターンの一つであることは明らかです。このことは十分に認識しておく必要があると思います。

メディアは「日本が負けている」点だけをとりあげ、大々的に、あるときはおもしろおかしく宣伝します。「負けていることの認識」は大変に重要ですが、それと同時に「勝っている部分の認識」もまた重要なのです。


「ガラパゴス部品」は世界へ


携帯の話に戻ります。日本の携帯には最先端の技術がぎっしり詰まっていますが、それを支えているのは日本企業が作る「日本で高度に発達したガラパゴス部品」です。

携帯という最終製品でみると、世界市場では外国メーカがほとんどなのですが、部品に視点を移すと日本企業がメジャーです。つまり、高周波電波部品、積層セラミックコンデンサ、薄型マイク、超小型カメラモジュール、音源用LSI、小型液晶などの部品は、日本が極めて強い競争力を持っている。世界中の携帯の部品の3~4割日本製だと言われています。

携帯で磨かれた部品技術は、スマートフォンにも引き継がれています。スマートフォンに関する新聞記事の引用です。

完成品は米アップルの「iPhone(アイフォーン)」や韓国サムスン電子の「ギャラクシー」が席巻し、日本企業の存在感は薄いが、きょう体(ボディー)を外すと別の世界が広がる。小さなマルチメディア端末を実現するスーパー部品や素材。その多くを日本勢が担う。

業界推定によると約1000点ある部材のうち4割程度が日本勢とみられる。代替のきかない主要部材でみると、日本勢への依存度は5~6割に達している可能性が高い。スマホで潤う長者企業が続々誕生している。
(日経産業新聞 2011.6.27)

要するに、スマートフォンのキー・デバイスにおいては、日本企業の競争力がまだまだ強いということを言っているわけです。

もちろん携帯やスマートフォンの部品においても韓国や台湾のメーカが追い上げていて、日本企業も安泰ではありません。しかし重要なのは、日本のキャリアが独自に高度に発達した携帯を提供し続けてきたからこそ、日本の部品メーカが世界を相手にビジネスをしているという事実だと思います。

さらに部品以外に関連分野への波及があります。その典型がリチウムイオン電池です。リチウムイオン電池は携帯機器への応用で市場がスタートしました。もちろん携帯(電話)だけでなく、ノートパソコンやビデオカメラなども含めた携帯機器です。しかし携帯(電話)がリチウムイオン電池の開発を牽引したことは間違いないと思います。とくに日本の携帯のように高機能だと、電力消費が大きく、かつ電池のスペースは最小限です。できるだけコンパクトで大容量の電池が求められる。日本のキャリアは電池メーカにこの点を徹底的に要求し続けたはずです。2000年代の前半には、世界のリチウムイオン電池のシェアの8割とか9割が日本メーカという時がありました(現在は5割を切っている)。これに日本の「高機能携帯」が貢献したことは間違いないと思います。それが、今後巨大市場になると想定されている、電気自動車(EV)やハイブリッド車向けの車載用リチウムイオン電池につながっていくわけです。

付け加えると、携帯やスマホの部品と同じように、リチウムイオン電池用の部材でも日本企業が高いシェアを持っています。リチウムイオン電池の4大部材は、正極材、負極材、セパレーター、電解液ですが、この4大部材の日本勢の世界シェアは56%であり、4大部材のトップシェアをもっているのは全て日本企業です(2011年6月3日 日本経済新聞による)。


独自性への嫌悪感


「ガラパゴス携帯」と揶揄する記事を書くメディアの記者が「暗黙に抱いている考え」を推測してみたいと思います。

前回にも書いたのですが、一般的に日本では個性が突出した人が嫌われたり、評価されないことがあります。横並びを尊び、他人と同じであることに価値を見いだし、独特であることや独自性にネガティブな反応を示す傾向です。もちろん個々の状況によって違いは大きいのですが、アメリカと比較して全体の傾向を言えば・・・・・・ぐらいの感じで考えると、それは正しいのではと思います。

この傾向は国というレベルにもあります。世界の他の国、特に欧米先進諸国と違うコトをやることが、悪いとか、よくないといった暗黙の評価になるわけです。ガラパゴス批判の裏に潜んでいるのは、実は「独自性への嫌悪感」だと思います。

ガラパゴス批判をメディアに書く記者は、本人は全く意識していないと思いますが、暗黙に次のような考えにとらわれています。

世界の中心は、日本以外のところにある
その「世界の中心」の流儀・やりかたに日本も従うべきである。
「世界の中心」から外れたことをするのはよくない。日本独自のことは「世界の中心が認めた範囲で」やるべきである。

これは何も携帯に限った話ではありません。経済全般、政治、文化(英語と日本語の扱いなど)に、広範囲に上記のような考え方が適用されている。その現れの一つが「ガラパゴス批判」だと思います。

しかし上記のような考え方は、世界の先進国の間では「特殊な考え方」だと思います。G8の国、特にアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシア、そして中国は、以下のように考えているはずです。

世界の中心は、自分の国である
その「世界の中心」の流儀・やりかたに、他国も従うべきである。それが国際標準(グローバル・スタンダード)である。
国際標準からはずれたことをするのはよくない。各国独自のことは「国際標準で認められた範囲で」やるべきである。

いわゆる先進国や大国ではこれが普通の考え方だと思います。もちろん、あからさまにこんなことを言うと反発されるだけなので、公式には表明されません。また各国にはそれぞれの強み・弱みがあるので、すべてのジャンルにおいて「世界の中心」というわけにはいきません。しかし各国の行動パターンの裏に基本的にあるのは、こういった考えだと思うのです。こう考えで行動する方が、自国にとって、また自国の企業にとって有利になるからです。

各国が「世界の中心だ」と主張すると、当然、論争や闘争になります。「独自性の押しつけ合い」になる。それが外交であり、経済外交です。その「押しつけ合い」の中から妥協が生まれ、国際標準が形作られる。どうしても自国として妥協できないものは、たとえ他の国々が妥協しても「独自性の殻」に閉じこもる。自国の方が正しいと主張して・・・・・・。

繰り返しになりますが、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシア、中国はこのように考えて行動していると思います。これが普通なのです。独自性の押しつけ合いを有利に進めるために、ドイツとフランスが妥協して手を組んだのがEU、と考えることもできます。

それに対して日本です。「ガラパゴス批判」を書いているメディアの記者は、その一方で「独創性が大切だ」「個性が大事」「ワン・アンド・オンリーをめざせ」と書いているのではないでしょうか。「世界で一つだけの花は何より価値がある」というような・・・・・・。しかし、心の底では「ワン・アンド・オンリー」が嫌いなのだと思います。そうとしか考えられない。そして「世界の中心は日本以外のところにある」と無意識に思っている。

ワン・アンド・オンリーの製品を作り出し、それを普及させるのは苦しいものです。多大な研究開発費を投じて新しいものを生み出さないといけない。いったん成功すると、とたんに模倣者が出てきて「いいとこ取りをした安い製品」を作ったりする。独自製品を出しても、それが世界に広まらない限りは、世界標準品に淘汰されてしまうリスクもある。産みの苦しみから始まって、育てる、広める、維持する・・・・・・困難なことだらけです。安易な道を選ぶなら、誰かのまね、外国のまねだけをして「ガラパゴス批判」をしていればいいわけです。

しかし、日本だけではなく、また携帯だけでもないのですが、世界にはそのワン・アンド・オンリーという「困難なこと」にチャレンジしようとする人々がいるからこそ、経済が成長するのですね。それは、近代以降における世界の経済発展の歴史を振り返ってみるとよくわかります。経済発展にはさまざまな理由があるわけです。しかし、資本主義の初期段階、植民地の搾取、大戦争の後の復興、多量のエネルギー資源の発見・・・・・・。そういう "通常とは言えない" 歴史状況、あるいは一定期間だけの歴史状況を除き「普通の状態」で経済が発展をするとしたら、そのトリガーになる要因は一つしかないのですね。それは人間の創造性・独創性です。つまりワン・アンド・オンリーにチャレンジする精神です。

携帯のように「独自に高度に進化した」こと自体は誇るべきことだと思います。明らかに利用者に大きな価値を与えている。もちろんそのデメリットもあります。従って「高度な進化」をどう生かしていくか、デメリットをどう最小化するかを考えた方がよいと思います。特に、スマートフォンでは Android という「世界共通OS」があるので、日本メーカにとっても海外進出の大きなチャンスだと言えるでしょう。


ワン・アンド・オンリーの価値


2010年9月に、シャープは電子書籍端末・GALAPAGOS を発表しました。その後GALAPAGOSは「メディアタブレット」と称してAndroidを搭載し、タブレットPCとの融合が進んでいます。電子書籍端末としての初代GALAPAGOSは、2011年9月15日に販売終了が発表され、いよいよ各社が繰り広げている「タブレットPC戦争」のまっただ中に突入したわけです。シャープのこの製品が勝ち組になれるかどうかは、分からないと思います。

GALAPAGOS.jpg

しかし、注目すべきはネーミングです。シャープの執行役員・岡田圭子氏が、このネーミングを経営会議に提案したときの様子が新聞に載っていました。

「ガラパゴスは日本のものづくりそのもの。自信をもって、進化させましょう。日本を元気づけましょう。」
経営陣は、初め驚いたが、「いいね」と即決だった。
(朝日新聞 2011.4.9)

印象的なのは、こういったネーミングを執行役員が提案し、それを経営会議が即決したということです。オンリー・ワン商品を出すことに徹底的にこだわるシャープのような企業にとって、ガラパゴスであり続けることこそが、最大の価値なのです。




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